注意:スピードスペルが登場します。
デュエルは途中からです。一から書くのは割とキツイ。というか、【RR】を書くのがキツイ。
その男は、灰色のコースを駆けていた。
跨っているのは漆黒のD・ホイール。男はカードと、
観客は皆、その男に魅了されている。別世界から来たのではないかと疑ってしまうほどの、その異次元的な強さに。
聞くところによると、男はライディング・デュエルの経験がないらしい。
真実は定かではない。証拠がないからだ。だが、目の前のこの惨状を見れば、誰もが嘘だと感じるだろう。
――男の名は黒咲隼。
スタンダート次元の精鋭部隊『ランサーズ』が誇るエクシーズ次元のデュエリストである。
◆
このスタジアムでは定期的に一種の賭博が行われている。
腕に覚えのあるD・ホイーラー達を集め、リーグ戦を開く。観客は誰が勝つかを予想し、手持ち金を賭ける。
ある者は無名の選手に大金を貢ぎ、ある者はトッププレイヤーに僅かばかりの財産を注ぎ込む。
平たく言ってしまえば競馬である。ただ、走るのは馬ではなくD・ホイーラーであるというだけ。
ここに集められる者達は様々だ。表舞台を去った者から高待遇のVIPまでなんでもアリ。
――共通しているのは、ここを走る者全員が敏腕プロモーター『ギャラガー』に目をつけられた
黒咲隼もまたそのうちの一人。
シンクロ次元に存在しない召喚法――“エクシーズ召喚”の使い手としてスカウトされたのである。
「“ライディング・デュエル”……バイクに乗ってデュエルしてるんだ。うん、スリルがあって面白そうだね!」
スタジアムでD・ホイールを駆る黒咲を見て、デニス・マックフィールドは目を輝かせる。
水色のシャツの上にオレンジのスーツ。動きやすさを重視してか、スーツには右袖だけがない。派手かつ紳士的なその服装は、見る者に
「何が“面白そう”だ。今の俺達にこんなことをしている暇はないぞ」
もう一人の男――権現坂昇がデニスを諌める。
巨大なリーゼントと白い学ラン、赤いハチマキ。
髪型だけを見れば不良のそれだが、雰囲気や立ち振る舞いは完全に真逆と言っていいだろう。
権現坂は限界まで敷き詰められた観客席を見て、不満を隠さずに言う。
「それに見たところ、これはおそらく賭けデュエルだろう。こんなもの、実にけしからん行為だ」
「そうかなぁ。だって聞こえない? この歓声、この熱気。これぞエンタメって感じじゃない?」
「どこがエンタメだ。法を侵すエンタメなど、もはやエンタメではない」
「オイオイ、人聞きの悪いこと言うんじゃねえぜ」
金色のサングラスを掛けた男が訂正する。
高価なスーツを身に付け、指には宝石首にも宝石。只者ではないことが一目で分かる。
彼こそがここの支配人、ギャラガーである。
「ここをどう思おうと勝手だが、これだけは言わせてもらうぜ。こいつは違法じゃねえ。シティからの許可も降りてるんだからな」
「だとしても、けしからん見世物であることに変わりはない。デュエルが終了したら、俺達は黒咲を連れて出て行くぞ」
「えぇ~!? そんな、黒咲だけずるいじゃないか! 僕もライディング・デュエル興味あるのに!」
「後にしろ後に。遊矢達を探して合流するのが先だ」
「むぅ……」
デニスは渋々、といった感じで引き下がる。
が、ギャラガーは引き下がらない。
何しろこの二人はギャラガーにとって絶好のカモ。黒咲を倒せる可能性が最も高く、何より話題性抜群の
「なるほどな。けど、人探しならここよりいい場所はないぜ。なんせ賞品があれだからな!」
ギャラガーが指差したのは一枚のポスター。
映っているのは、白いライディングスーツと金髪の男。そして、明らかに一般の物とは異なるD・ホイール。
「なんだ、それは」
「このネオ童実野シティには、かつて世界を救った伝説のチームがいてな。そのうちの一人“ジャック・アトラス”が、じき開催される“フレンドシップ・カップ”で帰ってくるのよ」
「フレンドシップ・カップ?」
「ああ。フレンドシップなんて可愛らしい名前が付いちゃいるが、その正体はただの生存競争よ。参加希望のD・ホイーラーがシティ中を跋扈し、出会えばたちまちデュエル開始。人数が絞られるまで永遠に戦い合う。
――そう。大会が始まれば、この眠らない街“ネオ童実野シティ”は、修羅の街“バトル・シティ”と化す!」
「バトル・シティだと!?」
「そうだ! 公平な戦いなんてのは上っ面だけだ。乱入上等インチキ上等。
……ま、大抵は見つかっちまうんだがな」
「む――そうか、ならば安心だ」
不正は見つかる。
バトル・シティと聞いて背筋が凍ったが、それを聞いて権現坂はほっと胸をなでおろす。
この次元にはセキュリティと呼ばれる警察組織がある。彼らはしっかり自分達の街を取り締まっているようだ。
