ですが、まだ迷ってる部分もあるので次話はまた時間をいただくと思います。申し訳ありません。
ここまでならいくらでも練り直しができるので取り敢えず生存報告的な感じて投稿しました。
ps.彼女を出すタイミングはもうここしかない! そう思いました。一誠たちは11巻でも、誇銅自身の物語は3巻ぐらいですから。
早朝、まだ日が登りきっていなくて暗い道を走る。予定のない休日は日課のトレーニング前に軽く走り込みをすることにしている。体力はいくらあっても困ることはないからね。
その他にも家に帰ったら筋トレもしておく。いくら九尾流柔術が筋力に頼らないとは言っても未熟な僕ではまだまだ扱いきれていない。戦車(ルーク)のパワーに頼ってしまうことも多々ある。むしろ現段階ではそっちの方が多かったりするしね。
人間にしてみればかなり長距離なランニングコース。それでも悪魔の身体能力が暗い時間帯で高められてかなり楽だ。逆にこのくらいしないとあまり意味はないだろう。
偶にすれ違う人に軽く挨拶しながら、すっかり見慣れた道を走っていく。こんな時間に外で運動してる人なんて極少数なのですれ違う人も毎回殆ど同じ。そのおかげで自然と顔馴染みになった。
ランニングコースも中盤に差し掛かった頃、いつもの時計を見て軽く自己タイムを確認する。
「まあ、こんなものかな」
別に記録してるわけじゃないけど、たぶん少し縮んでる。そうして再び走り出す。折り返し地点の反対側の出入り口までもう少しだ。
折り返し地点から家に戻って走っていると、もう家の近所にまで戻ったところである女性の姿を見て立ち止まる。長髪のストレートな綺麗な黒髪、朱乃さんとは全く違った和風な美少女。
このあたりで見たことのない女の子だ。
初めて会ったハズのその女の子に僕はなぜかちょっとした懐かしさを感じていた。
女の子は僕の顔を見ると心底嬉しそうに、だけどちょっと恥ずかしそうに小さく僕に手を振る。そして僕に向かって言った。
「約束通り、戻ってきたよ」
何の約束かわからなかったけど、女の子はそれだけ言って僕の前から去ってしまった。
◆◇◆◇◆◇
学園祭が終わって数日後、僕は罪千さんを連れて高天原に訪れていた。
グレモリー眷属も正式に抜けたことだし、そろそろ僕の現状を天照様にも一度しっかりと報告しておこうと思って。
だけど事の大きさだけに万が一漏れるような事があってはいけない。それで月詠様に事情を話して高天原に招き入れてもらえるようにお願いした。
いくら日本最高神から信用されていても高天原に自由に出入りできる身じゃないからね。
月詠様に自宅で待ってるように言われ誰か迎えを寄越してくれるのかと言われ待つ。早朝のトレーニングでかいた汗を流して昼前、月詠様自身が迎えに来てくれた。日のある時間だから昼の姿なのに……。ありがとうと言うべきか、すいませんと謝るべきだったか。
「――――と、今お話したのが僕の周りで起こった全てです」
僕は僕の身の回りで起こった事を嘘偽りなく天照様に説明した。邪神との接触、僕の神器に封印されてるもの、グレモリー眷属を抜けたこと。唯一の例外は『デッドウイルス』のことくらいかな。あれは僕個人が話せる範疇を超えてしまってるから。
それ以外はだいたい全て。―――あの時月詠様にはあえてぼかしたリヴァイアサンの全ても……。
「う~む……誇銅の周りでそのような奇っ怪なことが……。世界は広いと思っとったが、予想を超える広さじゃのう。まあそれは一旦置いといて……」
「ヒィッ!」
天照様が罪千さんの方を見る。その視線に思わず声を漏らす罪千さん。
「お主がその他のリヴァイアサンとは違うのは誇銅の説明でよくわかった。月詠から話も聞いたしのう。しかし、お主が万が一にも誇銅に危害を加えたなら、儂は容赦なくお主が死ぬまで儂の光で焼き続ける。死なぬのなら儂が死ぬまで死の苦痛を与え続ける」
罪千さんを押し潰す勢いのプレッシャーで脅しをかける。これが……天照様の圧力! 照りつけるようなプレッシャーはまるで炎天下のように痛くもある。しかもこれでも鱗片、それも僕に直接当てられたわけでもないのにこれだ……!
