Fate/eternal rising [another saga]   作:Gヘッド

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はい!Gヘッドです!

え〜、約20日ぶり、久々の更新となりました。リアルで忙しくって、執筆があまり進まず……。とりあえずちょこちょこと電車に乗りながら書き溜めました。


太陽は昇る

「—————セイバー、俺は……」

 

 振り返り彼女に顔を向けた。全てを伝えようと。俺の中にあるこの恋心を消化するために。

 

 だけど、そんな願いは儚く終わった。

 

 振り返った先にあるのは太陽だけだった。東の地平線からゆっくりと上昇してきて日の出が起こっていた。顔を出した太陽はいつの間にか俺を照らし出していた。しかし、俺以外の誰の影も作らずに。太陽だけが俺の視界にあって、他はもう何もなかったのだ。

 

 太陽があまりにも眩しい。俺は顔を背け、手をかざし、目を閉じた。

 

 目を閉じた後も瞼の裏に光景が焼きついていた。太陽だけが見えて、彼女の姿など何処にもなかった光景が。

 

 目が痛い。太陽の光にやられてしまったのか、それとも別の何かなのか。じわりと目頭が焼けたように熱くなり、体を丸め膝から崩れ落ちた。一晩中山の中を走り回って戦っていたからもう立つ力も残っておらず、悔しくも座り込んだまま、ただ太陽の光が俺を照らす。

 

 暖かい光、その光は俺の壊れそうな心に当たる。しかし、その暖かさも今の俺にとってみれば苦しみに変わる。打ち付ける振動は今にも胸を突き破りそうで痛く、呼吸はふと荒くなった。

 

「おいおい、マジかよ……。こんなん、アリかってんだ……」

 

 あまりの出来事に俺は呆れた。現実はやはり人間には厳しく、ここぞ一番というときにやってくれる。現実への愚痴は声を大にして言いたかったのだが、しかし今のこの俺にはそんな力はなく、流れそうな涙を堪えながら苦しみを紛らわすために無理やり笑みを作ることだけしかできなかった。

 

 一足遅かった。俺が彼女に本心を告げるのが遅れてしまった。告白するのには勇気が必要で、彼女は俺にその勇気を出して告白してくれたというのに、俺ときたら……。早く彼女にこの想いを打ち明けたのなら、彼女が帰る前にもう一度彼女の顔を見れたのなら、この涙は必要ないのに。

 

 一粒の涙が雫となって地に落ちた。それを皮切りに悔しさの塊がぼろぼろと流れてくる。

 

 あのとき自分がぐずぐずしていなければ良かった。もっと早く自分の気持ちに正直になれたのなら。ただ一言口に出せばいいだけなのに、どうしてためらっていたのか。こんな思いをするのなら、言えば良かった。

 

「ああ、ほんと、俺ってバカかよ。言いそびれた……」

 

 簡単な文である。小学生でも、いやそれ以下の年齢の子でも分かるような言葉。それを俺は口にすることができなかった。惨めだ、あまりにも。俺はここまで憐れな男だとは。

 

「好きって言うだけなのに、なんで言えねーかな……、俺」

 

 自分の失態をぼやく。じわじわと襲ってくる後悔や悲しみやらに対しての防御策として辛いことをつらつらと呟くが、それもあまり意味を成していなかった。

 

 隣にいた誰かを失った。そのストレスは相当なもので、俺の心にも重くのしかかる。たった一ヶ月しか一緒にいなかったはずなのに、俺の心はもう再起不能なほどぼろぼろだった。

 

 もちろんそうなってしまうことは薄々勘付いていた。しかし、やはりその場に立ってみると辛いものである。

 

 彼女が俺にとってかけがえのない存在であったことを改めて感じてしまった。

 

 俺はもう一度彼女がいると信じて太陽の方角を向いた。だが、やはり目の前に飛び込んでいたのは太陽の光のみ。彼女の姿形は一切目にすることができなかった。

 

 そして、その瞬間俺はようやく理解した。理解したくなくとも、もうせざるを得なかった。彼女はいないのだと、そんな現実から目を背けたかったのだが、背けたところで彼女が戻ってくるわけがない。

 

 彼女は過去は帰ってしまった。聖杯の力を使って、彼女は幸せを求めて行ったのだ。

 

