無害な蠱毒のリスタート   作:超高校級の警備員

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 締め方にめっちゃ困った。き、切り方がわからん! 本来やりたかったことが詰め切れない! ―――でもまあ、何とか妥協点に持っていくことができました。
 堕天使の親子の仲は……朱乃も前から堕天使の力を使おうとしてたしいっか!


大義な黄昏の終幕

 ロキ様の凄惨(せいさん)な終幕と共に緊張が途切れ僕たちに安堵が訪れる。北欧のために文字通り命を()して戦ったロキ様の最期を考えると、僕はどうしても安堵できる気持ちになれなかった。

 他の皆は勝利に歓喜していたけど、事情を深く知ってる僕はやっぱり皆のように歓喜なんてできないよ。

 ヴァーリさんたちは戦闘が終わると皆には気づかれないように素早く退散していった。チラッと見たときにはなんだかみんな無念そうな表情をしてたよ。

 ヴィロットさんはフェンリルが咥えてきたボロボロのロキ様のローブを受け取り、悲しそうなフェンリルを撫でながら慰めていた。

 その後、戦ってない僕と体力の余ってる一誠はタンニーンさんに連れられ戦後処理に移ろうとした時、ヴィロットさんが僕たちに言った。

 

「本来これは北欧で解決しておかなくてはいけない問題をオーディン様が日本へ持ち込んでしまったことが原因。あなたたちを巻き込むのは筋違い。オーディン様が自身の行動で招いた事態をなぜか部外者に協力を仰いでしまうなんてことを起こしてしまいました。なのでせめて戦後処理は私が一人で行います。幸い、ロキ様が大きな攻撃は殆ど防いでしまったのでそれほど大変じゃありませんし」

 

 ヴィロットさんはそう言うけど、女性にこんな力仕事を押し付けられないよ。まあ、僕たちなんかよりよっぽど男らしい人だけど。

 同じように思った一誠もヴィロットさんに言う。

 

「そんな、こんな広い場所を一人でなんて。俺も手伝いますよ」

 

 一誠がそう言うとヴィロットさんは。

 

「結構、これ以上力を借りるつもりはありません」

 

 冷たい態度と目つきで僕たちを強く拒んだ。そして結局、僕たちはヴィロットさんにこれ以上食い下がることができずそのまま転移で帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴィロットさんに追い出されるように戻ってきた僕たち。戻った先はオーディン様と日本神が会談している都内の高級ホテル。

 そこにはソーナさんたちとは別に一人の男性が待ってた。

 

「どうやら無事に終わったみたいね。残念」

 

 その人は夜道のような暗い目つきでリアスさんたちを見る。―――ああ、来ていたのは月読(ツクヨミ)様だったのか。

 だけど面識がないリアスさんたちは誰だかわかるはずもない。

 

「リアス、この方は―――」

 

 ソーナさんが説明しようとするのを、月読さんが手でやめさせる。

 

「私は月読尊(つくよみのみこと)、この国の最高神の一人ね」

 

 月読様は自分で自己紹介をした。だけどその様子に一切の友好的なものはない。

 もともと夜の月読様はとても目つきが悪いけど、今日はほんのりとだが隙を見せれば後ろから刺して来そうな程度の敵意を放ってる。

 それと夜の月読様は感情を殆ど表に出さないタイプだからものすごくわかりにくいけど、僕にはなんだか少しイラついてるようにも見える。

 

「初めてお目にかかります。私、リアス・グレモリーですわ」

 

 リアスさんは友好的に握手のため手を差し出すが、月読様はチラッとそれを見ただけで手をポケットから出そうとすらしない。その代わり、リアスさんが自己紹介をすると軽蔑的な視線をリアスさんに向けた。

 握手を求めるリアスさんに、それに応じようとしない月読様。リアス眷属側にとって何とも気まずい雰囲気が流れてくる。

 その空気を何とか挽回しようと朱乃さんが切り出した。

 

「私たちを待っていてくださったと言う事は何か私たちに御用があったのですか?」

「別に君たちを待ってたわけじゃない。もしも君たちが負けた時には私が行くつもりでいただけね」

 

 朱乃さんは月読様がここにいるのは自分たちに用があるからだと考えたようだ。

 既に会談が始まってる時間だと言うのにここに月読様がいると言うのは、僕たちに用があると考えるのは自然なこと。しかし、日本神話側の三大勢力の評価を知ってる僕はそれは絶対にないと断言できる。

