Fate/eternal rising [another saga] 作:Gヘッド
人は死んだあと、どうなるんだろう。
ずっとそんなことを考えていた。深い深いどこまでも深い底のない海に落ちているような感覚だった。
俺は死んだ。死後の世界は真っ暗で何も見えない。自分が誰であるかと念頭に入れておかないと、本当に自分という存在が分からなくなってしまいそうになる。
暗い世界は何も見えない、聞こえない、臭わない、感じない。全ての感覚を失い、気が狂ってしまいそうになる。眠りに落ちていると思えば聞こえはいいが、意識のある眠りなど金縛りに近い。不快極まりない。
ああ、俺は死んだ。ずっとそのことだけが繰り返し頭の中に流れている。
そうだ、俺は死んだんだ。グラムとの戦いで俺は死んだ。眠っているグラムを起こさせようと、そしてあわよくば殺そうとしていたら寝息の一振りみたいな攻撃で死んだのだ。
……ん?そうだっけ?
いや、確か、空からブラックマジ◯ャンのサウザンドナイフみたいなので殺されたんだっけか?
まぁ、いいや。
はぁ、俺ってつくづく運がねぇよな。そもそもセイバーを召還しちゃったところから運がねぇ。あの時点で俺が聖杯戦争に参戦しちゃったわけだし、あそこから俺の歯車は狂い始めた。アサシンやアーチャーとかいろんな奴に会ったけれど、結局のところみんな散っていった。やっぱ、出会うってことがあるのなら、別れるってこともあるってことなのだろうか。
俺は死んだ。そして、全てと別れた。そんな今だから気づけたことがある。それは全てと別れて、そのあとに後ろを振り返って気づいたこと。
あの狂った運命の中で俺はそんな大切なことを学んだ。それは誰かが近くにいてほしいと心底願っているということだ。
まぁ、これが死ならば、俺はもう誰とも会えないのだろう。だって、やっぱこんな真っ暗な世界じゃ誰とも会えるわけがない。
そうか、これが永遠の孤独ということか。
しょうがないと言えばその一言で済んでしまう。でも、これは結構ツライかもしれん。俺ってなんだかんだ言っておきながらも人と一緒にいるのが楽しい性分だから。元々兄弟とかいねーし、両親だっていねーし、爺ちゃんは家にいないことも多いし。だから、誰かと一緒にいることは心の底では嬉しく思っている。
……そう思うと隣にいる奴って結構大事だよな。
思えば俺はあいつに感謝の言葉の一つや二つをかけたことはあるだろうか。俺の記憶の中には正直言ってあんまない。
俺はあいつに救われたと何度も聞いてきた。そりゃそうだ。だって、あんな弱っちいサーヴァントをマスターが待ってやってんだ。本当は立場が逆である。俺を守ってほしかったものである。だから、あいつは俺によく感謝の言葉と太陽のようにまぶしい笑顔を見せつけてきた。
だが、違うんだ。感謝をするのは俺の方だったんだ。俺はあいつがいたからここまでこれた。まぁ、あいつが巻き込んだってことは否定しないが、そういうことを言いたいんじゃない。
ここまでっていうのは、一ヶ月間生きてこれたって時の経過のことじゃなく、俺の心がここまで来れたってことだ。大切な存在がいる。それをセイバーは俺に教えてくれた。
ああ、そういや、俺、死ぬ前にこっち来んなとか言ってたんだっけか?マジかよ、めちゃくちゃカッこわりィじゃねぇか。グラムは俺が倒すとか何だとかほざいてたような気がしたけど、結局はこのざまか。
ダァ〜、せめて感謝はしなくても、セイバーに強く言ったことぐらいは謝りてぇ。と言っても、俺らしくねぇし、あいつは何言ってんだって首を傾げんだろうけど。
そういや、あいつ一人で大丈夫か?グラムがなんかモノスゲー攻撃仕掛けてたし。あれでまさかくたばってんじゃねぇだろうな。あいつのことだからあり得なくもないな。死んでるか?あいつももうおしまいか?
