Fate/eternal rising [another saga]   作:Gヘッド

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はい、Gヘッドです!

え、何?この頃段々と更新が遅いですって?

えー、それには訳がありまして……、いや、ホントしょーもない訳なんですけど……。

FGOと妖怪百姫たん!。この二つのゲームをやっているせいで時間がなくて……。いや、その、ホントすいません。かけるときに頑張って書いてます。


あどけなく、しかし艶かしい

 恋、それはどのような理由により起こるものなのだろうか。

 

 顔が好みだから。一番欲望に忠実であり、理由としてもナンバーワンに数が多い。しかし、俺は別にそこまでセイバーの顔が好きではない。だってセイバーの顔は外人の顔。しかし、別に俺は大して外人の顔は好きではない。やはり日本人顔に限る。

 

 性格が好きだから。現実的で二人の今後の関係、未来の配偶に最も適した理由であるに違いない。しかし、セイバーの性格も別にそこまで好きというわけではない。とりあえず何でも俺の言うことには難癖をつけてくるし、そもそもこのめんどくさい性格は隣にいられると癪に障る。

 

 好きにならないといけないから。政略恋愛や時期に遅れを感じたからするという言わば手綱を握られているがための行動。しかし、別に俺はそこまで何かに縛られているというわけでもないし、そもそも縛られていたら反抗するタイプである。

 

 他には何があるだろうか。肉体が性的に好みだから?それは確かに俺であれば可能性はなくもない。しかし、別にセイバーの身体はエロいかと言われればそうでも……。セイバーのような身体よりかは二十代後半くらいの肉体の方が断然エロいような気がする。

 

 あれ?他に何かあるか?俺が彼女を好きだと感じた理由。あれ、まさか無いとか?

 

 いやいや、それはない。好きではないというのは嘘である。もちろんそれは胸の奥が締め付けられるような感覚などではないし、頰が火照るわけでもない。ただ彼女が隣にいると安心するのだ。心が落ち着くとも言える。テンポの速いビートを打ち付けるのではなく、逆に穏やかになる。彼女が隣にいる時だけは安心できるということ。

 

 うむ、しかしそれは好きだと言えるのだろうか。安心できるから、それはまるで母親の温もりのようなものと似ているのではなかろうか(まぁ、その母親の温もりなんて知らないけど)。俺の恋とは甘える対象を求めているのか?

 

 いや、それも違う。確かに安心できるし、俺はもしかしたら母親の温もりを求めているのかもしれないが、どう見たってセイバーに甘えられまい。もしセイバーに甘えたらバカにされ続けるに決まっているし、彼女に母親の温もりなぞそもそもない。

 

 なら何故だ?何故俺は彼女が好きなのだろうか。もうここまで答えが出てこないとセイバーのことが好きではないみたいである。

 

 いやしかし、俺は自分はセイバーのことが好きなのだと感じたのだ。あの瞬間、ふと脳裏によぎった。俺は彼女のことが好きだと。それ以上もそれ以下もなく、ただその単語がドンッと俺の頭の中に鎮座し動かない。

 

 俺は涙やら鼻水やら色々なものを擦りつけてくるセイバーのおでこを掴んで彼女の顔をまじまじと見た。

 

「何なんですか?急に」

 

「ん?いや、お前の顔、俺のタイプなのかと思ったけど、やっぱり全然違った。それだけだ」

 

 その言葉にセイバーは表情を険しくする。

 

「女の子にそれはヒドくないですか?」

 

「涙やら鼻水やらを服に染み込ませてくる奴が女の子とは思いたくはないな」

 

 うん、考えれば考えるほどセイバーに対して悪いことしか浮かばない。俺に負けぬほどのめんどくさい性格、生理的に無理な行動、その他諸々。良いところを出そうとしているのに出てくるのは短所しか出てこない。

 

 俺は深いため息を吐いた。そのため息に反応してか、セイバーはどうしたのかと尋ねてきた。

 

「別にただ考え事をしてただけ」

 

「考え事?何を考えていたんですか?」

 

「別にそんな大したこたぁねぇよ」

 

 そう別に大したことはない。俺が彼女に惚れたなどこの際、そんな大事なことではないのである。どうせもうじき彼女は聖杯によって願いを叶える。そして彼女は念願の過去へお帰りということ。なので結局は俺と彼女との付き合いはここでおしまいであり、恋したなど伝えても所詮は特に意味のないこと。

 

 確かに彼女は聖杯などあくまで自身を受け入れてくれる存在の二の次かもしれないが、やはりそうだとしても何でも願いを叶えられるものである。そこは欲望に従い夢を叶えるに違いない。つまり、過去に戻るということ。

 

 まぁ、簡単に言えば彼女を受け入れる存在にはなったものの、その役目はたった数分の役割。大して重要ではないのだ。

 

 今重要なのはその想いをいかに隠せるか、そういうことではないのだろうか。彼女が何の未練もなく去っていけるように俺は後ろから背中を押さねばならないのに、そんなこと言ってしまえば運命の糸が絡まってしまうかもしれない。

 

 俺が望むのは彼女が過去に帰ることである。確かに好きならば彼女の背中を掴んで離さないということも出来得るだろうが、それは果たして彼女のためになるのか。そう考えてしまう。彼女がここにいることは彼女のためじゃない。だから俺は彼女が目の前から消えることを望む。

 

