注意:アニメオリジナルカード、完全オリジナル
始めは
アクション・デュエルの構成難しい。お互いに使うカードが数枚増えるわけだから、当たり前といえば当たり前なんですけども。
シンクロ次元とスタンダード次元は、文化が根本的に違う。それが最も顕著に表れているのは、やはりデュエルだろう。古代エジプトにおける魔術師の決闘を起源とし、時代と共に独自に進化を遂げたのだ。
デュエルの形式が異なれば舞台も異なってくる。
舞網市のデュエルフィールドは、例えるなら運動場。地形は質量を持ったソリッド・ビジョン――“アクション・フィールド”によって様々に変化するため、広いこと、そして何より“何もないこと”が求められる。
対してここ、シンクロ次元におけるデュエルフィールドは文字通りレース場。中央にスタンディング用のフィールドが並び、その周囲を専用コースが囲んでいる。Dホイーラーによっては時速数百キロを維持して走ることもあるため、舞網市とは比べ物にならないほど広く大きい。
「客席でも思ったけど、こうして立って見ると本当に広いのねー。ここまで来るだけでも一苦労じゃない」
柊柚子は空になった席を見回しつつ呟いた。
時間帯は夜。大会参加者は宿を決め、明日に備えて休む頃。街灯の明かりがフィールドを照らし、空には微かだが星が見える。人口の明かりが無ければ、きっと満点の星空を拝めたことだろう。
「ほら遊矢、こっち来なさい。嫌がっても駄目だからね」
「えぇ……ちょっ」
榊遊矢は手を引っ張られ、そのまま強引にデュエル場まで連れて行かれた。
場所は当然中央。時間が時間なら、観客全員の視線が集まる特等席だ。
「柚子、頼むから離してくれよ。俺も柚子も明日から試合だろ? 今日は俺、ジャックとデュエルして疲れてるし、なるべく早く休みたいんだけど」
「だーめっ」
柚子は笑顔で封殺する。
その暴虐不尽な振る舞いに、遊矢は諦めて溜息を漏らした。
「今更駄々をこねても駄目。ここまで来ちゃったんだから、いい加減観念しなさい」
「……今すぐだとは思わなかったんだよ。俺はてっきり、明日やろうって意味だと」
「でもそれなら、わざわざコースを見たい、なんて言わないと思うけど?」
「それは、柚子には勝ち残る自信があるんだなって意味で、今のうちに本選のコースを見学したかったってことだと」
「あー……そっか。うん、それはちょっとあるかも。これだけの大舞台で遊矢とデュエルできたら、きっと楽しいと思うから」
「……いや、それは」
遊矢は言葉を濁し、柚子から視線を逸らした。
以前までなら肯定していただろう。しかし、今の彼にはできない。彼のデュエルはジャック・アトラスによって否定された。“独りよがり”“押し付けがましい”と指摘され、かつ、それは真実であると身を持って実感したのだから。
「……遊矢」
柚子は一つ確信する。このままでは、榊遊矢は勝ち残れない。この大会にではない。もっと大きな意味で、彼は勝ち残れない。
デュエルで皆を笑顔にする。それは幼稚だが、とても素晴らしいことだと柚子も思っている。
だが――誰かを笑顔にしたいと願う人間が、笑顔になれないのは間違ってる。
「遊矢、デュエルをしましょう。私、貴方に伝えたいことがあるの」
「伝えたいことって……だったら、きちんと言葉にして言ってくれよ」
「ううん、言葉じゃ駄目。それだけじゃ、この気持ちは半分も伝わらない。何より、貴方自身に気付いて欲しいの」
「気付いてって……何に?」
「ごめんなさい、ここから先は言えないわ。どうしても知りたかったら、このデュエルを受けて」
柚子はデュエル・ディスクを展開し、構える。
遊矢にはますます分からない。何故ここまで自分とのデュエルにこだわるのか。
デュエルがしたいなら今じゃなくてもいい。明日から大会であることを考えると、寧ろ今日は早く休み、朝早くにやる方がいいに決まっている。
ともあれ、ここまで来たら逃げられないし止められない。遊矢はこれみよがしにもう一度溜息をついた後、渋々とディスクを構えた。
「分かったよ。このデュエル、受けるよ」
「ありがと。でも待って。私達、何か一つ忘れてない?」
「……忘れてるって、何を?」
「私達はスタンダード次元の
「デュエルの前……ああ、そっか」
――“アクション・デュエル”。フィールド魔法である“アクション・フィールド”を展開し、専用の
