Fate/eternal rising [another saga]   作:Gヘッド

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絶望したこの世界

「……で、どうすればいいんですか?」

 

 セイバーはふと冷静に考えてみた。俺が「行くぞ」なんて意気込んだセリフを言ったものの、そもそも相手が煙みたいな存在なのだ。いや、この煙が本体なのかそもそもよく分からないし、そうでないのかもしれないが、そこんところは詳しく知らない。つまり、どうやって敵に攻撃したらいいのか分からないということ。

 

「ん?それか?ああ、それなら」

 

 俺が左手で握っている剣を見せる。草薙の剣だ。

 

「これを使う」

 

 魔を祓う力のある神性が強い剣だが、効果がどれほどのものなのかはよく分からない。とりあえずやってみるしかないだろう。

 

「ほう、その剣で呪いである私を祓おうというのか?」

 

「でなかったらどーすんだよ。グラムから出て行ってくださいって言うのか?無理だろ」

 

「まぁそうだな。私を倒すとは良い判断だ。だが、私とて簡単に聖杯を渡すと思っているのか?」

 

 アンドヴァリの呪いがそう言うと、瞬く間に煙が広がった。夜の暗い森を汚染するように濃い紫色の煙が地面を這う。

 

 (ひざまず)くグラムは必死の抵抗しようとした。

 

「お前の聖杯などでは……」

「少し静かにしていろ」

 

「アガガアァァァッ‼︎」

 

 必死の抵抗もむなしくグラムはまた痛みつけられる。また彼女は苦しみの脂汗を身体中から噴き出し、喘ぎ声をあげた。

 

 悠長にお話をしている時間はない。あいつがやれなかったことを俺がしないといけないんだ。

 

「待ってろ、グラム。助けてやるからな」

 

 俺はそう告げる。その横でセイバーは悲しみを帯びたようなそうでもないような気の抜けた顔をしていた。そして、下を向いてから前を向く。小さな声で彼女は「はい」と答えた。

 

 そこから戦闘が始まった。先手はアンドヴァリの呪いだ。俺たちが近づこうと走り出したが、敵はそれを阻むかのように剣を煙の中から出してきたのだ。

 

「な、なぜ私の力を使えるッ⁉︎」

 

 身体を侵される苦痛に苛まれながら、彼女は驚きの表情を加えた。

 

「何、お前の身体などとうに知りえている。私の呪いの力を使えば使うほど身体の構造が分かる分かる。少し脳に私の空間さえ作ればあとはやりたい放題だ。まぁ、もっとも今の状態では能力を使うだけで限界だが、もう少しすればお前の身体も自由に動かせる。どうだ、そろそろ楽になってくれてもいいんだぞ」

 

「ハッ!呪いなんぞに私の身体、私の聖杯をみすみす簡単に渡すわけないだろう!」

 

 絶望するかのような苦しみに揉まれていても、彼女は彼女らしかった。決して負けない。彼女にはその信念があった。望みを叶えるために全てを捨てたのだから。

 

「ほう、まだ足掻くか。せいぜい頑張るといい」

 

 アンドヴァリの呪いは不敵な笑い声を出すと、またもくもくと煙のように広がってゆく。

 

 響く金属音。鉄と鉄がぶつかり、その度に傷つき、削れ、欠け、砕け折れる。夜空に広がる星にも負けないほどキラキラとした光を放ちながら地に落ちてゆく。

 

 煙は三百六十度全方位抜け目なく囲んでおり、そこから間髪入れずに剣が飛んで来る。どこから放たれるのか煙のせいで分からないが、その手の攻撃にはもう慣れているので反応は遅れてしまうものの何とか凌いでいた。

 

 だが、やはり流石はグラムの力。簡単に近づけさせてはくれない。それに、時が経つにつれ、放たれる剣の本数が増えてくるのだ。これはきっとアンドヴァリの呪いがグラムを段々と蝕んでいるということなのだろう。

 

 (らち)があかない。それどころか対処が難しくなってきた。防戦一方、体力を消耗するのみで何も変わらない。これはどうにかしなければならなかった。

 

「おい、セイバー、大丈夫か?」

 

「えっ?あっ、まぁ、そこそこです」

 

 そこそこ、そう彼女が言うとは。なかなか彼女も成長しているらしい。

 

「じゃあ、そこそこのセイバーさんに質問なんだけどさ、このまま俺たち戦ってたらどうなる?」

 

「そりゃあ、死にますよ。スタミナ切れで」

 

