無害な蠱毒のリスタート   作:超高校級の警備員

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最後な試合の開幕

 とうとうやってきたゲーム当日。僕たちは空中都市に続いているゴンドラの中から上空に浮かぶ島を眺めていた。

 空に浮かぶ島、そこにある都市アグレアス。島を浮かばせている動力は旧魔王の時代に作られた物らしいが、詳細は魔王のベルゼブブ様ぐらいしかわかっていないとか。

 空に浮かぶ島に、都市から滝のように落ちる水。とても幻想的だね。どうも好きになれない冥界でもこの景色は好きになれそうだ。

 アガレス領にあるこの空中都市は、空に浮かぶ島の上に造られた都市で、この辺一帯の空すら領地らしい。そして冥界の世界遺産でもあるらしく、観光地でもあるとか。

 世界遺産の上でド派手な悪魔同士のバトルをさせるって、ちょっとどうかと思うんだけど……。まあ、都市が壊れるような過激なバトルはそうそうないだろうけども。

 

「実はな、今回のゲーム会場設定は上の連中がモメたらしくてな」

 

 空を眺めながら言ってくるアザゼル総督に全員が視線を集中させる。

 

「モメた? 会場の……決定にですか?」

 

 一誠の問いにアザゼル総督は頷く。

 

「現魔王派の上役はグレモリー領か魔王領での開催を望んだ。ところが、ここに血筋を重んじるバアル派がバアル領での開催を訴えてな。なかなかの泥仕合になったそうだ。現魔王は世襲じゃないからな。家柄、血筋重視の上級悪魔にとっちゃ、大王バアル家ってのは魔王以上に名のある重要なファクターなんだよ。元72柱の1位だからな」

「旧魔王に荷担してた悪魔達も過去にそんな事を言って悪魔内部でモメてたんですよね? なんで同じような事をするんだろう……」

 

 一誠がそう訊くと、アザゼル総督は手でジェスチャーを入れながら嘆息する。

 

「あれはあれ、これはこれ、ってな。大人ってのは人間界でも冥界でも難しい生き物なんだよ。体裁、(おもむき)、まあ、未だ貴族社会が幅を利かせてる悪魔業界じゃ色々とあるわな」

「……それで結局アガレス領……」

 

 塔城さんがボソリとつぶやくとアザゼル総督は頷いた。

 

「ああ、大公アガレスは魔王と大王の間を取り持ったって話だ。中間管理職、魔王の代行、大公アガレス。時代は変われど、毎度苦労する家だぜ」

「……僕達のゲームは魔王ルシファーと大王バアルの代理戦争ということになるのだろうか」

 

 木場さんが目を細めて言う。

 アザゼル総督は顎をさすりながら応える。

 

「ま、そういうふうに見る連中も多い。おっぱいドラゴン&スイッチ姫VS若手最強サイラオーグってのは表向き、一般人を注目させる煽り文句。裏じゃ、政治家連中があーだこーだと見守ってんだろうな」

「めんどくさいっスね。俺らは俺らの野望があって臨んでいるのに……」

 

 一誠がそう言うと、アザゼル総督は苦笑いした。

 

「お前達はそれで良い。それで充分だ。仮にお前達が負けたとしても政治的にサーゼクスが不利になるなんて事は無いさ。ただ、大王家の連中が少し甘い汁を吸うだけの事。それとサイラオーグの後ろについた奴らも良い思いするかな」

「サイラオーグの後ろに政治家か」

「体一つでここまでのし上がってきたあの男が今更政治家の意見に左右されはしないだろうがな。ただあいつ自身、上を目指す為のパイプ作りとして関係を持っているんだろう」

 

 大きな夢、野望を叶えるには政治の世界にも関与しなければならない。グレモリー眷属だって魔王様と言う強大な政治家と浅からぬ繋がりがある。

 向こう側にとってはこちらだって立派に政治と関わっている。むしろその手の人達にとっては羨ましすぎる繋がりだ。

 

「……家の特色を得られずに苦労したサイラオーグさんを利用する上級悪魔たち、か」

「複雑だろうが、それで良いんだよ。苦労した分、やっと注目されたと思ってやれば良いじゃないか。どんな理由があろうと名のある者に認められる事は1つの成果だ。後は結果次第だが……。お前達はあいつの事を気にせず全力で行け。自分の目的を果たす為にがむしゃらに行かないと奴には勝てん」

 

 ボソリとつぶやく一誠に、アザゼル総督がため息をつきながら言った。

 