遊矢達ランサーズのデュエル・ディスクは、専用の機器がなくても“アクション・フィールド”が展開できるよう改造されてあるのだ。
「アクション・フィールド、オン。《クロス・オーバー》」
ディスクを掲げた瞬間、世界に物質が付随される。
アクション・フィールドには様々な種類がある。童話で見るお菓子の世界、氷に包まれた氷河期、マグマで溢れる活火山など、多種多様だ。
しかし《クロス・オーバー》は、その中で最も地味な世界。通常の舞台に足場が加えられただけの、初心者用のステージだ。
「柚子、これでいいか?」
「そうね。あとは……笑いましょうか」
「笑うって……もしかして、エンタメデュエルをしてくれってことか?」
「ううん、違う。寧ろ逆。エンタメとか、正しいとか、正しくないとか。そういうのは一旦忘れて、二人でデュエルを楽しみましょう。ここには観客もいないんだから」
「……そっか。そうだな。まあ、分かったよ」
遊矢は観客席を見回した後、ほっと一息ついた。
今の遊矢にとって、見物客が一人もいないのはありがたいことだった。これならば、たとえ独りよがりでも批判されることはない。
人がいない。たったそれだけでも、精神的な負担は確実に減るのだから。
「準備はいい? それじゃ、しっかり合わせてね!」
柚子は笑顔を見せ、手を掲げる。
遊矢にはそれが眩しい。たとえ空が曇っていようと、人工の光で星が見えなくても、柊柚子だけは太陽のように輝いている。
「戦いの殿堂に集いし
誰もいない会場で、柚子は一人声を張り上げる。
――
彼女はそこで口上を止め、合いの手を待つ。遊矢は苦笑を漏らしつつも、それに応えた。
「……モンスターと共に、地を蹴り宙を舞い!」
「フィールド内を駆け巡る!」
「見よ、これぞデュエルの最強進化系!」
「「アクショ~ン!」」
「「
知らず、少年には笑顔が戻りつつあった。
◆
柚子
LP:4000
遊矢
LP:4000
上空に集まったカードが弾け飛び、フィールド全域に散蒔かれる。
それらは全て
「先行は貰うわ! 私は手札から
さあ出番よ、《幻奏の音女アリア》!」
《幻奏の音女アリア》
星4/光属性/天使族/攻1600/守1200
「そしてこのカードは、自分の場に《幻奏》モンスターが存在する時、特殊召喚できる!
来て、《幻奏の音女ソナタ》!」
《幻奏の音女ソナタ》
星3/光属性/天使族/攻1200/守1000
「特殊召喚されたソナタがいる時、自分の場にいる天使族モンスターの攻撃力、守備力は500アップする!
そして特殊召喚されたアリアがいる時、《幻奏》モンスターは戦闘では破壊されず、効果の対象にもならないわ」
《幻奏の音女アリア》
攻1600 → 攻2100
守1200 → 守1700
《幻奏の音女ソナタ》
攻1200 → 攻1700
守1000 → 守1500
アリアとソナタの歌声が響き合い、ステータスが変化し、耐性が付与される。
単体では非力。だが二体、三体と集まれば互いをカバーしあい、重奏曲を奏でる。それが《幻奏》モンスターの特徴。
「私はカードを一枚伏せてターンエンド。さあ、次は遊矢のターンよ」
「俺のターン、ドロー!」
遊矢は手札からモンスターカードを二枚を選択し、掲げる。
「俺は、スケール2の《
二枚のカードを両隅にセットした瞬間、遊矢のディスクに“PENDULUM”と文字が浮かび上がった。
モンスターが出現し、二体はフィールドの上空へと浮上していく。
「早速ペンデュラム召喚ね。でも、そのスケールじゃ何もできないわよ?」
「このままだったらな。俺はここで速攻魔法《ペンデュラム・ターン》を発動! セットされた
そして、ラ・パンダの
ラ・パンダが指し示す数字が一気に上昇した。
本来なら《ペンデュラム・ターン》の効果はターン終了時に消滅し、対象となったモンスターのスケールは元の数値に戻る。
しかし、ラ・パンダ自身の効果でスケールを上書きしてしまえば、《ペンデュラム・ターン》の効果は切れてもスケールは11のままでいられる。
「そっか、これなら。考えたわね、遊矢」
「ああ。これで、レベル3から10のモンスターが同時に召喚可能!」
黒く染まった夜空に、ペンデュラムの光が灯る。
振り子はアークを描き、ゲートを穿つ。
「揺れろ、魂のペンデュラム! 天空に描け光のアーク!
