無害な蠱毒のリスタート   作:超高校級の警備員

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 前話の最後に付け忘れたものがあるので本文にちょっと付け足ししました)

 遅すぎですが、新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

 いや、三が日内に投稿しようと考えていたんですが、なんか納得がいかなくて全部書き直しや流れの変更を何度も行った結果ものすごく遅くなりました。長らくおまたせして申し訳ありません。
 本来はガッツリと別sideの話にするつもりだったのですが、結局中途半端に原作に沿う形になってしまい、自分の腕の悪さに軽く失望しました。これでは自分の作品を書き上げるのなんてまだまだ先になりそうです(苦笑)


巨大な危険の訪問

「う~ん、たぶん発情期じゃないかな」

 

 レイヴェルさんからの電話の内容は塔城さんの様子がおかしく、それで妖怪に詳しいだろう僕に相談したいというものだった。

 一通り事情を訊いてみて僕は発情期ではないかと診断した。

 他の何かが原因だったとしても電話だけじゃわからないし、塔城さんに直接会わないことには何もできない。

 

「発情期、ですか」

 

 レイヴェルさんがボソリと言う。

 

「獣系の妖怪は元の獣としての色を多少あれど残しています。猫魈は猫の妖怪ですか猫と酷似した本能があるはずです」

 

 どれだけ獣としての色を残してるかは妖怪としての格に依存する部分があるけどね。下位になるほど考え方も行動も元の動物に近いものになっていく傾向が強い。だから獣系妖怪は知性はあっても理性がない危険な妖怪だと言われたりしていた。

 まあその辺は良い人もいれば悪い人もいる人間と同じだ。悪魔が一般的に良いイメージを持たれないのと同じようなもの。格以上に環境が影響する。

 

「実際に何も診てないのでわかりませんが、発情期が原因というよりも何か心的ストレスが本能に悪い影響を与えて強い発情状態になってるんじゃないかと思います。その急性な発情期はなんだか違和感がありますし」

「それでしたら兵藤家に下宿させていただいてる身として何となくわかります」

 

 僕もぼんやりとだが察しはついている。塔城さんの性格や環境から考えて獣の傾向がそれほど強いとは考えにくいしね。

 レイヴェルさんは話を続ける。

 

「おそらく、小猫さんはイッセーさんとリアスさんの関係を見て」

 

 予想通りの内容に僕は「あ~」とだけ言った。

 塔城さんが一誠に特別な感情を抱いてることは知っている。そして一誠の周りの女性は悪魔の常識だからかかなり積極的。塔城さんも行動にそういう一面が見え隠れしていた。当の本人(一誠)は気づいてるかわからないけども。

 

「本能で乱れた氣を外部からの仙術で落ち着ければ収まりはすると思いますけど、本人がコントロールする術を持っていなければ一時しのぎにしかならないでしょう」

 

 おそらく仙術修行の取り込んだ邪気を体内で清めるやり方の応用で抑制可能なんだろうけど、完全に悪魔側の人にそこまでしっかりとした仙術を教えられない。僕ができるのはせいぜい外部からの仙術で氣を整えてあげることくらい。

 

「しばらくすれば発情期が過ぎて自然と落ち着くと思いますけど……。とりあえず一度そちらに伺いましょうか?」

「いえ、先程リアスさんが知り合いの魔物使いの方に連絡し診ていただくと言っていましたので」

 

 生物的な意味合いなら妖怪も魔物も似た部分が多いだろうし何かしらの処置はしてくれるだろう。

 また何か困ったことがあったら連絡して欲しいとだけ伝えてレイヴェルさんとの電話を終えた。するとちょうど罪千さんの帰ってくる音がしたので舞雪ちゃんを布団に残し玄関へと向かう。

 

「おかえり、罪千さん」

「はい、ただいま帰りました」

 

 帰ってきたばかりだがさっそく話を訊くためにリビングへ移動する。

 

「それで話って?」

「私も詳しくはわからなかったんですが、アメリカの方で何かあったらしく、それがこの町も関係することらしいんです」

 

 以前アメリカ勢力がこちらに出向いたのは、危険なウイルス兵器が盗み出されたのが理由。逆にそれ以外には一切関心がなく、他の勢力から危険視されている禍の団(カオス・ブリゲード)のことなど歯牙にもかけなかった。

 ヨグ=ソトースさんの話でも三大勢力とそれに張り合ってるような勢力はアメリカの敵ではないようなことも言っていた。

 つまり、そのアメリカが動かざる得ない何かがこの町で起こったってこと……!

