Fate/eternal rising [another saga]   作:Gヘッド

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また、一人ぼっちになった

 冬の寒気に犯された陸風が少年に当たる。彼の幼く小さな手は悴んでいた。指先の動きが自分の意思を無視しているようにゆっくりと遅くなっていく。冷たさで思うようにも動かず、手と手を擦り僅かな熱でも今の彼にとっては恩恵にも値する。

 

 隣を歩く彼の背の二倍はあろうかという巨人を横目で見た。今のところ彼の身体から熱気は放たれておらず、無駄な魔力の消費はしていないようだ。

 

 しかし、前までならこんな状況のとき彼の肩に乗り、冬の寒さを凌いでいた。バーサーカーのクラスのくせに、どうやら少年が召還したバーサーカーは狂化のスキルが低いようである。そのため、魔力の消費量は狂化スキルを持つバーサーカーにしては少なめで、常に全力を出し続けてマスターに多大な負担を与えることもない。それに、元々バーサーカーが英霊としては格が高過ぎたのか、力を器用に調節できたりもする。なので、いつも少年が肩に乗っているときは、彼の体温は人肌より少し暖かいぐらいだった。

 

 だけど、今はそんなバーサーカーの肩に乗る気になれないのだ。

 

 時折、大男はちらりと少年を見るが、少年はその行動に気付いていないふりをして前へと歩いていた。きっと、大男としては肩に乗らないという不自然さを気にしていたのであろう。そもそも言葉が通じないから少年の心のモヤモヤも理解することができず、それが仇になってさらに二人の間の溝は深まってゆく。

 

 バーサーカーのことを無視する少年はなるべくこの大男のことを考えないようにしようと思ってはいるものの、どうしてもあの瞬間の光景が目に浮かぶ。

 

 アサシンに命を狙われた瞬間だ。あの瞬間において彼は三途の河を渡りかけたと言っても過言ではない。それほどまでにあの瞬間はほぼ確実に死んでいた。

 

 しかし、あの時のバーサーカーはそれを否定したのだ。まるで少年が死ぬということを是としていないかのようだった。確かに彼のサーヴァントならマスターを守ることは基本である。それはバーサーカーも一緒であり、それができないと聖杯を掴むことは到底できやしない。もちろん、少年のバーサーカーも聖杯を掴むために守ったということもあるだろう。

 

 だが、あの時のバーサーカーは聖杯を掴むためなどそんなことを省いた、ただの純粋な守りたいという思いがあったように見られる。それは単なるマスターとサーヴァントという関係では得られない思いだった。

 

 あの瞬間は少年をつまずかせた。ただ貪欲に聖杯を掴みたがっていた少年が初めて周りを見た瞬間なのだ。

 

 単なる道具としてしか見ていなかったサーヴァント、そのサーヴァント自らが少年のことを守りたいと思ったのだ。それは不条理である。筋が通っていない。

 

 バーサーカーが嫌がっていても少年はそれを強要した。バーサーカーを道具のように扱った。聖杯のためなら、他を顧みない。それが少年だった。なのに、バーサーカーはそんな少年を自ら守りたいと。

 

 おかしい。実におかしい。そこに少年はつまずいている。

 

 いや、本当は気付いていなくもない。少年はこの歳で聖杯戦争に参加しているという時点で、まず馬鹿ではない。だから本当はなぜ自分が立ち止まっているかというのも分かるのである。

 

 ただ、彼の中にいるもう一人の彼はそれを分かろうとしない。その彼とはずっと一人で孤独という人生を歩いている少年だ。そんな彼は誰とも親しくなったことがないから分からない。誰かに守られたことのないから分からない。

 

 自分は誰かに守られたいと思っていることに。自分は誰かに守りたいと思われていることに—————

 

 少年は心のモヤモヤを抱えたまま、赤日山に着いた。バーサーカーはいつものようにと少年の指示を待っているが、その当人が一向に指示を出さない。そして、やっと少年が自分のサーヴァントに出した指示は意外なものだった。

 

「いいよ、好きにやって—————」

 

