Fate/eternal rising [another saga]   作:Gヘッド

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めちゃめちゃ怒ってる

 アサシンは手を眼鏡のように丸くして、バーサーカーたちのやりとりを見ていた。そして、バーサーカーと少年は互いに背中を向け合うという陣営の崩壊が起きているということをリアルタイムでアサシンは知る。

 

「あらら?仲間割れかしら?」

 

「仲間割れ?それって、バーサーカーたちが?」

 

 アサシンは頷く。セイギはアサシンの話に対して半信半疑だった。

 

「えっ?本当に?」

 

「本当よ。だってあの男の子とバーサーカーの歩く方角が正反対なんだもの」

 

「いや、でも陽動みたいな作戦かも……」

 

「そんなわけでもないと思うわよ。二人とも歩く歩幅がさっきより少しだけ短いし」

 

 セイギは予想外の展開にほくそ微笑む。

 

「これは天が僕に味方をしてくれたのかな?」

 

「あんまり調子に乗ってると痛いことになるわよ。敵は一人だろうとサーヴァントなんだから、本気を出さないと」

 

 アサシンが警戒するのも無理はない。アサシンとバーサーカーの基本的なパラメーターでは圧倒的にバーサーカーの方が上だからだ。全サーヴァントの中でもダントツに高い身体能力を持つバーサーカーとの闘いが正々堂々の一対一ではあまりにも分が悪い。

 

 それにアサシンにはセイギもついているが、あのバーサーカーの能力と魔術師は相性が非常に悪いのもまた事実。詳しいことはよく分からないが、バーサーカーの黒煙は魔力を溶かすような力があるようで、魔術しか攻撃方法のないセイギにとっては不利なのだ。

 

 つまり、二人合わさっても勝てるかどうか分からない。いや、分からないなんてものじゃない。勝てないかもしれない。

 

 ただ、絶対に勝てないわけでもない。一応彼らにも秘策のようなものが幾つかはある。その内の一つはバーサーカーが魔力(ガス)欠状態になることだ。

 

 バーサーカーはそもそも魔力の消費が半端ない化け物だ。マスター殺しと言われても過言ではないほど。だから、長時間の戦闘はバーサーカーにとってはNG。そこを上手く突けば二人は勝つことができるだろう。

 

 また、今はバーサーカーのマスターである少年が戦闘から離脱した。それはつまり、バーサーカーが魔力の補充などできないということ。これによって格段に勝てる可能性は上がった。

 

 それでも、バーサーカーは侮れない。だって、英霊としての格があまりにも違いすぎる。

 

「世界に引導を渡す巨人、スルト。本気で殺らないと殺られるのは僕たちだからね」

 

「まぁ、私なんかよりバリバリ知名度高いし、英霊としての格も雲泥の差よ」

 

「アサシンはどちらかと言うとマイナーな存在だからね」

 

「どちらかと言うと、じゃなくて、普通に私なんかマイナーよ。だから、きっと知名度補正は私よりきっと多くかかっているはず。そう考えると、またさらに勝てる気が薄くなるわ」

 

 身体能力の差、能力の相性、知名度という言葉が二人の間を行き交う。そして、その度に気だるい雰囲気がその場を流れた。

 

「じゃあ、アサシンはバーサーカーの相手をお願いね。僕はこの山の所々に罠を仕掛けてくるよ」

 

「ええ、分かったわ。まぁ、勝てるか分からないし、多分私だけじゃ勝てないだろうけど、危なそうな時は助けに来てね」

 

 アサシンは物騒な、希望のないことを言いながら笑顔を作る。その笑顔はどうしても彼の心をさらって行く。

 

 でも、だからこそ苦しい。無事に戻れたこの後の日常にはもう彼女の姿はないということに。

 

「……しつこいようだけど、もう一度だけ聞いていいかい?」

 

「ええ、何度でも」

 

「その、アサシンは本当に聖杯を手にするつもりはないの?セイバーに聖杯を譲る気なの?」

 

 アサシンは笑顔のまま、コクリと頷く。彼女の黒い髪がふわりと揺れる。

 

