無害な蠱毒のリスタート   作:超高校級の警備員

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 何かしらタグを追加した方がいいのかなと時々思う。


恐怖な吸血鬼の暗黒領域

 サイラオーグさんが倒れ駆けつけた脱英雄派のイクサがヘラクレスと戦い、朱乃さん達がジャンヌと戦っている中、残る相手はゲオルクだけ。

 もちろん、曹操が何処から現れるか分からないし、ナチス勢力は手付かずなので油断は一切出来ない。

 遠目で極大の雷光と聖なるオーラが高層ビル群の間で暴れているのが見える。未だジャンヌとの交戦が続いているようだ。朱乃さん達の力は増してはいるだろうけどジャンヌは『魔人化(カオス・ブレイク)』は使用してないね。

 近場ではヘラクレスとイクサが拳の撃ち合いをしている。サイラオーグさんとの戦いに比べ衝撃が少なく一見地味だが、それは強度の闘気が衝撃を吸収し集中させているから。それを行ってるのは主にイクサの方だけどね。

 それはまるで挑戦者(ヘラクレス)防衛者(イクサ)の試合のようだ。

 二人が戦ってる最中に炎目でサイラオーグさんをこっそりと回収し、回復させる。

 勝ち越しているものの英雄派の戦力は想像以上だ。サイラオーグさんを含めたとしても、戦力不足だろう。『魔人化(カオス・ブレイク)』を使用されなくても勝機は薄いかもしれない。

 ゲオルクが倒れるサイラオーグさんを一瞥して、笑んだ。

 

「強い。これが現若手悪魔か。まさか本気のヘラクレスにあそこまで食い下がるとは。バアルのサイラオーグ、そしてリアス・グレモリーが率いるグレモリー眷属。まさか、先日会ったばかりで力を増してくるだなんて……。この調子では、そちらの猫又やヴァンパイアも得ている情報通りにはいかないか」

 

 塔城さんとギャスパー君の方に視線を送るゲオルグ。

 ゲオルクから視線を向けられたギャスパー君表情を青ざめさせていた。

 

「……どうしたの? ギャスパー君」

 

 眷属の変化に気付いたリアスさんも怪訝そうにしていた。

 僕が声をかけるとギャスパーは次第に表情を崩していき、ポロポロと涙を流し始める。

 

「……すみません、皆さん。……僕……僕! グリゴリの研究施設に行っても……強くなれなかったんです!」

 

 その告白にこの場にいる眷属全員が驚き、ギャスパー君は嗚咽を漏らしながら吐露する。

 

「皆さんのお役に立ちたかったから……強くなりたかったのに! ……今のままではこれ以上は、強くなれないってグリゴリの方に言われて……僕は女の子も守れない……グレモリー眷属男子の恥なんです……っ!」

 

 グレモリー眷属の全員はここ数ヶ月で急激に強さを増した。それなのにグレモリー眷属の中で自分だけ置いていかれる焦り……わかるよ。以前は僕もそうだったから……。

 その場で泣き崩れるギャスパー君。

 

「昔僕が言ったこと覚えてる? ゆっくりと強くなっていけばいい。強さってのはそんな簡単には得られないんだ。大丈夫、ゆっくりと確実に身に着けたらいい」

 

 そう言ってみるもやっぱり納得はしてくれない。

 短期間で得る強さなんて一時しのぎに過ぎず、決して地力としては身につかない。最悪の場合本来得るはずだった強さを食い潰してしまう。

 そういう意味ではグレモリー眷属は急激に強くなりすぎた。まさにそれが今までの敗因だろう。

 ギャスパー君の姿を見てゲオルクはつまらなさそうに息を吐く。

 

「亡き赤龍帝もこの後輩の情けない姿を見たら浮かばれないだろう」

 

 その一言を聞いたギャスパー君は顔だけ上げてキョトンとした様子で漏らした。

 

「……亡き……赤龍帝?」

 

 ギャスパー君は周囲を見渡す。

 そういえば一誠がここにいない理由をギャスパー君はまだ知らない。

 