ほんの数秒のプレッシャーだったが、背中にはかなりの汗が流れ出ている。
「すまんすまん、誇銅まで怖がらせてしまった。でも、ああは言ったが誇銅がそこまで言う相手だから信用はしとるぞ? それでも絶対に人を噛まないと保証できる猛獣はおらんからな。それが人間を好物とする猛獣ならなおさら」
天照様の言い分は最もだ。僕も罪千さんのリヴァイアサンとしての姿をこの目でしっかりと見たからわかる。恐怖こそ感じなかったが、あれは間違いなく恐怖するべき存在だ。むしろ恐怖しなかった僕の方が異常。
威圧が解かれ落ち着きを取り戻した罪千さんが叫ぶ。
「むしろお願いします! 私をもっと警戒してください! そして、もしも誇銅さんに害を与えてしまったら私を凄惨に罰してください!」
そんなことを言い出した罪千さんに僕も天照様も唖然とした。
すると一拍置いて天照様は笑いだす。
「クククク……ハハハハハッ! 自分から罰してほしいとはな。とんだマゾヒストなやつじゃの。望みどおりもしもの時は覚悟しておけ!」
「はいっ!」
元気よく返事する罪千さん。僕は依然唖然とした表情のまま戻らない。予想の斜め上過ぎる展開でもう。
「誇銅、お主は本当に愛され上手じゃな」
天照様にそう言われ、僕はとても照れくさくなった。
そう言われるともう随分と多くの人に愛されて来たなと感じる。最初の頃は欲しい欲しいと心の中で駄々っ子な子供のように求めていたのに、気づけばいろんな人の愛情を感じるようになった。
何が良かったのかは正直なところよくわからない。
まあどの道僕がすることは変わらない。愛情には愛情で応えるだけだ。
「とりあえず話はわかった。こちらも遅れを取らぬように注意しておこう。全く、奴ら聖書は本当に厄介事を持ち込んでくれるな」
嘆息しながら面倒くさそうに言う。
「それと天照様、ついでに一つお訊きしたいことが」
「ん? なんじゃ?」
僕は手の平に野球ボール程の炎の球体を創り出して見せた。
「僕の炎の件なのですが、天照様はこの炎について何かご存知ありませんか? 何か近いものでも」
天照様は立ち上がって僕の方に近づき炎の球体を手に取る。
「う~ん……なんか見たことがある気がするのう」
期待が持てそうなつぶやきをした天照様! これはもしかして何かわかるかも……!
しかしその後、しばらく炎の球体を触ったり見つめたりするだけで沈黙が続く。
「昔、どこかで似たような力を使う人を見たとかですか?」
「いや、昔にどこかでとかではなく、割りと最近……むしろよく見かけているような感じな……うーむ、モヤモヤするの~……」
難しい顔をしながら僕の炎を見つめるばかり。
「
天照様は炎の球体を上へ放り投げキャッチすると、それを僕に返した。
「すまん、何も力になれなくて」
「いえ、それなりにわかったこともあります。天照様がよく見かけているものかもしれない。神の炎とは違う。それだけでも収穫です」
今まで手に入れた他の情報も合わせると、昔の日本ではこんな炎を扱う術者はいない。おそらく冥界にもいない。リヴァイアサンにとって美味しそうに見える。
答えは全く見えてはこないけど、明らかに普通ではないという選択肢の除外はできた。
話がちょうど一段落ついたところで、部屋の襖が開かれる。
入ってきたのはスサノオさんだった。
「よう、誇銅。元気にしてたか」
「はい! この通りです」
僕は笑顔で答える。するとスサノオさんはフッと口角を上げた。
スサノオさんは上げた口角をすぐに下げて、罪千さんの方を見た。
