アーク・ファイブ・ディーズ   作:YASUT

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シンクロ次元編
アーク・ファイブ・ディーズ


 ライディングデュエル。それはスピードの中で進化した決闘。

 そこに命を懸ける伝説の痣を持つ者たちを、人々はファイブディーズと呼んだ。

 

 

 ◆

 

 

 時間帯は正午。不動遊星はガレージで一人、物思いに耽っていた。

 手にはフレームに入れられた一枚の写真。トロフィーを掲げた彼を中心に、仲間達が思い思いにシャンパンの蓋を開け、祝杯をあげている。

 チーム“5D’s(ファイブディーズ)”。そう称されたのも今となっては昔の話。仲間達は皆自分の道を選び、それぞれの未来へと走り続けている。

 

「邪魔するぜー、遊星」

 

 背後からの声に遊星は振り返る。

 ワイシャツを着た眉の太い大男。肩に担いだ制服のデザインから、ネオ童実野シティの治安を守る“セキュリティ”であることが伺える。

 

「牛尾か。どうしたんだ、こんな時間に」

「お前こそ何やってんだ。貴重な休憩時間だぞ、十六夜と連絡取らなくていいのか?」

「アキと……? 

 ……いや、特に知らせることもないが」

「――……はぁ」

 

 数秒の沈黙、そして溜息。

 5D'sの面々と付き合いの長い牛尾は、不動遊星と十六夜アキの関係にも気づいている。

 恋人ではない。だが、ただの友人でもない。どちらかが踏み出せば劇的に変わってしまう微妙な関係。

 ――それも、今年で二年になる。

 始めこそ生暖かく見守っていたが、この二年間一切変化なしというのは、セキュリティトップの彼でも不安なのだ。

 ……もっとも。この不動遊星という男が、牛尾の前でそんな簡単にボロを出すはずがないのだが。

 

「いや、まあいいんだけどよ。で、結局何してたんだ?」

「ああ……ちょっと、昔を思い出していた」

 

 遊星は手元に視線を戻す。

 巨大な金のトロフィーと、記念の写真。

 そして、今は無き好敵手(とも)の形見。

 

「WRGPとアーククレイドル。あれからもう二年になるんだな」

「そうだな。これでようやく、お前も大人の仲間入りってわけだ」

「よく言う。初めて会った時から子供扱いしてくれなかっただろう」

「目の前であんだけの決闘(デュエル)を見せられちゃ、子供扱いする方が失礼ってもんだ」

「どうだろうな……スタンディングの方はアキと定期的にやってるが、ライディングは最近作ってばかりだからな。セキュリティとして毎日走っている牛尾の方が上なんじゃないか?」

「ん? 作ってばかりってのはどういうことだ?」

「ああ。モーメント開発の息抜きで、よくDホイールを弄ってるんだ。安全性を重視してみたり、可能な限り低コストにしてみたり、最大速度を上げてみたり、な」

 

 Dホイールとは、ライディングデュエル専用のデュエルディスクのことである。

 通常のデュエルとは異なり、プレイヤーはバイク型デュエルディスク――Dホイールに乗ってデュエルを行う。

 転倒させる、周回遅れにするなど、相手のLPを0にする以外にも勝利条件が幾つかあり、カードプレイングが上手いだけでは勝てないのが魅力の一つだ。

 ちなみにネオ童実野シティは、専用道路やコースが作られるほどライディングデュエルが盛んである。

 つまりどういうことかと言うと――Dホイールは、滅茶苦茶売れる。

 

「ちゃっかりしてんなぁ、お前」

「フッ…………ん?」

「どうした?」

 

 

『こ こ は 、どこだァァ――!!!!』

 

 

「……なんだ、今の」

「外が騒がしいな。ちょっと様子を見てくる」

「おう」

 

 牛尾は遊星を見送る。

 向かう先……ガレージの外の噴水広場には、騒がしい人影が四つ。

 

「――珍しいこともあるもんだ」

 

 

 ◆

 

 

「こ こ は 、どこだァァ――!!!!」

 

 

