Fate/eternal rising [another saga]   作:Gヘッド

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洞窟の中は

 暗い洞窟の中を進む。こんな時のためにと、一応小さな懐中電灯を持っていたので、その直線的な灯りのみを頼りにしてゴツゴツした地面を踏む。

 

「暗くて、気味が悪いですね。湿気が多くてジメジメしてますし、岩は所々尖っていて危ないですし」

 

「しょうがないだろ。だって、ここにいるかもしれないんだし、それを知るには調べるしかないんだから」

 

「私は信じていませんよ。大体こんなところにグラムがいるとは思えません」

 

 背後でグダグダと文句を垂れる彼女を無視して先へと進む。セイバーはムスッとしながらも、なんだかんだ付いてくる。

 

 それから少し歩いた。すると、洞窟の中に広い空間が見えた。その広い空間の真ん中からは何やら薄っすらとした光が見えていた。

 

 岩陰に隠れてその空間を覗いてみる。

 

 そこは地下空洞であった。神零山の中にこのような所があったのかと思ってしまうようなほど広かった。二十五メートルプールがまるまるすっぽりと入ってしまうかのようである。また、ゴツゴツしたその空間の奥の方に一つの()があった。どうやら人工の壇上のような場所で、壇には魔法陣が刻まれている。

 

 そして、そこに彼女はいた。

 

「いた。グラムだ……」

 

 グラムはその壇上のふちに腰掛けていた。じっと何も話すことなく、静かに誰かを待つようにそこにいた。冷たい目で自らの足先を見ている。遠くを見ているような虚ろな目をしていた。

 

 セイバーはそのことを知ると、俺のことを疑いの目で見る。

 

「本当ですか?」

 

「いや、本当だよ。嘘だと思うなら見てみろって」

 

 彼女も物音を立てないようにそっと岩陰から広い空間を見る。そして、数秒後彼女は俺の方を向いた。

 

「いました」

 

「いや、だから言ったじゃん。お前、本気で信じてなかったろ」

 

「だって、ヨウのことですから嘘ついてるとか考えられますし」

 

「おい、今日の午後に言った言葉を忘れたのか?信じるって言ったよな?」

 

「ヨウの信用度は基本的にゼロですよ」

 

 うぐっ、結構キツイ言葉だ。今の棘は俺の胸に深く突き刺さったぞ。グサッて音が耳に聞こえたからな。

 

「あ〜、もういいや。そんなんで一々悲しがっていられるかってんだ。よし、行くぞ。グラムと対面だ」

 

 俺が岩陰から姿を現そうとしたとき、セイバーは俺の手を掴んで引き止めた。

 

「待ってください、ヨウ。まだ早いです」

 

「早い?何がだ」

 

「本当にセイギを待たなくていいんですか?私たちでグラムを倒せると思いますか?」

 

 セイバーの手は少しだけ震えていた。小刻みに揺れる手は心の揺れ。

 

「お前、ビビってんのか?」

 

 俺がそう訊くと、彼女は顔を赤くした。視線をずらして、独り言のように呟いた。

 

「は、恥ずかしながら……」

 

 やはり口ではどうこう言っても、彼女は普通の女の子なのだと思う。グラムは言うなれば絶対的な死を与える者と言っても過言ではない。事実、彼女の父親であるアーチャーが全てのステータスをMAXにしても殺せなかったのだから。

 

 まぁ、確かにあれは、本当にグラムが勝ったのかと言えば難しい話であることも確かではあるが……。

 

 だが、しかし、結局のところ、セイバーはアーチャーが負けるという現場をその目でしかと見た。つまり、彼女にとってグラムという存在そのものこそ何よりの恐怖なのだ。

 

 今まで強がって俺の前に立っていた彼女でも、こればかりはどうしようもできないのだ。一人ではグラムという存在の前に堂々と立つことができないのである。

 

 怖いから。

 

 英霊がそんなことを言っては誰もが幻滅するだろう。でも、実際そうなのだ。足がすくんで、手が震えて、心臓がバクバクして、涙が溢れて、死を実感してしまう。

 

 英霊でも人間だ。誰にだって死の恐怖はある。いや、死の恐怖ではなくとも、その人にとっての恐怖はある。その前では彼女も立てない。

 

 でも、今は俺がいる。彼女の隣に俺がいる。俺が彼女の背中を叩いて、鼓舞して、一人じゃないってことを教えてあげるんだ。

 

「大丈夫。俺がいるから」

 

 俺が彼女に声をかけると、彼女は呆気にとられたように唖然としていたが、ふっと笑顔を作った。

 