 しかし、やはりその望みが俺の恋心に矛盾しているのは百も承知。それでも俺はそれを無理矢理にでもしてみせる。

 

 そう、つまり彼女を俺の日常から再び消そうということ。元々彼女は俺の平穏な日々の中に存在しなかったのであって、目の前にいる今という状況が異常なのである。つまり、俺はそれを平常に戻すだけであり、なにもそれにセイバーの望みを合わせて叶えるだけである。

 

 簡単なことだ。初めの頃は絶望的だったが、聖杯を手に入れた今では朝飯前である。

 

 今からすることは彼女の望みと俺の日常を得る行為。それしか得られぬ行為なのだ。

 

 結局のところ、今のこの気持ちに気付こうが気付かまいが、どちらにせよこうなる結末は変わらなかっただろう。

 

 そんなもんなのだ。俺なぞ彼女にとって踏み台の一部に過ぎない。もちろん、俺はそれで良い。それで彼女が笑っていられるのならそれぐらい引き受けられる。

 

 ただ、その仕事の代価として見たいものがある。

 

「セイバー」

 

「はい?」

 

 ほとほと泣いた彼女の涙袋は少し腫れており、目の(ふち)が赤く、目は少し潤っていた。だが、もう泣き止んだのか嗚咽や過呼吸気味の息切れは聞こえず、声は少し涙かすれているもののそこまで気になる程でもない。

 

「笑え」

 

「……へ?」

 

「いや、笑ってくれ」

 

 彼女はきょとんとした顔で俺を見る。

 

「急ににどうしたんですか?」

 

「いや、ただ笑ってるお前の顔が見たいなって思っただけだ」

 

 俺が彼女の望みを叶える手伝いをする代価として、俺はその笑顔をもう一度だけ見たかった。あの太陽のように輝く笑顔、何物にも代え難い唯一無二の存在。その笑顔一つで俺は彼女に動かされ、ここまで頑張ってこれたのだ。だから、最後にあの笑顔をしかと目に焼き付けたい。

 

「見納めだ」

 

 これっきりもう彼女の俺を照らしてくれる笑顔はもうない。隣にいた太陽に照らされて光り続ける俺は今まさにこの瞬間から輝きを失うから。だから、その最後だけは美しい光を見せてほしい。

 

 彼女はその言葉に口を噤んだ。暗に『最後』というニュアンスが含まれていた。だから、彼女の顔は一瞬曇った。視線を一旦足元に向けて、両手を腰の後ろで絡ませながら虚ろな目をする。

 

 しかし、彼女はまたすぐに顔を上げ、いつも通りの笑顔を俺に見せつけた。

 

「こんな感じ、ですかね?」

 

 照れるように目をぎゅっと瞑りながら、口角を上げえくぼを作る。白い歯が赤くふっくらとした唇の中に現れ、頰は幾許か赤みが強くなった。腰に手を当て少し曲げ、顔を少し俺に近づける。

 

 自然な笑顔ではなかった。自然な笑顔なら照れなんてものは顔から表れないし、少しばかりわざとらしい。

 

 だが、俺はこれでよかった。彼女の満面の笑顔をもし見てしまったら俺はどうなってしまうだろうか。それが分からない。どうなるか分からないから、見ない方がいいのだ。

 

 見たいという気持ちと、見ない方が身のためだという現実。こればかりは互いに反しているためどちらか一つを選ぶしかできず、俺は後者を選んだ。

 

 だからいいのだ。わざとらしい笑顔でも、彼女が俺に笑顔を向けてくれたことだけで嬉しいのだから。仮初めの笑顔でも彼女の笑顔である。俺にはそれで十分だ。

 

 俺は地に落ちた聖杯を手に取った。聖杯に付いた土を手で軽く払う。やはり聖杯は若干欠けていようとも、汚れを手で払うと一段と美しく輝きを放つ。それを俺は彼女に手渡した。

 

「ほい、聖杯」

 

 彼女はその聖杯を両手で受け取った。彼女の細い指先の隙間から漏れる光は眩しく、しかし目を突き刺すような光ではない。柔らかいずっと見ていられるものだった。

 

 俺はその聖杯を渡すと、彼女に背を向け歩き出した。

 

「え?何処行くんですか?」

 

 彼女はその行動に待ったをかける。

 

「そりゃ、帰るに決まってるだろ」

 

 その言葉に彼女は喫驚した。目玉が飛び出るくらいに目を開く。

 

「えええっ?帰っちゃうんですか?私の最後、見ていかないんですかっ?」

 

「見るわけねぇだろ。今、何時だと思ってる?もう、五時過ぎ!もうすぐ日の出!っていうか、今日はテスト返却日!学校なの!お願い、帰らせて、寝かせて!」

 

 これは本当のことではあるが、第一理由ではない。もちろん、第一理由はただ見ているのが辛いから。それだけである。

 

 彼女は俺に見てほしいというが、それは俺にとって責め具みたいなものだ。苦しい時間がただ続くだけである。

 

 笑顔が見れたのだ。なら、それで終わりにしたい。それ以上の彼女を見たくはない。

 

 彼女は背中しか向けない俺には彼女は苛立ちを抱いたのか、しつこく俺に絡みついてくる。

 

「ヨウ、聞いてます?さっきからの私の話」

 

「ん?ああ、んまぁ」

 

「本当ですか?どんな話しましたか、私?」

 

「え〜っと、ヨウ様イケメン!って話だな」

 

