Fate/eternal rising [another saga]   作:Gヘッド

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激おこセイギ

 バーサーカーの大きな屍はドスンと倒れた。隣にいた達斗は迫り来る彼の死に覚悟を決めてはいたが、やはり死なれてしまうと悲しみは予想以上に襲ってきた。

 

 ピクリとも動かないバーサーカーの屍に額をなすりつけ地に涙を垂らす。バーサーカーの屍は少し温かかったが、段々とその身体から熱は奪われていった。そして、炎の巨人が冷たくなってくのを額越しに感じていた。

 

「ううぅ……、あいつ……」

 

 たった数時間の、しかし強く繋がった想い。その想いは誰かを必要としていた二人にとって大事な結びつきであった。だから、達斗にとってバーサーカーの死はあまりにも辛いものだった。

 

 だが、彼はそれを乗り越えなければならない。といっても、まだ彼にそれはできないであろうが。

 

 彼の亡骸がエーテル体へと変わってゆく。実物が幻想に移るその過程を達斗は言葉にできない悲しみを抱きながら見ていた。バーサーカーであった光の粒の一つ一つが離れて空へと上がってゆく。星空に新たな星々が現れたかのようで、美しく脆い散り際にほかならなかった。

 

 セイギは突然目の前に現れたアサシンにただ呆然と目を向けていた。そして、その呆然から出た言葉はただの問いだった。

 

「アサシン……なの?」

 

 尋ねるまでもない。見てわかる。目の前にいる彼女はアサシンだと。

 

 何度も見てきたはずだ。人を殺すことにためらいを感じながらも、冷酷な目をしている彼女をずっと近くで見ていた。優しさと非道さを持ち合わせた彼女を誰よりも一番知っている彼がわからない訳などない。

 

 なのに、尋ねたかった。それはもう、ただ運命の意地悪さに涙を流したかっただけなのだ。

 

 呆然としていたセイギから出た言葉にアサシンがくすりと笑う。

 

「ええ、そうよ。セイギ」

 

 セイギはその返答を聞くと、喜びとともに後悔が舞い戻ってきた。あの時、アサシンが山の中にいたのに爆発させてしまった自分を急に許せなくなった。

 

 その様子に気づいたのか、アサシンは彼に近寄る。

 

「セイギ、悔やむことはないわ。なんとかなったでしょう?」

 

 彼女の言うなんとかなったは本当になんとかなったである。勝率一割くらいの可能性に賭けて、揉みくちゃにされながらもなんとか生き残るようなもの。

 

「そんなの、嬉しくないよ……」

 

「嬉しくないの?私が戻ってきたのに?」

 

「それは嬉しいけど……、アサシンを殺そうとしたのは事実だから。それに、君が死んだら、僕は悲しい」

 

 率直な想いを彼女に直接伝えた。アサシンがその言葉に無邪気に笑った。

 

「私がいなくなって悲しい……って。私は暗殺者(アサシン)よ?いなくなって当然の存在なの。だから……そんなこと言われても、困っちゃうわ」

 

 少し顔を赤らめる彼女は妖艶な彼女とは違って、まるで少女のようでどこか儚くも感じられた。

 

「……ごめん」

 

 俯くセイギ。彼は彼女を見ようとはしなかった。自分がやったことへの罪悪感で背中が重たくなっていた。アサシンは困り顔を作る。はぁとため息をついた。

 

「謝らないで。そんな言葉、私は好きじゃないから。謝るのなら、そこで泣いている彼に謝ってあげて」

 

「それはそれでタチの悪いことだと思うよ。殺しておいて謝るだなんて」

 

「別にバーサーカーのことを謝れだなんて言ってないわ」

 

「……十年前のことかい?」

 

 アサシンはコクリと笑顔で頷いた。その笑顔に少しセイギは疑問を抱いた。

 

「なんで、アサシンは僕のことをそんなに考えてくれるの?」

 

「ウフフ、それは愚問よ。それはあなたが私を思ってくれるように、私はあなたのことを案じているの。ただそれだけのことよ」

 

 その時の人殺しの笑顔は柔らかく丸みを帯びた笑みだった。

 