 まるで自分の務めを放棄したような投げやりな言葉。言葉を理解できないバーサーカーもその少年の雰囲気で何となく察した。

 

 バーサーカーは少年の顔を見る。少年の顔の周りには諦めという湿った空気が漂っていた。だが、バーサーカーは狂化のスキルを持っているため、彼のその姿がなぜそうなったか分からない。そして、分からないのに、その分からないを分かろうとする人間固有の知識欲がスキルのせいで湧かず、ただ分からないを漠然と受け取っている。

 

 また、少年も分からなかった。何故自分はここで彼に戦闘を放棄、全権委託したのか。ムキになったわけではない。怒っているわけでもない。ただ、何故かアサシン陣営と闘うという気が起きないのだ。

 

 そして、分からないので分かる情報と比べて分かろうとする。前はこうだったのに、と過去と比べて今を見る。少年もそうした。過去と現在を比べて分からないことを分かろうとする。

 

 彼の場合はバーサーカーへの態度と戦闘意欲に過去との違いがあった。前までのバーサーカーへの態度は横柄で常に自分が上にいるのだという認識があったが、今はそれがなくなったように見える。自分を守ってくれたことへの恩義なのか、そんな考えではなくなっていた。

 

 それに、戦闘意欲も以前よりがっくりと減っている。聖杯が欲しくないわけではない。ただ、戦闘をするというのが何となく彼にとって嫌なものとなっていた。前なら聖杯に近づくために敵を倒すことが最善だと信じて、それを積極的にやっていた。もちろん、今でもそう考えてはいるのだが、どうしても死が怖いのだ。死ぬということが、怖くなってきた。アサシンに命を狙われ、死ぬ寸前の瞬間を味わったからだろうか、彼は死にたくないと思っている。

 

 ただそれが何故、バーサーカーに全てを投げ出したのかには繋がらない。そして、その繋げた『何か』が何なのか、彼にも、そしてバーサーカーにも分からなかった。

 

 バーサーカーは動かなかった。少年の言っている言葉は場の雰囲気で察した。だが、バーサーカーはその少年のそばから離れることはしなかった。

 

「なんだよ。行けよ、さっさと」

 

 少年はそう言うと、バーサーカーに背を向けた。そして、自分の孤児院(いばしょ)に帰ろうとする。

 

 すると、どうだろうか。バーサーカーも彼の後をついてくる。

 

「ついてくるなよ。しつこいよ」

 

 冷たく突き放すように言葉を投げる。だが、それでもバーサーカーの足音が聞こえた。

 

「……お前どうせ叶えたい夢あるんだろ?なら、行けばいいじゃないか」

 

「タぁぁーーー、ダァあー……」

 

「僕はまだいいや。どうせ、また僕が生きている時に聖杯戦争はあるんだろうし。その時になったら、僕はきっと大魔術師で、僕の圧勝で聖杯を掴み取って、世界を壊してやる」

 

「ダたあァぁタ……タあダァ……」

 

「だから、いいよ。今回の聖杯はお前にやるよ。お前にやるから、必ず勝てよ。お前の願い、仲間を生き返らせることだろ?ほんとバカだよな。自分のせいで殺した仲間を生き返らせようとか。バーサーカーの名に恥じないほどの愚鈍さ」

 

「だァァだ、ダタあぁトォ……」

 

 帰ろうとする少年の背中を追うバーサーカーの声。意味不明で何と言おうとしているのか分からなかったが、少年にはその言葉が凄く耳障りに感じた。

 

「もう、何だよ、さっきからっ!だぁだぁだぁだぁうるせぇよ!」

 

 少年は怒鳴りながら後ろを振り向いた。その時、彼の目には大男のある姿が映った。

 

「ダぁど、たあド……」

 

 そう言いながら、バーサーカーは少年の前に手を出していた。大きな手を少年に向かって伸ばしていて、バーサーカーの口角は少し上がっていた。

 

「—————たたド……、たあと」

 

 達斗(たつと)。バーサーカーはそう言葉にしようとしていた。言葉にならない声で、精一杯彼の名前を呼ぼうとしていた。

 