「今ならまだいいんだよ。どうせ、アサシンが聖杯を得ても、これは聖杯戦争だ。誰も僕らを責めない。それでも、本当にいいの?」

 

「うん。十分楽しんだから。あなたに、みんなに会えて、私は凄く嬉しいの。私という存在が変わったような気がしたから。私を心配することはないわ。私の夢の一つはもう叶えられたから。それだけで大満足よ。もう一つの夢は諦めることにするけれど、それでいいの」

 

「でもっ……!」

 

「大丈夫よ。だって、私、みんなのお姉さんだから。だから、可愛い子達に聖杯を譲るわ」

 

 彼女はそう言うので、セイギはもう何も言えなくなった。例えセイギがどう思おうと、アサシンが決めた自分自身のことを彼がどうこう言って変えていいわけじゃない。ダメなのだ。それは絶対に。

 

 セイギは自分の溢ればかんばかりの欲を必死に抑え込む。聖杯を譲る。それはそう簡単なことではないのだ。

 

 セイギにだって欲はある。だけど、その欲はきっと今表に出してはならない。そしたら、きっと制御が壊れる。自分のしたいように、欲のままに動いてしまう。

 

「さぁ、敵が来たようね。私は下に降りるけど、セイギは上で待機してて」

 

 彼女はそう言葉を言い残して、その場を去った。彼はアサシンが去ったあとも、ずっと突っ立っていた。彼はまだ心の底で決心することはできない。親友(ヨウ)を選ぶのか、それとも想い人(アサシン)を選ぶのか。

 

 優柔不断。どうしても選べない。彼にとってはどちらも大切な人だから。

 

 彼は自分の両手を見た。開いて閉じて、開いて閉じてを交互に繰り返して、自分の手はまだ小さいなと感じる。

 

 彼は手が二個あるのに、一つのことしか選べない。お天道様がくれたら二つの手は、生憎ながら二つ選ぶという欲張りな選択を嫌うみたいだ。それは魔術師であっても一緒で、どちらかを選べばどちらかは選べない。

 

 皮肉なものである。自分は魔術師であると心のどこかで少し優越感を感じていた。普通の人ではないのだと。自分は特別な存在なのだと。

 

 だけど、結局は人という存在に縛られる。片方しか選択できないのは特別な存在であっても同じなのだ。

 

 それでも彼はぎゅっと力強く手を握りしめた。腑に落ちない所は幾らでもあるが、彼は自分を殺してアサシンの意思を尊重することを選んだ。

 

「これで……いいんだ……」

 

 吐き出そうなほどの反対意見を飲み込んだ。間違っていないと自分に暗示をかけて、この選択が正解なのだと思い込む。

 

 苦しみを抱きながら。

 

 

 赤日山の麓のところにはバーサーカーがいた。彼は身を刺すようなほど濃い殺気を放っていた。身体は熱気に包まれている。彼の周りには冷たい冬の空気との温度差により生じた湯気のようなものが立ち込んでいる。

 

「あらあら、殺気がプンプンする。頭がクラクラしちゃうわ」

 

 バーサーカーの背後から声が聞こえた。鋭い眼光で振り向くと、そこにはアサシンが鎖鎌を手に立っていた。

 

 バーサーカーはアサシンを視界に捉えると、獣のような咆哮をしながら彼女に斬りかかった。大きな剣を翳し、そして振り下ろす。しかし、アサシンはその剣を軽々と交わした。

 

「ちょっと、またいきなり攻撃?さっきの注意をちゃんと聞いてた?怒ってるからって、それはあんまり感心しないわよ」

 

「アが■■ギ■ぐ■■ンン■■■ん■‼︎」

 

 バーサーカーはアサシンの話を聞くことなく襲いかかる。巨躯をしながらも、身の動きは素早い。武というちゃんとした剣の型はないし、デタラメそのものだが、それでも一人の戦士として出来上がっている。剣の振り、足のステップ、身のこなし、身体の柔らかさ。デタラメのようで、しっかりとした動きは神代の時代の一角を率いていた者としての威厳のようなものでもあった。