 時刻は正午。昼休みの社会人達がくつろいでいる中、噴水広場で怒号が響き渡った。

 高価そうな黒のシャツと白い制服。

 世界はオレが中心で回っていると言わんばかりの、俺様オーラ全開の金髪少年。

 沢渡シンゴ。見ての通りおぼっちゃま、そして金持ちだ。

 

「一々五月蝿い男だ。少しは静かにしたらどうなんだ」

「なんだと――!」

「やめろって二人共。ほら、周りの人達も見てるし……」

 

 一人の少女が不愉快そうに突っぱね、一人の少年が宥める。

 そんな彼らを、休憩中の社会人達は奇異の目で見つめている。

 WRGP終了以降、この噴水広場はとても静かになった。二年前ならいざ知らず、今となってはこのような騒ぎも珍しいのだ。

 

「クソ、ようやくシンクロ次元に行けたと思ったらこのザマか。赤馬零児め、この俺を誰だと思ってやがる。普通はシンクロ次元のトップか、せめて柊柚子の目の前に飛ばすのがマナーってもんだろ」

「……兄様?」

 

 赤馬零児。その名を聞いて一人が反応する。

 帽子を目深にかぶり、その上から更に水色のフードを被った子供。

 子供は少年――榊遊矢の制服を引っ張り、尋ねる。

 

「ねぇ、兄様はどこ?」

「零羅……えっと、ごめん。まだ分からないんだ。ここがどこかもまだ分かってないし。

 けど大丈夫だ。赤馬零児は俺が一緒に探してやる。だから――」

「私は反対だ」

 

 そう言ったのは赤い服を着た少女、セレナ。

 遊矢の幼馴染――柊柚子とそっくりな容姿をした、融合次元の決闘者(デュエリスト)だ。

 

「どうしてだよ。まずは皆と合流するのが先だろ?」

「いや、その必要はない。こうしてバラバラになったのはおそらくあの男の思惑通りのはず。

 我々ランサーズの目的は、このシンクロ次元で柊柚子を探すこと。そして、強い決闘者(デュエリスト)を探し、アカデミアの侵略に備え同盟を結ぶことだ」

「成程な。つまり、赤馬零児はシンクロ次元のトップと取引。俺達は手分けして決闘者(デュエリスト)を探せってわけか。あのヤローにこき使われるのはちょっと釈だが、確かに俺にはこっちの方が合っている。ま、適材適所ってやつだな」

「そういうことだ。早速だが私は柚子を探しに行く。お前達はここらで大人しくしていろ」

「えっ――?」

 

 脇目も降らず、セレナは噴水広場を出ていこうとする。

 セレナは以前、ここではない別次元で監禁にも似た生活を送っていた。

 窮屈な暮らしをしていた彼女としては、早く行動したくて仕方ないのだろう。

 尤も、チームという観点から見れば、彼女は自分勝手の一言に尽きるのだが。

 

「ちょっと、セレナ!」

「四人行動は効率が悪い。その子供が一緒なら尚更だ」

 

 セレナは不満を隠さず零羅を一瞥した。

 それに怯え、零羅は遊矢の後ろに隠れる。

 

「……フン」

「セレナ!」

 

 遊矢の静止を聞かず、セレナは噴水広場を出て行った。

 

「まぁ、確かに一理ある。そういうわけで、俺も行かせてもらうぜ」

「なっ……沢渡、お前まで!」

「一人にするわけには行かねーだろ。いいからこっちは任せとけ」

「あ……ああ」

 

 そうして、沢渡もまた噴水広場を出て行った。

 

 

 ◆

 

 

「――ということがありまして」

「成程なぁ。よく分からんが、大変だなお前も」

 

 時間は昼過ぎ。遊星と牛尾は二人を椅子に座らせて相談に乗っていた。

 あまった廃材で作られた簡素なものだが、その丈夫さから作り手の腕は確かであることがわかる。

 零羅は用意された甘めのコーヒーを啜りつつ、物珍しそうにガレージ内を見回している。

 

