Fate/eternal rising [another saga]   作:Gヘッド

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はい!Gヘッドです!

何でしょうか、回数を増すごとに更新速度が遅くなり、字数が多くなっているのは。実に不可解な現象です!




もしも過ちを犯すのなら

 殺したいと思う。それは果たして怒りから生じる感情なのだろうか。怒り、それでもなお消化されぬ心の中のモヤモヤとした思いが殺意に変わるのか。

 

 確かにそれもあるのかもしれない。むしろ、そっちの方がよくあるのだろう。人生何度かは本気で殺意を覚えるようなことがあるだろうし、その大体が怒りからの殺意だろう。

 

 だが、この時の俺はそんな殺意などではなかった。怒りを感じず、ただ自然と殺意だけが湧いたのだ。

 

 それはきっと俺がその前に無の感情を味わっていたからだろう。どん底に、というより何も感じなくなってしまったという境地に一旦陥った俺は怒りを得るより先に殺意を得た。

 

 それは多分普通なことではないのだということは察した。怒りはない。ただ殺意があるというのは実に不自然だが、それでも現に俺の心持ちがそうなので、どうしても納得せざるを得ない。

 

 怒りの無い殺意はどの殺意よりも大きなものなのだろうと俺は考える。最優先に生まれ出た感情が殺意なのなら、その感情は何よりも大きくドス黒い。

 

 俺は敵に斬りかかった。特にそんな予兆を見せることなく、自然の流れのように間髪を入れずに攻撃をする。その攻撃の振りはさっき敵の肉を斬った攻撃とは異なっていた。さっきの俺の斬りかかりは非常に弱々しかった。敵がしてきたことに怯え、足がすくんだ結果だろう。しかし、今の俺はそれに動じることはない。いや、それに動じるものがないのだ。だから、動じることなく残虐なことでも躊躇なく、平然とできる。

 

 敵は俺の攻撃を剣で受け止めた。しかし、敵の身体はゆらりとぶれ動く。力の入っていない守りだったからだ。

 

 よろめいた身体を蹴り飛ばした。敵は二、三メートルほど飛ばされ、地を転がった。

 

「くそッ、急になんだ?」

 

 敵はいきなりの攻撃に困惑していた。それもそうだ。なんてったって今の俺は少しさっきまでとは違うから。

 

 自暴自棄のようなところがある。その様子が攻撃にも現れていた。心の赴くままに、どうなろうが知ったこっちゃないというような攻撃。

 

 アンドヴァリの呪いは俺に斬りつけられた肩を触った。手に血がこべりつく。

 

「……動きにくいな」

 

 肩を回しながら敵は呟いた。草薙の剣で斬りつけたため、どうやら斬りつけたところの敵の力が落ちたらしい。

 

 つまり、今はチャンスということ。敵の力が回復する前に仕留めておかねば。

 

 前へと走る。敵はまともにやりあったら勝ち目がないと思ったのか、距離をとった。

 

「来るなっ!」

 

 剣を放ってきた。さっきよりも数が格段に多い。聖杯の魔力を喰らったせいか、そこら辺はパワーアップされているらしい。

 

 対して俺は剣を手にしている。何百という数の剣相手に、剣二振りとはみじめなものだ。加えてアーチャーの形見であるあの便利な結界は消滅してしまっていた。気づかなかった。きっと、聖杯が壊れた時ぐらいに結界の使用時間が過ぎてしまったのだろう。

 

 なんとも絶望的な光景だ。こんな数の剣を相手にするのは無理がある。

 

 だが、それでも、俺は剣が遮る視線の先にいる敵をどうしても(ほふり)りたかった。

 

「—————やりにくいな」

 

 そう感じた俺は右手に持っていた剣を投げ捨てた。右利きの俺だが、今この状況で右で剣を握るのが非常にやりにくく感じたのだ。左手の剣一本のほうがやりやすい。

 

 剣の柄を握る手は寒い冬でも自然と柔らかく感じた。いつもとは違うはずなのにしっくりとくる。寒さに負け悴むことなく、自然と動いた。剣の先まで自分の身体の一部と考える。剣は自身の手の延長線上のものだと思い込み、それらに自らの魔力を通わせた。

 

 今ならなんだってできる気がする。どんなに無理難題、あらゆる逆境をも乗り越えられるように感じるのだ。

 