「あ、彼女がリヴァイアサンの」
「ざ、ざざざざ、罪千海菜と申します! よ、よよよ、よろしくお願いします!」
カミカミで自己紹介する罪千さん。スサノオさんの巨体で迫力のある立ち振舞いに驚いてしまったんだろう。
「ああ、よろしくな」
スサノオさんもいつもどおりの表情で返す。
スサノオさんは見た目も中身も貫禄があるけど、そんなに気難しいって人ではないんだけどね。それを伝えても今は無駄っぽいな。
罪千さんをじっと見続けるスサノオさん。
「なるほど、これは見事だ。月詠が見破れなかったのも当然」
「そうじゃろ? 儂も事前情報が無ければ、完璧な人の皮に向こう側にある些細な人ならざる魔性に絶対気づけんかっただろう」
どうやら罪千さんの正体を見破ろうとしていたらしい。神様の目を持ってすれば事前情報ありでなんとか気づくことができるらしい。
罪千さんの正体破りが終わるとスサノオさんは天照様の方を向いて言う。
「姉貴、来たぞ」
スサノオさまが親指で襖の方を指す。
「おお、そうか。すまん誇銅、ゆっくり話したいところじゃが来客の予定があってな。まあ昼飯までには終わらすからゆっくりしとくれ」
そう言って僕たちを残して出ていく。
「前の眷属を抜けたそうだな」
「はい。でも、まだ悪魔は抜けられそうにないですけど」
「それでも嫌なところは抜けられたんだろ? それならよかった」
固い表情がほんの少し緩んだように見えた。
「今の悪魔には自分の本当の立場を話したそうだな」
「ええ。それだけ信用してもいいと僕は思えました。僕が出した厳しい条件も飲んでくれましたし」
「そこは月詠からも聞いた。俺も誇銅が信じたその悪魔を信じよう」
その意は月詠様と同じくレイヴェルさんではなくあくまで僕を信じるという意味なんだろうね。悪魔が今までに日本でいろいろことをしでかし過ぎた。
日本で育った純血悪魔の神無さん。彼女の話では自分を引き取った日本妖怪の父が周りから冷たい目で見られるようになったと聞いた。
神無さんのお父さんは自分の看板を持つほどの強さで、当時それなりに高い地位にいたであろうその人でさえ悪魔と関わりを持って白い目で見られるようになってしまう。果てしなく長い時間で信用を得てやっとその視線がだいぶ薄まったと。
一部の若い世代は悪魔に偏見を持っていないらしいが、よっぽどの事がない限りどこにでもそういう例外は存在しているだろう。
日本全体と見れば悪魔に対して嫌悪の態度を見せている。
日本勢力と全く関係のないレイヴェルさんがすぐに信用されようなんて無茶な話だ。
「もしもの時はいつでも逃げ込んでこい。おまえは俺たちの恩人で友人で仲間で、守るべき日本の民だ。必ず守ってみせる」
スサノオさんが言う。その言葉はとても頼もしかった。だからこそ僕は頑張れる。
それから一応スサノオさんにも僕の炎について訊いて見たが、やっぱり天照様と似たような答えが返ってきた。
◆◇◆◇◆◇
次の朝、教室の日差しがいい具合に差し込む自席で平穏を想いながら軽く日向ぼっこしていると、元浜が話しかけてきた。すると続いて松田が言う。
「なんか嬉しそうだな誇銅」
「ん~、そう?」
「そりゃ嬉しいだろうよ。なんたって罪千さんとあんなにお近づきになれてるんだからな」
まあ他人目から見れば僕と罪千さんはそんな感じに見えるよね。
転校して間もない頃は挙動不審でいまいち馴染めるか少し心配だった罪千さんだったけど、今では控えめなドジっ子キャラでクラスに浸透している。流石はリヴァイアサンと言えるのかな?
