数日後の深夜。
イッセーが悪魔稼業に出たあと、俺は毎回のごとく自室に分身体を残して二階から抜け出していた。
…九喇嘛から連絡はあったんだが、あいつは今は遠い場所にいるということで来られない…というより、移動が面倒なだけだろ。
他の皆にも連絡は取ってみたが……全員が手が離せない状態という、何とも面倒くさい状況になってしまっていた。
俺一人、闇夜を駆ける。
家を出てから十数分後――。
目的地の建物の前に着いた俺は、輪廻眼を開眼して求道玉のみを背に出現させる。
……この状態だと、六道仙人の状態の時よりチャクラを多く消費してしまう…が、仙術を用いれば通常の消費量で済む話なんだがね。
慣れも慣れで、仙術を瞬時に練り込んでチャクラの消費量を通常の状態へ落ち着ける。
背後に浮いている七つの求道玉をすべて日本刀の形状に変化させ、片方の太ももに三本装着し、もう片方の太ももにも同じく装着する。残りの一本は右手に携える形になる。
俺は建物のドアを開け、中に入っていく。
気配から察するに…二人か。
九喇嘛の情報通り……この場所に、二人の悪魔が潜んでいるようだ。
俺は中央まで足音を忍ばせながら……立ち止まる。
建物の中はそこそこ広いが……物が散乱し、所々が破損していた。
『出てこい』
…すると、ボロボロの薄汚れた白いワンピースを着た女性が壊れたタンスの陰から姿を現す。
俺は手元の日本刀型求道玉を握りしめ、臨戦状態に入る。
女性がゆっくりと覚束ない足取りで近づいてくる……。
「た、助けてください…」
女性の口からこぼれる言葉。
「止まれ、さもないと容赦なく斬り払う」
俺の威嚇で……立ち止まった女性。
…少々、予想と違う動きだが、油断は見せられない。
いつ攻撃されてもいいよう、間合いを計りながら近づく。
「どうした?」
「姉を…助けてください」
建物の屋根からそそぐわずかな月の光が女性の表情を照らし出す。
その表情は悲しげで、本当に大切な者を助けたいというそれだった。
「姉を、か。……悪いが、信用に足りない。あんたが俺を襲ってくるかもしれないということにな」
「わ、私はあなたを襲いません。信じてください」
そう言う女性の目は……嘘を言っていない者の目だ。
少し考え、結論を出す。
「わかった。でも、俺を殺そうとしたときは問答無用で消し去るからな」
「はい。姉を助けてください」
「それで、どういう状態なんだ?」
俺の質問に表情を一層曇らせる女性。
「…姉は、理性を失いかけています。私以外の者を見つけると躊躇なく襲い掛かります」
「躊躇なく、か…。わかった、十王送りをするか」
「じゅ、十王送り…?」
女性は「分からない」と首を小さくかしげる。
「俺には異形の者の魂を人間のものへ昇華させる力がある。それで十王――閻魔のところへ送り、裁いてもらう」
俺の言葉に一瞬黙り込む女性。だが、すぐに俺の顔を見て強くうなずいた。
「お願いします。姉を楽にしてあげてください」
女性は姉を「殺してください」と頼み込んでくる。
「承った」
「姉は…あの扉の向こうにいます」
女性の指差す先に……一つの扉が見える。
俺はその扉を開け、中に入る。
カチャリ…。
足に当たった『何か』を手に取る…刀剣の類の柄のようだ…赤い塗料…血がついている。
鉄の臭いが鼻につく……人の血の臭いだ。
「血の臭い……誰か殺したのか?」
俺の質問に傍らに立っている女性が答える。
「…はい。悪魔祓いの人です…私を消そうとして、姉に…」
「…返り討ちってところか。この刀剣の柄もそのエクソシストが持っていたものか?」
「はい。そこのボタンを押すと、刀身が現れますよ」
俺は言われたとおりにボタンを押す。ブウン…と刀身が音を立てて出現した……レーザーサーベル?