 背中を少し曲げ、肩を落とし丸まったような姿勢をとる。剣を脇腹の近くまで持っていき、息を整えた。目を深く閉じる。刹那の時の中で目には見えぬものを捉えた。

 

「我・裏当て:幽々」

 

 敵が放った剣が身体に届く前に剣を振った。円を描くように腕を伸ばし、素早く、かつ力強く。しかし、その剣は決して剣に当てたのではない。

 

 俺が振った剣は空を切った。それだけである。

 

 しかし、その瞬間放たれた剣は強い風圧に打たれたように遠くへと弾き飛ばされてしまった。

 

 敵は顔をしかめる。当たっていないのになぜ剣が弾き飛ばされたのか。理解できなかったからだ。

 

 もちろん、俺の剣は確かに当たってなどいない。しかし、俺の威力が伝わっていないかと言われるとそうでもない。

 

 武術には裏当て、もしくは遠当てという技術がある。打点と力点をずらす、つまり威力を当たった場所とは別の所に移動させるということである。力の流れや量、質を見極め、そしてその場に最も適した力で放つことにより力を任意の場所に集約させることができるのだ。月城の先代がこの技を応用し、剣でもその原理を当てはめるということをしたとかなんだとか。

 

 もちろん俺はそんな大層な技を習得しているわけではない。最低限のことでも熟練した剣の腕と全てを見極める目を持っていなければそれは成立しない。だが、少しくらいなら俺にだってできる。そこを魔術の強化によって補強したのだ。

 

 俺の剣は空気に当たった。その時の威力が遠当ての原理でほぼそのまま敵の剣に当たったのだ。

 

 といっても、俺から見ればあれは遠当てではないような気もしたのだが、そこはもうよく分からない。とりあえず薙ぎ払えた。今はそれだけで満足だ。

 

 これができるのならもう俺は敵の攻撃に基本的には何でも対応可能ということだ。

 

「あとは殺すだけか」

 

 草薙の剣を左手に持ち、また身を縮こませる。敵はまたさっきの攻撃が来るのかと少し前方に出していた剣を後退させる。風圧に備えた。敵の行動は別に悪くはない。攻撃されるのならそれに対処するのもそれまた良し。

 

 しかし、敵との間に距離が開いたとなれば、当然自由がきく。余裕が持てるというもの。

 

 剣に魔力を通わせる。今度はもっと多く、高純度な魔力で剣を覆い尽くした。右手で刀身を下から上へと優しく撫でる。ひやりと冷たく、しかし熱い。これならばもっと強くできるはずだ。

 

 肩が外れてもいい、腕が吹っ飛んでもいい。とにかく、強い力で全てを葬りたかった。

 

 身体の中心にあった軸を前へと動かした。前足の裏に体重がかかり、膝は深く曲げる。縮こまった背中をぐっと伸ばして胸を張る。回していた腰を逆方向に力一杯曲げた。この全ての一連の動作と一緒に剣を斜め下から横気味に斬り上げた。

 

 しっかりと剣の威力を空気を通して剣に伝えたかった。しかし、さっきぐらいの力では届かないから、より強い力で剣を振った。

 

 剣の威力は見事に空気を媒介として敵の剣に伝わった。そしてその瞬間、敵の剣はガラスのようにヒビが入り、そしてその亀裂からパラパラと崩壊していった。

 

 その様子を見ていた敵は頬の筋肉をピクリと動かす。細い目つきで俺を見た。

 

「何だあれは?人間離れしている」

 

 それは褒め言葉なのだろうか。ああ、多分そうだろう。人間離れしているという言葉は褒め言葉なのだろう。そう受け取っておこう。

 

 だが、確かに今の俺は人間離れしているように見えるだろう。いや、実際冷静になって考えてみればそう見えなくもない。ちょっと変な気がする。だが、確かにこれは俺の身体なのだ。

 

「お前が弱いだけだろ」

 

 だから、俺が強いのではなくお前が弱いのではないかと敵に返答してみると、敵は目を血走らせる。顔を赤くし、歯を立てた。

 

「何だと?所詮人間が、偉そうにするな!」

 

 逆上したアンドヴァリの呪いはまたいつも通りのワンパターン攻撃をしてきた。剣を俺に向けて放ってきたのである。

 