 何もなくなった俺はそれを実感しながら、空を見上げた。空は雲ひとつなく、赤いような青いような寂しい空があった。太陽の赤混じりと夜の闇の青混じりの空は広大で、そんな空を見上げている俺はひどくちっぽけな存在だと思えた。

 

「はぁ……」

 

 ため息を吐く。それは心身を襲う疲れなどのため息ではない。現実への嘆きのようなものであった。

 

 小さなため息は俺以外の誰を聞かぬものとなるだろう。多分あと数十分もしたら俺でさえも忘れてしまい、このため息の存在は無となることだ。

 

 しかし、今、この場においてこのため息は俺にとってなくてはならないものだった。それは押しつぶされて壊れそうな心を少しでも支えるための吐露であるから。

 

「好きになっちまったが最後、この苦しみを抱えなきゃなんねーとか、辛すぎだろ」

 

 人とはなぜこうも面倒くさい造りになっているのか。身体にしても、心にしても、自身の欲求を解消させるためには一々苦労をしなければならない。いや、例えしたとしても失敗もあり得るし、失敗をしたら今の俺のように後々引きずる悩みだって生まれてくる。

 

 簡単に、単純なもので良かったものを、どういうわけかこんな身体や心になってしまった。神様の嫌がらせなのか、人類の総思念がそれを望んでいるのかは知らない。だが、こんな複雑な人間である俺を今だけは許せなかった。

 

 好き、その二文字の言葉さえ言えない自分に腹がたつ。しかし、その苛立ちを吐き出すところはもう何処にもない。セイバーがいれば告白して無くせるのだが、もちろんそんなことは彼女がいなくなってしまった今ではできず、それを理解してしまうとまた苛立ってしまう。

 

「クッソ、死ねよ、マジ」

 

 誰に向けてでもない暴言を吐く。しいて言うなら、俺に向けてだろうが、俺に怒りを向けたところで何の解決にもならない。

 

 ただ、それでも感情が溜まりに溜まって心がパンクする前に少しでもいいから口から感情を吐き出さねばならない。そうでないと、俺は彼女がいないこの景色に絶望してしまいそうだから。

 

 ああ、ほんと馬鹿である、俺は。こうなる事が分かっていたのに彼女を過去を帰そうとしていたなんて。辛い、辛過ぎる。全身からヒリヒリとするような痛みを感じて、しかし何の傷もないので俺は服の裾を握りしめた。

 

 それから俺は何も呟かなかった。じっと無言のまま心が次第に落ち着くのを朝空を見上げながら待っていた。地面に座りながら、冬の風に洗われながら、彼女がいない俺の静かな元々の日常を噛みしめる。

 

 俺の日常はこんなものだったろうかと自分に問いかけながら目を閉じた。

 

 彼女の声が聞こえない、それが俺の答えとなっていた。

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「結局、私は剣へと戻るのか……」

 

 昇る朝日を見ながらグラムはそう呟いた。暗い声で失敗を嘆きながらも、心の何処かでこの結末に一定の理解を示していた。

 

 彼女は内心、こうなることを少しばかりだが予想していた。彼女は聖なる選定の剣でもあるが、同時に人知を超えた魔剣でもある。神に力を許され、しかし過去においてその力を人殺しのために使ってきた。彼女は決して望まなかったが、それは彼女が剣という存在ゆえのこと。しょうがないのだ。彼女の身体が血塗れになるという運命はすでに決められていたのだから。

 

 そんな彼女はこうして人の身体を一時的に得たわけだが、やはりそれでも血濡れた身体であることは変わらない。聖杯に魔剣という存在でなくなることを望んだが、やはりそれ以上に贖罪も望んでいた。

 

 自分は人殺しである。それはすなわち悪であり、悪は罰せられるのが世の理。結局彼女は苦しみながら聖杯戦争を戦ったが、何も得られなかった。

 

 彼女は侘しく微笑んだ。太陽に対して自身の翳りを誇張するかのように。

 

「別にこれでいい。私のしてきたことを考えれば、これでいいのだ。こんな結末がこの私には丁度いい」

 

 聖杯を本気で望んだ。しかし、やはり自身は得られるような立場ではなかったと彼女は悟ってしまった。

 