「そういえば牛尾。もう時間は過ぎているが、大丈夫なのか?」

「ぐっ……う、うるせえ、迷子捜索も仕事の内よ。っていうか、そういうお前はどうなんだ」

「抜かりはない。きちんと休暇をとっている」

「なにぃ!? ……ああいや、俺は今絶賛仕事中だ。風間のヤローにも連絡つけといたし、多分大丈夫だろう」

「そうだな。俺もよかれと思って深影さんに連絡しておいた。あの人なら庇ってくれるだろう」

「んなっ!? 遊星、てめえ!」

「――フッ」

「確信犯じゃねーか!!」

「気にするな。それより遊矢」

「あっ、はい」

 

 あからさまな塩対応に牛尾は落ち込むが、構わず遊星は遊矢に話しかける。

 

「さっきの話を聞く限り、寝床はまだ決まっていないんだろう? よければここを使ってくれ」

「え……いいんですか?」

「構わない。四人ならなんとかなる。それに、いくつか気になる話もあるからな」

 

 先程の四人の会話には、遊星と牛尾にとって聞きなれない単語がいくつか出てきていた。

 ――シンクロ次元。

 過去や未来に関係する敵とは何度も戦ってきた遊星だが、別次元に関しては初耳だ。

 

「おいおい遊星、まさか信じてるのか? シンクロ次元だか何だか知らないが、所詮は子供の言うことだろ?」

「ダークシグナーやイリアステルといった前例があるんだ。聞いてみる価値はあるだろう」

「遊星さん……」

 

 遊星もまた椅子に座り、遊矢と零羅に向き直る。

 

「詳しく話してくれないか。君達は何者なのか。そして、目的はなんなのかを」

「――はい」

 

 遊矢もまた遊星を見つめ、自分達のことを真摯に話し始めた。

 

 他次元を侵略する融合次元の決闘者(デュエリスト)のこと。

 彼らに滅ぼされたエクシーズ次元のこと。

 そしていずれは残りのスタンダード次元、シンクロ次元にも侵略に来ることを。

 

 次元を渡ってきた彼らの目的は三つ。

 一つ目は融合次元に対抗するため、シンクロ次元と同盟を結ぶこと。

 二つ目は強い決闘者(デュエリスト)を探し、対融合次元精鋭部隊“ランサーズ”を強化すること。

 そして三つ目は、この次元に迷い込んだであろう少女“柊柚子”を探し出すこと……だそうだ。

 

「俺は柚子を……柊柚子を探しに来たんだ。確かに強い決闘者(デュエリスト)も探さなくちゃいけないけど……柚子を見つけないことには、俺はスタンダード次元には帰れない。

 牛尾さんは警察なんですよね? 何か連絡とかないんですか?」

「さあな。そもそも俺はハイウェイの取り締まりがメインだからな。迷子とかには詳しくねえんだよ」

「そうですか……じゃあ、遊星さんは何か知りませんか?」

「俺は最近、外に出ること自体が少なくてな。すまない」

「……いえ、謝らないでください。こんなに広い住まいまで貸してもらってるんですから」

「気にするな。俺も五月蝿いのには慣れている。いや、寧ろ騒がしいくらいがちょうどいいくらいだ」

「慣れている? ――……あ」

 

 遊矢はガレージの奥、大切に仕舞われている大きなトロフィーを見つけた。

 側には一枚の写真立てと、ボロボロに壊れた赤いサングラス。

 

「……仲間、ですか?」

「そうだな。皆、俺の大切な仲間だ」

「…………」

 

 写真を見つめ、遊矢は自問自答する。

 大切な仲間ならいる。探しに来た“柊柚子”もその一人だし、他にも沢山いる。

 だが、今のランサーズの面々はどうだろうか。果たして彼らを仲間と言えるのか。あの写真に映る彼らのように、ふざけあうことができるのか。

 ――無理だろう。

 ランサーズとは赤馬零児が率いる決闘(デュエル)戦士のチーム。

 その選抜基準は“強いこと”。ただそれだけだ。それ以外の共通点など皆無に等しい。

 隣で大人しくしている零羅だって、彼自身、赤馬零児の弟であること以外は何も知らないのだ。

 

「……このままじゃ、駄目なのかな」

 

 写真を見れば見るほど遊矢はそう考える。

 確かにランサーズは強いかもしれない。今は無理だとしても、いずれは融合次元に勝つことができるかもしれない。

 けれど最後の最後に、あの写真に映る彼らのように、皆で笑い合うことができるのだろうか――と。

 

