Fate/eternal rising [another saga]   作:Gヘッド

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神を殺すことになろうとも

 十一月の下旬、少年は孤児院の床に巨大な絵を描いていた。直径大人一人分の大きな円、その円の中にまた円と文字を描いてゆく。白いチョークと時代がかった古めかしい本を手に持ち、本の中身と自らが描いた円とを見比べていた。

 

「よし、これでいいかな」

 

 少年は立ち上がり、描いた円を全体的に見る。

 

 これは魔法陣。聖杯戦争に参加する権利を得るための唯一の手段であり、地獄の中に自ら足を踏み入れる儀式。たった一つの叶えたい望みのためだけに全身全霊命を懸けて挑む戦いへの第一歩。

 

 彼は古書を見ながら、用意してあった触媒を魔法陣のなかに投げ入れる。投げ入れたのは瀝青炭。投げ入れたあとの少年の手は少し黒い煤が付着していた。

 

 全ての準備が整い、少年は古書の召還の呪文を読み上げる。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。

 祖には四鬼従えし藤原千方—————」

 

 詠唱は続く。淡々と静かな月夜に読み上げる死地への一歩に応じるように魔法陣が光りだした。その魔法陣を中心とするように旋風が巻き起こり、孤児院の礼拝堂の扉や窓がガタガタと音を鳴らす。

 

「—————誓いを此処に

 我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者—————」

 

 少年はそう口にしたあと、詠唱が止まり考え込んだ。

 

 このあとの詠唱にある一節を加えるかどうかだった。それは召還するサーヴァントのクラスをバーサーカーにするか否か。

 

 少年はまだ魔術を使えるようになってから間もない。魔術に対して才能があろうと、自分の叔母である市長ほどの力を持たないだろうと彼は幼いながらも理解していた。だから、そんな自分が召還したサーヴァントは果たして自分の言うことを聞くだろうか。

 

 また彼には夢があった。それは途方も無い、現実性のない夢。聖杯で叶えられるかもわかない夢。

 

 全てを壊す。それが彼の夢だった。

 

 自分の未来を否定した現実を否定する。その思いだけを彼は胸に抱きながら聖杯戦争に参加する。

 

 その夢に一番近いクラスがバーサーカーだった。バーサーカーとは狂戦士。破壊の権化と言っても過言ではない。

 

 自分が召還するサーヴァントをバーサーカーにすれば、自分の言うことに従わないことはなく、夢に一番近づける。

 

 しかし、懸念する部分もある。それは魔力供給という面においてだった。彼はまだ齢十歳。例え魔術において才能があろうと、彼の魔力量は見習いの魔術士程度のもの。ただでさえ他のサーヴァントを従えるにしても大変なのに、その何倍もの膨大な魔力を消費するバーサーカーを召還するのは現実的でない。召還しても聖杯を得ることはできないだろう。

 

 だが、少年はバーサーカーを召還することを選んだ。

 

 何故か。それは召還するサーヴァントの生前の行いに何か彼は親近感を覚えたからだ。

 

 全てを破壊し、全ての生命から憎まれ、それでも現代まで名を残している大反英雄。まるで自分がそうなりたいかのような憧れの思いを向けて彼はその英霊を呼び起こす。

 

「—————されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。

 汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者

 汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ—————」

 

 詠唱し終える。彼の目の前にある丸い魔法陣がさらにより一層強い光を放ち始める。魔法陣から途轍もないオーラを感じる。それはまるでこの世のものではないような尋常じゃない雰囲気。きっとこんな経験を人生で一度でも味わう人は極少数であろう。

 

 その光景を少年は絶句してみていた。本当にこんなことがあるのかとこの儀式を行った自らが驚いている。

 

 だが、少年はそのあと笑った。英霊召還が成功したと確信したからだ。

 

 そして、その確信は現実のものとなる。彼が描いた拙い魔法陣の発する光が最高潮に達した。その光は太陽の光と同じくらい、いや、それ以上の眩く強い光だった。

 

