Fate/eternal rising [another saga] 作:Gヘッド
今回、終わらせるのに時間かかりました(@ ̄ρ ̄@)
段々と更新間隔が空いているのは気にくわないのですが、一応頑張ってます( ͡° ͜ʖ ͡°)
今回はまぁ、ややこしいっす。
悪魔の某がヨウの身体を乗っ取ると彼の身体から発せられる光がさらにより一層強くなった。
悪魔の某は右腕に突き刺していた剣を抜き取る。剣を抜くと、さらに血が地へと落ちていった。
「ふむ、これが痛みというやつか」
初めて体感したのだろうか、悪魔の某は自身で刺した傷跡を見つめ、感じる痛みを嬉しく思い笑みを浮かべる。
「おい、お前」
アンドヴァリの呪いは一定の距離を置いて、尋ねた。
「何だ?妾のことか?」
ヨウの身体をした悪魔の某は振り向いた。
「お前、月城陽香ではないな?」
「出合い頭、それを訊くのか?まぁ、そうだ。それより、この身体の持ち主は月城陽香と言う人間だな?」
「それが何だ?」
「そうか、人の身体とは何とも使いにくいものだな。少し屈辱的だな、こうしなければならないというのは」
「話の内容が分からないのだが……」
「なに、こっちの話だ。それと、貴様が聖杯の魔力を飲み干したのか?」
「そうだと言ったら?」
「殺すまでだ」
ヨウの身体を操る悪魔の某は左手で剣を持ち、軽く横に振った。すると、剣の軌道が空間を切り裂き、敵へと飛んでいった。
敵はそれを宙に浮いて交わした。悪魔の某が飛ばした剣撃はそのまま暗い森の中へと消えてゆく。
木がバタバタと倒れる音が聞こえた。轟音が森中に響く。その音はさっき悪魔の某が軽く振って作り出した剣撃によってのものである。
「その力、やはりさっきまでのヨウに力を与えていたのはお前か。お前は何だ?誰だ?」
アンドヴァリの呪いは険しい剣幕で質問をした。
「貴様も妾の存在が気にくわないようだな。ああ、そうだな。教えてやろう。妾は神だ」
「神……か。そうか、なら、なぜ月城陽香の身体を奪った?そこがどうしても私は分からない。神がこの聖杯戦争を仕切っているのは何となく理解した。神が何かをしようとしているのは察する。しかし、それで月城陽香の身体を乗っ取る理由が分からない」
「何だ?貴様、その月城陽香という男に恋でもしているのか?」
「恋だ?ふざけるな、穢らわしい。人の男に恋なぞするはずなかろう。ただ、お前に神としての矜持はないのかと訊いている」
神の矜持、それは神としての在り方だ。悪魔の某は自身が神であると名乗ったが、神であるならば人の身体を使うということはあまりにも不可解なのである。
神とは人智を超えた言うなれば超常なる存在。つまり、そんな存在である神は人の身体を奪う必要はどこにもなく、その行為自体がおかしなことなのだ。それに人とは神にとっては下位の、見下すべき存在であるのだ。物好きの神は確かにいるが、だからと言って神が人となるのは権威の失墜ともなることだ。どう考えようとそれは屈辱的なことでしかないはず。
神はほくそ微笑んだ。
「神としての矜持ならあるとも。妾は高潔なる神であるからな。しかし、故あるため人の身体を使っている。もちろん屈辱的だとも。だが、それでもやらねばならぬことがある」
この先のことを見据え、笑うその顔はヨウにはできない顔だった。
「そうか、力を貸していたのは私だけではなかったか」
アンドヴァリは何となくだが事実を理解するとため息を吐いた。
アンドヴァリの呪いは力をグラムに貸していた。それによってグラムは力を得て、他のサーヴァントともほぼ対等に戦っていた。しかし、それは彼らだけではなく、ヨウもまた同じであった。ヨウも身の危険を感じたとき、神が力を貸していたのだ。もちろん、ヨウはそんなことは知らない。しかし、知らず知らずのうちに話は進んでいた。
「まぁ、この身体の人間にはそう簡単に死んでもらっては困るからな」