「でも、大王派はサイラオーグ・バアルの夢を容認するのでしょうか? 彼は能力さえあれば身分を超えて、どんな夢でも叶えられる冥界を望んでいるんですよね?」

「……元1位とか家柄にこだわる大王派が容認すると思うか? あくまで表向きに協力すると言って、裏じゃ蔑んでいるんだろうさ。奴らが欲しいのは現魔王に一矢報いる為の駒。奴らにとって見ればサイラオーグの夢はそれに心酔する者を集め、それを後押しする自分達を支持してもらう政治道具だ。サイラオーグもそれは認識しているんだろう。それでも1つでも上へ向かえるならとパイプを繋げたんだろうな。純粋で我慢強い男だ」

 

 木場さんが訊くと、アザゼル総督はそう答えた。

 人間社会でも見えることだが、政治の世界は本当にドロドロとしている。自ら欲深いと言っている悪魔ならなおさらか。……酷い話だね。

 不快な話だが、サイラオーグさんは夢を叶えるためにそれを呑んだのか。自分を利用しようとする相手を利用してやろうってことかもしれないが……その心中は計り知れない。

 ここで一誠が1つの疑問を口にする。

 

「今更ですが、このゲーム、テロリスト―――英雄派に狙われるなんて事は?」

「あるだろうな。これだけ注目されているし、会場には業界の上役が多数揃う。狙うならここだ。英雄派にとっちゃ、お祭り騒ぎに自慢の禁手使いを投入する事は大きな行動になるだろう。一応、警戒レベルを最大にして会場を囲んでいるんだがな。ま、杞憂に終わるかもしれん」

「どうしてそう言い切れますの?」

 

 平然と答えるアザゼル総督に朱乃さんが訊く。

 アザゼル総督は頬を掻いた。

 

「……ヴァーリから個人的な連絡が届いてな」

『―――っ!』

 

 僕を含め、この場にいる全員が驚いた。

 

「ヴァーリ? あいつからですか」

「ああ、短くこう伝えてきやがった。『あのバアル家のサイラオーグとグレモリー眷属の大事な試合だ。俺も注目している。兵藤一誠の邪魔はさせないさ』―――だとさ。愛されてんな、イッセー」

「や、やめてくださいよ! 気持ち悪い!」

 

 ヴァーリって白龍皇のことだったよね? 禍の団に所属しておきながらロキ様の時に力を貸してきた。実のところあの人はいったいどういう立ち位置の人なんだ? 行動からしてイマイチわからない。

 なんでか悔しがってる一誠を放っておいてアザゼル総督が続ける。

 

「どちらにしてもあいつらがそう言ってきた以上、曹操側に牽制をしているのは確かかもしれない。あちらもヴァーリチームと相対してまでこの会場潰しなんてしやしないだろうからな。あの伝説級のバケモノが集まる白龍皇チームが相手じゃ大きく犠牲が出る。そんなもの、得でもないならやらない確率が高い」

「……ヴァーリに守られてるってことかな」

 

 腑に落ちないって感じだけど、安堵する一誠。まあ、ロキ様との戦いではあれだったけど、同じ伝説のドラゴンなのだから相当に強いんだろう。

 アザゼル総督が窓から風景を見やりながら言う。

 

「元々曹操はここを狙っていないって事も考えられるさ。隙を狙われる可能性もあるから他の勢力も自分の陣地を警戒してるってところだ」

 

 こんな話をしているうちにゴンドラは空中都市に辿り着いた。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 ゴンドラから降りた僕たちを出迎えてくれたのは、入り待ちのファンとマスコミの大群だった。早々にフラッシュと歓声に包まれ、多数のスタッフとボディーガードの誘導のもと、表に用意されたリムジンに乗り込んだ。

 

「お待ちしておりましたわ」

 

 リムジンの中で待機していたのはレイヴェルさんだった。先に空中都市に来て、準備を進めてくれていた。

 それにしても……すごい人混みだった。敗北続きでもこれだけの人気があるってすごいね。車の後ろからはマスコミの車が追っていてきた。

 

「……おまえたち、そろそろ個別にマネージャーつけろ。特にリアスとイッセーは必ずな。今回の試合、勝っても負けても認知度は上がる。日が経てば落ち着くだろうが、それでもしばらくは冥界に来る度にこんな調子だろう」

 

