Fate/eternal rising [another saga] 作:Gヘッド
何でも願いが叶えられる。そんな時、多くの人はどうするだろうか。自身が今一番叶えたい願いを叶えるだろうか。それとも、それとも、将来、人生を見通して叶いそうもない望みを叶えるだろうか。
うん、きっとそうだろう。きっとみんなはそうするだろう。俺だってそうする。そうするに決まってる。だって俺は、みんなは人間だ。叶えたいものがあって、それを叶えようとする欲がある。それが叶えられるというのなら、その欲を現実に昇華させよう。そうするのが人間だ。
だけど、目の前にある小さな小さな願望機を目の前にして俺たちは狂喜で舞うどころか、笑顔さえ作れなかった。
それは異常なことなのか。それとも正しいことなのか。よく分からなかった。ただ溢れるはずの喜びがそれ以上に大きな悲しみに押し潰された音だけが胸の中で響いて、その振動が中枢神経を通して脳天まで伝わった。全身が震え、涙が止まらない。
聖杯を得た。そのために多くのものを捨てて来た。その目の前にある物象と俺たちが捨てたものがどうしても同価でない。
聖杯はたった一つのことしか叶えられない実に小さな願望機でしかなかった。それはもちろん分かってはいたのだが、いざその時となり捨ててしまったことへの後悔が湧いてしまった。
簡単に、平たく言えばこうである。
—————俺たちがここまで
それが頭の中で全ての思考の頂点にたった。俺の頭ではそれしか考えられなくなり、結果一つの答えが出た。それは俺が馬鹿だからそう出た答えなのかもしれない。間違っているのかもしれないし、俺はそう思いたい。それでも、こんな答えしか出なかった。何回も何回も再計算してみたのだが、それでもこの答えだった。
「俺たちは……こんな物のために鈴鹿を殺したんじゃない……」
つい口から溢れてしまった。言ってはダメだと思ってはいたのだが、どうしても言葉が口から這い出てしまった。
セイバーの手は震えていた。
「これだけのために私は父を見殺しにしたのでしょうか……?」
深く自分に問いかけていた。そして、答えが出てしまうや否や聖杯を額につけ、漏れ出る涙まじりの声を押し殺す。
幸福感が訪れるはずだったのだが、やって来たのは数知れない喪失感。その喪失感の中でただキラキラと煌めく聖杯が憎たらしいほど美しい。
歯をくいしばる。仕方のないことなのだ。聖杯を得るためにはこうするしかなかったのだと、自分で割り切ろうとした。できるはずもないのだが、それでも俺は、せめてここだけは後悔したくないから思い込みで我慢しようとした。
俺は決して苦しくないと。これが最善の方法であり、未練なんて何処にもないのだと。
しかし、その頑張りでさえ消し去ってしまおうという声が聞こえた。
「ハハハハハ、お前たちは本当にアホだな。何そんなことで悲しんでいるのだ。得た物より失ったものの方が大事だと?ぬかせ、ならばその聖杯は私のために使わせろ」
背後から聞こえた声。その声の主はアンドヴァリの呪いだった。
……いや、違う。アンドヴァリの呪いとは少し違う。雰囲気が何処か違う。
「お前はグラムか?」
俺の質問に彼女は首を縦に振った。その返答を見て俺とセイバーは警戒態勢に入った。グラムには散々嫌な目に遭わされている。だからなのか、勝手に体がそう反応してしまった。
「待て待て、何故そう警戒する。別にもう私はお前らを殺す気はないし、聖杯を奪う気ももうない」
「……すいませんが、その言葉に信用はできません」
「まぁ、そうだろう。だが、もう私にはお前らを殺す力も、聖杯を奪う力もない。私の中に巣食っていたアンドヴァリの呪いが消えたんだ」
彼女はそう言うと手のひらを見せた。そこから並行世界の剣を一本取り出したが、どうやらその一本が限界な様だった。
「私は怒りを糧として強くなる宝具だ。所有者が怒れば怒れるほど私の力は倍増し、逆にそれがなくなると私は何もできぬただの剣でしかない」
アンドヴァリの呪いが身体に巣食っていた時は呪いが持つ世界に対する怒りを糧にして何百、何千と剣を顕現させていたのだろう。しかし、アンドヴァリの呪いが消滅したことにより、正式な所有者がセイバーに変わった。彼女は今、そう憎しみを抱いているわけでもないので力はそう出せないということらしい。