「そう言われると、頑張らないと……。でも、嬉しい」

 

「ああ、そうだな」

 

 俺は彼女の手を引いて岩陰から姿を現した。壇上の上で座っていたグラムは俺たちを視認すると、ゆっくりと立ち上がった。

 

「来たか」

 

 まるでグラムが俺たちの到着を待っていたかのようなセリフ。戦闘態勢というわけではないものの、棘のように鋭い目は以前として変わらず、変なことしたらすかさず殺すといった具合。つまり、油断は禁物ということ。

 

 言葉を選びながら彼女に質問する。

 

「なぁ、グラム。そのぉ〜、お、俺たち、何で来たんだっけ?ここに」

 

「は?何を言っている?お前がここに来いと指示したのだろう」

 

「いや、そうなんだけどさ。その、何?セイバーに頭叩かれて記憶が抜け落ちたっていうか何というか……」

 

 変なでまかせを言っていたら、隣からも鋭い視線が来ていることに気付く。あっ、なんか痛いぞ。

 

 グラムはあまりにも馬鹿な俺の質問にクスリと笑う。突拍子もないことだからか、彼女のツボにはまったようだ。

 

「ヨウ、お前はやっぱり馬鹿だな」

 

 グシャッ。

 

 俺の心が象の足のようなもので踏みつけられた音がした。今のは大ダメージである。結構精神的にキツイ攻撃だ。

 

「……グスン。もうダメかもしれない」

 

「本当に馬鹿だな」

 

「グハッ、もう無理」

 

 時速六十キロのストレートパンチが自分のみぞおちに美しく決まったようである。息をするのが苦しい。もはやこれまでか。

 

 俺が精神攻撃に揺らいでいると、セイバーが白い目でじっと見てくる。

 

「あの、ヨウ、しっかりしてください。というか、ちゃんとしてください」

 

「あっ、はい。しっかりします」

 

 セイバーの一言でお遊びモードはおしまいにする。だが、対するグラムはまだツボってるようである。

 

「あれ?今の面白かったの?」

 

「い、意外と……。ブフッ!」

 

 身体がプルプルと小刻みに震えている。どうやら本当にさっきの馬鹿みたいな話でツボったようである。何がどう面白かったのか分からないが、若干引いた。彼女の沸点がおかしいのだと理解しようにもしきれない。

 

「案外俺の精神攻撃が決まったかも」

 

「ヨウッ!しっかりしてください!」

 

 セイバーに喝を食らう。隣で物凄い剣幕で睨んでいるので、変なことはもう何も言う気はない。というか、言えない。

 

「お前たち本当に知らんのか?」

 

「三歩歩いたら頭の中はすっからかんな人種ですのでねぇ」

 

 グラムは人差し指を立てた。すると、その指の上にグラムと同じ形状の剣が異界から呼び出される。そして、彼女は指をひょいと俺たちに向けると、その剣が飛んできた。俺は腰に差していた剣を抜き、その剣をいなす。剣はそのまま俺の首の横を通り岩肌に突き刺さった。

 

「私をここに呼んだのは誰だ?」

 

 どうやら俺が彼女を呼んだのでないとバレてしまったようである。

 

 セイバーは俺の隣でこっそりと呟く。

 

「ヨウが変なこと言うから……」

 

 なんとまぁ、俺のせいにされてしまった。別にこの際は俺のせいにされてもどうだっていいんだけど。

 

「セイギがお前を呼んだんだ。バーサーカーとお前を引き離すためだってさ」

 

「じゃあ、私はお前の幼なじみにそそのかされたということなのか?」

 

「そそのかされた?……まぁ、そういうことになるのかな。でも、俺やセイバーは何でお前がここに来たのか、おびき出されたのかを知らない。教えてくれないか?」

 

 俺が素直な気持ちで質問すると、当の本人のグラムは何やら言うことを躊躇っている。

 

「あ〜、その〜、てて手紙を渡されて……」

 

「手紙渡されて?」

 

「……聖杯をあげるって」

 

 彼女のその答えに俺たちはぽか〜んとするしかなかった。意表を突かれたような答えはリアクションをとる時間を俺たちから奪い取っていった。そして、二人がやっとの事で出した返答は……。

 

「馬鹿だろ」

「馬鹿なのですか?」

 

 グラムのあまりにも馬鹿げた理由に対する返答にはその一言しか似合わなかった。そして、二人はそれ以外の返答を見つけることもできず、シンクロしてしまった。

 