 

「ここ日本、荒らされて困るのは私たち。まあ、既に君たちに荒らされてるんだけど」

 

 月読さんはリアスさんに面と向かってさらりと嫌味を言った。やっぱり敵意むき出しだったよこの人、いや神様。

 

「あの、それはどういう意味で……」

「そのままの意味ね。私たちはおまえたちの存在に大迷惑してるね」

 

 そう言われたリアスさんは唖然としていた。ソーナさんたちはその評価を甘んじて受け入れてるかのような沈んだ表情。その言葉に誰も言葉を失くした。

 

「そう言えばグレモリーは情愛の深い悪魔と聞いたことがあったね。君は自分の眷属のことどう思ってんの?」

 

 そんな空気も全く無視して月読様はリアスさんに眷属をどう思っているかと問う。するとリアスさんは。

 

「はい、私にとって眷属は家族同然、愛すべき大切な存在だと思っています」

「ふっ」

 

 それを聞いて月読様は(あざけ)るように鼻で笑った。

 

「どの口が言うね」

「ツクよミさま」

 

 月読様の後ろから来た真っ黒な靄―――鵺さんと思われるものが月読様を呼んだ。

 

「何ね陰影? まさか、呼びに来たわけじゃないだろうな」

「ゴ冗だんヲ。おわッタトご報コクに来タだけでス」

 

 やっぱり靄の正体は鵺さんだった。すごいや、それが鵺さんだと意識的に確信しても、脳でそれは本当に鵺さんなのかと疑問に思っている。前は意識さえしてしまえばある程度僅かな情報が頭の中で定まったのに今回はそれすらままならない。声も前以上に聞き取りにくい。

 おそらくこの体質をもっていなかったら疑問ではなく、鵺さんでは決してない謎の物体と否定していただろう。それほどまでに今の鵺さんの妖術は強力だ。

 

「ふーやれやれ、これでやっと帰れる」

 

 フッーとため息をつきながらホッとした様子。三大勢力からの要請なんて受けたくない、でも会談相手は他の神話体系の神様、もしも断れば三大勢力の面子は潰れるが、同時に北欧からの心象が悪くなり結果敵を増やしかねない。予想でしかないけど、そんなところかな?

 

「もう二度と顔を合わせることがないことを祈るね。次会ったらうっかり殺してしまうかもしれないから」

 

 物騒な言葉を残して僕たちの前から姿を消した。

 正直夜の月読様なら本当にやりかねない。今はどうなってるか知らないが昔は日本神話三貴神と言えば、心の天照(アマテラス)、技の月読(ツクヨミ)、体の素戔嗚(スサノオ)、と言われていた。それほどまでに月読様は技術に富んでいる。

 気配もなく忍び寄り、誰にも気づかれずに、証拠一つ残さずその場を去ることなど悪魔相手なら朝飯前だろう。だからと言っておいそれと殺してしまうのはいろいろマズイのだけどね。

 その後、ものすごい悩んだ表情をしたアザゼル総督からものすごく落ち込んでいたオーディン様の理由を知った。

 

 

 

 ―――ロキ戦闘時のホテル内―――

 

 誇銅たちがソーナ眷属の機転で無事ロキと共に予定の場所に転移された頃、ホテル内ではオーディンと日本神話との会談が無事始まろうとしていた。

 

「北欧神話主神、オーディンじゃ。今日はぜひ有意義な会話をしたいと思っとる」

 

 オーディンは友好的に握手のため手を差し、月読はその握手に応えた。

 

「日本神話三貴神、月読ね」

「俺は元堕天使総督のアザゼルだ」

 

 オーディンに続いてアザゼルも握手のために手を差し出す。だが、月読はそれをチラッと見ただけで応えなかった。

 

「ん、どうしたんだ?」

「会談を始めるにあたっていくつか聞きたいことがあるね」

「おい、無視するなよ」

 

 月読はオーディンだけを見て話し始めた。そしてまるでアザゼルをいない者のように無視しする。

 

「あ、ああ、かまわんぞ」

 

 オーディンも月読の態度に疑問を感じたがとりあえず話を進めることに。アザゼルも月読の露骨な無視にあきらめた。

 