「全然違いますよ、聞いてないじゃないですか」

 

 彼女のため息が聞こえた。

 

「はぁ〜、私がヨウにちゃんと感謝の言葉を述べていたのに、聞いてくれなきゃダメじゃないですか……」

 

 感謝の言葉。そりゃ、確かにほしいな。ここまで命張って彼女を守ってきたんだ。本当だったら俺が守られるはずなのに守ってたんだから、感謝の言葉の一つや二つは当然受け取っておくべきだろう。

 

「よし、もう一度聞くわ。つーわけでもう一度感謝の辞をどうぞ」

 

「えええっ?もう一回ですか?あれ、結構恥ずかしいんですからね!」

 

「そんなこと言わず、ささ、どうぞ」

 

「じゃあ、せめてこっち向いてくださいよ」

 

「いや、そしたら俺の涙腺崩壊した顔が見られちゃうからダメだな」

 

「あっ、じゃあ、こっち向かなくてもいいです」

 

 なっ、なんか結構ヒドイこと言われたような気がする。いや、別にそれでもいいんですけどね!

 

「え〜、その〜、いや、なんか改めて言うのも何なんですけど、その、ありがとうございます……」

 

「えっ、何?仰々しくない?それもまさか台本通り?」

 

「そんなわけないじゃないですか!ただ照れてるだけすよ!」

 

 照れてるってことを照れずに言えるのはどう言うことなのだろうか。

 

「さっきは言えましたけど、今はヨウが私のことをからかおうと全神経を耳に集中しているじゃないですか!恥ずかしいですよ!」

 

 セイバーはガミガミと愚痴を言う。照れてるのか照れていないのかよく分からないが、畏まった雰囲気を漂わせる。

 

「あっ、その、本当ありがとうございます。ここまで付いてきてくださって……」

 

「送別会の言葉みたいだな」

 

「ちょっと、雰囲気を壊さないでください!」

 

 こんなグダグダ感謝の辞に雰囲気もクソもないとは思うのだが。

 

「えー、ヨウが頑張ってくれたから、私は今ここにいることができます」

 

「そりゃ、そうだな。俺がいなきゃソッコー死んでるな、お前」

 

「当初は少しヨウに対して反抗してましたが、それはごめんなさい」

 

「まったくだな。あの時は本当に何か言えば喧嘩だったからな」

 

「……あの、ヨウ?一々話を割るのはやめてもらえます?」

 

 彼女はそう言うが、聞く側としてはどうしても言わずにはいられない。

 

 しかし、彼女がそう言うので仕方がない。口を閉じるとしよう。

 

「……はい」

 

「……ん?それで?続きは?」

 

「え?もう終わりですけど」

 

「えっ?もう終わり?」

 

「あっ、はい。そうです。終わりです」

 

 ふ〜ん。そう、終わりか。

 

「……ええっ?嘘でしょッ⁉︎もう終わりなの⁉︎」

 

「そう言いましたけど……、何です?」

 

「いやいやいや、もうちょっと言うことはあるだろ!えっ?何?俺への感謝はそれだけなの?他にもあるだろ!そもそもお前を召還したこととか、お前をなんだかんだ言って支えたこととか、飯作ってやったこととか!他にもあるだろう!お前の感謝はそんなものか!」

 

「失礼な!私だってものすごく考えたんですよ!昨日からずっと、もし聖杯を手に入れられたら何を言おうか考えていて寝付けないほどだったのに!」

 

「俺はそもそも生きて帰れるかで寝付けなかったよ!めちゃめちゃ脳天気だな!」

 

 セイバーは不機嫌そうな顔をする。しかし、どう聞いたって今の話は圧倒的に俺の方が常識的だし、一理ある。

 

「はぁ〜、まったく聞いてみりゃ大したもんでもないな。もっと何かすごい言葉でも出るかと思ってたのに、搾りかすをさらに搾ってるみてぇなもんだったな。せめて少しはお世辞でも言うだろ、普通」

 

 俺がセイバーにガミガミと文句を垂れ流していると、そんな俺を見てか彼女は笑う。

 

「ああ?何にやけてんだよ」

 

「んへへへへ、ヨウがこっちを向いてくれたなって」

 

 彼女の笑顔が視界に入り込んでいる。そう認識した瞬間、頰から耳先にまでかけて身体が熱くなるのを感じた。まるで俺の中を流れる血が沸騰したかのような感覚で、無性に身体全身が痒く感じた。

 

 ふと話に熱が入ったのか、彼女の方を向いてしまった。これは俺の落ち度である。彼女の顔はもう見たくもないのに。

 

 しかし、彼女のその眼差しからは逃れられそうにない。背中を向けようにも、さすがに今そうしたらさらに不審がられてしまう。

 

 とりあえず俺は目をそらした。彼女を見るのではなく、彼女のその先にある空を見た。

 

 段々と紺色のような空に明るみが出てくる。色が薄くなってきて、紺から群青へ、群青から水色へと変わりゆく。もうじき太陽が地平線から姿を現わすだろう。

 

 セイバーは目をそらす俺にご機嫌ナナメのようだった。餅のように頬を膨らませ、こう言った。

 

「私に何か隠していませんか?」

 

 彼女のその言葉は妙に背筋をピンとさせる。首筋がぞわっと誰かに触られたような、しかししっかりと自分の心臓を掴まれたかのような感覚。苦しい、そんな感じ。

 