 いやいや、耳を疑ってしまうほど驚きの情報である。聖杯をあげると言われてここに来たというのだ。嘘だろうと誰もが思うかもしれないし、聞いてすぐ俺もそう思った。しかし、赤面している彼女を見て、どうも嘘ではないらしい。だからこそ、さらに俺の頭の中がこんがらがる。

 

 グラムは実は良い子なのかもしれない。いや、良い子というよりも、無垢と言った方がいいだろう。人を疑うということを知らないのだ。魔剣などと言われていても、当の本人は素晴らしいほどに汚れていない。

 

「少しは人を疑えよ。だって、聖杯をあげようかなんて言ってる奴なんか、百パー信用できねぇだろ」

 

「そ、そんなことないだろ。もしかしたら、くれるかもしれないじゃないか!」

 

 ダメだ。彼女と言い争いをしていたら、俺が悪者みたいにされそうだ。やっぱり彼女は根は良い子なのかもしれないが、だからと言って俺が悪役になるわけにもいかない。

 

「なぁ、グラム。もう少し悪者っぽいセリフを頼むわ。俺が悪者みたいだし……」

 

「ヨウ、何言ってるんですか⁉︎普通、緊張する場面ですよ!」

 

「わ、悪者っぽいセリフか?こ、こんのっ、あんぽんたんっ!」

 

「グラムも乗らないでください!ヨウがニタニタしてるじゃないですか!」

 

 めちゃくちゃ楽しいです。いやぁ、やっぱり無垢な子ほど扱いやすいものはない。

 

 ダメだダメだ。今は最終決戦の最中だぞ。もしかしたら、セイギたちはもうバーサーカーと戦闘をしているのかもしれないのだから。

 

「なぁ、グラム。お前は何を望むんだ?」

 

 ずっと前から気になっていた。グラムは聖杯に何を望むのか。

 

「何を急に……。ま、前にも言っただろう?」

 

「ああ、聞いた。だけど、もう一度聞きたい。お前は何を望んでいるのかって」

 

「……破壊だ。殺戮だ。殲滅だ。生命というものを悉く潰すことこそ、私の願いだ」

 

 やっぱり彼女はお決まりの言葉のように物騒な言葉を口にする。大方それは予想通りだった。

 

 だからこそ思う。彼女は本当に可哀想な奴だと。

 

「良い奴だよな。お前って。セイバーが俺のサーヴァントじゃなかったら、お前みたいなのが俺のサーヴァントであってほしいって思うよ」

 

「何を言っている……?」

 

「普通にお前の望みを聞いた俺の感想だよ。人を殺すだの何だのと口で言いながらも嫌そうな顔をしているお前は良い奴だなってことだ。優しいんだな」

 

 彼女にそう語りかけると、彼女の癪にさわったのか、彼女は三本ほどまたさっきと同じ形状の剣を俺に向かって放つ。だが、放たれた剣は直線的にしか俺に向かってこない。

 

「そんな剣なら簡単に叩き落とせる」

 

 俺はその放たれた剣の描く線の延長戦に合わせるようにタイミングよく剣を振った。すると、飛んできた剣はガラス細工のように砕け散る。

 

 彼女の剣はあまりにも人を殺したいという殺人願望がなかった。この刃のある剣を向けるということは人を殺すということである。それがどのような過程であれ、何かその人を殺すという理由があり、それこそ殺人願望の元なのだ。怨みも、道楽も、気紛れでも、それで刃を他人に向けたら殺人願望となる。

 

 しかし、彼女はその殺人願望がない。そもそも刃を向けるということ自体が嫌悪しており、剣先を向けたくないのだ。なのに、彼女は剣を俺に放った。それは心と行動が矛盾している。

 

「嫌がってんのに、何でお前はそんなことをするんだよ」

 

「嫌がってなどいないッ!」

 

「じゃあ、何で声を荒げんだよ」

 

 ムキになったグラムの様子を見て誰もが思う。彼女は本当に優しい奴なのだと。

 

 それはもちろんセイバーも例外ではない。セイバーも気付いた。彼女は魔剣と呼ばわれ、善の存在ではなく悪の存在だとされてきたが、本当に彼女は悪なのだろうかと疑問を抱く。

 

 セイバーはグラムの方を見ていられなくなった。苦しくて、自分の胸ぐらをギュッと右手で握った。

 

 悪でないなら、何故グラムは自分の親を殺したのか。そもそも、アーチャーは死ぬ意味があったのか。グラムの善悪について矛盾が生まれれば、アーチャーの死にも矛盾が生まれる。

 

 グラムには悪の存在であってほしかった。それがセイバーの率直な思いだろう。だからこそ、目の前の現実が苦しいのだ。

 