 セイギはその提案に難色を示した。しかし、彼は歩まぬことが悪であることは知っている。師匠が前回の聖杯戦争で死んだときも、彼は師がいないからといって魔術の修行を怠らなかった。地道に一人でやってきたのだ。そんな彼は停滞が一番惨めなことだと知っている。

 

「うん、そうだね」

 

 元はと言えば、この少年がこんなにも嘆き苦しんでいるのは自分の師匠が彼の母親を殺したことが原因なのだ。聖杯戦争だから殺したことは罪にはならない。しかし、彼から母親を奪ったということは罪ではなくとも、その行為の重さを感じ、そしてそれを詫びるべきである。彼をこの聖杯戦争に引きずり出したのは師匠で、その謝罪は師匠なき今、当然ながら当主である彼がするのだ。

 

 セイギは達斗に近づく。達斗はそれに気づくと、目を向けた。その目にかつての怒りはなかった。あったのはバーサーカーを失ったという悲しみだけだった。そんな彼に対してセイギは一方的に頭を下げた。

 

「……誠に申し訳ありませんでした」

 

「何だよ、急に謝って」

 

「いや、ただの自己満足に過ぎないよ。君に謝って自分にはもう非はないとしたいだけ」

 

「ふ〜ん、そう」

 

 達斗はセイギにそっぽを向いた、それもそうである。今さら謝られたってもうどうだっていいのである。事はすでに過去のことになり、今手を伸ばしても届きやしない大切な思い出なのだから。

 

「ここからは当主伊場正義としてじゃなく、一人の人間伊場正義として聞きたいことがあるんだ」

 

「聞きたいこと?」

 

「うん。君は何で八千代さんのことを拒絶しているんだい?」

 

 達斗の目が変わった。

 

「何が言いたいんだよ?」

 

「そのまんまの意味さ。ただ、僕は赤の他人だから言わなくても別にいいけど」

 

 セイギはじっと達斗を見つめる。急かそうともせず、威嚇しようともせず、ただじっと相手の全てを受け入れる目だった。

 

「あのババアからなんか聞いたの?」

 

「まぁ、一応ね」

 

 達斗はため息をついた。

 

「なに、関係のない奴にこんな話してんだよ。バカじゃないの、あのババア」

 

「でも、過去の因縁とかどうとか考えなければ絶対に八千代さんとこに引き取られた方がいいと思うんだけど。だって、君さイジメられているでしょ?」

 

 セイギがその言葉を言うと、達斗はさっきとは違った目で彼を見る。

 

「何でそれを知ってる?ババアには知られてないはずだけど……。ミディスさんがババアに告げ口でもしたのか?」

 

「どうだろうね?でも、少なくとも僕は八千代さんからは聞いてないよ」

 

「……ナデシコ姉ちゃんからか?」

 

 セイギは笑顔でこくりと頷いた。

 

「そうか、そういやあんたたちは同じ学校だったんだろ?」

 

「まぁ、それ以前に彼女、この聖杯戦争に参戦していたけど。もっとも、彼女は君がこの戦いにいる事は知らなかったらしいよ」

 

「別にいいよ。怪我もなにもなかったようだし」

 

「随分と身を案じているんだね」

 

「そりゃそうだろ。だって、ミディスさんとナデシコ姉ちゃんだけが僕の信頼できる人なんだから」

 

 今現在、達斗は織丘市内にある孤児院に引き取られている。孤児院には彼を含めて五十人ほどが身を寄せているが、彼はその孤児の半分くらいの人数からイジメを受けていた。イジメの内容は暴言、無視、物品の強奪などである。友達の輪に入れてもらえず、文房具や給食などを強奪されては笑われ、反抗すれば殴られていた。

 

 何故か、それは彼の体格が弱々しいように見えるという点である。彼は生まれつき背が低く、身も細くイジメられる標的にはもってこいであったりすることが要因の一つだ。他にも、彼は他の子供たちより知能が高く、他の子たちがしている遊びなどに何の楽しみも感じない。そこに彼の皮肉な性格が混じってしまっているため、異質な存在となってしまう。

 

 彼自身、それを分かっていた。自分がイジメられる原因はひとえに自分にあるのだと。だが、自分が悪いわけではない。だから、達斗は変えようとしなかった。イジメられていても、自分は悪くないのだと。

 

