無害な蠱毒のリスタート   作:超高校級の警備員

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 こっちは原作の5巻まで書いて様子を見ようと思います。


幸せな平安時代の家族愛

 正直この時代からすぐに別の時代、もしくは現代に帰れると本気で思ってた。

 スサノオさんの事件を解決してすぐ飛ばされたように、藻女さんの事件を解決してからしばらくしてまたあの扉に引き込まれると思っていた。

 なのに……。

 

「うむ! 短い年月でよくぞここまで。誇銅は武の才があると思っておったが天才じゃ!」

 

 まさか二年もこの世界に居続けることになるとは。

 

 藻女さんを止めた功績により僕は日本の神や妖怪に認められた。

 それからお詫びという事で藻女さんが面倒を見てくれることに。僕の日常に特に大きな変化はなかったけど立場は激変。

 一応雑用として働いてはいるけど屋敷内では玉藻ちゃんやこいしちゃんとほぼ同じ扱いを受けている。つまり藻女さんの次、藻女さんの実の娘である玉藻ちゃんや養子のこいしちゃんと同じ特別ということ。

 

「その技量なら人間の世では既に達人……はちょっと若すぎるが師範代は名乗れるぞ」

 

 この二年間ほぼ藻女さんの柔術、九尾流柔術の修業にどっぷりつかっている。元が小さくて非力な僕でも戦車の特性のおかげで人外の身体能力にも十分ついていける。

 他の七災怪の皆さんが習得してる武術もかじってみたけど藻女さんの柔術が一番しっくりきた。

 他に特別やる事もないし日々上達する自分が楽しくてうれしくて仕方ない。

 

「ありがとうございます。やっぱりいい師匠たちに恵まれたおかげですね」

「嬉しい事言ってくれるのう。妾も良き弟子を持てて幸せじゃ!」

「じゃあいっぱい撫でてお兄様♪」

「こいしも~なでてなでて!!」

 

 玉藻ちゃんとこいしちゃんが汗でべたべたの僕に抱き着いてなでなでを要求。

 これも今となっては馴れた光景。最初のうちは今汗臭いよと離そうとしたらむしろ吸ってた事に子供ながらちょっと引いた。

 今ではもう好きにさせて撫でるだけ。

 

「こ~ら、まだ終わっておらんぞ」

 

 そう言葉で言う藻女さんだけど、現在二人係で僕の前を占拠してる玉藻ちゃんとこいしちゃん同様に後ろから僕を抱きしめて匂いを吸ったり汗をなめたりしてる。

 この事態も初めはあたふたとしたけどもう慣れた。

 

「玉藻ちゃんもこいしちゃんも藻女さんもそろそろ戻りましょう。終わったらいっぱいなでなでしてあげますから」

「「「は~い」」」

 

 三人とも子供っぽい返事をして修業の続きに戻ってくれる。

 藻女さんはあの日以来それまでの大人な雰囲気はなくなって大きな玉藻ちゃんみたいな子供っぽくなってしまった。

 例えば自分の今日の仕事を僕に報告してやたら撫でてもらいたがったり、休憩中の僕に無邪気な顔して自然とひざまくらされたり、僕が夜寝ようとした時に玉藻ちゃんとこいしちゃんが僕の布団に入ってくることが多々ある。この時代の布団は今の布団みたいにフカフカした布団じゃなくて畳と掛布団は着物とかに使われてる布。はっきり言って冬場は二人に入ってきてほしい。

 問題は二人以上に藻女さんも入ってくる回数が多い。

 しかも二人っきりの場合は必ず……その……Hな誘いをしてくる。

 これだけは未だに頑として断ってるけど。だってそんな気軽に了承できることじゃないし。

 でも藻女さんが子供っぽくなって悪い事ばかりでもなかった。

 この変化のおかげで藻女さんは玉藻ちゃんとすごく仲良くなった。まるで今までの分を取り戻すかのように二人で親子のきずなを深める機会が多く見かける。よかったよかった。

 