「隠してる?俺が?」

 

「はい。どうも挙動不審な気がします」

 

「いやいや、何でさ。お前に何で俺が隠し事しないといけないの」

 

 俺は彼女の妄言を否定する。もちろんその妄言は決して嘘ではない。ただ、俺はそれを肯定し、彼女にこの想いに勘付かれてしまうのだけは避けたい。

 

 彼女は否定をし続ける俺をまたじっと見つめる。

 

「マジ、本当だから。隠し事とか無いから」

 

「信用できません」

 

「……信用してよ。いや、まぁ、別に信用してもらわなくても良いんだけど」

 

「本当ですか?嘘、ついてませんか?」

 

 彼女は何度も俺に真実を質す。だが、彼女に話したくない俺は彼女の迫りに屈することなく嘘を言い続けた。

 

 すると、彼女は折れたのか、そうですか、とだけ言うと唇を少しだけ口に入れた。その時の目はなんとも寂しそうで、俺の手には余る光景だった。

 

 そして、彼女は一瞬パッと顔を上げた。何かを言いたそうに、俺に伝えようとしていた。しかし、彼女の口からは何も出なかった。俺の顔を見て、何を思ったのか大きく開いていた目と口を閉じた。視線をゆっくりと俺の目から下ろしてゆく。

 

 それから十数秒間、二人の間に会話はなく静寂だけがそこにいた。そして、彼女は無音を倒した。

 

「その……本当にありがとうございます」

 

 突如彼女の口から出てきた言葉はまたも感謝の言葉。さっき言いたそうにしていたのはこれだったのだろうか。

 

「何?また感謝?さっき聞いたからいいよ」

 

「あっ、そうですか……。いや、でも、もう一度ちゃんと言いたいですし……」

 

 彼女は手と手を腹の前で絡み合わせ、少し頬を赤らめながらそう言った。彼女のその姿にダメだと言える理由はない。

 

「おう、いいよ」

 

 まぁ、本当は聞きたいと思うと同時に聞きたくないとも思うのだが、それは少しぐらい押し殺してしまおう。

 

 彼女は手をもじもじとさせ、下を向きながら話し出した。

 

「その、本当にありがとうございます。こんな私の隣にずっといてくれて。本当だったら、私の方がヨウを守るはずなのに、守られてばかりで。そこは本当にごめんなさい。お味噌汁、美味しかったです。おにぎりも、お鍋も、カレーも。ほっぺがこぼれ落ちそうでした」

 

「おう」

 

 俺は素っ気ない返事をした。彼女はその返事に微笑んだ。

 

「ヨウらしいですね」

 

「そうか?まぁ、俺、こういうやつだから。すまんな」

 

 彼女は俺の言葉に対して首を横に振った。

 

「いえ、私はそんなヨウだから良いのだと思います。確かにヨウはヒドイですし、たまに人の心を持っていないんじゃないかって思う時もあります。でも、やっぱり接していれば接しているほどヨウが優しい人なんだなって強く思いました」

 

「そうか?」

 

「はい。セイギも言った通り、ヨウは良い人です。ヒドイことを言いつつも、ちゃんと相手のことを考えてるし、何より自分よりも相手のために行動する。現に私がそうであるように、あなたは誰よりも素晴らしい心を持っている」

 

「俺が素晴らしい心を持っている?だけど、俺はお前を自害させようとしたことあるぞ?」

 

「はい。でも、あなたはしなかった。自分の決断で、あなたはそれを選択しなかった。だからあなたはすごいのです。多分、あなたの境遇であんな状況になったら誰もが自害させますよ。もちろん、私も。だけど、あなたは私のためにそれをやめた。嬉しかった。あの時は本当に嬉しかった。偶然聖杯戦争に巻き込まれたあなたなら戦いを放棄するかもしれないってずっと思っていた。だけど、あなたはただ私のエゴのためだけにそれを絶った。ありがとうございます、本当に、あなたがいなければ私はここにいない。過去から立ち直ることもできなかったし、聖杯を手にしてもいない。本当に、この感謝は募るばかりです」

 

 彼女は俺の不意をつくように笑顔を作る。

 

「—————ありがとう。あなたのおかげでここまで来れた」

 

 その笑顔の輝きはまさに何物にも勝るものだった。腕の中にある聖杯の輝きが色褪せて見えるほどに美しく、それは俺の心を酷く抉った。

 

 彼女のその笑顔に胸を突かれた俺は急いで目を閉じ背を向けた。もう、本当に見てしまってはダメな部類に入る。彼女の笑顔をもう一度でも、一瞬でも見てしまっては俺が俺でいられなくなる。今、こう平静を保てている俺を暴走させてしまうことになる。

 

 俺は彼女の意思を尊重したいのだ。彼女を過去へ帰してあげたいのだ。

 

 それこそ俺の願いでもある。

 

 そうして、彼女の言いたい事は尽きた。俺はこの場にいることがあまりにも辛いので帰ろうと歩き出した。

 

「じゃあ、元気でやれよ。あっちに戻っても、俺のことくらいは忘れんな」

 

 俺は彼女にそう言い残した。そして、その場から立ち去ろうとした時、彼女は俺の方に走り寄ってきた。

 

 何であろうか。そう俺は思った。彼女の秋に落ちた枯葉を踏む音が近づいてきたから首を横に曲げて、横目で彼女の方をチラリと見た。

 

