アーク・ファイブ・ディーズ   作:YASUT

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赤馬零児「これが私のファンサービスだ! 受け取れイェーガー!」

デニス「燃えてきたぞ!(竜殺し並感)」

柚子「おい、デュエルしろよ」

大体こんな話(ネタバレ)


注意:デュエルなし。


曇った眼

「――素晴らしい」

 

 怒涛のエキシビション・マッチが終了した時、赤馬零児は思わずそう口にしていた。

 彼の知る榊遊矢は、ペンデュラム・融合・エクシーズの三種類の召喚法を使う決闘者(デュエリスト)だ。

 ――その男が、“シンクロ”を使用した。

 赤馬零児はランサーズの面々がシンクロ次元に飛ぶ際、意図的に分断した。榊遊矢の元には、柊柚子とそっくりな容姿をした“セレナ”、彼に触発されペンデュラム使いとなった“沢渡シンゴ”、そして自分の弟である“赤馬零羅”を同行させた。

 このメンバーを選んだ理由は、各々に経験を積ませて成長させるため。融合次元出身であるセレナをランサーズ側に完全に取り込み、沢渡シンゴを榊遊矢に次ぐペンデュラム使いとして成熟させ、赤馬零羅に自分以外の決闘者(デュエリスト)を見せつける。そして榊遊矢には、この問題児達を押しつけることで精神的成長を図る。

 赤馬零児の思惑は、当初の予定以上の成果を上げていた。

 

「……これは、信じるほかないようですね」

 

 イェーガーは溜息を漏らしつつ呟く。

 

「本当に素晴らしいデュエルでした。ペンデュラム召喚とエクシーズ召喚。どちらもこの街には……いえ、おそらくこの世界には存在しない召喚法です。

 榊遊矢。負けはしましたが、彼からは将来性を感じました。鍛え方次第では大いに化けるでしょう」

「……その割には、残念そうに見えますが」

「ええ。これで次元侵略の話が真実味を帯びてしまいました。このネオ童実野シティは、また戦場となるのですね」

「……申し訳ありません。しかし、ランサーズは融合次元から人々を守るための組織です。

 ジャック・アトラス。彼の力には私も感服しました。是非我々と……ランサーズと手を組んで頂けたらと」

 

 期待と確信をもって赤馬零児はイェーガーを見る。

 しかし彼の答えは、期待していたそれとは異なっていた。

 

「いいえ。その誘いにはまだ頷けません」

「っ――何故?」

「同盟を結ぶという意見には賛成です。ですが、貴方の真意は別のところにあるはず」

 

 そう言ってイェーガーは懐から小さな端末を取り出した。指で画面を操作した後、それを赤馬零児に見せる。

 映っていたのは、四人の少年少女達。

 

「榊遊矢。セレナ。沢渡シンゴ。赤馬零羅。確認ですが、この四人がランサーズのメンバー。そうですね?」

「……流石です。もう情報を集めてられたとは。

 はい、その通りです。私と月影、更に残りの三人を含めて、計九人でこの組織は成り立っています」

「おや、九人でしたか。ですが、それでもまだ戦力不足は否めませんね。

 ……榊遊矢。彼は素晴らしい決闘者(デュエリスト)です。しかしそれは、将来性までを考慮に入れた場合の評価。私自身、デュエルは素人ですので正しい評価ではないかもしれませんが、彼はよくてセキュリティ上層部の実力しかないように思えます。

 残りの八人を同レベルと仮定しても、やはりランサーズは力不足です。スタンダード次元を守ることはできても、敵の本拠地に乗り込めば全滅は免れません」

「……」

 

 赤馬零児は黙って話を聞いている。いずれ“融合次元に乗り込む”ことを否定せずに。

 

「貴方の真の目的は、ランサーズという組織の強化と肥大化。ジャック・アトラスや不動遊星を初めとしたこの次元の決闘者(デュエリスト)を取り込むこと。もっと簡潔に言えば、“守る”ための組織ではなく、“攻める”ための組織を作ること。違いますか?」

「――……!」

 