まあ、よくネガティブ思考になってその度に僕が出ることにはなってるけど。
だけど僕も小学生頃にそういう経験があるからわかるよ。もじもじしてうまく輪に入っていけなかった時も仲のいい友達が引率してくれてね。そうやって馴染めないときは間に入ってくれる人がいるととても助かる。だから昔助けてもらった僕が今度は助ける側に回らないとね。
「しかも毎朝一緒に登校してるそうじゃないか」
「この野郎、うらやましいことしやがって」
元浜と松田が軽くぐりぐりとしてくる。今はこの程度だが一誠がモテ始めた時は嫉妬全開で思いっきりプロレス技をかけてたけど、僕も罪千さんと一緒に住んでると知られたらやられるのかな? まあ、もしやってきても軽く返り討ちにするけども。
「ハイハイ、そこの童貞共。誇銅君に絡まないの」
桐生さんが手を叩いて二人を鎮めようとする。半笑いで、どことなく二人を挑発してるようにも見えるけどもね。その表情に二人も気づいている。
「なんだよ桐生! 何か言いたそうな顔しやがってよ!」
「誇銅君はあんたらとは前提条件が違うのよ」
「違う! 確かに誇銅は俺たちと違って女子受けはいいけども、今も昔も俺たちと同類なんだよ!」
控えめに言うけど、非常に不本意なんだけど。
松田、元浜、一誠の変態三人組のエロに対する執着はちょっと異常だと思うけどそれ以外に特に思うことはない。だけど、変態行為に関しては昔からどうかと思っていた。今までは周りの反応も比較的穏便だったから黙認してたけども。
「果たしてそうかしらね」
「なに?」
「知ってるのよ? あんたらが誇銅君を出汁にナンパしてたことも、最近それを断られてることもね」
「「ぐはっ!」」
その言葉で元浜と松田はダメージを受け僕から離れる。
桐生さんからのダメージでなぜか足がふらふらになった二人は、よれよれと僕の方に戻ってきて僕の肩を掴んだ。
「そんなことないよな誇銅? また俺たちと一緒に来てくれるよな?」
お断りします。―――と、面と向かって言う勇気はない。だからと言ってイエスと言うつもりもない。だからここは笑顔で黙っていることにした。
「……」
「「なんか答えろよ!」」
「イッセーに先越されて誇銅君に見放されて、惨めさにどんどん拍車がかかってるわねあんたたち」
「「うっせ!!」」
言いくるめられて涙する元浜と松田、そんな二人を見て愉快そうにしている桐生さん。いつも言い負けてるけど今日は徹底的に敗れたね。
そんな二人を気にせずに僕は日向ぼっこの続きをしようとする。けれど、今度は僕をじっと見る桐生さんの視線が気になる。
「なんですか?」
「いやね、なんか前と変わったなって思って。最近心なしか明るくなったって言うか、それでか可愛さ増したなって。女子の間で噂になってんのよ」
可愛さ増したって、ちょっと心外なんだけども。大体この低身長と童顔はちょっとしたコンプレックスでもあるんだからね? まあ、言うほど気にしてはいないんだけども。
明るくなったか。意識はしてなかったけどそれも当然かもね。なんたって僕が心底望んでいた家族ができたんだから。さらにグレモリー眷属も抜けられ、家に帰ると「おかえり」と言ってくれる相手罪千さんもいる。とっても幸せな気持ちだ。
「そうかな~?」
ここは笑顔ではぐらかしておこう。すると、桐生さんはニヤニヤしながら罪千さんの方を見ている。……いやそういうのじゃないからね! 確かに罪千さんが来てから幸福度は確実に増したけども!
「何考えてるのか知りませんけど、僕と罪千さんはそういう関係じゃないですからね?」
「ふーん。そういう関係ってどういう関係?」
「いや、その、それは……」
「ほらほら、恥ずかしがってないでお姉ちゃんに行ってみなさい」
誰が小さな子供だ! むしろ年上だよ!
