Fate/eternal rising [another saga]   作:Gヘッド

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はい!Gヘッドです!

いやぁ、まさか一話を更新するためだけに約一ヶ月かかるとは思いませんでした。すいません。




新たな日常
聖杯戦争は終わった 1/3


 校内にチャイムの音が鳴り響いた。白いコンクリートの壁、ワックスで舗装された床、傷や汚れの目立つ窓ガラス、生徒の話し声が聞こえる階段。音はそれらを伝い、端から端まで校内に耳障りな、しかししっくりとくる感覚をはためかせる。

 

 今日は答案返却日である。その答案返却も終わり、生徒たちは皆々いつもより早く学校が終わったため、帰宅や友達と遊びに行く者もいれば、部活に精を出す者もいた。

 

 そんな生徒たちを一目で見渡せる屋上に俺はいた。太陽は明るく空を照らし、頭上は活気のある青色をしている。今朝見たあの夜の海の底のような色とは雲泥の差で、こんな大きく変わってしまうのかと感傷を受けた。しかし、やはり冬に吹く風は肌を切り裂くような冷たさを抱えている。風に当たると俺の身体を通過して、心だけをどこかへ持ち去ってくれそうな感覚に襲われる。もちろんそんなことはないのだが、この時期の昼の空にはどうにも親近感が湧いてならない。このまま大気に溶け込みたいくらいだ。

 

 俺は一回の校舎裏にある自販機で買ったイチゴミルクの紙パックに刺さったストローを口に咥えた。そのままストローを歯で掴むように噛み潰し、手を離す。

 

「ヨウ、相変わらずその飲み方好きだね」

 

 屋上の扉の方から声がした。振り返るとそこにいたのはセイギだった。

 

「悪いか?この飲み方すると、同じくらい吸っても量が少ないんだよ。つまり、長く飲み続けられるってこと。それに両手は空くから他の作業もできるんだよ。お分かり?」

 

「いや、普通に飲めばいいのに。ケチだよね、ヨウって」

 

 ど直球に彼からディスられた。いや、まぁ、あながち間違ってはないのだが、やっぱりそういうことはなるべくオブラートに包んで言うべきなのではないだろうか?

 

 しかし、そうやって相手のことばかり気にしてたら、言わなきゃならないことも言えないのも事実なのだが……。

 

 俺が一人で落胆していると、彼はそんな俺を軽く笑った。

 

「そんなケチばっかりだから、ダメなんだよ。いつか使うかもしれないとか、無くなるのが怖いとかで節約ばかりしてるから、使いどころが分からなくなるんじゃないの?」

 

 彼の言葉はまるでセイバーと俺の事の成り行きを知っているかのようだった。

 

「なんだ、お前知ってんのか?」

 

 セイギはにっこりと笑う。

 

「なんだ、知ってんのか……」

 

 彼が俺とセイバーの間の出来事を知っているというのは少し気が滅入る。だって、セイギは俺たちに聖杯を譲ってくれたのだ。本来ならば、彼は敵であり、聖杯を巡って争う存在。

 

 譲ってくれたのだから、それなりに俺たちは円満な別れをしなければならなかった。いや、確かにセイバーにしてみればこの別れで良かったのかもしれないが、俺にとっては消化不良。それをセイギが知っているとなると、申し訳ないことこの上ない。俺がチキンなクソ野郎だったせいで、こんな微妙な空気を二人の間に流すことになってしまったのだから。

 

「つーか、お前、こんなところ来んなよ。屋上は立ち入り禁止ですよ?」

 

「ヨウがそんなこと言える立場?事あるごとに屋上に呼び出して来たじゃん」

 

「そりゃ、聖杯戦争の話を誰かに聞かれるわけにはいかねぇだろ。でも、その聖杯戦争は終わったんだ。お前がここに来る意味はない」

 

「そういうヨウこそここに来る意味ある?」

 

「俺か?あ〜、まぁ、なんだ……、風に当たりたかったんだよ」

 

「冬なのに?寒くないの」

 

「るせぇ。いいだろ、別に」

 

 そう、別にどうだっていい。外に出ている理由なぞ、そんな大したものなんかじゃない。ただ、屋上の何に魅力を感じたのか、ふと思い立つと花の蜜に虫が誘われるようにそこにいた。

 

 セイギはせせら笑いのように俺を笑う。その顔に苛立ちは感じたが、それに怒りを見せるほど俺の気力はなかった。

 

「なぁ、なんでお前知ってんだ?」

 