「……イッセー先輩は……? イッセー先輩がここにいないのはあの大きな怪物を止めに行っているからじゃないんですか……?」

「ギャスパー、イッセーは―――」

 

 真相を知らないギャスパー君にリアスさんが告げようとするが―――立ち上がったサイラオーグさんがリアスさんに視線を配らせて首を横に振った。リアスさんもそれを確認して、言いかけた口を閉ざす。

 2人の視線の応答に気付いていないゲオルクは口元を笑ましてギャスパー君に話し始めた。

 

「そうか。キミはまだ知らなかったのか。赤龍帝は旧魔王の―――いや、今更言い訳をしても仕方ない。俺達『禍の団(カオス・ブリゲード)』と戦い、戦死した。究極の龍殺し(ドラゴンスレイヤー)とされるサマエルの毒を受けて、だろう。まあ、俺達もその場にいたわけではないから詳しい死因は分からないが、あの赤龍帝が死んだとするなら、それだ」

 

 英雄派はまだ一誠が次元の狭間で魂のみの状態で存在する事を知らない。普通ならサマエルの毒をくらったドラゴンは死ぬのだから当然だろう。―――それが死んではいないとは言い難いところではあるけども。

 リアスさんが敢えて真実を伝えない事に塔城さんやアーシアさんは何となく気付いたようだ。僕もなんとなくは、真意まではわからないけれど。

 未だゲオルクの言葉は続く。

 

「悔やむ事はない。あのオーフィスと白龍皇ヴァーリですらサマエルに打倒

 ゲオルクはそう告げた後、軽く笑った

 

「……イッセー先輩が……死んだ……?」

 

 呆然とするギャスパー君の頬を一筋の涙が伝う。全身が震え、視線もおぼろげになっている。身近な仲間の死を受けて、戦場での死を強く実感したのだろう。顔を伏し、沈黙を続けるギャスパー君。

 あまりの光景に居たたまれなくなり、塔城さんが近寄ろうとした時だった。

 ギャスパー君はふらついた体を上げ、伏せていた顔も徐々に上げた。

 その評定は絶望と恐怖に支配された状態……だが、冷たいか熱いかよくわからないものが肌を刺激する。

 ギャスパー君は小さく口を開くと一言だけ呟く。

 震える声で、まるで呪詛のように。

 

≪―――死んでください≫

 

 その瞬間、一瞬でこの区域全てが暗黒に包まれた。

 地面、空、景色、その全てが暗く冷たく、光すら消失してしまう程の暗闇に包まれていく。

 ギャスパー君の体から暗黒が滲み出ていき、それが周囲を黒く染め上げていった。

 

「……何だ、これは……ッ!」

 

 突然の現象にゲオルクは驚き、周囲を見渡し始めた。

 先程まで建ち並んでいた建物群は消えて無くなり、リアスさん達以外の全てが漆黒の闇に変貌していた。

 

「……禁手《バランス・ブレイカー》の暴走か? いや、これは違う。ヴァンパイアの力……? だが、これはあまりにも……桁違いな……ッ!」

 

 この光景に魔法に秀でているゲオルグも驚くばかりだった。

 暗黒の領域と化した中央で、より一層闇に包まれた人型が異様な動きをしながらゲオルクに近付いていく。首をあらぬ方向に折り曲げ、肩を痙攣させ、足を引きずりながら1歩ずつゲオルクとの間合いを詰めていく。

 その双眸は赤く赤く、ただ不気味に非対称に輝いていた。

 

≪コロシテヤル……ッ! オマエラ全員、僕ガ殺シ尽クシテヤル……ッ!≫

 

 発せられた声はギャスパーのものではなく、呪詛、怨嗟、怨念、それらを全て含んだ危険な声のようにも聞こえる。だが実際は違うように感じる。そんな攻撃的な感情ではなくむしろ防御的な……。

 

 サイラオーグさんが目を見開いて言う。

 

「……赤龍帝の死と言う切っ掛けがあれば化けるのではないかと踏んでいた。ギャスパー・ヴラディが屈辱に塗まみれる男の目をしていたからだ。何か吹っ切れる事柄が被さればグリゴリでも解放できなかったものが解き放たれると思ったのだ。あの総督の組織が単純に力を目覚めさせられなかったと言うのは考えられないからな」