 その指摘を受けて赤馬零児は、イェーガーを敵を見る目で睨みつけた。

 いや、正確には“睨みつけてしまった”。同盟相手に敵意を向けるなど言語道断。この男のような小心者が相手ならなおさらだ。

 だがイェーガーは、その視線を受けてもピエロのように笑う。

 

「イッヒッヒ、どうやら図星のようですね。忠告はありがたく受け取っておきます。スタンダード次元に危機が訪れたなら、その時は手を貸しましょう。

 ――ですが。貴方の個人的な思惑に付き合うつもりはありません」

「……そうですか。どうやら私は、貴方を誤解していたようです」

 

 赤馬零児は眼鏡を直し、イェーガーと向き合う。どういうわけか、表情は少しばかり嬉しそうだ。

 

「それは、どういう意味ですかね?」

「いえ、深い意味はありません。言葉通りの意味ですよ。

 この街には不動遊星、そして今はジャック・アトラスという英雄がいる。失礼ながら私は貴方のことを、市長という肩書きだけの飾りと思っていました。ですが貴方は、我々の知る市長以上に広い視野をお持ちのようだ」

「ヒッヒ、それはどうも。では、試合も終わったことですし、場所を変えましょう」

 

 踵を返し、イェーガーは部屋を出ていこうとする。

 

「……そういえば、貴方はこの街の歴史をご存知ですか?」

「歴史?」

「ええ。といっても、ほんの二年ほど前の話ですがね」

「……いいえ」

 

 しばらく考える素振りを見せたが、赤馬零児には分からなかった。

 シンクロ次元の歴史が、ではない。そんなものは調べれば簡単に分かる。それはイェーガー自身にも分かっているはず。

 分からなかったのは、何故このタイミングで歴史の話を振ったか、だ。

 

「この街は二年ほど前まで“サテライト”と“シティ”に分けられていました。現在では考えられないほどの階層社会です。これらは過去に起きたある災害によって分断されており、サテライトの住民はゴミ溜めの中で生活していました」

「ですが、今のネオ童実野シティにその片鱗は殆ど見られません。どのような経緯があったのでしょうか?」

「繋げたのです。サテライトとシティを。誰もが自由に行き来できるよう橋を作り、全域にライディング・デュエル用のコースを設立しました。この街は文字通り、デュエルによって進化したのです。

 ですから私は、その例に倣うべきと考えます」

「倣う……? 具体的には、どのような?」

「橋を作ります。スタンダードとシンクロを結ぶ大きな橋を。そうして、()()()()()()()()()()()()()。貴方がたの技術力と、我々の開発した新エネルギーがあれば、不可能なことではありません」

「――繋ぐ、だと?」

 

 赤馬零児は驚きを隠せない。スタンダード次元からシンクロ次元へ移動する際、ランサーズは“転送”という手段を使った。デュエル・ディスクを装着した者のみを跳ばすという、基本的な手法。この技術は元々エクシーズ次元の物であり、おそらく融合次元も同じ手段を取っているだろう。

 だからこそ信じられない。もし実現すれば、それだけで融合次元より一歩先へ行くことができる。住民をスタンダード次元に避難させ、応用してシンクロ次元と融合次元を繋いでしまえば、先手を取ることも防衛することも容易となる。

 

「……本当に、そんなことが可能なのですか?」

「それを今から確かめに行くのです。それに、不動遊星にも貴方のことは知らせておきたいですし」

「不動遊星? どうして彼がこの話題に出てくるのです? 彼はジャック・アトラスに並ぶ伝説の決闘者(デュエリスト)のはずでは?」

「……ああ、そういえばそうでしたね。申し訳ありません。彼とはよく顔を合わせるので、ジャック・アトラスのように伝説というイメージがないのです。おそらく、この街の皆さんも同じように思っているかと」

「どういうことです? それだけ馴染み深い、ということでしょうか?」

「そういうことなのでしょうね。では、ご案内します。ついてき――」

「ここかぁ!」

 

 バダン! と。

 恐ろしい勢いで扉が開かれ、イェーガーの姿が消えた。

 代わりに現れたのは……榊遊矢に同行させたはずの、三人の問題児達だった。

 

「……」

「ビンゴだ。ようやく見つけたぜ社長さんよお。この沢渡シンゴの手をここまで煩わせるとは、随分といいご身分――」

「兄様!」

 

