Fate/eternal rising [another saga] 作:Gヘッド
今回は作者の大好きなアサシンの好感度アップ回でございます。アサシン、可愛いですよ。
祠の方で戦闘が始まろうとしていた時、赤日山の方ではセイギがまた汗をかきながら何か作業をしていた。
「ふぅ、これで十二個。あと八個はあった方がいいかな」
左手で額の汗を拭う。彼の右手には木の枝が握られていて、その枝で地面に幾何学的な円を描いている。魔法陣のトラップである。もうすぐ来るであろうバーサーカーの戦力を少しでも減らすためのものだ。
「セイギー。まだ、あのお二人様は来ないわよ」
木の上にいるアサシンが下にいるセイギにそう伝えた。
彼女が乗っている木はこの山の中でも結構大きな木である。この冬の時期はどの木も葉を落としていて、その木も禿げていた。彼女はその禿げた木の頂点でバランスを崩す様子もなく、自然と大地の上にいるかのように立っていた。彼女と地面の差は七メートルくらいあり、命綱も何もないのでは普通の人なら怖気付くはずである。
セイギは高いところにいるアサシンを見上げる。
「ありゃ、僕にはできないなぁ。まぁ、やっぱり、木の上の方が安心するのかな?」
「呟いてるつもりでしょうけど、聞こえてるわよー。私の耳、普通の耳なんかじゃないんだから」
実は地獄耳なアサシンは十メートルほど離れていても、呟き声なら聞こえるのだ。普通の耳ではない彼女は得意げに笑うとまたバーサーカーたちがいる方向を見渡す。
セイギはそんな彼女を見て笑った。
「変わったよね。前なら、その普通じゃない体のことを笑わなかったのに、今のアサシンはそれを笑うなんて。前じゃ考えられなかったよ」
「今の私はもう色々と吹っ切れたの。もうどうでもいいの。私は私よ。やりたいようにやるわ」
強気な彼女を下から見ていたセイギは嬉しくも、悲しかった。前までのアサシンよりイキイキとしていて、美しい笑顔で笑うのに、どうしても悲しみを抑えきれなかった。
そんなセイギの様子を察してか、木から降りてきた彼女は彼にすり寄ってきた。そして、ギュッと力強くセイギを抱き締めた。
「ほら、悲しまないで。あなたが悲しそうな顔をしたら、私まで悲しくなっちゃう。だから、笑って。私はあなたの笑顔が好きだから。最後まで私には笑顔を向けていて」
彼はアサシンの胸に額を押し当てた。冷たい肌が彼の肌に触れる。胸の奥にあるはずの命の音が聞こえない。それでも、彼にとっては安心するものだった。冷たい肌が人肌に思え、聞こえない命の音が彼にとっては情熱的にビートを刻んでいる。
「ありがとう。アサシン—————」
セイギもアサシンの背中を撫でた。優しく撫でると、アサシンの抱き締める力が強くなった。
「苦しいよ……」
セイギは笑いながら、苦情を言う。
「ごめんなさい。でも、もう少しだけ……このままで—————」
「うん。別にいいよ。たださ……」
彼はアサシンの足元を指差した。
「魔法陣、崩れちゃうからそこには立たないでほしいんだけど」
指摘されてアサシンは自分の足元を見る。せっかくセイギが描いた魔法陣が少し崩されていた。
「あはは……」
言い逃れができないので、笑って誤魔化そうとする。セイギはそんな彼女を見て深いため息を吐いた。
「アサシンって、一個ぐらい頭のネジが抜けてるよね。実はセイバーとどっこいどっこいなんじゃないの?」
「そ、そんなことないわ。ちょっと、気が緩んでただけよ」
「本当に?まぁ、いいよ。あと八個ほど魔法陣を作れば、あとは居城にて待つだけだしね」
セイギの言葉をアサシンは鼻で笑う。
「居城?ここが?ここってただの小さい山でしょ?」
この小さな赤日山を居城と言うセイギ。しかし、それをアサシンは本気にしない。
セイギは指を立てて、横に振る。
「チッチッチッ。伊場の魔術工房をナメないでほしいね。確かに小さな山だけど、ここは丸ごと僕の魔術工房だ。まぁ、作ったのは叔父さんだからよく分かんない仕組みだけど、使っている以上、僕だって少しはこの山を魔術工房として使えるよ」
セイギは自分の凄みに陶酔するかのように胸を張る。そんな彼を見て、今度はアサシンがため息を吐いた。
「案外、セイギってヨウと同じくらい馬鹿なのも。いや、もしかしたら、ヨウよりも……」
