無害な蠱毒のリスタート   作:超高校級の警備員

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 楽しみにしてくださっていた読者をこんなに長い間待たせてしまって申し訳ありませんでした。まずそれをお詫びします。
 なぜこんなに投稿が遅れたかを申しますと、忙しかったというよりも納得のいくネタが出なかったからです。ある程度のプロットは作っていたのですが、実際に書いていくとどうもうまくいかない。これだから物語を創るのは難しいですね。
 そういうわけで原作sideを並行させて二つの矛盾と辻褄確認などをしながら、どうしても納得のいかない部分を思案していたらこんなに時間が経ってしまいました。それでいてこれかな……? って感じの出来で完成となってしまいました。本当に申し訳ないです。
 どうでもいいことを長々とすいません。それではどうぞ!


酷暑な吹雪の冬暖

 舞雪ちゃんとの再会から数日。あれから登校時、昼休み、下校時に必ず現れるようになった。逆にそれ以外で舞雪ちゃんの姿を見ることはない。探せば向こうから出てくるけど、決して僕の方からは見つけられない。

 昼休み、授業が終わったと言うのに僕は自席でぼーっと考え事をしていた。それは舞雪ちゃんと罪千さんのこと。初日近くは僕しか目に入ってないようであまり気にしてなかったようだけど、日に日に舞雪ちゃんの罪千さんを見る目が鋭くなっていく。舞雪ちゃんの気持ちを考えれば当然のこと。まだ関係に触れられてないことが奇跡だ。

 けどもう時間の問題。なんとかいい解決策を考えなければ。それを授業中もずーっと考えていて授業が頭に入ってこない。もうすぐ中間試験だと言うのに。さらに解決策も何も考えつかないし。

 

「どうしたんですか?」

 

 そんなことを考えているとひょっこり現れた舞雪ちゃん。お弁当を手にニコニコ笑顔で僕の顔を覗き込む。-―――なぜか虫の知らせ的なものがする。

 

「何か悩み事でしたら力になります!」

 

 君のことで悩んでるんだけどね。再会の喜びも一筋縄ではいかないというか。

 

「おやおや~? 誇銅ちゃんまた新しい子に手を出したんっすか」

 

 憂世さんが僕たちを見て言う。その横で罪千さんがちょっと不安そうな顔でこちらを見る。罪千さんにも舞雪ちゃんが雪女ということは伝えてある。だからって何かしてほしいわけじゃないけど。

 

「手を出したって、人聞きの悪い」

「でも、海菜ちゃんには転校初日から手を出してたっすよね? あ、この場合手が早いっすか」

 

 同じ意味だよ! あと、そのことを言われるとちょっと痛いところはあるけど、どっちもそういう意味じゃないから!

 

「憂世純音っす!」

「伊鶴舞雪といいます」

 

 飽きたのかもう話を切り替えて舞雪ちゃんと自己紹介していた。

 今度は舞雪ちゃんの顔をじっと見て何か考え出す。そして数秒見た後に言った。

 

「思い出したっす! 最近毎日誇銅ちゃんと海菜ちゃんと一緒に登校してたっすよね。朝練の時に見たっすよ」

 

 そう言えば何度か見られてたっけ。ちなみに憂世は偶に軽音楽部の練習に混ざっているが所属はしていない。一年の終わりくらいに音楽性の違いとか言って退部したらしい。

 

「まるで彼氏と彼女みたいだったっすよ。誇銅ちゃんも可愛い顔して案外やり手っすね~」

 

 その言葉にクラスの何人かが反応する。視線は無くとも意識がこちらに向いてるのを感じる。

 

「そんな彼女だなんて」

 

 嬉しそうに照れる舞雪ちゃん。

 

「うふふ、ダーリン♪」

 

 そう言って舞雪ちゃんは僕の腕を組む。舞雪ちゃんの発言に聞き耳を立てているクラスメイトの意識が強くなっていく。

 

「あの、舞雪ちゃん。離してくれると助かるんだけど」

「まあ、ダーリンったら照れちゃって。でも大丈夫、なんたって私とダーリンの仲だもん。何も気にする必要はないわ」

 

 ダメだ、完全に自分の世界に僕を含んでいる。いったい舞雪ちゃんの中でどんな解釈をされたの!?

