揃う雅家
早朝…いつものうるさい目覚ましで目が覚め、伸びを一つしてベッドを下りる。
「…まだ五時か」
時計を確認して、俺はそそくさとジャージに着替える。
ここ一週間、イッセーが早くからグレモリー先輩と早朝トレーニングに出だしたため、俺も乗じて雅家に早くから顔を出していた。
「おはようございます」
「あら、朝早くから元気なのね」
「いえ。最近、弟が部活の早朝トレーニングをしていまして。自分も負けていらないと思ったので」
「そう、大変なのね」
「あはは…」
俺は玄関で麗のお母さん…かなえさんと話をしていた。
「羨ましいわ。若いって」
「いえいえ。かなえさん、すごく若いですよ」
「あら、嬉しいわ」
頬に手を当てて喜ぶかなえさん。
「あらあら、どうしましょう? 和成さんにナンパされちゃったわ」
「な…ナンパって…」
かなえさんの視線が俺の背後を見ている…俺は後ろを振り向く。
「久しぶりだね、和成くん。妻を褒めても、何も出ないよ?」
「……お久しぶりです。将志さん」
目の前には、海外から帰ってきていた将志さんがいた。
「はいこれ、お土産ね。兵藤ご夫妻はお元気なのかな?」
「はい。困るほど元気ですよ」
「そうかそうか! それは何より」
笑ってかなえさんの隣に立つ将志さん。
「おや? そこにいるのは、麗ちゃんと舞ちゃんじゃないのかな?」
「お帰りなさい、お父さん」
「お帰り」
二人はロビーの階段を下りてきて、挨拶を交わす。
「お帰りなさいませ。将志さま」
「おっ! 新人の家政婦さんかな?」
「将志さん、この
「転生悪魔のね…。うんうん、大丈夫だと思うな。あの総督くんなら」
「…総督? お父さん、その人って誰なの?」
「あれ? 会っていると思うんだけど…。ほら、度々来ているでしょ。僕のスポンサーの人」
「…あのエッチな話する人?」
「そうそう! 堕天使の総督だけど、すごく楽しい人だからねぇ。見た目は悪っぽいけどっ」
笑いながらそう言う将志さん。
「だ、堕天使って…グレモリー先輩たちが聞いたら、面倒なことになるじゃん…」
「グレモリー? ん~、どこかで聞いたような…」
将志さんが考える素振りで、「ん~」と唸っている。
「お父さん。その総督の人のことは、他の人の前で話さないでね。悪魔の人たちに聞かれたら、私たちの身が危なくなるのですから」
「そうだね~。犬猿の仲とか聞いたし、他言無用にしておくよ~」
麗の忠告を微笑みながら頷いた将志さん。
「そういえば、麗ちゃんと和成くんはもうしたのかなぁ。孫はまだできないのかな~?」
「んなふっ!!」
俺は将志さんのデッドボールに卵が破裂したような声を上げ、麗は顔を真っ赤に赤らめていた。
「あらあら。二人とも反応が初々しいわ。……将志さん、孫の顔が見たい気持ちは察しますけど、まだ学生ですよ?」
「あ~、そうだったね~。…和成くんは何歳?」
「え? あ、十七です」
「そっかぁ~。十八歳なら、麗のこと任せてもいいかな~って思ったんだけどねぇ」
「もうっ! お父さん!」
顔を真っ赤に赤らめた麗が、必死に将志さんへ抗議しだす。
麗との初体験……。
俺は少し妄想してしまったが、顔が余計に熱くなりそうだったので、頭を振って思考を消す。
「もう、お父さんのことなんか知らないっ」
「あらら。パパ、麗ちゃんに嫌われちゃったね」
頬を膨らませて拗ねた麗がこっちを向くと、途端に顔を真っ赤に爆発させて……下を向いてしまった。
やめてっ! 俺も恥ずかしさ全開だから! この場を逃げ出したいから!