「いや、それはないね。学校の試験や模試は基本的に負けたことはないよ」
「そういうことじゃなくて、その……、人として?」
「それは僕に対する侮辱?」
「そういうわけじゃないのよ?そういうわけだけど……」
セイギがアサシンのことを睨んでいると、アサシンはセイギから視線をずらした。その方向はさっき二人が通って来た道。
「近づいてくる。重い足音」
それはバーサーカーのことだろう。バーサーカーとそのマスターである家陶達斗がこの山に近づいてきているということだ。
「まだここから遠いし、歩くリズムもゆっくりしているから、まだ来ないでしょうけど、あと十分以内にはここに着くわ」
この静寂の夜が彼女の地獄耳の集音の能力を高めていた。本来なら他人の声や、雑踏の足音、家の中からする機械音でそこまでこの耳は働かないが、この市に張られている結界のおかげでその耳は上手く活躍している。
「良かったね。その機械仕掛けの身体が今は役に立っていて」
「何それ、皮肉?怒るわよ」
「あはは。ごめんごめん。でも、少しだけイキイキしてるから」
セイギがアサシンをからかって笑っていると、彼女は無造作にセイギの唇に自身の唇を重ね合わせた。不意の行動にセイギは驚いたが、その流れに身を任せた。
唇と唇が互いにまぐわい、より一層赤く染まる。ふっくらとした唇が撫でた。そして舌を相手の中に向かって伸ばす。横紋筋が相手の口内の全てを犯そうとばかりに動く。唾液は混ざり、吐息は相手に吹き込まれる。
夜の静寂の中に溶け込んでしまうような熱く、そして甘い接吻は彼らにとって一つの行為に過ぎなかったはずだ。アサシンの身体の魔力を補充するためであり、それ以外の何ものでもなく、決してそのキスには感情はなかった。
だが、それがいつからか二人の間に芽生えた。それは甘いキスとは裏腹に苦い想いでもあり、甘美で妖艶な夜には似合わない悲しみを二人に与える。
このキスに感情は必要なのだろうか、なかった方が良かったのではないかと考えながらも、今の自分たちがこうしてここに心通じ合っていることを喜びとすることに変わりはなく、あることを悔やむよりあることを喜ぶのが結局のところ二人の間の共通の思いであった。
辛く苦しいキスを何よりも続けたかった。この刻一刻と過ぎ行く時間さえも舐め回し、永遠というものをこの時間に濃縮させて全てを受け入れてさらけ出す。
その短くも長い不思議な時間を共有した行為から二人はゆっくりと離れる。舌と舌に互いの粘液が混ざった橋が架かり、そしてすぐに落ちた。
セイギはじっとアサシンを見て、甘い声でこう訊いた。
「—————魔力、吸わないの?」
その質問にアサシンは何処か大人びた対応をとろうとしていた。
「さぁ、どうかしら」
だけど、上手く返答できないからはぐらかすしか彼女にはできなかった。そして、セイギの顔を見れないのか、後ろを振り返る。
「今のはただのキス?」
セイギは彼女を呼び止める。
その呼び止めに彼女は後ろを振り向いた。もうその時の彼女はいつもの艶めかしく、どこか怪しげな姿をしていた。そして、人差し指を自分の中ふっくらとした赤い唇につけた。
「本気のキス、しちゃったら身体がとろけちゃうわよ」
アサシンはセイギにそう言い残すと、ふっと妖艶な笑みを浮かべる。だけど、セイギはその笑みに動かされず、ただずっと彼女を見ていた。
「僕にとってさっきのは最初で最後のやつだと感じたよ。身体の芯からとろけてしまうように。嬉しいよ」
「あら?そう感じたの?私にはそうは感じなかったけど。あなただけじゃないかしら」
アサシンはセイギを突き放そうとする。しかし、そんな彼女にセイギは変わらずの笑顔を見せる。
「だけど、僕はそんな真名のキャラを被ったアサシンを好きになったんじゃないんだ」
陸から海に向かって吹く風が彼らのいる赤日山を通り抜けた。その風は髪を靡かせ、目に乾きを与え、服の裾を揺らし、心を震わせた。
「僕が好きなのは、アサシンってクラスに似合わないような無垢で柔らかくて温かい笑顔をするアサシンだよ。僕はそんなアサシンが好きで、今のその笑顔は見ていて凄く胸が苦しくなる。無理をしている姿を僕は見たくない」
まただ。彼女はいつも彼に止まっていた時を動かされる。あの時死んだ命。これで三度目の現世。二度目のようなことは二度と起こさないようにと決めていて、だけどあのどうしようもない二人のためにアサシンの自分に戻ろうとして。
