Fate/eternal rising [another saga]   作:Gヘッド

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はい!Gヘッドです!

さぁさぁ、ラストまでもう少し!

今回は聖杯を手にしたねって回です。


小さな聖杯、たった一つの願い

 気づいたら俺は川辺に立っていた。俺の目の前には大きな川がゆっくりと流れていて、その水面からは絶えず靄のようなものが出ていた。その靄の発生量は異様で、対岸の様子を一切見ることができなかった。俺の背後には岩肌剥き出しの荒野が広がっていた。草木が一草たりとも生えていないところが結構酷な環境を表している。

 

 俺はとりあえず川辺に転がっていた大きな石の上に座り込んだ。

 

 そして、一言言いたかったことを全力で叫んだ。

 

「って、オイ!このパターン、本日何回目だよ、さすがに飽きたわ!」

 

 一言ではすまなかったのだが、それはご愛嬌としておこう。

 

 俺は空を眺めた。空だけは至って普通で、しいて言うのならば空が紫色というところだろう。太陽が西に完全に沈む少し前の段階というようなもので、空の色がオレンジから段々と紫に変色してゆく途中のようである。

 

 そして、また視線を地面と平行にした。目の前の景色はリアルなのだが、どうも現実味がない。だって、俺の目の前では川が流れているのに、十メートルほど離れたらガラリと変わり水っ気のない荒野である。河原の石ころと荒野の土はまるで畳と畳のようにしっかりと分けられていて、混じることもないのが現実っぽくない。

 

 今度は川の向こう岸を見る。もちろん、そんなことをしようにも謎の靄によって俺の視界は邪魔をされて、ろくに何があるのかを見ることができやしない。深夜アニメの謎の煙のようである。

 

「はぁ〜、この靄の先がエッチなハーレムとかだったらいいのに」

 

 誰も近くにいないので欲望をタラタラと口からこぼしていた。そりゃ、俺も一人の男であるからして、やはりハーレムという夢を抱いてしまう。

 

 すると、声が聞こえた。

 

「—————おい、ヨウ。聞こえているぞ」

 

 野太い男の声が向こう岸から聞こえてきた。その声はゴツゴツしていて、いかにも強そうって感じの声だった。

 

「え?誰?」

 

 俺の名を呼んだ声の主を探す。向こう岸から聞こえてきたので、向こう岸の方を目を凝らして探してみたものの、川の上で白い靄がかかっていて、ろくに姿を見ることができやしない。

 

 なんか、聞いたことのある声だったな……。

 

 俺はその声の主のシルエットだけでも見ようとしたが、運悪く目の前に立ち込める靄がより一層強くなってしまい、その者の輪郭さえもわからなかった。

 

「おい、あんた誰?」

 

 何はさておき、その者の名を問うた。すると、その者から返事がきた。

 

「私か?私は……、O(オー)とでも名乗っておこう」

 

 男は自身をOと名乗る。なかなかネーミングセンスが酷いなと第一に思ったのだが、それを初対面の人に言うのはどうかと思うので心の奥底にしまっておいた。

 

「なぁ、あんた何で俺の名前知ってんの?」

 

「ん?ああ、それか。まぁ、何となくお前、ヨウだなって感じがしたんだよ」

 

「え?何それ。つーか、あんた今日俺と会った?なんかその声聞いたことあんだけど」

 

「あ?さぁ、知らんな。お前みたいなのとは会ったことは一度もないが」

 

「ふ〜ん……」

 

 ……こいつなんかイラつく。何だろう。何処がイラつくんだろうか。とりあえず、返答の内容が殺意湧く。あと、どこか俺っぽい話し口調なのも殺意湧く。いや、もちろんそれだけじゃないだろうけど、理由が分からない。理由が分からないけど凄く殺意湧く。

 

 今まで味わったことのないこの感じは何だろうか。この心の中でモヤモヤし続ける感じは。

 