「だが、俺たちはお前のその言葉に信用できんのは変わらないぞ。本当にグラムなのか分からん。もしかしたら嘘ついてる可能性だってあるんだ」
俺のその言葉に彼女は少しおっとりとした表情を見せた。それはこの今まで見たことのない心に余裕のある穏やかな顔だった。
「別に信用してくれなくていいさ。もう、私はここで終わっても何にも文句はない」
彼女のその豹変ぶりは俺とセイバーを驚かせた。あそこまで聖杯を手に入れることにこだわり、そのためなら手段を選ばぬ彼女がここまで変わることは意外にもほどがあった。
彼女は柔らかい目で俺を見る。
「ヨウ」
「何だよ」
「いや、大したことではないが、—————お前の母親はすごいな。尊敬する。私もああいう存在でありたいと思う」
彼女は唐突に母親というフレーズを口から出した。しかし、母親というワードが今この場で出てきたことが分からない。
「え?何で俺の母親?」
その俺のテンパり様に彼女は少し笑みを浮かべた。
「なに、分からなくともいい。ただ言いたかっただけだ」
俺の頭の中でハテナが蛆虫のごとく何処からともなく湧いてくる。突然彼女は穏やかな性格になり、突然俺の母親の名前を話題に出してきた。
「まぁ、だからと言って別段聖杯を完全に諦めたというわけでもない。お前らが要らぬのなら私がもらおう」
いや、やはりあまり変わっていない様である。上から目線で常に自分の欲のためなら何でもする気満々という感じが漂っている。
もちろん、そんなことは願い下げで、セイバーは聖杯を胸の中にしまう。
「ダメです。あなたにはあげません」
「ああ、知っている。お前はあの男とどうせ同じだ。結局は自分の欲のために何でもするのだから」
お前がそれを言うのかと言いたかったのだが、そのツッコミは場違いなのでぐっと堪えた。欲のためにするのはお前も同じだろという言葉はそっと胸の中にしまっておく。
「……誰だってそんなものですよ」
セイバーはぽろりと愚痴をこぼした。
「人はそんな生き物ですよ。人には何かしらの叶えたい欲があって、その欲があることが人間をそこにいさせる錨になるんです。だから、欲を持つことはしょうがないし、欲があればそれは叶えたい。そして、欲を叶えた時、またはその寸前になって我に返って、後ろを振り返って大切なものを知る」
彼女はゆっくりとグラムに近づいてゆく。
「欲のために何だってしますとも。それが人間なのだから。もしそれがないのなら、欲張らないのなら、それは人間じゃないか、生きる目をしてないんだと思います」
彼女は立ち止まった。その距離僅か一メートル。殺されてもいい、もしくは殺せるものなら殺してみろという表れなのか。
「私は欲を持つことは悪くはないと思います。もちろん確かに今ここに来て失ったことに気づきましたし、それで胸が痛いです。でも、それでも、私は間違っていたとは思いません」
真っ直ぐな眼差しでグラムの目を見る。
「聖杯だけを私は得たのではないんです。多くの大切なものを失ったと同時に大切なものを得たんです」
「得た……?お前がか?何を得たんだ?」
「それは誰かを信じることです」
グラムは首を傾げた。
「誰かを信じる?それが何だ。そんなもの誰だってできることだろう」
そうだ。信じるなんてことはなんら難しいことはない。ただ心の中で考える時、少し念頭に置けばいいこと。
でも、彼女には違った。確かに得たものだった。
彼女は誰も信じられなかったからだ。生前の件で彼女は誰かを信用することを拒絶していたからだ。今でこそこんな馴れ馴れしいが、出会った当初はこんな奴じゃなかった。何かを言えば必ずぶつかってばかり。それは誰も信じられないから、その人の言うことに批判をして真偽を確かめていくしかなかったから。当初は俺も嫌だった。こんなサーヴァントが俺の相棒となるなんて。ただでさえ弱いのに、それに加えて相性も良くないなんて嫌に決まっている。何度セイバーを切り捨てようと考えたことか。
だけど、それでも彼女はここにいる。それは彼女が信じるということを得たから。誰かとぶち当たって、削れて削れて彼女は誰かを信じられるようになったんだ。それが彼女を生かしている。もしそうでなかったら彼女は今ここにいないだろう。
