Fate/eternal rising [another saga] 作:Gヘッド
さぁ、題名からして過ごそうな今回。まぁ、筆者的にはそんな凄くないですからネ。
聖杯から黒い煙状のものがモクモクと出ている。いかにも毒ですよって色の煙で、ドライアイスのようにその煙は空気より重いのか聖杯の表面を滑り落ちるようにして地に沈下し、足元を隠すように広がってゆく。その煙は聖杯だけでなく、グラムの身体からもオーラのように吐き出されている。
グラムは自分の頭を抱えた。ひどい頭痛に悩まされているのか、しきりに呻き声をあげる。
「マジかよ、グラム起きちまったじゃねーか」
グラムが寝ている隙に聖杯を盗もうとしたが、どうやら俺たちには運がとことんないようだ。
彼女はぶれぶれの焦点を俺に当てる。
「聖杯は、私のものだ……。聖杯は渡さない……」
死に物狂いでそこに立っている。立つのもやっとのようで、きっと彼女を立たせているのは生きたいという彼女の執念なのだろう。
その姿はどうしてかとても痛々しい。そんな彼女に無理に剣で斬りつけて奪おうとは思えない。それこそ、この三人の中の唯一の共通の嫌悪対象である無慈悲な殺しであるからだ。
だからといってここまで来たのだ。目の前に聖杯がある。それを奪わずして何とやら。
俺の中を邪念が駆け巡っていた。
だが—————
「グラム、あなたどうしたのですか?」
セイバーは違った。俺と考えていることが違った。俺はどうやって聖杯を手に入れるかということにしか気が回らなかったが、彼女はグラムのことを考えていた。たとえ敵であっても、父親を殺した相手であっても、セイバーは気遣ったのだ。
その言葉を聞いた瞬間、俺は自身の醜さを知り、一歩その場から引くことにした。
セイバーはグラムに近づこうとする。手には武器は持っておらず、下心もない。純粋な心しか彼女は持っていなかった。
「グラム、様子がおかしい……」
「近づくなッ‼︎」
グラムは全力でセイバーを拒絶する。触られるのが嫌なのか、それとも聖杯を奪われると思ったのか、彼女は一歩足を引いた。
「ぅううっ……」
彼女はまた頭を抱える。指を立てて、力強く自らの頭を押している。痛みを和らげるために痛みを与えていた。だが、やはりそんなことで痛みが止まるわけもなく、また苦しみの声を上げる。
「本当にどうしたのですか?様子がおかしいですよ?」
セイバーは苦しむグラムに近づき、手を差し伸べようとした。
「来るな、私に……触れるなッ!」
グラムは剣を呼び寄せるとセイバーに向かって発射した。俺は咄嗟に手に持っていた剣でその剣をはたき落とした。
「クソッ……」
彼女はまた異世界から剣を連れてきて、攻撃しようとした。だが、彼女が行動しようとすると頭が痛むのか、頭を抱えたまま動かない。そして、聖杯を地に落としてまで両手で頭を抱えた。
「何なんだ⁉︎本当に何でこんな時に……。あとちょっとなのに、ちょっとなのに……ッ‼︎」
悔しさを呟く。あとちょっとというところで彼女を何かが邪魔しているのだ。
だが、何が彼女を邪魔しているのか俺とセイバーには分からなかった。
その時だ。声が聞こえた。
「聖杯を手に取るんだ。願いを叶えろ。世界を壊せ」
それは何処からか聞こえた。詳しく何処から、誰の声なのか感じなかったが、近いところから聞こえたことだけは分かった。
「うるさい!お前は黙っていろ!出てくるなァッ!」
脂汗が出るほど必死になりながら、彼女は夜の森で叫んだ。黒い髪が汗で小分けにまとまり、黒い瞳は涙に生まれている。痛さに耐えながらの叫びだった。
俺は理解した。きっとさっきの謎の声の主がグラムを苦しめている張本人なのだと。
「お前は誰だ?グラムに何をしている?」
俺は何処にいるか分からないその声の主に尋ねた。誰に尋ねているのかも分からない。そこにいるということは感じ取ることはできるがそれ以外は何も感じ取れないのだ。不思議と、まるで相手が生きていないかのようだ。
謎の声の主は俺の質問に答えた。
「私は誰かと?私は呪いだ。私はありとあらゆる全てに不幸を与えるという役目を与えられた呪いである」
謎の声の主は己のことを呪いと言った。セイバーはその言葉に反応した。
「呪い?では、グラムを苦しめているのはあなたなのですか?」
セイバーはその声の主のことを知っているような口ぶりである。
「ああ、そうだとも。その何が悪い?私はそのための呪いなのだ。誰かを苦しめずに何とやら」
声の主はそう言うと高笑いをする。その高笑いに連れてグラムはまた目尻にシワを作り痛みに耐えていた。
「おい、セイバー。お前、誰と話してんだよ?」
俺が彼女に訊く。セイバーは俺が顔中にハテナマークを量産していると分かると教えてくれた。