「何だ?その身体がお好みなのか?」
「ああ、特注品だとも」
神はそう言うと、胸を開き、ぐっと両腕に力を入れて、背が仰け反るほど肘を後ろに持ってくる。掌を敵に見せた。掌の中心に魔力を溜める。二十センチほどの魔力の塊があらわれ、そこに光が収束する。
「ほれ、これが神の力だ」
右手を前へと押し出した。すると、掌の中心に溜められていた魔力が放射される。魔力が光となり、ビーム状に放出された。一閃の魔力による砲撃、太陽にも匹敵するほどの光を放ちながら直線状に全てを焼き尽くす。
アンドヴァリの呪いはその砲撃に危機感を抱いたのか、現世に呼び出せる剣のほぼ全てを用いて自身の身を守るために剣の壁を作り出した。その厚さおよそ五メートル。しかも、剣と剣の間はなるべく隙間のない密度の濃い壁だった。鉄壁とはまさにそれ。
だが、しかし、その鉄の壁は神の一撃で儚く崩れ去ってしまった。ある剣は姿形なく消滅し、ある剣は酷く欠け、ある剣はビームの砲撃による熱量によりドロリと溶かされた。五メートルほどあった壁は一撃でほぼ瓦解し、見るも無残な生身となってしまった。
「おい、まだもう一撃あるぞ?」
そう、まだ神は一撃しか放っていない。左手にはまだ魔力が溜まっているのだ。
「……規格外だな」
「なに、軽めの一発だ」
そして、神は左手も同じように前へと押し出そうとした。
その時だ。背後から叫び声が聞こえた。
「うおおおぉぉぉっ!!それ以上はやめてください!」
その声はセイバーだった。剣を手に持ち振りかざしながら神を斬りつけようとしている。
ヨウは彼女に事前に、過ちを犯すのなら止めてほしいと頼んでいた。彼はもしかしたらグラムの身体を傷つけてしまうと踏んでいた。もちろん、身体を乗っ取られるなど、ヨウもセイバーも予測していなかっただろう。しかし、それでも今、ヨウの身体はグラムの身体を殺そうとしている。それだけは避けねばならないのだ。たとえその身体が本人のものでなくとも。
セイバーは自前の剣で神に斬りかかった。剣を縦に振り下ろす。しかし、やはり剣の腕前は
「うぁぁっ!」
セイバーの弱々しい声が響く。彼女は二メートルほど蹴り飛ばされた。しかし、圧倒的な実力差(と言っても、セイバーが弱いだけなのだが)を目の前にしても、彼女は立ち上がろうとした。負けないという意志が彼女からは伝わり、下から見上げる彼女の瞳はやる気に満ち溢れている。
それを見下す神は彼女を嘲笑う。
「貴様それでもサーヴァントか?弱いな」
「んなっ⁉︎単刀直入過ぎませんか⁉︎いや、まぁ、そうなんですけど……」
「まぁ、サーヴァントであろうと何だろうと所詮は人。妾のような神を崇め奉るに越したことはない肉人形。しかし、それはつまり人は妾のものということ。妾は高潔な節度のある神ゆえに、無意味な殺傷は好まぬ。邪魔をするな。さもなくば殺すぞ」
神はそう言うとセイバーに背を向けた。あくまでセイバーは敵でないと見なしているのだ。
もちろん、セイバーにとってそれは悔しかった。確かに彼女は弱い。サーヴァントなのに自身のマスターを守ることすらできない。彼女は武人ではないが、やはり敵でないと侮られるのは良い心持ちではない。
しかし、セイバーだって見ていた。神がアンドヴァリの呪いをいとも簡単に殺そうとしていたのを。もし立ち向かってみても、セイバーは果たして神を止められるのだろうか。
「……私は……」
無理である。絶対に。百パーセント無理だ。それをセイバーは分かってる。分かってるから何もできなかった。
自分は殺されないのかもしれない。そこに彼女は甘えを見せたのだ。無理なのなら、と考えてしまう。人としての、人らしい考え方がそこで働いてしまった。だってセイバーは弱いのだから。
彼女は自分が醜く思えてくる。ヨウとの約束を守れない自分が一番悔しかった。それでも殺されないのかもしれないという望みに縋ってしまう。何と愚かな人間なのかと彼女は歯を噛み締めた。