 沢渡シンゴの言葉を遮り、赤馬零羅は兄の元へと駆け寄った。

 これまで離れていた分を埋め合わせるように、零羅は零児の服をぎゅっと握り締めた。

 

「兄様……よかった。また、会えた。あの人の、言った通りだった……!」

「零羅……?」

 

 弟の変化に兄は気づいた。

 以前より少しだけ……本当に少しだけだが、口数が増えている。

 

「……君達が連れてきてくれたのか?」

「いや。試合が始まる直前に遊矢に頼まれたのだ。お前を探してほしいとな」

「何? あの榊遊矢が……?」

 

 セレナの言葉に、赤馬零児は再び驚く。あの少年が何故そこまで気を回せたのかが引っかかったのだ。

 エキシビション・マッチ、それも相手はジャック・アトラス。加えて柊柚子のこともある。あの状況で榊遊矢が、まともな精神状態でいられるはずがない。

 

「とにかく、これでその子は渡したからな。おい、行くぞセレナ」

「いや、待て」

 

 沢渡はセレナに視線を送った後、部屋を出ていこうとしたが、赤馬零児は呼び止めた。

 

「なんだよ。まだ何かあんのか」

「沢渡シンゴ、そしてセレナ。君達がここに至ったまでの経緯を私に報告しろ」

「……んなもん知ってどうすんだよ」

「榊遊矢。彼の成長の原因を知りたい。そのためには、君達がこの次元に来て何を経験し、何を得たのかを知る必要がある」

「俺達をいきなりワケ分かんねえ場所に飛ばしたアンタに、んなこと知る権利はないと思うけどな」

「――そうか」

「っ……!」

 

 赤馬零児のひと睨みで沢渡は、蛇に睨まれた蛙のように硬直した。

 嫌な汗をかきつつも、なんとか反論する。

 

「な、なんだよ。別に、間違ったことは言ってねえだろうが」

「……」

 

 実際、彼の言には一理ある。それでも、たとえ正論が後ろに控えていたとしても、間違っているのは自分ではないかと思わずにはいられない。それほどの威圧感が赤馬零児にはある。

 だが同時に、自分のミスを認める誠実さもまた、彼は持ち合わせている。

 

「いや、失礼。確かに君の言う通りだ。これに関しては、事前に知らせておかなかった私に非がある。すまなかった」

「お、おう……」

 

 真正面から謝罪され、沢渡は戸惑う様子を見せた。まさかこの男が本当に謝るとは思っていなかったのだろう。

 

「ではセレナ。今度は君に訊こう。何があった?」

「……」

 

 セレナは腕を組み、その視線を怯むことなく受け止める。

 無言の間が続く。やがて痺れを切らし、セレナは一言だけ赤馬零児に伝えた。

 

「不動遊星と会った。それだけだ」

「何?」

 

 不動遊星。先程イェーガーからも聞いた名前だ。

 

「……そうか。榊遊矢がシンクロを習得したのはその影響か。となると、君達二人はどうなんだ? 不動遊星と接触して、何か得るものはあったか?」

「さあな。あったとしても、お前には関係のないことだろう」

「ああ、それで構わない。どんな形であれ、君達が更に力をつけたなら満足だ。これでようやく、我々ランサーズは次のステージに進める。

 ……イェーガー市長」

「市長?」

 

 ぎぎ、と扉が音を立てて閉まっていく。

 ……その裏側には、ぺしゃんこに潰されたピエロがいた。

 

「うおっ!? 誰だアンタ。というかいつの間に……」

「初めからここにいました。ヒッヒッヒ、流石は精鋭部隊ランサーズ、中々の強かさをお持ちのようだ」

「えっ……なんだよその目。俺が悪いのか?」

「いいえ、誰もそうは言っておりませんよ。これしきの不条理、流せぬようでは市長は務まりません。

 申し遅れました。私はネオ童実野シティ市長のイェーガーと申します」

「へえ――そうか、アンタ市長か。俺は沢渡シンゴ。知っての通り、舞網市市長の息子。言わば御曹司だ」

「……失礼、舞網市とは?」

 