「きっとグラムを苦しめているのはアンドヴァリの呪いだと思います」
「アンドヴァリの呪い?なんだそれ?」
「あの私が召還されたときに使われたであろう聖遺物をヨウは覚えていますか?」
「ああ、覚えているぞ。キンキラした金色の指輪のことだろ?」
「はい。実はあの指輪には呪いがかかっていたんです。アンドヴァリの呪いという不幸を与える最悪の呪いが」
アンドヴァリの呪い。それはアンドヴァリという妖精が黄金の指輪にかけた呪いである。彼はある日ロキに全財産を奪われてしまい、その恨みを呪いとして財産の一つである黄金の指輪にかけたのだ。そして、それは回りに回って生前のセイバーのもとまでやってきた。その呪いは持ち主を不幸にする呪いで、そのせいもあってかセイバーは不幸な死を遂げた。
セイバーの触媒はその不幸な呪いがかけられた指輪だった。それがあったからあの日セイバーは俺の目の前に現れたのだ。そして、その指輪から呪いが彼女の宝具であるグラムに移ったのだろう。その時、グラムの持つ神の力、人々の死の怨念、妖精の呪いが合わさり、グラムは人の形を得たのだ。
「私はグラムに力を貸した。だが、あろうことかこの女は自分が真っ当な生き方をしたいと考えている。それは契約違反だ」
「契約違反?」
「ああ、そうだとも。私とこの女は契約をしたから私は力を貸した。それは聖杯を使って世界を壊すという願いだ。その願いを叶えることを前提で私はこの使えぬ剣に力を与えた」
だがグラムはその契約内容に従わず聖杯で自身の願いを叶えようとした。それに怒ったのだろう。
「まぁ、もともとグラムがこんなに強いわけがなかろう。私の力を失えばお前たちには敵わぬとも。絶対にだ」
そのあとアンドヴァリの呪いは彼女をまた苦しめた。彼女はあまりの激痛に耐えきれず、地に膝をつき呻き声を上げる。
「ヤメロォ、私の身体に何をするッ!」
苦痛の中、彼女は叫んだ。必死の抵抗だった。
「なに、お前の頭の中に私が入る隙間を空けているのだ。少しだけ脳をいじくっているだけだ」
その言葉は俺たちの背中に戦慄をはしらせた。ゾワっと何かが舐めたかのようで、鳥肌がたってしまう。
想像してみたら生々しい音が聞こえてくるような気がした。グチョリ、グチョリと生肉をかき混ぜるかのような音が想像できてしまった。
「やめてあげてください!」
セイバーはどこにいるのかも分からない敵に向かって大声を出した。だが、敵の姿が見えないから攻撃のしようもない。声の主はただ不敵に高笑いをしながらグラムの悲鳴をマジマジと聞く。
俺たちは耳が痛かった。それは冬の冷たい風にやられたんじゃない。彼女の悲鳴が痛みを伝えてくる。
俺たちは彼女を助けようと近づくが、彼女は一向に俺たちを信用しないのか近づくことを許さない。
何もすることができない俺はただそこに立ちすくむしかできなかった。それでも、セイバーは必死に戦おうとした。
「……あなたはそんなことして苦しくないのですか?」
「私が苦しむわけがない。私は呪いなのだから、苦しみを与える存在なのだ。それで私自身が苦しむわけなかろう」
「いや違います!呪いでも苦しい時は苦しいです!だってグラムは剣だけど、彼女は人の命を奪いたくないって思っています!あなたはどうなんですか?そんなことして楽しいのですか?」
セイバーの質問は実に素晴らしい質問だった。真っ白く、何ものにも汚されていない美しい質問。そんな質問を投げかけられるのは鑑のようなシスターかセイバーくらいなものだろう。
だが、セイバーのその質問はセイバーの無知さを露わにしている。
「フハハハハッ‼︎」
アンドヴァリの呪いは笑う。俺もセイバーの質問には呆れた。
「私にそんな質問をするとは、面白い!いや、あの指輪の所持者がこんなに面白かったとは気づかなかった。なんせ数日間しか持っていなかったからその愉快さには気づかなかった」
—————セイバーは決定的にあることが欠けている。
「答えはイエスだ」
彼女は黒という心に潜むものをあまりにも知らなすぎる—————
「そうに決まっているだろう。人の悲鳴が心地よい、素晴らしい、心踊る。最高の良薬だ、不幸な様ってのは!」
「なんてヒドイ!そんなことして良いと思っているんですか⁉︎」
「悪いことは知っている。だが、やめられないのだ、麻薬みたいなものでな」
セイバーは怒りに満ちていた。顔は紅潮し、手先は震えている。
「私がなぜできたのか知っているか?」
「それは知っていますとも。私の伝説の一つでもありますから。ロキに騙されて、その怒りや恨みを指輪に込めたんですよね?」
「そうだとも。なら、なぜ分からない?私がこうする意味が分かるはずだ」
悪役が真摯に説明してくれている。それなのに、このバカセイバーときたら豆電球に光を灯せないようである。アホづらかきながらただでさえ小せぇ脳みそをフル活用している。