ペンデュラム召喚! 来い、俺のモンスター達!」
――モンスターが二体召喚される。
一つは光。一つは闇。万華鏡を持つ蠍と、二色の眼の龍。
「《
そしてもう一体! 《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》!」
《
星6/光属性/昆虫族/攻 100/守2300
《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》
星7/闇属性/ドラゴン族/攻2500/守2000
「カレイドスコーピオンの効果発動! このターン自分のモンスター一体は、特殊召喚された相手モンスター全てに一回ずつ攻撃できる!
輝け、オッドアイズ! “カレイド・ミラージュ”!」
「っ……!」
万華鏡の光を浴び、オッドアイズの眼はギラギラと輝き始める。
それに目を眩ませつつ、柚子は一目散に走り出した。狙いは一つ。攻撃を躱す
「バトルだ! 《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》で、《幻奏の音女ソナタ》を攻撃! “螺旋のストライク・バースト”!」
「きゃあぁ――っ!」
アリアの歌声で守られているため、ソナタは戦闘では破壊されない。しかし、《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》にとってそれは、大きな意味を持たない。
「オッドアイズの効果発動! モンスターとの戦闘で与えるダメージを二倍にする! “リアクション・フォース”!」
「うっ――!」
柚子
LP:4000 → LP:2400
「まだまだ行くぞ柚子! 二撃目、今度はアリアに攻撃! “螺旋のストライク・バースト”!」
「っ――そうはいかないわ!
柚子は先程発動しそびれた
これが“アクション・デュエル”の真骨頂。互いのプレイヤーはフィールドに散らばったカードを使い、デッキ構築の時点では想定していなかった戦略を立て、実行することができる。
「躱されちゃったか。俺はカードを一枚伏せて、ターンエンドだ」
「私のターン、ドロー!」
ドローした後、柚子は遊矢のフィールドを確認する。
遊矢の
これらのコンボにより、《幻奏の音女アリア》の戦闘破壊耐性が逆に働いてしまっている。
このままではただのサンドバック。柚子はこの状況を打破すべく、上級モンスターを召喚する。
「私は、アリアとソナタをリリース!
天上に響く妙なる調べよ、眠れる天才を呼び覚ませ! いでよ、《幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト》!」
《幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト》
星8/光属性/天使族/攻2600/守2000
「っ――!」
タクトを持つ歌姫――プロディジー・モーツァルトは、柊柚子のエースの一体。攻撃力は《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》を上回っている。
遊矢は攻撃に備え、
「プロディジー・モーツァルトの効果発動! 一ターンに一度、手札から天使族・光属性モンスターを特殊召喚できる!
これにより、《幻奏の音姫ローリイット・フランソワ》を特殊召喚!」
《幻奏の音姫ローリイット・フランソワ》
星7/光属性/天使族/攻2300/守1700
「ローリイット・フランソワの効果発動! 一ターンに一度、墓地から天使族・光属性モンスターを一体、手札に戻すことができる!
私は墓地から《幻奏の音女ソナタ》を手札に戻し、ソナタの効果でもう一度特殊召喚!」
《幻奏の音女ソナタ》
星3/光属性/天使族/攻1200/守1000
「特殊召喚されたソナタがいる時、天使族モンスターの攻撃力と守備力は500ポイントアップするわ!」
《幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト》
攻2600 → 攻3100
《幻奏の音姫ローリイット・フランソワ》
攻2300 → 攻2800
《幻奏の音女ソナタ》
攻1200 → 攻1700
「さあ、バトルよ! まずはローリイット・フランソワで、《
「っ……あった!」
ローリイット・フランソワの音波攻撃を受け、カレイドスコーピオンが破壊される。
その余波を受けつつも、遊矢はかろうじて
「続けていくわよ! プロディジー・モーツァルトで《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》を攻撃! “グレイスフル・ウェーブ”!」
「させない!