 俺はさっきの会話でもう話したくないなと思ってしまったが、とりあえずここが何処なのかとかそういう基本事項だけは聞いておいた方が良いなと考えた。なんせ俺はここが何処で、なぜここにいるのか分からないからだ。

 

「なぁ、あんた。ここってさ何処なの?」

 

 しかし、Oと話したくないので、俺は単刀直入になるべく簡潔に終わらせようとした。彼は俺の質問に対して少し唸りを上げたが、それなりの答えが出たようで野太く聞こえの悪い声でこう言った。

 

「ここか?ここはお前みたいなもんが来ちゃいけねぇところだ」

 

「来ちゃいけない?」

 

「ああ。お前はまだ早すぎる。さっさと帰んな」

 

 どうやらOは俺の来訪を歓迎していないようだった。雰囲気的には帰ってほしいという感じではなかったが、どうも言葉では帰れ帰れと強要してくる。

 

 しかし、帰る方法が分からない。

 

「帰れって言うけど、どうやって帰りゃいいのか分かんないんだけど」

 

「分からない?そうか……。そもそもどうやってお前はここに来た?」

 

 Oはここに来た理由を尋ねてきた。

 

「理由?理由っつーか、ここに来る前に起きたことは分かるけど」

 

「それだ。それを言え」

 

 ここに来る前に起きたこと。それは完全にではないが、断片的に覚えている。俺は確か悪魔の(なにがし)とやらに身体を乗っ取られそうだったのだ。アンドヴァリの呪いを殺したい。その一心で強く力を欲したとき、悪魔の某が俺に力をくれてやろうと囁いてきた。それにまんまと乗ってしまった俺はその悪魔の某に身体を乗っ取られてここにいる。

 

 そういや、アンドヴァリの呪いは意識を奪われたら存在が消えるって言ってたな。もしかしてここって無の世界とか?

 

「おい、どうした。早く言え」

 

 俺がOの質問に返事をしないと、Oは俺に答えを迫ってきた。その声からは威圧的な感じは見受けられないものの、焦燥が混じっているように思えた。

 

 俺は彼にこれまでの経緯を話した。ここに来るまでのいざこざを簡潔に伝えた。

 

 彼はそれを知るとため息を吐いた。

 

「そうか。やはりか……」

 

 さっきまでOはただ座って話を聞いているだけだったが、事情を話し終えると態度を変えた。

 

「経緯は何となく理解した。よし、お前を送り返してやろう」

 

 その態度は献身的で、頼れるって感じ。しかし、何処かよそよそしい。いや、そりゃ確かに他人だからしょうがないのだが、それを不思議に思う自分がいた。

 

 段々と俺とOとの間に湧き立っていた靄が薄くなってきた。彼の顔はまだ見えないものの、シルエットぐらいは目で捉えられるくらいにはなってきた。

 

 彼は立っていた。対岸の水辺のところに、何か細長い物を持ちながら。

 

 その細長い物は俺が何度か見たことのあるような物のように感じられた。俺はそれを知っているのだと思い知らされた。その瞬間、背筋がぞくっとした。氷を突然背中につけられたような驚きが俺を襲い、腕の鳥肌が隆起する。

 

 Oはその細長い物の中からさらに細長い物を取り出した。そのシルエットは俺が知っているものだと確信した。直線と最後の方で腹のように曲がる線によって作り出されるシルエットは鈴鹿の持っているまさにそれに酷似していた。

 

「刀……⁉︎」

 

 それはまさしく刀である。靄のせいでしっかりと視界に入ることはないが、その輪郭は何度も見たことがある。刀身から人工的な二つの線が互いに交わる鋒までそれは刀であった。

 

「おい、ちょっと頭ァ、気ィつけな」

 

 Oがそう言うが、頭のどこに気を付けていればいいのか分からなかったので、とりあえず石の上から下りて、地べたに座った。

 