「で、この大会の優勝者には“ジャック・アトラス”とデュエルする権利が与えられる。その最短ルートがこのスタジアムってわけだ」
「どういうことだ? 何故ここがその“フレンドシップ・カップ”とやら繋がる」
「そいつは賞品が“シード権”だからだ。“バトル・シティ”が終われば、その後は一つのスタジアムでトーナメント戦が行われる。
要するにここで一定以上の成績を出せば、バトル・シティの火の粉を浴びることなくトーナメントに進めるってわけだ」
「……成程。黒咲の狙いはそれか」
元来、ランサーズの目的はシンクロ次元と同盟を結ぶこと。そして、強い
ここで勝ち続けていれば、自ずと強い
加えて大会に出場すれば、ランサーズの面々とも合流することができる。
黒咲の行動は一応、理にかなっている。
「……だとしてもだな、それでは時間が掛かってしまう。俺達は遊矢だけじゃなく、柚子も探さなければならんのだぞ」
「まあまあ権ちゃん」
デニスはギャラガーに聞こえないよう、声を潜めて言う。
「……見る限りこの次元は平和っぽいし、少しくらい遅れたっていいんじゃない? それに、大会に出場した方が遊矢達も驚くと思うし」
「……正直に言ったらどうだ。ライディング・デュエルがしたいだけだと」
「心外だなぁ。“だけ”なわけないじゃないか」
「まったくお前というやつは――」
「まぁまぁ落ち着いて。とりあえず、細かい話は後で相談して決めることにしようよ。今は黒咲のデュエルを楽しもうじゃないか」
デニスはスタジアムの方へ目を移す。
ギャラガー専用の特等席だけあって、かなり眺めはいい。
「デニスの言う通りだぜ。なんせ今度は、お前らが黒咲と戦うかもしれねえんだからな」
「ホントに!?」
「断る!」
身を乗り出すデニス。対し、権現坂は腕を組み拒否する。
「ハハッ、真逆の反応とは面白い。こいつは楽しみだぜ」
◆
黒咲は無言のままコースを駆ける。
対戦相手は腕利きのD・ホイーラー。公式試合で大敗した後ここに流れ着き、以降長い間活躍しているらしい。
だが、黒咲はそんな経歴に興味はない。いかに幅をきかせていようが、所詮は這い上がれなかった弱者。そんな
「俺のターン!」
ターンが変わり、ドローフェイズ。
黒咲は今一度、フィールドの状況を確認する。
ENEMY
LP:1200
SPC:3
黒咲
LP:1000
SPC:5
ここでのデュエルは、好成績を収めれば収めるほど不利になる。
今回のライフペナルティは、連勝している黒咲に2000。勝ち負けを繰り返している男には0。
デュエルは既に佳境に入っている。
黒咲の場にモンスターはなく、男の場にモンスターは一体。新緑の木々を彷彿とさせる虎のようなモンスター、《ナチュル・ビースト》。
《ナチュル・ビースト》
星5/地属性/獣族/攻2200/守1700
《ナチュル・ビースト》は、デッキトップのカードを二枚墓地に送ることで
加えて
ライディング・デュエル最大の特徴は、専用の魔法である《
しかし、今はそれが封じられてしまっている。これでは逆転も難しい。
「……くだらん」
黒咲は吐き捨てる。“くだらない”、と。
彼にライディング・デュエルの経験はない。しかしそれが幸いした。
たとえ《
「《
機械じみた鳥獣が現れ、D・ホイールを操る黒咲と並行して滑空する。
《
星4/闇属性/鳥獣族/攻1300/守1600
「バニシング・レイニアスのモンスター効果発動! 手札から《
二体目のバニシング・レイニアスが現れ、一体目と並ぶ。
そして、まだ終わらない。
「更に二体目の効果を発動! 三体目、バニシング・レイニアスを特殊召喚!」
三体目が現れ、更に滑空。
同名モンスターが三体並び、互いに共鳴し合う。
「……やるじゃねえか」
高音の咆哮を浴びて、対戦相手の男は笑みを浮かべつつも賞賛した。
男とて黒咲の評判と戦術は聞いていた。が、それでもなお、
「俺は、三体のバニシング・レイニアスでオーバーレイ!」
三体の鳥獣は闇色の塊となり、空に空いた黒き孔へと吸い寄せられる。
同レベルモンスター複数を使用する召喚。素材となったモンスターはオーバーレイ・ユニットとして宙に舞い、効果を使う際に消費される。
シンクロ次元には存在しない新たな召喚法――それが。
「雌伏のハヤブサよ。逆境の中で研ぎ澄まされし爪を挙げ、反逆の翼翻せ! エクシーズ召喚! 現れろ! ランク4! 《
寒色の色を帯びた機械鳥が、黒咲の元へと舞い降りた。
強者を倒すための反逆の翼。黒咲隼の象徴とも言えるモンスター。
《
ランク4/闇属性/鳥獣族/攻 100/守2000
「ここに来てエクシーズ召喚か。攻撃力はたったの100。だが――」
「そうだ。ライズ・ファルコンには、攻撃力の差をものともしない効果がある。
オーバーレイ・ユニットを一つ使うことで、特殊召喚された相手モンスターを一体選択し、その攻撃力分アップする!