「玉藻、まだまだこれからじゃぞ!」

「はい! 母上!」

 

 稽古の時は殆どこいしちゃんばかりに個人稽古の時間をとっていたのに今では玉藻ちゃんに対してもしっかりと時間をとっている。むしろこいしちゃんより長いくらいにね。

 藻女さんは楽しそうに投げ、玉藻ちゃんもうれしそうに投げられる。だけど二人ともおふざけなんかじゃなくてちゃんとした稽古。

 二人とも真剣だけどこの親子の交流が楽しいのが表情に出てしまっている。

 この二年間でもまだ取戻したりないんだね。

 

「じゃあこっちももう一度お願いします!」

「うん」

 

 初めは小さなこいしちゃんとの稽古にいろいろ不安はあったけど、実力の差をわからされて遠慮は一切なくなった。

 僕が攻めの稽古以外でこいしちゃんをダウンさせたことなんて一度もない。

 だけど投げられた回数が無駄に多かったおかげで受け身やその後の立て直しはかなりうまくなったと自負している。

 

「はっ」

「そいや」

「ふん」

「まだまだ」

 

 投げられてはうまく着地しまた向かっては投げられる。やっぱり幼くても僕よりずっと経験が深い。

 僕だってこの二年間でいくつか実戦経験を積んだけど二人はもっと幼い時から心を鬼にしていた藻女さんからスパルタに実戦に放りこまれたこともあったらしく僕の二年間程度じゃまだまだ追いつけない。

 しかも僕の場合甘くなった藻女さんだからね。それでも死にかけたことはある。まあ死んでも蘇生できるレベルだけど。

 

「最後のはこいしもちょっと危なかった。お兄ちゃんもとっても強くなったね」

「ありがとう」

 

 攻防の末にとうとう体制を立て直せずに倒されてしまった。

 倒れた僕をこいしちゃんが起こしてくれる。

 すると向こうでも投げられた玉藻ちゃんがついにすぐに立ち上がらなくなった。スタミナが尽きた証拠。

 

「ふむ、そろそろころあいかのう。

 誇銅、こいしこっちに来るのじゃ」

「「はい」」

 

 藻女さんに呼ばれて僕とこいしちゃん、そして起き上がった玉藻ちゃんも横に並んで正座。

 僕らが全員そろったのを一見すると咳払いを一回してお話の体制に入る。

 

「ゴホン、誇銅も玉藻もこいしも良く聞くのじゃ。

 もう何度も言っておることじゃが攻撃の意思を巧みに感じ取る事が九尾流柔術に置いて最も大切なことじゃ。

 そのためにはいかなる状況に置いても冷静さを保つことが重要じゃ。それを欠いてしまえば返せる力も返せなくなってしまう」

 

 だいたい一月ごとに稽古の終わりごろにこの事を藻女さんは再度説明する。

 それはこの言葉を忘れて慢心してしまわないように。ついふとしたことでこの言葉を忘れて危機的状況に陥ってしまわないように記憶に深く刻み込むため。

 

「それに妾の与えた型と言ってもまだまだ成長の余地があるものばかりじゃ。まだ完成しておらん。

 妾の技はこの二本の腕を使うことが多いが、より高度な技になると九本の尻尾を使う。これはこいしや誇銅ではまねできん。

 したがって妾が真に教える事はあくまで力を返す原理のようなものとその技を受けた際に相手がどんな行動をとるかを考えさせることくらいじゃ」

 

 そして自分自身にも刻み込むため。

 藻女さん自身既に2000年の老獪した知恵と経験で大抵のことは余裕でこなせる。

 だけどその慢心ともとれる油断で命とりとならないようにしているらしい。

 達人の域に達する柔術と妖怪のトップに君臨する妖力、神をも殺す強さを兼ね備えてなお衰えようとしないすごさは流石と思ってる。

 因みに藻女さんは日本で第三位の長寿らしい。第一位はなんと八岐大蛇さん。

 