 そう、此度の聖杯戦争は少し彼女が出しゃばっただけのこと。負けてもそれもまた悪であるゆえの運命。

 

 分かっていた。所詮グラムはそれだけの存在であるのだと。どんなに強かろうが、結局は剣であり道具である。自分は悪役の立場で、そして負けることは慣れている。

 

 そう、分かっているのだ。だが、それでも、どうしても彼女は……

 

「どうして夢を見てしまうのか」

 

 涙をはらりと流した。朝日がその涙を照らし、彼女の心を焦がした。焼ける痛みが彼女を襲う。

 

 諦めきれない。それは剣である彼女が人間に近くなった証拠であろう。

 

 人間は誰しもが欲を持ち、その欲を満たすために行動する。もし、その欲を満たせないとなると、人間は苛立ちや悔しみを抱くものだ。

 

 彼女は禿げた木に寄りかかった。幹に背中を押し当て力なく座り込み、深いため息をついた。

 

 そして、彼女は涙を拭いながら西の方角に顔を向けた。

 

「何だ、冷やかしに来たのか?」

 

 彼女の視線の先には一人の少女がいた。少女は睨むグラムに怖じけることなく、むしろ笑みを浮かべた。

 

「そんなことするためにここまで来ないよ。私はただどうなったのかなって見に来ただけだもん」

 

 その少女、太陽の光がように赤く腰まで伸びた髪をふわりと靡かせた。胸を張り、ドヤァって顔を前面に出してきた。

 

「そうか、私のことを冷やかしに来たのではないか。だが、お前は私のことを見ずともこの結末は知っていただろう?ここまで来る必要はあったのか?」

 

「あるよ、あるある!だって、こうなる結末はあくまで可能性だし、こうならない結末の可能性だってちゃんとあったんだから。どうなるか正確には分からなかったし、それならここまで見に来た方がいいかなって」

 

 少女は何の意味があるのか分からないが謎のピースサインを満面の笑みでグラムに見せつけた。グラムはそのピースサインを鼻で笑う。

 

「お前は気楽でいいな。夢が叶ったんだから」

 

「いやいや、気楽なんかじゃないよ!毎日頭痛い状態で過ごしているんだよ?ツライツライ」

 

「でも、笑顔じゃないか。お前は」

 

「えっへ?そ、そう〜?ま、まぁ、ソージが隣にいてくれるし、それが何よりも嬉しい!」

 

 今度は堂々と謎のグーサイン。とりあえず喜びを表現しているのだろう。

 

「まったく、お前は敵が前にいてもいつもそうなのか?」

 

「あっ、私?まぁ、うん、そんな感じ。っていっても、そもそも生前は敵とかそういうの一切対峙したことないし……」

 

「そうか、つくづく幸せ者だな。戦場に出ないだけまだマシだ」

 

「そう?そうなの?そんなものなの?まぁ、見たことはあるよ!」

 

「だろうな。お前のことを知っていればそれぐらい分かる」

 

 少女はグラムに自分のことを知られていると言われると、恥ずかしがるような、照れるような仕草をした。そんは感情を百パーセント表に出す少女にグラムはため息をしながらも微笑んだ。

 

 しかし、すぐさまグラムの顔は険しくなる。その顔は怒りを抱いているというよりは、困惑しているというような顔であった。

 

「なぁ、キャスター。これからはキャスターとしてのお前ではなく、王としてのお前に尋ねたいことがあるんだ」

 

 王。その言葉は何と威厳のある響きなのか。グラムがその言葉を発した瞬間、空が一瞬固まった。顔を出そうとしていた太陽は止まり、吹いていた風は音を消す。場の空気が凍りつき、冬の冷たさとは少し違った肌寒さを与える。

 

 キャスターはその言葉を聞くと、さっきまでの笑みは突如として途絶えた。豊かな表情は一つの笑顔になった。可愛らしい色とりどりの幼い笑顔から一変、今の笑顔は母のような、女神のような全てを包み込み優しく平等に光を見せるそんな笑顔だった。

 

「慣れぬな。やはりお前のその豹変ぶりは。表裏ありすぎじゃないか?」

 