誰でもできることかもしれないが、彼女にはそれができなかった。でも、この聖杯戦争を経て彼女はそれを得た。
「大切な人を失いました。でも、信じることができるようになった。だから、私には大切な人を得たんです」
失って初めて気づいた。大切な存在が自分には確かにいるのだと。
「失ったことは辛い、ここに来るまで失ったことにあまり気づかなかったことも辛い。この小さな聖杯に値するものなのかどうかを知ってしまったことも辛い。それでもその辛さが私に大切な存在を認識させるのです」
「大切な存在と思うことができるようになった……。しかし、お前は知っているか?シグムンドはそのせいで自身を地獄に移すこととなったんだぞ?大切な存在がいるからあいつはその大切な存在のために粉骨砕身の働きをし、地獄を見た。お前もどうせそうなるぞ」
「そうかもしれません。確かに私は父と同じ道を辿っているのかもしれません。でも、私はそれを後悔しない」
さっきまで大切なものを失った苦しみから後悔していたが、それにより大切なものを認識できた。だからこそ今度はそれを守ろうとする。彼女のそれに後悔は微塵もないだろう。たとえそれが地獄に通ずる道であろうとも。
彼女は聖杯に視線を移す。やはり、聖杯を見るとその小ささに心を抉られてしまうのかもしれないが、それでもしかと見る。
「この聖杯のために多くの大切なものを失ったけれど、決して間違いなんかじゃないんです。苦しくても、辛くても、それでも私はそれがあるからまた前に進める。大切なものを守ろうと思える」
彼女のその志はあまりにも輝かしい。手の中にある聖杯のその光が色褪せて見えるほど彼女は何よりも美しい。
強いサーヴァントではない。威厳のある英雄ではない。誰かを守れる力などあるはずもない。
それでも彼女にはその弛むことのない確固たる幸福を願う意志ながあるのではなかろうか。それこそが此度の聖杯戦争において真に手に入れた最も輝きのあるものではなかろうか。癒えぬ痛みも明日への一歩にする、それが彼女の強さであろう。
「そうか。そうお前は思うのか。ならばいい。それでいい。後悔しないのなら、あとは何も言うつもりはない」
彼女は背中を向けた。
「何処行くんだ?」
「別に、何処へだっていいだろ?どうせセイバー、お前が何を望もうと私はどうせ消えるのだ。私はセイバーの宝具。望みに関係なく、聖杯戦争が終われば私は消滅だ」
「それはどういうことだ?」
「そのままだ。言葉の通りに受け取ってくれ。そうだな、私は……、日の出でも見に行こう。せめて綺麗な日の出を見てから私はまた剣になりたい」
彼女はそう言い残すとこの場を去ろうとした。それは彼女なりに負けを認めたということなのか、それとも最後の瞬間を見たくないからなのか。どちらにせよ彼女はこの世にいることができる最期の瞬間を味わいたいのだろう。
「……分かりました」
セイバーはそれを理解した。その言葉にグラムはふっと笑う。
だが、しかし俺にはどうしてもグラムにひとこと言いたいことがあった。セイバーがグラムに赦しを与えても、俺はそうはいかなかった。
「なぁ、グラム。俺、お前に言い足りないことがある」
彼女は振り向いた。何を言われるのかと不思議そうである。
「なんだ?告白か?」
「えっ⁉︎告白するんですかっ⁉︎」
「いや、しねーよ。するわけねぇだろ。なんでグラムに告白すんだよ。死んでも無理だわ」
まったく、此の期に及んで俺を弄りにくるとかやめてほしいわ。つーか、普通弄るのは俺だろ。
「あのさ、アーチャーの件なんだけどさ、お前、一つ誤解してるようだから訂正だけしたいんだよね」
「訂正だと?」
彼女は首を傾げた。どうやら思い当たる節がないご様子である。
「その、なんつーか、お前ってアーチャーのこと毛嫌いしてんじゃん?」
「嫌い?いや、別にそうでもないぞ。私が嫌いなのはそもそもの発端であるオーディンであり、アーチャーは普通だ。まぁ、目の前に現れたら殺意が湧くがな」
「だからそれを嫌いっていうんだよ」
「そうかそれならアーチャーだけでなく……」
「あ〜、はいはい。そうですね、人間はもう全般的にお嫌いでしたね」
何なんだこいつは!一々話の節を折りやがって!