「ぶ~~~」
と、抗議できるわけもなく僕はただ不服な顔で黙って抗議するしかない。そんな僕を桐生さんはまるで可愛い子犬でも見るかのような満足した顔で見る。
再び日向ぼっこの続きをしようとした時、なぜかふと廊下に目が行った。そこには昨日の早朝に会った不思議な女の子の姿が。
その女の子は僕に手を振ると歩いてその場から姿を消した。
女の子が姿を消すと、代わりに幼少の記憶にある顔と名前が頭に浮かんだ。
「……
そこで授業のチャイムが鳴った。
休み時間、僕はその女の子を探した。僕の記憶通りならこの学年のどこかにいると思う。だけど、全部のクラスを探してみてもその女の子は見つからなかった。
諦めて教室に戻ろうとした時、冷たい手が僕の手を掴んだ。振り返ると、そこにはあの女の子が。
女の子は何も言わずに僕の手を引いて人気のない場所に引っ張った。
「久しぶりですね」
女の子は笑顔でそう言う。一度目はわからず、二度目で思い出し、三度目で確信した。その懐かしい声に。
「やっぱり舞雪ちゃんだよね!」
「はい! 舞雪です!」
目の前の女の子の名前は
「本当に久しぶりだよ、舞雪ちゃん。あまりに昔過ぎてすぐにはわからなかったよ」
舞雪ちゃんは僕が幼稚園に入る前くらいに近所に引っ越して来て、そのまま仲良くなってよく遊ぶように。それから幼稚園、小学校と一緒に通っていたが小学一年の途中で引っ越してしまった。
最も一緒に遊んで最も仲のよかった幼馴染。
よく見ると昔の面影がしっかりとあるが、何せ最後に会ったのが小学一年生だからね。
「いつ駒王に来たの?」
「昨日です。昨日引っ越しの挨拶で回った時は留守だったけど」
昨日と言えば高天原に行っていた時だね。それにしても舞雪ちゃんとまたこうして会えるなんて嬉しいな。
「約束通り、舞雪は帰って来ました!」
約束……? 突然の“約束”にキョトンとなってしまう。しかし記憶を探ってみると思い当たる節が。
そう言えば引っ越しの日、絶対に帰ってくるからと指切りしたっけ。小学生低学年の頃はその約束を楽しみにしてたけど、いつの間に忘れちゃってたよ。
「あ、ああ、約束ね!」
「はい! 約束通り誇銅くんのお嫁さんになる為にね」
「………………んっ!?」
その記憶と違う約束に思わず思考が停止した。そ、そんな約束したっけ……? 記憶を全力で思い返してもそれらしい記憶は一切ない。
「約束してくれましたよね? 私をお嫁さんにしてくれるって」
舞雪ちゃんは笑顔で言うが、した覚えのない重い約束に汗が止まらない。だけど嘘を言ってるようには見えない。久しぶりに会った幼馴染にそんな嘘を言う理由も見つからないし。
「……ねえ、舞雪ちゃん」
「なんですか? ダーリン」
もう既に呼び方がダーリンに変わった! もう舞雪ちゃんの中では決定事項なの?
「そ、それってさ……いつの約束……?」
焦り気味に訊いてみると舞雪ちゃんはサラッと答える。
「ほら、11月の初雪が降ってた日に私と約束してくれたじゃないですか」
11月の初雪………………ダメだ、全く思い出せない。
「将来私をお嫁さんにして欲しいって言ったらダーリンはいいよって。―――四歳の時に」
いや、四歳児の約束を本気にされても! どうやらただの懐かしい幼馴染との再会とはいかなそうだ。
◆◇◆◇◆◇
お昼休み、舞雪ちゃんと一緒にお昼ごはん。ちょっと話したいことがあるので罪千さんには外してもらっている。
「舞雪ちゃん、僕のことを好きって思ってくれたのは正直とっても嬉しい。けれど、それだけで結婚ってのは……。そもそも四歳の時の約束だし」
なんとか四歳の約束の時効を説得してみる。舞雪ちゃんのことは好きだけど、それは友達としてで。長い間会ってなかったんだからいきなりそういうのはね?
「それだけじゃありませんよ」
それだけじゃない? 舞雪ちゃんは確認するかのように僕の顔をじっと見つめる。
「ダーリンが悪魔になってるってことはもうわかりますよね」
僕が悪魔だってことを見抜いてる!? それともうわかる……?