「あなたが日本で会談することに反対して直談判に来た北欧の神いると聞いたのだが、それは事実なのか」

「ああ、残念ながらその通りじゃ。まだまだ頭の固い連中がいて、その中でも自ら出向く阿呆が来とるんじゃ」

「ふーん、なるほどね……」

「ほっほっほ、じゃからおぬしらとの会談は楽しみにしておった。頭の固い連中と話してもつまらんからな」

「なぜその問題を自国で片付けてから来なかった。こうなることは半分予測できたハズね。それなのにあえて問題を日本に持ち込んだという事か?」

 

 月読の棘のある質問にオーディンは少し焦った。

 

「いや、決してそういうつもりはなかったんじゃ。まさか日本まで出向いてくる程の阿呆がおるとは思わなんでな。そもそも今回の件はわしの独断でお忍びで来ていたんじゃ」

「……なるほど、あんたがどんな神かわかったね」

 

 オーディンの釈明(しゃくめい)を聞いて月読は確信した。そして席を立つ。

 

「後は代理と話すね。もしもまだ価値がまだあると判断したなら私は戻ってくる。今あなたとの話し合いに価値はないね」

「おい、ちょっと待てよ!」

 

 席を立つ月読を呼び止めるアザゼルだが、もともと月読にいない者とされているアザゼルでの言葉など届くはずもなく月読は一切反応しない。

 

「後は頼むね」

「りョうかイ」

「「ッ!!」」

 

 オーディンとアザゼルは突如自分たちの真横に現れた黒い物体に驚く。いつの間に入ってきたのか、いつの間に自分たちの横へ来たのか。北欧の神と堕天使の総督でもそれに全く気づけなかった。

 アザゼルたちは陰影の正体が全く掴めない。体中が黒い靄に覆われているどころか、声すら靄にかかって短い単語すら聞き取るのが困難。

 繊細な術の耐性が全くない二人には鵺は月読以上に未知数の相手だった。

 

「そいつは日本妖怪の(いただき)の一柱、陰影ね。ちなみに、私と同じタイミングで

入ってずっと横に座ってたよ」

 

 アザゼルとオーディンは横にいるそれが何なのか認識できなかった。月読に日本妖怪だと説明されたものに、それが妖怪であると認識できない。それは妖怪ではない見たことも知ることもできない奇妙で不確定な未確認物体としか認識できなかった。

 横の正体不明の黒い物体も無視できないが、それより今は日本神との会談を何とか続けるほうが何よりも大事。オーディンは必死に会談を続けてもらおうと考えた。

 

「待っとくれ! 一体何が気に障ったのじゃ? それだけでも教えてくれんか?」

 

 まずは月読がなぜ話し合いに価値がないと判断したのか探ろうとする。それがわかればそこを訂正して何とかもう一度会談席についてもらおうと考えた。だが月読の返事は―――。

 

「私そこまで親切じゃないね。でも、一つだけ教えてやる。そんな奴らと仲良くしている時点でまともに話せる気がしないね。まあ、決定的なのはおまえ自身だけど」

 

 藁にも(すが)ろうとしたオーディンだったが、縋る藁すらそこにはなかった。 

 結果、月読が会談の席に戻ることはなく、聞き取りにくいことこの上ない陰影との会談は間違っても有意義とは決して言えない会談となった。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 オカルト研究部の日常に戻っていた。部室内ではもうすぐ予定の修学旅行の話に夢中になっていたりしている。

 オーディン様は会談を終えて、本国に帰った。会談の結果を言うと、大失敗だったと聞いてる。得られた収穫は全くのゼロ。むしろ北欧に戻った時のことを考えるとマイナスだろう。

 会談の内容をアザゼル総督からも聞いたが、まあ当然の結果だったのかなと思った。ヴィロットさんとロキ様の話を聞いた中で非はオーディン様にあったようだ。鵺さんもいたことから当然ことの内容は月読様の耳にも入っていたんだろう。

 日本神側も会談相手が三大勢力ではないから一応行ったらしいけど、どうやら三大勢力を良い人たちと考えてる神様とは根本的な部分で相違があるらしいね。

 アザゼル総督は今日ここにいない。役目を終えて帰還するバラキエルさんの見送りに行くと言っていた。一誠が俺たちも見送りをすると言ったけど、「俺だけで十分だ」と言っていた。

 

「白が一番よ! それこそ主とミカエル様が『良し!』と唸ってくださる下着本来の姿だと思うの!」

 

 イリナさんがハイテンションで下着の話をした。

 ちょっと前から女性陣が修学旅行の買い物から着けていく下着の話になっている。おそらく桐生さんの入れ知恵なんだろうね。日本の常識にまだまだ慣れていない教会出身の人たちは真に受けてしまっている。

 桐生さんはこの騒ぎの中に罪千さんも巻き込もうとしているらしい。が、罪千さんは気弱なだけでその辺はしっかりしてるから問題ない。

 

「いや、私は勝負下着なるものをアーシアと共につけるぞ」

「え! 私もですか?」

「ダメよダメよ! 信仰の色は白~!もしくは十字架の文様入りの!」

 

 男性陣がバッチリいる中、それも目の前には一誠がいる状態で下着の色についてもめている。女子高生の世界がどうなってるかは知らないけど、男性がいる前で堂々と下着の話をするのはどうかと思うよ?