「何が?」

 

「俺とセイバーのこと。お前、あの時あそこにいたのか?」

 

 緑色のコンクリートの壁に寄りかかり座り込みながら彼にそう尋ねた。セイギは俺とセイバーのことを知っているらしいが、あの場に彼はいなかった。なぜ知っているのか。

 

 セイギはその質問に笑顔を返した。口を開かず、ただ自分は知っているぞと見せつけてくるかのような笑み。どうやら、彼はその理由を俺に話す気はないらしい。

 

「……まぁ、別にいいけどさ」

 

 そう、別にこんなことを訊いたところで俺になんの得もない。恥ずかしいシーンを見られていようが、俺の心の叫びを聞かれていようが、それを知ったところでセイバーは戻っては来ない。

 

「あっ、そうそう、そういえば、あの少年のことなんだけど……」

 

「少年?バーサーカーのガキのことか?」

 

「うんうん、そうそう。あの子。あの子さ、市長のもとに引き取られることになったらしいよ」

 

 バーサーカーの少年、家陶達斗。前回の聖杯戦争の参加者の孤児で、藤原市長に拒絶された哀れな子。その悲しみを糧とし、怒り、彼女を拒絶し返した挙句、此度の聖杯戦争に参加した。

 

 セイギはその少年を昨晩倒したと言っているが、俺はそれについて言及するつもりはなかった。セイギと少年の間には何か因縁のようなものがあるようだったし、その話はきっと俺なんかが立ち入ってはいけないのだろう。だから、何も言わず、彼の話に相槌を打った。余計な言葉をかけることもなく、自然とそのことに関する会話が消滅するように向けた。

 

 ただ、一言「それで良かったんじゃねぇの?」とだけ言っておく。そう言われた彼は気難しそうな顔をしたが、最後は笑顔を作る。

 

「うん、そうだね。彼にはそれが良かったんだと思うよ」

 

 しかし、少年の未来を案じる裏側では、何処か悔しそうな顔をしていた。隣の芝は青いとでもいうものなのだろう。

 

 俺はそんな彼の顔を向くことができなかった。だから、俺も彼と同じような虚ろな目で学校の正門をぼーっと、何の感情もこもっていない灰色の目でただ見た。帰ってゆく生徒たちの背中が代わる代わる映る。途切れぬその光景は見ていても飽きないものだった。

 

 だが、セイギの口からは思いもよらない言葉が飛び出た。

 

「つまらなそうだね」

 

 痛い言葉である。針のようにぐさりと俺を突き刺した。何てことない言葉なのだが、その普通の言葉が今の俺には手痛いものだった。

 

 耳奥から電流が身体を駆け巡った。一瞬にして、中枢神経から手先の末端までヒリヒリとするような感覚が襲い、それを紛らわすかのように握りこぶしを作った。

 

 それでも空を見ていると何処かそんな自分がちっぽけに見えた。宇宙を見せまいとするオゾンのカーテン、光の屈折により青く見えるただの空気、その中をゆっくりとたゆたう薄い雲。ただそれだけのものなのに、何をどのようにしてか、見透かされているように感じた。

 

 息を大きく吐く。そして、肺の中に溜まった苦しい空気を冷たい空気と入れ替える。

 

「そりゃ、つまんねぇよ」

 

 これと言って具体的に何処がどのようにつまらないのか、そんなことは言わなかった。

 

 ただ、それでもセイギは俺の言わんとすることを理解したようだった。彼はふっと悲しみを帯びた虚ろな目を崩し、柔らかい笑みを作る。

 

「ヨウって、素直じゃないよね」

 

 そんなこと言われなくとも百も承知である。自分の思っていることを言えるくらい素直であったのなら、何度も考えた。

 

 素直であれば、今の俺はどうしていただろうか。少なくとも、こんな屋上で風に吹かれながらイチゴミルクを黙って飲み続けていることはしていないだろう。

 

 ……ダメだダメだ、俺は何を考えている?もしとか、だったらとか、してればとか、ウジウジと考えていてはダメだ。もう、終わったことである。

 

 セイバーがいた。それは過去の出来事であり、本来ならば俺が参戦することなどなかった聖杯戦争の数奇な運命の巡り合わせにより偶然出会ったにすぎない。彼女は過去の人物で、今を生きる俺にとっては何の関係もない人だ。そんな奴に対して未練を残しているなど何と惨めなことだろうか。

 