 離れてほしい気持ちはあるけどここまで好意的に接してくれる舞雪ちゃんを邪険(じゃけん)にできない。

 

「ま、舞雪ちゃん。人前でこういうのはちょっと。ほら、周りの目とか……ね?」

「でしたらこれが当たり前になるくらいになりましょう! そうすれば周りの人たちにとっても普通の光景になって元通りになります!」

 

 説得しようにも話が通じなかった!

 

「わーお、本当に舞雪ちゃんと誇銅ちゃんって恋人同士だったりするんっすか?」

 

 憂世さんが訊く。すると舞雪ちゃんが頬をほんのり染めながら言う。

 

「私とダーリンの関係と言われますと……うふふふ」

 

 意味ありげに笑う舞雪ちゃん。ここであらぬ誤解を生むわけにはいかない!

 

「舞雪ちゃんは数年ぶりに再開した幼馴染で」

「でも、結婚の約束はしてくれましたよね?」

『結婚!?』

 

 聞き耳を立てるだけだったクラスメイトの視線が一気にこちらに向いた。さらに強めに発せられた『結婚』というワードが他のクラスメイトの意識も惹きつけた。

 これは非常にマズイ! 炎上必死だ。まさか火種に気をつけてたら放火されるとは。

 

「いやいや、それ四歳の頃の約束なんでしょ?! 流石に確約はできないよ!」

 

 その言葉で幾分僕への視線は和らいだ。が、なくなったわけではない。関係ないけど、いつもの二人(松田と元浜)は血の涙を流す勢いで悔しがっていた。

 けど当時舞雪ちゃんは僕に合わせた姿をしていただけで妖怪としても一人前の年齢。たった数十年前の約束、それも数百年も胸の内に秘めていた恋心を忘れるはずもないか。

 どんな手を尽くしてもこの騒ぎを終結させることは不可能だろう。足掻くほどに泥沼に嵌まるばかり。ならいっそ放って置いて自然鎮火を待つのがいいかもしれない。

 早く授業が始まらないかと時計を見ても時間はまだたっぷり残っている。まあ、考えようによっては悪いものではないし、リアスさんたちといることと比べたらぜんぜんいい。ある意味幸せの苦行とも考えられるこの状況も精神修行と考えてみよう。……僕、明日からどんな噂が立つんだろうか。

 

「あ、あの、そろそろ誇銅さんから離れた方が。誇銅さんも困ってるみたいですし」

 

 いろいろ諦めかけてた時、まさかの罪千さんが手を差し伸べてくれた。

 罪千さんは僕が恥ずかしがってることを言ったのだろう。だけど舞雪ちゃんはそうは攻撃的な意味で受け取った。

 

「そう言うあなたは一体ダーリンとどういう関係なんですか? 毎朝ダーリンと一緒ですし」

 

 物腰柔らかくも理不尽な言い分で罪千さんを責めると舞雪ちゃん。それと同時に僕の立場をさらにややこしくされていく。ここは僕が仲裁しないとあまりにも理不尽な責められ方だ。ついでに僕自身の風評被害もどんどん広がってしまう。

 

「わ、私が誇銅さんと一緒に暮らしてても伊鶴さんには関係ないことです! この件に誇銅さんは関係ありません!」

 

 そして罪千さんの方も舞雪ちゃんの言葉を深読みして受け取ったようだ。いや、めちゃくちゃ関係してるよ! 当事者だよ! 関係の中心人物だよ!

