Fate/eternal rising [another saga]   作:Gヘッド

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疑する女と信ずる男

 アーチャーの発言の所々に疑問を持つ鈴鹿とセイバー。鈴鹿は剣を握ってはいないが、アーチャーを警戒している。アーチャーの目は恐ろしい。死闘になりそうになると彼の目は笑う。その目は不気味なピエロの如く、何を考えているか見当もつかない。

 

 鈴鹿とセイバーがアーチャーに質問をして良いか?と聞いた。アーチャーは問題のないことなら何でも答えてやると言う。つまり、聞かれたくないこともあるということである。

 

 セイバーはそれを承知の上か、アーチャーに質問をした。

 

「アーチャー、貴方がさっき見せたあの写真。あれは何ですか?」

 

「あれか?あれはキャスターのマスターの腕だ。キャスターは俺が討ち取った。だから、その写真があるんだろ」

 

「じゃ、じゃぁ、もうキャスターのマスターは……」

 

「殺した」

 

 アーチャーはサラッとその不吉な言葉を口にする。なんの躊躇(ちゅうちょ)もなく、顔一つ変えないアーチャーは本当に鬼のようであった。いや、鬼というよりも戦闘狂者。

 

「キャスターのマスターが、キャスターを召喚した時にちょうど出会(でくわ)してな。だから、殺したさ。いや、まさかキャスターがあそこまで弱いとは思わなかった。だから、少しだけ調子に乗ってしまってマスターまで殺した。写真はその証拠だ」

 

 そのアーチャーの人の心を持ってないような姿が俺には理解ができなかった。いや、持ってないというよりも、心はあるがそれが腐っている。賞味期限が半年前に切れた豚肉並みに腐ってやがる。

 

 ハエがプンプンと周りを飛んでいそうなその心に俺は聞いてみた。その心が思う命の価値を。

 

「マスターまで殺す必要ってあんのかよ」

 

「あるわけがないじゃないか」

 

「じゃぁ、何で殺したんだ?」

 

 俺がそう聞くとアーチャーは眉をピクッと動かした。

 

「何で殺した?それは愚問だな。今、俺たちは何をやっている?」

 

「…………聖杯……戦争」

 

「ああ、そうさ。その聖杯戦争は言ってしまえば殺し合いだ。自らの望みを叶えるために、邪魔な存在を排除する。それが聖杯戦争としの本当のあり方だ」

 

 アーチャーのその捻くれた考えに賛同する者はその場に誰一人としていなかった。ただ、アーチャーの狂った一人演説が行われているだけ。けど、アーチャーは堂々とそこに立っていた。

 

 アーチャーは俺たちの顔を覗き込むように見る。彼と目を合わせると背中がゾクゾクッとして、悪寒(おかん)がするのである。

 

「人殺しが怖いか?」

 

 セイバーと俺に聞いていた。

 

 この答えに”YES”と答えればこの聖杯戦争で生き残れない。けど、”NO”って答えたらそれは多分、人として踏み外しちゃいけないことを踏み外したんだと思う。

 

 俺とセイバーは怖くて何も言い返せなかった。ただ、何も言わずにアーチャーを見ていた。アーチャーはニタニタと不吉な笑みを見せながらそんな俺を見ていた。

 

 額から汗がアゴまで滑り落ち、ポトンと枯葉の上に落ちる。寒いはずなのに、暑い。

 

「だからお前らが最弱コンビなんだよ。人殺しができない奴らは論外だ。そんな奴らと俺は手を組みたくはない」

 

 その言葉はもっともであった。何も言えない。セイバーはそもそも、俺は聖杯戦争という殺し合いの舞台に迷い込んだ身。覚悟も何も決めないで何となくやってるだけ。他の参加者とは覚悟が違う。生半可、いやそれ以下の覚悟だ。

 

 その時、セイバーが小さな声でこう言った。

 

「じゃぁ、アーチャー、あなたは罪悪感などないのですか?」

 