「――あ…」
少し離れたところに、隠れるようにこっちを見ている女性……何か言いたそうだ。
「あんた、この女性の姉――」
「グァァァァアアアッッ!!」
何もしていないのに、突然変異を起こす女性……。
女性のいたそこには、女性の姿はなく……異形の姿があるだけだ。
「お姉ちゃん…」
「下がっていろ、死ぬぞ」
俺は女性を後ろに下げ、高速で飛び出す。
姿が昆虫――蜘蛛に近いその悪魔は、駆ける俺に向けて糸を吐きだしてくる。
俺はその糸を日本刀型求道玉で切り裂き、壁を伝って……ビームサーベルを蜘蛛悪魔の背中に突き刺す。
「グギャァァァアアッ!!」
背中から煙を上げ、苦しみだす蜘蛛悪魔。
「すぐに楽にしてやる」
俺は高速移動する中で天に六本の日本刀型求道玉を抜き放っていた。それを、急降下させ……蜘蛛悪魔の六本の手足に突き刺した。
地面に張り付けにされる蜘蛛悪魔。八本ある手足のうち、前足二本は動かせるようにしている…不意を突かれないように避けておいただけだが。
「言い残すことはあるか…理性を失いかけているんだっけ?」
俺は答えないだろうと、手元の日本刀型求道玉を蜘蛛悪魔の胸部――心臓に突き刺して絶命させた。
…その直後、肉体が消滅していくなか――蜘蛛悪魔から抜け出した女性の魂が語りかけてくる。
『ありがとう。これでやっと、苦しみから解放されるわ』
「いや、これから犯してきた罪の償いが待っている…苦しむかもしれないぞ」
『いいえ。これまでの苦しみより楽だと思うわ』
魂の姿が消えゆく中、女性は最後の言葉を言い残す。
『妹…アルルを助けてくれてありがとう。アルルをよろしく頼みます……私の愛する妹を』
魂は消え、あの世へ旅立って逝った。
「アルル…それがキミの名前?」
俺の言葉に、真っ赤にしていた目を真ん丸に見開く女性。
「…どうして、その愛称を?」
「独り言を呟いてたでしょ? 俺。キミのお姉さんの魂と話してたんだよ」
物腰柔らかく、いつもの態度に戻って話す。
「消えて逝く中で、キミのお姉さん…『苦しみから救ってくれてありがとう』って言ってたよ。それと、『愛するアルルをよろしく頼みます』って言ってた」
その言葉に表情を崩し、泣きだす女性。
俺はその涙を見ないように抱き寄せる。
それから数分すると…女性は泣き止み、顔を上げる。
「姉をありがとうございました。すぐにここを離れてください、追手が到着する頃合いです」
俺は少し考え込んで、首を振った。
「それは無理な依頼です。それに、アルルさんのお姉さんに『よろしく』って頼まれていますし」
「……アルティナ」
突然、そう言いだした女性。
「…私の名前は、アルティナです」
「アルティナさん…それでアルルさんか」
俺は微笑みながらそう言う。
女性――アルティナがむすっと頬を膨らませた。
「幼い愛称で悪かったですね」
「いやいや、幼いって言うか…すごくかわいい愛称だよ」
正直、幼いとは思ったけど、それは幼いころに呼ばれていた愛称であったから…本当にかわいいんだけどね。
ボフン!! と煙が上がったような音とともに、顔を急速に赤く染めるアルティナ。
「か、かわいいなんて言わないでください! 恥ずかしい……」
「え~、それしかないんだけどなぁ」
俺は若干からかい気味に言う。
「そ、それより、早く逃げてください。追手が――」
俺はアルティナがそれ以上言わないように……抱き上げた。
「少しの間、話さないでね。舌を噛むから」
すべての求道玉を球体に戻し、その一つで近くのガラス窓を割った。
「今からこの状態のまま逃げます。絶対に追跡はさせないので、安心してください」
俺は駆ける直前に「目も瞑って、しっかりと抱きついていてくださいね」と言い、アルティナがその通りに俺の首に抱き着いたのを確認すると――、
タンッ!!
割った窓から神速で飛び出し、雅家の門前までものの四秒ほどで駆けた。
高速で駆けて十数分かかった距離を四秒で……速過ぎたカナ?
「もういいよ…下ろすね」
俺はゆっくりとアルティナを下ろすと、門の中へ連れて入る。
「今日からここに泊まってもらおうと思っています」
……そう言ったは良いんだが、どう説明しようかな?
俺は心の中で少し後悔するのだった。