 

 サイラオーグさんの言う通り、数々の研究を行おこなっているグリゴリがギャスパー君を相手にただ何も出来なかったと言うのは少し考えにくい。何かに目覚めつつあるが、その切っ掛けを見つけられなかった。―――僕の神器の時のように。

 サイラオーグさんは眉間を険しくしながらリアスさんに言った。

 

「リアス、ギャスパー・ヴラディの内に眠っていたものは―――俺達の想像を遥かに超えるものだったようだ。これは―――バケモノの類たぐいだ。……お前は、いったい何を眷属にした……?」

「……ヴァンパイアの名門ヴラディ家がギャスパーを蔑ないがしろにしていたのは……停止の邪眼ではなく、これを知っていたから……? 恐怖から……城を離れさせた……?」

 

 リアスさんは声を震わせながらそう漏らしていた。ギャスパー君の過去に一体何が……?

 眼前で黒い化身となったギャスパー君が手らしきものを突き出した。

 ゲオルクが直ぐに反応して魔法陣を展開するが―――その魔法陣が闇に喰われていく。

 

「……ッ! 何だ、これは! 魔法でもない! 神器(セイクリッド・ギア)の力でもない! どうやって我が魔法陣を消した⁉」

 

 ギャスパー君の行動に驚愕するゲオルクは距離を取り、無数の攻撃魔法陣を宙に展開した。あらゆる属性、魔法術式が入り乱れた砲撃がギャスパーに降り注いでいくが……。

 暗黒の世界に幾つもの赤い眼が縦横無尽に出現して妖しく輝いた。

 刹那、撃ち出された無数の攻撃魔法は空中で全て停止してしまう。

 停止した魔法の数々が闇に喰われて消失していく。

 その結果に驚くゲオルク、徐々に顔色が恐怖に彩られていた。

 歩みを再開する暗黒の化身、現世の生物とは思えない異様な存在感と動きで少しずつゲオルクに近付いていく。

 ゲオルクは手元に霧を集めていった。『絶霧(ディメンション・ロスト)』の霧でギャスパー君を祓うつもりだろう。

 霧を操ってギャスパー君を包み込もうとするが、その霧もまたギャスパー君を覆う闇、影、漆黒に喰われていった。

 

≪……喰う……くう……クウ……喰ってヤッた……おマエの霧モ魔法も……効かナイぞ……。全部、クッてやっタぞ……≫

 

 言動が僕達の知ってるギャスパー君ではない。

 上位神滅具(ロンギヌス)の霧でも常闇の存在と化したギャスパー君を制する事が出来ないどころか、霧使いのゲオルクがまるで相手になっていない。

 

≪……怖くナイ……。殺シ尽クセバ……モウ怖クナイ……≫

 

 小さな声でギャスパー君らしい本音が聞こえる。なるほど、違和感の正体はこれか。

 ギャスパー君は元々これだけの潜在能力を秘めており、ギャスパー君に割り振られた駒が『変異の駒(ミューテーション・ピース)』なのはそのため。

 自分の恐怖を克服しようと自分を変えようとしていたギャスパー君。

 それが新たな恐怖―――それは以前から隣に存在していたのだが、今迄実感することが困難だった死の恐怖。それを切っ掛けに防衛本能が爆発した―――。

 その結果があの闇の化身。

 もしかしたら、潜在能力ではギャスパー君が一番高いのかもしれない。そして……あの姿は常軌を逸している。悪魔でもドラゴンでもない……ヴァンパイアと分類して良いのかさえ分からない。―――でも、これと似た感覚をどこかで……。

 ゲオルクは思いつく限りの魔法と霧の能力をギャスパー君に放っていく。

 それらも闇に喰われ、また無数の『眼』によって停止されていった

 攻撃を全て打ち払われる中、結界空間を作ろうと霧で形成用魔法陣を展開させようともしていたが―――悉ことごとく闇に喰われていき、成形が失敗する。

 ゲオルクの周囲の闇が(うごめ)き、獣のような形に作られていく。されたのだから。如何に赤龍帝だろうと、あの呪いには打ち勝てない」

 