 

「ねえ、それって何なの? 詳しくじゃなくてもいいから教えてほしい」

「えっと、アメリカから兵器を盗んだ犯人が禍の団(カオス・ブリゲード)を隠れ蓑にして何かを企んでいると情報が入ったとか言っていました」

 

 そう言えば旧魔王派の襲撃の時に撃退したゾンビ兵器は禍の団(カオス・ブリゲード)の手に渡ってしまったものと聞いた。その時は深くは考えなかったけど、禍の団(カオス・ブリゲード)のテロリストが全力で潰しにかかっている三大勢力を、歯牙にもかけない程の強さを持つアメリカから盗み出せるような人が禍の団(カオス・ブリゲード)なんかに力を貸すのはおかしい。まあ単純に大金が理由ってのもあるかもしれないけれど。

 

「それで罪千さんが呼ばれたってこと?」

「いいえ、そうではなくて、アメリカの人員が日本に長期滞在するってことで一応呼ばれました」

「それって大丈夫なの? その……領土的な問題が」

 

 スパイを長年潜り込ませてたんだから今更な気もするけども。

 

「日本には話は通してると言ってました」

 

 つまり悪魔側には言ってないってことですね。あっもしかして前に高天原に行った時に天照様に来客があったのって!

 罪千さんの話によると罪千さんが呼ばれた理由はアメリカ勢力の人間がこちらにしばらく居ることになるから一応同じ勢力の罪千さんには知らせておいたという。

 けどそれだけのことでこんなにも時間が掛かるのは流石におかしいと思い訊いてみる。

 

「その、さっそく何か事件が起こったらしく、犯人特定のために私の……リヴァイアサンの能力が必要だとのことで」

 

 リヴァイアサンの能力が犯人特定に必要? 一体なぜ……? 確かリヴァイアサンの能力はあらゆる生物を殺せる力、完璧に近い不死、捕食した相手に成り代わる……! そうか! 成りすます能力か!

 最初の説明でヨグ=ソトースさんが言ってたっけ、リヴァイアサンは僅かなDNAで対象に成りすますことができると。その能力で潜入や影武者、つまり姿のわからない犯人の姿を写し取ることもできる。

 

「それでその事件って?」

 

 肝心の事件の内容を訊いてみるが。

 

「私もいくつか現場らしいところを一緒に回ってただけなので何も……。結局犯人に繋がりそうな証拠もDNAも見つからなかったですし」

 

 そっか、事件解決の進展はなかったのか。一体この町で何が起こってるのか気になるけど、今は動いてくれている人たちを信用して任せるしかないか。―――だけど……。

 

「ねえ、その人達と話ってできるかな?」

 

 僕だって罪千さん(リヴァイアサン)に深く関わる人物として無関係ではない。だからと言って関係者かと問われればかなり微妙だけども。

 

「はい、たぶん大丈夫だと思います……?」

 

 僕の質問に不思議そうに応える罪千さん。僕自身何か訊きたい事が特別あるわけではない。ほぼ部外者の僕にはそう多くは話してくれないだろうし話せないだろう。けど、三大勢力が絡まない日本が関わるならぜひ力になりたい。もしかしたら悪魔側にいる僕が役に立つかもしれないし、何もしない方がいいのかも判断がつく。

 単純に情報を頭に入れておくだけでも大きな意味があるしね。

 罪千さんは折りたたまれたチラシのようなものを取り出す。

 

「それではこの場所に……ひぃ!」

「何の話をしてるんですか?」

 

 しびれをきらした舞雪ちゃんがリビングへやって来た。舞雪ちゃんの姿を見た罪千さんは怯えてか反射的に防御態勢に入る。

 

「な、なんで伊鶴さんがここに……!?」

 