「でも、ダメージは受けてもらうわ!」
プロディジー・モーツァルトの攻撃により、遊矢のライフが削られる。しかしその数値は微々たるもの。《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》もまた健在だ。
遊矢
LP:4000 → LP:3400
「どうだ、柚子。俺の場にはまだオッドアイズがいる。これならもう攻撃できないだろう?」
「それはどうかしら。これを見なさい、遊矢!」
「え?」
柚子は得意げに一枚のカードを見せる。
裏面には大きく“A”の文字。即ち
それも攻撃を防ぐカードではなく、“追撃”のカードを。
「まさか、
「そうよ! 私は
「なっ――!」
《幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト》
攻3100 → 攻3900
「いくわよ! プロディジー・モーツァルトで、もう一度攻撃! “グレイスフル・ウェーブ”!」
遊矢
LP:3400 → LP:2000
「ぐっ――……!」
遊矢はモンスターの後ろに隠れ、ダメージを堪え続けた。
先程発動した
「バトルフェイズ終了時、《セカンド・アタック》の効果は切れて、攻撃力は元に戻るわ。
私は更にもう一枚カードを伏せて、ターンエンド」
《幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト》
攻3900 → 攻3100
音姫達の猛攻が終了し、ようやく遊矢のターンが回ってくる。
流れは柚子にある。ペンデュラムモンスターは何度倒されても復活するが、それだけでは力で押し切られる。
「……はぁ。やっと終わったか。それにしても、柚子は相変わらずだな。ストロングっていうか」
「あっはははー……――それはどうも」
「っ!?」
地獄耳恐るべし。ちょっとした呟き程度だったのだが、柚子には聞こえてしまったらしい。
――その時、遊矢には幻聴が聞こえた。
ゴゴゴゴ、と地面が割れるような、隕石が落ちたような――それとも火山の噴火だろうか……?
いずれによ、地雷であることは間違いなかった。
当然か。年頃の女の子がストロングと揶揄されたら誰だって怒る。
……たとえ本人にその気がなく、純粋な賛美だったとしてもだ。
「じゃ、じゃあ行くぞ。俺のターン、ドロー!」
「はっきり答えなさい! 遊矢、ストロングってどういう意味よ!」
「ふ、深い意味はないよ! 強いなって思っただけ、それだけだから!」
「――――あっそう」
「あっ」
言葉を間違えた? 言い方の問題? 思うこと自体がアウトだった?
――否、どれでもない。どれでも同じ。何を言っても、きっと同じ結果になっていた。
「いーわよ、じゃあかかってきなさい! 貴方が勝手につけた“ストロング”の異名通り、
聞いてるの遊矢! 目を逸らさない! こっちを見なさい! いくらオッドアイズが
「――……」
遊矢は思考を停止し、かつての自分を思い出す。
ストロング。その場の勢いだったとはいえ、なんて言葉を口走ってしまったのか。
当たり前だと思っていたもの。目の前にいた少女の強さを、あの時の自分は分かっていなかった。鬱陶しいと思うことだってあった。この柊柚子という女の子が、もっとお淑やかな子だったらなぁと。
――けれど。今はただ、その強さに感謝を。
「……あはは」
「?」
突然の笑い声に、柚子は困惑する。
遊矢が笑ってくれた。それはとてもいいことだし、彼女自身も望んでいたことだ。だが、どうしてこのタイミングで笑ってくれたのか、彼女には今ひとつ分からなかった。
「遊矢、どうしたの? 何か悪いものでも食べた?」
「なんでそうなるんだよ! 確かに、そこまでいいもの食べてなかったけど……カップ麺ばかりだった」
「? どういうこと?」
「あぁいや、何でもない。ただ、柚子は凄いなぁって思っただけだよ」
「凄い? 料理のこと?」
「うーん……まあ、それもかな。それも含めて全部。――柚子はさ。本当に凄いよ」
万感の思いを込めて、遊矢はそう言った。
真正面から尊敬の眼差しを向けられ、柚子は赤面する。