しかし、やはりどうしてもそこで諦めたくないのがセイバーである。本当にそれでいいのだろうかと自問し、何かしようと考えた。そのしつこさが彼女らしさとも言えるだろう。その時、ふと彼女はある物を見つけた。
「……ん?何これ?」
神はセイバーがもう襲ってこないと知ると、彼女への警戒を完全に解き、その警戒を再びアンドヴァリの呪いに注いだ。といっても、アンドヴァリの呪いも神の力は思い知ったので、冷や汗をかいている。
どうやって神を倒したら良いのか。それが思いつかない。今までは何とかしてやり抜けてきたが、今回ばかりはそれが一切通用しない相手だ。手を抜けば即座にやられ、かといって全力を尽くしても軽く一掃されてしまう。そんな敵に有効であるのは奇策の一手であるのだが、その奇策が思いつかない。
いや、策がないわけではない。やろうと思えば取り込んだ聖杯の魔力を利用すれば神であろうと殺すことはできるだろう。だが、しかし、そこで聖杯の魔力を使ってしまえば世界の破壊という願いは泡沫のものとなる。やはり聖杯の力は最後までとっておきたい。
どう倒すか。そればかりで頭がいっぱいだった。敵を倒さねば、自分が殺されてしまうから。
(私が殺されてしまう……?)
ふと疑問を抱いた。それは何気なく見過ごしていた妙な点だった。
「おい、神とやら。お前は何故、私を殺すのだ?」
「何故と?」
「ああ。最初、私は呪いでお前は神だから、その関係上私を殺すのかと思っていた。私は邪悪な存在だからな。だが、お前は言った。私が聖杯の魔力を呑んだから殺ろすと。それは何故だ?何故、私を殺ろすのだ?」
アンドヴァリの呪いの疑問は確かに神の説明不足を指摘していた。殺そうとしている理由が明らかになっていない。殺されるのならせめて理由くらい聞きたいのだ。
もちろん、それを答える義務が神にあるわけではない。嘲り、殺せばそれだけの話である。
しかし、神は答えた。愚かにも答えてしまった。
「それは妾にも叶えたい望みがあるからだ。そうに決まっているだろう。貴様の身体はグラムという宝具の剣なのだろう?ならば、宝具というだけあって聖杯の器にすることもできよう。つまり、貴様の意識を抜き、その身体そのものを聖杯とすれば望みを叶えられる」
言われてみればそうである。聖杯の魔力を呑んだその身体はグラムというサーヴァントの宝具である。サーヴァントの宝具、それはつまりそれなりの器になりうるというもの。ならば、それが器として機能するであろうということであり、実に理にかなっていた。
しかし、神とは人にはできぬこともできる存在。
「聖杯の力を使う?それは何故だ?だって、お前は神だろう?絶対の、万能の力を持つ神だ。なら、自分の望みくらい自分で叶えてしまえばいいだろう!」
アンドヴァリの呪いの言い分も納得のものである。神は絶対の存在。人にはできぬことをやってのける存在。自分の望みなど叶えられるのだって当然であり、そんな神が聖杯を必要とするのはおかしいのだ。
しかし、ゆめゆめ忘れてはならない。
神とは人には不可能なことを可能とする存在である。だが、しかしそれと同時に人が可能とすることに不可能を示す存在なのだということを—————
神はその言葉に身を震わせた。
「妾が神であるから……?ハッ!たわけがっ!何が絶対の存在だ、何が万能の存在だ!何でもできたのなら今頃苦労なぞしてないわッ‼︎貴様より、ずっとずっと長くからこの時を待ち望んでいたのだ‼︎聖杯が必要ないだと?黙れ、妾には聖杯しか頼れぬものは無いのだ‼︎」
急に激昂した。さっきまでの毅然とした態度とは打って変わり、表情に怒りを映し出す。
アンドヴァリの呪いも神のその変わりようには驚かされた。思いもよらぬことで声を荒げるとは思わなかったからだ。
