Fate/eternal rising [another saga]   作:Gヘッド

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はい!Gヘッドです!
前回は何とまさかのエンドでしたね。ちなみに、今回はこの聖杯戦争の周りに佇む人たちのお話です。


終わりの刻に

 黒く濁った排気ガスを銀箔が貼られたかのような眩いマフラーから吐き出す。ビートを小刻みに刻みながらエンジンは空気を吸い、力を生み出している。その力は車輪へと流れて、光を全て飲み込んでしまう墨で染めたようなタイヤは車道を蹂躙するかのように早く真っ直ぐに進んでゆく。

 

 黒い革で装飾された円い触り心地の良いハンドルの上部を握りながら、男はもう片方の手でタバコを口に加えた。タバコの臭いは窓から外へと流れて、外気へ溶け込む。しかし、車内にもその臭いは充満し、シートやドアやその他の備品に染み付いてゆく。

 

「臭いですよ、大人ぶらない方が身のためだと思いますが。魔術卿ウルファンス殿」

 

 女はわざとらしく丁寧な口調で男に注意をした。しかし、その注意に男は少し嫌そうな、と言うより何処か気味悪そうな顔をする。

 

「その仰々しい話し方はよせ。白葉。虫唾が走る」

 

 男の隣の座席に座っている白葉は若干口元を緩めた。座席に体重を任せ、くつろぐと今度は針のような目でこう投げかける。

 

「フッ、じゃあ、何だ?ボッチとでも呼べばいいのか?」

 

「嫌なことを掘り返すな。そもそも別に今はボッチなんかじゃないし、そこそこ友好関係は持っている」

 

「ほう、成長したな」

 

 上から目線でハルパーを評価した。その態度に彼はため息をつくが、それ以上のことは何も言わなかった。

 

「元気でやってるか?」

 

 ハルパーは白葉に尋ねてみる。

 

「何だそれ、口説き文句か?」

 

「お前を口説くとか、そんな男がいたら相当物好きだな」

 

 ハルパーはタバコの煙を吹かす。ゆらりと灰色の煙が車の天井にあたり、ゆっくりと横に広がってゆく。

 

「まぁ、元気でやっている。特に何か異変が起きているわけではないし、死者は嬉しいことにゼロだ」

 

「そうか。それは願ったり叶ったりだ。俺がここに出向いた意味があるというものだ」

 

 ハルパーが出向いたことには幾つかの理由があるが、その中でも特に重要な外せないものは結界の補修である。この織丘市は一つの大きな結界の中にある。基本的にこの結界は出入り自由だが、結界内では魔術に対する耐性のない者を強制的に屋内に入れるという効果がある。これは聖杯戦争を円滑に進めるために必要なもので、この結界がなくなれば魔術の秘匿を守ることができない。それ以外にもこの結界はこの聖杯戦争に対して滞りないように多くの恩恵をもたらす。

 

 しかし所詮その結界とは魔術であり、魔力がなくなれば消え失せるが定め。それをハルパーの魔術で少しでも存在を維持させようというのだ。

 

「まぁ、あいつの置き土産が役に立ってるみたいで良かった」

 

 ハルパーは左手の親指、人差し指と中指でタバコを外すと座席の中央部にある灰皿にタバコのカスを落とした。口からフッと息を吐く。色のついた息が彼の眼前を舞ったが、窓から入る風にすぐにかき消された。

 

 車道を他に走る車はいない。それはもちろん、聖杯戦争のために張られた結界の効果で一般人が外にいないから。だから窓から見える夜の街の景色は異常に静かである。街灯は車道の横を照らすが、そこの下を歩く人は一人としていない。

 

 ハンドルを握るハルパーの隣にいる白葉はこう尋ねた。

 

「ハルパー、意外だったか?私があいつらの教師でいること」

 

 ハルパーはハンドルを切る。右を曲がり、海方面へと車体を向ける。

 

「ああ、そうだな。意外だった、そもそもお前が教師なんてものをやっていることにな」

 

「そこか?そこは以前話しただろう」

 

「そうだが、やはりお前なんぞが教師をやれていると思わなかったからな。だって『協会の(いぬ)』だったお前がだぞ。どうせすぐに辞めて、血の匂いを求めると思っていた」

 

「お前は私をどう見ているんだ」

 

「血に飢えた獣」

 

「随分と本人の目の前で言うものだな。お前は少し度胸とやらがついてきたんじゃないか?」

 