挑発したかと思えば急に笑い、笑ったかと思えば褒め殺し。柚子としては嬉しい変化なのだが、こうもコロコロ変えられると調子が狂う。
「なによ、いきなり褒めちゃって。そんなこと言われても、私はまだ怒ってるんだからね!」
「だから、深い意味はなかったんだって。
……柚子は、凄い。あまりにも凄すぎて、俺には眩しい。俺はきっと、お前みたいに強くなれない。ジャックのようにも、父さんのようにもなれないんだ」
「遊矢……?」
そうして、榊遊矢は弱さを認めた。不可能だと認めた。
「でも……よく考えたら、それは当たり前のことだった。だって俺は、柊柚子じゃない。ジャック・アトラスじゃない。榊遊勝じゃない。
……エキシビション・マッチでも、ジャックは言ってたよ。所詮誰かの真似事じゃ、オレには勝てないって」
誰かの真似をする。それ自体は間違ったことではない。この世のありとあらゆるものは、既存のものを改良して成り立っている。このデュエル・モンスターズだって、元はといえば古代エジプトの決闘をベースに作られたのだから。
だが、それでは限界があるのだ。最後の壁を乗り越えるためには、自分なりの答えを見つけなくてはいけない。
遊矢は笑顔で問いかける。既に分かりきった答えを。
「柚子。俺は将来、エンタメデュエリストになるよ。でも、俺にはどうすればいいか分からない。俺は、誰のエンタメを目指せばいい?」
「……私は」
その問い掛けに、柚子はほっとした。泣きそうになるくらいに。
それでも今は堪えた。今は笑おう。このたった二人のエンタメデュエルを、楽しいものにするために。
「私は、“榊遊矢”のエンタメが見たい」
「――かしこまりました」
遊矢は仰々しく礼をした後、リアル・ソリッド・ビジョンの足場を軽やかに移動し、やがて頂上に辿り着く。
ペンデュラムの光が灯る空を指差し、誰もいない会場で声を張った。
「レディース、エ~ンド、ジェントルメーン! 只今より始まりますは、ワタクシ榊遊矢による、榊遊矢にしかできない、榊遊矢だけのエンタメ・デュエル! 短い間ですが、どうぞご堪能ください!
……なーんてな」
「あはは、おっかしい」
赤の他人が見れば、とんだ茶番に映ることだろう。
だが観客はいる。たった一人の寂しい席だが、確かにいるのだ。ならばその期待に応え、心ゆくまで楽しませるのがエンタメデュエリストだ。
「それじゃ行くぞ、柚子!
――揺れろ、魂のペンデュラム! 天空に描け、光のアーク!
ペンデュラム召喚! 来い、俺のモンスター達!」
天空の孔より、再びモンスターが現れる。
光属性と水属性。先程破壊された一体と、たった今ドローしたもう一体。
「もう一度来い、《
続いて、《
《
星6/光属性/昆虫族/攻 100/守2300
《
星6/水属性/獣族/攻1900/守2300
「新しいモンスター……!?」
「お楽しみはこれからだ! 俺は《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》と、《
二色の
遊矢はエクストラデッキから一枚のカードを取り出す。
獣を宿す神秘の龍。二つの魂は混じり合い、融合し、新たな命となりて誕生する。
「いでよ、野獣の
《ビーストアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》
星8/地属性/ドラゴン族/攻3000/守2000
「来たわね、ペンデュラム融合!」
「まだまだ! ここで《
龍の瞳に万華鏡の光が宿り、野獣の咆吼が轟く。
ビーストアイズの攻撃力は3000。プロディジー・モーツァルトにはわずか100届かないが、それでも他の二体に攻撃すれば決着する。
「バトルだ! 《ビーストアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》で、《幻奏の音女ソナタ》を攻撃! “ヘルダイブ・バースト”!」
「くぅっ――!!」
柚子
LP:2400 → LP:1100
「ここで、ビーストアイズの効果発動! 戦闘で相手モンスターを破壊した時、素材となった獣族モンスターの攻撃力分のダメージを与える!」
「まだよ!