 彼女なんかに想いを残してしまってはならないのだ。彼女と俺は違う。だから、変なことを一々考えていても意味がない。無駄な時間の浪費、無価値の気苦労でしかない。

 

 セイギを見た。彼は細く瞳に対する黒目の割合が大きい笑ったような目で俺を見つめていたが、その目の奥には何処か冷たいようなものがあった。その瞳の奥にある冬の風以上に冷たい何かは俺を縮こまらせた。

 

 口に咥えていたストローからジュースが吸えなくなった。正確に言えば、吸うものがなくなった。何度かストローの先端を紙パックの角に押し当てて、残り液を吸った。そして、最後に紙パックを軽く振り、音が聞こえないのを確認すると握り潰した。

 

 俺はそれを手に持って立ち上がり、セイギに「じゃあな」と声をかけた。

 

「何処へ行くの?」

 

「何処って、帰るんだよ」

 

「え〜、帰るの?家に帰ったってどうせ一人でしょ?」

 

「いや、まぁ、そうだけど……。でも、スーパーで食材を買わねぇと。それに、洗濯物も取り入れたいし」

 

 俺が彼の誘いを断ると、彼はわざとらしく深くため息をついた。

 

「いや、お前、これくらい知ってるだろ?いつもの日課なんだから」

 

「え?あ〜、まぁ、そうだね。でも、なんかそんな気がしないんだよね」

 

「ああ、まぁ、そりゃ確かにな。でも、やることにゃ変わりねぇ」

 

 俺は屋上のドアを開ける。そして、その場から去ろうとしたとき、セイギはこう尋ねた。

 

「ねぇ、夕食食べに行っていい?」

 

 それはあまりにも唐突な要望だった。そんな素振りを一切見せなかったから、どうしたことかと驚いて振り返った。

 

「急にどうした?」

 

「いやぁ、ヨウって一人暮らしじゃん?だから、たまには食卓に誰かいてもいいんじゃないかなって」

 

「は?まぁ、別にいいけど……、何?俺にまさかソッチの気があるのか?」

 

「いやいや、そんなわけないじゃん。まぁ、あれだよ、聖杯戦争お疲れ様でしたパーティーみたいな感じで、打ち上げをしようってことだよ」

 

 彼は期待を抱くような目で俺を見る。そんな目で見つめられてしまっては俺も断れない。

 

「じゃあ、食料代は払えよ」

 

「ええ?抜け目ないね」

 

「そりゃそうだろ。そうやって食費抜かそうって魂胆だろ?分かるわ、お前のしそうなことくらい」

 

 どうやら俺の考えは図星だったようで、セイギは苦笑いをしながら承諾した。

 

「七時半ごろ行くから」

 

「おう、待っとるわ」

 

 俺はそう返事をすると、屋上の扉を閉めた。ガチャリという鈍い音が階段で反響した。

 

 何気ない日常的な普通の会話、一ヶ月前ならいつも通りの何とも感じないようなものだった。だが、今の俺にはたったこれだけの会話でも、辛いものと思ってしまう。昨日までのあの会話が突然遠くに行ってしまったので、それがどうしても受け入れられない。おかしな話だ。聖杯戦争に参戦してしまった日は今と逆のことを考えていたのだから。

 

 久しぶりの日常は何とも平穏だ。死に怯えることはなく、目をぎらつかせることもなく、普通の中で過ごす。しかし、その何もなく灰色のモノトーンだけの世界が俺にとっては苦痛だ。

 

 この日常に浸れば浸るほど、昨日までの俺は俺の中からきっといなくなるんだと思う。セイバーと一緒にいたあの時間は思い出になって、瞼の裏で霞んで見えるような光景になってしまうんだろう。それはきっとしょうがないことで、時の経過は記憶の風化を促してしまう。セイバーなんて消えてしまえばいいと思っていた過去の俺がいたことが事実であるように、いつか時が経って昨日までの出来事はバカで危険な遊びだと思ってしまうかもしれない。ああ、そうだ、きっとそう思ってしまう。

 

 しかし、今の俺はそんな未来を否定したい。昨日までの出来事は決して忘れてはいけないのだと。あの時流した血と汗と涙は他に得難いもので、何よりセイバーとの時間を笑いたくはない。

 

 もしかしたら、今後俺にはもっと幸せな時間がやってくるかもしれない。だが、それでも今の俺にとってあの時間は一番幸せだった。そう自覚してる。

 