だが、良い収穫だ。神が話してしまったから、気づいてしまったのだ。どちらが立場が上なのかを。
「さぁ、殺そうか」
神が歩み寄ると、敵は忠告した。
「それ以上近づくな。近づけば飲み干した魔力を使ってやろう」
その言葉に神は歩みを止めることを強いられた。
これはアンドヴァリにとっては賭けも同然だった。魔力を使うと言っても、それよりも速く殺されてしまうかもしれないからだ。神の力は未知数であり、可能性は少なからずあった。
「ほう、ならばそれよりも先に妾が殺してみせよう」
予想通りの言葉だった。どうせそう言われるだろうと予測していた。
重要なのはそこではない。その後だ。その後、神が何をするか、である。
「……やれるものなら、ヤッてみろ」
「ああ……」
数秒の時が流れた。両者一歩も動かず、息もできないような張り詰めた空気の中を無音が流れる。
そして、静寂の海にズブズブと沈んでゆくことにアンドヴァリの呪いは心の底で笑みを漏らした。
勝った。そう確信したのだ。
神はアンドヴァリの呪いを即座に、人間の時間を超越したような刹那で殺すことができるのでは、と憶測を立てていた。しかし、それが今、音を立てて崩れ去ったのだ。
もし殺せるのなら神は即座に殺すだろう。何故なら、神はあれほどまでに願いを叶えることを切望していたのだから。
しかし、結果は違った。神は動かなかった。動かなかったのだ。
アンドヴァリの呪いが聖杯の魔力を使うよりも先に、神は殺すことができないのだと証明された。神はこの瞬間、弱者に成り下がったのだ。
神ももちろん気づいていた。しかし、打開策がどうしても見つからない。
両者また睨み合いが続く。アンドヴァリの呪いが勝ったことに変わりはないが、それでも隙を見せてしまえば殺されてしまうことは確かなのだ。
それに、アンドヴァリの呪いはあくまで時間稼ぎの手段を得ただけである。事態の打開はこちらも見つけていない。
結果、動かぬという停滞が生まれた。両者一歩も引かず、かといって攻めることもせず。ただ、相手の出方を伺うだけである。
さて、どう来るのか。二人が互いに相手の動きだけに目を凝らしていた時だった。
「できました〜‼︎」
この鉛のような重い空気の中、意気衝天とした声をあげる者がいた。
そう、セイバーである。こんな状況なのに、彼女は場違いな声を出す不届き者。
二人は突然声を出されたもので、一切セイバーには気を使っていなかった。どうしたものかとセイバーに視線を移す。
彼女はニマニマと堪えきれぬ笑みをこぼしていた。その笑みの先にあるのは黄金に輝く
そう、それは紛れもなく聖杯だった。
「器が、元に戻っている?」
二人はその光景に絶句した。所々に綻びはある。光は色褪せていよう。されど、その形はまさしく聖杯そのものだった。
「何故、元に戻っているのだ?器は私が壊したはずだが?」
アンドヴァリの呪いはその聖杯に疑いを持ちかけた。何故なら、聖杯を元に戻せないくらいにまで壊したのだから。ちらほらと大きなかけらはあっただろうが、大半が細かなかけら、または砂であり何処かへ消え去ったのだ。
そんな短時間で元に戻せるはずがないのだ。
しかし、セイバーは至って平然と、けろっとしていた。
「え?普通に直しただけですけど?」
その言葉にまた二人は絶句を余儀なくされる。
しかし、忘れてはならない。セイバーの本職は決して剣士などではない。鍛冶師なのだ。
「金属を元通りにするのはお茶の子さいさいですよ。だって、組み合わせて、隙間があろうものなら押して広げればいいんですから!」
と彼女は言っているが、決して鍛冶が簡単なのではない。ここも忘れてはならない。ただ、彼女の鍛冶が予想外で、法外なのだ。
彼女は神代の時代の鍛冶職人であるレギンの唯一の弟子であり、そのレギンとは鍛冶の腕を買われ、国の王とも親交のあった人物。
つまり、セイバーは鍛冶職人としてはガチで