「度胸はもともとあった。ただあの時の俺はお坊ちゃんだったからな。度胸を使うタイミングが分からなかった」

 

 そう言うハルパーの目は少し悲しみを帯びているように見えた。しかし、隣にいるのは白葉である。すぐさま顔を元に戻した。

 

「まぁ、似たような職種だからな」

 

「お前の方はどうなんだ?」

 

「特に変わったことはしていない。たまに協会へ行って、普通に授業して、家に帰る。それだけだ」

 

「地味だな」

 

「天性のボッチだからな。やることは地味だぞ」

 

 その言葉にさっきから頰の筋肉が一切動かなかった白葉が笑った。しかし、自虐ネタで笑われても嬉しくないハルパーは不愉快そうな顔をする。

 

「あの子たちはどうだ?」

 

「四人のことか?」

 

 ハルパーは小さく頷く。ハンドルを僅かに強く握った。

 

「あの子たちは上手くやっている。特に変な出来事に巻き込まれることはなかったな」

 

「だが、この聖杯戦争に見事に全員参加しているのだろう?」

 

「残念ながら、そうだな。それに、あのアーチャーのマスターの子供も参加しているらしい」

 

「そうなのか。それは少し嫌な話だな。まぁ、仕方のないことだが、やはりこの運命は避けられないのだろうか」

 

 ハルパーは咥えていたタバコを口から外すと、灰皿に押し潰すように入れた。ゆらりと出ていた煙はすっと途絶えた。

 

 目的地まで着いた。アクセルから足を離しブレーキを使いながら駐車をして、鍵を引き抜いた。車内から出た白葉は腕を伸ばして軽く伸びをする。ハルパーは後部に移動して、トランクから荷物を取り出した。それは中に楽器が入ってそうな横一メートルほどの縦長の箱で、その箱の側面にある取っ手を握り持ち上げた。

 

「相変わらず重そうだな、その箱」

 

「そう思うのなら、少しは手伝え」

 

「すごく軽そうだ」

 

「お前な……、ハァ……」

 

 十年来の関係なので、ハルパーは深いため息をつくが元から期待などしていない。どうせこんな奴であると何となくだが互いにそこは理解しているので、喧嘩にはならない。

 

 ハルパーは彼を置いてさっさと歩いて行く白葉をじっと見た。

 

「あいつらしいと言えばあいつらしいけどな、もう少し気配りくらいはできてほしいな」

 

 そう小言を呟くと重そうな荷物を手に彼女の後を追う。

 

 着いたのは海岸だった。静かな早朝の海辺、波が打ち寄せる音が聞こえ、まだ昇らぬ太陽を待ち望む群青色の空の下で大海は風を生む。

 

 海岸はジョギングコースにしてはやや長めの距離であった。その海岸はほとんど砂浜だが、端の方へ行けば岩場が姿をあらわす。そして、ここは約十年前、彼らの聖杯戦争時に張った結界の端でもある。ハルパーたちはそんな岩場へ来ていた。

 

 彼らは海岸沿いを通る国道を横切り、堤防から磯へと下りた。ハルパーは岩石が剥き出しになっている磯に立つと、自身の靴に海水が付着してしまうことに気づき落胆した。

 

「ああ、靴の選択をしくじったな。革靴で来てしまった」

 

「革靴?何か都合が悪いのか?」

 

「お気に入りの靴なんだ。汚れたら困る」

 

「いや、これぐらい別に汚れるわけじゃないだろう」

 

「モノを大切にする性分でな」

 

 その言葉に白葉は陰口を呟いた。

 

「潔癖症め」

 

「おい、陰口は人に聞こえないように言え。聞こえてるぞ」

 

 彼は白葉を睨みつけるが、白葉は何とも思わぬようで何食わぬ顔でいた。

 

「まったく、時が経てば丸くなるかと思えば、むしろ逆だったか……」

 

 彼はぶつくさと愚痴を言いながら岩石が露出した磯の中でも一際大きい岩に近づくと、手にしていた箱を地面に置いた。

 

「おい、ハルパー。それは別にいいのか?潔癖症なんだろう?」

 

「ん?ああ、これは別にいい。中に入っているものさえ汚れなければな」

 

 箱を開く。赤を基調とした箱の中には試験管や薬草、鉱物に書類などいかにも魔術師の研究セットと言わんばかりの器具が入っていた。彼は緑色のジェル状の物質が入った小さなガラス瓶を取り出した。蓋を開け、手に取った筆で物質を絡め取る。そして、その筆で岩に小さな魔法陣を描いた。