 学習能力のないバーサーカーがマスターの名前を覚えていた。それは狂化のスキルがついたバーサーカーにとっては異常事態とも言える。それだけではない。本来なら、頭に思い浮かんだとしても言葉にするという知能さえも失っているはず。なのに、彼はマスターの名前を呼ぼうとしていた。

 

 差し出した手は握手を求めている。バーサーカーはいつもより少し笑顔で、少年を見ている。

 

 それはきっとバーサーカーなりの優しさなのだろう。心の中にある『何か』に葛藤している少年の少しでも負担を和らげるための握手だった。

 

 だが、少年は—————

 

「—————いらないよ、そんなんっ‼︎」

 

 少年の小さな手で大男の大きな手を叩いた。乾いた音が夜の空気に響く。

 

 バーサーカーは悲しみを帯びた表情をしながら、少年に叩かれた手をそっとしまう。そして、くるりと回れ右をして、赤日山に向かう。彼の後ろには歯を食いしばりながらうつむく少年がいた。少年は決してバーサーカーを見ようとしない。

 

「—————お前だって、どうせ他人じゃないか」

 

 少年の悲痛な心の叫びがふと漏れてしまった。しかし、バーサーカーは言葉が分からない。振り向くなんてことはなかった。

 

 少年は何故かそのバーサーカーの行動を見て、胸が苦しくなった。行ってしまえと言ったのは自分なのに、その自分がまるでこうなることを望んでいなかったかのようである。

 

 本当は行ってほしくなかった。振り向いてほしかった。自分が必要な存在なのだと教えてほしかった。

 

 だけど、心の空回りで素直に言えなくて、結局のところ損をして。

 

 バーサーカーの後ろ姿を見ていて、少年はこう言えばいいのに。

 

 行かないで—————

 

 その一言で彼は救われることだろう。一人ぼっちな存在から二人ぼっちの存在へと成り変わる。

 

 だけど、言えない。それはただ単に恥ずかしいから。自分がバーサーカーを突き放したのに、その自分がバーサーカーを呼び戻すなんておかしいように思えた。おかしくなくとも、そんなことを少年はできなかった。自分は魔術師だから、とそんな変なプライドが邪魔をしていた。

 

 冷たい風が陸から海へと吹いている。その風に彼は冷やされてしまった。

バーサーカー(温かい存在)がいなくなって、彼の芯まで冷え切った。

 

 そして、その時、初めて少年は分かった。

 

 自分の望みは世界を壊すことではないのだと。本当はただ誰かが隣にいてほしいだけなのだと—————

 

 最初は壊すなんてことを言って誰かに見てほしかった。誰も見てくれない、自分は一人ぼっち。そんな孤独から少しでも逃げ出したかった。聖杯に願うものはそんなもので良かったはずだ。なのに、いつぐらいからか、自分の力を過信して本当に自分は強い存在なのだと思えてきてしまった。

 

 違う。彼は弱い存在なのだ。誰かが隣にいてくれないとすぐに倒れてしまうような弱い存在。

 

 誰かに見てほしい。誰かにいてほしい。自分を一人にしないでほしい。

 

 そう素直に言えず、少年はまた一人になった。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 密閉された空間の中で金属と金属が互いにぶつかり合う音が響いていた。鉄くずが地面には散乱し、足元には刃がそこらかしこに落ちている。その上で俺とセイバーはただひたすらに手に持つ剣を振り回していた。

 

「フンッ、ヤァッ!」

 

 セイバーは自分の宝具の剣(フロッティ)で飛んでくる鉄を叩き落としてはいるが、なんというかやっぱり剣技は下手くそである。こんな時に余計なことを考えているのもどうかと思うが、彼女は剣を扱うという意味での剣士ではなく、剣を鍛えるという意味での剣士なのだろう。

 

 だが、別にけなしているわけではない。むしろ、凄いとさえ思っている。

 

 俺は両手で持っていた剣を片手で握る。そして、腰に携えていた別の剣をもう片方の手で握った。一つはセイバーの宝具リジン。もう一つはアーチャーが使っていた、というより俺の家から勝手に持ち出した草薙の剣第二号である。両手に持っている剣はどちらとも彼女が鍛えた。つい先日のことである。俺がアーチャーのしっかりと鍛錬された剣術カッケェ〜って思ってたので、ノリでセイバーに二本の剣身の長さを一緒にしてもらった。