 何とか事態を収拾しようとしたけど手遅れ。今の一言で僕の女性関係についての噂が確定した。

 

「……え?」

「私はただ伊鶴さんが誇銅さんに迷惑をかけるのを止めたいだけです!」

 

 違う、いまそういうことじゃないから。罪千さん気づいて、僕を助けようと振るった刀が手からすっぽ抜けて僕に刺さってることに。

 舞雪ちゃんが罪千さんの両肩を掴んで激しく問いかける。

 

「い、一緒に住んでるとはいったいどういうこと……!? ま、さか……ダーリンと既に深い関係になってるとでも言うんですか! もしかして……ダーリンともう……」

 

「へっ……? …………はわぁ! わ、私と誇銅さんはそんな関係じゃありません!」

 

 やっと僕にぶっ刺さった善意の刃に気づいてくれたんだね。だけどどうやってここから巻き返したらいいのか。正直なところもう致命傷な気がするけども、もしかしたら一命を取り留めるぐらいにはもち直せるかも。

 

「誇銅さんの家に私が居候させてもらってるだけで、そういう男女の関係は何もありません! 時々同じ布団に入れてもらったり、指を舐めさせてもらってるだけでそれ以外は本当に何もありません!」

『なんだって!!?』

 

 希望なんてどこにもなかった!! 罪千さんの衝撃カミングアウトに舞雪ちゃんはガタガタと震えだす。クラス中も今日最大に驚愕している。

 刺さった刀を抜こうとしてくれたんだろうけど逆に押し込んでるから! 刃先が刺さった状態から貫通しちゃったよ!

 

「ひぃぅ! はわわわ……」

 

 大きな声でちょっとだけ冷静になって自分の言ったことを振り返り、今どういう状況なのか気づいてくれたみたい。だけどもう遅いよ、どう考えても取り返しがつくとは思えないよ。

 

「ごごごごめんなさい誇銅さん! 私余計なことまでしゃべってしまって! なんでもしますからどうか捨てないでくださいぃぃぃ!」

 

 泣きながら必死に許しを請う罪千さん。まさかこれ以上状況が悪化するなんて思ってもみなかった。もうダメだ、今日から僕のあだ名は鬼畜ショタだ。

 

「ねえ、それっていったいどういう意味なんですか……?」

「ひぃぃぃ!!」

 

 動揺しつつも罪千さんを威嚇し続ける舞雪ちゃんと怯える罪千さん。まだ何か続けそうな予感。もうヤダ、何も考えたくない。けどそういうわけにもいかないか。

 

「……よし」

 

 この手は使いたくはなかったけどこうなっちゃもう仕方ない。男にはやらなきゃいけない時がある。僕は覚悟を決めて立ち上がる。

 

「ねえ、もう喧嘩はやめて」

 

 僕は二人に近づき―――。

 

「お願い?」

 

 上目遣いで自分の可愛さを最大限に引き出し利用しお願いした。これが僕の男の尊厳を削って発動させる必殺技、可愛いお願いだ。

 男の尊厳をかなぐり捨てるこの技。使った後は必ず自己嫌悪に陥る。ああ、これでまた男の子から子が取れる日が遠のいてしまった……

 しかしその甲斐あって二人共喧嘩をやめてくれた。と言うか二人共倒れた。その顔はとても幸せそうな表情だった。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 放課後。昼の一件でもう精神的にクタクタ。こんな疲労感は仙術修行の時にだって味わったことがないよ。

 

「ダーリン、一緒に帰りましょ♪」

 

 いつもと変わらない様子で帰ろうと言ってくる舞雪ちゃん。起きた時には記憶が吹き飛んでいたらしく僕と罪千さんが一緒に住んでる事は忘れていた。近いうちに思い出すだろうけどけどこれで寿命が伸びた。

 

「ごめん、今日はちょっと学校で勉強して帰るつもりで」

 

 嘘は言っていない。もうすぐ中間試験だからテスト勉強をしなくちゃいけない。けど一番の理由はこのまま舞雪ちゃんと一緒に帰るわけにはいかないから。

 普段は舞雪ちゃんとは途中で別れるから問題ないけど、今日はあんなことがあったばかりだからね。ふと昼のことを思い出されると困る。だから今日は帰る時間をズラすことにした。

 

「そうですか、残念です。あ、そうだ! 今日は私が晩御飯を作りに行きますね!」

 