もう一度言っておこう。セイバーは鍛冶職人としては超一流である。
「いやいやいや、それでも直せるはずがない!だって、結構な部分が風に飛ばされたぞ!それでどうやってその形まで戻した?」
「ああ、確かに地面に落ちているかけらだけじゃ足りませんでした。でも、そこはこっちで補給しました」
彼女は手元に置いてある甲冑をペシペシと叩く。その甲冑は黄金でできたいかにもお高そうなもので、彼女の
彼女は金よりも硬い肉体を持つ龍の心臓を抉り取ったリジンという剣を手にしていた。その剣で自身の宝具である黄金の甲冑を適切な大きさにカットしたのである。
次にそのカットした黄金のかけらと聖杯とをどう組み合わせるのがである。もちろんそこには火などなければ、ハンマーなどもない。
「あの時は大気中にエーテル?とか何とかがあったお陰で特に変なことしなくても叩くだけで結構金属とかひん曲がったんですよ。それで、ほら!」
彼女は聖杯の器の内側を指でなぞった。すると、指に雫が溜まる。
それは純粋な魔力の塊であった。聖杯から零れ落ちた魔力が大半なのだが、付着したままの魔力もごく僅かながらあったのだ。その魔力は少なくとも、非常に高純度な魔力の塊。
彼女は付着したままの魔力を塗り、そしてそれを繋げ合わせたのだ。壊れた聖杯を元通りに。綻びは見つけることはできようが、この短時間で直すのはまさに神代の芸当。
「その技能、魔力さえあればカグツチにも匹敵するほど。しかし、どうして貴様はそれを直そうとしたのだ?」
神の質問にセイバーは顔を暗くした。
「あ〜、その、……これを渡したら、その……あの人は殺さないんですよね?」
セイバーはアンドヴァリの呪いを指差した。
聖杯を渡し、アンドヴァリの呪いが持っている魔力を移し替えれば殺されないと思ったのだろう。
しかし、セイバーの発言には矛盾があった。
「何だ?敵対していたのではないのか?」
セイバーは今さっきまで救おうとしているアンドヴァリの呪いを倒そうとしていたはずだ。なのに、今は救おうとしている。
「それはそうなんですけど、だからってあの人の身体は大切なものなんです」
その言葉に一切の濁り、迷いはない。
「だから、どうか助けて下さい!」
彼女はぐいっと強く手に持つ聖杯を差し出した。
その行為に神は感心したのか、アンドヴァリの呪いにもその提案をした。
「何、今持っている魔力を手放せと⁉︎ふざけるな、手放すわけがなかろう!だって、これは……」
もちろん、抗議する。せっかく得た聖杯の魔力。やっと望みを叶えられるという此の期に及んで、その魔力を手放せと言われても当然簡単にハイなどとは言わない。
すると、神は敵に剣の
「それ以上言うのなら、貴様を殺してやろう」
その威圧、眼力はまさに神の後光差すほどの覇気。皆が降伏してしまうほどの威光に敵は血が出るほど拳を握りしめた。
「……分かった」
しかし、その目は虎視眈々と機会を伺うハイエナのような目であった。こんなチャンスを簡単に手放すわけもなく、神の行動に気を遣い、そして隙あらば首を飛ばそうとしていた。
だが、しかし神とは人を遥かに凌駕するもの。もちろん、それは宝具の身体であろうと変わりない。
神は敵の方向につま先を向けるとその場から突如として消え、敵の目の前に現れた。いや、消えたというより移動したのだ。それは時にして小数点の下にゼロが二個ほど付くくらいの須臾で、音が耳に届くよりも速かった。
そして神はアンドヴァリ呪いの腹に左手を揃えた。もちろん、アンドヴァリの呪いはおろかセイバーさえも知覚できていない。
その時が流れているのか流れていないのか分からないような刹那の中、敵の腹に左手を当てたまま左回りに手首を曲げた。
時が流れる。神ではない通常の時の中で生きる二人が神のその行為をついに認識した。
その瞬間、アンドヴァリの呪いは気を失い倒れたのだ。