 もちろんそんな攻撃は苦でもない。慣れた攻撃であり、またなんか調子の良い俺には簡単なことである。飛んで来る剣一本一本を各個破壊すれば良いだけのこと。それ以外の何物でもなく、敵の時間稼ぎのようにしか見えない。

 

 だが、飛んで来る剣の中に一つだけ進行方向がおかしいものがあった。他の剣は俺の身体を穿とうと殺意に満ち溢れた姿を見せてくれるのだが、俺が見つけたその一本は俺を通り過ぎようとしていた。

 

 ああ、何だそういうことか。

 

 敵のつまらない攻撃に俺は落胆した。誰でも考え付くような事だったからだ。こんな敵に俺は今まで手こずっていたのかと思うと、少々面目無い。

 

 飛んで来る剣に対応しながら俺は投げ捨てた剣を拾い上げた。

 

「おい、セイバー!そんなとこで座ってんじゃねぇ!」

 

 俺はセイバーに向かって叫んだ。ずっとさっきから我を忘れたように座っている彼女ははっと我に返るとある事に気付いた。

 

「気付くのが遅い!死ねぇ、セイバー!」

 

 アンドヴァリの呪いの高々とした酷い笑い声が響いた。いかにも敵役って感じ。

 

 しかし、そんなことを堂々と宣言してしまっては手の内がバレるというのは必然である。まぁ、言わずもがな、どうせそんなことをするだろうと予想はしていたが。

 

 さっき放り投げた剣を再び手に取り、それをセイバーを殺そうとする剣に向かって投げた。俺が投げた剣は見事に敵の剣に当たった。

 

 セイバーはまた口をあんぐりと開けている。まったく、なんてアホ面なのだろうか。

 

「おい、セイバー!てめぇも立って戦え!お前の面倒を見るのは嫌だぞ」

 

 俺が声をかけると、彼女は急いで立ち上がった。

 

「す、すいません。ちょっと魅入っていました」

 

「魅入ってる?何にだよ」

 

「ヨウですよ。いや、その変な意味とかじゃなくて、すごいなって」

 

「そうか?すごいところなんざねぇよ」

 

「いや、すごいですよ。でも、どこかヨウじゃないみたいな気がしなくもないんですけど……」

 

「は?死ね」

 

「あっ、やっぱり前言撤回します。ヨウですね、私の目の前にいるのはヨウです」

 

 なんか遠回りに貶されているような気もするがそこはまぁいい。俺らしさという個性として受け取っておこう。

 

 敵は歯を噛み締めていた。自分より格下だと思っていた人間に負けるかもしれないという苛立ちは屈辱的で受け入れがたいものだろう。スカートの裾を両手で強く握り手繰り寄せた。

 

「人間がぁッ……!」

 

 どこぞの悪役のお決まりのセリフみたいな言葉をほざいている。子供か何かだろうか。負けを負けと認めてほしいものだ。

 

 まぁ、もちろん、負けを認めたところで俺の中にある殺意が失せることはないのだが。

 

「よし、そろそろ心折れてくれるだろ。殺るか」

 

 敵の首を落とそうとすると、セイバーがそれを全力で引き止めた。

 

「ちょっと待ってください!敵を殺すんですか?」

 

「ああ?それ以外に何があるよ?」

 

「でも、あの身体はグラムの身体なのですよ?」

 

「んなこった知ってるわ。だからこの草薙の……」

「私が言いたいのはそういうことじゃないんです!」

 

 セイバーが声を張り上げた。

 

「今のヨウは本当に首を落としてしまいそうなんです」

 

「まぁ、仕方なければそれでもいいと思ってる」

 

 セイバーは決まり悪そうな顔をする。膨らんだ頬は赤く餅のようで、睨む眼光は恐ろしさのかけらもない。

 

「ヨウ、少し正気に戻ってください」

 

「俺は至って正気だ」

 

「いいえ。ヨウらしくありません」

 

 さっきから俺だの、俺じゃないだのと言う彼女に少しイラっときた。

 

 だが、彼女のその真摯な眼差しはその苛立ちをすぐに鎮めた。真っ直ぐな目である。嘘なき、真実しか語らぬその眼に俺は勝てなかった。

 

 深くため息をついた。もう無理だろう、彼女の意思を変えることは。

 

 しかし、一度、もう一度だけ後悔をしないために確認をした。

 