 そんな話をしながらリムジンは都市部を走り、会場となる巨大なドームへと辿り着いた。

 空中都市に数多に存在する娯楽施設。その中でも一際巨大な会場、アグレアス・ドーム。僕たちはそのドーム会場の横にある高層高級ホテルに移動していた。

 豪華絢爛な造り。冥界関係の場所ってどうしてこう高級なんだろうか。それだけ財政が潤ってるのか、そういう趣味なのか。

 ボーイに連れられ専用ルームまで移動していると、通路の向こう側から不穏な雰囲気と冷たいオーラを放ちながら歩いてくる集団が。

 フードを深く被り、足元すら見えない程に長いローブを着込んだ不気味な集団。

 集団の中央には司祭服を着込んだ者がいる。その者の顔を見て一誠は絶句した。無理はない、なんせ骸骨だったからね。

 骸骨の司祭は僕たちを眼前にして足を止め、目玉の無い眼孔の奥を光らせる。

 

≪これはこれは紅髪のグレモリーではないか。そして、堕天使の総督≫

 

 その声は口から発せられたものではなく、言葉を直接脳内に伝えているみたいだ。

 

「これは冥界下層―――地獄の底こと冥府に住まう、死を(つかさど)る神ハーデス殿。死神(グリムリッパー)をそんなに引き連れて上に上がってきましたか。しかし、悪魔と堕天使を何よりも嫌うあなたが来るとはな」

≪ファファファ……、言うてくれるものだな、カラスめが。最近上で何かとうるさいのでな、視察をとな≫

「骸骨ジジイ、ギリシャ側の中であんただけが勢力間の協定に否定的なようだな」

≪だとしたらどうする? この年寄りもロキのように屠るか?≫

 

 そのやり取りで、ハーデス様を囲むローブの集団が殺気を放つ。

 アザゼル総督は頭を振り嘆息した。

 

「オーディンのエロジジイのように寛容になれって話だ。黒い噂が絶えないんだよ、あんたの周囲は」

≪ファファファ……、カラスとコウモリの群れが上でピーチクと鳴いておるとな、私も防音対策をしたくもなる≫

 

 明らかな敵意と(さげす)み。そしてギリシャ神話の中で唯一否定的。その理由はとても気になる。

 こちらを見下して来た敵たちと同じ理由か、ロキ様のように三大勢力に疑心を持ってか。それによって黒い噂の意味合いがまた違ってくる。まあ、三大勢力側にしてみればどちらでも意味は一緒だろうけども。

 ハーデス様は一誠へ視線を移した。

 

赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)か。白い龍(バニシング・ドラゴン)と共に地獄の底で暴れ回っていた頃が懐かしい限りだ……。まあ良いわ。今日は楽しみとさせてもらおうか。せいぜい死なぬようにな。今宵は貴様達の魂を連れに来た訳ではないんでな≫

 

 それだけ言い残してハーデス様は僕達の前を通り過ぎていく。

 

《ヌッ……?》

 

 だが、突然僕の横で立ち止まり、今度は僕へ視線を落とした。

 

《…………貴様、どこかで会ったか?》

「い、いいえ」

 

 当然会ったことなどない。会っていれば絶対に忘れないだろう。死んだと思ったあの時でさえ会ってないんだから。

 

《そうだろうな。私も貴様の顔に覚えはない。……だが》

 

 そう言ってハーデス様は腑に落ちないって感じで今度こそ通り過ぎていった。なんだったのだろうか……?

 一誠は額の汗を拭い、息を吐いた。他のメンバーも緊張が解け、張り詰めていたものがなくなる。

 

「……魂を掴まれているような感覚で生きた心地がしなかった」

 

 そうつぶやくが、僕はなぜか不思議とそんな感じは全くしなかった。

 

「そりゃな。各勢力の主要陣の中でもトップクラスの実力者だからな」

「……先生よりも強いんですか?」

「俺より強いよ、あの骸骨ジジイは……。絶対に敵対するなよ、お前ら。ハーデス自身もそうだが、奴の周囲にいる死神どもは不気味だ」

「悪い神様ってことか……」

 

 一誠がそうつぶやくとアザゼル総督は首を横に振る。

 

「いや、単に悪魔と堕天使……と言うよりも他の神話に属するものが嫌いなんだろうな。人間には平常通りに接する神だよ。冥府には必要な存在だ。俺は嫌いだがね」

 

 良く思ってないのはお互い様ってところか。

 すると今度は豪快な笑い声が聞こえてくる。

 

「デハハハハハ! 来たぞ、アザゼルゥッ!」

「こちらも来たぞ、アザゼルめが! ガハハハハハ!」

 

 体格が良くてヒゲを生やした二人の老人が駆け寄って来て、アザゼル総督にまとわりついた。アザゼル総督は半眼で嘆息する。

 