 だが、悲しいことに、もう記憶の風化は始まっている。彼女の姿が、声が、匂いが、感触が、雰囲気がどんなものだったか正確に思い出せない。大雑把には分かるが、細部を思い出せない。やはり目の前から消えてしまわれては、もう思い出すことなどできないのだろう。

 

 悔しい、こんな人間であることが限りなく悔しい。流れゆく時をせき止めることができるのなら、どれほどいいだろうかと考えてしまう。

 

 まぁ、彼女はもう二度と俺の目の前に戻っては来ないのだが。

 

 俺はゆっくりと階段を下りる。一段一段、靴底越しに床の感触を足の指でしっかりと感じながら、降りていった。

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 冷たい風が森の中でそよぐ。緑色の細い針のような葉と葉の間をするりと糸を縫うようにかけてゆく。ほのかに白い薄化粧の大地は永遠と遠くまで続いていて、森の出口は見えそうにない。

 

 クーナはその森の中を歩いていた。彼女の横に並ぶのは二つの黒い棺。(ふち)を金色の線が沿うように施されている。その棺の側面には鈍い金属色をしたタイヤのようなものがついていて、人の力を借りずともひとりでに彼女の隣を並行していた。

 

 棺の蓋の中央には人名が書いてあった。『ロベルト・フィンガル』『モンティシア・フィンガル』。その二つの名は彼女の両親の名である。

 

 母国の森の中を行く。いつまでも続くような冬の森は彼女の心を刃で突き刺した。どれだけ歩いても出られぬ森のよう。しかし、彼女は泣き言をあげることなく、口を閉ざしたまま歩き続ける。

 

 静かに、ひっそりと、彼女は残された感覚を噛みしめていた。

 

 その時だった。彼女の目の前に一人の男が現れた。粉のような光る黄金の小さな粒子が集まって現れた金色のギラギラとした鎧を身につけている白い髭のついた中年の男。金ピカアーチャーである。

 

 クーナは彼を視認すると、軽くため息をついた。

 

「あら、もう来ちゃったの。早いわね」

 

「ハハッ、余は意外と勤勉でして、神の指令ならば粉骨砕身、身を粉にしても働きますからな」

 

 彼はそう言うと眩しい黄金色に輝く鞭を取り出した。

 

「して、ではどのような用件で余がここに来たのかも知っているのですかな?」

 

 その言葉に彼女はにっこりと笑顔で返す。そして、彼女の後ろから一人の男が現れた。銀色の甲冑に身を包み、同色の円錐状の槍と分厚い盾を手にしている。ランサーだ。

 

「この私を殺しに来たのだろう?抑止力のアーチャーよ」

 

「ほう、状況は理解しているようで。それは説明がなくて結構」

 

 金ピカは目の色を変えた。獲物を捕らえた禽獣のように、鋭い眼差しで彼を見た。

 

「では始めましょう。殺し合いを」

 

 言葉の末尾を口にすると同時に、金ピカは鞭を振るう。ランサーはクーナの前へ出て、彼女を守るように盾で攻撃をガードした。

 

「う〜む、硬いですな。結構速めに振ったつもりだったのですが、防がれてしまいました」

 

「これで速い方か。しょうがないだろ、今の貴様の本業は弓撃ち。鞭は得意分野ではなかろう」

 

「そうでしたな。やはりあの時の矢の使用は惜しかった。もう少し慎重にした方が良かったのかもしれませんなぁ」

 

 そうと分かると彼は肩を落としたが、すぐに首を横に振った。

 

「いやいや、しかしあれはあれで余としては最善の行為。あそこで見過ごしていたら余の民である彼らが危ういことに……ブツブツ」

 

 金ピカが腕を組み首を座らせて考えていた。そんな彼をクーナは指差した。

 

「ちょっと!なんで、私を攻撃しようとするのよ!私は標的じゃないでしょ!」

 

 歯を立てて睨みつけている。自身が攻撃されたことが不服のようだ。ランサーもそれには同意のようだった。

 

「この使えねぇ雌ガキを守りながら戦わせる気か。殺るなら一対一だろう」

 

「雌ガキって……。ああ、いや、何でもないわ。まぁ、それよりも、怒りは相手に向けるべきね」

 

 クーナとランサー。二人に敵意を向けられたアーチャーは首をかしげた。自身には非がないと思い込んでいるようである。

 