 すると、彼女は首を曲げた方向にある、目線の真下の俺の肩を少し強く握りしめていた。上着の上からでも僅かな痛みがある。しかし、そんなことも知らぬ彼女は俺の肩をグイっと力強く引っ張った。

 

 ぐらりと体勢が崩れた。グラムとある意味で一夜を過ごしていたのだ。山に住んでいたセイバーと違って俺は慣れていないから山の中を走り回っただけで、俺の心身、特に足はもう疲労困憊。そんな俺はか弱い少女の腕の力だけでもよろめいてしまった。

 

「おわッ⁉︎」

 

 転びそうになった俺は思わず声を上げてしまった。

 

 しかし、俺の目の前にあったのは枯葉混じりの土でもなければ、苔だらけの木の幹でもなかった。

 

「ヨウ—————」

 

 彼女の声が聞こえた。それは至近距離から、俺の目の前で彼女が呟いたものだった。

 

 その瞬間、俺の頭は一瞬悉く全ての機能がフリーズした。それは何故か。俺の脳内を全てを一瞬にして無にしていたのはどのような理由からなのか。

 

 それはきっとこの後俺たちに起こることが少し脳裏によぎったからだろう。

 

 俺の肩を強引に力強く引っ張った彼女は俺の後ろにいて、俺は後ろへ体勢を崩した。よろめく俺を彼女は腕の力を入れて支えてくれた。その時、俺の眼前、鼻と鼻が擦れてしまうほどすれすれのほぼゼロ距離にいて、彼女が俺を呼んだ。

 

 それはどのようなものか、これからどうなるのか、俺の中に巣食う本能というものが演算してしまった。彼女を過去へ帰してあげたいという願いに反発するもう一人の俺が今のこの一瞬で弾き出した計算があった。

 

 しかし、その演算結果に俺は首を縦に振ることはできなかった。それもそうだ。ここで俺がその演算を認めてしまっては、ここまでの俺の努力は一切の泡と化す。俺がこうあってほしいと願っていた未来がたちまちと泡沫になり消えてしまうからだった。

 

 だから今、互いの眼に映る自分が見えるほどのこの距離にいてもそんなこと有り得ないと思っていた。

 

 だが、青い瞳の中に映るその時の俺はとても情けない面をしていたように見えた。一瞬のことだったが、今まで何度も見てきた自分の顔の中で圧倒的にぶっちぎりでヒドイ顔をしていた。

 

 そこからはもう俺の理性はぶっ飛んでいた。彼女の青くてサファイアのように透明で美しい瞳を目にした瞬間、俺の顔はぐっと前に押し出た。それは今まで何度やっても超えられなかったであろう彼女の顔の前にあった壁を突き破ったかのようだった。きっと、これが最後だから、そんなことを思ってしまったからなのだろう。

 

 最悪だった。今までずっと守っていた彼女との距離をこの一瞬で粉々にまで粉砕され、迫ってしまっていることは。

 

 だから、俺は最後の希望に頼った。彼女に拒絶してもらうことだった。彼女が俺をはねのければいいのだ。この刹那の一時、俺はガチで本気で彼女に頼った。頼りない彼女に初めて願った。

 

 どうか、マスターとサーヴァントの関係で終わりますようにと。

 

 しかし、彼女はつくづく俺の僅かな希望も打ち砕いてくれる。

 

 そう、彼女は俺のここまでの努力の全てを無駄にしてくれた。

 

 彼女は全てを受け入れたような顔をしていた。至って普通、違うことといえば少し笑みを浮かべているようだった。彼女は爪先立ちで背伸びをする。背筋を良くして、若干胸を張る。そして彼女は俺の肩を掴んだ手とは反対の手で俺の頰に手をやる。

 

「—————嘘だろ」

 

 ふと口から声が出た。

 

 そして、彼女はその声を塞ぐかのように俺の唇を唇で塞いだ。隙間なく密着し、朱と朱が交わった。唇と唇は互いに歪みながら一つとなる。その柔らかさは至極なもので、冬の乾燥した外気に負けぬしっとりとした温かさは唇の微神経を通って脳に直接送られ、ぐわりと世界が傾く。

 

 そう、彼女は俺にキスをした。まさか、そう思っていた俺に不意打ちを食らわせるかのように突然俺の唇を彼女が占領したのだ。その時間は長いような短いような、まるで身体の中の時計が狂ったかのようでよく分からなかったが、この一瞬の出来事が俺の中で彼女を忘れられない人にした。忘れようと思っていた俺に彼女は追い討ちをしてきたのだ。

 

 彼女は背伸びしていた踵を地面におろし、俺から唇を離した。そうして俺は彼女の全体の姿を目で捉えた。彼女は僅かに頰と耳先を赤く染め上げていた。しかし、その赤に負けぬほどの果実のような唇を彼女は舌でなぞるように何かを舐め拭き取った。背の低い彼女は下からジッと俺を見つめていた。

 

 その姿に俺の胸は高揚感というものを覚えた。それは人間である前に生物として縛られている俺がどうしても抱いてしまう欲。男である俺はセイバーが実は心底恐ろしい奴なのではないかと狼狽えた。

 

「えへへ……」

 

 一見妖艶な姿を見せておいて、その後彼女はあどけなく笑う。無邪気に明るく温かい笑みを浮かべ、その笑みを俺と共有しようとしてきた。その笑顔は守りたい、脳や心ではなく本能が俺の中で疼いた。

 

