俺は麗と又旅を家まで送ってから、帰宅する。
「ただいま~」
「あら、お帰りなさい」
母さんが玄関で洗濯籠を持って立っていた。
「……母さん、今日の夕飯なんだけど」
「レイちゃんの家で食べてきたの?」
すごく言いづらかったのに、母さんは呆気なく返してきたぞ…。
「そ、そう! レイのところで食べてきたから、今日はいいかなぁって…」
「いいわよねぇ…。お父さんとの若い日を思い出すわぁ」
…何か、母さんの惚気話になりつつあるんだが。
「ま、まぁ…母さんの昔話はまた今度聞くよ。……眠いから、部屋に戻って寝るね」
俺はそそくさと二階の自室に入る。
……さすがに、「腹に穴開けられて、治したばかりから食欲がない」…なんて言えるわけがない。
ベッドにダイブし、そのまま意識を落としていった――。
D×D
『アサデス! オキマショウ! タダイマ――』
…いつものうるさいアラームで、俺は目を覚ました。
「イッセー! カズ! 起きてきなさい! もう学校でしょ!」
俺は枕の傍に置いてある目覚まし時計を手に取って…慌てた!
さっきのアラームは予備で、身支度してギリギリ出られる時間で設定してあるんだ。
慌てて部屋のドアを開け、窓を開けて換気する。
「母さん、イッセーは部屋にいるのか?」
「お父さん、玄関に靴があるんだから、帰ってきてるのよ。もう! 夜遅くまで友達の家にいるなんて! その上、遅刻だなんて許さないわよ!」
一階から聞こえてくる母さんと父さんの会話。そして、階段をドタドタと勢いのある足音が聞こえてくる…。
「あ、おはようです…お母さま」
俺はひょっこりと部屋のドアから顔を出して、母さんに朝の挨拶をする…なぜか、変な敬語だけど。
「カズは起きてるわね……」
俺を見てそう言った母さんは、イッセーの部屋の前に怒りの表情で仁王立ちする。
「待ってくれ! 俺なら起きてる! いま起きるから!」
「もう! 今度という今度は許さないわ! 少し話しましょう!」
……相当怒っていらっしゃいますなぁ。
俺はイッセーの最期を看取ってやろうと、そのまま様子をうかがっていた。
母さんがドアノブに手をかけ――、
ガチャ!
勢いよく開けた!
「おはようございます」
部屋の中から女性の声――挨拶が聞こえ……え?
俺は我が耳をうたがう。
それとほぼ同時に、部屋のなかを見ていた母さんの表情が凍ったのが見えた。
「……ハヤク、シタク、シナサイネ」
機械的な声を出し、母さんはイッセーの部屋のドアを閉めてしまう。
一泊あけて、慌てて階段を下りていく母さん。
「お、お、お、お、お、おおおおお! お父さんっ!」
「どうした母さん? 血相変えて。イッセーがまた朝から一人でエッチなことしてたのか?」
「セセセセセセセセ、セッ○スゥゥゥゥ! イッセーがぁぁぁぁぁ! が、外国のぉぉぉ!」
「!? か、母さん! 母さんどうした!?」
「国際的ぃぃぃぃ! イッセーがぁぁぁぁ!」
「母さん!? 母さん!? 落ち着いて! 母さぁぁぁぁん!」
「…………」
…って、おいおいおいっ!! 朝から何つう騒ぎになってるんだ!?
D×D
ジャァァァァ……。
シャワーの水が俺の体の泡を流していく。
母さんが慌てて下りてから、俺は急いで身支度をしていた。
……どう考えても、居づらいしなぁ。
だから、イッセーとその女性に鉢合わせないように、颯爽と朝食を平らげてから風呂に入ったということだ。
…時間もないし、風呂から出た俺は体を拭き、制服に着替えた。
「染髪剤…え~と……あれ? どこに…あ!」
俺は自分がしていたことの意味がなくなることを悟ってしまった…。
……仕方ないか。
意を決し、リビングに入る。朝食中の
…あったぞ、染髪剤。
「あら、おはようございます」
突然かけられた声に肩をびくつかせ、後ろを振り返ってしまった!