 彼は俺のことを確認すると、刀の刃を前方に向けた。そして、刀を右手で握ると、魔力を通わせる。その魔力は目で見ていない俺でも分かるほど強い魔力だった。量が多いというより、質が良い魔力。その魔力をうっすらと刀に纏わせる。

 

我:天上天下(てんじょうてんげ)—————」

 

 左から右へ静かに、しかし素早く刀を横へ移動させた。滑らかに、しかししっかりと刀の刃は空を切り裂いていた。

 

 そして、刀が切り裂いた空間は段々と広がってゆく。俺の頭の上を通り、荒野の方まで拡大した。そして、河原と荒野の間のところまで切り裂かれた空間が行くと、ガラスが割れたような音がした。見ると、河原と荒野の間には見えない壁があったようで、その壁が壊れている。

 

「壁、あったのか。っていうか、空間が裂けた?」

 

 俺はOのしたことに目を疑った。そんなこと物理的に可能なのだろうか。いや、きっと魔術の力を持ってしてもそれは不可能だろう。しかし、それでも目の前の彼は平然とそれをして見せた。

 

 裂けた空間によって靄が一刀両断されていた。目の前にかかっていた靄は随分薄くなっていてすぐに消えた。俺はそんなすごい技を持つOの姿を一度でもと思い、振り返った。そして男の顔をしかと捉えた。

 

「……あっ」

 

 その瞬間、彼から俺は目が離せなかった。何処かで見たことのあるその姿。それが何処で出会ったのかは分からないが、ふと口から自然と言葉が出てきた。

 

「あんた……と—————」

「—————おい、それ以上はやめろ」

 

 しかしOはその言葉を遮った。それは未練というものなのだろうか。ただ彼からの無言の圧力とまさかそんな訳があるかという冷静な判断により、俺は口を噤んだ。

 

 Oは俺の後ろにある河原と荒野の壁の風穴を指差した。

 

「ほら、出て行け。お前はここにいるべきじゃない」

 

 その言葉と同時に、また俺とOとの間が靄によって隠されてきた。

 

 俺はその言葉に従い、彼が開けた穴に向かって歩く。

 

 その途中、一度だけ振り向いた。しかし、もうその時には靄が完全に覆い隠していて、顔はおろか輪郭さえもぼやけていて分からない。

 

「—————行ってこい。ヨウ」

 

 ただその言葉だけが聞こえただけだった。俺はその言葉に背中を押されたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大きくなったな」

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「……んぁ?」

 

 目を開いた。目の前に広がるは赤紫色の空、そこに星の姿は見えず、半分に割れた月が空高くある。

 

「……戻った?」

 

 俺は空に重ねるように右手を仰ぎ、手の平を見つめる。そして、そこから視線をずらし腕を見た。腕には血がべっとりとついていたが、触ってみると傷がない。それは俺の記憶がしっかりとした現実なのだという証拠だった。

 

 身体を起こして辺りを見回す。そこにはセイバーとアンドヴァリの呪いがいた。二人とも横になっている。気を失っているのだろう。が、俺は何が起こっていたかを知らない。

 

「俺、この身体乗っ取られてたんだよな?」

 

 もちろん実感が湧かない。身体はいたって普通、特に変な様子はなく指先まで思い通りに動かせる。

 

「……本当か?」

 

 なので身体が乗っ取られていたことを疑う。しかし、疑ってもその根拠もない。にわかには信じがたいことだが、やはり身体が思い通りに動かなかったあの感覚は覚えているし、それだけは確かだ。

 

 怖かった。あれはすごく怖かった。こんないい歳して、喚き叫んでいたことは冷静に考えれば恥ずかしいことなのだが、それでもそれを遥かに凌駕する恐怖があった。もうそれは俺が恐怖することを義務付けられているかのように感じてしまったのだ。

 

「ありゃ、もうお腹いっぱいって感じだなー。まぁ、次はイチャイチャハーレ……ム?」

 

 怖い経験はもう味わったので、今度は楽しい経験をしたいなと男の欲望を噴出させているとき、あるものが目に飛び込んできた。

 

 おろろろ?あれはあれは、もしや……?