 1つ目の狼、 五翼ある巨鳥、顔に口が2つも付いているドラゴン、足が20本以上ある蜘蛛。そのどれもが生来の生物を逸脱したフォルム。異様な生物の群れがゲオルクを囲む。

 

「くっ! 我が霧が……ッ! 魔法が効かぬッ! 何だ、こいつは! いったい何だと言うんだ⁉」

 

 異様な生物の群れがゲオルクを囲む。

 それを見て今のギャスパー君に似た感覚を思い出した。ディオドラ・アスタロト―――あの時に見た罪千さんのリヴァイアサンの顔だ! 異形と化した罪千さんに全く恐怖を感じなかったあの時と!

 だけどゲオルグは僕と同じとはいかなかった。表情は既に絶望に包まれており、戦いはどう見てもギャスパー君の圧勝。もはや勝負と呼べるものじゃない。 

 

「……これがギャーくんの本当の力……」

 

 呆然と眺めるしかない塔城さんはそれだけを何とか口から絞り出していた。

 

「くっ……一時引くしかない!」

 

 ゲオルクは正体と能力が測りきれないギャスパー君の相手を諦め、転移用の魔法陣を足下に出現させる。

 ―――ヘラクレスとジャンヌを残して逃げるつもりか。

 ゲオルクの体が魔法陣の輝きに包まれ、飛ぼうとする瞬間―――ゲオルクの体から黒い炎が現れる。

 黒い炎は執拗なまでにゲオルクに絡み付き、暗黒とは別の闇が逃さないようにしていた。

 木場さんはふいに匙さんの方に振り返る。

 意識を取り戻した匙さんは、上半身だけ起こしてゲオルクを睨み付けていた。

 

「……逃がさねぇよ。ここはまだ俺の結界内なんだぜ。それにお前ら、俺のダチをやったんだ。―――ただで済むわけねぇだろ!」

 

 ドスの利いた声音で匙さんは手を突き出す。

 ゲオルクを捕らえる黒い炎が大蛇を思わすシルエットを作りながら―――隠遁の闇がゲオルグを包み込んでいく。

 黒き龍王(ヴィリトラ)の炎は命を吸い取り燃え尽きるまで絡みつくと言われていると聞いた。

 (ふところ)からフェニックスの涙を取り出すゲオルクだったが、その小瓶をも黒き炎は飲み込んでいく

 

「……ヴリトラの……呪いか……ッ!」

 

 解呪に成功したと言った黒い炎は消えていなかった。

 闇から生み出された異様な獣達がゲオルグに襲い掛かっていく。

 

「くっ! くぅぅぅぅっ! あぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 ゲオルグの力が爆発的に高まっていく。

 逃げ場を完全に失い背水の陣となったことでタガが外れたのだろうか。

 ゲオルグの周囲に再び霧が生まれ、そこから次元の膜を突き破ろうとする巨大な腕のようなものが。次元が形を形成し、霧が肉付けをする。そんな何かが生まれ出ようとしていた。

 これはまるで絶体絶命になったジークフリードの時のような……!

 その時、暗黒を突き破った何者かが獣達を一掃した。その人物はそのままゲオルグに接近し、霧から何かが生まれ出る前にゲオルグを気絶させた。

 その人物は、ピエロのような仮面を被った男だった。

 

「…………」

 

 男性は動かないゲオルグを抑え何も喋らずこちらに攻撃を止めるようジャスチャーで訴えかける。

 だがギャスパー君の歩みは止まらない。一掃された獣達も再び姿を取り戻していく。やはりこの闇はゲオルグを喰らうまで止まらない。

 

「ギャスパー君、ごめんね……」

 