「……お、おはようございます…グレモリー先輩」
…そう、俺がスルーした食事中の四人――父さんと母さん、対面の席にイッセー、その隣に座る紅髪の女性…リアス・グレモリー先輩。
俺と先輩の目が合う…そして、気がついた。
――悪魔の気配。
気配は先輩とイッセーから感じ取れた……そういうことか。
「か、カズ。また髪染めるのか?」
「いつものことだし、黒染めだから問題ないだろ」
部屋を出ようとしたとき、イッセーにそう言われて…そう返した。
俺の髪は白髪だ。父さんや母さん、イッセーには『事故のショックで、突然に髪の色素が抜けた』と記憶されている。…まぁ、実際は『六道仙人になってしまったから、素が白髪のまま』なんだよね、これが。
俺は白髪のまま登校するのが嫌だから、黒髪に染めている。小学生の頃、それでよくいじめられていたな…。
その度に泣いて、イッセーに助けてもらっていた。
染めだしたのは中学の入学日からだった……その頃一度だけ、俺が白髪を人前にさらしたことがある。
――麗と知り合った日だ。
中学三年の冬、クリスマスへのカウントダウンのなか、買い出しに行っていた俺とイッセーは、隣町のケーキ屋にケーキを買いに行っていた。
その帰り道、川岸を走っていた時…近くから悲鳴が聞こえた。
その声の元を探すと、川辺で叫んでいる女子がいて、その視線の先には川で溺れている女の子がいた。
雪が降るなか、俺は自転車を慌てて降りて…極寒の川に飛び込んだ。
必死に泳いで女の子のところに着いたのはよかったけど、一瞬の安堵で緊張が解けたせいか、体中が一気に固まりだして…女の子とともに水の中へ溺れた。
――僕に任せて。
そう言って、俺の体を動かしたのは――三尾の磯撫。
水中での一時的な尾獣降ろしで半尾獣化して、岸に着く浅いところで元の体に戻った。
そのあと、背負っていた女の子を下した時に、はずみでニット帽が脱げて白髪がさらされたってこと。
…もちろん、俺と女の子は救急車で緊急搬送されたけどね。
そうそう、そのとき助けた女の子は…元気に学校へ通っている。
その子の姉――岸辺にいた女性が麗。…だから、磯撫が助けたのは妹さんの舞。
通っている学校は――駒王学園中等部で、年は二つ下の三年生。
麗や舞ちゃんが俺と尾獣たちの存在を知っているのと、麗と俺が付き合っていること、尾獣たちが条件付きで顕現――人の身で俗世にいること……すべて、この時の出来事が繋いでくれたものだった。
……思い出にひたりながらも、髪を黒く染め上げてドライヤーで乾かす。
乾かし終えて、腰まで長い髪を根元あたりでまとめて結ぶ……俗にいう『ポニーテール』ってやつだな。
……そろそろ出ますか。
D×D
イッセーとは別で登校する。
いつものように麗を送り迎えする又旅と穆王。
教室の自分の席に着くと、麗と女子たちのトークが始まり…俺に話が振られる。
授業は前回の続きを受ける…英語で長文読まされたりしたけど。
――そして、放課後。
いつものように帰宅の準備をし、麗が準備しているのを待つなか…イッセーに声をかける。
「イッセー、買い物が終わったら帰るから、母さんによろしく伝えてくれる?」
「はいはい、いつものことだな」
ジト目で見てくるイッセー。
「…ほいよ。ちょっとだけど、手数料」
俺はそう言いながら、手元の財布から五百円玉を手渡す。
「よし!」
買収したイッセーの頭に手をポンと乗せ、麗のところに戻った……ちょうど、そのタイミングだった。
「や。どうも」
教室に入ってきていた男子が、イッセーの前に立って挨拶をしていた。
…対して、イッセーはその男子を半眼で見ている。
その男子生徒はここの学校一のイケメン王子――木場祐人。
同学年でクラスは別だが……接点を全く持っていないイッセーに接触している、何の用なんだろうか?
廊下、教室の各所から木場に対して黄色い歓声が沸いている。
「で、ご何の用ですかね」
「リアス・グレモリー先輩の使いできたんだ」
イッセーの問いに木場が答えた。
「リアス先輩の……OKOK、で、俺はどうしたらいい?」
「僕についてきてほしい」
その言葉が出た直後、女子たちの悲鳴が上がる。
…ちなみに、俺は飲んでいたお茶が器官に入ったせいでむせていた。
歩き出した木場の後ろにイッセーがついて……こっちに来たぞ?