「おい、いいのか?あいつはお前の聖杯を壊した奴だぞ?慈悲でもかけるのか?」

 

「それはそうですけど、でも、今のヨウは何か少し危なかったんです。そんなことしたら敵がどうなるか……」

 

 敵の目の前で堂々と身を案ずる発言をするセイバー。ある意味肝が据わっているのかもしれない。

 

「だ、そうだぞ。どうだ?敵に身まで案ぜられて。なぁ、アンドヴァリさんよぉ」

 

 全然強くないセイバーにまで舐められているのだ。それは誰でも結構な屈辱であり、いかにも高そうなプライドを持つ敵には耐えられない言葉だろう。

 

 そして、敵さんはまさにプルプルと震えている。怒りというマグマが今にも噴火しそうであった。

 

「ヨウ、そういうことを言って挑発させるのは良くないですよ」

 

 敵の様子を見たセイバーは小声で囁いてきた。

 

 こいつはなんと恐ろしい奴なのかと、隣にいる俺は内心驚かされていた。セイバーは自分が敵を挑発しているのだと分かっていないらしい。しかも、そういうことを敵の目の前で堂々と言うところも結構度胸ある奴である。

 

「貴様らぁっ!」

 

 ああ、セイバーがあんなこと言うから堪忍袋の緒が切れてしまったではないか。

 

 敵はさらに呼び出す剣の数を増やした。何メートルにも渡る大きな壁のように剣が敵の背後を埋め尽くす。その先の景色が見れないくらいである。

 

「……んげっ!こ、これは流石にやばいんじゃないですか?」

 

 セイバーは目の前の光景に怯んでいる。

 

 しかし、まだ驚くなかれ。真に驚くことはその次だ。

 

 敵はその剣を収束させた。縦横に広がっていた剣を自身の周りに集めたのである。球体が出来上がった。真っ黒な球体が空高くに現れる。アリがうじゃうじゃといるみたいに見えた。その後、その球体から手足が形成された。

 

 剣でできた巨人が目の前に現れた。その大きさといい、力といい、規格外のものだということは瞬時に理解した。きっと、敵は聖杯の力でも利用したのだろう。

 

 アンドヴァリの呪いはその巨人の胸の部分にいた。魔力のオーラがとてつもない。

 

「はっはっはっ!どうだ、クソが!これが今の私の力だ!これが貴様らが欲していた聖杯の力だ!」

 

 別に言わなくとも、なんとなく察することができるのでよかったのだが。感情の起伏が豊かな彼女はよっぽどお喋りのようである。

 

 しかーし、そこで動じないのがこの俺である。

 

「うっわ、すご。ガンダム以上だわ」

 

 とかなんとか言っときながら、特に表情を変えるような理由もないので呆然と眺めておく。

 

 そんな俺をセイバーは一喝する。

 

「何してるんですか⁉︎こんなところで、ヨウの『クールにいこう、俺』をやらなくていいんですよ!逃げますよ!あんなのとまともに戦って勝てるわけないじゃないですか⁉︎」

 

 そのセイバーのテンパり具合にアンドヴァリの呪いはほくそ微笑んだ。勝ちを実感しているのが楽しいのか、見下すのが楽しいのか分からないが、どちらにせよ嫌な奴である。

 

 しかし、そんな嫌な奴がドヤ顔をしているところ、運悪くいい感じの攻略法を思いついてしまった俺はもっと嫌な奴かもしれない。

 

「うん、案外いけそう」

 

 俺のその言葉に二人は視線をすぐに俺に向けた。

 

「えっ?今、なんて言いました?」

 

「いや、だから、案外あれ倒せるかもって」

 

「な、何を言っている!そんなのハッタリに決まっている!」

 

「いやいや、ガチガチ。ガチで、いけそうだなって」

 

 敵はその言葉に警戒した。勝利を確信した敵でも、そうあっさりと勝てるなど言われてしまえば警戒してしまう。

 

 もちろん、嘘などではない。しっかりと、勝てると思った。

 

「いや、だってさ、敵の位置あそこだぜ?」

 

 俺は指差した。それは敵の位置、つまりアンドヴァリの呪いが巨人の胸部に埋め込まれているということだ。

 

「それがどうしたのですか?」

 

「あ?いや、分かるだろ。だって剥き出しだぞ?なら、そこに剣を打ち込めばいいだけだろ」

 