「妾がこの技で七災怪への地位におれるのは経験によって得た各種武術の弱点や欠点を組み合わせて巧みに攻守を切り替えることができるからじゃ。

 専門ではない妾では攻め手の変わりはできん。せいぜい妾が知ってる知識を伝えることくらいじゃ。

 しかし武術の歴史はこれから妖怪だけでなく人間たちの間でさらに進化していくことは明白。今の妾の知識もいつか通じなくなる時代がくるじゃろう」

 

 藻女さんの言うとおり妖怪がしたのか人間がしたにしろ現代の武術は長い歴史の中でいろいろと生まれ派生し進化した。藻女さんの予想は大当たりである。

 この時代からそこまで予想できるのはとてもすごい事だと思う。だけど八岐大蛇さんや土蜘蛛さんも同じような事を言っていたからもしかしてこの時代の武術家からすれば当然の認識なのではないかと思ってしまう。

 たぶん進化していくと予想するのはこの時代の武術家からすれば当然なんだろうけど、妖怪からだけでなく人間からや今の技が通じなくなるとまで予想するのは達人と呼ばれる人たちだけだろう。

 

「じゃから基本の返し技を鍛えたうえで他の武術を経験してこそ九尾流柔術の完成となるじゃろう。

 誇銅はまだまだこれからじゃが玉藻とこいし、二人は既に基本は完成しておるがそれに慢心してはならんぞ。

 さまざまな武術と戦いそのなかで攻守を切り替える戦術を見つけ出してこそ九尾流柔術はお主らのものとなり新しい流派へと進化するであろう」

「「「はい!」」」

「それじゃ今日はこれでしまいじゃ」

 

 これで今日の稽古は終了。この時代に来たばかりの時は基本と適当な稽古だけだったけど、今は基礎の基礎、精神的なとこまでしっかりと教えてもらっている。

 映画や漫画とかでベタな修業である滝業もしたりしたよ。ものすごく冷たくて首をもっていかれるかと思ったりした。まあ風邪すらひかなかったけど。

 

 藻女さんの修業以外も含めると他にも極寒の雪山でのサバイバルや燃え盛る火口付近での生存修行。これらは生きる事だけが修業。だけどそれがとてつもなくヤバかった。 特に雪山で雪女の子供と知らず抱っこして寒さを凌ごうとした時は本当にヤバかった。

 

「兄様、一緒にお風呂入るのじゃ」

「こいしがお兄ちゃんの背中流してあげる」

 

 二人は無邪気に汗だくの僕に抱き着く。とりあえず二人を抱っこして着替えに行く。

 正直筋肉が痛いけど僕も男だ、子供二人くらい抱き上げる見栄くらいは張ってみせる。

 二人をお風呂に入れて綺麗に体を拭いてあげて僕もすっきりとした状態に。

 この時代では珍しい部屋着用の楽な着物に着替えてすっかりリラックスした状態に。

 ふう、高天原の恩恵で関係のある妖怪はかなり便利なものの知恵や道具の恩恵を受けている。この部屋着もその一つかな。

 

「のう誇銅」

「藻女さん」

「もう二度も年を越した。そろそろ……ダメかのう?」

 

 玉藻ちゃんはlikeだけど藻女さんは完全にlove。これは初めて布団でHなお願いをされる前からもうわかってた。やたらホディタッチが多いし。

 一誠みたいに女性に対してトラウマがあるわけじゃないけどやっぱりそんな気軽に手を出していい領域じゃないしそもそも僕はそのうちいなくなってしまうかもしれない存在。この時代の人と添い遂げる事はしてはいけない。

 

「のう誇銅、せめて接吻だけでも」

「ダメです」

 

 唇すら渡してない。

 その事にしょんぼりした藻女さんがかわいそうだったから代わりにほっぺにキスしたら次の日に玉藻ちゃんに

 

「弟と妹どっちがよいか? いや、どっちもがよいかのう?」

 

 と、とんでもない事に発展しかけたからもうしない。

 でもすごい勢いでねだられるから条件付きで月に一度くらいにしてる。

 因みにこの時はほっぺにキスは玉藻ちゃんとこいしちゃんには前からしてた事は知らない。

 知ってたらもっとせがまれてただろう。

 