「アサシンは言ったよね。僕の笑顔が好きだって。なら、僕も言わせてもらうよ。君の笑顔が好きだ—————」
だけど、セイギはそんな彼女をいつも彼女でいさせようとする。それが辛いことだと分かっていても、それでもアサシンの彼女を否定して、その中にある醜く弱いアサシンを肯定する。
ああ、ダメだ。サビだらけ、潤滑油がなくて動かない彼女の機械の心が動き出してしまう。何にも動じない心が、生前の人の心へと変わってゆく。人殺しにまだ目覚めていなかった美しくも惨めなあの心になってしまう。
それはダメなんだ。この世に未練など残したくないのに。
「—————だから、僕には笑顔を向けていて。ほら、そんな顔をしないでおくれよ」
苦しい、辛い、痛い。変な気分だ。こんな気分はもう味わうことなどないと思っていたのに。
その変わらない彼女の好きな笑顔は機械仕掛けの暗殺マシーンな彼女を人に仕立て上げる。
「うぐっ……、うっ……」
嗚咽が漏れる。目から溢れ落ちるものはオイルでもなければ、返り血でもない。人の涙だ。
心の底からこんなに感情が溢れたことなど二度目の人生でも、此度の人生でもなかった。懐かしく、新鮮で、恥ずかしくも、喜ばしく、彼女が羽織っていたさっきのベールは脱ぎさられ、最後に残ったのは人であった時の一人の少女。
「……うんっ」
涙ながらに声を張り上げた。手で目をこすり赤く色付けながら、ぎこちなく、それでも美しい笑顔をセイギに見せつけた。
彼女は嬉しかった。ただ単に、自分という存在を見てくれたから。
嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて。
それ以外の感情などもう何もない。
ただただ、嬉しい。それだけだった。
好きとか嫌いとか、そんなんじゃない。
この人こそが、私にとって大切な
だからこそ、生まれる欲望。
彼女は彼と一緒にいたい—————
聖杯にそれを願えば叶うだろう。
だけど、それはできない。
だって、彼女は四人の中で一番のお姉さんだから。これで三回も人生を歩んでる。二回は失敗だったけど、最後の一回は素晴らしく充実していた。たった一ヶ月間の人生だけど、自分という存在を肯定できた人生だった。
セイバーたちに聖杯を譲る。
苦しくて、辛くて、彼の笑顔を見れるのはあと何回だろうかと数えてしまう。
セイギと二人で決めたことだけど、これだけは少しだけ駄々をこねてしまう。
だけど、ここでその邪念を断ち切る。
「セイギ、私はあなたのことが」
でも、きっと、この不条理で感情的な恋心は断ち切れない。
「—————好きよ。愛してる」
この恋慕の情は永遠に続くだろう。
だとしても、後悔はない。
やることはやった。あとはただ敵を狩るのみである。
その時、セイギはアサシンのその想いを踏みにじるかのように告げた。
「僕も君のことが好きだ—————」
ああ。ダメだ。
これはダメだ。そんなことを言ってはダメなんだ。
そんなことを言われては、諦めきれなくなってしまう。
「もう、バカ……」
その言葉はセイギに向けた言葉ではなかった。自分に向けた言葉だった。
セイギがこういう奴だと分かっていたのに。だけど、そんな彼に告白をして、彼に返答されて、スッキリするはずなのに苦しくなっている。
そんな彼に惚れてしまったバカな自分に向けた言葉だった。
なんでこんな若い子に惚れたのか。何度も自問自答して、答えは得られない。
得られたのは好きという想いだけ。
彼の少し男の子っぽい声が好き。彼の優しい目が好き。彼の黒い眼鏡が好き。彼の白い肌が好き。彼の考えている仕草が好き。彼の食べている姿が好き。彼の寝顔が好き。彼の私を呼ぶ時の顔が好き。彼の魔術に対する真剣さが好き。彼の仲間を思う気持ちが好き。
彼の怒っている顔が好き。彼の呆れている顔も好き。彼の私への笑顔が好き。彼の全てが好き。
好き、好き、好き好き好き。大好き。
「大好きッ—————!」
暗殺者、人殺し。それでも、彼女は一人の乙女なんです。誰かに見てほしい、肯定してほしかった。そして、愛してほしかったんです。
まぁ、まだ真名は分かりませんが、彼女はそういう人です。
せめて、第二ルートで悲惨な目に遭う彼女にはいい思いをさせてあげたいと思い、書きました。