 俺が豪語すると、敵はそれを鼻で笑った。

 

「はっ!はったりをぬかすな!そんなこと無理に決まっているだろう!」

 

 高さが問題だと言いたいのだろうか。確かに敵は俺たちよりはるかに高い位置にいる。そんなところまでどうやってたどり着けばいいのか、そこで結局のところ行き詰まる。

 

 しかし、それは()()()()()ならば、という話だ。今なら、()()()ならできる気がするのだ。

 

 足に魔力を巡らせる。いつもと違った感覚がするが、そんな細かいことを一々気にするつもりはない。

 

 膝を曲げた。跳躍準備に入る。腕を少しだけ広げ、跳ぶ方向に視線を向けた。

 

 膝を伸ばした。地面を強く踏みしめ、そして離れた。

 

 重力に逆らう。ふわりと吹く冬の風は地表面よりもさらに冷たく、強いものだった。

 

「はい着いた」

 

 地面から離れて一、二秒後、失速してきたくらいの時に俺は敵の位置まで上がってきた。敵はいきなり目の前に現れた俺に恐怖を抱いたような顔つきをする。

 

 だからと言って優しさを見せてやる俺でもない。すぐさま手に持っていた剣を敵に打ち込んだ。

 

「うぐっ!」

 

 敵は咄嗟の出来事に驚きながらも瞬時に防御態勢をとった。剣で俺の攻撃を受け止めたのだ。そこはもう反射というべきものなのか、悪運が強いようである。

 

 敵の位置まで辿り着いた俺だが、敵と違って俺は空中に滞在する術を持っていない。敵を仕留め損なった俺は重力に逆らうことができずに自然落下してゆく。

 

 このまま落ちたらヤバイ。

 

「セイバー、俺をキャッチしてくれ」

 

 俺の突然の要望にセイバーは慌てふためいた。

 

「わ、私がですか?」

 

 どうみたってこの場にセイバーは一人しかいないのであって、受け止めてほしいのはもちろん彼女であるのは明確なことであるのになぜ彼女は俺に確認をするのか。

 

「そうに決まってんだろ」

 

 俺の言葉に嫌そうな顔をしながらも、彼女は俺の落下予想地点に移動して腕を大きく広げた。そして、俺は彼女にキャッチされた。

 

「うっ、重い」

 

 なんと失礼な。これでも体重には若干気にしているのだ。年頃の男の子にそんなこと言うなど無礼である。

 

 まぁ、そんなことはどうでもいい。とりあえず俺が言いたいことはそんなことなどではないのだ。

 

 俺はドヤ顔でセイバーを見る。

 

「ほらな、あそこまで行けただろ?」

 

「なんでドヤ顔なのですか?」

 

「俺すごいだろって」

 

「む〜、すごいですけど、そこは認めたくないです」

 

「そこを素直に」

 

「えへぇ……」

 

 セイバーは俺の対応がめんどくさいのか、だらけきった返事をする。

 

 そんな話をしていたら、大きな影が俺たちの影を塗りつぶした。俺とセイバーは頭上を見上げる。

 

 そこには大きな鉄の瓦礫の大群があったのだ。グラムを核とした剣の巨人の大きな大きな手が俺たちの頭上を覆っていた。

 

「ぎゃー‼︎」

 

 ポンコツなセイバーはその状況に金切りの叫び声をあげた。絶叫である。

 

 敵はその声を聞くや否や、俺たちを押しつぶそうと鉄の手を落としてきた。セイバーはその手の中から逃れようとするが、きっともう無理だろう。逃げれそうにない。

 

「いぎゃー、死ぬっ!死ぬっ‼︎」

 

 そんなセイバーの後ろ姿を見ていて思わされる。俺はこんな奴を死ぬ気で守ろうとしてきたのかと。どんな気の迷いだろうか。

 

 ため息を吐いた。今さら自身の指針を変えるつもりはないが、やはりこんなポンコツのために頑張るのは些か気に食わない。

 

 剣を左手で握った。剣に巻かれたなめしの皮の僅かな反発は手の形に程よく馴染む。その一体化したかのような使い心地は、ポンコツのセイバーの手腕によるものだと思えば悪くはない。

 

 手首を柔らかく、しかし硬くする。その一見矛盾していることこそ、強撃の基となる。

 