「まぁ、少女の私と王である私は違いますからね。王とはすなわち統べる者。そして、その統べた全てのものを愛するもの。それは有象無象の何であれ愛することであり、子供のように気まぐれに喜怒哀楽を見せることは許されない。しょうがないんですの、これが王なのですから」

 

 声は依然として変わらないが、口調は大きく変化していた。あどけなく自分の意見を全面に出す子供の口調ではない。何年も何十年も生きていた老婆のように全てを悟ったような口調。その言葉一つ一つが尊く威厳があった。グラムはそもそもの存在の質の違いを感じ、冷や汗をかいてしまった。

 

「それで、なんですの?王としての私に訊きたいことがあるのでしょう?言ってごらんなさい、例え私の民ではなくとも道を指し示してあげましょう」

 

「なんだそれは、職業病か?」

 

「職業……、ええ、まぁ似たようなものですね。私の存在が王だからこうなってしまっている。否応もないことですから」

 

 彼女の言葉には自身が王であることを嘆くようなニュアンスがあった。しかし、彼女を見る限り、王である自分に自信を持っているような姿も窺える。

 

 柔らかい眼差しをグラムに向ける。グラムはその眼差しに少したじろいだ。

 

「嘘や隠し事は即座にバレてしまいそうだな」

 

 常光の笑顔をずっと変えずに受け答える。その行動は摩訶不思議としか言いようがなかった。感情のない、いわば人を捨てたような人の形をした何かを相手にしているような感覚をグラムは感じた。

 

 しかし、今のグラムにとってそんな彼女であるからこそ話しやすかった。人でありながらも人でない、王者の品格を持ち合わせ、常に安寧を与える彼女だからこそグラムは悩みを打ち明けやすかった。

 

 グラムは悲しそうな目をした。ため息をつきながら、それでも笑顔を作る。

 

「私は何か間違えただろうか」

 

 彼女はそう言いながら薄っすらと瞳を潤した。苦しみを紛らわすように後ろで組んでいた手の平に爪を食い込ませた。

 

 彼女は後悔をしていた。それはずっとアーチャーたち、人間のせいにしていたことだ。彼女がこう苦しみを抱いてしまうのも全て人間たちのせいなのだと。もちろん、オーディーンも忘れてはいない。こいつも彼女を地獄の運命に突き落とした。

 

 許さない、その憎しみの赫怒を心の底でふつふつと燃やしてはいたが、やはり彼女はまだ知らなかった。この人の身体を得るまで、人など理解できなかったから。

 

 しかし、今は理解できる。憎しみが憎しみを生み、それが永遠と連鎖することを。誰かが受け止めなければならないことを。その中でも確かに美しい愛は存在し、その愛を彼女は壊そうとしていたということを。

 

 もちろん今でも許さないことだって多くある。だが、だからと言って彼女がしたことはそれこそ憎むべき人間たちと同じようなことをしてしまったのだ。

 

 セイバーにとって愛すべき父親を殺した。それは彼女の人生を奪うことと同義であり、グラムはもう人間となんら変わりはない。

 

「こんなことをするつもりではなかったんだ。だが、怒りに身を任せたら、もう、私は……」

 

 手で顔を覆う。自分がしてしまったことの重大さを今になって感じてしまう。

 

 復讐、そんなものは行動の口実でしかなかったはずだった。なのに、してしまった。辛いのだ。その毒はアーチャーを殺し、そしてグラムをも殺そうとしている。

 

 しかし、キャスターはそんなグラムの乱れる姿を見ても平然としていた。

 

「それがどうしたのですか?」

 

 キャスターの言葉はグラムに喧嘩をふっかけているようにしか聞こえない。もちろんグラムはその言葉に激昂を見せる。

 

「それが私には大事なんだ!私がしてしまったことは許されないことであって……」

 

「でも、それがどうしたというのです?たったそれだけのことを相談するためだけに王としての私になれと言ったのですか?」

 

 グラムは口を噤んだ。彼女にとって大切なことでもキャスターにとってはそれほどのことには値しなかったということ。

 

 キャスターは目を深く閉じた。そして、また目を開く。その時にはさっきの天真爛漫な表情の彼女に戻っていた。

 

「別にそんなことを私に訊く意味ある?ないでしょ、ないない。そんなこと自分で決めればいいじゃない!」

 