 その一言で体は凍ったように固まる。最低でも明日まで寿命が伸びたと思ったら最後の晩餐に変更されました。

 

「ッ!? そ、そんなの悪いよ!」

「楽しみにしてくださいね!」

 

 そう言って僕の返事も聞かず、笑顔で手を振って走り去ってしまった。ど、どうしよう……。

 

「あの、誇銅さん」

 

 軽く内心パニック状態になっていると罪千さんが戻ってきた。

 

「あの誇銅さん。先程連絡がありましてその……あっちの件で」

 

 あっちの件―――罪千さんと関わりがあって言葉を濁す相手と言えば一つ、アメリカ勢力しかないだろう。

 

「それで今日は少々帰りが遅くなるので晩御飯には帰れそうもないんです。今日中には帰れると思いますけど……」

 

 罪千さんが呼ばれ今日中に帰れるかも怪しい要件とは一体なんだろうか。

 

「うん、わかったよ。気をつけてね」

 

 罪千さんは一礼してから先に帰る。アメリカからの要件は気になるけど僕は一切関与することはできない。罪千さんは僕が引き取った形になってるのでそこは関与できなくもないんだけどね。それよりも最後の晩餐を回避できたことに安堵することにしよう。まあ結局延命措置ってだけで何の解決の糸口にもならないんだけどね。

 下校時間をズラす必要がなくなったけどせっかくだから少し勉強してから帰ろうかな。そう思って図書室へ行くも。

 

「ふぅ……」

 

 心配事が多すぎて全然頭に入ってこない。単純に精神的に疲れてるからかもしれないけども。そうでなくても最近は悪魔関係で慌ただしかったのに。

 夏休みの冥界合宿、体育祭にはディオドラと旧魔王派、修学旅行前には北欧騒動、そして修学旅行では京都に厄介事を持ち込んだ。学園祭では同時期にサイラオーグさんとのレーティングゲーム。

 平安時代で過ごした二年間の学業ブランクは何とか埋まって今では授業にしっかりとついて行けてる。だけど授業について行けてるだけだ。それをテストで発揮できる程にかはかなり怪しい。特に戻ってきたばかりの時は授業がさっぱりだった。

 これでも毎晩ノートで復習はしているが、正直一夜漬けくらいの成果しか感じない。タイムスリップ前も僕の成績って平均点ぐらいしかなかったし。

 けどこれも仕方ないことだし頑張るしかない! 一誠なんて昇格試験と中間テストがブッキングしても頑張ってるんだし! 僕のなんて出来ないことなんてない! そう思って気を入れ直すもやっぱり……。

 集中力が続かないことに軽くため息を吐きながら机に突っ伏すと―――図書室のドアが開けられた。

 

「あ、日向」

「お、誇銅。おまえもテスト勉強か?」

 

 日向も僕と同じく図書室で自主勉強しに来たので一緒に勉強することにした。わからないところを教えあったりして一人でやるよりもずっとはかどったよ。まあ教えてもらう方がずっと多かったんだけどね。

 一人よりは進むと言っても頭の中では舞雪ちゃんの件が片隅に常にあり集中しきれない。それを見抜いた日向が勉強の途中なのに相談にのってくれると言ってくれた。

 僕は日向に話せる部分だけで相談してみた。

 

「ラブコメ漫画みたいな話だな。細田だが聞いたら羨ましがるだろうな」

 

 日向は弱冠苦笑いしながら言った。そりゃ普通の男子高生なら羨ましい話だろうし惚気話しくらいにしか聞こえないだろう。実際僕も悪い気はしていないし。

 僕の話を真剣に聞いてくれる日向に僕の心は幾分(いくぶん)軽くなった。

 

「ごめんね、なんか自慢話みたいで」

「確かにそれっぽい話だけどさ、結局は全部誇銅の優しさの結果じゃんか。これがもし兵藤みたいに日頃の素行が悪い奴だったらちょっとムカつくけどさ」

 