「まあ、なんだ。人探しの件はセキュリティの奴らに任せるとして……強い奴らなら、こっちにゃ山程心当たりがあるぜ? なあ遊星」

「……どういう意味だ、牛尾」

「こういう意味だよ――そら!」

「!」

 

 どこから用意したのか、牛尾はデュエルディスクを遊星に放り投げた。

 ぞんざいに扱う牛尾を軽く睨みつつ、遊星はディスクをキャッチする。

 

「融合次元だのシンクロ次元だのは正直信じられねーが、こいつらが何か問題抱えてるのは明白だ。だったら、力になってやるのがおまわりさんってもんだ」

「だからって何故デュエルディスクを……遊矢とデュエルしろ、とでも言うつもりか」

「おうよ。デュエリストの性格を知るなら、言葉よりもこっちの方が断然早え。プレイングや使うカードで、そいつがどんなヤツか大体分かるからな。それに、リハビリにはもってこいだと思ってな」

「リハビリ?」

「ああ。遊星、ここにテレビあるか?」

「テレビならそこだ。だが、何を見るつもりだ?」

「ちょっとしたDVDよ……あった、こいつだ」

 

 牛尾はバッグの中から、ケースに入った円盤状のディスクを取り出した。

 白を基調とした華美なパッケージ。

 

「それは……まさか、ジャックのDVDか?」

「ああ、それも最新のな。

 おい遊矢、それと零羅だったか。お前ら確か強い決闘者(デュエリスト)も探してんだろ? だったら見といて損はないぜ」

「あ、はい。……零羅、行こう」

 

 零羅は小さく頷き、遊矢の後ろについていく。

 牛尾は再生プレーヤーにディスクを入れ、リモコンでテレビを操作する。

 画面が点灯し、すぐにデカデカとタイトルが表示された。

 タイトルは――“(キング)への(ロード)”。

 

「あ……この人、もしかして遊星さんと?」

「ああ。名前はジャック・アトラス。世界を舞台に活躍してるDホイーラーだ」

「D……ホイール?」

「ちょいと飛ばすぜー」

 

 牛尾は早送りのボタンを押した瞬間、画面がめまぐるしく動き回る。

 内容は、ざっくり言えばジャック・アトラスのデュエル総集編だ。

 ネオ童実野シティのキングだった男が世界へ飛び出し、多くの好敵手と戦い競い合うというありきたりな構成のもの。

 ところどころインタビューやドラマも入れられており、完全にジャックファン向けの内容となっている。

 

 ――が、遊矢と零羅にとってはそうもいかない。

 ありきたり。それはあくまで遊星と牛尾にとってでしかない。

 零羅は目を丸くしてDホイールを駆るジャックを見つめ、遊矢は浮かんだ疑問を素直にぶつけた。

 

「遊星さん。これはアクションレースか何かですか?」

「似たようなものだな」

「そうですか……いえ、でも、時々カードが映ってるような……」

「デュエルだからな」

「え? デュエルって、バイクに乗って?」

「ああ。ライディングデュエル。もしかして知らないのか?」

「はい。今、初めて見ました」

「……そうか」

 

 遊星は確信する。この二人は間違いなく別世界の人間であると。

 ネオ童実野シティに住んでいてライディングデュエルを知らない、なんてことは絶対にありえない。

 専用道路やコースがいくつもあり、毎日セキュリティやプロが練習のために走っているからだ。

 ライディングデュエルが認知されていないほどの田舎から来た、という考えが一瞬過ぎったが、こうして世界大会が開かれている上、その単語すら知らないのはおかしい。

 

「詳しくは後で教えよう。とりあえず今は、スタンディング……通常のデュエルの進化系とでも思ってくれればいい」

「はい」

「おい、そろそろだ。早送り止めるぞ」

 

 牛尾が通常再生のボタンを押した瞬間、画面は高速移動を止め、通常の速度で動き出す。

 映っているのは二人の決闘者(デュエリスト)――否、Dホイーラー。

 白く巨大なDホイール“ホイール・オブ・フォーチュン”を駆る“ジャック・アトラス”と、赤黒いDホイールを豪快に乗り回す“炎城ムクロ”のデュエルだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 炎城ムクロ