 そういえば舞雪ちゃんを説得できたことに安心して罪千さんに言うの忘れてた。それでも玄関には舞雪ちゃんの靴があったんだけどね。

 

「もうちゃんと説明して納得してもらったから大丈夫だよ」

「納得はしてませんよ? ただダーリンのことを信じてるだけです」

 

 あ、そうだったんだ……。けどまあ、もうそれでいっか。

 

「誇銅さんがそう言うのでしたら」

 

 そう言いつつも防御の腕を若干下がりきらず、表情にも緊張感が残っていた。やっぱり一度ついた苦手意識はそう簡単に拭えないか。

 

「ところでこんな時間に何の話をしていたんですか?」

「えっと……」

 

 どう言ったらいいものか困り罪千さんの方を見るが罪千さんは僕以上に困り顔、というか焦り顔になっていた。

 ここで僕がどうにかしないとまた誤爆してしまうかもと思うとなぜだか冷静に考えられるようになる。

 

「え~と、舞雪ちゃんに秘密にしている罪千さんのことに関係するから話せないんだ」

「む~、ダーリンは秘密が多すぎます。もっと私を頼ってくれてもいいですのに……」

 

 話せないと言うと、舞雪ちゃんはぷくっと頬を膨らませた。そうだよね、力になりたいのに除け者にされるのは嫌だよね。

 そんな舞雪ちゃんの頬を両手の人差し指で押さえ込む。

 

「ごめんね。それでも舞雪ちゃんに力を貸してほしい時はお願いしてもいいかな?」

「もちろんです!」

 

 舞雪ちゃんは頬に触れる指に触れながら笑顔で返事をしてくれる。機嫌を直してくれたみたいでよかった。

 話が終わったところで罪千さんは寝る前にシャワーを浴びる為に一足先にリビングから出ていく。僕も部屋に戻ろうかと思ったが舞雪ちゃんがなぜか動こうとしてくれない。

 

「さっきみたいに運んでくれないんですか?」

 

 つまりお姫様抱っこのおねだりだね。さっきは動揺中の流れだったから今度は冷静な状態でゆっくりと味わいたいってことか。

 まあ今日くらいはいいかな。そう思って「いいよ」って言うと。

 

「やった!」

 

 小さく喜びを表現する舞雪ちゃん。

 僕は舞雪ちゃんの要望通りにお姫様だっこで寝室に運んであげようとするが、ドアの向こうを見て思わず足が止まる。

 

「うぅ……」

 

 ドアの影から罪千さんが羨ましそうにこちらを見てた。なのに舞雪ちゃんは抱っこされたまま甘えだす。気付いてか気づいてないんだか。たぶん気づいてやってる。いや、確実に気づいてやってるね。

 一難去ってまた一難。それでもまあ、ちょっと幸せだからいいか。

 幸せな苦労を感じつつぐっすりと眠りにつくも、次の朝、アザゼル総督に兵藤家に呼び出された事に目覚めの悪さを感じることとなる。

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 次の日。急に呼び出されて何事かと思ったら、兵藤家から底の見えない大きな力の気配を感じた。兵藤家から感じると言うことはおそらく安全なんだろうけど今度は一体何が……。

 そうして兵藤家のVIPルームに集ったのは―――。

 グレモリー眷属(塔城さんは部屋で休んでるらしい)にイリナさん、レイヴェルさん、アザゼル総督、そしてヴァーリチームの面々。そしてもう一人、黒いゴスロリ衣装の細身の女の子―――オーフィス。

 

「お茶ですわ」

 

 朱乃さんが警戒しつつもヴァーリチームとオーフィスにお茶を淹れる。魔女の格好をした女の子はお茶を口にし、猫魈の黒歌はお茶請けのお菓子をもぐもぐと食べていた。こちらと違って向こうから緊張感は伝わってこない。

 木場さんは僕と同じく後方で待機して表情はいつも通りだが、感覚を研ぎ澄ませていつでも飛び出せる準備はしている様子。

 ギャスパーくんは塔城さんのもとに行った。やっぱりクラスメイトの塔城さんが心配ならしい。

 一誠は隣に座っているアザゼル総督に何やら耳打ちしている。

 それよりも目の前の少女、オーフィス。初めて見た時は気にしなかったけど、邪神のような深味はなく、機械天使のような格別な強大さもない。それらと比べると見劣りするがそれでも無限と言われるだけあって大きさに圧倒されるようなこの感じ。これが無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)か……。