 

 アサシンは止まぬ攻撃にしっかりと対処してはいるが、やはり英霊としての格の差なのか段々と苦しくなる。一旦、バーサーカーの攻撃から逃げようと大きくバックステップをとった。

 

 その時である。バーサーカーはその瞬間を狙っていたかのように、アサシンが開けた間合いを詰めてきたのだ。アサシンが彼の行動に対処しようとした時はもう遅かった。彼の持っている大剣でアサシンを薙ぎ払うように斬りつけた。

 

 アサシンはバーサーカーの異常な膂力によって数メートルほど吹き飛ばされた。なんとか攻撃を受ける際に鎌を身体の前に置いていたからか、致命的な損傷は防げた。

 

 だが、手元にある鎌の刃にはヒビが入ってしまっている。まだ使えないというわけではないが、もう一回ほど今のようなことになったら、鎌は使い物にならないだろう。

 

 アサシンは壊れかけの鎌に入ったヒビをそっとなぞる。そして、深くため息を吐いた。

 

「はぁ、そんなに怒ることあるの?そこまで怒らせたつもりはないんだけど」

 

 彼女はそう声をかけるが、バーサーカーは一切耳に入っていないようだ。

 

 獣のような雄叫びを夜空にあげる。その雄叫びはかつての仲間への鎮魂歌。

 

 その仲間への侮辱は彼にとっては最大の怒りの源なのだ。

 

「本当、過去に囚われるって良いことないわよ。まぁ、私も現世に執着してんだけどさ、あなた苦労人よね。運命に見放されて、それでも失ったものを取り戻そうとして。セイバーちゃんに似てるけど、ちょっと違う。彼女は必死なのだけど、どこか気の抜けた優柔不断なところがある。でも、あなたはそれがない。ただ一つの夢に向かって走っている。恋をすると盲目になってしまうみたいに、夢中になって、追いかけてだからこそ、あなたは余計に苦しくなるんじゃないの?聖杯を掴んだらバカンスでも楽しめばいいのに」

 

 彼女は続ける。

 

「自分の夢を実現するために奮闘するなら、心はきっと軽いでしょう。でも、誰かのための夢なのなら、それはきっと地獄のように辛いでしょう?」

 

 アサシンはバーサーカーを指差した。

 

「あなた、とても苦しそう。心がひどく泣いているわ」

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 アサシンとバーサーカーが戦闘を開始する約一時間前、セイギとアサシンはある場所に来ていた。そこは白い外装の神聖な場所。その外壁や門には十字架の紋章があった。

 

「ここが家陶達斗のいる孤児院で間違いないよね?」

 

「ええ、そのはずだけど、本当に大丈夫なの?」

 

「何のこと?」

 

「ほら、おびき出すって作戦よ。本当に上手くバーサーカーとグラムを引き離せるのかしら?」

 

 アサシンはセイギが思いついた考えの成功確率を見据えて、責任者に問う。責任者は気さくな笑顔を見せる。

 

「ハハハ。大丈夫だよ、きっと上手くいくさ。使い魔一匹はグラムに付かせているし、あの少年のことだ。きっと用心深い性格だから、この孤児院の中でひっそりとしているんだろう」

 

 アサシンはその説明に納得はできなかった。本当なのだろうかと疑問を抱くが、意味も無く何もしないよりは行動した方がマシなので、セイギの言うことに従う。

 

 アサシンはまたいつものようにセイギに魔力を送り込む。それはアサシンの気配遮断の恩恵が与えられた魔力であり、潜入前にこれだけは欠かせない。地味な能力だけれども、アサシンの持つ能力は凡庸性においては非常に秀でている。

 

 セイギにも気配遮断のスキルが一時的に付与されると、彼らは任務を開始した。見たところ、カメラや魔術による監視はされていないようで、堂々と正面の鉄格子の門から中に侵入する。真夜中による犯行である。きっと一般人ならこの二人の侵入には気付かないだろう。

 

 孤児院からいくつかの部屋灯りが暗い外を少し照らしていた。孤児院の先生がまだ起きているのだろう。でも、アサシンの気配遮断のスキルがあるからバレることはない。普通に隠れていればいいのだ。