 あまりにも強い光に彼は思わず目を瞑る。

 

 光が段々と弱まってきた。礼拝堂の扉や窓が揺れる音も止んできた。中心に向かって吹きつける旋風は薄れてきた。

 

 静寂という言葉が似合う空間。音も何も聞こえない。礼拝堂には月の明かりと何本かのロウソクの灯火だけが照らす。

 

 その中で彼は聞こえた。

 

「■■■■■■■…………」

 

 獣のような唸り声。建物の壁にその声が当たり、その空間全体に声が響き渡った。

 

 少年はゆっくりと目を見開いた。その瞳には一人の大きな男が映った。

 

 二メートルを優に越すその巨体。黒炭にも負ないような黒い肌。野獣の如き強靭な力を見せつける丸太のような腕。全てのものを掴めそうな大きな手の中にはその巨体に勝らずとも劣らずの赤黒い大剣。

 

 その巨体の上に乗っかっている頭に付いた目玉がぎょろりと少年の方を向く。その威圧的な風貌に少年は少し怖気付くが、こう尋ねた。

 

「お前が、バーサーカーか—————?」

 

 額から冷や汗が流れ落ちる。恐怖を感じながらも、じっとその目を見つめていた。

 

「■■■■■……」

 

 理性のないバーサーカー。しかし、少年の言葉に応えるようにバーサーカーは声を出した。

 

 ため息のような声。実際、もしかしたら、ただ息を吐いただけなのかもしれない。だが、バーサーカーの目もじっと少年を見ていた。

 

「そう、そうか。召還に成功したのか」

 

 彼は笑った。高らかに、そして朗らかに。

 

 嬉しかった。自分の呼びかけにこの英霊は答えてくれたのだと思えたからだ。

 

 ああ、この世界を壊したいと思うのは自分一人ではないのだと知れたことが彼にとって救いであった。

 

「—————スルト。またこの世界を壊してくれよ」

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 神零山の中を歩き続けて十分ほど。段々と息が切れてきた。

 

「ハァ、疲れたわ」

 

 膝に手を置き、切れた息を整える。その様子を見て、セイバーは首を傾げた。

 

「そんなに疲れますか?まだ十分や二十分ほどしか歩いてないですよ」

 

 セイバーの息は全然乱れていない。流石、山で生きてきた山ガール。これぐらいのことでは息も切れないか。

 

 生前、セイバーは山に住んでいたため、山の中を歩くというのは彼女にとって日常行為なのである。だから、舗装されてある平らな道ばかり歩いている俺のような現代人の身体の弱さを彼女は持っていない。そのため、余裕綽々とこの舗装されていないデコボコの山の中を歩くことができる。

 

「あのな、時には相手のことも考えることが必要だぞ」

 

「え?私、何か不謹慎なこと言いました?」

 

「そういう無自覚な所が一番の罪だと分かって言ってるのか?」

 

 セイバーは人のことをまったくもって考えてくれないから困る。これは彼女の潜在的な人柄などではなく、きっと生前に他の誰かと関係を結ぶということをしてこなかったせいだと思いたい。

 

「それより、私たち、どこに向かって歩いているんですか?本当に祠に辿り着けるのですか?」

 

「ああ、そこらへんは心配ご無用。何度も来たことあるから間違えやしないって」

 

「嘘つかないでください。そう言いながら、さっきは全然違う場所に辿り着いたじゃないですか」

 

「い、いや、あれは見当の一つだよ。この先に、もう一つ見当のつく場所があるから」

 

 セイバーは疑いの目を向ける。しかし、しょうがない。俺だってここ最近、ろくにこの辺りを散策していなかったのだ。大まかなルートは覚えてはいるが、そんな細かいところまでは覚えてなどいない。

 

 それからまた少し歩くと、目星のつけていた場所が見えてきた。

 

「セイバー、あそこだよ」

 

「あそこって……、ただの洞穴じゃないですか」

 