 俺の目の前にいる髪の色だけが違う瓜二つの少女二人は互いに運命に翻弄され、目の前の現実に苦しんでいる。人を殺した罪悪感に苛まれ、自分が苦しみ意味を苦し紛れに探している。

 

「お前たちって似てるよな。地獄みたいな運命の中にいるってことに」

 

「私とこの剣をろくに振れないこの名ばかりのサーヴァントがか?」

 

「そうだよ。お前たちに似てるよ。外見だけじゃなくて、中身も。基本的に全てが瓜二つだ」

 

 だけど、今、彼女たちは対立している。それはなぜか。

 

「ただ、一つだけ違うとすれば、それはその地獄みたいな運命に抗ってるかそうでないかってことだ。セイバーは抗ってるさ。サーヴァントを殺さなきゃいけない運命の輪の中にいるのに、セイバーはそれに抗って殺そうとしない。だけど、お前はどうだ?殺しが本当は苦しいって言いながら、殺してるじゃねぇか。ライダーとアーチャーを」

 

「違う!あれは、私が聖杯を掴むために……」

 

「じゃあ、何でセイバーは聖杯を掴もうとしていながらもライダーを殺さなかったんだ?」

 

 二人の違い。それはこの世界で殺したか、殺していないかという違いだ。そこに決定的な違いがある。殺すのが嫌なら嫌でいい。ただ、グラムはその嫌な気持ちを聖杯が欲しいがために無視していた。

 

「—————嫌なら嫌でいいじゃねぇかよ。人を殺したくないのなら殺さなきゃいい。聖杯を掴むからって、殺す必要はねぇだろ!」

 

 俺の言うことはもしかしたら矛盾しているのかもしれない。聖杯を掴むからといって、殺す必要はない。それは本当にそうなのかはサーヴァントでない俺にはわからない。

 

 サーヴァントたちには他のサーヴァントとの戦闘欲求のようなものが本能のように備わっていると聞いたことがある。だから、戦闘は起きるだろう。そしたら、きっといつしか殺すという場面に出くわす時ももちろんあるだろう。

 

 だが、俺が言いたいのはそういう問題じゃない。

 

 俺は心臓のあたりを右手で叩いた。

 

胸の奥(ここ)だよ—————」

 

 殺したくないという欲求ではダメだ。志でなければ。時と場合によって、そうしないといけない時もあるけど、それでも殺さないという強い志を持たなければ、きっとダメなんだ。

 

 セイバーは剣を鞘から抜いた。そして、自分の腰のあたりで構えると、力強い声でこう言った。

 

「私はっ、この腐った運命に抗い続ける!決して人を殺さない!決して挫けない!決して後ろを振り返らない!決して疑わない!私は強い‼︎だって、私は月城陽香のサーヴァントだからッ‼︎」

 

 セイバーは少しだけ震える唇をギュッと噛んだ。そして、真っ直ぐ前を見た。

 

 彼女は覚悟した。これは忌まわしき運命との最終決戦なのだと。

 

 グラムはセイバーの言葉に激昂する。

 

「—————そんな綺麗事、口でしか叶えられん!」

 

 太鼓の音のように、花火の音のように自分の心臓の音を打ち消すかのごとく大きな声だった。その彼女の怒号はこの閉ざされた空間の中で反響した。空気がぐらりと彼女の方に傾いたように感じる。

 

「私だって、できるならそうしたい!でも、そんなことしても、私は望みを叶えられるわけじゃない!だって、私はセイバーという(クラス)の半分で、本来は宝具。そんな私に聖杯の願いを叶える権利など無いに等しく、私が聖杯を掴んでも、どうせ叶えられる願いは私のじゃなくて、シグルドの願い!なら、セイバーを殺さなきゃダメじゃないか!そしたら、セイバーを守ろうとするアーチャーも殺さなきゃダメじゃないか!結局、私は魔剣ってことを認めなきゃ、本当の望みなんか手に入らないんだ‼︎私には人殺ししか、願いを叶える道はないんだっ‼︎」

 

 彼女は手を掲げた。すると、背後から無数の剣が現れてくる。それを見て、俺も戦闘態勢にはいった。

 

「私は私だ!自分の信じてきたやり方で望みを叶えるッ—————‼︎」





セイギ:今回は出番なかったね。まぁ、戦闘しないなら、出たくないけど。

アサシン:大丈夫よ。私たち、次は出るから。

セイギ:やっぱり戦う?

アサシン:そこは作者に任せましょう。ね?

セイギ:ああ、これはダメなやつだ。

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