 真実を言うと一誠は僕よりも凄いことになってるけどね。同居してる女の子も僕の倍以上だし。まあ一誠は初っ端からハーレム願望だけども。

 

「それよりも問題は誇銅がどうしたいかだ。そこんところはどうなんだ?」

 

 そう訊かれるも僕は悩んだまま何も答えられないでいた。一誠みたいにハーレム願望なんてないし、どちらかを選ぶなんてことも考えていない。かと言って二人と別れるのも嫌だ。だからといってこのままなんてのも不可能。

 ある程度現実的な願望のビジョンが浮かばない。

 

「いろんな問題が一度に押し寄せて混乱して先延ばしにしようとする気持ちはわかる。それを見つけ出そうと時間を稼ぐのも理解できる。だけど誇銅がどうしたいかを考えないと答えなんてでてこないぞ」

 

 日向の厳しい一言が僕の胸に突き刺さる。言うとおりこのままではその場しのぎを続けて間違った方向に行くだけ。

 

「こんなこと言ったが逆の立場だったとしたら俺も何も浮かびそうにないけどな。そりゃどっちも傷つけたくないもんな」

 

 そんな優しい言葉もかけてくれる。

 

「悪いな上から説教みたいなこと言っておいて具体的なことは何も言ってやれなくて」

「ううん、最高の相談役だったよ!」

「おいおい、それって褒め言葉かよ。なんか微妙に褒められてる気がしないぞ」

「ははは、ごめんね」

 

 確かに何一つ問題は解決しなかっが、それでも問題の解き方のヒントを貰えただけで僕の心はだいぶ軽くなった。

 それからしばらくはテスト勉強に身が入ったが、しばらくすると今度は僕がどうしたいのかが気になって集中できなくなってくる。

 結果的に心が軽くはなったがテスト勉強は大してはかどりはしなかった。まあ、仕方ないかな。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

「どうでしたか?」

「とっても美味しかったよ。それになんかちょっと懐かしい気がして」

 

 言っていた通り舞雪ちゃんが晩御飯を家まで作りに来てくれた。とっても美味しかった以前になんだか懐かしい味だったよ。

 

「ダーリンのお母様の味を私なりに真似てみたんですが上手くできてたみたいですね」

 

 それで懐かしい味がしたわけか。僕のお母さんの手料理は舞雪ちゃんも小さい頃によく食べに来ていたけどそれでもこうも真似られるってのは凄い。

 

「ダーリンに褒めてもらえて頑張った甲斐がありました!」

 

 嬉しそうにしながらテキパキと洗い物をこなす舞雪ちゃん。着替えなども持ってきており完全に泊まるつもりだ。

 舞雪ちゃんが夕食を作りに来たいと言った時は正直冷や汗が絶えなかった。もしも罪千さんがタイミング良く出かける用事がなかったら終わっていた。

 日向のアドバイス後にずっといろいろ考えてみたが肝心なことは何一つ。それでももう避けられない運命。むしろこんな時間までよく持たせられたなと自分でも感心している。

 それでも抗うことをやめたらお終いだ。僕はギリギリまで答えを思考し続ける。

 

「じゃあお風呂の支度してくるね」

 

 そう言って僕は逃げるようにリビングを出ようとするが。

 

「あ、そうそうダーリン」

 

 不意に呼び止められる。舞雪ちゃんは僕の方を見ず洗い物をしながら言った。

 

「お昼のお話はまだ終わってませんからね」

 

 その一言に僕の背筋は凍りついた。

 

 

 

 

 

「―――ですからそういうわけで……」

 

 お風呂にも入って一段落した後で僕が罪千さんと一つ屋根の下で暮らしてる理由についてじっくりと問い詰められた。なのでいろいろ事実を伏せつつ、話せる範囲で説明した。

 

「そうでしたか。でもダーリン、それだけじゃないですよね?」

 