 全身の血が煮えたぎる。沸騰寸前の血がアドレナリンを運びながら体の細部隅々まで巡り行く。心臓はいつになく小刻みに脈打ち、こめかみやら唇やら全身のいたるところで血管が動いているのを感じた。

 

 しかし、この胸の高鳴りも、脳の異常な興奮も、唇に残った彼女の感覚も、全てが俺の今までの努力を打ち壊そうとしていた。やめてほしかった。俺がどれだけ辛い思いをしてまでこんな決定をしたのか、分かってほしいと思う。勝手な彼女の行動に出会すために自分に対してやるせない怒りを抱いたのではない。

 

 俺はチキン野郎だから、どうしても彼女を引き止めることなんてできないのに。だから、こんな選択しかできなかった自分に怒り、胸が張り裂けそうな思いをしてきた。全ては彼女を過去に帰すため。

 

 なのに、なのに

 

「—————どうしてお前は俺をここまで苦しめる?」

 

 ああ、泣きそうだ。じわじわと目元が熱く感じる。頰の筋肉はびくつき、それにつられて唇が横に広がってしまうのを歯を噛み締めて堪えた。しかし、歯で噛み締めるとなぜか涙が瞳全体を覆い、目の前にいる彼女が少しぼやけて見えた。

 

 彼女はそんな俺を見て侘しい笑顔に様を変えた。さっきまでの華やかな笑顔とは打って変わり、彼女の何かマイナスな感情を帯びた笑顔は俺の全身を突き刺した。

 

 そんな笑顔を俺は彼女にさせてしまったのかと思うと、俺の選択は誤りであったのかと考えてしまう。そんな笑顔を見せないでほしい、俺はお前に正しい道を与えたのだと、そう言ってほしかった。

 

 だが—————

 

「—————私はヨウのことが好きです」

 

 彼女は落ち着いた笑顔をしながらそう言った。起伏の激しい大声ではないが、しかし強く主張するような芯のある言葉だった。

 

 彼女はじっと俺の目を見つめていた。それがどれほど俺の心を抉ることになるか知らないだろう。彼女は俺の心内を知らないだろう。だから、心を落ち着かせて言えるのだ。

 

 しかし、俺はその言葉はまさしく矛だった。俺の首に刃を向けている矛なのだ。それはまさしく俺が今一番言われても困る言葉、行ってほしくなった言葉。その言葉を聞いた時、俺は腹の底から湧き上がる喜びと膝から崩れ落ちてしまうような悲しみが交錯した。両方の大きな感情を同時に抱くなどということは難しく、俺の心は崩壊しそうだった。喜んだらいいのか、悲しんだらいいのか分からず、ただセイバーのことを見ていた。

 

 彼女はそんな俺の顔をクスリと笑った。

 

「困ったような顔ですね」

 

 彼女のこの言葉から、彼女はもしかしたら俺の内心に気付いているのではないかと感じた。彼女はとっくのとうに俺がセイバーのことを好きだと言うことを知っているのではなかろうか。

 

 いや、しかし、そしたらそれを知った上で彼女は俺に告白をしてきたのだろうか。それは中々に嫌な奴である。俺がセイバーのことを引き止めないと知っていて、だから後々やって来るであろう俺の後悔を倍増させようという気なのだろう。

 

 セイバー、彼女のことを見誤っていた。俺は彼女を馬鹿だと蔑んでいたが、ひょっとしたら彼女は相当なやり手なのかもしれない。

 

「ハハハ……、まぁ、困ってる」

 

 俺は苦笑した。彼女の笑顔に合わせて、即座にこの空間を終わらせるために。

 

 ここで俺が何か文句をつけたら、きっとまたこの時間は引き延ばされる。それは俺にとって何よりも辛い。

 

 しかし、彼女はそんな俺を見て彼女はこう言った。

 

「ごめんなさい。でも、最後だから、言っておいた方が良いって思って……」

 

 最後に言わねばならない。それはこっちだって一緒だ。彼女の願いなど聞いていなかったら、俺だって今ごろそうしている。

 

 だが、俺はできない。心に誓ったから。

 

 本当の笑顔を見せない俺に彼女は少しだけ焦りを見せた。

 

「あの、だけど、これは本当のことなんです。本当に私、ヨウのことが好きなんです」

 

 ああ、彼女とこんな数奇な運命の上で出会わなければどれだけ良かっただろうか。聖杯戦争という渦の中だからこそ出会えたものの、しかし、その中でなければ俺と彼女はこうして苦しみあうこともないのに。

 

 もちろん、そんな彼女の言葉に応えることはできなかった。

 

「ありがとう、セイバー—————」

 

 それは彼女の告白に対して明言を避ける言葉だった。今の俺にはそれしか言えず、彼女はその言葉を聞くと、目の淵に薄っすらと涙を浮かべながら、ただ頷いた。

 

 俺はその彼女の顔を見ることがどうしても耐えきれず、背を向けた。

 

 目の前に広がるのは日がまだ昇らぬ森。しかし、空はすでにもう青く、森も真夜中より奥先の木々が鮮明に見える。風の音は耳元から聞こえ、その風の上で木の葉が宙を舞う。

 

 彼女の姿を見たくない俺は背中を向けたのだが、彼女の視線が俺の背中に突き刺さるのを感じて痛かった。彼女は何も言わなかったが、それが俺の胸を押しつぶす。

 