 しかし、毎日毎日と絶えず行われるイジメに彼の心は荒んでいった。助け舟を出してくれる人は院長のミディスと昔孤児院にいたことのある雪方撫子だけである。それ以外の人物はイジメている人たちから嫌われるのを恐れて誰一人として手を差し伸べない。

 

 彼が現実を嫌ったのはここからだった。母親もいない、誰も助けてくれない腐った世界に絶望して、その世界を破壊しようとしていた。

 

 もちろん、そんなことは子供騙しの幼稚な発想。どうせ長続きしない馬鹿げた夢でも、彼にとってこれは大事な戦いだった。

 

「僕はミディスさんとナデシコ姉ちゃん以外誰も信じられないよ。なら、そんな世界のある必要はどこにもない。だから壊そうとした。それのどこが悪いの?」

 

「いや、悪いだなんて思ってないよ。ただ、一つだけ気になるんだよね。八千代さんは信じられないの?」

 

「……信じられたら今ごろ僕はここにいないよ」

 

 達斗は右手を握り、左手で覆った、力強く握りしめて、憎しみをあらわにする。

 

「あいつが僕のことを捨てたんだ。そんな奴のことを信じることができたらそいつはよっぽどなバカだ。どうせ一度捨てられたら、二度三度と捨てられるに決まっている」

 

「でも、八千代さんは君のことをすごく心配していたよ。僕たちに君のことを殺さないでくれって懇願するくらいに」

 

「どうせそれは罪悪感からきたことでしょ?僕がほしいのはそんなんじゃない……」

 

 達斗はただ純粋に求めているのだ。それは誰からもイジメられることなく、いつ捨てられるかとビクビクする必要のない生活を。自分を全て受け入れてくれる誰かを。

 

「怖いって思えることがある。僕はそもそも生まれてきて良かったのかって。だって、きっと神様が許してないから僕はこんな苦しい一日を過ごさないといけないんだって。だから、嫌なんだ。こんな世界は、嫌いなんだ」

 

 子供のワガママである。結局は彼がこの世界を嫌っているというだけで、それに八千代やバーサーカーは振り回されていたといっても過言ではない。

 

 しかし、彼にも嫌う理由はあり、その理由の発端はセイギの師匠である理堂の仕業。だから、セイギには彼が立ち直れるようにする義務がある。

 

「で、だから何?」

 

 セイギは笑顔で、しかし刃のように威圧的な声で達斗に訊く。満面の作り笑顔の内にある別の顔は達斗でも驚かせた。

 

 セイギには達斗を立ち直らせる義務がある。しかし、それがスパルタでないとも限らない。

 

「何それ?自分が嫌いだから世界壊しまーすって理屈になってないよ。それにそれってさ君が大っ嫌いな八千代さんとまったく同じことしてるよね?嫌だからで何でもどうにかなると思ってんじゃねーぞ、このポンコツクソガキが。何?受け入れてほしい?んなことしつこく注文してんじゃねーよ。八千代さんは過去のことを悔やみながら君を受け入れようとしてんのに、君は自分から相手を受け入れようとしてるの?それじゃ、何も前に進みやしないよ」

 

 サラッとこの罵倒混じりの説教を常に笑顔全開でしているセイギ。さすがの達斗もそのセイギの気迫に怖気付いた。

 

「バーサーカーだけが受け入れてくれた?だからってもうそこでおしまいなの?そこでもうおしまいだって言うの?ハッ、冗談も甚だしい!相手が受け入れてくれないから諦めるんじゃなくて、相手をまず受け入れることからしなよ。なんで自分から動こうとしないの?君は王様か何かなの?違うでしょ?ただのちょっと魔術ができるガキでしょ?なら、自分から八千代さんを受け入れなよ。相手のことをただ待つだけじゃ、死ぬまでずっと一人だよ」

 

 セイギは身体から魔力球を作り出した。彼の変わらぬ不気味な笑顔から醸し出される殺気は完全に達斗をヤる気満々である。

 

「受け入れてくれるのがとうぜ〜ん?ふざけんなよ、このクソガキが。そんな甘えてんじゃねぇよ、自分から動かないって王様ですか?そんなに世界が嫌ならいっそのこと死ねば?どうする、死ぬ?死にたい?殺してあげるよ」