 

「聖杯あんじゃん!」

 

 なんということか。アンドヴァリの呪いに壊されたはずの聖杯があるではないか。少し欠けてはいるものの、器としての形を成している。

 

「……え?なんで?」

 

 が、しかしその理由を知らない俺はその事実にまたも疑問を抱く。俺は聖杯が壊れてゆくところをリアルタイムで見ていたのだ。だから、戻るはずがないと思っていたのだが、その思い込みを全否定された。

 

 そもそも聖杯とは戻る物なのだろうか。だって何でも叶えられるというだけあって、そう簡単に戻らないのではなかろうか。

 

 聖杯が戻った。それに対して疑問を抱いていたが、それ以上に俺が疑問を抱くことがあった。

 

「なんでセイバーが聖杯を持ってる?」

 

 その聖杯は横たわる彼女の手の中にあった。光り輝く杯がなぜか彼女が持っているのだ。

 

 一番に驚くべきはそこだった。セイバーが、である。あの最弱のサーヴァントといっても過言ではないセイバーが。

 

 そう、セイバーが。

 

 俺がそんなセイバーを凝視していると、彼女はゆっくりと瞼を開いた。

 

「むにゃ?あれ?私、何して……」

 

 目を覚ました彼女は辺りを見回す。彼女の視界に俺と未だ起きぬアンドヴァリの呪いが目に映った。

 

「ああ、ヨウですか。どうしたんですか?そんな私のことを見つめて」

 

 彼女は目をこすりながら立ち上がった。

 

「いや、その、お前……聖杯……」

 

 何が何だか事態をよく把握していない俺は語彙力が著しく落ちてしまい、残された数少ない言葉でセイバーに俺の驚きを伝える。

 

「え?聖杯?あ……、ああぁっ⁉︎聖杯は⁉︎」

 

 彼女はキョロキョロと辺りを見回しながら聖杯を探す。そして、自分で聖杯を持っていることに気がつくと、それはそれで受け入れられないようで大声をあげた。

 

「あああっ!せ、聖杯っ‼︎」

 

 そして思わず手放した。聖杯は光を放ちながら地に落ちる。

 

「っておい!なに落としとんじゃ!聖杯だぞっ、聖杯!丁寧に扱え!丁寧にっ!」

 

 残念ながらその時の俺も聖杯を目の前にしてパニクっていた。なんてったって目の前にあるのはあの聖杯である。俺たちの最終目標であり、これを求めて俺と彼女は地獄のような日々を過ごした。それを目の前にして普通でいられるだろうか。否、そのようなはずがなく、さすがにその時ばかりはクールにいこうとかそんなこと一切考えられなかった。

 

「あっ、えっ?あっ、はい」

 

 セイバーはとりあえずわけがわからなくても聖杯を手に取った。表面についた土を綺麗に払い、まじまじと聖杯を見つめた。

 

「聖杯……、やっぱり本当なんですね。元に戻ってる。中にもしっかりと魔力が溜まっているし……」

 

 聖杯がセイバーの青い瞳を反射し映し出していた。セイバーが雑な扱いをしたせいで、落としたりもしたが中に溜まっている魔力はたっぷりと密である。どうやら魔力自体は溢れることはなく、聖杯が壊れた時にその器がないため溢れ落ちるようだ。

 

「おい、丁寧に扱えよ」

 

 セイバーが何か他にも変なことをしでかそうで内心ビクビクしていた。今度は踏んづけたりして壊すのではなかろうか。

 

 俺がセイバーの一挙一動に細心の注意を払っていると、セイバーは聖杯に耳を当てた。そして、一言「聞こえない?」と口にした。

 

「ん?どうしたんだ?聖杯に耳なんか当てて」

 