……そうだろうな。だってあいつ激ヨワだから。英雄って名前に押しつぶされそうなか弱い女だから。そんなあいつが生き残れるわけがねぇ。少なくとも俺がいねぇとあいつは生き残れやしねぇ。
ちっくしょう。せめて死に行くって時に未練なんぞを残させるなよ。死ぬならいっそのこと晴れ晴れしい気持ちで死にてぇのによぉ。
目尻が熱い。悔しい。手をぎゅっと握りしめた。
せめて、あいつに生きていてほしい。そう思ってたのに、俺は何にもできねぇで野垂れ死ぬだなんて最悪だ。
そう思うと無性に生きてぇって感じてくるわ。いや、生きてぇっていうのは少し嘘だ。
あいつを生かしてやりてぇ。それが唯一の未練だ。
あ、あと一つだけ言い忘れてたこともあった。聖杯を渡して、あいつが願いを叶える直前に言ってやろうと思ってた言葉、言いそびれた。
むっ、なんか、そう思うと未練がどんどん湧いてきたぞ。最初は無いとか思ってたけど、一個二個って増えてきて……。俺ってやっぱクソ野郎だわ。本当、救えねぇ。
まぁ、でも、それでいいか。クソ野郎でも、救えねぇやつでも、別にいいや。
生きてぇ。そう思っちゃってる時点で、負けだったし。
生きてぇ……か。無駄な望み、また考えちまったよ。
その時だった。俺の背後から声が聞こえた。
「—————生きたいか?」
その声の主は誰だか分からない。ただ知っている人のような、知らない人のような気がした。
あんたは誰だ?
俺はそう問いかけた。深い海の下の方にいる誰かに。その誰かは俺の質問には答えなかった。ただ、もう一度同じ質問をしてきた。
「—————生きたいか?」
うるせぇよ。んなもん、決まってんじゃねぇか。やり残したことがあんだよ。
俺がそう言うと、その誰かは「そうか」と答えた。
その瞬間、俺の背中に何かが当たった。温かく大きな手だった。岩のようにごつごつした硬い手で、この手が俺の背中に触れた瞬間、感じた。
あっ、この感じ……。なんか知ってる。
その手は俺を海の上まで押し上げる。太陽の光も入らないような深い深い海の中から押し出すように。
「お前はまだここへ来るべきじゃない。やることをやってこい、ヨウ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……ゥ……、ョウ……、ヨウ起きてください」
しきりに耳元で俺を呼ぶ声が聞こえた。うんざりするほど聞いてきたその声はなぜか懐かしく聞こえ、無性に縋りたい気持ちになった。
揺れる俺の身体。きっとあいつに揺らされているのだろう、この身体は。
ゆっくりと目を開く。目の前には雲や剣などには遮られていない満天の星空があった。星々が命を燃やして輝かせている姿を俺は目にすることができていた。
そして、その視界には例の彼女が入り込んでいた。彼女は今にも崩れそうな顔で俺の顔を見ていた。泣きそうになりながら必死に俺の身体を揺さぶっては声をかけていたのだろう。
「お前、なんつー顔してんだよ」
俺が一声かけると、彼女の表情から緊迫や焦りが消え、安堵が現れた。
「ヨ、ヨウ?ヨウですか?」
「んだよ?どう見たって俺だろ。バカか」
「良かったぁ〜。その皮肉口はまさしくヨウだぁ」
「お前、はっ倒すぞ」
「ヨウですよぉ、ヨウ生きてたぁ〜。死んだかと思いましたぁ〜」
この女、勝手に俺を殺していたようである。どうやらキツイお仕置きが必要なようである。
んいや、そんなことは後ででいい。
俺は自分の手のひらを見た。次に足を、そして腰、腹部と見て、最後に自分の顔を触診する。
「何しているんですか?」
「あ?いや、俺の身体が穴だらけになってねぇかなぁって」
「穴だらけ?何を言っているのですか?いたって普通。五体満足ですよ?」
「んなこと知っとるわ。それでも確認したかったんだよ。死んでねぇのかって」
俺は死んだと思い込んでいた。空に無数の剣が幾千もの星を塗りつぶすような光景に出くわしてからあんまり記憶がないけれど、どうやらその記憶の空白が俺に死んだと思わせたらしい。だが、起きてみればあらまぁびっくり生きているじゃありませんかってこった。身体中見てみても傷一つなし。ならば死んでないと考えるのが妥当であろう。
いや、もしかしたら俺は死んだのかもしれない。一度俺は死んだ。しかし、あの誰かの力で生きかえったとか?