 初めて聞く単語について、イェーガーは赤馬零児に質問した。沢渡シンゴ本人に直接訊かなかったのは、話が通じないと判断したからだろう。

 

「スタンダード次元に存在する我々の故郷です。意味合いとしては、“ネオ童実野シティ”と同じかと」

「成程。では今後、私は貴方と何度も会うことになりそうですね」

「まあ、そういうことだ。このシンクロ次元も、いずれは俺のエンタメで染め上げる予定だからな。今のうちに知り合いになっておいて損はないぜ」

 

 とことん上から目線で話す金髪少年。しかし向けられている感情は明らかに好意であるため、イェーガーは咎めない。

 エンタメで染め上げる、という宣言には難色を見せたが。

 

「……まあ、そういうことにしておきましょう。それで、そちらのお嬢さんは?」

「……セレナだ」

「そうですか。では貴女が――」

 

 イェーガーは肝心のところを言わず、そこで言葉を区切る。

 その様子を見て、赤馬零児は目を見開いた。

 ――気づかれている。少なくとも、セレナがスタンダードの決闘者(デュエリスト)ではないことに。

 赤馬零児はこれまでそのようなミスは犯していない。イェーガーとは何度も話し合う機会があったが、ランサーズのプライベートには極力触れられないよう誘導している。

 

「……いえ。不動遊星と出会っているのなら、さして問題ではないでしょう。

 では、赤馬零児さん。要件はなんでしょうか。確か先程、次のステージ、と仰ってましたが?」

「……ええ。ですがその前に、このフレンドシップ・カップについて一つ質問が」

「構いません。なんなりと」

「ありがとうございます。

 確認ですが、この大会はまず開幕戦として、ジャック・アトラスとのエキシビション・マッチが行われる。その後、この街は“バトル・シティ”となり、街の至る所でライディング・デュエルが開始される。戦績は運営に管理され、一定以上の成果を収めた上位数名が駒を進める。そして最後に、このスタジアムでトーナメント戦が行われる。

 ……細かいルールは他にもあるのでしょうが、大まかな流れとしてはこれでよろしいですね?」

「はい。その通りです」

「では、ここからが本題です。この“バトル・シティ”ですが、開幕はいつ頃でしょうか?」

「正式な開幕は明日の明朝です。尤も、一定以上の成績を収めればよいので、腕に自身のある方はもう少し遅れても結構ですが」

「そうですか。今すぐではないのですね?」

「……流石にこれほどの規模になると、セキュリティの配置にも時間が掛かってしまうもので。この点に関しては、住民からもちらほらと苦情が届いています。フットワークが悪くて申し訳ない」

「いいえ。寧ろ安心しました。明日ならば間に合います」

「はて? 間に合う、とは?」

「今回、我々スタンダード次元とシンクロ次元は、融合次元に備えて同盟を結びます。その友好の証として、あるサプライズを提供したいと考えました」

 

 眼鏡を直し、赤馬零児は向き直った。

 イェーガーだけではない。セレナと沢渡シンゴ、そして隣にくっついている零羅にも聞こえるように、その男は高らかに提案した。

 

 

「この“バトル・シティ”に我々の世界――“アクション・フィールド”を導入してはいかがでしょう」

 

 

 ◆

 

 

「……やるね、あの男」

「デニス……?」

 

 デニスは、これまでにないほどの低音で呟いた。

 どうやってあの男を倒すか。それ自体は決闘者(デュエリスト)なら誰もが考える。だがデニスの目は、その域をぶっちぎりで超えていた。

 どうやって倒すか? 違う。どうすれば(・・・・・)仕留められるか(・・・・・・・)。彼の目からは、そんな殺気が微かに漂っていた。

 

「ジャック・アトラス。やはり只者ではなかったか」

 

 黒咲もまたデニス同様、ジャックを評価する。ただしこちらに殺気はない。彼の底知れぬ強さを感じ取り、警戒している。

 

「見ているだけでも伝わった。今のあいつでは、どう足掻いてもあの男は倒せない」

「うん、黒咲の言う通りだね。最後の連続シンクロは僕も痺れたよ」

「待て。何故二人してそう思う? 確かにジャック・アトラスは圧倒的だったが、遊矢も頑張っていただろう。それだけではない、あいつはデュエルの中で進化を見せた。可能性はあるはずだ」