「そもそもあなたがランサーをあの織丘の地から引き離したのでしょう?ランサーは特に考えもなく勝手について来たのでしょうが、それがそもそも世界の規定に反しますからな。ランサーは死者。故にこの世ではいてはならない存在。そんな彼を連れまわすのは織丘だけにしていただきたかったのですが、こうなってしまったからには抑止力の一人である私が行かねばなるまいと。はぁ、こっちは大変で大変で。織丘からこのイギリスの地まで地球管(ガイア・アラヤライン)を通って来ましたよ。なので、その恨みも込めて共犯者と断定させていただきます」

 

「ほう、貴様は王なのではないのか?王ならば人に尊敬されるような理由の一つや二つがあるのかと思っていたのだが、大したことではないな」

 

「ハッ、あなたこそ戯言を申しますな。笑わせないでいただきたい。王とは常にワガママでなければならないのです。我のために何かを欲する、それはつまり民のためですから」

 

「貴様の民は難儀だな」

 

「……王のことを何も知らぬ若造が吠えおるわ」

 

 両者の睨み合いが続く。しかし、互いに攻撃を仕掛けようという仕草は見せなかった。ランサーは後ろにいるクーナを守りながらの戦いとなる。クーナは魔術師ではあるが、やはりサーヴァント相手に勝てるわけがない。一方アーチャーも攻撃に盾を通る決定打がないため、仕掛けようがないのだ。それゆえに二人ともただ動かず膠着(こうちゃく)状態が続いていた。

 

 その変わらぬ状況を打ち砕いたのはアーチャーだった。彼は弓を手に持ち、後退しながら弦を引っ張った。弓の弦を引くと魔力の塊でできた矢が形成され、それをランサーに向かって放った。

 

 放たれた矢は空中で三つに分裂し、ランサーの頭部と脚部、クーナの胴体に向かっていく。しかし、ランサーは槍で三つの矢を一掃した。そして、ちらりとクーナの方を見る。

 

「怪我はしていないな?」

 

「ええ、別に」

 

「そうか」

 

 そうして、隣の彼女からアーチャーに目を向けた。

 

「おい、そんな攻撃では……」

 

 だが、そこにアーチャーの姿はなかった。ランサーは辺りを見回し相手の姿を探すが見つからない。しかし、気配はあった。森の木陰から木陰へ、黒い影が動いているようにも見える。

 

 ランサーはクーナの肩を掴み引き寄せた。周囲への警戒を怠らず、かつ魔力供給源(マスター)を守るための行動。

 

 相手がどこにいるのか分からない。守ることはできるが、攻撃を仕掛けることはできない。

 

「相当不利だな」

 

 相手は飛び道具、このままでは防戦一方、実に分かりやすい不利な構図である。そんな状況に陥ってしまったことにランサーはため息をついた。

 

「全部貴様のせいだぞ、なぜ私が貴様を守らねばならない」

 

「あなたサーヴァントなんでしょ!なら、私を守るのが当然よ!それに………力を奪われてしまったし……」

 

「貴様のミスでゴッソリと持っていかれたからな」

 

「ちょっとだけよ、奪われたのなんて」

 

「じゃあ、戦えるだろ。守らせるな」

 

「嫌よ、大変だもの」

 

「私は道具か……」

 

「まぁ、さしずめそんなところね」

 

 クールなランサーは高飛車な自分のマスターに落胆する。こういう時ばかりは手伝ってほしいものだがと愚痴をこぼした。

 

 木の陰から矢が飛んできた。たった一矢、槍で薙ぎ払う。

 

「たったこれだけ?」

 

 クーナは予想外な攻撃に疑問を抱いた。アーチャー、そう言うのなら、それだけの弓兵としての技量を持ち合わせているはず。しかし、今しがたの攻撃はそんな弓兵にしてはあまりにもチンケなものだった。

 

 もちろん、そんなはずはない。しかしランサーは何かに気づいたのか、彼女に聞こえぬように舌打ちをした。

 

 彼は槍の先で地面を軽くつついた。すると、そこから若葉が芽生えた。そして、その若葉はみるみると成長し、人が一人通れるぐらいのスペースを持った小さな小さな森が現れた。

 

「邪魔だ、行け」

 

 彼女にそう伝えた。彼女はその言葉に躊躇する。

 

「大丈夫なの?」

 

 さっきまで自分を道具のように扱うと言っていたのに、急にしおらしくなった彼女にランサーは呆れた。

 

「大丈夫だったら行けなんて言うと思うか?」

 

「えっ?でも、それじゃ……」

 

 彼女は彼の言葉に言い返そうとしたが、彼は煩わしく思い彼女を強く押した。

 