 一誠が頬をポリポリと掻いて当惑している。

 試験が被ってるのにこれはご愁傷様としか言いようがないね。けどこれも赤龍帝の厄介事を呼び込む特性なのだとしたら……いや多分そうなんだろうね。

 嘆息していると、オーフィスがジッと一誠を見つめる。

 

「……」

 

 一誠は口元を引きつらせながら、笑みを無理矢理浮かべて訊いた。

 

「そ、そ、それで、俺に用って何でしょうか……?」

 

 オーフィスはお茶を口にして、ティーカップをテーブルに置くと口を開いた。

 

「ドライグ、天龍をやめる?」

 

 いきなり理解し難い質問が飛ばされる。それでも一誠は笑顔を絶やさないまま声を絞り出す。

 

「……いや、言っている意味が……」

「宿主の人間、今までと違う成長している。我、とても不思議。今までの天龍と違う。ヴァーリも同じ。不思議。とても不思議」

 

 まるで小さな子どもが大人に素朴な疑問を投げかけるように問いかける。オーフィスは続ける。

 

「曹操との戦い、バアルとの戦い。ドライグ、違う進化した。鎧、紅色になった。初めて。我の知っている限り、初めての事。だから、訊きたい。ドライグ、何になる?」

 

 可愛く首を傾げながら訊いてくる。予想はしてたけどやっぱり情報は筒抜けか。

 それにしても返答に困りそうな問いだね。本人は無我夢中で鍛えたぐらいにしか思ってないだろうし、周りから見てもどんな時でも女性のおっぱいに執着してきた(特にリアスさんの)生粋の変態ぐらいにしか。ハッキリ言ってなぜ劇的にパワーアップできたのか疑問で仕方ない。

 おそらくそんな答えは誰一人として求めてないだろう。

 すると、一誠の左手に籠手が出現し、ドライグが皆に聞こえるように声を発した。

 

『分からんよ、オーフィス。こいつが何になりたいなどと、俺には分からん。分からんが……面白い成長をしようとしているのは確かだ』

 

 オーフィスは一誠の籠手に視線を移して話を続ける。

 

「二天龍、我を無限、グレートレッドを夢幻(むげん)として、『覇』の力の呪文に混ぜた。ドライグ、なぜ、覇王になろうとした?」

『……力を求めた結果だろうな。その末に俺は滅ぼされたのだ。「覇」以外の力を高める事にあの時は気付けなんだ。俺の赤が紅になれるなぞ、予想だにしなかった』

「我、『覇』、分からない。『禍の団(カオス・ブリゲード)』の者達、『覇』を求める。分からない。グレートレッドも『覇』ではない。我も『覇』ではない」

『最初から強い存在に「覇」の(ことわり)なぞ、理解出来る筈も無い。無限とされる「無」から生じたお前と夢幻の幻想から生じたグレートレッドは別次元のものだったのだろう。オーフィスよ、次元の狭間から抜け出てこの世界に現れたお前は、この世界で何を得て、何故故郷に戻りたいと思ったのだ?』

「質問、我もしたい。ドライグ、なぜ違う存在になろうとする?『覇』、捨てる?その先に何がある?」

 

 質問を質問で返すからイタチごっこになってるね。会話の内容もよくわからないし。

 でもまあ、最上位のドラゴンと人間レベルでは住む世界が全く違うのだから当然っちゃ当然かも。神話の神々とかのように無理に人間に干渉する必要もない存在だしね。

 

「……実に興味深い。龍神と天龍の会話なんてそう見られるもんじゃない」

 

 アザゼル総督は目を爛々と輝かせて二人の会話を聞いていた。というか僕たちは一体何をさせられてるの? なんかテロ組織を止められるかもしれないとか聞かされたけれども。

 

「ドライグ、乳龍帝になる? 乳揉むと天龍、超えられる? ドライグ、乳を司つかさどるドラゴンになる?」

 