「いやいや、結構厳しいと思うよ? デュエルの前、ジャック・アトラスはペンデュラム召喚を知らなかった。それでこの結果なんだから。きっと次やる時、同じ戦術は通用しない」

「それだけではない。あの男はまだ何か隠していた」

「え?」

 

 黒咲は最後のターンを思い出す。

 《レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト》を遊矢が防ぎ、直後にチューナーを召喚して新たなシンクロ召喚。そして――

 

「ジャック・アトラスが伏せていた伏せ(リバース)カード。俺はあれが気になる」

「そう? 確か、遊矢の最後のターンは――」

 

 デニスは遊矢のラストターンを思い出す。

 彼はシンクロ召喚を披露し、新たなモンスターでエースを召喚した――

 

「で、《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》で《クリムゾン・ブレーダー》を戦闘破壊したんだったね。でもあの時、ジャック・アトラスは《マッド・デーモン》を守りたかっただろうから、ミラーフォースのような攻撃反応系の(トラップ)だったんじゃない? 後に備えて温存しておいたとか」

「……確かに、その可能性もあるか」

「? どうしたのだ黒咲。お前の意見はデニスとは違うのか?」

「――いや、なんでもない。確かにその通りだ。あの状況なら、攻撃反応系の(トラップ)を仕掛けるのが一般戦術だろう。そして、それを使うまでもなく榊遊矢は敗れた。それだけのことだ」

 

 黒咲は不安を振り切るように、自分に言い聞かせる。

 これより上が、あるはずないと。

 

「それより、肝心の柊柚子は見つけられたのか?」

「あー……あはは」

「……ぬぅ」

「……貴様ら」

 

 露骨に目を逸らす二人に、黒咲は大きくため息をついた。会場には人が多かった。ただ見つけられなかっただけなら仕方ないだろう。だがこの二人は、間違いなく足を止めてデュエルを見ていた。感想を述べていること、分析していることが何よりの証拠だ。

 

「……いやしかし、探そうとすらしなかったお前にどうこう言われる筋合いはないぞ」

「俺は見つけたぞ」

「WHATS!?」

「何!? ならば、柚子はどこに!?」

「そこまでは分からん。見つけたといっても一瞬だったからな」

 

 黒咲は観客席を見回す。

 エキシビション・マッチが終了し、明日からは“バトル・シティ”が開かれる。観客の中には参加者も大勢いたらしく、目に見えて人が減っている。

 

「だがこの場にいないということは、もう別の場所に移動したと考えるべきだろう。つまり……」

「! 柚子もこの大会に出場するということか!」

「十中八九、そうだろう。でなければ、わざわざこの場を離れる理由がない」

「ぬぅ……まあ、姿を確認できただけでも良しとすべきか」

「あはは! 駄目だよ権ちゃん、そんな顔してちゃ。大会に参加してるってことは、今度会う時はデュエルの相手ってことなんだから。その時はやっぱり笑顔で戦わないと」

 

 デニスは心から楽しそうに笑う。

 ジャック・アトラスと榊遊矢のデュエルを見て、彼の心にも火がついたのだ。

 二人のデュエルは間違いなく観客を魅了した。いつもの遊矢のデュエルとは異なっていたが、あれは間違いなくエンタメと言える試合だった。

 今度は自分の番。自分がこの会場を盛り上げるのだと、デニスは気合を入れた。

 

 

 ◆

 

 

 

 柊柚子は、とある選手の控え室の前で立ち止まっていた。

 プレートに書かれている名前は“榊遊矢”。エキシビション・マッチで、ジャック・アトラスと戦った決闘者(デュエリスト)

 

「…………」

 

 柚子は扉の前でこくりと喉を鳴らす。ずっと会いたいと思っていたはずなのに、いざ目の前にすると足が進まない。

 そも、どう声をかけたらいいのか。

 榊遊矢はジャック・アトラスに敗北した。完膚無きまでに。新たな力である“シンクロ”を披露してなお、あの男には一撃しか与えられなかったのだ。

 

「……落ち込んでる、よね」

 