 LP:2400

 

 ジャック・アトラス

 LP:800

 

 映像にする際に編集されたのか、画面の端に分かりやすくライフが表示された。

 炎城ムクロの猛攻が終わり、次はジャックのターン。

 

「再生時間から予想すると、おそらくこれがラストターンだな」

「ラストターン? でもこれ、ジャック・アトラスって人のDVDですよね?」

「そうだな。ジャックの残りライフは800。《スピード・ワールド2》には手札に《Sp(スピードスペル)》がある場合、SPC(スピードカウンター)を四つ取り除くことで800ポイントのダメージを与える効果がある」

「じゃあ、もしかして負けるんですか?」

「さあ、どうかな」

「?」

 

 遊矢の疑問も尤もだ。

 炎城ムクロのフィールドには炎を纏い、四つ足で疾走する骸骨のようなモンスター――《スピード・キング☆スカル・フレイム》が一体、伏せ(リバース)カードが二枚。

 

 《スピード・キング☆スカル・フレイム》

 星10/風属性/アンデット族/攻2600/守2000

 

 対しジャックのフィールドには、伏せ(リバース)カードが二枚のみ。モンスターは一体もいない。

 このフィールドを見て遊矢は、炎城ムクロの伏せ(リバース)カードが発動してジャックのライフが0になる、と予想した。

 ジャックの状況は絶望的ではあるが、二枚の伏せ(リバース)カード次第では逆転も可能。だが、このターンで決着が着くならそれしかない。

 

『ハッ、どうよジャック・アトラス! テメェとは長い付き合いだが、今度こそオレの勝ちだ!』

『フン! 相変わらず口だけは達者だな!』

『強がりはよしな! お前のライフは僅か800! 次のターン、オレが《Sp(スピードスペル)》をドローすればオレの勝ちよォ!』

『ならばこのターンでケリを着けるのみ! ――オレのターン!』

 

 ジャックはカードをドローし、SPCが一つ溜まる。

 しかしカウンターの数は三つのみ。手札に《Sp》があったとしても、《スピード・ワールド2》の恩恵は得られない。

 

『――フッ』

『あん?』

『フフフフフ…………フハハハハハ――!』

 

 男は笑う。関係ないと言わんばかりに。

 スピード・ワールドがあろうとなかろうと関係ない。

 この男はいつだってその圧倒的パワーで、何もかもを根こそぎ薙ぎ払う。

 

『炎城ムクロ! 以前オレはお前に言ったな! キングのデュエルは、エンターテインメントでなければならないと!』

「!!」

 

 エンターテインメント。聞き慣れ、そして言い慣れた言葉に遊矢は反応する。

 

『あぁん!? それがどうした!』

『今からそれを見せてやる! 行くぞ!』

 

 ジャックは手札から、長い間愛用してきたドラゴンを選択する。

 

『相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない時、《バイス・ドラゴン》は特殊召喚することができる!』

 

 《バイス・ドラゴン》

 星5/闇属性/ドラゴン族/攻2000/守2400

 

『ただし、この効果で特殊召喚した《バイス・ドラゴン》の攻撃力と守備力は半分になる』

 

 攻2000 → 攻1000

 守2400 → 守1200

 

『そしてチューナーモンスター、《ダーク・リゾネーター》を召喚!』

 

 《ダーク・リゾネーター》

 星3/闇属性/悪魔族/攻1300/守 300

 

『オレはレベル5の《バイス・ドラゴン》に、レベル3の《ダーク・リゾネーター》をチューニング!

 王者の鼓動、今ここに列をなす! 天地鳴動の力を見るがいい! 