 小さな声で謝罪しつつ僕は周囲を包む暗黒に向けて炎目を放った。

 炎は瞬く間に広がりこの区域を包む暗黒を炎に変え、辺り一面を炎の海に変えた。見た目は凄まじいが危険は少ない。―――普通の人にはね。

 炎は異様な生物達も焼き尽くす。そして黒い化身となったギャスパー君をも……。

 全てを支配し喰らい尽くさんとしていた暗黒は―――業火の大津波に沈んでいった。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 闇が燃え尽き元の風景―――首都リリスに戻った時、ギャスパーは路面に横たわっていた。

 僕はギャスパーに歩み寄り、顔を覗き込んでみるが、スヤスヤと安らかな寝息を立てているだけだった。物理的な燃焼能力はないとは言えギャスパー君が無事でホッとしたよ。

 先程の危険な雰囲気が微塵も感じられない、力を燃焼し尽くされ気絶したのだろう。

 リアスさんはギャスパー君を抱き寄せて髪をそっと優しく撫でた。

 

「……この子について、ヴァンパイアに訊かなくちゃならない事がいろいろ出来たわね。けれど、ただでさえ吸血鬼は悪魔を嫌う。ヴラディ家が私の質問に答えてくれるかは分からないけれど……。以前に話を持ちかけた時は丁寧に断られたわ」

 

 吸血鬼は悪魔以上に階級を大事にしていて、純血とそれ以下を完全に区別している。さらに吸血鬼の業界は未だ悪魔や他勢力と交渉すらしない閉鎖された世界らしい。前にギャスパー君から聞いたことだ。

 

「……それもそうですが、今後は魔法使いにも気をつけた方が良いでしょう」

 

 この場に残っていたソーナさん……の分身がこちらに近づき言う。状況整理を兼ねていざって時の為に分身を残していたのか。

 

「どういう事?」

 

 リアスさんの問いに、ソーナさんはメガネの位置を直しながら続けた。

 

「……彼ら魔法使いは実力、才能主義です。その中でも今あなた達が倒した霧使いのゲオルクはトップクラスの実力者でした。そのゲオルクを倒したあなた達に魔術協会が興味を抱いてもおかしくない。ただでさえ、あなた達は強い事で有名なのだから。彼ら魔法使い―――主に召喚系の使い手は実力のある悪魔と契約するのをステータスの1つとしています。特に将来性のありそうな若手悪魔は交渉の場に呼び出されやすい。名うての悪魔は既に先客がいるか、取り引きできたとしても高値となりますから、手のつけられていない若手悪魔を買い漁あさる魔法使いも少なくないのです。先物買いと言えるでしょうね。―――近い将来、必ずコンタクトを取ってくる筈です」

 

 魔法使い、か。魔法使いは悪魔と関係が深いって漫画とかでもよく言うからね。今の話からもその認識で違いなさそうだ。……そいういことならグレモリー眷属はかなり魅力的な契約対象だろうね。本人たちにはあまり自覚はなさそうだけども。

 自分の力量と立場を理解していのに、それなりに高い地位にいることだけ漠然と理解しているだけ。こういった無自覚なのもグレモリー眷属の欠点だ。

 

「おっ、来ていたか“パペット”」

 

 声の方へ向くと、イクサがヘラクレスを引き摺ってこちらに来る。子供の喧嘩程度の傷に対してヘラクレスは試合後のボクサーみたいになっていた。

 このピエロのような仮面を被った男はやはりフョードルさん側の英雄派メンバーだったか。

 

「お前もゲオルグも無事みたいだし、残るはジャンヌだけ……どうしたフリード! その傷は!?」

「ちょっと狙撃されちまってな。射って来たのがとびっきりの可愛子ちゃんだったのが唯一の救いだ」

 

 ガッツリ貫通してるのに余裕そうに振る舞う。相手は確かに可愛かったけれども、それってなんの救いにもなってないよね。

 あの女性の姿もなくなっていた。

 

「ガハハ、それはよかったな。さて、この場に残るのはジャンヌだけだが」

 

 イクサがそう言うとパペットは左手で自分と上を指して右手でOKサインを出した。この人全然喋らないな。

 その時、背後から気配が近づいてくるのを感じた。

 

「あらら、ヘラクレスがやられてしまったようね。ゲオルクも……? これはまいったわ」

 