「……来たな、ゼウスのオヤジにポセイドンのオヤジ……。こっちは相変わらずの暑苦しさ満開だな。ハーデスの野郎もこの2人ぐらい豪快で分かりやすかったら良いのによ」

 

 ゼウスとポセイドンは有名だから僕もそこそこ知っている。興味本位で昔少しだけ神話本を読んだことがある。

 だけど個人的にギリシャ神話はあまり好きではない。かなり略奪的な逸話が多くて、それで人生を壊された人がよく出てきた印象だ。

 だからと言って決めつけはできない。日本だって本の内容と実際は結構違ってたりするし。だけど……やっぱり先入観というのがどうしても。

 

「嫁を取らんのか、アザ坊! いつまでも独り身は寂しかろう!」

「紹介してやらんでもないぞ! 海の女は良いのがたくさんだぁぁぁぁっ! ガハハハハハハハハッ!」

「あー、余計な心配しなくて良いって……」

 

 あまりの勢いにアザゼル総督が押されている。やっぱり神話本で読んだ性格とは違う……のかな?

 

「来たぞ、おまえたち」

 

 今度は宙に浮いた小さなドラゴンが話しかけてきた。

 

「その声、タンニーンのおっさんか! ちっちゃくなっちゃって!」

「ハハハ、元のままだと何かと不便でな。こう言う行事の時は大抵この格好だ」

 

 タンニーンって確か一誠の修行相手をしていた大きなドラゴンだったよね? ここまで小さくもなれるんだ。―――アクシオさんもいるのかな? いたらちょっと気まずいんだけど。

 

「相手は若手最強と称される男だが、お前達が劣っているとは思っていない。存分にぶんかってこい」

「勿論さ! 俺達の勝利を見届けてくれよ!」

 

 自信満々に返す一誠。知り合いが応援に来てくれるとちょっと余計に気合が入るよね。

 気づいていないようだけど、向こうではオーディン様の姿も。隣にはヴィロットさんではないヴァルキリーの姿。

 少しこちらを見たが、遠慮してか話しかけては来なかった。

 もうすぐ試合が開始される……。ふふっ、なんだかちょっとワクワクしてきた。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 ゲーム開始時間を目前として、僕たちはドーム会場の入場ゲートに続く通路で開始を待っていた。ゲートの向こう側から会場の熱気と明かりが差し込んでくる。同時に観客たちの入り乱れた声も聞こえる。

 僕たちの戦闘服(舞台衣装)はいつもの駒王学園の制服。だが、ゲームのために用意された特別仕様だ。耐熱、耐寒、防弾、魔力防御などあらゆる面で防御力を高めた作り。

 英雄派が着ていたものよりも数十段ほど劣り、それほど頼りになる防御力ではないが、普通の制服よりはマシってくらいだね。

 ゼノヴィアさんはいつもの自前の戦闘服。作りは僕たちの特別仕様と同じになっているらしい。あとアーシアさんもシスター服で同じく。

 リアスさんが重い口を開く。

 

「……皆、これから始まるのは実戦ではないわ。レーティングゲームよ。けれど、実戦にも等しい重さと空気があるわ。人が見ている中での戦いだけれど、臆しないように気を付けてちょうだいね」

 

 そう言われて僕は思わず笑いそうになった。実戦にも等しい重さと空気か……。まあそうだね。今まで僕たち(グレモリー眷属)が体験した実戦はこんな感じだったか。

 笑った僕だって実戦の重さと空気を知ってるわけではない。……ただ、あの時代にたった一度だけ、軽い実戦を味わったことがあるだけ。最終的に内蔵が飛び出る程度の刀傷で済んだが、それでも感じたものは今の比ではなかった。

 

『さあ、いよいよ世紀の一戦が始まります! 東口ゲートからサイラオーグ・バアルチームの入場ですッ!』

「「「「「「「わぁぁぁぁぁああああああああああああああああぁぁぁっ!」」」」」」」

 

 こちらにまで響く声援、歓声。バアル眷属の入場にドーム会場は大きく震えた。

 

「……緊張しますぅぅぅぅっ!」

「……大丈夫、皆カボチャだと思えば良いってよく言うから」

 

 緊張するギャスパーくんと落ち着いた塔城さんのやり取り。

 

「ゼノヴィアさん、イリナさんがグレモリー側の応援席で応援団長をやっているって本当なのですか?」

「ああ、アーシア。そのようだぞ。なんでもおっぱいドラゴンのファン専用の一画で応援のお姉さんをすると言っていた」

 

 アーシアさんとゼノヴィアさんの会話。

 イリナさんは今回そういうポジションで参加するらしく、レイヴェルさんもファンの席にいるらしい。―――レイヴェルさん、いづらいんじゃないかな……?