 ――シンクロ召喚! 我が魂、《レッド・デーモンズ・ドラゴン》!!』

 

 《レッド・デーモンズ・ドラゴン》

 星8/闇属性/ドラゴン族/攻3000/守2000

 

 ガラ空きだったジャックのフィールドに紅蓮の竜が現れる。

 決闘者(デュエリスト)の頂点に君臨する絶対王者の風格が、そこにはあった。

 

「……これが、シンクロ次元のシンクロ召喚」

 

 その在り方に、遊矢は息を飲んだ。

 何もかもが違いすぎると本能が悟ったのだ。

 Dホイールを乗りこなすパフォーマンス。

 王者の象徴とも言えるエースモンスター。

 そして、場を盛り上げる魅せ方とテクニック。

 遊矢が志すエンターテイメントとは別ベクトルではあるが、決闘者(デュエリスト)として圧倒的に格上であることは画面越し、録画越しでも理解した。

 だが、炎城ムクロもまた一人のDホイーラー。この程度に一々臆する男ではない。

 

『流石は孤高のキング、ジャック・アトラス! だが一手甘ェ! 

 (トラップ)カードオープン! 《煉獄の落とし穴》!

 こいつは攻撃力2000以上のモンスターが特殊召喚された時、その効果を無効にして破壊する!』

 

「そんな――!?」

 

 炎城ムクロが発動した(トラップ)カードにより、紅蓮の竜はたちまち爆散した。

 これで再びジャックのフィールドはもぬけの殻。

 エースによって逆転すると思った遊矢は驚きを隠せない。後ろに控えている零羅、映像を用意した張本人である牛尾ですら驚いている。

 

「……こいつはマジでヤベーんじゃねえか? どう思う、遊星」

「さて、どうだろうな。まあ、もう少し見れば分かるさ」

 

 だが遊星だけは一人落ち着いていた。そして、それだけではない。

 笑っているのだ。

 好敵手(とも)の活き活きとした表情、全力で決闘(デュエル)する姿を見て、彼の決闘者(デュエリスト)としての本能が疼いているのだ。

 ここに遊星の理解者――例えば十六夜アキでもいれば、ジャックに誰よりも魅せられているのは遊星自身だと指摘されていただろう。

 

『《レッド・デーモンズ・ドラゴン》撃破ァ! これで勝負は見えたぜ!』

『笑わせる! 一手甘いのは貴様の方だ!

 《レッド・デーモンズ・ドラゴン》が破壊されたことにより、この伏せ(リバース)カードを発動させる!

 (トラップ)発動! 《シャドー・インパルス》!  シンクロモンスターが破壊された時、同じレベル・種族のシンクロモンスターをエクストラデッキから特殊召喚する!』

『何ィ――!?』

 

 破壊された《レッド・デーモンズ・ドラゴン》が半透明で出現し、影から同種のドラゴンが現れる。

 全身に傷を負い、角は一本折られた。

 それでいてなお倒れぬ、誇り高き破壊竜――!

 

『混沌を制する次元の王者! 天地鳴動の力をその身に刻め!

 ――現れろ、《レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト》!!』

 

 《レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト》

 星8/闇属性/ドラゴン族/攻3000/守2500

 

『オレは更に貴様の二歩先を行く! 《レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト》の効果発動! このカードの攻撃力以下の特殊召喚されたモンスターを全て破壊し、一体につき500ポイントのダメージを与える!』

『チッ――させるかよ! 永続(トラップ)発動、《ミニチュア・ライズ》! モンスター一体の攻撃力を1000ポイント下げ、レベルを一つ下げる! オレは《レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト》を選択!』

 

 《レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト》

 星8 → 星7

 攻3000 → 攻2000

 

 (トラップ)の赤いエフェクトが傷だらけの竜を縮小させ、弱体化した。

 

「……《スピード・キング☆スカル・フレイム》の攻撃力は2600。これじゃあ、効果を発動しても破壊できない……!」

「ああ。だが、ジャックの場にはもう一枚の伏せ(リバース)カードがある」

 

『まだ終わらんぞ! これが、三歩先を行くオレのデュエルだ!

 (トラップ)発動、《スカーレッド・カーペット》! 

 フィールドにドラゴン族シンクロモンスターが存在する時、墓地から《リゾネーター》モンスターを二体まで特殊召喚できる!