 

「こんなもんか?」

 

 一通り描き終えた彼は立ち上がり、自身が描いた魔法陣の出来を確かめる。

 

「まぁ、妥協点というところか」

 

「下手くそ」

 

 白葉はハルパーの魔法陣を貶す。

 

「いいだろ、普段魔法陣なんて書かないんだ」

 

「魔術師なのにか?」

 

「そういう魔術だからだ!っていうか、お前知っているだろう」

 

「相手の魔術なんぞに興味はない」

 

「あ〜、そうだな、お前はそういうやつだな」

 

 頑固、というよりひねくれ者の白葉に口答えするのは骨が折れるので、もう全てを受け流してやろうとハルパーは心に刻んだ。

 

「おい、白葉。石くれ」

 

 ハルパーの言う通り、白葉はポケットの中から宝石を取り出した。透明度の高い美しい宝石である。その宝石をハルパーに向かって投げて渡した。彼はそれを受け取ると、魔法陣の中央に受け取った石を押し付けた。そして、もう片方の手を自身の胸のあたりにおく。

 

「主よ、どうか刻の流れを歪ませる私にご慈悲を」

 

 彼は石を岩に描かれた魔法陣の真ん中にリズムよく四回打ち付けた。そして、次に真ん中から台風の目を描くように岩の表面に石を擦り合わせ、軽い詠唱を唱えた。

 

時の付着(knocking the nails)

 

 次に彼は空中に漂う粒をつまむような仕草をすると、そのままつまんだ指先をまた魔法陣の中央につけ、今度は親指の腹をぐっと強く押し付ける。これは織丘市を覆う結界の端を引っ張り、この魔法陣に付着させたのである。

 

繋がれ(be fastened)

 

 すると、魔法陣が蛍の光のように脆く弱い青い光を放つ。そして、段々と弱い光から強い光に変わり、その後また弱くなり、消えた。

 

 結界の補修が終わった。彼は開いた箱を閉じて、伸びをする。そして、首を一、二回ほど動かすと後ろにいる白葉の方を振り向いた。

 

「終わったぞ」

 

 ハルパーの顔はやりきったという晴れ晴れとした顔をしていたが、その顔に白葉は呆れ返った。

 

「お前な、まだまだ補修場所はあるだろう。半分も終わってないじゃないか」

 

「あ〜、まぁ、そうだな。というか、そういうことは言うな。やる気が失せる」

 

「しょうがない。事実だからな。それに、そもそもこんな結界をデカくしたお前達がいけないんだろ」

 

「それはしょうがないことだ。あの時はどうすれば分からなかったからな」

 

 ハルパーはまだ残り数十箇所もの結界の端に行かねばならないのだ。その現実に彼は今日一番のため息をついた。苦しみで穴が開きそうな胃に走る痛みを紛らわすために。

 

 そして、彼は歩き出した。しかし、その方向は車がある方向とは逆の方向。それに白葉は首をかしげた。

 

「おい、お前、どこへ行く?」

 

 ハルパーは彼女の方を向くことなく、背中で答えた。

 

「ああ、ちょっとぶらりとな……」

 

 その回答を聞くと、白葉のこめかみの血管が浮き出てしまった。

 

「おい、そう言えば、お前の宿ってそのつま先の方向だな?」

 

「んんん?い、いや、そんなことは……」

 

「いや、そうだな。これでもここに移り住んでから十年、さすがにそれくらいの土地勘はある」

 

 ハルパーは背中に当たる彼女の矢のような視線を感じ取る。苦しい面持ちで彼はただ立ちすくむ。彼はこの不利な状況を打開しようと、一旦咳払いをして彼女の方に振り返る。いつにない笑顔だった。

 

「いやぁ、もう疲れちゃったし、今日はここで終わりにしないか?ほら、もうすぐで朝の五時だ。さぁ、帰ろう!」

 

 彼らしくない煌びやかな笑顔に白葉は「反吐がでる」と言い放った。そして、ハルパーの首根っこを掴むと、引きずってでも車に連れ帰ろうとした。

 

「や、ヤメロッ!お、俺はイギリス人なんだ!日本人みたいに仕事は量ってタイプじゃないんだ!休ませてくれ!」

 

「じゃあ、お前、明日までに残り全ての作業をクリアできるのか?お前、明後日帰国だろう?」

 

「それは無理!」

 

「なら、やれ!」

 