 

 その使い心地は申し分ないほどパーフェクトな出来前。握って剣を身体の前に出した瞬間、あっ、と身体が驚く。丁度いい重さ、しっくりと手に馴染む。まるで何十年も使い込んで、生涯を共にしているぐらい綺麗にはまった。

 

 剣先で弧を描くようにして自分に向かって放たれた剣を叩き割る。

 

 その時、直感的に感じてしまった。

 

「—————剣が輝いている」

 

 叩き割った剣の中からゆっくりと姿を現す鍛えられた剣は金属特有の光沢を満面に見せつけ、その振りやすさはまるで自分の身体の一部のようで、人を殺さぬため赤黒い血に染まることはない。

 

 剣という存在の最終形態のような姿である。そうふと感じたのだ。

 

 そして、また片方ずつ握られた剣で空を切り裂いた。グラムが放った剣はまた無惨にも壊されて地面にただの鉄となって落ちてゆく。

 

 その鉄くずの中で二本の剣を振る俺にセイバーは焦りながら声をかけてきた。

 

「イギャァァッ‼︎死ぬッ、死ぬッ‼︎」

 

 セイバーは必死に汗かきながら死に物狂いの形相で剣をただ闇雲に振り回す。緊張しているのか、それとも怖がりなのか分からないが、とにかくセイバーはお荷物になっていると確信した。

 

「セイバー、お前は自分の守りにだけ集中していてくれ。っていうか、それでも凄い心配なんだけど、大丈夫?」

 

「ダメに決まってるじゃないですか!やっぱりこんなの無理ですよ!見てくださいよ、この剣の数!」

 

 セイバーは指をさす。俺たちを囲むように剣は何百と展開されていて、地獄のような光景。三百六十度、剣先しか見えない。

 

「分かった。分かった。じゃあ、グラムには俺が切り込みに行くから、お前は俺の後ろにいろよ」

 

「わっ、分かりました」

 

 セイバーは俺の背中に自分の背中をつけ合わせる。

 

「じゃあ、行くからな。ついてこいよ」

 

 俺がそう言った瞬間、彼女向かって剣が飛んできた。彼女は悲鳴をあげながら、思いっきり自分の手に持つ剣をスイングさせて剣を弾き返した。

 

 のだが……。

 

 なぜだろう。俺の首筋に剣が当たっているのは。剣の刃が首に当たっていて、すぅっと首から血が一滴肩に向かって流れ落ちた。

 

「セイバー、お前の剣が俺の首に当たってんだけど、どういうことだよ。流石に俺がいるんだから、そんな大きく振るなよ。俺を殺す気かっ?」

 

「す、すいません!こ、怖くてっ‼︎」

 

「俺も怖いわッ‼︎」

 

 まったく、セイバーの下手さと実践慣れのしていなさには苦労させられる。しかも、グラムの攻撃から感じる圧倒的死の恐怖にまさかセイバーもビビるとは。

 

 だが、仕方ないっちゃ仕方ないのが現状だろう。だって彼女はアーチャーみたいに幾多の戦場を駆け抜けたこともなければ、鈴鹿みたいに人離れした剣技を習得しているわけでもない。ただの女の子なのだから。英雄の看板を背負わされている女の子なのだから。

 

 仕方ないっちゃ仕方ない。俺は男だから。か弱い女の子が背中で怯えていると、どうしても闘争本能というのか、生存本能みたいなのがフル活用できる。

 

「ムゥ、なぜか血が湧くな」

 

 武士の家系的にも俺はこういう性分なのだろう。めんどくさいと言いながらも、心の中では少しだけこんな状況を楽しんでいる。

 

 俺って狂人だなぁ。

 

 その時、アーチャーに一歩近づいたように思えた。

 

「こんな感じか—————?」

 