 ロキとの戦いの失態を悔しがったり反省したりなど尾を引くこともなく、みんな日常に戻っている。この風景を見ているとあれだけの激戦があった後とは思えないね。もしくは―――この人たちにとってあの戦いはその程度のことだったのかもしれない。

 そう考えると、この切り替えの早さは少し悲しくも感じる。

 そう思いながら僕は怯えてるギャスパーくんとチェスをする。

 

「ギャスパーくん、そこにナイトは置けないよ」

「あ、すいません!」

 

 ギャスパーくんがナイトを動きを間違えてしまった。恐怖で思考がうまく回らないようで、何度か駒の動きを間違えたり悪手を打ったりしてしまっている。

 なぜギャスパーくんがこんなに怯えているかと言うと、それは僕たちの横で行われていることが原因だ。ギャスパーくんだけではない、ほとんどの人がそっちの方向を見れないでいた。

 

「……チッ」

 

 部屋の中央で怒りのオーラを放つヴィロットさんが舌打した。

 なんでも、一晩でかなりの量の報告書を書き終わったと思って部屋を出たら、既にオーディン様はヴィロットさん置いて帰ってしまっていたそうで。

 オーディン様も会談の失敗で相当落ち込んでいた様子だったからね。おそらくだけど、わざと置いていったわけではないと思う。今頃置いて帰ってしまったことに焦りを感じてるかもしれないね。

 

「あの爺、もしかして最悪の結果を神々に報告されるのが嫌でわざと置き去りにしたんじゃないでしょうね」

 

 怒りをあらわにぶつぶつとつぶやくヴィロットさん。ものすごく近寄りがたいオーラを発しています。

 ヴィロットさんならものすごい使命感で普通に自力で北欧に戻りそうなのに。

 

「リストラ上等よ、あのクソ爺にはほとほと愛想が尽きた! こっちから願い下げよ!」

 

 かなりブチ切れてるご様子で。もうオーディン様のこともクソ爺呼ばわりだ。

 

「もうそろそろ怒りを鎮めてくれないかしら? ……そうだ、オーディン様にリストラされたならうちで働かない?」

 

 リアスさんが恐る恐るヴィロットさんに提案する。

 

「悪魔側で私が?」

「ええ。希望があるならできる限り叶えてあげられるわ」

「オーディンにリストラされたヴァルキリーを雇おうなんてね。まあ、どちらにせよオーディンの立場が不利になる材料を私は大量に抱えている。戻ったところで今の立場には残されないでしょうね。最悪、辺境の地へ左遷なんてこともありえるわ」

 

 現在の北欧での立ち位置を自傷気味に語る。オーディン様がそんな悪質な神様だとは思わないけど、余裕がなくなればどう変わってしまうかはわかったもんじゃない。

 オーディン様は今回、独断で行った日本神話への会談を大失敗させてしまっている。そこへさらにロキ様の命を賭した訴えが加われば、北欧内でのオーディン様の立場は相当危ういことになるだろう。自らの失態を会談の失敗だけに留めて、何とか踏みとどまろうとするかもしれない。

 

「うふふ、そこでこのプラン」

 

 見込みありと感じたのかリアスさんは近づき、何やら書類を取り出して見せた。

 

「いま冥界に来ると、こんな特典やあんな特典が付くのよ?」

 

 渡された書類に目を通すヴィロットさん。その時々に何度もうんうんとうなずいている。

 

「すごい保険金ね。それに、こっちは掛け捨てじゃないし」

「そうなの。さらにそんなサービスもこのようなシステムもお得だとは思わない?」

 

 自分が渡した書類にうなずき怒りも幾分引っ込み手ごたえを感じたリアスさんは、さらにとセールストークを続けた。―――ヴィロットさんを買収する気だ!