 そんなこんなで妙にいちゃラブ気味な展開がここ二年間続きここまできた。

 もちろんそんなことばかりじゃなくてちゃんとした修業もあったよ。例えば刀で手首を斬り落とされたり、矢が肩を貫通したり、あやうく縦から体を真っ二つにされかけたりね。

 安全な鍛錬ではなく実戦で生き残るために戦う時はだいたいこんな感じ。

 おかげで体が死の緊張感を覚えてくれてイメージトレーニングがよりリアルになった。

 

「つれないのう」

「そんな顔したって駄目です」

 

 そう言って藻女さんは僕の正面から脇下から手をまわし、尻尾二本を僕の胴体に巻きつける。

 僕は困り顔をしながらもここまで愛情表現をしてくれることを内心とてもうれしく思ってる。もしかしたら表情に出てるかもしれない。

 

「うむ、ここの傷もだいぶ癒えたようじゃな。もう傷痕もわからん」

 

 藻女さんは僕が半年ほど前に負った刀傷があった場所を指でなぞる。

 いくつかある傷の中で一番最近負った深い部類に入る傷痕。

 

「藻女さんの妖力治療と神の包帯のおかげです。

 僕の知ってる医療技術なら確実に深い傷跡が残ったでしょう。

 ここまできれいに治してくれたこと感謝してますよ」

 

 藻女さんの妖力治療もすごいけどこの神の包帯もすごい。前に野犬に引っかかれて大きな傷口を負ったけどその包帯を巻いたら一日で傷がなくなったんだ。

 だけど刀傷は内臓がはみ出るくらい酷くて神の包帯と藻女さんの内部からの妖力治療で事なきを得た。

 あれだけ酷い傷だったけど傷口がしばらく残っただけで四日で激しい運動も大丈夫にまで回復したよ。本当にあの時は素直にすごい以外の言葉は出なかったね。

 

 藻女さんは再び膝枕の体制に戻ると尻尾を一本だけだして僕の首に優しく巻きつけて先端で僕の頭をなでる。

 今の時期が冬だからふかふかな狐の尻尾があったかい。

 

「しかしこの二年間よく頑張ったのう」

「えへへ」

「妾との稽古に加え他の七災怪の稽古にも一時加わり、弱い妖怪なら生きていられぬ極寒の地での精神修業。武器を持った人間との勝負。

 技量はまだまだ追いついてないが、立派な武道家として成長したのう」

 

 膝枕をしてるのは僕なのになぜかお母さんに抱きしめられながら褒められてるかのような幸せな気持ちになった。

 お母さんたちと別れたのはたった二年前、いや、四年前のことか。それでも駒王学園に通うようになってからずっとお母さんやお父さんの愛情を欲してた。

 こうして母親のぬくもりを貰えることは幸せの中でも特に幸せな一時。これで僕の方が膝枕をしていたらすぐに心地よく眠ってしまいそうだよ。

 

「後は日々の精進と、甘さを減らす事じゃな」

「やっぱり僕は甘いですか……」

「甘さは悪い事ではない。適度な甘さは身を助ける。

 しかし誇銅にはちとその甘さが多すぎるな。

 徳になる事もあるかもしれんが、ここぞという時にはその甘さで読み違えるかもしれん」

 

 褒められた次は的確なダメだし。

 少しシュンとなったけど本当のことだし自分でももう少し何とかしないとと思っている。

 こんな事で一喜一憂しているようじゃ僕もまだまだだね。

 甘さで読み違えるか。そういえば僕がリアスさんに見捨てられた時も甘い判断から援軍を前提に考えてしまっていた。

 あの時の僕の立場から見捨てられる事も十分視野に入っていた。最後に逆転して油断さえしなければよかった。助けが来る優先度が低いんだからあれだけやって逃げに徹するべき。

 むしろあの時にたった一人で戦い勝ち生還できれば評価もがらりとかわっていただろう。もうどうでもいいけど。

 