 両手に持つ剣を重力に任せる。両腕はぶらりと伸びきって、剣先は洞窟の地面に擦れる。息を吐いた。肺の中に溜まった空気を一旦吐き出して、新しい空気を取り入れる。

 

 アーチャーの剣術、まだ一回限りしかしっかりと見ていないけど、その一回は少なくとも俺とセイバーには濃厚な敗北の味を与えた。だからこそ、忘れられない。あの腕のしなり、スイングの速さ、体捌き、僅かに聞こえる呼吸音までも。

 

 剣が飛んできた。刺し穿とうとする剣を右手の剣で払う。続けざまにまた何本か剣を折った。

 

 足元には鉄くずが散らばる。暗い洞窟の中では煌めく美しくも危ない光である。

 

「足元、気をつけろよ」

 

「ハイッ!」

 

 俺の後ろにいるセイバーに声をかける。セイバーは背後から襲ってくる剣の群れを一人で対処していた。汗をかきながら、短い呼吸を幾多もして必死に剣を払い落としている。

 

「ヨウ、私は大丈夫ですから。先に行ってください」

 

 心配している俺に勘付いたのか、先に行けと急かしてきた。大丈夫かと声をかけようかと思ったのだが、頑張っている彼女に声をかけるのはどうかと思い、特に何も言わなかった。

 

 グラムとは五十メートルほど離れている。この距離だったらなんとかいけそうなものである。例え幾千もの剣が飛んで来ようと、所詮彼女は(グラム)を操るグラムでしかなく、言うなれば剣しか投げれない敵。攻撃パターンは投げるという一通りだけなため、それさえ対処できれば大丈夫なのである。

 

 今は彼女までの五十メートルには剣が俺たちの行く手を阻むように浮遊しているけど、それも壊せたらあとは倒すだけ。

 

「ぶった斬ればいいんだ」

 

 身体中の魔術回路を魔力が通るように開く。そして、魔力を全身に回す。手足の先まで力がみなぎってくるような感覚だ。

 

「—————解析(アナライズ)

 

 身体から大気中に向けて魔力を放出した。その魔力は俺の身体の一部のような状態であり、触れた物の物質構成、質量、密度、大きさ、色など何から何まで分かるのだ。といっても数値化するわけではない。ただ、感覚的にその物がどのような物なのか当てるだけ。

 

 正確ではない。だが、それでも今の俺には十分間に合っている。

 

「どこを壊せば良いのかすぐに分かる」

 

 俺は飛んできた剣の側面を左手の剣の先でコツンと叩いた。すると、俺を殺そうとする剣は目の前でパラパラと屑となる。

 

 俺はその要領で他の剣を片っ端から潰していった。ガラス細工のように簡単に壊せる。

 

 セイバーも俺のやり方を見ていて真似しようとした。きっと彼女もできるだろう。

 

 物には基本的に触れられただけで崩壊してしまうようなほど脆い点が存在することが多い。それは原子と原子の結合であったり、不純物が混じっていたりと、ある理由により極端に崩れやすい。そこを俺は突いていた。

 

 俺はできる魔術が強化と解析の二つあった。その内の一つである解析を使って、一つ一つの剣の脆いところをしっかりと突いていたのだ。

 

 セイバーにいたっては経験だけでやっている。それは鍛冶屋(セイバー)としての彼女だからこそできる芸当。目利き、空を切り裂く音などから判断しているのだろう。

 

 一歩一歩、グラムに近づく。その度にグラムの荒い息が段々と大きくなってゆく。

 

「なんで、何でお前らなんかが、私の力を凌駕するッ⁉︎」

 

「知るかってんだ。ただ、単調な攻撃すぎんだよ。もう見飽きたわ」

 

 また一歩一歩。着実に彼女との距離は狭まっていった。その距離は二十メートル。

 

 届く、しっかりと距離を詰めれば俺の剣が届くはずだ。きっとそれなら、彼女を確実に仕留めることができるはず。

 

 そう思って、降り注ぐ鉄くずを踏み潰してゆく。

 

 無限に現れる剣も対処方さえ分かってしまえばそう怖いものでもない。あとは根気だけである。

 