 それを聞いたドライグは過呼吸気味になる。

 

『うぅ……こいつにまでそんな事を……。うっ! はぁはぁ……! 意識が途切れてきた! カウンセラーを! カウンセラーを呼んでくれぇぇぇぇっ!』

 

 ドライグは精神的なダメージを受け過ぎてか精神が崩壊してきていた。

 一誠は懐ふところから薬を取り出して、籠手の宝玉に振りかけた。

 

「落ち着け、ドライグ!ほら、お薬だ!」

 

 薬をかけられたドライグは気持ちが和らいだからか次第に落ち着きを取り戻していく。

 

『……あ、ああ……す、すまない……。この薬、き、効くなぁ……』

 

 高位のドラゴンとして恐れ崇められていたのが、突如一誠(変態)と同格にされれば精神も崩壊して仕方ない。いくら一誠が根は良いやつだとしてもよく力を貸し続けられるなと思うよ。ドラゴンってプライドが高いと聞くのに。

 

「我、見ていたい。ドライグ、この所有者、もっと見たい」

 

 一誠をジッと見つめるオーフィス。無表情ながらも瞳だけは興味の色に染まっているのがわかる。

 

「てなわけで、数日だけそれぞれの家に置いてくれないか? この通り、オーフィスはイッセーを見ていたいんだとよ。そこに何の理由があるかまでは分からないが、見るぐらいなら良いだろう?」

 

 そう言われ一誠は助け舟を期待するようにリアスさんに視線を送るが―――。

 

「イッセーが良いなら私は構わないわ。勿論、警戒は最大でさせてもらうし、何か遭ったら全力で止めるしか無いでしょうね。それで良いなら、私は……呑むわ、アザゼル」

 

 リアスさんは了承する。オーフィスの真意に興味を持ったってところかな? 悪魔側としても話し合いでテロ組織を瓦解させられるならそれに越したことはないだろうしね。

 でもそれだけではきっと終わらない。曹操たち英雄派は現状に不満を持つ神器所有者の集まりだし。

 それでもトップのオーフィスの選択は現状を大きく左右するのは違いない。その鍵を握るのが一誠と言うのは、今までの流れからして安心できる反面、個人としてはとても不安が残る。

 

「……俺もOKですよ。ただ試験が近いんで、そちらの邪魔だけはしないでくれるなら」

 

 最低限の条件付きで一誠は折れた。どっちにしろこの状況でアザゼルの提案を呑む以外の道は残されてなかったんだけどね。

 

「毎度悪いな、イッセー。大切な試験前だってのに、おまえに負担を掛けちまって。―――だが、これはチャンスなんだ。上手くいけば各勢力を襲う脅威が緩和されるかもしれん」

 

 目に見える脅威が去ったら次は目に見えなかった脅威が晒されるだろうなと思うのは黙っておこう。日本としても僕としてもそれが望ましいから。

 

「俺が言える義理じゃないが、オーフィス、黒歌、こいつらは大事な試験前なんだ。邪魔だけはしないでやってくれ」

 

「わかった」

「適当に(くつろ)ぐだけにゃん♪」

 

 オーフィスも黒歌も了解した。が、真意は定かではない。

 話が終わったみたいなので僕はさっさとお邪魔させてもらうことにした。この後に用事があるから。

 お邪魔する前に塔城さんの様子は見てみたけど案の定だった。元凶(一誠)が近くにいる限り僕が氣を整えても焼け石に水だ。

 一応一時的な処置はしておいたから一誠との接触がなければ数時間は安定すると思う。そのことは全てギャスパーくんに伝えて後でレイヴェルさんにも伝えてほしいと頼んでおいた。

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 兵藤家での用事も終わり、昨晩罪千さんから貰ったチラシの場所へやって来た。

 チラシの地図を頼りに辿り着いた場所は小さなレストラン。本当にこの場所で合ってるのか不安になった。

 チラシを見る限りこの場所で間違いない。他にそれらしい場所もないし。

 しかもチラシの開店日を見るにまだ開店前だ。

 チラシ片手に店先でまごまごしていると、店の中からウェーブのかかった茶髪の女性が出てきた。腰までかかった髪を後ろで結んだ優しそうな人。

 