「じゃが最初の頃に比べるとその甘さも少なくなってきとる。これからいくらでも適度に変わっていくじゃろう。

 要はやるときにはしっかりとやる覚悟を持つことと、情けをかける時と人を見極める目を養うことじゃ」

「はい!」

「うむ、よい返事じゃ」

 

 そう言うと藻女さんは僕の膝から顔を上げて立ち上がり部屋から出ていく。

 さて、もう寝る時間だし僕も布団をしいて寝よう。僕も自分の部屋に戻って寝る支度をして寝ようとしたけど。

 

「お兄ちゃん♪」

「お兄様♪」

「誇銅♪」

 

 右側に玉藻ちゃん、左側に藻女さん、上にこいしちゃんを乗せた状態で寝る事に。

 こいしちゃんは体重が軽いから上に乗っていても問題ない。

 だけど冬だと言ってもこの密集率は熱い! しかも玉藻ちゃんと藻女さんは尻尾まで巻きつけている。

 藻女さんと玉藻ちゃんも気を利かせて風の妖術で熱くなりすぎないようにしてくれてはいるんだけど。

 

「「「すぴ~」」」

(熱い……)

 

 玉藻ちゃんは寝ちゃうと妖術が解けている。

 藻女さんは最上級妖怪とあって寝ていても適度に涼しい風は吹かしたまま維持できる。

 まっ夏にも同じような事があったからもう慣れたけどね。

 それでも今夜は熱い冬の夜になるね。

 

 

 

 

    ◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 この二年間ほぼ毎日を技を磨く事に費やした。そんな僕にも年に三度だけ稽古から完全に身を放す時期がある。

 一つ目は大晦日、二つ目は元旦、三つ目は今日来ている

 

「お兄様~」

「はやくはやく~」

「はいはい今いくよ」

 

 日本妖怪の殆どが集う妖怪のお祭り。多賀護(たがまもり)神社例大祭。別名高天原大祭り。多賀護(たがまもり)神社は高天原に入るための入り口の一つ。

 高天原の入り口からの付近だけとはいえ相当な広さがあり普段は七災怪と日本神以外はその誰かが許可した者しか立ち入る事は出来ないが、この日だけは妖怪やそれに深く関わる者ならば誰でも入る事が出来る。

 広大で居心地のいい空気が流れる高天原。祭りの会場は大勢の妖怪が集い大いににぎわい、この日ばかりは大勢が祭りを盛り上げるために儲けを無視したかのような低価格の出店が大量に開かれる。

 

「あれ? こいしちゃんは?」

「あ~またはぐれてしもうたか。まっそのうち会えるじゃろう」

「そうだね」

 

 このお祭りではどんな妖怪も入れるからとんでもない無法地帯になるんじゃないかと最初の時は僕も思ってた。

 だけど最上位の妖怪たちはこの祭りを楽しみにし神も含めその空気が台無しになる事を嫌う。そのことを重々承知の一般妖怪はその怒りに触れるような事はまずしない。

 それでもこの例大祭で悪さを働いた妖怪は二度と日の光を浴びれなくなった。

 

 今の所そんな悪さをした妖怪の騒ぎも無く、こいしちゃん自身藻女さんが認める強者だから特に心配することもない。

 時間になれば集合する場所も決めてある。だから僕は玉藻ちゃんとはぐれないようにしっかりと手を繋ぐことだけを考えればいい。

 

「のう、お兄様」

「ん?」

「妾はお兄様が大好きじゃ」」

「うん、僕も玉藻ちゃんが大好きだよ」

「えへへ」

 

 玉藻ちゃんは繋いでる僕の右手にほっぺたをつけてすりすりする。

 そのしぐさと表情はとてもかわいらしく思わずギュッと抱きしめたくなっちゃったよ。まあ普段からしてるけどね。

 

「あーいたいた」

 