 扉に手をかける。

 ……離す。

 もう一度手をかける。

 ……そして離す。

 それを繰り返し、はや十分。

 

「って、あーもう! なんでこんなに緊張してるのよ! 相手は所詮遊矢じゃない。あいつはただの……っ、ただの、幼馴染なんだから!」

「全くもってその通りだぜ」

「きゃあぁぁぁぁ――!?」

 

 耳をつんざく絶叫の後、柚子は恐るべき俊敏性を発揮した。

 背後の少年から全力で距離を取り、何故かハリセンを構えて臨戦態勢に入ったのだ。

 

「ユーゴ! あんたいつからそこに……!」

「ついさっきだよ。いや、ホント探したぜ。試合が終わった途端、急にどっか行っちまうんだから。……で、ここがあいつの部屋か」

「……うん」

「なんで入らねえんだ? しばらく会ってなかったんだろ?」

「そうだけど……遊矢、きっと落ち込んでるし。なんて声をかけたらいいか、分からなくて」

「ふーん。別になんでもいいと思うけどな、俺は」

「なんでもって言われても……」

「じゃあ、黙ってればいいだろ」

「そういうわけにはいかないでしょ! もう、相変わらず分かってないんだから!」

「分かってねえのは柚子の方だろ? そりゃ、相手が女だったら駄目かもしれないけどさ。男の場合はそれでいいんだって」

「それでいいって……そんな単純な」

「だから、単純なんだよ男って生き物は。気の利いた台詞はいらねえ。とりあえず姿さえ見せれば飛びつく。それが男だ」

「それはユーゴだけだと思うよ?」

 

 柚子は以前、ユーゴが自分に飛びかかろうとしたことを思い出した。

 彼には想い人がいる。名前は“リン”。彼女もまたセレナや瑠璃同様、柊柚子と同じ顔をしているらしい。

 要するに、シャワー上がりの柚子をリンと間違えて飛びかかろうとした、ということだ。

 

「んなことないって! 仮にそうだとしても、あいつだけは例外だ。俺とそっくりな顔してるから、きっと柚子のことが好きなはずだ。だから、姿を見せれば飛びかかる」

「どんな理屈よそれは! というか、それはそれで私が困るんだけど!」

「え? なんで?」 

「なんでって……だって、そういうのはまだ早いっていうか、心の準備が……いや、じゃなくて! こんな公衆の面前と抱きつかれたら誰だって困るでしょ!」

「? 公衆の面前?」

 

 ユーゴはさっと辺りを見渡す。

 ここらには選手の控え室がずらりと並んでいる。あらかじめ予約をとっていた選手のみが使える特別な部屋だ。当然防音機能付き。廊下でいくら騒いでも中には聞こえない。

 そして幸運なことに、廊下自体の人通りは少ない。

 

「よし、大丈夫だな」

「大丈夫じゃなーい! とにかく、遊矢はユーゴと違って繊細なの! 叩いたら直っちゃうような貴方とは違うのっ!」

「いーからいーから。とりあえず開けるぞー」

「えぇっ!? ちょ、ちょっと待って! まだ心の準備が――」

「いーからいーから」

 

 そうしてにこやかに微笑みながら、ユーゴは扉を開けたのだった。

 ――しかし、遊矢の反応は二人の予想とは異なっていた。

 扉は開いた。だが、肝心の遊矢は二人に目もくれず、ベッドに座ったまま一枚のカードを見つめていた。

 

「……遊矢?」

「んじゃ、俺はこれで」

「え、えぇ? ちょっと、ユーゴ……」

「俺がいたら邪魔だろ? こっから先はお前の仕事だ。そんじゃ、今度はハイウェイで会おうぜ、柚子」

 

 ユーゴは最後にそう言い残し、扉を閉めて部屋の前から去っていった。

 残ったのは柚子と遊矢のみ。だが、再会を喜べる空気ではない。

 沈黙は長く続かず、来客に気づいた遊矢はやがて、柚子に話しかけた。

 

「……柚子。“エンタメ”って、なんだと思う?」

「え?」

「俺は、皆を笑顔にすることだと思う。デュエルで皆を楽しませて、笑顔にする。それが……父さんのエンタメだ」

「――」

 