 

 静寂の下、孤児院の中に潜りこむ。バーサーカーのマスターの居場所を突き止めようと、隅から隅まで探す。

 

 そして、見つけた。少年はいたのだ。そこはこの孤児院の中でも重要な礼拝堂だった。木製の長椅子がずらりと並び、前には演説台のようなものがあった。その上には白い十字架が掲げられている。少年はそのチャペルの中にいた。

 

 地べたに座り込み、荒い息を吐きながら、脂汗を首筋から流している。だいぶ、バーサーカーの魔力消費に憔悴しているようで、辛そうにしていた。

 

 少年は礼拝堂に入ってきた侵入者を見た。

 

「お前らは……」

 

 見られたくないところを見られてしまった。マスターが弱っていると他のマスターに知られてしまったのである。それは絶体絶命とも言えるような状況だった。

 

「な、何でお前らがここにいるんだよ?」

 

 地面に手をつき、ゆっくりと立ち上がりながら尋ねた。

 

「君の叔母さん、市長さんに聞いたんだよ。君を預けた孤児院がここだって言うから。来てみたら、案の定ここにいたみたいだ」

 

「あのババア。なんてこと言うんだよ。それに、預けたんじゃなくて、捨てたんだよ。僕を」

 

 舌打ちをする。少年にとって叔母である市長の話はNGワードであった。嫌そうな顔をする。

 

 少年は辺りを見回した。絶体絶命なこの状況で、どこからどのように逃げられるのか小さな頭で必死に考えた。

 

 だが、それはセイギにはバレていた。

 

「ダメだよ。どこからも逃げられないよ。いやぁ、思慮深くて、手強いね。子供なのに。だから、考えを改めたんだ。子供だからって手は抜かないよ。ここに来て、君がいるって知ってすぐにここの周りに魔法陣を書き込んでおいた。だから、ここから君は出られないよ。まぁ、君のバーサーカーの力を使えば別だろうけど……」

 

「……けど、何だよ」

 

「使ったら、タダでさえカラっぽの魔力がさらに少なくなって、辛くなっちゃうね☆」

 

 セイギは残酷なことを笑顔で言いきった。少年を地獄に突き落とすような重たい一言を、真顔でもなく、怒りに満ちた顔でもなく、笑顔で。

 

「鬼畜が……」

 

 少年は悔し紛れに言う。今の少年は蜘蛛の罠に引っかかった小虫である。逃れることは困難で、逃れたとしても力尽きて倒れてしまうだろう。

 

「鬼畜だって?アハハハッ、そうだね、僕は非道で、優しさの欠片なんか少しもないね。だけどね」

 

 セイギは薄気味悪い笑みを怒りへと変えた。

 

「君、ヨウとセイバーに何をしてくれたんだい?アーチャーを殺してくれたし、そもそも赤日山で君が僕の命を狙ってた時、何も知らないヨウを殺そうとしたよね?あれ、まだすっごぉ〜く覚えてるんだ。何から何まで。だから、結構、怒ってるよ」

 

「うるさい!人殺しの弟子めッ‼︎あのババアも嫌いだけど、お前はもっと嫌いだッ‼︎僕からお母さんを奪ったクソ魔術師の弟子が偉そうなこと言うなぁっ‼︎」

 

 その瞬間、セイギは即座に手から魔力の塊の球体を作り出し、それを少年に投げた。少年は驚きながらもその魔力の球体による攻撃を防ぐ。

 

「あのさ、師匠は師匠、僕は僕だよ。まったく、お前らうるせぇよ。師匠が人殺しだろうと何だろうと、僕は違うでしょ?一々、グダグダグダグダと一緒くたにしやがって。いい加減うぜぇんだよ。手足切断して、口に手ェ突っ込んで、腸全部引きずり出すぞコノヤロー」




ま、まさか、セイギの堪忍袋の緒が切れると、ここまで怖いだなんて……。ガタガタガタ。

彼はそういうタイプの人です。怒らせたら怖いタイプの人です。

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