 

『そしていよいよ、西口ゲートからリアス・グレモリーチームの入場ですッ!』

「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」」」」」

 

 既に観客もヒートアップ。皆も気持ちを切り替えて表情を厳しくしていた。

 リアスさんが皆を見渡して一言だけ。

 

「ここまで私についてきてくれてありがとう。―――さあ、行きましょう、私の眷属達。勝ちましょう!」

「「「「「「「はいッ!」」」」」」」

 

 返事をする僕たち。そして、ついにゲートを潜る―――。

 大歓声の中、僕たちが目の当たりにしたのは―――広大な楕円形の会場の上空に浮かぶ二つの浮島。むしろ岩と表現した方が適切かも。

 フィールドに浮く岩の1つにバアル眷属が揃っている

 

『さあ、グレモリーチームの皆さんもあの陣地へお上がりください』

 

 アナウンスにそう促され、螺旋の階段を上がって自分達の陣地となる岩の上に辿り着いた。

 陣地には人数分の椅子と謎の一つ。あとは一段高い所に設けられた移動式の魔方陣。向こう側を遠目に見てみるが、あちらの陣地も同様のようだ。

 会場に設置された巨大モニターにイヤホンマイクを耳に付けた派手な格好の男性が映り込んだ。

 

『ごきげんよう、皆さま! 今夜の実況は私、元72柱ガミジン家のナウド・ガミジンがお送り致します!』

 

 広大な舞台に大勢の大歓声、それらを盛り上げる実況者。これがレーティングゲームのプロ仕様か。

 

『今夜のゲームを取り仕切る審判(アービター)役にはリュディガー・ローゼンクロイツ!』

 

 宙に魔方陣が出現し、魔方陣から銀色の長髪に正装と言う出で立ちの若い男性が現れた。こちらも女性を中心に凄まじい歓声が上がる。

 

「……リュディガー・ローゼンクロイツ。元人間の転生悪魔にして、最上級悪魔。しかもランキング7位……」

 

 塔城さんがぼそりとそうつぶやく。

 元人間の転生悪魔。転生悪魔でありながら、最上級悪魔でレーティングゲームトップランカー。上を目指す転生悪魔にとってはまさに憧れ。さらに美形とくれば人気がないはずがない。

 それにしてもプロ入り前の試合には豪華過ぎる気がする。まあ、逆に考えればそれだけの価値がある試合だとされていることか。

 

「でも、グレイフィアさんじゃないんだな」

「大王家が納得する訳ありませんわね。グレイフィア様はグレモリー側ですから」

 

 一誠のつぶやきに朱乃さんが淡々と言った。

 開催地で揉める程なのだから、大王側がグレモリー側の者を審判になんて許さないだろう。そんなことをすればここを選んだ意味が薄れてしまうし、もしかしたら身内の情で甘い判定なんてされたらとんでもないハンデだ。逆にグレモリー側も向こうにそこを突つかれる危険だって。

 

『そして、特別ゲスト! 解説として堕天使の総督アザゼルさまにお越しいただいております! どうもはじめましてアザゼル総督!』

 

 画面いっぱいに映し出される見知った顔。僕たちは唖然としてそれを見た。

 

『いや、これはどうも初めまして。アザゼルです。今夜はよろしくお願い致します』

 

 なんでアザゼル総督があそこに。前に特別な仕事が入ったのでVIPルームには行けないと言っていたのに。―――いや、曲がりにも堕天使総督、あそこに座る資格はあるか。

 

『アザゼル総督はサーゼクス・ルシファー様を始め、各勢力の首領の方々と友好な関係を持ち、神器(セイクリッド・ギア)研究の第一人者として業界内で有名ではありますが、今日の一戦、リアス・グレモリーチームの専属コーチをされた上でどう注目されているのでしょうか?』

『そうですね。私としましては両チーム共に力を出し切れるのかと言う面で―――』

 

 営業スマイルで解説を始める。アザゼル総督の紹介が落ち着くと、次にカメラが隣に移り、端正な顔立ちに灰色の髪と瞳をした男性を映す。

 

『更に、もう一方お呼びしております! レーティングゲームのランキング第1位! 現王者! 皇帝(エンペラー)! ディハウザー・ベリアルさんですッ!』

「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」」」」」

 