いや、そんなわけないか。
う〜ん、でもあり得そうな気がしてきた。
「なぁ、セイバー、お前さ、空に無数の剣が浮いてたのって知ってる?」
「そ、そりゃ、知ってるに決まってるじゃないですか!だって、あんなの見て覚えていない人なんかバカですよ⁉︎死ぬかと思ったんですから!」
「ん?でもお前、死んでないよな」
「はい。だって、ヨウがあの剣を全て壊してくれたんですよね?」
「は?」
「え?ヨウがあの剣全て壊したんですよね?」
彼女の言葉は俺の思考回路をフリーズさせた。
「えっ?今なんつった?俺が全て壊した?何言ってんだ?俺が全て壊せるわけねぇじゃねぇか。」
「ヨウがやったんじゃないですか?」
「いやいや、俺じゃねぇよ。なんかグラムが空にいっぱい剣出してから記憶がねぇんだよ」
「記憶がない?」
「いや、なんつうか急に意識がなくなっちまったんだよ。それで意識戻って空を見上げてみたらなんてこった、今度は剣がなくなってましたってことだ」
「えええ?ヨウじゃないんですかぁ?でも、この場にいたのってヨウとグラムだけでしたよね?なら、あの剣全て壊したんじゃないんですか?隠された力みたいな感じで」
「何さらっと物騒なこと言ってんだ。俺ができるわけねぇだろ。セイギじゃないのか?あいつの青い光」
「違いますよ。確かにあの光は空に剣が浮かんでいた時も何回か放たれましたが、ヨウのに比べればまだまだでした。だって、一瞬ですよ?一瞬で全ての剣が全滅ですよ?」
彼女は俺が壊したのだと強く主張する。だが、しかし彼女は俺がぶち壊す現場を見ていたわけじゃないし、こいつのことだからどうせ思い違いとかそんなところだろう。
「魔力切れか?」
「そんなわけありません。だって、聖杯から魔力を得ている彼女が魔力切れなんて起こすわけないじゃないですか」
彼女の主張する俺の隠された力が目覚めた説に俺は反論できなくなっていった。あり得るわけがない。そう言いたいのだが、何、俺はその瞬間を見ていないのでなんとも言えない。
「本当に俺なのか?」
「そりゃあ、そうに決まってます。だってあんなに豪語してたんですから。グラムは俺が倒すって」
痛いところを突いてくる。彼女に向けた冷たい言葉を彼女は逆手に取るだなんて。少しは口喧嘩が上手くなったんじゃないだろうか。
「ああ、そうだな。そう言ったな。でも、それはやっぱり俺の力なんかじゃない。俺は何にもしてないんだ。ただ、何もできないでいた。圧倒的なグラムの力に俺は手も足も出なかった。セイギの攻撃に頼ってばかりで、空に剣が展開した時もダメだって誰よりも早くに諦めたんだ。何もできねぇわってすぐに心が決めつけて、そっからは意識を失って……」
「……何が言いたいんですか?」
彼女は不満げに俺を見つめてくる。しょうがない。こればかりは何とも言えないんだ。
「その……なんだ、悪かったよ。悪かったって思ってる。お前は弱いとか、邪魔だとか言って悪かった。お前が弱いことはもちろん否定はしないけど、俺も弱かったよ。全然力及ばなかった」
いつもならこの立場は逆転しているはずだ。だが、今は別なのだ。それは彼女との日々が最後であるという事実が俺にそんな行動をさせたということ。いや、別に言い訳をするわけではない。俺が悪いのだ。
俺はグラムと戦っているとき、心のどこかで無理なんじゃないかと思ってしまっていた。ただでさえ強いグラムの手に聖杯が渡ってしまった。聖杯がなければどうにかなるかもしれなかったが、それはもうあり得ない。
俺は弱かった。聖杯戦争という強者が生き残るという圧倒的なルールの中で偶然にも生き残ってしまったんだ。それはセイバーだけではない。俺たちがだ。俺たちはあまりにも弱かった。だけど、セイバーが俺より弱いから、俺が弱く見えづらかった。