とまぁ、怒りたいのも山々だが、ここでプッチンと堪忍袋の緒を切るわけにもいかないのでもう暫し我慢する。
「アーチャーはさ、何を願ってたと思う?」
「それは聖杯に、ということか?」
「いや、そうじゃなくて、もっと日常的に、聖杯に抱く願いとかじゃなくて……、そのなんていうんだ?夢、とか?なんかそーいうやつ」
「夢も願いも似たようなものだと思うのだが……」
「あーいや、そうなんだけど、そうじゃなくて……、目標?まぁ、とりあえずそんなもん」
聖杯に対する望みと比べてしまうと言葉にしづらいものである。
ごく日常にありふれ、しかし特定の言葉を与えられていないもの、行為を言葉を組み合わせて表現するのは意外と難しいものだ。
どうであろうか、伝わったであろうか。
「……睡眠?」
「テメェ殺すぞ」
おっといけない。つい滑って変な言葉を口にしてしまった。
グラムはニタリと口角を上げた。
「冗談だ、分かってる。通じているとも」
その笑みは何とも腹がたつ。脇をくすぐられたり、頭をポンポンと軽く叩かれたような感じがして、怒るにしても怒れないビミョーな苛立ちが湧き立つ。
よし、後でこいつに仕返しをしてやろうと心に決め、とりあえず本題に入る。
「で、どう思ってたと思うのさ?」
「どうって……、そりゃ、平和とかじゃないのか?あいつは家族と平穏に過ごしたい、そうなんだろう?」
「その家族って、やっぱこいつか?」
俺はセイバーを指差した。
「ああ、そうだな。こいつだ」
グラムも俺と同様に指差した。
二人に指差されて、セイバーは少し機嫌を悪くする。
「もう、二人とも私を指差さないでください!」
「まぁそう怒るなって。つーかそう言うお前はどうなのよ?」
「父のことですか?」
彼女は一旦黙りこくり、そして一人でにニヤついた。
「気持ち悪いわ」
「いや、これは、その、喜び?」
「それは見てわかる。でも、そのニヤけた顔は殺意湧く」
「何で⁉︎私の気持ちを分かってはくれないんですか?」
「両親がいないということで一定の同情はあったけど、今はもうお前、ちげぇし。そこはほら、妬み?」
「両親いなくても毎日楽しそうですけどね!」
「そりゃ、羽を広々と広げられるからな。とりあえずお前はもう俺的に敵だ」
まぁ、案外俺はそういう親がいないから悲しいとかそこらへんの感情は抱かなかったが。なんだかんだ爺ちゃんいるしね。
「……つーか脱線しすぎなんだけど。なんで俺が話すときだけいつもこうなの?」
「一概にヨウの人柄としか言えないです」
この子は本当にオブラートに包んで言うということを知らない。もうちょっと優しさがあってもいいのではなかろうか。
「はぁ〜、もう一旦このどーでもいい脱線は置いておいて、再度本題に入るけどさ」
「アーチャーがどう思っていたのかってことだろ?」
「あ〜、はい、そうなんですけどね」
本当、この二人はどうして俺の話を毎度毎度遮ってくるのか。俺が言いたかったことを先取りして、その上脱線まで促してくる。
はぁ〜、今からでもこの話しやめようかな。やっぱナシって言おうかな。
そんなこと考えちゃうぐらいツライ。なんてったって本題に一向に辿り着かないのがツライ。
「で、何が言いたい?」
「あ〜、うん。えーっと……」
「お前、もうやる気ないだろ?」
「あなた方のせいで気力が削がれた」
「グラムはともかく、私も悪いのですか?」
「セイバー、無自覚は罪だ。覚えておけ」
もう、ツライ。心がボロボロになってゆくのが分かる。
「とりあえずこのままいくと日が昇るまでどうでもいい談話になりそうだから、結論だけ先に言うわ」
苦肉の策。もうちょっと上手く会話で誘導して本題に入ろうと思ったのだが、この二人のコンビは中々に強敵。なので、もう単刀直入に本題に入る。
俺はグラムに再び目を向ける。