「ふぅっ」
「ひゃ!」
舞雪ちゃんが僕の耳へフッっと息を吹きかけた。まるで氷を押し付けられたかのような冷たさが僕の耳を襲う。
その時、僕はある妖怪が頭に浮かんだ。だけどあの妖怪がわざわざ僕に会いに来る理由があるのか? こんな悪魔の巣窟にわざわざ足を踏み入れてまで。でもこの感覚はあの妖怪―――雪女以外に考えられない。
雪女、僕も直接出会ったことは一度しかない。日本妖怪の中でも希少で強い妖怪だ。
平安時代での環境修行で雪女の集落のある富士の山に行く前に、藻女さんから雪女という妖怪について説明を受けた。
『天照様が富士の雪に自らの血を混ぜて新しい妖怪を創り出した。もしもの時に自分の力を幾分削ぐことのできる存在、自身の太陽の力を鎮める対極の力を持つ妖怪。そんな天照様の想いから生まれた妖怪が雪女じゃ』
端的に言えば天照様の想いから生まれた雪の妖怪。人間の恐怖から生まれる妖怪だが、それが神様となれば格が違う。
さらに、その妖怪は日本神の想いだけでなく血まで使われている。つまり、ほんの少しでも神の力を持つ妖怪と言うわけだ。
『まあ、天照様が創ったとは言え所詮はただの大妖怪。せいぜい雪女全員一丸となって怒りで冷静さを欠いた天照様の頭を冷ますくらいじゃな。最高神が創り出しただけあって他の大妖怪に比べてだいぶ妖力は強いが、妾ら七災怪には敵わぬ!』
胸を張って言う藻女さん。あの天照様の頭を冷ませるって相当な強さだと思いますけど。まあ、やっぱり日本最高神が創り出しただけあって相応の強さを持つ妖怪だと言うことは伝わりました。
だけどちょっと安心しました、例え天照様が創り出した妖怪でも達人たちである七災怪には敵わないことが。例え天照様の強大な力の一端を受け継いでも、数千年培ってきた達人の強さを否定できないことが。
『雪女は文字通り女の妖怪、性別も女のみ。そのため子孫を残すために人間の男を夫に取る。その方法は気に入った男を凍らせ、強制的に集落に連れていく強引なやり方じゃ。長い時間眠らされはするが死ぬことは殆どない。が、目覚めた時には父親にされだいたい出産まで終えている。美しい姿をしている雪女の妻と我が子の姿を見て去る男はそうおらん。そのまま雪女の夫としてそこに残る』
連れ去られ死んだと思ってる遺族にとっては悲惨だけど、冷凍保存され連れ去られた本人にしてみれば美人な奥さんと娘がいるという悪くない案外悪くない状況。見方を変えれば父親としてはかなり良い人生と言ってもいいかもね。
しかしまあ、僕は遠慮したいな。浦島太郎の結末はあまり好きではない。
『一応雪女の女王には言っておいておるが、誇銅はとても魅力的じゃからな。くれぐれも天気と雪女には気を付けるのじゃぞ?』
藻女さんは僕をぎゅっと抱きしめてくれる。まるで自分の子を心配する母親のようで、とても暖かい気持ちになってくる。
山の天気は変わりやすいと言うからね。吹雪での遭難や雪崩には気を付けないと。そして、藻女さんはそれらと雪女を同列視している。さしずめ、雪女は雪災の化身と言うわけかな?