 彼女の足音が聞こえた。ゆっくりと俺から遠ざかっている。枯葉を踏みつける音が心を壊す音と重なった。

 

「じゃあ、私、行きますから……」

 

 彼女の声が聞こえた。その声は俺に何かを急かすようで、若干の苛立ちを覚えた。しかし、その苛立ちは彼女に対してではなく自分に対して。

 

 何故俺は彼女に背を向けているのだろうか。ふと疑問に思った。俺の本当にしたいことは彼女を過去へ帰すこと。ならば、何故俺はその事実を見ようとしないのか。

 

 それはきっと簡単に言ってしまえばそれが嫌だから。彼女と離れたくない。それが俺の本音なのだ。

 

「—————セイバー」

 

 俺は声を大にして言いたかった。本当はお前と離れたくないのだと、俺はお前の隣にいたいのだと。

 

 言うだけでいい、叶わなくともいい、彼女がそうしたように、俺も本当のことを告げられるのならそれでいい。

 

「俺は—————」

 

 だけど、ここで俺は手を引いてしまった。もし俺がここで彼女に嫌な思いをさせたら、彼女に不幸を見合わせたらと考えてしまう。無論、俺の隣にいることが彼女の不幸に繋がることだってあり得る。

 

「いや、なんでもねぇわ」

 

 だから、俺は彼女の背中を掴むことはできず、ただ背中を押すだけなのだ。

 

 分かっている、自分で選んだ道だ。今自分が何をしたのか、この後どのようにそのツケが回ってくるのか、しっかり分かっているつもりだ。後悔をするだろう、寂しさを覚えるだろう、それでも今の俺にはこれしかできなかったのだ。

 

 俺は自ら輝かない。だから、手を差し伸ばす勇気がなかった。

 

「ヨウ、さようなら」

 

 彼女の声が聞こえた。涙を流していたのか、鼻水をすする音が声に混じっていた。

 

「ああ、じゃあ……」

 

 俺はただそれだけしか言えなかった。彼女への別れ際にただそれだけの言葉しかかけることができなかった。

 

 自分を情けなく思う。どうして俺はこうなのかと。

 

 今生の別れ、今ある最後の時をどうしてこんな形で終わらせようとするのか。

 

 もう自分でもよく分からない。自分が何故こんなことしているのか。

 

 彼女を無事過去に帰したいから。それを目的としていたはずなのに、何故こうも悔しいのだろう。確かに俺は本当は帰ってほしくない。でも、彼女がまた微笑むごとにその笑みをどうやったら続くのかと考えた結果が彼女を帰すということであろう。どうして、今ここにきてまで不満を抱く俺がいるのか。彼女を帰したくないと思うワガママな俺がいるのだろうか。

 

 ならば、今この場で彼女に想いを晒せばそれが消えるのではなかろうか。いや、しかしそれではさっきと同じこと。どうせ無理である。

 

 どうしてこうも恋というものは空回りしがちなのか。それに段々とイライラしてきた。

 

 そもそも俺は何故こんなバカな彼女を好きになったのか。さっきも考えたことなのだが、やはり納得がいかない。どうして好きなのだろうか。

 

 俺が彼女の何処を好きになったのか。それがどうしても分からない。そこが分かればあと一歩踏み出せそうな気もするのだが。

 

「なぁ……、セイバー。まだいるか?」

 

「はい?いますよ」

 

 彼女の返事を聞いた時、少しだけ安堵した。彼女の声を聞くと心が定位置に座った。

 

「お前さ、俺の何処が好きなんだ?」

 

 我ながらなんてことを聞いているのかと思う。ただ、この時、どうしても知りたくなったのだ。こんな状況には不適切な質問であるが、自制が効かないほど強かった。

 

 彼女は俺の質問に照れ笑いをしながら答えた。

 

「好きなところですか?そんなところ、あるわけないじゃないですか」

 

「え?」

 

 彼女の応答に俺は絶句した。彼女の答えが予想の遥か斜め上を行き過ぎていたからだ。いや、そういう問題ではない。そもそも矛盾している。彼女の言っていることは確実に矛盾している。

 

「いや、え?どういうことだ?お前って俺のこと好きなんじゃないの?」

 

「好きですよ。でも、ヨウの好きなところは別にありませんよ」

 

 彼女は謎の上に謎を被せてくる。最初は彼女の言い間違いかと思ったが、そういうわけではなさそう。ただ、彼女の言っていることは俺的に矛盾しているようにしか聞こえないし、矛盾を偉そうに断言しているあたり彼女の知能指数が低くなってしまったのかと考えざるを得ない。

 

「それ、矛盾してないか?」

 

「矛盾?ええ、まぁ、そうですね。矛盾してますね」

 

 ああ、良かった。矛盾していることくらいは気付けているようである。一瞬、セイバーが壊滅的なまでに馬鹿になってしまったのではないかと心配してしまった。

 

 しかし、セイバーはそんな俺の安堵を一掃するような言葉を放った。

 

「でも、それが何か問題でも?」

 

 彼女の言葉にまたまた言葉が出なくなった。彼女は矛盾を承知の上でそう言ったということになる。いや、むしろその矛盾が別になんてことないようだった。

 

「矛盾がある。もちろん、私の言ったことは矛盾がありありです。でも、矛盾があって悪いんですか?そもそも、人を好きになるのにその人の何処が好きとかそんなこと考えるよりも先に、あっ、好きだって思いませんか?」