「おい、お前、まだアーチャーと戦った時のことは覚えているか?」
「ああ、覚えているとも」
その言葉にセイバーの顔は少し翳り出した。それもそうだ。父親が死んだ戦闘なのだ。忘れられない、心に傷を負った出来事、涙で霞むあの光景は未だに瞼を閉じても蘇ることだろう。
「だが、それが何だ?あの戦闘がどうかしたのか?」
彼女にしてみれば目の前に立ちはだかったアーチャーという自信のトラウマの壁をぶち破った戦闘。もちろん、それが本当にトラウマを払拭できたのかというと、それはまた別の話だが。
ともかくあの戦いでグラムは勝利した。アーチャーを殺したのだから。
でも、俺はあの戦いがどうもおかしいと思う。
「あれは本当にお前が勝ったのか?」
その言葉に二人は凍りついた。多分それは俺の言葉を理解していないからだと思う。しかし、それでも彼女たちとの見識とは違っていた。
「ああ、いや、若干言葉を間違えてるか?そうだな……、勝ったのかと言うより勝てたのかと言う方が正しいか?」
「私がアーチャーに勝てたか、だと?」
「まぁ、そーゆうこと」
グラムは俺を鼻で笑った。
「何を言っている?私は勝ったんだ。あいつを追い詰めて、殺した。それだけのことだし、だから勝てたに決まっているだろう!」
そう、そうなのだ。グラムはアーチャーを殺した。それは俺もセイバーも目にした決定的な事実であって、それが嘘であるだなんて一切思わない。だからグラムはアーチャーに勝った。
しかしだ、勝ったというのは事実でも、勝てたというのが絶対的に事実であるという証拠はないのだ。
「—————本当に勝てたのか?」
もう一度俺は深くグラムに追及をした。もしかしたら、俺たちは重大な思い込みをしていたのかもしれないからだ。
しかし、グラムは質問に激昂を見せた。
「私はあの時、しかと勝った!この手であいつを殺した。あいつは弱かったんだ。それなのに、私が勝てた、と?勝てたに決まっている!それは絶対だ!何回、何十回、何百何千と戦おうとも私は絶対にあいつに勝つ!」
そうだ、グラムとしては勝ったという認識が大きい。勝った、だから勝てたと思うのも仕方のないことだろう。誰だってそう思ってしまうことだし、理解は示そう。
だが、普通に考えてみろ。そんな難しい話でもなく、もっと簡単にあの戦いにツッコミを入れたい。
「俺はおかしいと思う。だってさ、あのアーチャーだよ?負けるはずないじゃん」
俺がそう言った後、二人は口を開けたまま数秒間動かなかった。遠くの方を見つめるように呆然としていた。
「待て待て待て待て、どうしてそうなる?」
「そ、そうですよ。確かにお父さんは強いですけど、結果あそこで負けちゃってますし……」
無論、そういう風に二人からは賛成がいただけないことは分かっている。
「まぁ、確かにそう思うかもだけどさ、あの時アーチャーは世界に嘘ついてたろ?」
世界に嘘をつく。それはシグムンドという存在に決めつけられているステータス値を自らが改変したということ。彼は自身の基礎能力を最大限まで引き上げていた、もとい、そうなるように書き換えていたのだ。
「筋力、耐久、その他諸々を全てEX。その上、歴戦の猛者、
アーチャーは強かった。圧倒的に誰よりも強かった。俺は他のサーヴァントとも何度か刃を交えたりしたけれど、アーチャーの強さだけは別格である。確かに他のサーヴァントも英霊というだけあって強い。しかし、アーチャーは他者を優に超えていた。それ以前にそもそもくぐり抜けてきた死地の数が他のサーヴァントと比べて多い。そこから生まれる突飛でありながら実に理にかなっている攻撃、動作。それが彼の強さなのだと思う。
そしてそんな奴が果たしてグラムに負けるだろうか。確かにあの時、世界から修正力がかかっていただろう。娘であるセイバーが近くにいたからそっちの方が気になって仕方がなかったのかもしれない。