 彼女の言う通りだった。グラムは剣であれど、今は人の心を持っている。使われるだけの存在ではない。自分で考え抜かねばならないのだ。

 

「そりゃ、私だって王だから道しるべみたいな言葉くらいだすけどー、それはあくまで最終手段。自分で歩かずに探し物を見つけようとしている人みたいな奴に手なんか貸さないもん!」

 

 キャスターはビシッとグラムを指差した。

 

「自分の人生ぐらい自分で決めなさいよね!」

 

 グラムは何も言えない。キャスターの言葉は今まさに悩みの核心に突きつけた言葉である。だが、どうしてもその言葉にうんともすんとも言うことはできなかった。

 

 自分で決められるのならとうに決めている。だが、一人で歩み出すという勇気は道具であった彼女には難しいことだ。

 

 無論、キャスターもそんなことは分かっていて言っている。意地悪いことである。できない奴にしろというのだから。

 

 しかし、キャスターはそれでもグラムにはそうしてほしかったのだ。

 

「私にはできない選択だから」

 

 彼女の笑顔はふんわりとした春の野原を照らす陽射しのような、弱く、しかし強いものだった。その笑顔はグラムの心を貫く。

 

「……そう、だな」

 

 そんな顔をされてはグラムも断れない。

 

「分かった。自分で何とかしてみる」

 

 グラムは腹を決めたようで、相手を見る眼差しはさっきより力強い。

 

 が、一つ問題がある。グラムはこれから頑張ってみると決意したものの、そんな彼女の身体は霊基という点。例え決意をしたところで魔力がなければ何の意味もない。

 

 ちらりとグラムは横目でキャスターを見た。

 

「その……、それでなんだが……」

 

 しかしグラムはそれ以上何も言えなかった。そんな彼女にキャスターはため息を吐く。

 

「まだ何かあるの?言うなら言ってよ!」

 

「あっ、いや、その魔力をもらいたいと思って……」

 

「魔力?」

 

 キャスターは一瞬キョトンと目を丸くさせるが、理由が分かるとニヤリと意地汚い笑顔を見せた。

 

「はは〜ん、セイバーに聖杯が渡り、聖杯との魔力パイプは断たれて魔力供給がなくなったのですかぁ〜?だから魔力を持て余しているであろう私に魔力を分けろと?」

 

「ま、まぁ、そうだが……」

 

「私から?命を奪おうとしたのに、今度は魔力を分けろ?ダメダメ、だって私魔術師だよ?そう簡単に魔力をあげると思う?」

 

「あっ、その点は……、その、すまない。聖杯を得るために必死だったからな。その、だからなんだ、悪かったと思ってる」

 

 グラムはこう見えて真面目なので、本当に申し訳ないと思っているなら何でもし放題である。それを分かっているキャスターはどうグラムで遊んでやろうかと下衆な思考を巡らせていた。

 

 その時、ふとキャスターはあることを思い出したような顔をする。懐の中から時計を取り出して現在時刻を確認した。

 

「げっ、もうこんな時間……」

 

「何かあるのか?」

 

「あ〜、ソージの朝は早いからもしかしたらもう起きてるのかもしれないからもう帰らないと勝手に外に出てたことがバレちゃうんだよねー。流石にこう込み入った話だし、ソージのいないところで話したかったけど、私がいないとソージ悲しんじゃうだろうし……」

 

「悲しむのはお前の方じゃないのか?」

 

「私もソージも悲しんじゃうよ!相思相愛だからね!」

 

 彼女はそう言い残すと一旦グラムに背を向けたが、何か思い出したのかくるりとまたグラムの方を向いた。

 

「あっ。そうそう、渡し忘れた」

 

 彼女は自分の首元からネックレスを取り外すと、それを特にためらいもなくグラムに差し出す。

 

「はい、どーぞ。あげる」

 

 そのネックレスは翡翠で作られていた歪な形の飾りが二つあった。玉から尾が出ているかのような円とは程遠い湾曲したカーブ。しかし、その飾りを二つ合わせてみたら、円に見えなくもない、そんな形。

 

「これは?」

 

「ムッフッフッフ、さぁ、何でしょ〜う。まぁ、とりあえずそれを薬みたいに飲み込んじゃって」

 