 

 セイギはまるで人殺しをしたいかのように振る舞った。ニタリと上げた口角、地べたに膝をつけている達斗を見下す目、高らかで槍のような尖った攻撃的な声。

 

「だって、僕は理堂の唯一の、愛弟子だからね。人を殺すなんて、簡ッ単さ!」

 

 達斗はセイギのその姿を許せなく感じた。ムカムカと湧き出てくる怒りの感情。それはまるで自分の母親を殺した理堂に見えたからだ。自分を地獄のどん底に叩き落とした宿敵がそこにいると思えた。

 

 達斗は立ち上がった。涙を服の裾で拭い、胸を張る。突き刺すような視線を向けてこう言い張った。

 

「お前になんて殺されてたまるか!まだ全然魔術師としてなってないけど、しっかりと修行して強くなって、いつか絶対にお前を殺してやる‼︎」

 

 魔術師としてワケありではあるがすでに当主の座についているセイギにまだ魔術師としての年も浅い達斗は挑戦を誓った。絶対的な魔術師のとしての雲泥の差が二人の間にはあった。しかし、達斗は恵まれた魔術の才と幾千日もの努力を積み重ねれば超えられないものではない。

 

 達斗にとってセイギとは仇であり、因縁の相手であり、これからの人生の目標になるだろう。

 

 彼の暗い人生には何一つ目標などなかった。しかし、セイギはその人生の中に目標を見出してあげたのだ。それが例え、自分を殺すという目標であっても。

 

 セイギは達斗の頭に手を置いた。

 

「殺せるものなら殺してみなよ。いつでも挑戦に受けてあげるからさ。だから、少しは今の人生にやる気を出しなよ。僕たちの先はまだ長いんだから」

 

 セイギはまたふっと笑った。その笑顔は何とも朗らかで優しく包み込むような笑顔だった。

 

 達斗はセイギの手をはねのける。そしてセイギに背を向けた。

 

「あれ?もう帰っちゃうの?今なら魔力全然残ってないから、殺せるチャンスかもよ?」

 

「そんなことでこの怒りは消えない。殺すときはお前も僕も準備万端のときに殺す。それだけ」

 

 素っ気ない達斗の返事。実に彼らしいものだった。彼は右手の甲にまだ少し残っているバーサーカーとの絆を握り締めながらその場を後にした。

 

 もうその夜、達斗は誰とも喋ることなく静かに一人で孤児院に戻った。バーサーカーが走って十分くらいはかかった道のりを小さな歩幅で埋めてゆく。

 

 もう、彼は一人でも歩けるのだ。歩いて行けるのだ。

 

 少年が怒りを糧に少し成長した瞬間だった。

 

 達斗が去ったのを見て、セイギはふと思い出した。

 

「ああ、そう言えばヨウたちはどうなったんだろ。バーサーカーとの戦いでそれどころじゃなかったから」

 

 達斗は振り向いた。

 

「ねぇ、アサシン、どうなったんだろうね……」

 

 しかし、そこには誰もいなかった。ぞわりと彼の首の後ろ筋を冬の風が撫でて鳥肌が立った。

 

「……えっ?」

 

 人影一つない夜の道。その夜の道を振り向いて立ち止まるセイギ。そこにいたはずのアサシンの姿はどこにもなくて、突然のことに頭の中がこんがらがっていた。

 

「えっ、あれ?アサシンは?さささ、さっきまでいたはずなのに」

 

 さっきのは幻影か。いや、それは違う。彼の肉眼が彼女の姿をしかと捉えていた。ではアサシンは消滅してしまったのか。いや、それも考えにくい。なぜなら、彼の右手の甲にはまだ赤々とした一画の令呪が存在しているのだから。

 

 だが、今からの目の前にいないということも事実。つまり、アサシンはここから離れたということになる。

 

 なぜなのか。それはセイギにはわからなかった。その理由の見当もつかない。

 

 ただ、彼はアサシンを失う恐怖に怯え、足を動かした。

 

「どこ?どこにいるの⁉︎」




次回でアサシン陣営は終わりでございます。

しかし、若干キリの悪いところで今回の話が終わってしまったので次回は長くなります。そして、少しだけ時間がかかります。

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