《ナチュル・ビースト》の攻撃力は2200。よって、ライズ・ファルコンの攻撃力は――!」
《
攻 100 → 攻 2300
「バトルだ! ライズ・ファルコンで《ナチュル・ビースト》を攻撃! “ブレイブクロー・レボリューション”!!」
炎を纏った突撃を受け、《ナチュル・ビースト》は破壊。同時に男のライフが減少する。
削られた数値は僅かだが、いずれにしても上級モンスターの直接攻撃を受ければ消える程度。いかに小さな傷でも避けたいのが本音だろう。
ENEMY
LP:1200 → LP:1100
「俺はカードを一枚伏せ、ターンエンド」
「ちっ……やってくれるぜ。俺のターン!」
ENEMY
LP:1100
SPC:4
黒咲
LP:1000
SPC:6
男はカードをドローした後、即座に
「
《ナチュル・ビースト》をゲームから除外して、《キーマウス》、《素早いビッグハムスター》を特殊召喚!」
《キーマウス》
チューナー
星1/地属性/獣族/攻 100/守 100
《素早いビッグハムスター》
星4/地属性/獣族/攻1100/守1800
一枚のカードで、二体の下級モンスターが特殊召喚された。
内一体はチューナーモンスター。レベル5のシンクロモンスターが来るのでは、と黒咲は警戒する。
「そして俺は、《素早いビッグハムスター》をリリースして、《バフォメット》をアドバンス召喚!」
《バフォメット》
星5/闇属性/悪魔族/攻1400/守1800
「《バフォメット》の効果発動! デッキから《幻獣王ガゼル》を手札に加える」
「……」
《キーマウス》と《バフォメット》。合計レベルは6。
今度こそシンクロ召喚が来る――とは、黒咲は思わなかった。
違う、そうではないと彼の本能が告げる。
「っ――」
黒咲隼は覚えている。己の無力さを。己の不甲斐なさを。
どれだけ強くなっても。いかに勝利を重ねようと。
今浴びている歓声など、飾りにも劣るのだ。
「《
融合召喚! いでよ、《有翼幻獣キマイラ》!!」
《有翼幻獣キマイラ》
星6/風属性/獣族/攻2100/守1800
――翼が生えた二頭の獣。
無理矢理合成させられたようなその醜い様は、正しく
「そして《
《有翼幻獣キマイラ》
攻2100 → 攻3100
「バトルだ! キマイラでライズ・ファルコンに攻撃! “キマイラ・インパクト・ダッシュ”!」
「墓地の《
「だが、モンスターの攻撃は通るぜ!」
キマイラの攻撃を受け、ライズ・ファルコンは脆い硝子のように砕け散った。
破壊の衝撃をD・ホイール上で受けつつ、黒咲は体勢を整える。
「耐え抜いたか。俺はこれでターンエンド」
《有翼幻獣キマイラ》
攻3100 → 攻2100
「っ――」
黒咲は舌打ちする。
何しろ手札がない。先程のバニシング・レイニアス三体で既に使い切ってしまったのだ。
観客は動揺する。連勝中の黒咲が負けるのか、と。
だが、当人の目はまだ死んでいない。それに期待している者達もいる。
結果はどうあれ、間違いなく次が黒咲のラストターン。
「俺のターン、ドロー!」
ENEMY
LP:1100
SPC:5
黒咲
LP:1000
SPC:7
スタンバイフェイズの瞬間、両者のスピードカウンターが一つずつチャージされる。
カウンターの数は七個。黒咲はこれでようやく、狙っていた効果を発動できる。
「俺は《スピード・ワールド2》の効果発動!