 アザゼル総督の登場時よりも遥かに大きい叫声(きょうせい)が上がった。その震動は会場全体まで届きそうな勢いだ。

 皇帝―――ディハウザー・ベリアルが朗らかに口を開く。

 

『ごきげんよう、皆さん。ディハウザー・ベリアルです。今日はグレモリーとバアルの一戦を解説する事になりました。どうぞ、よろしくお願い致します』

 

 実況者がアザゼル総督と皇帝に話を振る。

 

『早速ですが、グレモリーチームのアドバイザーをしておられたアザゼル総督とバアルチームのアドバイザーをしておられた王者にそれぞれ見所を教えていただけると助かります』

『そうですね、グレモリーチームと言えば、まずはおっぱいドラゴンとスイッチ姫!なわけですが―――』

『はい、サイラオーグ選手は「(キング)」としても優秀だとは思いますが、それ以上に選手としてもチーム最強を誇り―――』

 

 実況者の質問にまずはアザゼル総督が答え、次に皇帝が答える。その際、リアスさんは画面越しに真剣な表情で見ていた。

 

「……ディハウザー・ベリアル……」

 

 確かリアスさんの夢はゲームの各タイトルの制覇。ならば王者が最後の壁となるのは必至。

 リアスは決意に満ちた表情をする。

 

「いつか必ず―――。けれど、今は目の前の強敵を倒さなければ、私は夢を叶える為の場所に立つ事すら出来ないわ」

 

 上ばかり見て足元の小石に躓くこともある。しかも今前にあるのは小石ではなく立派な敵。浮ついた気持ちではそのまま吹き飛ばされてしまいかねない。

 さてと、僕も今回だけはリアスさんの勝利に尽くすことに決めたんだ。しっかりと気を引き締めないとね。

 

『まずはフェニックスの涙についてです。皆さまもご存じの通り、現在テロリスト集団「禍の団(カオス・ブリゲード)」の連続テロにより各勢力間で緊張が高まり、涙の需要と価格が跳ね上がっております。その為、用意するだけでも至難の状況です。しか―――しっ!』

 

 実況者が巨大モニターに指を突きつける。そこに映し出されるのは、高価な箱に入った二つの瓶。

 

『涙を製造販売されているフェニックス家現当主のご厚意とバアル、グレモリー、両陣営を支持されるたくさんの皆さんの声が届きまして、今回のゲームで各チームに1つずつ支給される事になりました!』

「「「ワーーーーーーッ!」」」

 

 その報せに会場が再び沸き上がる。

 嬉しい報せだが、それは逆にバアルチームも1度だけ1名の復活が可能となる。考え方によっては不利にも働く。

 

「……サイラオーグ・バアルを2度倒す覚悟を持たないといけないみたいだね」

 

 木場さんが険しい面持ちでそうつぶやく。そう、バアル眷属での最大戦力はサイラオーグさんでほぼ間違いない。それがある意味バアル眷属の弱点でもあったのに。

 フェニックスの涙があることで向こうは最大戦力の維持と、『(キング)』を生き残らせることを同時にできるようになってしまった。

 あのサイラオーグさんを二度倒す、もしくは一撃で戦闘不能にしなくてはいけないということか。

 こちら側にはアーシアさんがいるし、もしもの場合は僕も回復ができる。涙の重要度は少し低い。

 それでも選択肢が多い。『(キング)』のリアスさんの生存率を上げる? それとも最大戦力の一誠に託す? 前者は涙を使う暇もなく倒れるリスク、後者は『(キング)』の生存率を下げる。

 そんなことを考えていると、最も気になる話題に移った。

 

『このゲームには特殊ルールがございます! 特殊ルールをご説明する前にまずはゲームの流れからご説明致します! ゲームはチーム全員がフィールドを駆け回るタイプの内容ではなく、試合方式で執り行われます! これは今回のゲームが短期決戦(ブリッツ)を念頭に置いたものであり、観客の皆さんが盛り上がるように設定されているからです! 若手同士のゲームとはいえ、その様式はまさにプロ仕様!』

 

 予想外のルールに皆は顔を険しくするが、僕には嬉しい誤算だ。僕にとってはチームプレーよりも個人プレーの方が断然やりやすい。短期決戦ならなおありがたい。

 僕の戦い方は悪魔のものと違いすぎて皆のチームプレーには全く合わない。合わせるトレーニングも何一つしていないしね。

 

『そして、その試合を決める特殊ルール! 両陣営の「(キング)」の方は専用の設置台の方へお進みください』

 