追撃のブレスを放とうとした瞬間、
野獣の名を冠するだけあって、その能力は非常に攻撃的だ。前のターンで柚子がこの
「やるな、柚子。でも、ソナタがいなくなったことで《幻奏》モンスターの攻撃力は下がった。更にビーストアイズは、カレイドスコーピオンの効果でまだ攻撃ができる。さあ、これをどう躱す?」
「こうするわ!
《幻奏の音女ソナタ》を、守備表示で特殊召喚!」
《幻奏の音女ソナタ》
星3/光属性/天使族/攻1200/守1000
「これで私の《幻奏》モンスターの攻撃力は元に戻るわ!」
「甘いぞ柚子。ビーストアイズはこのターン、特殊召喚された全てのモンスターに攻撃できる。ソナタを特殊召喚しても、もう一度攻撃すればいいだけだ」
「ええ、分かってるわ。勝負はここからよ。ほら、遊矢も」
「え?」
「私だけ
「わ、分かった」
柚子に急かされ、遊矢もまた
カード自体はあちこちに散らばっている。見つけるだけならそこまで苦ではない。
問題は、今すぐ使えるかどうかだ。
「……あった!」
先に見つけたのは遊矢。躊躇いなく、拾ったカードを発動する。
「
これで終わりだ! 行け、ビーストアイズ! もう一度《幻奏の音女ソナタ》を攻撃!」
「それはどうかしら!」
柚子もまた走りながら
「
「なっ――!?」
槍のように鋭く尖ったブレスを、ソナタは間一髪回避した。柚子は得意げに笑い、挑発する。
「ふっふーん。どう?」
「ぐっ……だけど、ローリイット・フランソワの攻撃力は2800だ!
行け、ビーストアイズ! 三回目の攻撃、“ヘルダイブ・バースト”!」
柚子
LP:1100 → LP:900
「くっ――やるわね、遊矢。これがペンデュラム融合の力ってわけ?」
「まあな。でも、お楽しみはまだまだこれからだ。ペンデュラムは可能性の振り子。俺はこれからも、もっともっと進化する」
「私だってそうよ。さあ、今度はこっちが魅せる番。覚悟なさい遊矢!」
「ああ、来い。俺はこれで、ターンエンド」
「私のターン、ドロー!」
カードを確認し、柚子はほくそ笑む。引いたのは彼女のデッキのキーカード。ビーストアイズと同じ“融合”の力。
「私は
流れる旋律よ。至高の天才よ。タクトの導きにより、力重ねよ!
融合召喚! 今こそ舞台に、勝利の歌を! 《幻奏の華歌聖ブルーム・ディーヴァ》!」
《幻奏の華歌聖ブルーム・ディーヴァ》
星6/光属性/天使族/攻1000/守2000
花弁が一枚ずつ開き、中から小さな歌姫が現れた。ソナタやプロディジー・モーツァルトとは違い、その姿は少女のように幼い。
「このターンで決着をつけるわ!
バトル! ブルーム・ディーヴァで、《ビーストアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》を攻撃! “リフレクト・シャウト”!」
ブルーム・ディーヴァの音波攻撃に対抗し、ビーストアイズは灼熱のブレス“ヘルダイブ・バースト”を放った。
――ここで、《幻奏の華歌聖ブルーム・ディーヴァ》の特殊効果が発動する。
「ブルーム・ディーヴァは特殊召喚された相手モンスターと戦闘を行った時、相手モンスターを破壊し、元々の攻撃力の差分のダメージを与える!