 玉藻ちゃんの可愛いしぐさに見とれているとはぐれたこいしちゃんが自分から戻ってきた。そして残ってる僕の左手と手を繋ぎながら引っ張る。

 まるで催促する子供の用に無邪気に力強く。加えてとびっきりの無邪気な笑顔で。

 

「ねえ行こう」

「うん」

「よし! 行くのじゃ!」

 

 僕たちは途中にある出店などで立ち止まりながらもこいしちゃんと玉藻ちゃんに引っ張られる形で目的地へと向かう。

 そうして辿り着いたのが現代でいう野外ステージ。その規模は現代に見劣りしないくらい大規模で精巧な舞台。既に花見並みに場所取りを終えた妖怪たちが集まってきている。

 この例大祭の目玉を見ようと遅れてきた人たちはもう遠くの立ち見席くらいしか残っていない。だけど僕らは七災怪である藻女さんのおかげで特別席でそのメインイベントを見学させてもらえる。

 この日のためだけに作られた高台の舞台席からね。

 

「皆の衆今日はよく集まってくれた。

 さて、日本最高の舞踊を見たいか――――――――――――――ッ」

『おぉ――――――――――――――――――――――ッ!!」

「儂もじゃ皆の衆! それでは開始じゃ!」

 

 アマテラス様が舞台上で会場を盛り上げ祭りの開催を宣言する。

 それと同時に会場全体を黒い霧が包み込む。

 これは七災怪の陰影のどろどろさんが創り出した霧。

 次にその霧を晴らすように巨大な炎の渦が天へと上り綺麗な花火となる。これは火影の昇降さん。

 霧が晴れ舞台上には綺麗な衣装を着たアメノウズメ様が激しく踊る。

 美しくもちょこっとエロティックなダンスに会場の視線は男女問わず釘づけ。

 演出の風や水もとてもマッチしていて素晴らしい。

 もちろんこの風と水は藻女さんと八岐大蛇さん。と言うのもこの祭りの音楽以外の演出はすべて七災怪がしている。

 こんな芸当を軽くできるのは七災怪レベルでないと無理。

 

「きれいじゃの~」

「すっご~い!」

 

 アメノウズメ様の舞に大興奮の二人。

 かくゆう僕も内心すごく興奮してる。アメノウズメ様の踊りを見るのは二回目だけど全く色褪せない。

 その後もこころさんや藻女さんの舞いを見たり、土蜘蛛さんが即興で創り出す細やかな土の造形を見た。どれもこれも現代人の僕の目から見ても現代のショーと見劣りしないと思うよ。

 

「妾もいつかお母様と同じように舞えるようになりたいのう」

「きっと舞えるさ、玉藻ちゃんなら」

「本当!?」

「うん」

 

 大注目の神と七災怪の舞台が終わると次は一般妖怪たちによるショー。

 この日の為に練習を重ね、日本神の審査を合格した者たちによる大舞台。みんなそれぞれ特技を持ち寄って会場を盛り上げる。

 そうしていると藻女さんが僕たちの席に来る。

 

「どうじゃった妾たちの舞いは」

「はい、すごく美しかったです」

「母上、妾にもそろそろ舞いの稽古をつけてほしいのじゃ」

「そうじゃな、じゃあ時々教えてやるとしよう」

「わーい!」

 

 藻女さんと舞いを教えてもらう約束をした玉藻ちゃんはよりご機嫌になって藻女さんに抱き着く。

 とてもほのぼのしい光景だね。

 

「妾たち4人はもう実の家族じゃ」

 

 藻女さんはそう言って尻尾で僕とこいしちゃんを抱きこむ。

 僕はその言葉がうれしくて涙が出そうになった。この温かい輪の中に僕も入れてもらえるんだから。こんなにうれしいことは他にない。

 しばらく抱き込まれていた僕たちだけど次の舞台が始まると玉藻ちゃんとこいしちゃんは尻尾を抜け出してすぐに舞台の方を見に行く。

 藻女さんはそんな無邪気な二人を見てクスクスと笑う。かくゆう僕も二人のそんな無邪気な所を見ると思わず頬が緩むよ。

 