 促されリアスさんと、向こう陣地のサイラオーグさんがそれぞれの設置台前に移動した。すると設置台から何かが機械仕掛けで現れた。

 巨大モニターにその光景が映し出される―――サイコロだ。

 

『そこにダイスがございます!それが特殊ルールの要! そう、今回のルールはレーティングゲームのメジャーな競技の1つ! 「ダイス・フィギュア」です!』

「ダイス……フィギュア?」

 

 聞き慣れない単語に一誠は訝しげに傾げた。そこへ木場さんが一誠に向けて説明する。

 

「本格的なレーティングゲームには幾つも特殊なルールがあるからね。僕達のやってきたのは比較的プレーンなルールのゲームだ。その他に今回みたいなダイスを使ったり、フィールド中に設置された数多くの旗を奪い合う―――『スクランブル・フラッグ』と言うルールもあるよ。ダイス・フィギュアはダイスを使った代表的なゲームなんだ」

 

 木場さんが説明してくれるが、実況者がルールの詳しい解説をしてくれた。

 

『ご存じではない方の為に改めてダイス・フィギュアのルールをご説明致します! 使用されるダイスは通常のダイス同様6面、1から6までの目が振られております! それを振る事によって試合に出せる手持ちが決まるのです! 人間界のチェスには駒の価値と言うものがございます! これは基準として「兵士(ポーン)」の価値を1とした上での盤上での活躍度合いを数値化したもの。冥界のレーティングゲーム、悪魔の駒(イーヴィル・ピース)でもその価値基準は一定の目安とされておりますね! 勿論、眷属の方が潜在能力以上の力を発揮して価値基準を超越したり、駒自体にアジュカ・ベルゼブブ様の隠し要素が盛り込まれていたりして想定以上の部分も多々ありますが! しかし、今回のルールではその価値基準に準じたもので執り行います!まず、両「(キング)」がダイスを振り、出た目の合計で出せる選手の基準が決まります! 例えば出た目の合計が「8」の場合! この数字に見合うだけの価値を持つ選手を試合に出す事が出来ます! 複数出場も可能です! 「騎士(ナイト)」なら価値は3なので、2人まで出せますね! 駒消費1の「兵士(ポーン)」ならば場に8人も出せます! 勿論、駒価値5の「戦車(ルーク)」1名と駒価値3の「騎士(ナイト)」1名も合計数字が8なので出す事が可能です! 数字以内ならば違う駒同士でも組ませて出場が可能と言う事です! そして複数の駒を消費された眷属の方もその分だけの価値となりますので、グレモリーチームであれば「兵士(ポーン)」の駒を8つ使われたと言う赤龍帝(せきりゅうてい)の兵藤一誠選手が駒価値8となります』

 

 出た数字によって出られるメンバーが決まってくるのか。低い数字なんか出されると基準値8の一誠はそもそも出られなかったりとか。

 でも、その場合出た目の合計が最低値ならどうするんだろうか? グレモリー眷属もバアル眷属も兵士一個分はいない。

 

『しかし、リアス・グレモリー選手とサイラオーグ・バアル選手の手持ちの駒には価値基準でいうところの1から2の該当選手がいません。出た目の数が3から、選手を出せるということになります! 合計数字ですので、最低値の「2」となった場合のみ振り直しとなります! 試合が進めば手持ちも減りますので、出せる選手の数字にも変化があると思いますので、それはその都度お互いの手持ちと合致するまで振り直しとなります! また「(キング)」自身の参加は事前に審査委員会の皆さまから出された評価によって出場出来る数字が決まります! 無論、基本ルール通り「(キング)」が負ければその場でゲーム終了でございます!』

 

 強い駒を出すか弱い駒を組み合わせるか、出目によって選択する必要出てくる。今まで以上にゲーム要素が強い。チェスというよりもトレーディングカードゲームに近いものを感じる。

 持ち駒の強さに大きな開きがあれば問題外だが、そうでなければ『(キング)』の戦術能力が問われるルールだ。

 

「てか、『(キング)』の出場は審査委員会の評価で決めるって何だ?」

 

 一誠が疑問を口にすると、朱乃さんが補足説明をしてくれる。

 

「説明の通りですわ。事前にゲームの審査委員会が部長とサイラオーグ・バアルがダイス・フィギュアで、どのぐらいの駒価値があるか評価を出しているのです。それによって両者が試合に出場出来る数字が決まりますわ。これは『(キング)』の自身の実力、手持ちの眷属の評価、対戦相手との比較などから算出されるそうです。だから、ゲームによって『(キング)』の数字は変動しますわ」