 その質問にアーチャーは笑った。

 

「その質問も愚問だ。罪悪感など感じるか、感じないかの前に感じないようにしているのさ。そうしないと手元が狂うからな」

 

「感じないように?」

 

「ああ、俺が殺す者、全員悪党だと思い殺している。自己暗示って奴だ」

 

 アーチャーの回答にはクエスチョンマークしか浮かんでこない。頭の中で何個ものクエスチョンマークがポンポンと浮かんできてしまう。言っている言葉がわかる。けど、わからないのだ。

 

 アーチャーという一人の男がわからない。彼の人柄が、戦う思いがわからない。

 

 でも、俺も一歩間違えていればアーチャーのようになっていたかもしれない。自己暗示は俺のくせである。もし、俺がそんなことをしていたら……。そう考えると恐ろしい。身の毛がよだつ。

 

「血で染まった手が恐ろしいか?そんな風に思うガキは俺の前に頭を出せ。楽に殺してやる」

 

 アーチャーはギロッと俺を見た。怖かった。ただ、怖いの一言。それだけで十分だった。それ以外には何もない、純粋な恐怖。命持つもの全てが感じる『死への恐怖』。その前には全ての生き物が(ひざまずく)く。恐怖の根源であり、絶対的なものである。

 

「まぁ、ここら辺でいいだろう。後は何か聞きたいことでもあるのか?」

 

 アーチャーはそう聞いた。さっきまでセイバーは他にも聞こうとしていたのにもう何も聞こうとはしなかった。剣は握っているのに、もうその剣は飾りでしかなかった。像のように硬くなっている。

 

 そんな中、鈴鹿だけが平然としていた。それを見たアーチャーは鈴鹿に関心を持ったようで、話しかける。

 

「お前は怖気付かないのか」

 

「まぁ、過去にお前よりも恐ろしいモノを見てきたからな。それに比べたらお前なんかは怖くもない」

 

「ハハッ、それは頼り甲斐があるな。セイバーよりも全然な。本当、どっちがセイバーなのかと問いたくなるくらいに。交代したらどうだ?」

 

 アーチャーのケンカ腰は(しゃく)に触る。でも、何も言えない。それを実感するから、自分は弱いと思わされる。まだ、俺は弱いんだ。

 

「おっと、そうだった」

 

 アーチャーはさっき写真を出したのとは反対の方のポケットから懐中時計を取り出した。そして時間を見る。

 

 

「ああ、すまない。これ以上ここには長くいてはマスターに遅いと怒られてしまう。まぁ、目的の手紙(モノ)は渡したから私はもう帰らせてもらう。返事は一週間後の夜の二時に聞きに行く。声をかけても応答がなければ家を燃やすからな」

 

 アーチャーは俺たちに背を向け、落ち葉を踏み、山を出ようとした。

 

 その時、セイバーがアーチャーを呼び止めた。

 

「待って!」

 

「ん?どうした?」

 

「その、あなたの名を教えていただいてもよろしいか?」

 

 アーチャーはセイバーの目を見る。じいっと見ていた。セイバーもまっすぐな目でアーチャーを見ていた。アーチャーはそんなセイバーの目を見るのが辛くなったのか、ふと目線を逸らす。そして、軽く笑った。

 

「ああ、いいだろう。教えてやろう。しかし、今は教えられん。俺と死闘をする時、教えてやろう」

 

 アーチャーはセイバーにそう言い残すと木の上に飛び乗った。木の上から他の木の上へと飛び、彼は視界から消えた。

 

 アーチャーが消えると、足の力が一気に緩んだ。ドスッと地面に尻餅をつく。緊迫した場の雰囲気から逃れられた。苦しかった息が少しだけ楽になる。

 

 鈴鹿はそんな俺を見て「情けない」と声をかける。

 

「情けない。あんなのまだ序の口だ」

 