ビーストアイズの攻撃力は3000! 遊矢、貴方に2000ポイントのダメージよ!」
「そうはいかない! カウンター
遊矢はセットしておいた
とはいえ、状況は変わらない。次のターン、再度攻撃されたら遊矢のライフは尽きる。
「……《ダメージ・ポラリライザー》のもう一つの効果。互いのプレイヤーはカードを一枚ドローする」
「上手く防いだわね。いけると思ったんだけどなぁ。
……私はドローしたカードを伏せて、ターンエンドよ」
「俺のターン、ドロー!」
ドローした後、遊矢は長考する。
……《幻奏の華歌聖ブルーム・ディーヴァ》。柊柚子の
対して遊矢のフィールドには《ビーストアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》、そして《
「……ん?」
遊矢は足元のカードに気づき、それを拾った。裏面にはAの文字――
そのカードは、今の彼の心情をこれ以上ないほど的確に表していた。
このデュエルは、まさに
「遊矢、どうしたの?」
「ん、なんでもない。
俺は
全てが消える。ペンデュラムスケールの二体、ビーストアイズ、カレイドスコーピオン。合計四体をデッキに戻し、何もかもを零に帰す。
これはリセット――否、リスタートだ。
「ペンデュラムスケールも、ビーストアイズも戻しちゃうなんて」
「大丈夫、これは戻っただけだ。ペンデュラムモンスターは、これまでの俺の積み重ね。無かったことにはしない。その上で俺は、俺だけのデュエルを見つけてみせる。
《リスタート》の効果。デッキに戻したカード二枚につき、一枚ドローする」
遊矢はデッキの上に指を置き、祈るように問いかける。
“――応えてくれ”
《リスタート》によって戻したカードは四枚。遊矢は合計二枚のカードをドローした。
引き当てたのは《魔術師》二枚。絆のピースと始まりのピース。
「俺は、スケール1の《星読みの魔術師》と、スケール8の《時読みの魔術師》で、ペンデュラムスケールをセッティング!」
白と黒の魔術師がセットされ、上空へ浮かび上がった。
夜空に光が灯る。始まりの二体によって、閉じられたゲートは再び開く……!
「揺れろ、魂のペンデュラム! 天空に描け光のアーク!
ペンデュラム召喚! いでよ、雄々しくも美しく輝く二色の眼! 《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》!」
待っていたと言わんばかりに、神秘の龍は帰還する。
《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》
星7/闇属性/ドラゴン族/攻2500/守2000
「更に俺は、手札の《
《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》
星7 → 星4
《
チューナー
星3/炎属性/魔法使い族/攻 700/守1400
「チューナーの《魔術師》? これって――!」
「レベル4となった《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》に、レベル3の《
二色の
――シンクロ召喚!
いでよ、大地を抉る紅蓮の龍! 《オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン》!」
《オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン》
星7/炎属性/ドラゴン族/攻2500/守2000
ドラゴンは紅蓮の炎を纏い、両目の輝きと共に生誕した。
暗闇の中でも燃え盛るその肉体は、太陽のように眩しい。
「これが、遊矢のシンクロ召喚……凄い、凄いよ遊矢!」
「えへへ……俺は、カードを一枚伏せてターンエンドだ」
「え? 攻撃はしないの?」
「ああ。メテオバーストの効果じゃ、柚子にダメージは与えられないからな」
《オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン》は、榊遊矢の他のドラゴンに比べて攻撃能力が低い。
……“バトルフェイズ中、相手はモンスター効果を発動できない”
この場合、ブルーム・ディーヴァの効果ダメージは無効にできるが、永続効果――“破壊されず、ダメージを受けない”効果は無効にできないのだ。
拳銃と弾丸に例えるなら、メテオバーストは弾丸を全て弾き飛ばせるが、拳銃そのものはどうにもできない。存在するだけで効果があるものに対しては無力なのだ。
「そう。だったら残念だけど、このデュエルもらったわ!
私のターン、ドロー! このままバトルフェイズよ!」
「《オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン》がいる限り、相手はバトルフェイズ中にモンスター効果を発動できない! これでブルーム・ディーヴァの効果を封じる!」
「それはどうかしら? 私はここで、墓地から
「墓地から
《ブレイクスルー・スキル》は、モンスター効果をターン終了時まで無効にするカード。そしてもう一つ、このカードには墓地でのみ発動する効果がある。
「このカードを除外することで、相手モンスターの効果をターン終了時まで無効にする。私は《オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン》を選択!」
炎の光は小さくなり、徐々に勢いが弱まっていく。
「これでブルーム・ディーヴァの効果は復活するわ!