 残念ながら白葉に対抗するも力及ばず、ハルパーは駄々をこねる子供のように引きずられながら、宿とは逆の方向へ連れて行かれた。

 

「いっ、イヤだ!仕事したくないッ‼︎」

 

 悲痛な叫びが明け方の黒い空に響いた。

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 ツクヨミは杖を地に突いた。そして、その反動で縁側から立ち上がる。

 

「終わったか……」

 

 グラムの中に巣食っていたアンドヴァリの呪いが消滅した。その瞬間ツクヨミは聖杯戦争が終わったと感じた。いや、もしかしたら、そこからグラムとセイバーがまた戦い出すのかもしれないが、それは誤差の範囲内。彼にとってグラムとセイバーのどちらが聖杯を得ようとも関係がなかったのだ。彼にとってはこの戦いは誰が聖杯を得たかではなく、終わったかが重要だった。

 

 隣にいる金ピカアーチャーは「どうかなされましたか?」と丁寧な口調で尋ねた。

 

「いや、聖杯戦争が終わったのじゃよ。ただ、それだけよな」

 

「そうですか?そんなことを言う割に、あなた様の顔は随分と安心しているようにも見えますが」

 

「まぁ、いつもより良い終わり方じゃからな。久しぶりに良いものを見れた」

 

 彼はそう言うと、玄関に向かって歩き出した。

 

「何処へ行かれるのですか?」

 

「ん?いや、もうここに用はないからの。儂は大人しく祠に戻ることにする」

 

「しかし、お孫さんがいらっしゃるのでは?」

 

「ヨウのことか?ああ、別にいいのじゃよ。あやつと儂はそもそも祖父と孫という関係ではないからの。儂が勝手に洗脳して、祖父であると思い込ませていただけのこと。だから、洗脳を解き、儂に関する記憶を消しても、普通の生活に戻るだけじゃよ。なぁに、儂なんかとより、他の者と広々と暮らした方が良かろう」

 

「それはどういうことですか?」

 

「言葉の通りじゃ。ジジイはいない方がいいということじゃよ」

 

 彼はそう言い残すと、玄関の方へ向かった。そして、ピシャリと戸を閉める音が聞こえた。それ以降は一切彼の声が聞こえない。気配さえ感じなかった。

 

 金ピカはそんなツクヨミに対して嘆く。

 

「まったく食えないお方だ。心配しているのやら、いないのやら」

 

 そして、一人残された金ピカは空を見上げた。日の上らぬ早朝の空は星がまだ薄っすらと光っていて、黒から青に色が移り変わってゆく。海のような空は何処までも広く感じた。

 

「聖杯戦争、まさかそのようなものだったとは。これは抑止力が探りを入れるわけだ。これは地球に対しての一大事であろうな」

 

 彼は視線を戻した。そして、縁側に座り込む。

 

「まぁ、こんなことがあと何回も続くというのはとても辛い。その度に死にゆく様を見ねばならないとは。神々は何を考えているのか、余には分からぬ」

 

 彼が縁側に座り込んでいると、東の方角から太陽の光が差し込んだ。その瞬間、青かった空がみるみるうちに紫色になり、次に赤くなる。

 

 彼は立ち上がり、地平線から顔を見せ始めている太陽をしかと見る。そして、彼は日の光を目に入れると、呟いた。

 

「ああ、この戦いは恐ろしい」

 

 そして、彼は瓦屋根の上へと飛び乗った。

 

「さて、ではここからは神に従う者ではなく、抑止力としての仕事をするとしよう。残りの魔力は少ないが、やれないこともない」

 

 彼の身体はみるみるうちに光の粒へと形を変えてゆく。煌めくエーテル体が大気の中に溶け込み、霊体化が進む。そして、彼はその場から消えた。

 

「サーヴァントは存在そのものが悪。ならば、王である余がそれを裁こう。世界の均衡を保つために」

 

 芯のある声で自らの心に刻み付けるような声が屋根の上で残り声として響いた。




ツクヨミは祠へと戻り、金ピカアーチャーは抑止力である彼としての仕事をしに行きました。ツクヨミは何が目的なのか、そしてアーチャーは何をしに行ったのか。考えていただけると光栄です。

さて、次回は聖杯戦争後の話を掲載いたします。
実は今のところの予定では次回がラストなんです!
いや、いつもみたいに、終わりませんでしたってなる可能性もありますけど、一応告知しておきます。

では、ぜひ楽しみに待っていてください。

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