「あれが序の口?ふざけんなよ。こっちは死ぬかと思ったわ。何でお前はそんなに平気でいられるんだよ」

 

「ん?だって、あのアーチャーという男は私たちを殺そうとしていなかったからだ。お前たちに向けていた殺気はホンモノではない。遊んでいただけのものだ」

 

「は?じゃぁ、俺たちは遊ばれてたわけ?」

 

「ああ、そうだとも」

 

 鈴鹿は頷く。そんなことを知ったら、今までの緊張が無駄になったような気がしてならない。それに、アーチャーに遊ばれていたと思うとすごく悔しい。

 

「ホンモノの殺気とニセの殺気の区別ぐらいできないとな」

 

「うるせぇなぁ」

 

 鈴鹿と話すのが嫌になったから俺はセイバーの方を向く。セイバーは棒のように突っ立って、まだ剣を握っていた。

 

「…………なかった」

 

「ん?何?」

 

「何も、できなかった。私は、何もできなかった」

 

「いや、しょうがねえって。だってあれは」

 

 俺がセイバーを励まそうとすると、セイバーは大きい声を出した。

 

「何もわかってない!ヨウは、何もわかってない!」

 

「いや、どうしたんだよ。セイバー」

 

「どうかしているのはヨウです。もし、アーチャーがホントの殺気を持ってたら死闘となっていたんですよ?」

 

「ああ、その時はやばかったな」

 

「そしたら、誰かが死なないといけないんですよ?」

 

「ああ、そうだな」

 

「なら、知っているならなぜ、あなたはそう気を緩めることができるのですか?もしかしたら、他のマスターに接触して私たちの情報がバラされているかもしれないんですよ?」

 

「それはないだろ」

 

「じゃぁ、そうではないと信じられる確証はどこにあるのですか?」

 

「……いや、どこにもねぇけど……」

 

 セイバーはため息はつく。今日の味方は明日も味方とは言えないことだ。アーチャーが言っていた。聖杯戦争は殺し合いだと。

 

 殺し合いに生き残るためには手段を選ばない人だっているはず。セイバーの言っていることは多分すごく重要なことなんだと思うし、今の俺に一番必要なことなんだ。

 

「全てを疑えってことかよ」

 

「ええ、そうです」

 

 セイバーはそう俺に諭すと霊体へ戻ろうとした。でも、俺はそれを引き止めた。

 

「なぁ、セイバー」

 

「はい。何ですか?」

 

「それってさ、一人ぼっちになっちまうんじゃね。そんな風に生きてんのさ、恥ずかしくね?」

 

 俺はセイバーのその考えをわかりたくなかった。そんなことしたら俺はいつまで経っても前へ一歩踏み出す勇気がなくなっちまうんじゃねぇかって思ってしまう。

 

 まだ、会ったばかりだからこういうことが言える。お互いに相手の立場を知らないから言えること。

 

 セイバーは俺を鼻で笑う。

 

「ヨウは何も知らないからそんなことが言えるんですよ」

 

 その日、彼女はそう言ったきり姿を現さなかった。霊体へ戻り、俺には何も話しかけない。

 

 セイバーにあしらわれたのが少し気に食わなかった。心の中に(モヤ)がかかってむしゃくしゃする。相手にされなかったことが嫌なんだ。腹がたってるわけじゃないけど、ムカムカする。

 

「鈴鹿、俺、帰るわ」

 

「何だ?気が滅入ったのか?」

 

「別にそんなんじゃねぇよ。ただ……」

 

 言葉が見当たらない。今、自分がどう思ってるのかを伝えようとしてるんだけど、色んな感情が混じってて。

 

 鈴鹿はそんな俺を見て、少しだけ悲しい顔をする。

 

「ああ、わかった」

 

「んじゃ。また、来る」

 

「ああ、待ってる」

 

 俺は山を降りた。トボトボと気力が残ってなかった。

 

 ……今日は早く寝ようかな。

 

 そう何かで紛らわそうとして。


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