 セイバーの理解できない行動のわけを訊いた。彼女はもう一度聖杯に耳を押し当てて、それでも聞こえないと分かると視線を一度こちらに移した。

 

「いや、なんか声が聞こえたんですよ。聖杯から」

 

「聖杯から声が聞こえた?何言ってんだ?聞こえるわけねぇだろ」

 

「そ、そうなんですけど……。でも、あの時、確かに声が聞こえたんです。壊れた欠片から確かに女の人の声が聞こえたんですよ」

 

 彼女が言うには、俺の体を乗っ取った悪魔の某が彼女を蹴り飛ばした時、ちょうど聖杯の欠片が散らばっていたところにいたらしい。そこで彼女は壊れた謎の声に従い聖杯を直して悪魔の某に触れさせたら急に強い光を聖杯が放ったと。

 

「いや、嘘つけ」

 

「ええええっ?信じてくれないんですか⁉︎」

 

「さすがに信じるには無理があるわ。まぁ、確かに天才鍛冶師のお前なら聖杯を直すことなら分からなくわないが……」

 

「え?私が天才?いやぁ〜、褒められても」

 

「褒めてねぇよ。いや、褒めてるけど、露骨に嬉しそうにすんな。張っ倒すぞ」

 

「でも、いつもツンケンしているヨウから褒め言葉なんて真夏に雪が降るようなものですよ。えへへ、嬉しいですね。こう素直に褒められるって。あっ、もしかしていつも本当は心の中ではそんな風に思ってくれてたんですか?」

 

「いや、全然」

 

「も〜う、そんなこと言っちゃって〜。この照れ屋さん〜」

 

 ……こいッつ、チョ〜ウゼェ。

 

 まったく、少しは良い働きをしたものだと思ったのだが、それに関する褒め言葉は言わなくとも良いだろう。

 

「はぁ〜、まぁ、それはもういいや。とりあえず聖杯の声だ。その声、本当に聖杯から聞こえたんだな?」

 

彼女は手の中にある小さな杯をぎゅっと握った。

 

「ええ、そうです。優しそうな女性の声でした。その声に従って聖杯を直したんです。もちろん、完全完璧に直すことなんてあの短時間では不可能ですから若干綻びはありますけど、それでも一応器としての機能はしているはずです」

 

「で、直したら今度はその悪魔の某の身体、つまり俺の身体に聖杯をつけろって言われたと?」

 

「はい。理由は何にも話されていませんでしたし、どうなるのかもさっぱりわかりませんでした。けど、あの時は藁にすがる思いでしたので、それに従ったら温かい光が出たんです。何かに抱かれているような、安心するような、涙が出てしまうような温かい光だったんです」

 

「で、このザマか?」

 

「このザマってひどくないですか?結局、ヨウは元通り、聖杯もゲット。一石二鳥じゃないですか!」

 

 うむ。それは確かにそうなのだ。認めたくはないが、今回ばかりはセイバーの功績とも言えよう。

 

 しかし、だからと言って認めてしまうのはなんだか俺が負けたような気がする。なので、とりあえず貶す。

 

「まぁ、アレだわ。セイバーのただでさえバカなスポンジ脳が役に立ったってことだな」

 

「それって貶してません?」

 

「いや、褒めてる褒めてる」

 

「もういいですよ。そういうのもう慣れましたし」

 

「もう聖杯はここにあるから、もうすぐお別れだけどな」

 

「あっ、そう言って悲しいこと言う」

 

「悲しいの?俺と離れたいんじゃなかったのか?」

 

「それはそうですけど……、悲しいものは悲しいんです」

 

「ふ〜ん、まぁ。そんなもんか……」

 

「そういうものですよ……」

 

 自然と口数が減ってゆく。口を開こうにもその口が段々と硬くなってゆくのが感じられた。しょうがない、聖杯があるということはもちろんセイバーの願いが叶う(そういう)こと。つまり、お別れも近いということ。