 俺が指差した場所。そこは見た目ただの洞穴である。高さ、横幅ともに二メートル弱ほどの入り口が岩壁の裂け目のようにできている。

 

「ここが祠だと言うんですか?」

 

「ああ、そうだ。以前、俺がこの穴の中に入ろうとしたら、鈴鹿にめちゃギレされたんだよ」

 

 鈴鹿がこの穴に俺を近づけなかったという理由は確信が持てるレベル。彼女は俺をなるべく聖杯戦争に参加させたくなかったのだから、俺をこの穴に近寄らせないということは、まるでこの穴が聖杯戦争に関係しているものだという証拠ではなかろうか。

 

「……そ、それだけが理由ですか?確かに、それは一つの理由かもしれませんが、間違っている可能性もありますよ。洞窟は危険な生物とかいて危ないですし、とがった岩とかも危険です。だから、鈴鹿さんは止めたということもありえます」

 

「いやいや、それだけじゃないんだよ。今は季節が冬で分かりにくいかもしれないけど、夏の季節、ここらへんは木が鬱蒼と生い茂るんだ。すると、どうだ?身を隠す役割になると思わねぇか?」

 

「ああ、確かに。ここはそもそも人がそう立ち入る場所ではないですし、それに木が生い茂っていたら誰も来ませんね。でも、それは夏の話ですよね?冬はどうなんです?木の衣は剥げて、この洞窟の穴を隠すなんてことはできませんよ」

 

 むっ、それもそうである。言われてみれば確かにそうだ。夏は隠せても、冬は葉は木から落ちるのだから隠すものなんてない。

 

 ……あっ。

 

「あれだろ。やっぱ、山に登るのは冬より夏の方がいいじゃん?」

 

「え?何ですか?その訳のわからない安直な理由は」

 

「簡単なことだよ。山登りっていったら夏じゃん?だから、冬は誰も登らないよ!」

 

「いえ、ヨウ、私たちがここにいる時点で説得力ゼロです」

 

「ですよね〜」

 

 あっ、どうしよう。もう何も言えないわ。俺が見当してた理由はこれくらいだし、その全てに難癖を付けられてしまってはどうしようもない。

 

 何も言い返せない俺を見て、セイバーはこう尋ねた。

 

「……えー、他に目星のついたところはないのですか?」

 

 もちろん、目星のついているところはもう何箇所かある。しかし、そこのどれもが祠の場所として怪しいかというとビミョーなところだ。ここの洞穴ほど怪しいと思えるところは他にはない。

 

 セイバーは他のところへ行こうと歩き出した。

 

「よし、入るか」

 

「ええっ⁉︎入るんですか?」

 

「そうだよ。ここが一番怪しいと思ったんだ。そこを調べずに行くなんて悔しいじゃねぇか!」

 

「結局感情論なんですか⁉︎」

 

「YES♪」

 

 俺は彼女にそう言い残すと洞窟の中へ入って行く。

 

「ええ〜。本当に入るんですか〜。洞窟かぁ、なんか嫌だなぁ」

 

「お前、生前の記憶がトラウマで嫌がってるだけなんじゃねぇのか?」

 

「うぐっ⁉︎そ、そんなことないですよ!」

 

「よし、じゃあ、行くぞ」

 

「あっ、待って下さい〜!」

 

 セイバーも俺の後に続いて洞窟に入っていった。

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 バーサーカー陣営とアサシン陣営が無人の街中で戦闘をしている頃、あの金ピカのアーチャーはある場所へと向かっていた。

 

 地鳴りのようなけたたましい咆哮が聞こえた。

 

「物凄い雄叫びですな。この街に結界が張られているといえども、この大きさでは隣町や結界無効の土地に聞こえてしまうのではないのか?なぁ、ハルパーよ」

 

 隣にある車に向かって声をかける。高そうなオープンカーに乗っているハルパーは怠そうにしながら扉にひじをかけた。

 

「お前はなんでここにいるんだ。さっさとガイアだかアラヤだかなんだか知らねぇが、ここから出て行け」

 