 これにより《ダーク・リゾネーター》、《フォース・リゾネーター》を特殊召喚!!』

 

 《ダーク・リゾネーター》

 星3/闇属性/悪魔族/攻1300/守 300

 

 《フォース・リゾネーター》

 星2/水属性/悪魔族/攻 500/守 500

 

『《レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト》はフィールド・墓地に存在する時、《レッド・デーモンズ・ドラゴン》として扱う! この意味が分かるか!』

『チューナーモンスター二体に《レッド・デーモンズ・ドラゴン》……ってことは、まさか――』

『見せてやろう! これがオレの荒ぶる魂――バーニング・ソウル!』

 

「――っ!?」

 

 ジャックの様子が豹変する。

 その様子は――例えるなら、“紅蓮の悪魔”。

 

『レベル7となった《レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト》に、レベル3の《ダーク・リゾネーター》と、レベル2の《フォース・リゾネーター》を、ダブルチューニング!!』

 

「ダブルチューニング……!? 遊星さん、これは!?」

「ジャックのデュエルは初めてか。ならいい機会かもな。じっくり見ておくんだ、遊矢」

「――はい」

 

 チューナーモンスター二体が炎の輪となり、《レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト》がその輪をくぐり抜け、同調(シンクロ)する。

 チューナー二体を必要とする究極シンクロ召喚。その負担は無視できないほど大きいが、その分召喚されるモンスターは圧倒的なパワーを誇る。

 

『王者と悪魔、今ここに交わる! 荒ぶる魂よ、天地創造の叫びをあげよ!

 ――シンクロ召喚! 出でよ、《スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン》!!』

 

 《スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン》

 星12/闇属性/ドラゴン族/攻3500/守3000

 

 赤いアーマーで全身を覆った、新たな紅蓮の龍が爆誕した。

 その威圧感と咆哮は観客を沸かせ、対戦相手を怯ませる。

 

『《スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン》は墓地のチューナー一体につき、攻撃力を500ポイントアップさせる。オレの墓地のチューナーは三体。よって攻撃力は、1500ポイントアップする!』

 

 《スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン》

 攻3500 → 攻5000

 

『攻撃力5000!?』

『行け、《スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン》! 《スピード・キング☆スカル・フレイム》を攻撃!

 ――“バーニング・ソウル”!!』

 

 《スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン》は全身に煉獄を纏い突撃。その破壊力を前に成すすべもなく、ムクロのモンスターは粉砕した。

 

『ぐわあぁぁァァ――――!!!?』

 

 炎城ムクロ

 LP:2400 → LP:0

 

 ムクロのライフは尽き、これにて試合終了。

 勝者はジャック・アトラス。

 王者を名乗るに相応しい圧倒的な力で勝利を勝ち取ったのであった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「――すごかった」

 

 遊矢の第一声はそれだった。

 純粋な賛美。表も裏もないむき出しの感情。

 

「すげえよな、流石はジャック・アトラス。ちなみに、あと一週間だ」

「一週間? 何がだ?」

「……はぁ。遊星、ここまで言ってまだ分からねえか。来るんだよ(・・・・・)、ジャック・アトラスが。この街にな」

「何っ? いや、だがどうしてだ。ジャックはプロだ。早々この街に帰って来られるとは思えないが」

「テレビ、見てみな」

 

 牛尾に顎で差され、三人はテレビを見る。

 画面には“ジャック・アトラス”対“炎城ムクロ”を振り返り、二人が使用したカードの説明・解説が始まっている。

 そして画面の一番下には“FRIEND(フレンド)SHIP(シップ) CUP(カップ)開催”と、開催日まで添えて大きな文字で宣伝されていた。

 

「……そうか。そういえば、そんなイベントもあったな」

「ああ。全国からDホイーラーが集うライディングデュエルの祭典。優勝者は賞金と共に、ジャック・アトラスと対戦する権利を得る。その予選があと一週間後、ネオ童実野シティ全域で開かれる。ま、俺は警備があるから出られねえけどな」

「しかし、一週間ならもう無理だろう。こういう大会は選手登録とか、色々と手続きがあるんじゃないのか?」

「いいや、要らないんだよなこれが。タイトルをよく見ろ。これは“フレンドシップ”な大会だぜ? Dホイールさえあれば誰でも参加できる」

「……俺に、出場しろと言いたいのか」

「無理強いはしねえ。が、遊星よう。お前は今のデュエルを見て、何も感じなかったのか?」

「――――」

 