 だがそれでは舞雪ちゃんは納得してくれない。それはきっと僕が何かを隠してることに勘付いてるから。

 リヴァイアさんのことは最近まで日本の神様にすら秘密にしていたこと。例え幼馴染の舞雪ちゃんにだっておいそれとは教えられない。アメリカ勢力の関わりも例え雪女であろうと一介の妖怪でしかない舞雪ちゃんには明かせない。

 

「私に何か隠し事をしていますね。ダーリンは隠し事が下手ですからね」

 

 言うとおり僕は図星をかするだけですぐに態度を崩してしまう。特に気を許せる相手に対しては。そういう相手に対して僕は心を無防備にし過ぎてしまう癖があるらしい。昔こいしちゃんにそう指摘された。

 

「例え何であろうと怒ったりしませんから、正直に話してくださいね」

 

 ニコニコ笑顔の裏から威圧的な何かが漏れる。きっと舞雪ちゃんは僕が罪千さんともっと密接な関係なのを隠していると思っているんだろう。だけど舞雪ちゃんが想像してるだろうことは本当に何もない。関係の上限は昼に罪千さんが暴露したから。

 僕が秘密を抱える限り舞雪ちゃんはそれを疑い続けるだろう。

 

「舞雪ちゃんの言うとおり罪千さんのことで舞雪ちゃんに秘密にしてることはある」

 

 最悪その秘密を抱えたままこのまま関係を続けることは不可能ではない。一晩中続くであろう尋問を耐え抜けばとりあえず追及はやめてくれると思う。だけどそれではお互いの心の中によくないものを残す。

 

「だけどそれは言えないんだ」

 

 僕にはヨグ=ソトースさんから罪千さんを任された責任と、秘密を守る義務がある。話せば簡単に解決できるけどそれはできない。

 僕がそう言うと不安そうな顔で言う。

 

「私には話してくれないんですね」

 

 伏せ目になる舞雪ちゃんの手を握って僕は言う。

 

「だけどね、僕と罪千さんの関係はさっき言ったので全部だよ。僕に好きと伝えてくれた舞雪ちゃんに隠したりなんてしない。それが僕を好きでいてくれる大好きな舞雪ちゃんに対して僕のできるせめてものお返しなんだから」

 

 舞雪ちゃんの愛にYESと答えることはまだできない。だってそれよりも前に僕のことを愛してると伝えてくれた人がいる。僕のことを好きと思ってくれる人がいる。その人たちに僕はまだ何も答えられてないんだから。

 僕はまだ自分の答えを見つけられていない。だから僕はその人達に待っててと言う事しかできない。

 舞雪ちゃんはきっと不安なんだと思う。千年も恋い焦がれてきたのに手を伸ばすこともできないかもしれないと。だから今こうして必死に掴もうと手を伸ばそうとしている。自分にどれだけの猶予が残されているかを知りたいのだろう。

 

「僕を信じて」

 

 だから僕は真摯な気持ちでそういい続けるしかない。舞雪ちゃんは僕の目を真っ直ぐにじっと見つめる。

 

「……わかりました」

 

 やや不満そうな顔だが一応納得してくれた。

 日向には悪いけどどう頑張っても答えなんて今は出る気がしない。だから今は僕がしたいようにすることにした。思いっきり子供っぽく好きな人に好きって感情を伝えることに。

 

「本当に罪千さんとは何もしてないんですよね」

「うん、何もしてないよ」

 

 僕は舞雪ちゃんの顔をそっと僕の方へ近づけてその頬にキスをした。

 急にほっぺにキスをされた舞雪ちゃんは赤くなって僕から離れる。

 

「な、ななな……!」

「これも罪千さんにはまだしてないよ」

 

 藻女さんと玉藻ちゃんにはやったけどね。あとこいしちゃんにも大好きな妹としてしたこともある。

 再開してからずっと舞雪ちゃんには押されっぱなしだったけど、ここにきて押し返すことができた。せっかくだからもう少しね。壁際に逃げた舞雪ちゃんを軽く追い詰めてそっと手を取る。

 

「舞雪ちゃんも罪千さんと同じことしてみる?」

「同じこと……?」

「今日は一緒に寝る?」

 