「……え?え?」
セイバーはなぜアンドヴァリの呪いが倒れたのかが理解できなかった。神はアンドヴァリの呪いの腹に左手を当ててはいたが、それでなぜ倒れたのか、見当のつけようがなく、ただ目の前の状況に慌てふためくのみである。
神が手を仰いだ。ひらりひらりと空に大きな楕円を描くと、アンドヴァリの呪いの中にあった魔力が身体から溢れ出てきた。その魔力は空中で一旦塊として集まり、その後聖杯の中へと注がれた。
「……え?すごい……」
もう目の前で何が行われているのか脳内で処理できなくなったセイバーはただでさえ低い語彙力がさらに低下した。もう誰でも思いつくような言葉だけで現状を述べている。
「ほれ、それを渡せ」
神がセイバーを手で誘う。
「あっ、はい……」
セイバーはその言葉に少し顔を曇らせたが、その顔の上に作り笑顔を塗った。
「どうした?やはり、願いを叶えられぬのは悲しいのか?」
神はセイバーに問う。
「あー、いや、そういうことじゃないんですよ……。いや、ないわけじゃないんですけど……、その……、こういうのはあまり私の得意分野ではないので……。んー、なんというか、あまり心地の良いものではないですね」
「なんの話だ?」
「別に話すようなことでもないですよ。はい……、ええ……」
セイバーの発言に神は些か疑問を抱いた。眉をしかめ、彼女の顔をじっと見つめる。セイバーはその視線に耐えきれないのか、さっさと終わらせるようにと聖杯をぐいっと前の方へ差し出した。
「あの……、どうぞ」
恐る恐る声を出すセイバーの態度は実に奇妙で、なんとも腑に落ちない。しかし、目の前にあるのは綻びはしていようとも、美しい輝きを持つ聖杯。神も欲していたものがここにある。
「ああ、そうだな」
神は手を差し伸べた。あと二十センチほどの距離である。
さらに手を差し伸べた。あと十センチほど。
神の手が近づくにつれて、セイバーの目は段々と細くなる。その光景を見まいとしているのか。
あと五センチほど、そこまで近づいた。その瞬間だった。神の手がぴたりと止まったのだ。
やはり何かが気に食わなかった。その何かが分からないが、どうしても納得がいかない。
聖杯を見つめる。じっと、輝きの色褪せぬその聖杯を。
その聖杯に何があるのかを。
そして、神は見た。見てしまったのだ。聖杯を、聖杯の中身を。
「まさかッ!貴様……!」
その言葉を聞くとすぐに、セイバーはギクリと肩を動かした。
しかし、やってしまったことはしょうがない。もうここまできたのだ。一か八かである。
セイバーは全力で申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんなさぁぁぁいっ‼︎」
そして、セイバーは手に持つ聖杯を神の身体につけようとした。触れさせようとしたのだ。
「貴様、妾を騙したなッ!」
ハッとセイバーの行動に気づくや否や、神はその手をどけようとした。しかし、時すでに遅し。
もう神の手は聖杯に触れていた。
その瞬間、聖杯からより強い光が放たれた。その光は太陽よりも強く、暖かで、何より柔らかい光だった。それはセイバーも幼い頃、物心の付かぬような時に感じたことのある温もり。生物である限り離れられぬその優しさは全ての命を抱擁する愛の光。
その光に神は吼えた。その姿に神としての威厳もなく、輝きもなく、あるのは狂気と獰猛な復讐と欲望だけだった。
「貴様ァァァァァァァァッ、また、また、また、またまたまたまた、また妾の邪魔をするのか⁉︎また、妾の願いを踏みにじるのがァッ⁉︎何度も何度も、また妾にこの地獄を見せようというのかア゛⁉︎なにが、親の愛だ!なにが人間だ!貴様がいるから、妾が、神が苦しむのだろうに゛‼︎
許さぬ、許さぬ、許さぬ。決して許さぬ。世界が何度終わろうと、世界が何度始まろうと、貴様だけは決して許さぬ‼︎棗日和、貴様だけはな!」