「それにしても年々実用性の低い派手な妖術を生み出すものが増えたのう」

「じゃが母上、そのようなものが増えたから祭りも飽きが来ずに年々楽しくなるのではないか?」

「こいしもいつかも~~っとすごいのを披露したいな」

「ですが、こういう見た目だけの術もあっていいんじゃないですか? それに妖術だって元々自分をより強く見せ畏れさせる技なんですしこれも正しい使い方と思いますよ」

 

 妖術というのは元々戦うためのものではない。もちろん戦う術へと進化していった節はあるけど、八岐大蛇さんから聞いた話では妖術は妖怪が人間に自分たちの恐ろしさを見せつけて畏れを集めるためのものらしい。

 それが妖怪同士の化かし合いに発展しついには妖術事態に殺傷力を持つようになったと。

 そういった意味では今の実用性のないパフォーマンス用の妖術は原点に帰ったと言ってもいいだろう。

 

「いや別に悪いという意味ではない。だたちっと時代の流れを感じただけじゃ。

 七災怪の権威がまだはっきりしておらんかった時代はいかに相手に気付かれずに殺す術ばかりが生み出された。しかし今の時代はいかに相手を畏れさせるかの化かし合いに変わって行った。妾たちがその術がいかに有効的かを示したからな」

「藻女さんたちがそういった努力をしたおかげでこの時代が訪れたんですね」

「そういってくれると嬉しいのう。

 妾たちが気づいたこの時代に神がこの祭りを開きよりその傾向が強まった。

 これからの時代平和な世になるか戦乱の世が訪れるかわからんが、少なくとも昔のような無法地帯になることは二度とないじゃろう」

 

 藻女さんは嬉しそうに笑いながら舞台を見て杯のお酒を飲む。

 高天原のピンク色の空が今が夜だと言う事を忘れさせ時間が過ぎていくのも忘れさせる。

 特別席で舞台を見ながら用意してきた重箱のごちそうを食べ、お酒やお茶を飲む。

 大きな妖怪も普通くらいの妖怪もみんな仲良く舞台を見て笑顔を絶やさず拍手を送りにぎわいの楽しそうな大声が鳴り響く。

 時間を忘れるような時でも時間は過ぎ去っていく。出し物が終わり次の役者を期待するが、舞台の役者がはけても次の役者が出てこない。

 

「さて、そろそろ舞台を締めをせねばならんか」

 

 藻女さんは僕たち三人を放すと特別席から直接舞台の方へ飛んで行った。

 舞台上には既に役者もはけて誰もいない。そこへ藻女さんだけでなく他の七災怪たちもその場所から直接舞台上へと飛ぶ。

 全員の七災怪が揃ったところでこころさんが舞台の真ん中に辿り着くのを合図に一斉に術を放った。

 

 土蜘蛛さんは土の蜘蛛、鬼喰いさんは光の鯉、昇降さんは火の雉、八岐大蛇さんは水の蛇、否交さんは雷の牛、どろどろさんは闇の亀、藻女さんは風の狐。

 それぞれ巨大な属性動物を天へと昇らせた。

 その中心でこころさんは妖力を滾らせて単純な妖力の塊を空中で飛び回る動物へと直撃させると、動物たちは弾けそれぞれの属性の無害で綺麗な火の粉を会場全体に降り注ぐ。

 これをもって例大祭の舞台を終了とする合図なのだ。

 

「さあ、次は妾たちもしっかりと祭りを楽しむぞ」

 

 僕たちの所に戻ってきた藻女さんが言った最初の一言。舞台が終わっても祭りはまだ終わらない。

 ここからは太鼓や囃子の曲に合わせて踊りや食事や空気を楽しむ時間。

 僕も藻女さんや玉藻ちゃん、こいしちゃんとたっぷりと踊ったり屋台の食事を楽しんだ。

 

「ところで店主、この何とも言えぬ味の揚げ物はなんじゃ!?」

「この金色の揚げ追加じゃ!」

「はい、これは保食神(うけもちのかみ)様が作った新作の豆腐を油に落としてしまって完成した新しい揚げ料理です。

 いつも通りそのうち人間にそれとなく作り方を教えてその時に名前も一緒に考えてもらうそうで」

 

 藻女さんと玉藻ちゃんは油揚げの元祖のようなものに夢中になっている。やっぱり狐だから油揚げが好物なのかな?