「ほーう、最後のドローに賭けるってことか。まぁ無駄だろうがな。エクシーズモンスターは一体では成り立たない。精々壁モンスターを出して終わりってとこだろうよ」
「言っていろ。このデュエル、勝つのは俺だ。
――ドロー!!」
黒咲
LP:1000
SPC:0
黒咲はカードをドローし、途端にD・ホイールは失速する。
――その上で、黒咲は笑っていた。
速度が落ちた黒いD・ホイールは、中継カメラで黒咲の表情をはっきりと捉えている。
観客席は一瞬だけ静まり返り、男は訝しげに黒咲を見つめる。
――そして唐突に、黒咲のD・ホイールは急加速する。
「《
「何っ――うおっ!?」
黒咲
LP:1000
SPC:6
カウンターを上回った黒咲は、あっという間にその男を追い抜いた。
もはや彼を止められない。
止まることなく、止め様がなく、黒咲は勝利への道を突き進む。
「
《
ランク4/闇属性/鳥獣族/攻 100/守2000
「なんだと!?」
「ライズ・ファルコンの効果発動! オーバーレイ・ユニットを一つ使い、特殊召喚されたモンスターの攻撃力分アップする!」
《
攻 100 → 攻 2200
「さらに《
黒咲
SPC:6 → 5
《
攻 2200 → 攻 3200
ライズ・ファルコンの攻撃力が流れるように上昇する。
最終的な攻撃力は3200。一撃で相手を葬れる範囲にまで到達した。
翼を持っただけの地を這うキマイラに、その
「バトルだ! ライズ・ファルコン、《有翼幻獣キマイラ》を攻撃! “ブレイブクロー・レボリューション”!!」
スピードの力を得た
攻撃力の差は1100。男に防ぐ術はなく、彼を守る最後の砦が破壊された。
「ぐっ――うあああぁぁあぁあ――!!」
ENEMY
LP:1100 → LP:0
ライフが尽き、男のD・ホイールが停止。スモークが吹き上がり、完全にスピードを失って停止した。
勝敗が決着し、会場は再び黒咲コールに包まれる。
――融合モンスターの破壊。
己の完全なる勝利を実感しつつ、黒咲は余韻を味わう。
勝者は黒咲隼。連勝記録は守られ、目的へとまた一歩近づいた。
◆
「ハーイ黒咲。久しぶりだね、元気だった?」
「……」
開口一番、デニスは黒咲に明るく声を掛けた。
試合が終了し、黒咲は一度控え室へ戻った。そこで待っていたのがこの二人――デニスと権現坂だったというわけである。
だが、黒咲が無言になった理由はその格好だ。
権現坂はいつも通り。しかし、デニスはオレンジのライディングスーツを纏い、ギャラガーから借りたであろうD・ホイールを引いている。
「……何故貴様らがここにいる」
「それはこちらの台詞だ。単独行動は感心せんぞ」
「俺は俺に出来ることをやっていただけだ。ここに来たということは、貴様らも話は聞いただろう?」
D・ホイールの点検をしていたデニスが得意げに言う。
「あーそれ、僕らも聞いたよ。フレンドシップ・カップのことだよね?」
「そうだ。俺はここで勝ち残り、その大会に出場する。強い
「だよね。ね、権ちゃん。僕が言ったとおりだったでしょ?」
「ぬぅ……しかしだな、これは健全なデュエルではない。賭けデュエルなんだぞ」
賭けデュエル。権現坂が渋る理由はそこだ。
糞真面目という言葉が似合うこの男は、どんなに正当な理由があっても、この手のモノを認めるわけにはいかないらしい。
「勘違いしてもらっては困る。貴様らに出番はない」
「……む」
挑発とも取れる黒咲の言葉に、デニスは反論する。
「そんなことはないよ。僕らだってランサーズの一員なんだから」
「それ以前の問題だ。これはライディング・デュエル。通常の魔法は使えず、《
魔法を使わない
「随分はっきり言うんだね。理由を聞いてもいいかな?」
「この次元の
「意外だね。心配してくれてるのかい?」
「寝言は寝て言ったらどうだ」
「はは、ごめんごめん。でももう登録しちゃったからね。それに、今のを聞いてちょっとワクワクしてきたよ」
デニスはD・ホイールに跨り、ヘルメットを装着する。
デッキをセットし画面を操作すると、Dホイールは走行モードに変形する。
「……うん、行けそうだ。どう? 権ちゃん」
「ぬぅ…………まあ、サマになってはいるが」
「そっか、よかった。じゃあ二人共、客席でしっかり僕を応援してね!」
ゲートが開き、デニスは意気揚々とD・ホイールを駆る。
別席からはギャラガーのアナウンスが響き、それに合わせてデニスがパフォーマンスを披露した。
奇想天外なその振る舞いに、観客たちは一気に呑まれていく。
――かくして、スターがまた一人。
この小さなスタジアムにて誕生した。
遊戯王はアニメとタッグフォースぐらいでしか知らないので、ぶっちゃけ【RR】と【Em】は全く書けません。TFSPに【RR】は三種類しかいませんし、【Em】に至ってはゼロですから。
「かませになる融合モンスター」を出したかったので、《有翼幻獣キマイラ》を無理矢理出張させました。