 

「こんな北欧とは比べ物にならない条件ね。職に就くとしても基本賃金は違うし、ヴァルハラなんかより好条件ばかり」

 

 まるで保険を進めるセールスの人のようだ。そうだよ、僕もこうやって好条件を差し出されて悪魔の(ささや)きに乗ってしまったんだよね。

 やっぱり相手の欲に付けこむことを生業(なりわい)にしてる悪魔ってところかな。

 

「ちなみに私のところに来るとこういうものを得られるわ」

「魔王排出の名家、グレモリー。特産品なんかも好評だと聞いているわ」

「そうよ。そのお仕事に将来手を出してもいいし。グレモリーはより良い人材を募集しているのよ」

 

 勧誘を続けるリアスさんがポケットから、紅いチェスの駒を取り出した。―――ん? あれってもしかして……!?

 

「そんなわけで、冥界で一仕事をするためにも私の眷属にならない? あなたのその魔術と剣術、『戦車(ルーク)』として得ることで近接もこなせる魔術砲台になれると思うの。ただ今は私の眷属は全て埋まってるの。だけど将来的にイッセーは『(キング)』となって何名かの眷属を連れて私のもとから独立してしまう思うの。だから、その時に私の眷属にならないかしら?」

 

 皆、リアスさんの申し出に驚いていた。そりゃそうだ、眷属が全員揃ってるのに勧誘してるんだから。

 将来を見越してヴィロットさんを眷属に入れたい。確かにヴィロットさんにはその価値は十二分にある。

 ヴィロットさんは神であるロキ様を最初は素手で圧倒し、ゾンビとなり強化されたロキ様も聖剣で跡形もなく消し去る力を持っている。あとこれは僕しか知らないけど、ヴィロットさんは僕を背負ったままロボットと透明な狼の猛攻を耐え凌げる実力がある。さらにはオーディン様の付き人と言う実績。悪魔にしてみれば喉から手が出るほど欲しい人材だろうね。

 

「ところで、あなたの眷属は全員揃ってるのに何で『戦車(ルーク)』が残ってるのかしら」

「前に不幸な事故で私の眷属の一人が亡くなってしまったと思われていた時期があったの。その時に新しい悪魔の駒が支給されてたんだけど、死んだと思った子が実は生きていた。それで不要な駒が一個手元に残ってしまったってわけ。だからこの駒は私の駒だけど、使うことは現状できないあってないようなもの」

 

 ああ、あの時のことか。僕がリアスさんに見放されて自爆に巻き込まれた時の。なるほど、もうそんなところまで手続きが済まされていたんだね。

 

「でも、使えなくても渡すことはできる。だからその時に正式にあなたを私の『戦車(ルーク)』として迎えたい。まあ、手元にあるのが『戦車(ルーク)』なだけで他の駒になる可能性も高いわね」

「なるほど……」

 

 ヴィロットさんは紅い『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』を手に取った。そしてしばらく眺めると―――。

 

「反吐が出るわね」

 

 『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』を握りつぶした。粉々になった紅い粒がヴィロットさんの拳から零れ落ちる。

 

「なッ!?」

 

 ヴィロットさんの思わぬ行動にリアスさんは目を丸くした。周りの皆も衝撃を受けている。

 

「ちょっと冷遇されたからって種を裏切るようなヤケは起こさないわ。それに聖書の現状を知ってなお悪魔の囁きに乗るほど私は馬鹿じゃない。こんな話に乗るヴァルキリーはよっぽど思慮に欠けてるか、ヴァルキリーであることを恥じてるかのどっちかよ」

 

 悪魔に転生することを全面否定する。

 ヴィロットさんの悪魔を否定する発言に何人かはムッとしたりグサッとなったりしていたけど、リアスさんはあくまで冷静に話を進めるつもりらしい。

 敵意むき出しの発言をしたヴィロットさんに対して穏やかに言った。

 

「まさかそんな風に言われるなんてね。でも、私はただあなたに冥界での新しい人生を提供したいと思っているだけなの。あなたは非常に優秀な人材、グレモリーに是非迎え入れたいと思っているの。あなたの強さも、オーディン様の付き人を務めた実績も、その慎重さも私は高く評価してるわ」

 

 リアスさんは自分に暴言を吐いたヴィロットさんを高く評価した。しかしそれを聞いてもヴィロットさんの表情には一ミリも変化はない。

 

「あなたがヴァルキリーであることを誇りに思ってるのはよくわかったわ。でもどうかしら? もう少し考えてみな…」

「考えるまでもないわね、お断りよ」

 