 二人は目を合わせた。以心伝心とでも言うのだろうか。心が繋がり合うほどの仲にでもなったということだろう。

 

 俺は笑みを浮かべた。その笑みは勝利を確信した笑みでもなければ、セイバーと心が繋がっていることを喜んだ笑みでもない。

 

 やっぱり俺の中の血が騒いでいる。戦うということに喜びを感じる。

 

「あぁ……、ダメだな。コンチクショウめ……」

 

 小声で呟いた。これも運命の一つなのだろうか。

 

 俺とセイバーは一気に距離を詰めようと走り出した。時間がかかればかかるほど飛んでくる剣の対処ができなくなってしまうと踏んだ俺たちは速攻でカタをつけようという作戦に出たわけだ。

 

 だが視界が悪い。ただでさえ視界の悪い夜の森の中で紫色の煙が目の前を漂っているので前がまともに見えない。

 

 これでは敵の位置が把握できない。相手はそもそもこの煙自体が本体?なわけだから、きっと勘づかれるに決まっている。

 

 とりあえず剣を振り回すか?いや、そんなめんどくさいの嫌だ。

 

 ゆっくりと地形を把握する?そしたらグラムを助けられない。

 

 かと言って、さっき敵がいた方向に向かって走る?いやいや、敵さんそこまでバカじゃないでしょ。セイバーじゃあるまいし。

 

 ……困ったな。

 

 若干打つ手がない状況。そんな時にある声を聞こえた。

 

「グガガアァァァァッ‼︎」

 

 グラムの呻き声である。必死の抵抗をしているのだ。

 

 その声は意識的ではないのだろうが、ナイスタイミングである。

 

 俺たちは声の方向につま先を向け、すぐに敵のいる所まで辿り着いた。

 

「ビンゴ!」

 

 どこがビンゴしているのかはとりあえずグラムを見つけた。

 

 グラムは小さくうずくまっていた。悶えるように身体を動かし、彼女の荒い吐息が白く色付いている。

 

 俺はすぐさま草薙の剣二号でグラムを突き刺そうと、彼女に近づき剣先を向ける。

 

「結構痛いだろうけど我慢しろよ!」

 

 俺はそうグラムに言葉をかけた。その言葉は言ってしまえば俺の聖杯戦争の終わりの鐘のようなものであって、この剣を突き刺したら俺のこの長い長い地獄のような一ヶ月は終わるわけである。

 

 ああ、終わるんだなぁ。この時の俺は素っ気ないイメージしか湧かなかった。

 

 剣を突き立てるのか。多分これぐらいしないと無理なのだろう。この剣が草薙の剣二号だからこんな痛々しいことしなければならないが、ホンモノなら聖なる光とかで呪いを消せるんだろう。

 

 色々な雑念が脳内で暴れているが、そんなことでは俺のこの手は止められない。

 

 これは終わりの宣告、聖杯戦争は終わる。

 

 その時だった。甲高い声が聞こえた。セイバーの声である。彼女の耳をつく高い声は終わりの鐘の音をかき消したのだ。

 

「ヨウ逃げてッ‼︎」

 

 彼女の声が耳に届く。時を同じくして、うずくまっていたグラムは手に持っていた剣をしっかりとした殺意を込めて振り回した。

 

「どぉゎッ⁉︎」

 

 突然のグラムの行動に俺は驚きながらも回避行動をとる。セイバーの掛け声があったから咄嗟に対応できたものの、多分彼女の声なければ俺は斬られていた。

 

「……ェへ……?」

 

 あまりにも短い僅かな瞬きをするくらいの時間に起きた形勢逆転をすぐには理解できずにいた。

 

「ヨウ、大丈夫ですか?」

 

 呆気にとられている俺にセイバーは声をかける。その返事として大丈夫だと言ったが、頭の中は大丈夫ではなかった。

 

 グラムはよろめきながらゆっくりと立ち上がる。動きの節々に聞こえる不気味な笑い声は俺たちを不安にさせるような声だった。

 

「……ァはっ!アハハハ」

 

 この状況で愉快そうな笑みを浮かべ、腹を抱えるように喜びの表情を見せるグラムがそこにいた。それは俺たちの知っているグラムなどではない、何か別の存在のように感じる。

 

 その姿を見るや否や、俺たちの脳裏にはダメだったのだという言葉が流れた。

 

「あなたは……アンドヴァリの呪いなのですか?」

 

 セイバーは恐る恐る質問する。剣を構えて厳戒態勢を解くような様子ではなかった。

 