でも、今なら二人とも弱いって分かる。この聖杯戦争で、誰よりも弱いのは俺たちなんだと。
「—————ああ、その……ごめん。強く言いすぎて悪かった」
彼女の顔を見れなかった。恥ずかしいというか、悔しいというか。なんか色んな感情がグチャ混ぜになって、俺の顔を少しだけ火照らせた。
セイバーはそんな俺を見て、指を突き出した。手のひらをグーにして小指だけを突き立てている。
「なんだよ、これ」
「なんだよじゃないですよ。ほら、この国の文化では仲直りともうしないって意を込めて指切りげんまんっていうのをするのですよね?だから、指切りげんまんをするんです」
誰からそんな情報を得たのだろうか。どうせアサシンやセイギが要らぬ知識を吹き込んだに違いない。
俺はため息をついた。それはこんなことを強要するセイバーとそれを躊躇う自分に対してだ。しょうがない、こればかりは俺が悪いのだから。
俺も小指を突き立てる。俺の小指と彼女の小指がやさしくぶつかった。だが、俺はそこから一向に動こうとしない。セイバーは頬を膨らませながら俺の指に自らの指を絡めてきた。
細い指である。少しでも変な方向に曲げてしまえばすぐに折れてしまいそうなほど小さく細い指。その指でしっかりと俺の小指の肉を挟んで強固に絡みつく。彼女の指先の爪が見えた。鍛冶の影響なのか、少しだけ黒ずんだ指先だった。
「うふふふッ」
彼女の笑う声が聞こえた。俺が顔を上げると彼女のなんとも愛くるしい笑顔がそこにあった。
「なに笑ってんだよ」
「別になんでもないですよ。ただ、少し嬉しいなって。分かりあえてるなって」
分かりあえたり、分かりあえなかったり、交互にくるこの周期は何度見たことだろう。分かりあえているといえば分かりあえているのだろう。しかし、それゆえに分かりあえないのだ。互いに相手のことを考えようとしても自分の欲望にも流されて、その二つが混ざり、結果崩れる。今はまだ崩れていない状況なのかもしれないが、またいつ崩れることか。
俺は彼女の言葉に笑顔を向けた。
「ああ、そうだな」
だが、その言葉とは裏腹に心は虚無感を感じていた。
それもそうだ。彼女とあとどれ程の時間を一緒にいられるのだろうかと訊かれれば言葉を濁してしまうようなほど短い時間しかいられないのだ。俺たちの間に存在する笑顔も絆もその運命の時が来れば価値はほぼなくなる。勝とうが負けようがどちらにせよセイバーは絶対にこの世からいなくなる。現段階ではもう聖杯に手が届く可能性があるのはセイバーとグラムであり、手にとることができるのは一人だけ。つまり、セイバーとグラムの二人に一人しか生き残れない。だら、セイバーはどちらにせよ最終的にこの世からいなくなるのだ。
つまり、意味もない、そう感じていたのである。
分かりあえた。確かにそうかもしれない。それがたとえダイヤモンド以上の輝きを放っていたとしても、その酸化はどれほど早いだろうか。
その虚無感は俺が次に言おうとしていた言葉を喉の奥にしまい込んだ。
さっきまで言おうと思っていた言葉を言えなくなった。変な夢の中で俺は彼女に言おうと思ったが、俺はチキンだからどうしても言えなかった。
じっと彼女の青い目を見つめる俺を彼女は不審げに見返す。
「どうかしましたか?」
彼女の無知な顔はまた俺の心から踏み出す勇気を奪ってゆく。
「いや、なんでもない」
俺は立ち上がった。これ以上、この話をしていても俺の心が抉られるだけである。
「そういや、グラムはどうしたんだ?理由はともあれ、あいつの剣、全部壊れたんだろ?」