 リアスさんが言い切る前にヴィロットさんが言った。そこには確固たる意志と言うよりも、強い拒絶が感じ取れる。

 それも当然か、三大勢力を悪と考えるロキ様と同じ考えのヴィロットさんが悪魔に転生するとは到底思えない。まあこれは直接話した僕だからわかることだけどね。

 リアスさんはまだ何か言おうとしていたが、ヴィロットさんは立ち上がり言った。

 

「もういいでしょ? そろそろ帰らせてもらうわ。早く北欧に戻って今回の事案を上に報告しないといけないし」

「ちょっとま…」

「それに、私の帰りが遅いと待たせてるフェンリルが飛び込んできかねないし」

 

 そう言ってリアスさんの待っても聞かずに出口へと歩いて行く。嘘か真かわからないけど、もしフェンリルが飛び込んできたらもうグレイプニルもない僕たちじゃ対処できない。なんたって周りに配慮しなくても到底勝てないんだから。

 そんな危険があるからもうリアスさんはヴィロットさんを引き留めることはできない。ヴィロットさんはそのまま黙って部室から出て行った。

 

「すごい人でしたね」

 

 ヴィロットさんの威圧がなくなり、一気に安心するギャスパーくん。よっぽど緊張したようで椅子にへたり込む。

 

「でも、しっかり自分の意見を言えてうらやましくも思いました。あんな風に自分の正しいと思ったことを貫ける強さ、憧れちゃいますぅ」

「そうだね、本当に強い人には憧れちゃうよね」

 

 僕はみんなが見ていない所でヴィロットさんの強さを背中で直に感じたから余計にわかる。その心に比例した本当の強さが。

 その肌で感じた強さは、昔の日本で感じた本物にも引けを取らない程だった。

 ヴィロットさんの厳しい言葉と強いオーラの残り香で部室内は唖然(あぜん)とした空気が流れていたが、なぜかもう向こう側(一誠と女性陣)では既に修羅場になりかけて……あっ、朱乃さんが軽くだけど一誠にキスした。

 

「木場、ギャスパー、誇銅助けてぇぇぇぇっ!」

 

 こちらに助けを求める一誠。しかし、木場さんは苦笑いしながら肩をすくめ、僕とギャスパーくんは顔をそむけて聞こえないフリを決め込んだ。それが一誠が夢にまで見たハーレムだよ、僕たちは邪魔しないから存分に味わいなよ。

 

「誇銅さん」

「ん?」

「どうやったらあの人みたいに強くなれるんでしょうか?」

 

 ギャスパーくんが言うあの人とはヴィロットさんのことだろう。真剣な顔で僕に訊いてきた。

 

「ヴィロットさんみたいに強くなりたいの?」

「はい。あんな風に強くなれなくても、あの人を目指せば僕も今より強くなれるような気がして」

 

 強い人に憧れて、憧れの人のまねをする。よくある心理だ。小さい子供から僕たちくらいの年でもそういう心理は普通に働く。それは決して悪いことではない、そうやって自分自身を形成していくんだから。僕だって柔術を始めたきっかけもそんな感じだったし。それが積み重なって今のバトルスタイルが生まれた。

 

「そうだね……。僕も強い人間じゃないから自信をもって言えるわけじゃないけど、あの人はきっと、自分の大切なものに全てを注いでるからあんなに強いんだと思うよ」

 

 ただひたすらそれに打ち込むことは相当な力になる。それを苦痛と思わず当然と思っていれば特に。テレビとかで見る天才少年少女と呼ばれる人たちなんてまさにそれだ。小さいころにただそれに夢中になった結果の天才と呼ばれる今が出来上がった。それは他の人から見れば狂ってるとも見えるかもしれない。

 

「大切なものに、全てを注いでる……ですか」

「そっ、自分の信じるものを疑わずにただひたすらね。ある意味狂信者と呼ばれるくらいにね」

「それって、昔のゼノヴィアさんみたいなですか?」

「うーん、ちょっと違うかな? 例えるなら、悪魔にならず、イリナさんみたいに天使信仰に切り替えず、ただひたすら神の意志を信じ貫き続けたゼノヴィアさんってところかな?」

 

 ひたすら頑固を貫き通したゼノヴィアさんと説明すると、ギャスパーくんは急にシュンとなり始めてしまった。

 まあそれもわかる。自分が目指そうと思ったものが逸脱していればそうもなる。高層ビルの一階から最上階にあるゴールにバスケットボールを入れようとは普通思わない。

 