「あの~どうしました?」

「えっと、あの、その……」

 

 僕が返答に困っていると、女性は僕が手に持つチラシに気づき言う。

 

「あの~日本の方ですか?」

「……?」

 

 質問の意味がよくわからなかった。外国人に見える顔はしてないと思ってたんだけども。

 

「あ、そういう意味ではなくて、日本神話の方ですか」

 

 顔を赤くして訂正する女性。そして質問の意味を理解した僕も変な勘ぐりをしてしまった事に顔が熱くなった。

 お互い照れながらもその女性が僕を店の中に招き入れてくれた。店内は想像通りそんなに広くなく席数も少ない。だが雰囲気はとても良い。

 

「ちょっと待っててくださいね」

 

 そう言い残して厨房の奥へ行った。

 そうして厨房の奥から出てきたのは―――。

 

「「あっ」」

 

 白いコックコート姿のヴィロットさんが現れた。突然の再会に思わず同時に声を漏らす。

 

「え、なんで誇銅がここに?」

「それはこっちのセリフでもあります。なんでヴィロットさんこそ……」

「……まあその辺も含めて話しましょうか」

 

 僕とヴィロットさんは近くの席に座った。

 

「まず私の方から順に説明するわ。その前に一つ確認。現状の事情をどこまで知ってる?」

 

 ヴィロットさんが僕に訊く。僕は罪千さんから訊いた大雑把な情報を言った。

 

「そ、じゃあ前提から話すわね。その前に改めて自己紹介するわ。私はヴィットリーオ・ヴィロット。メイデン・アイン様を主とするアメリカ勢力の者よ」

 

 アメリカ勢力! まあここにいた以上その可能性はとても大きかった。それでもヴィロットさんがアメリカ勢力の人間だった事実は驚いた。けど、悪魔を中心とした三大勢力、日本勢力と続いて僕の周りでよく聞く勢力なんだよね。でもあれ?

 

「僕が聞いた話ではアメリカの首領は確か違う名前だったような……」

「アメリカ勢力は大きく分けて二つの派閥があるの。裏アメリカの大統領、Mrドン・アトラス。そしてアメリカ教会の最高指導者、メイデン・アイン様」

 

 アメリカにもそんな派閥があったんだね。かくいう日本も天照様を最高神としてもスサノオ様の派閥もある。昔はむしろスサノオ様の派閥の方が大きかったりもした。

 同じ三貴神でも月読様は信仰はされても派閥はなぜか聞かなかったけどね。今はどうなんだろう?

 

「派閥と言ってもアメリカ人外世界の支配者はMrドン。メイデン様も私たちもそれは認めてるし、メイデン様本人がドンの傘下であることを明言しているわ。つまり結局どっちでもドン大統領の配下には違いってことね」

 

 そう言われると冥界だって魔王が統括しても魔王自体は四人いる。北欧神話だってオーディンが主神ってだけでロキ様のように他にも有力な神様はいるらしいし。やっぱり大きな勢力になればあたり前のことなのかな。

 ヴィロットさんがここにいる理由は何となく理解できたが、僕にはもう一つとても気になることがある。

 

「それじゃあ北欧でヴァルキリーのフリをしていたのも、北欧からアメリカに移ったのも」

 

 メイデンさんの志に共感してヴァルキリーとして北欧を支えるため、アメリカに移ったのはメイデンさんを追いかけて。

 以前アザゼル総督の話でメイデンさんが追放された時にも大勢の人が汚名を着せられ、苛烈な一面を見てなおついて行った言っていた。つまりヴィロットさんの行動もそれに近いんじゃないかと思ったが。

 

「違う違う、北欧神話からアメリカ勢力に移ったんじゃんじゃなくて、私は元々アメリカ側の人間だったの。端的に言えば北欧神話へ潜入調査してたってわけ」

 

 見当違いの予想でした。というかヴィロットさんはスパイだったの!?

 

「別に映画のスパイみたいな事はしてないわ。ただその勢力に潜り込んで危険な思想や行動をしてないか監視してただけ。あと国柄の観察とか。それを数年単位で替わる替わるやってきた。そして今回の北欧担当に私が選ばれたってだけよ」

 

 さらっと言ったけどそれもかなり危険な役目じゃないですか?