 こいしちゃんは隣で大盛りのラーメンに似た麺料理をおいしそうに食べて他のお客さんも二人程油揚げに食いついているわけでもない。

 

 今店主が言った保食神(うけもちのかみ)とは食を司る神。日本の地に稲や粟や麦、牛や馬などの獣、海には魚を連れてきたらしい。

 何か伝説には今言ったものを生み出したとされてるけど実際はどっかから連れてきただけとか元々日本にいたのを人の多い所に連れてきただけとか。

 食の神様だけあって料理を趣味として出来上がった料理をそれとなく人間に教えて広まるのを楽しんでいる。今平安京で流行ってる揚げ物もこの神様が教えたとか。

 後はアマテラス様と仲がいい事と食べ物の好き嫌いが多いツクヨミ様と若干仲が悪いということくらいかな。

 

「なんだか歴史の真の裏を見るとこんな感じなんだね」

 

 他にも明らかにこの時代ではありえないような料理がいくつかある。

 そもそもこいしちゃんが食べてるラーメンもこの時代にはないよね? 確か一年前以上の記憶だからはっきりしないけど日本で初めてラーメンを食べたのが水戸黄門だってテレビで言ってた気がするし。

 

「はい焼き鳥お待たせしました」

「肉鍋お待たせしました」

「もしかして日本の料理の発祥って全部ここじゃ……流石にそれはないよね?」

 

 去年も同じような事を考えた気がするけどまあいっか。

 そんな事を感じながらもたっぷりと楽しい時間を過ごした。

 みんな興奮冷めぬ様子だがいつまでもここにはいられない。終わりの時間は特に定められてはいないがだいたい出店の料理が底をついたら終わりの合図となっている。

 

「うむ、今年の例大祭も楽しかったのう」

「そうですね」

「妾も楽しかったのじゃ!」

「大好き!」

 

 祭りもいよいよ終わり帰路に就く。

 祭りが始まったのはだいたい夕暮れ、当然外に出るともう真っ暗。時間の感覚がマヒしてるけどとっくに深夜を回ってるね。

 人間なら相当危ない時間帯だけど妖怪と悪魔にとっては居心地がよく祭りの興奮で気分は最高。

 

「来年もこうして全員で行くぞ」

「「うん!」」

「はい」

 

 来年の祭りの事を考えながら仲良く屋敷に戻る。未だ興奮冷めない僕たちだけど今年の祭りはもう終わり。明日に備えてもう寝なくちゃね。

 屋敷に返ってきた僕たちは風呂に入って自室に戻りすぐに寝る支度を整える。

 だけどその時あの扉が僕の目の前に現れた。

 

「この扉……」

 

 僕をこの世界に引きずり込んだあの扉だ。

 だけど僕はこの世界に残りたい。僕は扉に背を向けずにゆっくりと距離をとる。うっかり目を離せばまたあの扉に引きづりこまれるかもしれない。

 

「誇銅」

「お兄様」

「お兄ちゃん」

 

 三人が後ろの襖をあけて元気よく僕を呼ぶ。反射的に僕は扉から目を離し後ろを向いてしまった。

 すると扉から飛び出た鳥のような足に捕まれて扉の中に強制的に送られてしまう。

 

「誇銅!」

「お兄様!」

「お兄ちゃん!」

 

 三人の驚く声が聞こえる。

 だけどもう遅い。この時代に残りたいと願う僕はこの時代に残ってほしいと願う家族同然の人たちを置いて扉の奥へと引きずりこまれる。

 次はどこへ行くのだろう?

 だけど、どこに行こうとまた会える。なぜかそんな気がした。


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