こうして僕は一人での雪山環境修行へと出かけた。
「もしかして、雪山で会った雪ん子……」
「覚えていてくれたんですね! そう、私とダーリンが初めて会ったのは十三年前じゃなくて、数百年前の雪山!」
雪ん子とは子供の雪女の名称。殆ど違いはないが、女の人で言う女性と女の子の違いくらいだ。大人と子供で若干呼び方が変わるだけ。
その修行の際に一度だけ迷子になった雪ん子を保護したことがある。僕が直接関わったことのある雪女はその子ただ一人。それが舞雪ちゃんのようだ。
「あの時、ダーリンに助けてもらえなかったら私はあのまま凍え死んでしまっていたわ」
雪ん子は雪女としての高い妖力を有しているが、その妖力をうまく扱えず冷気として体外に漏らしてしまう。体が出来上がっていないので耐性がなく、自分の冷気で凍え死んでしまうこともある。それを防ぐために雪ん子はあまり集落から出てこない。
僕が白雪ちゃんを保護したのもまさにその時だった。自分の冷気と雪山の寒さで凍えていたのを僕の炎目の衣で包んで温めていた。
あの時はまだ未熟だったから炎目を出せる量が少なくて僕が凍え死にそうになっちゃったけどね。それでせめてもと炎目で包んだ舞雪ちゃんを抱っこしていたけど、炎目で燃焼しきれなかった冷気の妖力で逆効果になってたのに気づかなかったっけ。
「あの日から私決めたの、ダーリンのお嫁さんになるんだって。千年過ぎようが変わりません!」
僕に近づきながら熱く僕への恋心を語る白雪ちゃん。まさかここまで好きって思ってくれてたなんてね。
「それから何百年と経ってダーリンに会いに行きました。けど、私が会いに行った時のダーリンはまだ小さな子供で……。なので同じ歳に姿を変えてお側にいることにしたんです」
これは仮説だけど、もしかしたら僕が過去の日本に干渉したことでタイムパラドックスが起こったのかも。いや、この場合明らかに過去で行ったことが原因だね。
「でも、悪魔が積極的に活動しだして離れざるを得なくなっちゃいまして。だから今、一人前になって戻ってきました!」
それほどの好意を向けてくれるのは素直に嬉しいんだけど、だからって二つ返事で応えるわけにはいかない。
そんなことを考えていると、舞雪ちゃんは目をつぶってゆっくりと自分の唇を僕の唇に近づけていた。だから僕は急いで自分の口を手で覆った。
雪女が意中の男性を氷漬けにする方法が口づけなのだ。自分の妖力を口移しで相手の体内に侵入させて内側から一瞬で凍らせる。一般人ならその強大な冷気の妖力に抗うことはできない。
今の僕なら炎目で氷漬けにされることはないだろうが、それでも危険なことには変わらない。
「そんな警戒しなくてもいいんですよ。あの風習はとっくの昔に日本神から禁止されたので。私はダーリンとキスがしたいだけです」
いや、だからって素直にキスしないからね! いくら好きだからって女の子がそんな簡単に異性とキスするのはどうかと思う。ぼ、僕もファーストキスは大事にしたいし……。
何度もキスしようとせがむ舞雪ちゃんだけど、僕は手で口を覆ったまま沈黙の否定を貫く。
「そんなに私とキスするのが嫌ですか……?」
そんな悲しそうな顔で見るのは反則だよ! だけど、どんな言い方をすれば納得してくれるのか今の僕にはわからない。
「……お、お互い知り合って間もないんだからさ。もっとちゃんとした関係になってからキスはするものだと僕は思うよ」
古臭い考えとか言われるかもしれないけど今の僕に言えるのはこの程度のことだけだ。僕の言葉を聞いても舞雪ちゃんはいまいち不満気な表情。
「まあいいです。今日は私の秘密を打ち明けられましたし」
やっと僕を開放してくれた。
「これからは一緒ですからね」
それだけ言って舞雪ちゃんはお弁当を片付けて立ち上がる。去り際に投げキッスを残して。まさか千年前の出来事が今こんな形で僕に影響が出るとは思ってもみなかったよ。
原作前にいくつかやっておきたいことがある。しかし、原作11巻が始まるのは原作10巻からそう時間は経っていない。やりたいことがそう多くはないからこの期間でもできないことはない。が、私のポリシーとして一章10万文字以上(ライトノベル一冊のおおよそ最低基準)にしたいと思っています。
原作11巻が始まるまでの僅かな間に10万文字以上の話を詰め込む。なんとも難しいと考えました。
そこで一つのアイディアが浮かびました。これを原作11巻が始まってからの空白期間の閑話のようにするという方法。原作11巻の中に何度か数日後などの表記が多々ありました。そこの間で誇銅の周りで起こったこと、誇銅が自由にできて尚且つ誇銅が映らない物語の裏側での行動をここで書こうと。
もしも原作11巻の話で書こうと思ったら書く必要、書きたい部分も合わせるとどうしてもクドくなるのが目に見えていました。
閑話なら10万文字を厳守する必要がありません。ちょうど誇銅もグレモリー眷属ではなくなりましたし。
誇銅sideが本格的に原作11巻と合流するまで書きます。原作11巻が始まった際には裏でこういうことがあってこういうことになったんだなと解釈していただきたいと思います。
説明がくどくてすいません。