 

 俺は聖杯をちらりと見た。きらりと光る黄金が彼女の手の中にあるというのが未だに信じられない。

 

 まさか本当にここまで来たとはと思わされてしまう。最初は無理だと思っていた。最弱のサーヴァントと思えるくらいセイバーはカスいし、俺の方が強いとかどんだけだよって思ってた。だけど、聖杯を手に入れられるなんて夢じゃないかってぐらいの驚き。それはきっとセイバーも一緒で、だからこそ聖杯を手に入れたっていう実感が湧かないんだと思う。

 

 セイバーも聖杯を見つめた。しかし、その目は喜びの目というわけではなかった。体の芯まで疲れに浸り、その最後に得た手の中のものが彼女にはどのように映ったか。

 

「小さいですね。こんなもののために私たちは戦っていたんですか?」

 

その言葉に俺の心のブレはピタリと止まった。正直それは気にならなかったかと言われれば気になった。しかしここまできてその手の中のものに難癖をつけられない。

 

「まぁ、そうなんじゃねぇの。小さくても万能な器であることに変わりはねぇんだろ?なら、いいじゃねぇか。それにほら、結果的に持ち主はお前なんだしさ」

 

「あ……、はい、そうですけど、なんかやっぱりこんなもののために私たちは戦わなければならなかったのかなって思ったんです」

 

 それはこの場で、ここに来て言ってしまってはダメなんだと思う。その言葉はきっと今までの俺たちの努力を、苦しみを、涙を、喜びを、喘ぎを、咽びを、全てを意味のないものにしてしまう可能性の秘めた言葉だから。

 

 それでも俺は彼女を止められなかった。彼女の疑念に反論を用意できなかった。

 

 だって、俺も同じ気持ちだから。

 

「私たちって、これだけのために失ってきたんですか?」

 

 彼女は涙を流した。聖杯を両手で強く握りしめながら、ほろほろと雫を頰に伝す。

 

 手にしたから分かる。ここまで俺たちはいくつもの大事なものを失ってきた。母親のような存在を失い、父親を失い、親友の喜びを失い、この狂った運命の中に紛れ込んでやっと見つけ出した光り輝く宝箱。それはたった一つしか願いの叶えられない杯。

 

 ここに来て、やっと手にしたから身に染みた。たった一つの願いでは到底足りないと。

 

 なんとも小さな杯である。これのためだけにサーヴァントは死んでいったのだろう。過去に何回行われたか分からない聖杯戦争において、幾多の人が死んだはずだ。

 

 毎度毎度それに勝ち抜いた人々はたった一つしか願いの叶えられない杯を手にしてどう思うだろうか。

 

 やっと願いを叶えられると喜ぶだろうか。安心するだろうか。

 

 そうかもしれない。そんな人ももちろんいるだろう。

 

 でも、やはり俺たちはそんな簡単にいかなかった。

 

 あまりにも小さい願望機を目の前にして失うことの苦しさを身を以て知った。

 

 聖杯は俺たちのこの働きに値するものなのか。

 

 もう俺たちの心はそれに対する答えが出ていた。

 

 だから涙が出た。大事なものを幾つも失い、一つしか願いが叶えられないのは俺たちにとって苦しかった。得たものと失ったもの。どちらが本当に大切なのか。

 

 そう、聖杯はあまりにも小さかった。




聖杯を手にしても達成感以上に得た感覚は喪失感。そんな聖杯戦争もあるのかもしれません。たった一つの願いのためにいくつもの大事なものを失って。

それが本当に幸せなのでしょうか。

本当に幸せなのはなんなのか。

不運な運命の中で幸せを求め続けたセイバーは聖杯を手にして、それを問います。

皆さんは大事なものを幾つも失って聖杯を手に入れたらどうしますか?

私は……、そうですね……、ハーレムでも作りましょうか。

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