 

 彼女はそれなりに持論を持っているようだった。彼女は頭で考えて好きになったのではないと言う。ここがいいから好きだとか、ここに惚れたとかそういうのじゃないらしい。

 

 つまり、感覚的に恋しちゃった、というやつだろう。思考回路一切関係なく、直感的に、ストレートに好きになったのか。

 

「あくまで私はですけど、いつからか好きだなって思ったんです。その瞬間はあまりにも唐突で、でも必然的だったようにも思えます。その瞬間、ヨウが歩けば百の悪いところを見つけることができても、好きって思えるようになって……。って、何、恥ずかしいことを話させてるんですか!」

 

 彼女は少し強い声を上げた。きっと、彼女は険しい顔をしながら俺を睨んでいることだろう。

 

「感覚的に、か……」

 

 俺はどうなのであろうか。どのようにして彼女を好きになったのか。

 

 確かにさっき俺は彼女が好きなのだと気付いたが、あくまであれは気付いただけであり、今さっきあの瞬間に好きになったわけではない。元々好きなのである。

 

 では、その好きになった瞬間の起因は何なのか。

 

 俺は手のひらを胸に押し付けた。鼓動が聞こえる。一定のリズムで全身に血を送り出し、その命の音が手を伝わり理解する。

 

「俺もそうなのか……?」

 

 彼女の意見に賛同するわけではない。だが、似てないこともないような気もする。もしかしたら、俺も理由なんてなかったのではないか。好きだと感じたのは直感とかそういうものさえも超越して、存在自体がそうなるように仕向けられていたのではないか。

 

 いや、もしくは俺は彼女の悪いところも良いところも全てを包括して好きなのかもしれない。悪いところも好きだと感じた可能性もある。

 

 どうなのだろうか、そこのところは。本人であるはずの自分が分からないというのは何とも情けない。

 

 ただ、俺も彼女と似ていて、直感的に相手を好きになったのだろう。理由もクソもないというやつである。

 

 なら、何故俺はここで躊躇しているのか。やはり考えはそこに辿り着いた。俺は彼女と同じ理由で相手を好きだとしても、俺は彼女のように堂々と真実を告げることはできていない。

 

 勇気がない、度胸がない、そんな俺だからなのか。だから、ここで尻込みして機会を逃してしまうのか。それは嫌だ。彼女を過去に送り出すことが正義なのは分かってはいるのだが、もう一人の自分がどうしてもそれを許さない。

 

 俺は本当にこのままでいいのか、と語りかけてくるのだ。

 

「じゃあ、私行きます。さようなら」

 

 彼女の声を聞くと胸が痛くなる。縄で強く縛り付けられているようで、息ができない感覚に陥る。俺はその痛みを和らげようと自分の胸を掴むが、内の手では触れられない所にあるのでその痛みは止むことはない。

 

 俺は迷っていた。今、ここで彼女に告白するべきなのか、そうしないのか。

 

 ある俺は告白しろと言い、ある俺はするなと言う。

 

 告白すれば俺はこのもやもやとした感情を晴らすことができるのだろうが、それは過去へ帰ろうとしている彼女に何らかの支障をきたすのかもしれない。結局、彼女はサーヴァント、過去の人物であることに変わりはなく、そんな彼女がこの世界にいることは悪ではないにしろ、良いことでもないことに変わりはない。

 

 対して、このまま何も言わずにこの時を流せば俺の心のもやもやはきっと晴れることはないだろう。しかし、彼女が過去で望むように生きることができ、またこの選択は彼女を守るために死んだアーチャーの本意でもあるだろう。

 

 二つの意見が頭の中を巡りに巡る。俺の脳の容量をとっくに超えているほどの計算が行われていた。

 

 しかし、どれも答えにたどり着けそうにない。二つの選択の一体どちらが正しいのか、それが俺の脳だけでは出せなかった。

 

 その時、ふとこう思った。

 

 俺らしくないな。

 

 何となくだ。何となく考えている途中のどうでもいい雑念がそんな考えを俺の脳の中に持ち込んだ。正直この場において俺らしいだの、そうでないだの、そんなことはそれこそまさにどうでもいい。

 

 だけど、そのどうでもいい考えが瞬く間に俺の頭の中を占拠した。さっきまで脳内はセイバーに俺の想いを伝えるか伝えないかの議論中だったのに、その議論を中止させた。

 

 一旦冷静になって考えてみる。俺はさっきまでずっと迷っていたが、そもそもそんな迷うことは俺のモットーであるクールであれに反する。迷うことは確かにあり得るだろうが、それは多分俺らしくないことだった。

 

 もちろん、いきなり俺らしくないという考えだけでこの悩みを捨て去るのはどうかとも思う。俺にとっても彼女にとっても最適な道を選ぶために熟考していたのに、それをちんけな考えで放ってしまってはダメだろう。

 

 だが、俺らしくありたいと思うのだ。それはこのセイバーとの最後を別れを前にして、彼女にありのままを見せたいと思うのだ。

 

 彼女に偽りの俺を見せて、それは果たして良いことなのか。その答えにたどり着いたからだ。

 

 俺は決めた、セイバーにこの自分の想いを伝えようと。どうしても伝えられなかったこの想いを、最後に伝えて終わろうと。

 

 

 

 

 振り返った。彼女に全てを告白しよう。

 

「—————セイバー、俺は……」

 

 この俺の想いを。


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