 それは、明らかに自分の意見を言っている様子ではなかった。

 意見を述べるというよりは、まるで自分に言い聞かせるような、自己暗示のような呟きだった。

 

「……なんてな。ごめん、いきなりこんなこと言われても困るよな。折角の再会なのにさ。とりあえず、適当に座ってくれ」

「……うん」

 

 柚子は備え付けられた椅子に腰をかけ、もう一度遊矢を見つめた。

 遊矢はというと、やはりまだ一枚のカードを眺めている。

 表情は曇っている。柚子には、ただジャックに負けて落ち込んでいるのではないように思えた。

 

「遊矢。何があったのか訊いてもいい?」

「……いや、別に。ただ、ジャックに負けたってだけだよ」

「本当にそれだけ?」

「……まあ、他にも色々あったけど」

「うん」

「……」

 

 再び沈黙。それでも、柚子は急かさない。遊矢が次に紡ぐ言葉を、じっくりと待ち続ける。

 最初はだんまりを決め込んでいた遊矢だったが、柚子の忍耐にやがて痺れを切らし、自身の悩みを打ち明けた。

 

「……俺。この次元に来る前に、母さんからこのカードを貰ったんだ」

 

 遊矢は、ずっと眺めていたカードを柚子に手渡した。

 それは一枚の魔法(マジック)カード。満面の笑顔が広がった世界。

 

「《スマイル・ワールド》?」

「カードとしての効果はちょっと頼りないけど……父さんと母さんの、馴れ初めのカードだって」

「へー。いいカードじゃない。《スマイル・ワールド》、笑顔の世界か。フィールドのモンスター一体につき、全てのモンスターの攻撃力を上げる……?」

「はは。ホント、笑っちゃうようなカードだよな。自分だけならともかく、相手まで上げちゃったら意味ないのに。

 ――でも。そういうの、凄くいいと思った。今の俺じゃ、そのカードは全然使いこなせないけどさ。いつかちゃんと使いこなせるようになって、皆を笑顔にできたらなって。

 ……そう、思ってたんだ(・・・・・・)

「思ってたって……今は違うの?」

「……分からない。全然、何一つ分からないんだ。俺のエンタメは……独りよがりだから」

 

 遊矢は悔しげに歯噛みし、拳を強く握り締めた。

 彼の頭には、あの時のジャックの言葉が未だに残っている。おそらくそれは、榊遊矢がエンタメを志す限り一生消えないだろう。

 

「独りよがりって……エキシビション・マッチでは皆を笑顔にできたじゃない」

「あれは父さんのエンタメじゃない!」

 

 遊矢は顔を下に向けたまま、これ以上ないほどの声量で叫んだ。

 声には焦りと苛立ちが大きく表れている。

 

「遊矢……?」

「ぁ……ごめん。最低だな、俺。イライラして人に当たるなんて」

「ううん。ねえ、一つ訊いてもいい? エキシビション・マッチのデュエルは、遊矢のお父さん……“榊遊勝”のエンタメじゃなかったの?」

「……うん。別に、父さんのエンタメを極めたわけじゃないけど、あれは絶対に違ってた。父さんのエンタメじゃなかった。でも、最後には皆、笑顔になってたんだ」

 

 目を瞑れば鮮明に思い返せる。最後のあの景色を。全員が身を乗り出し、もみくちゃになりながらも笑っていた観客達を。

 

「多分、あれがジャックなりのエンタメだったんだと思う。決闘者(デュエリスト)同士が全身全霊でぶつかり合うデュエル。相手に実力以上の力を引き出させて、その上で正面から打ち破るパワー・デュエル」

「そうね。じゃあ、もしかして遊矢も?」

「ああ――シンクロ召喚。ジャックが相手じゃなかったら、きっとできなかった」

 

 遊矢はデッキから二枚のカードを取り出した。

 一枚目は《貴竜の魔術師》。デュエルの直前、不動遊星から託されたチューナーモンスター。“貴竜”とは風水言語の一つであり、生き生きとした土地のことを指す。ここには多くの「気」が集まり、住む人間に様々な利益を与えるという。初めは普通の効果モンスターだったが、いつの間にかペンデュラムモンスターに変化している。