 遊星は黙る。

 何も感じなかったと言えば嘘になるからだろう。

 不動遊星は研究者だ。勝手に街を出ることは許されない。

 それ自体に後悔はない。残ったからこそ得られたものも沢山ある。

 だが時々――本当に時々だが、心が疼く。

 街を出られない。しかしこの街で開かれる大会ならば、彼を縛り付けるものは何もない。

 ならば――ならば、自分も参加してみてもいいのではないか――と。

 

「遊星さん」

 

 迷う遊星に遊矢は話しかける。

 そして。

 

「俺と、デュエルをしてください」

 

 唐突に。正面から真っ直ぐに、デュエルの申し込みを受けた。

 

「遊矢……?」

「俺はデュエルの可能性を信じています。デュエルは人を笑顔に出来る。ジャック・アトラスも、あの炎城ムクロって人も、全力で戦って全力で笑ってた。

 遊星さん。貴方は最近、デュエルで笑ってますか?」

「……勿論だ。俺も時々、街に帰ってくるアキや龍亜と……仲間とデュエルしている」

「それは、仲間と一緒だからじゃないですか? 話を聞く限り、遊星さんもかなりの決闘者(デュエリスト)とお見受けします。全力で戦って勝ったり負けたり……そんなデュエルを、最近はしてないんじゃないですか?」

「…………」

「だから、俺とデュエルしてください。生意気なことを言ってるのは分かっています。でも、俺は――デュエルで、皆を笑顔にしたい」

 

 そう言って、遊矢は後ろの零羅を見た。

 全力で俺とデュエルしろ。この少年はつまり、そう言っているのだ。

 

「――ハハ」

 

 本人の言う通り……確かに生意気だ。

 けれどそれは、目指すものがあるからこそ。背負うものがあるからこそだ。

 ならば、遊星に断る理由はない。

 

「そうだな。だがまだまだだ。君一人では、俺が本気を出すまでもない」

「むっ……そんなことない。俺だって――」

「だから、タッグデュエルにしよう」

「俺だって――――え?」

 

 タッグデュエル。そう聞いて遊矢は固まる。

 

「牛尾、手伝ってくれ」

「そう来ると思ってたぜ。任せろ」

「えっ、ちょっと待って。タッグなんて、そんないきなり――」

 

 

「ようやく俺様の出番のようだな! 榊遊矢!!」

 

 

「えっ?」

 

 声のする方向に四人が振り返る。

 ――ガレージの前で、天高く指を突きつける少年が、そこにはいた。

 

「沢渡!? って、ちょっと待て! セレナはどうしたんだ?」

「ここにいる」

 

 ガレージ入口……その隅っこから顔を出す。

 どうやら、この意味もなく叫ぶ金髪少年とは他人のフリをしたかったらしい。

 

「しかし、何やら面白いことになってるな。タッグデュエルか。実戦に備えて練習しておくのもいいかもしれないな」

「全くもってその通り。そういうわけだ遊矢。この沢渡シンゴが特別にお前のパートぶぎゃっ――!?」

「うわ……」

 

 セレナの顔面裏拳が炸裂。

 ……ものすごくいたそう。

 そんな、小学生並の感想(こなみかん)が出た。

 

「お前はDVDを見ていなかったのか? 先に言っておくが、お前程度ではワンターンキルされるのがオチだ」

「んなワケねーだろ! てめえ、俺を誰だと思ってやがる! 俺は沢渡シンゴ、舞網市市長の息子だぞ!」

「知らん。それより遊矢、さっさと準備しろ」

「無視してんじゃねーよ!

 ッ――くそう、こうなったらデュエルで決着をつけてやる。それなら文句ねーだろ!」

「勝った方が遊矢とタッグを組むというわけか。……フン、面白い。瞬殺してくれる」

「こっちのセリフだ! 行くぜ!」

 

 

「「――決闘(デュエル)!!」」

 

 

 

 ◆

 

「……俺は一体どうしたらいいんでしょうか」

「……とりあえず、コーヒーでも飲もうか」

 

 




魔界劇団と月光(ムーンライト)がOCG化しないと絶対続きが書けないようにした。
ちょっと無理矢理だったかもしれないけど、他にオチが思いつかなかった。


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