 

「けどまあ危険な仕事には変わりないんだけど。無事に帰ってこれなかった同胞もいたし」

 

 やっぱり危険な役目だったんだ。というかそんな大事なことを……。

 

「それって僕に喋っちゃってよかったんですか?」

 

 そんな大事な情報を僕なんかに明かしちゃってもよかったのか。普通に考えれば部外者の僕には絶対に言ったらいけない情報と思うんですけど。

 

「うん。だってそのプロジェクト自体がもう終了したから。三大勢力が改革と称して表と裏の均衡を危うくさせたからね。だから誇銅にだったら別に明かしてもいいかなって」

 

 信用してくれてるって捉えていいのかな……? それでも明かされた事実が大きくて戸惑う。国家レベルのプロジェクトを他国の小市民に明かされたんだからね。

 

「ということは、その諜報員って北欧だけじゃなくて」

「他は知らないけど北欧神話にだけじゃなくていろんな所に派遣されてたらしいわ。三大勢力や他の神話、日本神話にもいたんじゃない?」

 

 やっぱり派遣されてたんだ! とういかそれも僕に明かしちゃうの!?

 

「あ、ちなみに今のことは他言無用ね」

「無論ですよ!」

 

 あーまた墓まで持っていくであろう秘密が増えてしまった。しかもその一つ一つが重すぎて墓からはみ出すどころか地盤沈下が起きるんじゃないか。

 

「私の話はこれくらいね。それじゃ次は誇銅の方を聞かせてくれる?」

 

 ヴィロットさんの打ち明け話が終わり僕の番に。

 

「わかりました。それを説明するためには少し僕の昔の話をする必要があります。あれは数ヶ月前のこと。いや、数千年前と言うべきが」

「え、なに? 数千年前?」

 

 僕の立場を説明するために過去にタイムスリップしたところから話すことに。しかし数千年前とかから言い始めたせいでヴィロットさんによくわからない不思議な表情にさせてしまった。

 過去の日本にタイムスリップしそこで日本の神や妖怪と共に過ごした事。二年間の修業から突如元の時代に戻り悪魔に混じりながらも日本神話と繋がっていることを説明した。

 突拍子もない不思議な話しだったがヴィロットさんは特に僕の話を疑わずに聞き入れてくれた。

 

「つまり僕は日本から悪魔側に潜入してるようなものですからヴィロットさんと同じですね」

「そうかもしれないわね。それにしてもタイムスリップか」

「やっぱりにわかに信じがたいですよね」

「確かに信じられないような話だけど、信じれられないようなことも実現し得るものよ。私たちの存在だって」

 

 確かに僕たちのような悪魔や妖怪、天使や神様が実在してることも表の人から見れば眉唾ですもんね。ヴィロットさんは人間だけど一時期は北欧神話のヴァルキリーだったし。

 

「それよりも私にとってはこの再会こそが驚きよ。またどこかで会えたらと思っていたけど、まさかこんなに早くになるとはね」

 

 同感です。僕もこんな早い再会は予想外でした。

 

 ドゴン!

 

「「ッ!?」」

 

 店の奥から突然大きな物音が! 何事かとヴィロットさんが様子を見に行くと、程なくして今度は入り口側から同じような大きな音が!

 振り返るとそこには灰色の大型犬……いや、違う。この感覚は……。―――神喰狼(フェンリル)ッ! サイズこそ小さくなってるけど間違いない!

 

「グルルルルルルル! ……クゥ」

 

 敵意むき出しの威嚇状態のフェンリルだったが僕の姿を見て牙を収めてくれた。どうやら僕がヴィロットさんと一緒に行動していたことを覚えていてくれたみたいだ。

 

「ごめんなさい、どうやら悪魔の気配で興奮しちゃったみたい」

 

 奥から戻ってきたヴィロットさんがフェンリルを撫でる。北欧神話から抜けたのになんでフェンリルがこんな所に?