 グラムはセイバーの質問ににたりと口角を上げた。えくぼがぐっと深くなる。

 

「身体はな」

 

 グラム、いやアンドヴァリの呪いはそう返答する。その返答にセイバーは剣をより強く握った。

 

「いやぁ、なかなか大変だった。剣のくせに意思を持っているから簡単には操れなくてね。まぁ、それでもじわじわといじめてあげればこの通り。なんとかギリギリだったがこの身体を奪えたよ」

 

「グラムは、グラムをどうしたんですか?」

 

「ん?ああ、彼女は寝てもらっている。私が身体の主導権を握っても抵抗したから、少しばかり眠ってもらった。もちろん、ちゃんとこの身体は返してあげるとも、世界が終わったら絶望とともにな」

 

「んな⁉︎そんなことして、何になるのですか?」

 

 力強く尋ねる。怒り混じりの声が夜の森に響いた。

 

 アンドヴァリの呪いはその声に合唱するように笑う。

 

「では逆に聞こう。この世界を残していて何になる?」

 

 質問を質問で返されたセイバーは困惑する。別に質問に質問で返されたことに困惑しているのではない。いや、まぁ、セイバーは国語どころか色々とバカなところはあるけれど、そういうことで困惑したのではない。

 

 彼女はこの世界を憎んでいた存在だからその質問の返答に困ったのだ。

 

 しょうがない。だって彼女は世界から見放されたから。世界から見放され、一言では表せないような苦しみの運命を辿った。

 

 そんな彼女が世界を恨んでいないはずがない。何も信じることができない時だってあった。世界を壊したいと願ったことがあるのはセイバーも同じなのだ。

 

 アンドヴァリの呪いはセイバーのその様子に勝ちを確信したように興奮する。

 

「そうだろう?世界なぞ存在する意味がない‼︎私は呪いだ。なら、必ずその呪いをかけた者は何かに恨みを持っていた。アンドヴァリはそうだった。彼は不幸な目にあった。その恨みを世界に向けたのだ。だから私は世界を壊す!こんな世界を壊さずして何だ⁉︎この世界に意味はあるか⁉︎きっぱり言おう、この世界は存在する価値がない!」

 

 アンドヴァリの呪いはセイバーに微笑みかけた。それはアンドヴァリが抱いた憎しみと同じ憎しみを持つ彼女への誘惑だった。

 

「……そんなこと、ないです……」

 

 セイバーはアンドヴァリの呪いの言葉に怒り、目尻のシワを多くした。

 

 だが、完全否定はできなかった。そうだ、彼女はまだ世界を憎んでいるから。

 

 否定しようとしても心の何処かでそれを躊躇ってしまう。今までの不遇に悩み苦しみ絶望した。なら、別に世界を壊してもいいのではないのだろうかと彼女の心に邪念が生まれた。

 

 なら、何が彼女をその邪念の誘惑から振り切らせているのか。それはきっとグラムを守りたいという意思だろう。きっと、彼女にとって聖杯は二の次なのだ。

 

 だが、そこでまた疑問が生まれた。

 

 なぜセイバーはグラムを助けたいと思うのか。そもそも彼女をこんな地獄に導いたのはグラムがあったからであり、アーチャーだってグラムが殺したのに。グラムを助けようとする義理は何一つない。

 

 本当にセイバーはおかしな奴である。恨んでいたはずなのに、憎かったはずなのに、なぜそうまでして彼女はグラムのことを心配するのか。

 

 高潔な精神などではない。英霊としての気高い脳でもない。バカで平凡で、とくにこの年頃の女の子としてなんら変わりはない。あるとすればウブであるということくらいか。

 

 彼女を彼女たらしめるものはなんなのだろうか。

 

 出会って当初は分からなかっただろう。言いあいになった。口先を尖らせて口論をずっとしていた。

 

 それがいつしかこうして一緒に並んでいる。二人で剣を持ち、二人で共通の敵を討とうとしている。

 

 そんな今だから分かる気がする。

 

「おい、こんのクソボケなすびが‼︎んなん、ちったぁ考えりゃ出てくることだろ」

 

 俺はセイバーの肩に手を置いた。優しく、彼女に俺はここにいるぞという思いを届けるように。

 

「こいつは世界が好きなんだよ、理由なんざねぇ、好きは好きなんだ、それ以外に理由もクソもあるかよ!」

 

 いや、彼女は世界をまだ恨んでいることだろう。だが、それでも彼女は好きだから、この世界が。

 