夢から覚めたあと、完璧にグラムという存在を忘れていた。俺たちはグラムと戦っていたのであって、別にセイバーとおしゃべりをしていたのではない。確かに伝えたかったこともあるが、本題はこっちだ。
「ああ、グラムですか?グラムなら、ほら、あそこです」
セイバーは特に気にする様子なく、さらっとグラムの居場所を指差した。
「えっ?何それ?素っ気なさすぎじゃない?」
「どういうことですか?」
「いや、だってあのグラムだぞ?俺たちを隙あらば殺そうとするグラムだぞ?お前はあれか?近くにライオンがいても平然と、あそこにライオンさんがいますよ〜なんて言うか?」
「でも、別に今のグラムは怖くなんかないですよ。だって寝てますから」
寝てる?あのグラムが?どういう経緯で寝てんだ?っていうか寝てるからっていってこの女は殺害対象を放置してたのか?とんだ馬鹿野郎だな。
「その間に殺ればよかったのに」
「えっ?あっ、いや、それは……忍びないと言いますか、なんと言いますか……」
どうやら殺す覚悟がなかったっぽい。こいつはどこまで甘ちゃんなのだろうか。やっとこの聖杯戦争を終わらせることができるというのに、こいつはその最後の一歩を踏み込まないでいる。
ため息が出た。
「……その、私もすいません」
「いや、いいよ。お前が殺しをしたら、それはそれでなにか別の階段を登ったみたいで俺が悲しいから」
「ヨウは私の親かなにかですか?」
「さぁな。まぁ、殺すのは俺の仕事だから。いいよ、別に」
俺はセイバーが指をさした方向へ歩く。すると、すぐ近くにグラムが横たわっていた。金色の眩い光を放つ聖杯を抱き枕のように大事にしながら彼女は足を折り曲げ寝ていた。
彼女はまだ目覚めないようだ。彼女のまだ生きていたいという願いに聖杯が呼応し、彼女が暴走するという事態を招いた。その時から彼女は目を閉じたままである。空に無数の剣が広がったときも彼女は意識がなかった。そしてなぜかは分からないが、剣が全て破壊され彼女は自然落下で地に落ちたのだろう。それでも目を覚めないとなると、もう起きるのは絶望的なのではなかろうか。
俺が気を失っているグラムを見つめているとセイバーもこっちに来た。
「何かあったのですか?」
「いや、何にも。ただこいつはここで終わりなんだなと思うと少しだけ同情してた」
俺みたいなクソ野郎でもさすがに彼女の報われなさには同情せざるを得なかった。やっぱり、かわいそうだと思ってしまうものである。彼女は何も悪いことはしていない。ただ自身が剣だから、そしてその剣を手にとった人物があまりにも好戦的だったという理由だけで彼女は魔剣に仕立て上げられてしまったのだ。彼女は望まぬ二つ名をつけられ、散々な運命だろう。
そんな彼女がやっと掴んだチャンス。そのチャンスを俺がこの手で奪うのかと思うと、心の何処かでためらうところがある。
「殺さずに生かすことはできないのでしょうか?ほら、例えば私が今のうちに聖杯をとって、彼女を殺さずに願いを叶えるとか」
「そりゃだめだろ。こいつが願いを叶えずにこの世界にいたら、剣がズンドコズンドコと出して世界崩壊なんて話もゼロじゃないわけじゃない。こいつは腐ってもサーヴァント。セイバーの座の半分をこいつは持っていて、魔力さえあれば半永久的に生きているんだ。そんな危ねぇ奴をこのままになんてできやしねぇよ」
危ない奴だと俺は言った。確かにこいつは危ない奴だ。すぐに人を殺そうとするし、そもそも剣をパラレルワールドから引き出せるとか、もうなんだよそれって感じ。チートにも程がある。
だけど、やっぱり彼女が悪い奴には思えない。いや、悪い奴なのかもしれない。だが、絶対的な悪じゃないのだ。絶対悪ならば恨みの対象にしやすい。あいつが悪いのだと、俺たちは悪くないのだといつまでも言える。だが、こいつが未熟な悪だから俺たちはこいつを殺したら一生罪にさいなまれる。