 

「実は北欧神話を抜ける時にフェンリルにものすごく引き止められてね。それでも出て行ったら追いかけて来ちゃって。そういうわけでウチが預かることになったの」

 

 大人しくヴィロットさんに撫でられる姿は大人しい大型犬。だがその正体は神殺しの狼。なんだか凄まじいギャップだね。

 

「こーら! お店の方に来ちゃメッって言ったでしょ!」

「クゥーン」

 

 茶髪の女性が出てきて小さな子供に注意するようにフェンリルを叱った。フェンリルの反応も含めて余計にただの犬のようだ。

 

「気晴らしに散歩にでも行く?」

「オン!」

「じゃあ私がちょっと行ってくるわ」

「ありがとう姉さん。フェリル、ちゃんと姉さんの言うことを聞いてやたら吠えちゃダメよ」

「オン」

 

 フェンリルに念押しするヴィロットさん。外でばったり悪魔と遭遇して同じことをすればえらいことになっちゃうからね。

 茶髪の女性はフェンリルを連れて店から出た。

 それでもってさっきヴィロットさんあの人を「姉さん」って。

 

「あの人、ヴィロットさんのお姉さんなんですか」

「あんまり似てないってよく言われるわ」

 

 確かにツリ目で気の強そうなヴィロットさんとは対象的にお姉さんはタレ目で大人しそうな雰囲気だ。しかしよくよく見るとどことなく似ている。

 

「先に言っとくけど姉さんはこの件に関係ないから。姉さんは私に付いてきてくれただけで組織の人間じゃない。一緒にいて嬉しい半面、危険な所に来てほしくない気持ちもあるんだけどね」

 

 そう言うもちょっと嬉しそうにお姉さんのことを話す。

 

「それじゃこのレストランはお姉さんと二人で経営を?」

「自分たちのレストランを開くことが姉さんと私の子供の頃の夢だったの。しばらく日本で過ごさなきゃいけないからせっかくだからついでにね。イタリアで姉さんを一人にするのも別の意味で危ないし」

 

 任務のついでにちゃっかり子供の頃の夢を叶えたってわけですか。そして別の意味で危ないってどういう意味なんだろう?

 

「お姉さんの事が大好きなんですね」

「そりゃたった一人の肉親だからね。私にとってメイデン様と同じくらい大切な存在よ。そんな姉さんと今でも一緒にいられるのはメイデン様のおかげ」

「何があったんですか?」

「あーん~……」

 

 僕がそのことを訊くとヴィロットさんは苦い表情で店内の時計を見た。もしかしてちょっとした好奇心でマズイこと訊いちゃったのかな? いやもしかしなくても絶対にそうだろう。

 

「変なこと訊いてしまったみたいでごめんなさい」

「別に誇銅が謝ることじゃないわ。全部過去の私の罪が原因なんだから」

 

 あの正義感の固まりのようなヴィロットさんが過去に一体どんな罪を……。

 

「ところで、何か訊きたいことがあるんじゃないの?」

「あっそうだった!」

 

 ヴィロットさんとの再会でここに来た理由をすっかり忘れていた。

 

と言っても説明できる程の情報は得られてないんだけどね。今他の方面から犯人特定に繋がるものがないか模索中よ」

 

 ぶっちゃけ些細な情報でもよかったから知りたかった。だけどヴィロットさんがそう言うからにはこれ以上の追及はできない。度々巻き込まれはするがあくまで僕の立場は一般人とそう変わらないのだから。

 

「それってやっぱり盗まれた兵器が関係あると思いますか?」

 

 それでもやっぱり知りたい。無粋を承知で訊いてみる。

 

「さぁ? 少なくても兵器自体は関わってないわ。盗まれた兵器について詳しくは言えないけど、もしそうなら今頃大惨事よ」

 

 盗まれた兵器がどんなものかはよく知ってるんですけどね。何なら直接対峙して戦闘も行いました。

 

「だけどそんな大惨事は絶対に起こさせない。その為に私たちはここに来た」

 

 ヴィロットさんはあの時と同じ強い意志の宿った目で言った。―――生きる屍となったロキ様を倒そうと(助けようと)した時と同じ。そんな目で言われたら僕は何も言えませんよ。僕はこれ以上の質問を止めた。


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