「兵藤和成くんと
木場が俺と麗の前に立ち止まると、そう尋ねてきた。
「そうだけど…何の用?」
俺は一応問う。
「君たちもついてきてほしいんだけど、いいかな?」
「…別にいいけど」
俺は麗をちらっと見る…麗は俺の目を見てうなずく。
麗と自身の鞄を持ち、俺はイッセーたちの後ろについていく。
D×D
木場のあとに続きながら向かった先は…旧校舎の裏だった。
「ここに部長がいるんだよ」
そう告げた木場。
…部長ってことは、ここは何かの部室ってこと?
二階建ての木造校舎を進み、階段を上る。さらに二階の奥まで歩を進める。
…床、壁、手すり……どこも埃が付いていない。ホント、綺麗にされている。
開いている教室とかも通り過ぎるときに見たが、やっぱり掃除が行き届いているな。
木場の歩みが止まる。…そうこうしているうちに、目的の場所に着いたみたい。
『オカルト研究部』
…オカルト研究部!?
噂でしか聞いたことがなかった…特定の者しか入部できない部活があると。
「部長、連れてきました」
引き戸の前から木場が中に確認を取ると、
「ええ、入ってちょうだい」
女性の声が聞こえてきた。
「失礼しまーす」
木場のあとに続いて室内に入る。一応、挨拶はしておく。
「スゲェ」
室内に入ると、至るところに文字が…。
魔方陣らしきものもあるぞ!? おお! すごいクオリティだな!
室内を見渡していると、ソファーに座って洋館を食べている小柄な女子いる。
…一年生の塔城小猫さんだな。
こちらに気がついたようで、俺たちと視線が合う。
「こちら、兵藤和成くん、一誠くん、雅麗さん」
木場が紹介してくれる。無表情で頭を下げてくる塔城さん。
「よろしく」
「あ、どうも」
「よろしくね」
俺たちも頭を下げる。
シャー。
部屋の奥から、水の流れる音がしてる…シャワーみたい。
見れば…室内の奥にはシャワーカーテンがある。カーテンには陰影が映っている。
どう見ても…女性の肢体だってわかる、そんな陰影だ。
ずむっ!
「……うっ!」
突然、両目に痛みが走る!
俺はその場でしゃがみこみ、両目を抑えて悶える。
……目つぶしだ。麗の…俺だけに食らわせてくる奥義の一つ『瞬間目つぶし(命名・和成)』。
「だ、大丈夫?」
木場が心配して声をかけてくれる。
「……だ…い、丈夫…」
どう聞いても無事じゃない返答になっているが、これでも結構回復は早い。
「部長、これを」
水を止める音の直後に聞こえる声。
「ありがとう、朱乃」
…目が見えないから音で判断するしかない。
無音に近い、体を拭く音。布の擦れる音。
状況を推理すると、カーテンの向こうで誰かが着替えているってことだな。
直後に、ぼやけ気味だが……視力が回復してきているのを感覚で判断して、俺は立ち上がった。
ジャー。
カーテンが開く。そこには制服を着込んだ二人の女性がいた。
「ゴメンなさい。昨夜、イッセーのお家にお泊りして、シャワーを浴びてなかったから、いま汗を流していたの」
紅髪の女性――グレモリー先輩がそう言う。
もう一人の女性……さっきグレモリー先輩から『朱乃』って呼ばれていたから、すぐに誰だかわかった。
…姫島朱乃先輩。
校内で「二大お姉さま」と称されている一人だ。
「あらあら。はじめまして、私、姫島朱乃と申します。どうぞ、以後、お見知りおきを」
ニコニコフェイスで丁寧なあいさつをくれた。
「こ、これはどうも。兵藤一誠です。こ、こちらこそ、はじめまして!」
「よろしくお願いします、姫島先輩。……あっ、俺は兵藤和成。イッセーの兄です」
「雅麗ですわ。
おーい! 義弟は相当早いからねー! 俺たち、まだ結婚すらしてないじゃん!
「うふふふ」
麗の冗談なのかどうかグレーゾーンなあいさつに、姫島先輩が面白そうに微笑む。
あいさつを終えた俺たちを「うん」と確認するグレモリー先輩。
「これで全員揃ったわね。兵藤和成くん、雅麗さん、一誠くん。いえ、イッセー」
『は、はい』
「私たち、オカルト研究部はあなたたちを歓迎するわ」
「え、ああ、はい」
『はい』
「悪魔としてね」
「…やっぱりですか」
最後に聞こえないように漏らしたのは俺。…いや、ネタはわかっていたからね。