「え?この石を?」

 

「そうそう、その石を」

 

 グラムは嘘であろうとキャスターに目で訴えかけるが、キャスターの目は笑っているが本気だった。

 

「いや、そもそも何故?何故このよく分からない石を飲まねばならない?」

 

「あ〜、そこらへんは、特に理由はないよ。まぁ、運命だよ、そういう運命」

 

「石を飲む運命だと?」

 

「そうそう」

 

 しかしそんなこと言われても、ハイそうですかといってよく分からない石を飲む馬鹿はいない。グラムは石を見つめ、それが何なのかを理解しようと目を凝らして注意深く観察する。

 

「ねぇ、早く飲んでよ」

 

「いや、流石に無理があるだろう!石を飲めと言われて飲むか、普通?」

 

「まぁ、そこは諦めて。はいググッと」

 

「無理だ無理!せめてこれが何なのかぐらいは教えてくれ!」

 

 グラムの申し出は至極真っ当。しかし、目の前にいるキャスターはそんな真っ当なことを腹の底から笑うタイプ。申し出たところで特に変わることはない。

 

「……はぁ、まぁ、言わないと飲んでくれないだろうし、ヒント、ヒントを言うよ!」

 

「ヒント……?」

 

「そう、ヒント!う〜んとね、この石は……、クリスマスプレゼント!」

 

「クリスマスプレゼント?」

 

「そうそう、二週間後くらいにクリスマスっていうイベントがあって、そのイベントではプレゼントをあげるんだよ。だから、はい、あげる!」

 

「いやいやいや、全然ヒントになってない!」

 

「大丈夫、もらって嬉しいものだから」

 

 キャスターはそう言うと自信に満ち溢れた笑みを浮かべる。グラムは抱いていた不安をその笑みでかき消されてしまった。

 

 そして、キャスターは間髪入れることなくくるりと体の向きを変えた。

 

「じゃあ、もう帰るね〜」

 

 彼女はそう言い残すと足元から霊体化してゆく。グラムはそんな彼女を引きとめようとしたが、遅かった。

 

「まだこの石のことをちゃんと聞けていないのだが……」

 

 押し付け商法のようにキャスターに石を渡されたあと、一人残されたグラムは呆れてため息をつく。しかし、彼女のため息は決してマイナスな意味などではなかった。

 

「私のような奴にも手を差し伸べてくれるものはいる……か」

 

 キャスターの行動は自分勝手で他者を考えるということは一切していないが、それでも裏には優しさがあることを行動から垣間見ることができる。それは誰であろうと分け隔てなく、公平に笑顔を振りまく。もちろん、魔剣グラムにも。

 

 しかし、この石が何なのか、それは一切分からない。かと言って今からキャスターを追うにも、もう魔力が底をつきかけている。力が出ない、間に合わないだろう。

 

 何も分からない石が手の中に一個。それ以外は何もなく、頼れるものもない。

 

 結果、彼女はその石を見つめた。

 

「変な形の石だな。これを飲めとは……。正気か?」

 

 正気などではない。きっと面白半分でそんな馬鹿なことを言ったに違いない。そう考えた。

 

 しかし、魔力がもうない。きっと日の出を見てから少しすればこの身体も力尽きるかもしれない。ならば、これぐらい別にどうってことない。

 

 藁にでも縋りたい思いというわけでもないが、しかしやはり魔剣としての自分であることはやめたい、すなわち聖杯は今でも欲しい。諦めてしまってはいるものの、心の何処かでは諦めきれない彼女がいた。

 

「もしこれを飲んで私が人となったら、それは本望。まぁ、しかしそんなことが本当に起こるはずもないか」

 

 彼女は恐る恐る口の中に石を入れてみた。そして、その石を飲み込んだ。




まぁ、何ということでしょうか。セイバーちゃんいなくなっちゃったよ。あ〜あ、ヨウくんやっちゃった。これは流石にツライですね。

そして、何とキャスターのとんでもない無茶振り、テレビのバラエティでもないくらいどギツイですね。私はやられたくはありません。

さぁ、次回は聖杯戦争を取り巻く人たちの夜の話です。エッチくはないです。更新は今回みたいにちょっと長引くかもです。

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