 剣で空を斬った。その瞬間、触れてもいない鉄の手が弾け飛ぶように崩壊した。風圧のような俺の剣の威力によって、剣と剣の結びつきが綻び巨人の手は崩壊したのだろう。

 

「……所詮んなもんか」

 

 結局、こんな大それた図体をした巨人を操っておきながらも、一つ一つの剣の結合が弱い。見た目だけの強さだと気付いた時、喜びを覚える反面、寂しさを覚えた。

 

 敵を簡単に屠れる。それは嬉しいことではある。この心の底に溜まった殺意を晴らすにはそれは十分だ。

 

 しかし、俺たちはこんな弱い敵に苦しめられてきたのかと思うと自分の弱さをしみじみと感じてしまう。そして、強いはずだと思っていた時の敵が弱いと知った時のこの寂しさは言葉では言い表せない。これはきっと、血の性なのだろう。

 

 弱い敵に用はない。そう思ってしまったのだ。

 

 己が持つ剣を眺めた。さっきグラムの肉を斬ったときに付いた血が(ほとばし)っている。この剣ならば、傷つけることはあるだろうがアンドヴァリの呪いをグラムの身体から追い出すことはできるだろう。

 

 しかし、それでは俺のこの殺意は消えそうにない。

 

 どこからともなく湧き上がってくるこの殺意は何なのか。それは分からずとも、殺せば消えるということだけが分かる今の俺にとって、果たして剣を振る腕を止められるだろうか。

 

「—————なぁ、セイバー」

 

 俺は彼女の方を見ることなく、セイバーの名を呼んだ。重苦しい声で、静かな森に似合っていた。

 

「どうしたんですか?」

 

 彼女は決して笑わない。さっきから様子のおかしい俺のことは何となくわかっているのだろう。もしかしたら、俺よりわかっているのかもしれない。こういうのは主観より客観だという可能性もある。

 

「もしかしたら、俺……、グラムを殺すかもしれない—————」

 

 俺がそう言うと、彼女は何も言わなかった。いや、沈黙というのが彼女の返答なのだろう。

 

「左手が勝手に動いてるみたいなんだ。まるで誰かに操られてるみたいで、おかしいくらい強ぇ。普段の俺からは想像もできないほど。だけど、なんか、変な殺意が湧いてくる。空虚な、怒りとかそういう感情のない殺意があるんだ。いや、もしかしたらこれは殺意じゃないのかもしんないけど、そこはもうよく分からんわ。ただ、俺は今の俺が怖い」

 

 今言ったことは全て本当のことだ。今の俺はもう自分がよく分からなくなっていた。色々な人格が入り混じったような、俺という存在が曖昧に薄くなっていくような気がする。

 

 自分が自分でなくなるような気がしてならない。

 

「だから、一つだけお願いがあるんだ」

 

 俺は剣を握る力を少し緩めた。

 

「—————もし、俺が過ちを犯すのなら、そのときは俺を止めてほしい」

 

 俺はそう言い残した。すると、彼女は思いのほか、早くに返事をした。

 

「そんなの、言われなくったって分かってます。今のヨウがヨウらしくないってことも分かってます。だから、そんなこと言わないでください—————」

 

 俺は彼女の顔を見ていない。彼女の姿を見てもいない。なのに、何故だろうか。彼女の弱々しい言葉を聞いてしまうと、彼女の姿が想像できるのだ。力のない目で下を向き、背中を丸めている姿を。きっと、その背中は何とも小さく脆いものだろう。

 

 だが、それでも彼女のその返答は嬉しかった。俺は素直に笑った。

 

「ありがとう—————」

 

 これが俺の不気味に湧く殺意への最後の抵抗だった。

 

 そして俺は左手で草薙の剣を力強く握る。変に力が湧いてきてしまう。

 

 そのことに怖い、そう思ってしまった時点で負けなのだろうか。

 

 しょうがない、これは今までに襲われたことのない感覚なのだ。

 

 それでもこの状況を切り抜けるには、アンドヴァリの呪いを倒すにはこれしかないのだ。受け入れるだけなのだ。

 

「さぁ、行こうか。きっとこれが俺たちの最後の戦いだ」




とりあえず、このルートはちゃっちゃと終わらせて、次のルートに行きたいものです。

あと何話ほどで終わりますでしょうか。十話以内ですかね。

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