 それだけでこの世界が素晴らしいと思えてくるのだ。価値なぞは個人が与えるものだが、その価値がわからない者は目の中が節穴でしかない。

 

「そうだ……私は……」

 

 セイバーはまるで止まっていた機械が動き出すように声を張り上げる。

 

「私はこの世界が好きだ!だから、私は世界を壊そうとするなんて反対です!確かに前までの私は心の何処かで世界を壊したいと思っていたかもしれない。いや、今だって私はつまずいた。だけど、それでも私は世界が素晴らしいことに気付いた。ヨウが、セイギが、アサシンが、お父さんがいたから私はこうやってここにいれる!誰かが隣にいてくれる、それだけで十分じゃないですか!私はそれでいい!それだけで今の私は世界が好きになれるからッ‼︎」

 

 怒っただろう。憎んだだろう。恨んだだろう。悲しんだだろう。泣いただろう。苦しんだだろう。絶望しただろう。

 

 それでも彼女は前を向くことができる。手を取り合う仲間がいる。一緒に歩む者がいる。苦しみを共有する友がいる。

 

 それだけで、人は生きていける。絶望を希望に変えられる。

 

 俺は剣を向けた。

 

「世界を壊したいなら壊せばいい。だけどその前に俺たちを倒してからにしろ」

 

「ああ、いいだろう。そうしよう。この身体にまだ少し馴染んではいないが、どれ一(ほふ)りしてやろう」

 

 グラムの身体を乗っ取った呪いはパラレルワールドから剣を取り出した。まるで軍団のように一斉に現れた剣は俺たちに向き、俺とセイバーは構えた。

 

「さぁ、では死ぬがいい」

 

 敵は指揮者のように指を振った。その合図とともに剣の群れは意思を持っているかのように飛んできた。俺たちは剣をはたき落とす。目の前を埋め尽くすかのような剣のそう射撃をただ闇雲に、そして的確に処理する。

 

 この攻撃は幾度か味わっているし、もう慣れたと言っても過言ではない。もちろん、数が多ければ多いほど大変になるかもしれないが、それでも以前ほど苦戦しない。

 

 それはセイバーにも当てはまる。そこそこできると言っていた彼女はその言葉通り以前より格段に腕前が上がっていた。

 

 その様子をアンドヴァリの呪いは悔しそうに歯を食いしばりながら見ていた。案外俺たちが善戦しているため予想だにしなかったのだろう。

 

 だが、そこは数でなんとかなる。そう考えたのか、アンドヴァリの呪いは剣の量をさらに増やした。俺たちの破壊数を遥かに凌ぐ出現数。戦意を喪失させるように見せつけ、大量の剣を塊にして俺たちの頭上に移動させる。

 

 敵はフィンガースナップを鳴らした。その瞬間、浮遊していた剣の塊がどっと、一遍に影の下にいる俺たちめがけて落下してきた。

 

「おいおい、こりゃ、無理があるだろ!」

 

 飛ばす、斬りつけるぐらいしかなかったグラムの攻撃方法とは違った攻め方。というか、これはもう剣としてではなく鉄として殺そうとしてる。重力に任せたパワー攻撃はちょっと無理。

 

 とりあえず落下してくる剣の塊の影に入らないように逃げようとしたが、飛ばされた剣がそれを邪魔してくる。

 

「だぁ、邪魔くせぇ‼︎」

 

 必死に影の外へ出ようとしたが、地球の重力によって加速した落下物から逃れられそうにない。

 

 あっ、これは絶体絶命か、などと思ったとき、その塊にあの青い光がぶつかった。

 

 それは紛れもなくセイギの魔白の砕星砲(ホウリィ・エンド)である。

 

 彼の魔術砲はそのまま剣の塊を飲み込み、跡形もなく消し去った。彼の高圧力の魔力は敵のパワー攻撃をパワーでねじ伏せたのだ。

 

 実は彼は赤日山から神零山に移動中にこの魔術砲を撃った。彼は突然空一面にグラムの剣が展開したとき、事態の異常を感じた。そのため、運動オンチの彼が死にそうになりながら自転車を漕いでいたら、今度は剣の塊が浮かんでいるのに気づき魔術砲を撃ち込んだのである。

 

 だが、もちろんそんなことを知らない俺たち。本当は偶然なのに、セイギがやってのけたことを過大評価する。

 

「よっシャァ!セイギ、さすが俺の友よ!」

 

 絶対に聞こえていないだろうが絶体絶命のピンチから逃げられたことが嬉しくてつい叫んでしまった。

 