「ところで、そこの女の子はどなた様かな?」
将志さんが俺たちの後方へ視線を向けて言う。
「な、なっちゃん!?」
俺は驚いて、つい叫んでしまった。
「おはようございます。カズちゃん」
奈津美は俺に挨拶すると、一歩前に出て頭を下げる。
「朝早くから申し訳ありません。私は日向奈津美と申します」
「あら、あなたが麗ちゃんの恋のライバルさん? あらあら」
「そ、その…私は……」
なつみも『許婚』と言おうとしているが……さすがに言いにくいようで、ごもごもと口ごもっていた。
「ふふふ。気にしなくてもよろしいのですよ? 許婚のこと」
「か、かなえさん! 知ってたんですか?」
俺の問いかけに頷くかなえさん……マジか。
「…そうね。又旅ちゃんから聞いちゃったってところかしら?」
「又旅…」
俺は恥ずかしさと申し訳なさで意気消沈してしまう。
「あら。和成くん、許婚がいても構わないのよ? そのほうが楽しいと思うわ」
「お母さんっ!」
かなえさんの言葉に麗が抗議しようとすると、かなえさんはその細くて綺麗な人差し指をそっと麗の唇に当てて黙らせてしまった。
「麗ちゃん、ママはどうしてそう言ったと思う?」
「…………」
麗はかなえさんの問いに声を出さず首を横に振る。
かなえさんは話を続ける。
「ママはこう思っているのよ。女の子は
そう言って、かなえさんはなつみを見て言う
「なつみさん、私の目は間違っていないと思います。麗ちゃんとお互い正々堂々と競って、和成くんを魅了してみなさい」
かなえさんの言葉に俺や麗、奈津美は驚いた。
「ママは、アルルちゃんを応援しちゃうけどね!」
「か、かなえさま!」
かなえさんは驚いている俺たちをよそに、後ろで立っていたアルティナに抱き着きながらそう言った。
「だって、アルルちゃんも和成くんのことが好きなんでしょ?」
「わ、私は…」
「ほ~ら、素直になりなさい。身分は使用人でも、女の子でしょ? 叶わない恋かもしれなくても、一歩を踏み出して挑戦することが大事なの。…告白しちゃいなさい」
最後に言った言かなえさんの言葉は聞き取れなかったが、相当すごい爆弾なのは空気からして察していた。
何かを決意して俺に歩み寄ってくるアルティナ…頬が赤い。
「そ、その…カズナリさん。私…アルティナは…その、あ、あなた…のことが……」
次の瞬間、麗と奈津美の視線が俺の背に突き刺さるほどの爆弾をアルティナが言った。
「好きですっ! お姉ちゃんを苦しみから解放してもらって、ここ…雅家の使用人として住まわせてもらえるように頼み込んでくださったり、感謝し尽くせないほどの御恩をいただきました。だから、私はカズナリさんのことが好きです。一人の男性として好きです」
告白された俺は固まったままどうしたらいいのか迷い、口を開いた。
「あ、ありがとう。アルル」
つい、親近感的なものが出たせいか、この空気のせいか、アルティナのことを愛称で呼んでしまった!
「……っ!」
感無量になったのか、涙目で表情を綻ばせるアルティナ。
「これからが楽しみになるわ! そうよね? あなた」
「そうだね~。麗ちゃんに二人もライバルがいるなんてね~。頑張れ! 和成くん!」
……な、何で俺!?
「いや~、男の甲斐性だよっ。三人も思ってくれる女の子がいるのは、すごくいいことだねぇ」
「いやいや! それって良いことなんですか!?」
「そうだよ~。多重婚は日本じゃ無理だけど、他の国とかならあるよぉ。一夫多妻とかね」
やめて! 一夫多妻とか、俺の身がもちそうにないですから!
「甲斐性の見せ場だよ、和成くん! 娘二人の孫の顔楽しみに待ってるからね!」
「娘……麗ちゃんとアルルちゃんを頼みますわ。和成さん」
雅家御夫妻は、仲良く俺にそう言った。
「かなえ、孫の顔が楽しみだねぇ」
「そうですね。…そういえば、舞ちゃんが『妹がほしい』って言っていましたわ」
「妹か…僕たちもまだまだ若いからね~。励もうか?」
「そうですね~。私もまだまだ若いですからね……赤ちゃんの一人や二人くらいはいけますよ~」
御夫妻はそう話しながら、屋内へ消えていった。
『…………っ』
俺たちはその会話に頬赤らめながら絶句していた。
「……皆さん、おはようございます。…どうかなされたのですか?」
数十秒が経ち、穆王が俺たちの前に現れた。
「い、いや……何かすごいな~って思ってさ」
「……はて?」
頭の上に『?』を浮かべながら首を傾げる穆王。
「…っと、そうでした。カズ、マイを見ませんでした?」
「マイならそこに…あれ?」
さっきまで舞がいた場所に、舞の姿がなかった。
「そうですか……。いえ、探しますので御心配なく。修行の方、頑張ってください」
そう言うと、穆王は屋内に消えていった。
「修行……あ! 九喇嘛と牛鬼からあったんだ!」
俺は今日の目的を思い出し、慌てて目的の場所へ入りだそうとしていた。
「レイたちは……?」
「そ、その……私は部屋に戻るね!」
「私は……麗さんに用があったので、一緒にお部屋で」
「私は仕事の途中ですので、職場へ…」
三人とも恥ずかしそうに言って、それぞれも目的のある場所に向かって行ってしまった。
……遅刻だぁぁ!!
大きく修行の開始時間を超している俺は、慌てて目的の場所へ駆けていった。