「ちょっと、ランサー!」

 

 彼女はランサーの鎧を掴もうと手を伸ばしたが、手が届くより先に、彼女は木と木の暗闇の間に吸い込まれた。ランサーはそれを確認すると、もう一度槍の先で地面を叩く。すると、突然生えた木々が枯れてゆき、土となった。

 

「あらあら、彼女を逃したのですかな?」

 

「それ以外になにがある?はぁ、まったく、めんどくさいことをさせてくれる」

 

 彼はそう言うと、突然手に持っていた盾を地面に放り投げた。盾を持っていた腕をぐるぐると回し、首を左右に軽く振る。

 

「ああ、肩がこる。やっぱ、盾は邪魔でしかない」

 

「え?盾、捨てちゃうんですか?」

 

「いや、こんな重いものを持って戦うと思うか?」

 

「でも、それ宝具……」

「世の中にはいらない宝具もある、それぐらい知っておけ。王だろ、貴様」

 

 アーチャーはランサーのその言葉に悩まされた。

 

「むむむむ、やはり理解ができませぬな。それは宝具、しかもただの宝具ならまだしも、神からの賜り物でしょう?」

 

「あ〜、やっぱり知っていたのか。私の真名を」

 

「そりゃ当然です。抹殺対象のデータはきちんと神から頂いていますから」

 

 ランサーは彼の言葉を聞くと、あることが腑に落ちた。

 

「そういうことか。だから、そんな悪趣味なことまでできるわけだな」

 

 彼は自身の後ろにある一本の木に視線を注ぐ。

 

「出て来い、私は逃げも隠れもしない」

 

 すると、木の陰からアーチャーの姿が見えた。彼の手には煌めく鞭があった。

 

「そうですか。あなたはそれを選びますか。なるほど、それは良い判断だ」

 

「死ね、選んだんじゃなくて、それしかないだけだろ。こんな選択肢、最悪でしかない。性格の醜さが露わだぞ」

 

「余の性格が悪い?ああ、まぁ、確かにそうですねぇ。でも、余はそれが悪いことだとは思いませんよ!だって、王ですからねぇ。王は善にも悪にもならねばならない。全てに浸り、全てに成るからこそ、王は最善の選択ができるのですな!」

 

 彼は手に持っていた鞭を全力で振りかぶり、腕全体をしならせ(くう)を切るように横方向にスイングした。ランサーはその鞭をジャンプして避けたが、鞭は彼らの周りにある木を全て薙ぎ倒した。

 

「……最善の選択?これがか?貴様の脳みそは猿以下だな」

 

 木が薙ぎ倒され、辺りの視界が格段と良くなった。だからこそ見える。見たくないものも。

 

 ランサーの目に映ったのは幾人もの人たちだった。その人たちはみな武器を手にしていた。その奥には大きな光の輪のようなものがその周辺を囲うように低空に滞在している。その光の輪から次々と人々が現れてくる。

 

 その者たちを目にし、ランサーは小刻みに震えた。

 

「ゴンザ、ベディシュ、ライラにタールバ、ロガまで……。これは何だ?貴様が生み出したのか?」

 

「ええ、余が望みましたから。あなたを怒らせる最も効率的な方法を」

 

 アーチャーは腕を広げた。そして、高らかに声を張る。

 

「さぁ、裁きの時間だ。サーヴァント、ランサーを刑に処す!せめてもの赦しだ、殺されるなら愛する人々に殺されろ!それが貴様の望みだろう?」

 

 すると人々はその声に呼応し、武器をランサーに向けた。ランサーは歯の奥を噛みしめる。槍の柄を握りしめた。

 

「ハッ‼︎誰が望むか、そんな土人形に殺されることなど望むものか、ボケ!私が望むのはっ—————!」

 

 彼は走り出した。憎悪を槍に乗せて、怒り狂いながら。

 

 

 聖杯はとうに無い。しかし、北西の地でサーヴァントはまだ戦う。

 

 己の信念と同胞のために。

 

 望みなどもう叶えられぬのに—————




はい、今回は以上です。

……えっ、これで終わりか?

いえいえ違います、まだ続きます。もう一話だけ、本当にあともう一話だけ続きます。

すいません、毎度のことながらもう一話だけと言っている気がしますし、そもそも更新ペースも長くなってきているような……。

いやいや、暗い気分はいけないいけない。

さぁ、ということで、次回は本当に最終話(多分)です。是非楽しみにしていてください。

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