 そこに現れたのはジャンヌ。そしてなぜか小さな男の子を脇に抱えていた。

 さらに今度は旧型の重機型機械兵が現れた! しかし様子が変だ。

 機械兵は少し破損しており、浅い凹みや切り傷が多数。胸の辺りは貫通した跡がある。

 そこはちょうど(コア)のある箇所。そして頭上に十字の板のようなものが浮遊していた。

 

「待て! ジャンヌ!」

「卑怯よ、子供を人質に取るなんて!」

「……やられましたわね。まさか、あんな所に逃げ遅れた親子連れがいたなんて」

 

 ゼノヴィアさん、イリナさん、そして朱乃さんが苦渋に満ちた表情で合流する。全身傷だらけで満身創痍だった。

 どうやら戦いの形勢は渉達の劣勢だったようだが、ならなぜジャンヌが子供を盾にしてここまで逃げてきたのだろうか。

 ジャンヌは手に持つ聖剣の切っ先を子供の首もとに突き立てる。

 悪魔の僕が言うのもなんだけど、悪魔のような卑劣さだ。

 

「卑怯だな」

 

 サイラオーグさんは僕が心中で抱いていたのと同じ感想を素直に述べる。

 ジャンヌがそれを聞いておかしそうに笑う。

 

「悪魔が言うものではないのではないかしら? ま、義理に厚そうなあなたならそう言うかもしれないわね。バアルの獅子王さん。―――とりあえず、曹操を呼ばせてもらうわ。私が逃げの一手になるなんてね。あなた達、本当に厄介なのよ。この子は曹操がここに来るまでの間の人質。OK?」

 

 曹操がここに来てしまったらどう形成が転ぶかわからない。フリードやイクサさん達のような心強い味方はいるが、それでも曹操が持つ聖槍がどんな状況を創り出すか分からない。こちらには聖槍に弱い悪魔が多数いるのだから。

 

「あら、ボク、案外静かね。怖くて何も言えないのかしら?」

 

 ジャンヌが人質に取っている子供の様子を見てそう漏らしていた。ジャンヌが言うように人質の子供はこの様な状況でも平気な表情だった。

 

「ううん。ぜんぜんこわくないよ。おっぱいドラゴンがもうすぐきてくれるんだ」

 

 その言葉は一切の怯えも無い、純粋で安心しきったものだった。

 

「ふふふ、残念ね、ボク。おっぱいドラゴンは死んだわ。お姉さんのお友達がね、倒してしまったの。だから、もうおっぱいドラゴンはここには来られないわ」

 

 ジャンヌはそう言うが、男の子はそれでも笑みを絶やさない。

 

「だいじょうぶだよ。ゆめのなかでやくそくしたんだ。ぼくがね、おっきなモンスターをみてこわいっておもってねていたら、ゆめのなかにでてきてくれたんだよ」

 

 ……夢? 男の子は元気に、ただ嬉しそうに語った。

 

「もうすぐそっちにいくから、ないちゃダメだっていってたんだ。まほうのじゅもんをとなえたら、かならずもどってきてくれるっていってたんだよ!」

 

 男の子は人差し指を突きだして、宙に円を描いていく。

 

「こうやって、えんをかいて、まんなかをゆびでおすの! ずむずむいやーんって、これをやればかならずもどってきてくれるって! みんなもおなじゆめをみたんだよ! フィーラーくんもトゥラスちゃんもぼくとおなじゆめをみたんだ! となりのクラスのこもおなじゆめをみたんだ! みんなみんなおなじゆめをみたんだよ!」

 

 冥界の子供達が皆同じ夢を見た。

 子供は空に向けて歌を歌い出す。

 

「とあるくにのすみっこに~、おっぱいだいすきドラゴンすんでいる~♪」

 

 ―――その時、首都の上空で快音が鳴り響いた。見上げるとそこには―――宙に次元の裂け目が生じようとしていた。

 開いていく空間の裂け口、そこから見知ったオーラが感じ取れた。

 それは―――ま子供達が待ち望んでいる英雄ヒーローの登場だった。


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