『それでは、審査委員会が決めた両「(キング)」の駒価値はこれですッ!』

 

 実況者が叫ぶと、巨大モニターにリアスさんとサイラオーグさんの名前が悪魔文字で表示され、その下に駒価値が表示される。

 

『サイラオーグ・バアル選手が12! リアス・グレモリー選手が8と表示されました! おおっと、サイラオーグ・バアル選手の方が高評価ですが、逆に言いますとMAXの合計が出ない限りは出場出来ない事になります!』

 

 サイラオーグさんの方が駒価値が高いのは当然として、一誠と同じ評価か。言い換えれば、『女王(クイーン)』の9よりも低い。まあ、算出方法が違うからそこはあまり参考にならないだろう。

 

「……内容で巻き返すだけだわ」

 

 逆に言い換えれば、出目が大きい時には他の眷属と一緒に出られる。そういう利点だってある。

 

「12が出たら確実にサイラオーグさんが来るのかな?」

 

 一誠がそう言うと、木場さんは難しそうな顔をした。

 

「サイラオーグさんが必ずしも出るとは限らないかも。特に序盤(オープニング)はね」

「何でだ?」

「それで勝利出来たとしても場合によっては評判が少し落ちる。ワンマンチームはあまり評価されないからね。ゲームでは眷属の力をフルに活用してこそ評価されるもの。しかも『(キング)』自身のワンマンゲーム進行だったら、冥界メディアも黙ってはいないだろうから、『(キング)』の将来自体が危ぶまれる事になる。更に生中継だ。それとこれだけの観客を目の前にしてそんな事をすれば評判はたちまち下がっていくだろうね。勝つことも大事だけど、見せ方も重要ってことかな。まあ、ダイス・フィギュアという競技で、合計数字が12である以上、そう簡単にサイラオーグ・バアルが出場できるものじゃないけど」

 

 勝つだけじゃなく見せ方も重要で世間の評判も視野に入れないと将来が暗転しかねない。逆に『(キング)』として高い能力を見せることができたなら、負けても評価が逆転するチャンスもあるということ。

 僕の考えた試合の勝敗を捨てるやり方も案外捨てたものじゃないのかも。まあ、この方法では絶対にトップには登れないけれど。

 

『それともう1つルールを。同じ選手を連続で出す事は出来ません! これは「(キング)」も同様です!』

「最初の数字が12だとしても、サイラオーグ自身が序盤(オープニング)から出てくるなんて事は無いと思うわ。彼の性格上、きっと自分の眷属をキチンと組み合わせて見せてくる。その為に厳しいトレーニングを重ねたのでしょうから。でも、きっと彼自身も出てくる。合計数字次第だけれど、何処かのタイミングで仕掛けてくるでしょうね。バトルマニアなのは確かだと思うから」

 

 リアスさんがアーシアさんに視線を向ける。

 

「このルールだとアーシアを単独で出すのも、組んで出すのも悪手ね。どちらも回復役のアーシアを集中的に狙うでしょうから。ここに残ってもらって勝って帰ってきた者を回復する役に回した方が得策だわ。これはこちらの利点の1つね、フェニックスの涙を使わずに回復出来るなんて。ゴメンなさい、アーシア。試合には出せないわ。ここで帰ってきた者を回復してあげてちょうだいね。それも立派なゲームでの役目よ」

 

 リアスさんにそう言われたアーシアさんは不満な顔はせずに笑顔で見せた。

 

「はい、お姉さま。私、ここで皆さんのケガを癒します!だから、皆さん、無事に戻ってきてくださいね」

「「「「「「「勿論」」」」」」」

 

 アーシアさんの激励に皆が声を合わせた。

 

「逆にアーシアが出てこない事は向こうにも読まれますね」

「ええ、こちらは実質戦闘要員が八名となるわ」

 

 木場さんが言うと、リアスさんは頷いた。

 それはいつも通り。戦闘での回復ができなくても、アーシアさんが絶対安全な場所で戦闘後に確実に回復できるメリットは大きい。

 

『さあ、そろそろ運命のゲームがスタートとなります! 両陣営、準備は宜しいでしょうか?』

 

 実況者が煽り、審判(アービター)が手を大きく挙げた。

 

『これより、サイラオーグ・バアルチームとリアス・グレモリーチームのレーティングゲームを開始致します! ゲームスタート!』

 

 開始を告げると共に観客の声援が会場中に響き渡る。

 遂にサイラオーグさんとのレーティングゲーム―――僕にとってグレモリー眷属最後のレーティングゲームが幕を開けた。


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