それでもグラムに負けるか?グラムは確かに強力な能力を持つ宝具で、聖杯にパイプを繋いでいたから少し魔力的なバックアップもあったのかもしれない。それでも攻撃手段は実に数少なく行動も限られる。その上、グラム本人は大して強くもなく、アーチャーの固有結界によって心が動揺していた。そんな相手に彼が負けるとは思えない。
「なら何だ⁉︎あいつは私に勝ちをくれてやったとでも言いたいのか?本当は強かったけど、私にわざと負けた、と⁉︎」
「まぁ、実質的にはそういうことになんじゃないの?」
グラムは俺の胸ぐらを掴んだ。そして、拳を俺の胸に押し当てる。
「それ以上も何も言うな。私はもうあいつのことなど何も聞きたくない」
感情的である。どうしてグラムはアーチャーのことになるとこうも感情を表に出し、怒り出すのだろうか。
どうしても離れられないのかもしれない。アーチャーを殺したということを。あの場面を、光景を。血を吹き出しながら地面に突っ伏し静かに果てる猛者の背中を。
かつては王として剣を握っていた男。そんな彼でも家族が彼の後ろにいると弱くなってしまったことが気にくわないのだろう。グラムが殺したかったアーチャーはそんなアーチャーではないのだ。もっと自分に地獄を見せつけた戦人としての彼を殺したかった。だから、そんな人間的な彼を殺したことが心に鎖をつけた。それがなおさらわざと負けたのなら、そんな彼を殺したグラムはどう思うだろうか。
その怒りを今、彼女は俺に向けている。しかし、本当は違うのではなかろうか。俺に矛先を向けるのが正解なのか。
「俺はさ、あいつに言われたんだよ。娘を頼むって、あいつが頭下げて俺に言ってきたんだ。それが今まではずっとセイバーのことかと思ってたんだ。もちろん、それはセイバーのことなんだろうけど、俺はグラム、お前もその中に入ってるって思うんだ」
俺のこの考えはこじつけに等しいのかもしれない。アーチャーがグラムを殺さなかった。そこから俺なりの解釈をしたのであって、彼の言葉をそのまま受け取る限りこんなことは考えられない。強引でそんな意図はないのだろうと思う。
しかし、アーチャーはそれぐらいグラムのことも大切に思っていたんじゃなかろうか。
アーチャーはグラムに戦いを挑んだ。あの時はきっとセイバーのために、セイバーが聖杯を得るためにグラムが邪魔だと考えて殺そうとしたのだろう。しかし、あそこでアーチャーは決定的に殺せたタイミングがあったにも関わらず、殺せなかった。それはきっと、彼が本当はグラムを殺すことを望んでいないと分かったからではないのだろう。俺たちとアーチャーが出会うまでどんなことが起きていたのか、そこは一切知らないが、アーチャーはグラムを殺せなかったのだろう。
そう、もう彼は鋼の心を持つ王ではなくなっていたのだ。
彼は王でも、人を捨てきれなかった。
「おい……なんだそれは?」
グラムはわなわなと震えていた。俺の胸ぐらを押し付ける拳は緩く、顔は紅潮していた。
「私があいつにとって娘も同然だ?なんだそれ……、ふざけるなよっ‼︎戯言も大概にしろ‼︎そんなことあるわけないだろう!だって、私は、私は—————」
彼女の瞳は潤っていた。目尻から滴り落ち、睫毛には雫が溜まっている。脆くも針のように突き刺す視線を俺に向けた。
彼女だって、本当は分かっていたのではなかろうか。それが彼を殺した時から心の中でモヤモヤする正体なのだと。それでも理解することが怖いから、思い込んでいただけではないのだろうか。
辛い思いをしたくないから。
「私は、剣なんだぞ—————!」
はい!Gヘッドです!
もうこの物語は後片付けに入りましたね。どんな感じで終わるのかを楽しみにしながら、次の回の更新まで楽しんで待っていてください。