 二枚目は《オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン》。ジャックとのデュエルにて開眼した新しい力。

 

「シンクロを習得できたのは素直に嬉しいけど……同時に分からなくなったよ。これは父さんのエンタメじゃなくて、ジャックのエンタメで得た力だ。そして、シンクロ次元の人達はこの力で盛り上がってた。

 ――だから。もしかしたら、俺は」

 

 そこまで言って、遊矢は言葉を止めた。ここから先は言ってはいけないと、自分でブレーキをかけたのだ。

 

「遊矢は、そこまで考えてどう思ったの?」

 

 柚子は答えを急かす。本人の中では既に答えは出ている。この問題に先延ばしは許されない。

 何故ならこれは、榊遊矢の人生(デュエル)の根幹を揺らす部分だからだ。

 

「……俺は」

 

 恐怖に怯え、両手を組む。

 その様子を見て柚子は立ち上がり、今度は遊矢の隣に座り込んだ。

 ……それで少しは気持ちが和らいだのか。遊矢は覚悟を決め、ひと思いに胸中の不安を吐き出した。

 

「――俺のデュエルは。父さんのエンタメは、間違ってたんじゃないかって」

「……どうしてそう思ったの?」

「だって、そうじゃないか。父さんのエンタメは全然駄目で、ジャックのエンタメは受けていて。

 でも、そんなことは絶対ないはずなんだ。スタンダード次元では、父さんのデュエルは絶賛されてたんだから」

「そうね……でも、それって矛盾してない?」

「うん。だから、自分でもよく分からなくって。

 俺は、デュエルで皆を笑顔にしたい。でもそのためには、ジャックのエンタメじゃないと駄目で。だけど、認めるわけにはいかなくて」

「抵抗があるのね。これまで遊矢はずっと、“榊遊勝”のエンタメを目指してたから。今までの自分を否定するみたいで」

「……ああ。大体そんな感じかな。すごいな柚子は。なんでもお見通しか」

「これでも幼馴染ですから。

 ……でも、そっか。じゃあ簡単じゃない。どちらのエンタメが正しいか分からないなら、いっそ両方極めちゃえばいいのよ」

「――――は?」

 

 柚子は得意げに――これ以上ないほど自信満々に言い放った。

 どちらが正しいか分からない。ならばどちらも極めよう、と。

 ……強欲にも程がある。

 

「そんな、無茶言うなよ。俺はそこまで器用じゃない。両方なんて、無理に決まってる」

「じゃあ、どちらも諦めるしかないわね」

「……お前、真面目に話聞いてる? 俺は父さんみたいなエンタメデュエリストになるんだって、何度も言ってるだろ?」

「あはは、ごめん。遊矢、昔からそれが口癖だったよね。いつか父さんみたいになるんだーってさ」

 

 ニコニコしながら、柚子は昔を思い出す。

 

「いつもゴーグルかけて泣いてた遊矢が、今ではすっかり一人前になっちゃって。人間って、変わろうと思えば案外簡単に変われるのかもね」

「む、昔のことは別にいいだろ。今はもう、そんな簡単に泣かない」

「ホントかなー。遊矢、結構いっぱいいっぱいだったよ。私が来なかったらまた一人で泣いてたんじゃない?」

「だから泣かないって! もうそんな子供じゃないぞ、俺」

「……それじゃあ、大丈夫ね」

 

 柚子は柔らかく微笑んだ後、立ち上がり、遊矢と向き合う。

 彼女に遊矢の悩みは分からない。実際にジャックとデュエルをした遊矢と、見ていただけの柚子。理解はできても共感はできない。

 だが、だからこそ――本人とは違う立場にいるからこそ、伝えられる言葉だってあるのだ。

 

「……柚子?」

 

 少女は提案する。自分の想いを伝えるために。

 ほかの誰でもない――榊遊矢の笑顔を、もう一度見るために。

 

 

「遊矢。私とデュエルしましょう」

 

 

 




……《オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン》の(2)の効果では《幻奏の華歌聖ブルーム・ディーヴァ》の(1)の効果を無効にできないと知って只今絶望中。
……デュエル構成練り直しっと。

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