「うぅぅ、そこまでなれる自信は僕にはありません……」

「そこまでなる必要なんてないよ。ギャスパーが大切と思うものをひたすら守りたいと強く思えばいいんだよ、今はね。そうすれば、その守りたいものの為に頑張りたいと思えるから。そうしたらふと周りの景色を見ると、いつの間にか自分はこんな場所まで来ていたんだと思うから」

 

 まあ、こんな偉そうなこと言えるような立場じゃないんだけどね。それでも、僕なりに見て感じてきたものを少しでもギャスパーくんに伝えたい。それが今役に立つなら。

 

「それとも、すごい代償を払ってでも今すぐ強い力が欲しい?」

「い、いいえ! それじゃ意味がありません!」

「ふふ、わかってるよ。言ってみただけ」

 

 ギャスパーくんがそんな力を望んでないことはわかっていた。ただ、それを再確認してもらおうと思ってね。もしも思うように強さが身につかず思い悩んでしまった時に、間違った力の解釈をしてしまわぬように。―――まあ、時としてそういうものすら使うしたたかさは必要かもしれないけどね。それがどういうものなのか理解していないと扱うではなく扱われるになってしまうけど。

 

「まあゆっくり強くなっていこう。時間と努力と言う代償をしっかりと払って、確実な自分の強さをね」

「……はい」

 

 僕の言葉に納得してくれたようで、不安そうな表情も駒の動かし方もなくなった。おかげで一気にピンチに追い込まれそうだ、どうしよう……。

 チェスをしながら昨日のことを思い出す。―――昨晩、ヴィロットさんが僕の家に来たことのことを。

 

 

 

 

 

 ――昨晩――

 

「こんな夜中にごめんなさいね。あなたも今日のことで疲れてるでしょうに」

「いえ、僕は殆ど何もしてませんので大丈夫です。それよりもヴィロットさんの方こそ大丈夫ですか?」

 

 ロキ様に未知の敵と殆ど一人で戦い、後始末まで請け負ったヴィロットさんの負担は相当大きいはず。さらにあれからあまり時間も経っていない。後始末までこのスピードでこなしてきたとすれば相当な疲労が溜まっているハズ。

 

「確かにちょっと疲れたけど、まあ大丈夫よ。それよりも一番憂鬱(ゆううつ)なのは戦後処理のデスクワークね。まあ、今夜は徹夜してその後ゆっくり休むわ」

「本当にお疲れ様です」

「これが終わったらヴァルキリーやめるつもりだし、最後にロキ様の願いを伝えるために頑張らないとね」

 

 そう言った瞬間、僕は口に含んだコーヒーを吹きかけた。え、ヴァルキリーやめる!?

 

「ヴァルキリーをやめる!? え、どういう意味ですか? てか、ヴァルキリーって辞められるもんなんですか?」

 

 オーディン様の付き人をやめるとかではなくヴァルキリーをやめる。ヴィロットさんはヴァルキリーって言う種族なのかと思ってたけど、実は違うとかなんですか?

 僕がその辺で驚いていると、ヴィロットさんは首にかけていたコインのネックレスを外した。すると、僕は自分の感覚を疑った。ヴィロットさんの気配がヴァルキリーから完全に人間のものへと変わったのだ。

 

「実はね、私人間なの。事情があってヴァルキリーのフリしてただけ」

 

 衝撃の告白に驚かされっぱなしだよ! なんかここ最近大きな事件の後はいつも驚かされっぱなしな気がする。

 

「そ、そうですか。何か深い理由があるんでしょうから事情は聞きませんけど」

「助かるわ」

 

 へー日本以外にも種族を偽る方法ってあったんだ。しかも悪魔じゃなくてヴァルキリーに。魔術に最も秀でた神様の付き人をしてもバレたりはしないもんなんだね。

 あ、そっか、だからヴィロットさんは空を飛ぶことができなくて魔道具に頼ってたんだ。これでロボットの声が言っていたことがいろいろ説明がつく。

 

「本当はもっと早く辞めるつもりだったの。だけど、ロキ様のような真の平和を願い動き出した人がいたから私は留まった。……私は、北欧を平和に導く天使になりたかった」

「ヴィロットさんならなれますよ、天使に。ヴィロットさんのような強い人があきらめなければ絶対」

 

 僕の言葉にヴィロットさんは黙って首を横に振った。

 