「来るなっ、来るなッ—————!」

 

 迫り来る死の恐怖を彼女は味わっていた。自分は悪くない。自分はこの腐った運命に巻き込まれただけであり、本当ならただの剣でいれたはず。神の気まぐれ、シグムンドの信念に携わりたくもなかったのに、そうしてしまったばかりに、今こうしているのだと。

 

 悪くなんかない。自分はただ運命からの脱却を願っているだけなのだ。

 

 だから、負けるはずがないのに。悪くないなら、負けるなんてことはありえない。

 

 負けない。でも、何故こうして自分の目の前にまで刃が迫り来ているのだろう。

 

 怖い、怖い、怖い。負けるというのが怖い。死ぬというのが怖い。

 

 何故恐怖を感じなければならないのか。その答えがまだ彼女は見つからなかった。だから、彼女はまだ運命が自分を弄んでいるのだと、そういうように処理をした。

 

 すると、どうであろうか。腹の底から溶岩のようにブツブツと煮え上がる音が聞こえるのだ。顔は赤一色になり、激昂してきた。

 

 全てを憎んでいる。ここまで彼女は聖杯を手に入れようと自分の力で頑張ってきたのに、運命は、人は、この男はその全てを破壊する気なのだと。

 

「嫌だ……」

 

 独り言のように小さな声で呟いた。歯を食いしばり、手をぎゅっと握る。現実を逃避する。

 

 だが、足音が聞こえる。自分(グラム)の残骸を踏みながら一歩一歩と段々と近づいてくる足音が。この空間の空気が彼女の心を揺らすように音を伝える。

 

 お前は負けろと、お前は死ねと、お前は終わりなのだと—————

 

「嫌だ」

 

 さっきよりもはっきりとした声。こみ上げてくる怒りが言葉に滲んでいた。息は荒く、握り拳からは血がポタポタと滴る。

 

 でも、声が聞こえる。二人が互いに協力しながら自分に近づいてくる音に。なんて仲が良いのだろうか。何故、同じ絶望の運命の中にいるはずなのにセイバーは笑顔なのか。どうして二人は自分の邪魔をするのか。

 

 自分は何がいけなかったの?

 

 そう自分に問いかけて、その答えが出てきた。

 

 その答えはとても現実的で、辛辣で針のように心を刺す。

 

 

 —————もう、死ねば?

 

 

 自分から諦めの言葉が出た。苦しみ、悲しみ、手を汚し、それでもここまで来た自分の苦労を奈落に捨てるような言葉。

 

 もう、彼女は耐えられなかった。

 

「嫌だぁぁッ—————‼︎」

 

 俺たちがあと数歩というところで、彼女は大声をあげた。耳を突くような高い声で怒りを表した。

 

 全てを否定する彼女。その彼女の無尽蔵な怒りはそのまま形となって具現化する。

 

 無数の剣が彼女の周りに現れた。それはさっきまでとは比較にならないほど多くの数であり、この洞窟を剣だけで埋め尽くすのではないかというほどだった。

 

 だが、驚くべきはその点ではない。幾万もの剣に囲まれた彼女の様子がおかしいのだ。まるで自我を失ったかのように、喚き声、呻き声をあげてもがき苦しんでいる。

 

「嫌ァ、嫌ァ、嫌ァァッ!」

 

 頭を抱えてのたうちまわる彼女。その彼女に俺とセイバーは恐怖を感じた。

 

「ヨウ、ここは一旦外に出たほうがいいのではないでしょうか?何か、物凄く嫌な予感がします。怖い、怖いです」

 

 セイバーの手は震えていた。

 

 俺はそのセイバーの言葉を信じることにした。

 

 俺とセイバーは急いで洞窟の外に逃げた。

 

「マァテェェ、マァテェェッ‼︎」

 

 のたうちまわるグラムは俺たちに手を伸ばす。だが、届くはずもなく、洞窟の中で彼女の叫び声だけが響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ、嘘だろ?」

 

 洞窟から出て、後ろを振り返った時自然と声が出た。

 

 ただ、足が震えた。そして、悟った。

 

 ああ、これは勝てないな—————


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