「……だぁ〜、てめぇは本当バカだな。怒ってるんだよ、アンドヴァリは。だからこの黒いもくもくした煙みてぇな呪いは聖杯使って世界を壊すんだろ?」
「怒ってたとしても世界を壊す意味が分かりません!」
美しい目だ。その目には目の前に広がるクソみてぇな世界がどんなふうに映っているのだろう。
「確かに普通ならロキを恨むな。だけど、アンドヴァリは違ったんだろ?恨む対象がロキじゃなくて、それを生んだ世界だったんだ。そこらへんはグラムと一緒だ。戦や殺人行為を憎んだから、その根本である世界を憎んだんだろ?」
「でも、グラムを痛めつける理由が……」
それはもう見てみるしか他ない。百聞は一見にしかず、俺の説明より体験した方がよっぽどいい。
俺は彼女の頭頂部を手でガシッと鷲掴して、顔の方向を俺ではなくグラムと煙の方に向ける。
「おい、セイバー、よーく目をかっ開いて見てみろ」
「……はい」
「こいつは普通じゃねぇんだよ」
そう、アンドヴァリの呪いは普通の思考回路を持たない。いわゆるガチのヤバイ奴。
「なんてざっくりとした説明ッ‼︎」
「んなもんだろ。なぁ?そうだろ、呪いさんよぉ」
「まぁ、そうだな。まさに正常ではない、常軌を逸しているということだ」
「ほらな」
「そういう問題じゃないですよ!」
そういう問題なのである。現に相手はグラムを痛みつけて目の色を輝かせているような相手なのだ。そんな相手に話をしたって無駄だということをセイバーは俺から習わなかったのだろうか?
「とにかくこんな奴に説得なんざ無理だ。こういうのは徹底的に無視するか、暴力ってやつしかねぇのよ」
俺は剣を握る。無視するなんて俺にはできなかった。グラムが苦しんでいるのだ。それを俺は見過ごすことなんてできないから。
いや、グラムの本性に気づけば誰でも彼女を見過ごすことなどできない。
つまり、選ぶは暴力のみ。
そう、まさに俺が呪いをやっつけてやろうと決心したとき、あることに気づいた。それは俺と同じ事をしようとした男のことについてだ。
ずっと気になっていた。所々にある些細な矛盾点を見ないふりしていたが、心のどこかにそのことが忘れきれずにいたのだ。その疑問に対する答えがずっと出なかった。
だけど、今ふと出たのだ。その答えが。
「あっ、なんか今ピースがはまったような気がした」
「えっ?急にどうしたんですか?」
「……ふっふっふは」
腹が痛い。右の腹が今にも崩壊しそうなほどだ。高々に笑い声をあげる。喉からではなく、腹から出る声が静かな森の中で響き渡った。
「あっはっはっはっはっ‼︎なんだよ、そういうことかよ、そういうことだったのかよ!こんちっくしょ〜、あいつせめて仕事こなしてから逝きやがれよ」
急に爆笑する俺。あまりにも突然のことにそこにいる全員が驚いて俺のことを見る。
「えっ⁉︎ついにヨウまでもがヤバイ奴に……」
「うるさい……、頭に響くだろ……」
「どうした、人間。お前を侵したつもりはないのだが」
三者三様の言われよう。いつもならここにツッコんでいるのだが今回ばかりは笑うことに徹する。
なんせ楽になったものでして。
「あ〜、マジで事の内容伝えねぇで逝くとかカンベンしてくれよ。分かりにくいわ」
俺は剣をしっかりと力強く握る。セイバーも俺の姿を見て剣を構える。
「こりゃ、頑張んないとだな」
「急に笑って、やる気になって、どういう風の吹き回しですか?」
「いや、そんな大した理由じゃない。ただ、お前
「たち……?それってどういう……」
「そのまんまだ。嘘はついてねぇからな」
そう、俺は嘘つきなんかじゃない。捻くれたことは言うし、性格は悪いが嘘はつかない。
結局俺がすることはセイバーを守ることでもなく、グラムを倒すことでもなく、あいつの尻拭いってことは悔しいものである。
もうここまで来てしまったのだ。やめたいなんてどうせ言えない。
まぁ、その分、あいつが見れなかった景色を見れるのだろう。
セイバーの願いを叶える。その景色だけではない。もっと欲張りな優しさが溢れたあいつの願い。
聖杯は一個しか願いを叶えられないのに二つを願うだなんて。
そのどちらの願いも俺が叶えよう。
二人が笑えるような世界にするんだ。
優しい嘘つきな王が望んだように。
「いくぞ、セイバー—————!」
「—————はい!」
どういう意味か分かりましたか?
うん、まぁ、いきなりアンドヴァリって何⁉︎みたいな。
とりあえず、はい、そういう敵がグラムに付いています。付着してます。
そしてまたまた出てきたアーチャー関連の話。「その話はもういいよ!次のルートはよやれや!」なんて言わないでぜひお付き合いください。
次回はやっとやっとついにバトルが……⁉︎