「なんと無礼な。余、王ですぞ?」

 

「王だろうと何だろうと、お前がここにいると邪魔だ。気が散る」

 

「む?ハルパーよ、何処へ行くのか?」

 

「結界の補修をしに行くんだよ。まったく、一年に一度しっかりと結界の綻びを直さないと結界そのものが壊れてしまうから直さないといけないんだ。そんな時にお前とばったり会ったんだ」

 

 ハルパーはふところから懐中時計を取り出して、今の日時を見る。

 

「もうこんな時間か。お前と話していると時間を食うな。これだからサーヴァントは嫌なんだ—————」

 

 ハルパーはため息をアーチャーに見せるようにわざと深く吐く。嫌そうな目でアーチャーを見るが、アーチャーは楽観的に捉えているのか笑顔のままだ。

 

「ハッハッハッ!まぁ、そう嫌な顔を余に見せるな。余の前では基本的に笑顔が義務づけられているはずだが?」

 

「そんなこと知るか」

 

「じゃあ、これからだ。これからそうしよう」

 

 突飛なことを言うアーチャーにまたハルパーはため息を吐く。

 

 しかし、アーチャーはそのあとすぐに険しい顔をする。

 

「まぁ、それはいいのです。それよりも、あのヨウという少年についに神の手が伸び始めましたぞ」

 

「だから、そんなこと知るか。俺はこの監督役ではあるが、別に参加者が死のうとどうってことない。むしろ、このクソッタレな聖杯戦争なんて終わってほしいほうだ。魔術の秘匿が危ういじゃないか」

 

「とかなんとか言いながら、実際はちょこちょこと参加者のサポートをしていることぐらい、余、知ってますぞ。この市の一番高いビルからずっと見回しておるので」

 

「アーチャーめ。目が良いからって何でも見ていいわけじゃないぞ」

 

 ハルパーは右手で車のギアをガチャリと変えた。エンジンの音が露骨に鳴り響き、排気装置から煙がゆらりと出始めた。

 

「一つだけ、一つだけだが忠告しておく。お前、これからツクヨミに会いに行くのだろう?それは止めておけ。お前はどうせこの聖杯戦争にはなんら関係のない英霊だ。この聖杯戦争のドス黒いところに触れない方がいい」

 

「ドス黒いところとは?」

 

「さぁ、俺が知るか。だが、神が何のためだが、この聖杯戦争を弄んでいる。だから、止めておけ。これ以上お前が下手に触れたらどうなるか分からん。お前はどうなってもいいが、この街の人たちにまで手を出すな」

 

「ヤケにそこを強調しますね」

 

「当たり前だ。俺たちは魔術師であろうと、英霊であろうと所詮は人間。神の域に俺たちが介入してはならない。介入したらどうなるか分かるだろう?」

 

 アーチャーは握り拳を作る。強く握り、爪は手のひらに食い込んでいた。

 

「—————天罰、ですかな?」

 

「そんな所だ。だから止めておけ。それでも神に接触するのなら、迷惑のかからないようにしろ。俺が言いたいのはそれだけだ」

 

 ハルパーは車のアクセルを踏んだ。機械の車はただ前へ進みだした。

 

 歩道に一人アーチャーは残された。彼は空を見上げ、胸に手を当てた。

 

「神よ、これがあなた様の天罰なのですか。欲にまみれ、あなた様を裏切った余への試練はこの地獄から全てのものを救うことなのでしょうか。余を王として試しているのでしょうか。王であるなら、この聖杯戦争の裏に隠された地獄からあのヨウという少年を救うのが余の責務なのでしょうか」

 

 アーチャーは夜空に向かって尋ねる。しかし、夜空はその問いに答えることはない。冬の風が吹いただけだった。

 

 彼はまたゆっくりとだが歩き出した。その足を止めはしない。それが神の試練だと思えるから。

 

「余はあなた様の期待に応えましょうぞ。ああ、それが例え、ツクヨミを殺すことになろうとも—————」


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