彼女を殺したくないという思いが段々と大きなものとなってゆく。それは彼女のためでもあり、自分たちの手を汚したくないという自己中心的な思いでもあった。
俺は手にとっていた剣をそっと鞘に戻す。
ああ、俺の覚悟とはなんとも甘いものなのだろう。三日坊主のような浅い決心であった。
俺のその様子をセイバーは見てこう言った。
「ヨウは別に悪くなんかないですよ。誰も悪くなんかない。私も、ヨウも、グラムも、
彼女は穏やかな顔をしていた。悟りをひらいたのか、もう何も気にすることのない顔だ。
いや、その顔の奥に潜む悲しみが俺には見えた。その悲しみはなんとも救い難い、しかし、救わねばならないものだった。
だが、俺にはその顔がどう救えば良いのか分からなかった。どうも俺はそういうことには不器用なのだ。
俺はグラムを殺すことを諦めようとした。そして、彼女が胸に抱く聖杯に手を触れた。
「グラム、すまねぇな。俺はこれをセイバーに渡してやりてぇんだ。お前には申し訳ないと思うけど、許してくれねぇか」
俺は目覚めぬグラムに声をかけた。今俺がしていることはずいぶんと卑怯なことをしているのだということは十分承知していたが、それでも俺はセイバーにこの聖杯を渡したかった。
そして、さっさと俺の目の前から消えていなくなっていってほしかった。俺の目の前にもうセイバーはいてほしくないのだ。
俺は聖杯を取り上げようとした。その時である。
コポコポと何か海底から泡が吹き出るような音が聞こえたのだ。その音は聖杯の中から聞こえる。
「なんだ?」
不気味だった。俺たちがいる場所は水っ気などどこにもない。泉も川も滝も。なのに、泡の音が聞こえるのだ。
すると、声が聞こえた。
「聖杯は渡さぬ。誰にも渡さぬ。聖杯は我が呪いの成就に使われるのだ」
その声はグラムの声だった。
グラムは突然目を覚ますと、いきなり手に剣を持ち俺に斬りかかってきた。
「うぉっ、なんだよ、いきなり」
事態の異変にすぐに気づいた俺はギリギリで彼女の攻撃をかわした。
どうやら少々遅かったようである。タイムオーバーとでもいうのであろうか。
グラムは生気のない目で俺を見つめる。
「私の邪魔をするな……ッ!」
戦闘体勢に入るグラム。苦しそうな表情を浮かべながらも、目から伝わる殺気はモノホンで、戦うという選択肢以外なさそうだ。
「……って、オイ!セイバー!話が違うじゃねぇかッ‼︎」
はい!Gヘッドです!
なんだかんだ、実はあと十話も書かずに終わるんじゃねぇかなんてこと考えながら、書いてます。まぁ、このルートで1番書きたかったシーンはとっくのとうに書いてるので、あとは終わらすだけでございます。
えー、なんで急にグラムちゃんの口調が変わったんじゃぁって話ですけど、もちろん、前回の話が続いておりますよ。まぁ、簡単に言っちゃえば、グラムちゃん、呪いに身体を乗っ取られちゃったわけですよ。
ドンマイ‼︎
ちなみに、実は作者自身、まだこのルートの終わりをどのようにするか決めていないのです。
はぁ、ふざけんなよ!しっかりと決めてから書き始めろよ!とか、そういう批判はやめてください。泣いてしまいます(笑)。
まぁ、どんな終わりにしても書けるっちゃ書けるんですけどね〜。まだ迷ってるんですよ。
あっ、あと、なんで無数に空にあった剣が壊れたんやっていう疑問をお持ちでしょうけど、あれはもうツクヨミの神様パワーです。それ以外のなにものでもない。これ以上の追求はやめてくださいね。何も出てきませんから。
さぁ、次回はまさかの展開って感じです。