 そう言うと顔を赤くしてとても緊張した様子で僕の顔をじっと見たまま固まった。

 

「あ、あわわ、わわわわわわ……」

 

 何か言おうとするがうまく喋れず、数秒頑張った後に頷いて返事する。

 僕は舞雪ちゃんをお姫様だっこで自室のベットへと連れて行った。

 布団の中で舞雪ちゃんを抱き寄せてサラサラの髪を撫でていると舞雪ちゃんの緊張がほぐれていくのを感じる。

 僕の胸の中で小さく固まっていた舞雪ちゃんが僕の体に手を回し軽くギュっと抱きつく。

 

「思い出しました。ダーリンにまた会えたらまずあの日助けてもらった時みたいに抱きしめてもらいたいと思っていたことを。ダーリンに会いたいってことばかり考えてすっかり忘れていました」

 

 小さく「ふふっ」と漏れる喜びの声と共に抱きつきが少し強くなる。

 そう言われると僕も思い出してきたよ。小さかった舞雪ちゃんを保護して抱きしめていた日のことを。僕の腕の中で寒さに震える姿。子供ながら僕が寒がってる姿に不安そうな表情。そして自分も僕も助かったことに喜ぶ明るい笑顔。それを守ろうとして僕はまた一つ強くなれた。

 

「あの日私を救い包んでくれた頼もしい腕の中。こうしてもらえるとなんだか不安が全て吸い込まれてしまうように安心できます」

 

 やっぱり命を救われたという小さい頃の経験がそう思わせるのかな。

 

「私を包んでくれる頼もしいあなたを支えられる人に私はなりたいとずっと思ってきました」

 

 舞雪ちゃんは胸の中に埋めた顔をあげる。不意の上目遣いで少しドキッとしてしまった。

 

「そして今、そのチャンスがやってきました」

 

 舞雪ちゃんの気持ちはわからないでもない。いやむしろよくわかる。僕が強くなろうとしたのだって似たような理由だ。大好きな人を守りたい、大切な人の力になりたい、愛するひとを支えられる人になりたい。大切に守られる枷でなく、会いしてくれる人を悲しませない為に強さを得る。そんな強さがないと本当に大切な時、その人が苦しんでる時に何の力にもなれないと知ったから。

 だからそう願ってきた舞雪ちゃんの気持ちはよく理解できる。

 僕の体から手を離し首元へと手を回す。

 

「私は一切手を緩めるつもりはありませんからね」

 

 そう言って顔を近づけて僕の頬にキスをした。僕がキスしたことへのお返しかな?

 これからどんな激しいアプローチになるかと少しばかり身構えていたが、とくにそういったことはせずに手を体に回して顔を僕の胸の中に埋め直した。今日はこのまま大人しく寝るつもりなのかな。

 そうして寝に入ったところで携帯が鳴る。電話の相手は罪千さんだった。

 

「あ、すいません、起こしてしまって」

 

 まず第一声に謝る罪千さん。ちょっと寝に入ってたから眠そうな声を聞かれてしまったようだ。それよりいったい何だろう? 合鍵は渡してあるのに。

 

「要件は終わったの?」

「はい。それで、私もう帰っても大丈夫ですか?」

 

 なるほど、昼のことを忘れたままの舞雪ちゃんと家で接触しないように気を使ってくれたわけか。

 

「うん、もう大丈夫だよ」

 

 電話越しに安堵のため息が聞こえてくる。大丈夫だけど僕の真横に舞雪ちゃんがいるんだけどね。それを知ったら罪千さんはどんな反応をするんだろうか。

 

「それと、帰ったら少々お話したいことがあるんですけども。けどもうお休みになるのでしたら別に明日でも」

「いや、今日で大丈夫だよ。気をつけて帰ってきてね」

「はい! それでは今から帰りますね」

 

 罪千さんの話とは一体なんだろう? そう思ってると再び電話が鳴り出す。今度はレイヴェルさんからだ。こんどは一体なんだろうか。




 年内中にもう一話くらい投稿できたらいいな。

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