行け、《幻奏の華歌聖ブルーム・ディーヴァ》! 《オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン》を攻撃! “リフレクト・シャウト”!」
ブルーム・ディーヴァの歌声がメテオバーストを誘い、炎熱のブレスを放つ。
華の歌姫と火炎の龍。中々に凶悪な光景だが、結果は真逆となった。モンスター効果によってメテオバーストは破壊され、遊矢のライフが削られる。
遊矢
LP:2000 → LP:500
「更に
「それはどうかな!
《オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン》の攻撃力は2500。よって柚子、お前に2500のダメージだ!」
「えぇ!?」
太陽は消えた。だが種火は消えない。
燻っていた火は炎となり、龍を象った。それは隕石のごとく降り注ぎ、
「これでフィニッシュだ! 行け、《コズミック・ブラスト》!」
「きゃあぁぁぁ――!!」
柚子
LP:900 → LP:0
炎の一撃を受け、柚子は尻餅をついた。
――勝者は榊遊矢。
◆
「柚子、立てるか?」
「あ……う、うん」
遊矢は躊躇なく手を差し出し、柚子を助け起こした。
前回――舞網チャンピオンシップでは拒絶された。それでも懲りず、自然と手を差し伸べられるのは彼なりの強さだろう。
「ありがとう。柚子のおかげで、少し元気が出たよ」
「どういたしまして。答えは見つかった?」
「いや、正直に言うとまだ分からない。でも、一つだけ分かったよ。
父さんのエンタメとジャックのエンタメ。どっちかが間違ってるって思ってたけど、きっとそうじゃない。
だから思ったんだ。俺は、俺だけのエンタメがしたい。父さんにもジャックにも真似できない、榊遊矢だけのエンタメで、皆を笑顔にしたいって」
その答えに、柚子は満足して微笑んだ。
エンタメという定義について、ここまで確固とした答えを求めていたわけではない。
これまで通り父親のエンタメを貫くか。それとも、ジャック・アトラスのエンタメに鞍替えするか。
彼女としてはどちらでも良かった。なんでも良かった。
――ただ、この少年に笑ってさえくれれば。
「……榊遊矢だけのエンタメ、か。うん、凄くいいと思うよ、私」
「とは言っても、具体的には何をすればいいのやら。問題は山積み……寧ろ増えてる気がするよ」
だがそれでいい。そういったことは、これから少しずつ学んでいけばいい。
幸いにもこの次元には多くの先導者がいる。
不動遊星。ジャック・アトラス。探せばもっと多くのデュエリストが挙げられるだろう。
ここはそういうところなのだ。
ネオ童実野シティ。人と人の絆を育み、次世代へと繋げる街。
――そしてまた、新しい絆が結ばれる。
「いいデュエルだったぜ、二人共」
◆
“俺は、俺だけのエンタメがしたい。父さんにもジャックにも真似できない、榊遊矢だけのエンタメで皆を笑顔にしたい”
――ああ。それは、
皆を笑顔にしたい?
なんて思い上がり。なんて独善。そんなことは誰も頼んでいない。所詮は理想の押し付けだ。彼が目指すのは結局のところ、究極の“お節介”でしかない。
だが。
――だがそれは、決して間違いではない。
皆を笑顔にしたい。
それだけは疑うべくもなく、
榊遊矢を否定する敵は当然のように現れるだろう。
何故なら、彼の理想に正解はない。エンタメの定義は捉え方・考え方次第でいくらでも変わる。
誰か一人、身近な人
だが、
その上で、ジャック・アトラスは言ったのだ。“折れるな”と。
だから、榊遊矢は胸を張る。折れないことを誓う。
ずっと自分を見てくれていた、柊柚子という幼馴染に。
《コズミック・ブラスト》は遊星VSアキ(一戦目)で遊星が使ったカードです。
クェーサーを初めとしたシンクロ龍と相性が良いように思えますが、発動ターンは特殊召喚できなくなるのでそこまで凶悪じゃないですきっと。LP:4000だとヤバイけど。
《幻奏》Sモンスターがいたら、柚子が遊矢にシンクロ教えてもらう展開(=柚子覚醒のフラグ建築)ができるんだが、まだまだ先になりそうだなー。というか多分ないな。
デュエル終了後、誰かに
?「いいデュエルだったぜ、二人共」
とか言わせてしまったが、まだ誰かは決まってないぜ!