 しかし、逃げきった者がいるのなら、仕留めそこなった者もいる。俺がこんなにも喜びを見せてしまえばその分だけ苛立ちが仕留めそこなった者に足されてゆく。

 

「運が良かっただけだろう!」

 

 敵が吠えるとさらに剣の数を増やした。ダメ押しにさらにダメ押しを重ね、さすがに捌ききれないほどの圧倒的な数の暴力。

 

「お前たちと遊んでいる暇はない。さっさと死ね!」

 

 高々と振り上げた手を振り下ろす。その合図と同時に剣が雲霞のごとく次々と飛んできた。

 

「ヨウ!」

 

 セイバーは俺の名を呼ぶ。無理だと思ったのだろう。

 

 確かに無理だ。この数の剣が一斉に飛んできて、それを全て自分の身体に当てないというのは俺にはできない。サーヴァントであるアーチャーならできたかもしれないが、少なくとも俺には絶対に無理。

 

 俺は剣を構えるのをやめた。ぶらりと重力に従うように腕の力を抜き、そこからじっと動かない。

 

「ヨウっ‼︎」

 

 セイバーはまた俺の名を呼ぶ。二回目に俺の名を呼ぶ彼女の顔は悲しみに溢れていた。

 

 そりゃそうだ。だって彼女は彼女を支える人たちを失っていった。生前一緒に暮らしていた義父、彼女を最期までずっと愛していた父親。誰かの死を目の当たりにして、彼女の心は何度も挫けた。やっとまた立ち上がれたのに、俺が死んだら、また彼女の心は折れるだろう。多分、俺が死んだら、彼女はもう再起不能になるかもしれない。

 

 だが、俺はそんなことができない。俺が死ぬだなんてことをあいつはさせてくれやしない。

 

「セイバーを、守ってやってはくれないか?」

 

 いつまでも頭の中で響くあの言葉。セイバーを身体的にだけではなく、精神的な支えにもなれということなのだろう。

 

「……るっせぇよ」

 

 愚痴をつぶやいた。別にそんな言葉なぞ俺にはいらなかったからだ。

 

「いちいち俺のしようとしていることに邪魔すんなボケェッ‼︎言われなくともやってやるよ!テメェみてぇに死なねぇや!」

 

 俺はポケットに入っていた巾着袋の中に手を突っ込み、その中から宝石を取り出した。

 

「その宝石ッ……」

 

 セイバーはその宝石を見たとき、目を疑った。それは彼女の父親の唯一の遺品といっても過言ではないだろう。

 

 もちろんそれを俺が彼女に無断で使うことには少し気がひける。だが、時と場合を選べないこの状況、彼女のことなど後回し。

 

 ……彼女の心の支えになるとか思ったけど、やっぱあれ撤回ッ‼︎死にたくないもんね!

 

 俺は青く透明な宝石を握りしめる。全身を血脈のように通っている魔術回路に魔力を通した。魔力が身体の隅々まで流れわたる。ピリピリとした刺激のような感覚が襲ってきた。全身が熱い。その熱を宝石を握りしめた手に集中させる。隈なく広がった魔力をその手の中に注ぎ込んだ。

 

「宝石魔術『理の数式(ドゥーム)展開(エクスパンド)

 

 手の中で宝石が入浴剤のように溶け出した。手の隙間から宝石が放つ光が漏れ出す。その光が作り出す俺の身体を中心とした半径二メートルほどの球体の空間が広がった。

 

 敵の剣がその空間の中に入り込んだ。するとその瞬間、不思議なことに飛び込んできた剣がくいっと向きを変えたのだ。そのままいけば俺の身体を突き刺しただろうに、敵の剣は空中で進行方向を変えた。

 

 しかもそれが一本だけじゃない。二本、三本、いやアンドヴァリの呪いがけしかけた剣全てが俺の身体にかすりもせずに通り過ぎていった。

 

 さっきまで勝ちを確信していたアンドヴァリの呪いの顔から笑顔が消えた。そして、その笑顔が移ったかのように俺は笑う。

 

「俺が剣振り回すだけだとでも思ったか?」

 

 これこそまさに、下衆の極み。

 

「さっ、さすがヨウ!」

 

「おっ、そうか?褒めても何も出ねーぞ」

 

「いえいえ、人間にはできないようなまさに悪魔のような思考、人を貶めることだけに快楽を感じる、まさにヨウらしいです!」

 

「君、この頃俺に対して当たり強くないッ⁉︎」

 


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