「だけど駄目だった。所詮私は戦士、天使ではない。あの方のようにはいかなかった。それに、いつまでも北欧にいるわけにもいかないの」

 

 あの方? ヴィロットさんが言うあの方とはいったい……。

 手袋を外し両手の傷跡を露わにした。

 

「この傷は過去に大罪を犯した罪深き私があの方に仕えるため、私は自ら意志で両手を杭で十字架に張り付けて三日三晩過ごし身を清めた証。あの方の力になりたいと願い、痛みと空腹と睡魔と死に耐えながらも。私の本当の主はオーディンでもロキ様でもない。あの方が目指す世界平和が、私の正義。だから私は、私をも救ってくださったあの方の願いのために私は両の()を振るう」

 

 なんだかエクスカリバー事件の時のイリナさんとゼノヴィアさんを思い出す。聖剣使いなところとか、教会を連想させるような言動とか。それでも意志の強さには雲泥(うんでい)の差を感じる。

 きっとこの人は、信じる人がいなくなったり変わってしまっても、自分の掲げた正義を貫き通せるんだろうな。

 ……でもまあ、救ってくれた人を信じて力を振るうって意味なら、僕も同じか。信じた人のために頑張り強くなろうとする気持ち、僕にもわかるよ。

 そこまで話した後、ヴィロットさんはふと時計を見た。

 

「おっと、そろそろ取り掛からないと間に合いそうもないわね。ごめんなさいね、一方的に話してしまって」

「いえいえ、ヴィロットさんのことを知れてとても楽しかったです。もちろんこの話は皆にはこれしておきますね」

 

 僕は人差し指を唇に付けて内緒のジェスチャーをした。

 

「ありがとう。信用してるわ」

 

 もちろんです! これでも口は固い方ですから。それに、今でも人様に言えないような秘密を何個も抱えてますし、今さら一つ増えたところでへっちゃらさ!

 僕はヴィロットさんを玄関まで見送る。

 

「お邪魔したわね。きっと明日には別れの挨拶もできないまま帰ることになるでしょうから、今しておこうと思って」

 

 そう言ってヴィロットさんは手を差し出す。そして僕もそれに応え、お互いに握手を交わす。きっと明日ではこんなふうにゆっくり個人的な話なんてできなかっただろうからね。

 

「これからも頑張ってください。応援してます」

「ありがとう。それじゃ、またどこかで会えたら」

 

 別れの挨拶も済ませ、ヴィロットさんは帰って行った。




 何かと人気だったヴィロットのちょっとしたプロフィール。


 名前:ヴィットリーオ・ヴィロット/出身:イタリア
 身長:168cm/体重:非公開/バスト:86/誕生日:9月18日/ヴァルキリー→人間

 特殊な魔道具でヴァルキリーとして数年間北欧で過ごしていた純然たる人間。オーディンにもロキにも特に忠誠心はなく、真に忠誠を誓う相手は別にいる(もう読者の方は想像に難くないと思うがあえてぼかす)。
 本当はそこまで目立つつもりはなかったが、周りの問題を放っておけずに世話していたら、いつの間にか信頼とオーディンの付き人と言う地位を手に入れてしまっていた。
 戦闘能力は高いが人間ゆえに人外に備わってるものを持っておらず、それを補うため、自国から持ってきた空中歩行の魔法陣が付与されている靴を履いている。(他の穴埋めは高すぎる戦闘能力で補って有り余る)。作中で聖剣を扱っていたが、北欧で使用したことは素振り時以外一度もない。
 普段は手袋で隠している両手には、中心に大きな空洞があいている。自らを十字架に杭で打ち付けた傷跡。覚悟と強さの証。
 過去に何か大きな罪を犯したことがあるらしい……。


『聖主砲 Rome級』/聖なるオーラを球体に圧縮し、聖剣の側面にセットし大きく振るうことで発射する。威力が高く飛距離も相当長いが、命中率はそこまでよくない。最大9門装填でき、任意のタイミングで発射のオンオフ、放つ弾数も自在。


騎士道正義(クアドリガ)』/磔刑の苦行を乗り越え、ヴィロットの正義心が激しい聖なるオーラとなり発現した。オーラによる防御、大幅な身体能力向上、波動による永続的な攻撃の三つを同時にこなす。オーラの強さはヴィロットの正義心に比例する。強すぎる正義は暴力と同等なのと同じように、オーラは敵味方関係なく攻撃してしまう。

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