無害な蠱毒のリスタート   作:超高校級の警備員

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不遜な護衛達のうぬぼれ

 翌日の朝、朝食を済ませ後僕は再び兵藤家の地下の大広間に集合していた。なので僕たちもソーナさんたちも今日は学校を休まざるを得ない。それで僕たちを模した使い魔たちに代わりに学校に行ってもらうしかなかった。

 ロキとの決戦が近いから、休まないといけないのは仕方ない。それを罪千さんに言ったら自分が僕の代わりになると言ったけど、それは遠慮させてもらったよ。

 ソーナさんは生徒会長の立場からもっともどかしそうにしてるかと思ったけどそうでもなかった。まあ、一番厄介ごとを起こす人たちはここに集まってるしね。

 

「オーディンの爺さんからのプレゼントだとよ。――――ミョルニルのレプリカだ。ったく、クソジジイ、マジでこれを隠してやがった。しかしミドガルズオルムの野郎、よくこんな細かい事まで知ってたな」

 

 アザゼル総督が不機嫌そうに言った。

 聞いた話では、ドラゴン系神器を持つメンバーで五大龍王の一つのミドガルズオルムと言う龍からロキとフェンリルの対策を訊きに行った。

 その話ではロキは雷神トールの持つミョルニルを撃てばなんとかなると言われ、フェンリルは魔法の鎖グレイプニルで捕らえられるらしい。さらにその鎖を強化するためのダークエルフの住む場所も教えてくれたと。

 

「すごいものなんですか?」

 

 一誠が(いぶか)しげに訊く。一誠は昨日直接訊いたんじゃないの?

 

「北欧の雷神トールが持つ伝説の武器のレプリカだ。それには神の雷が宿っているのさ」

「オーディン様は赤龍帝にこのミョルニルをお貸しするそうです。どうぞ」

 

 ヴィロットさんが一誠に渡したのは、一見普通のハンマーのようなもの。

 豪華な装飾や紋様が刻まれているが、大工仕事で使うくらいの大きさの普通のハンマーだ。一誠も本当にすごいものなのか疑ってる様子。

 

「オーラを流してみてください」

 

 ヴィロットさんに言われた通り、一誠はハンマーに魔力を送り込む。

 すると、一瞬の閃光の後、ハンマーがぐんぐんと大きくなっていく。

 一誠の身の丈を超す程に巨大なハンマーとなり、大広間の床に落ちた。ハンマーを落とした衝撃で大広間自体が大きく震動(しんどう)する。

 ハンマーを直接感じなくともこの震動から伝わる魔力だけでもわかる。あのハンマーは今、ものすごい力を秘めている。なるほどね、魔力を流し込むことで内蔵されてるミョルニル本来の力が発動される仕組みか。

 

「おいおいおい。オーラ纏わせすぎだ。抑えろ抑えろ」

 

 アザゼル総督が嘆息(たんそく)しながら言う。

 そう指示された一誠のオーラが小さくなると、同時にハンマーも縮小して、両手で振るうにはちょうどいいくらいのサイズに落ち着いた。

 だが、それでも持ち上げることができないようだね。一誠も頑張って力を入れているようだけどびくりともしない。どうやら大きさが変わっても重さは変わらない仕様か。

 

禁手(バランス・ブレイカー)になれば持てるだろう。とりあえず、いったん止めろ」

 

 そう言われハンマーから手を放す一誠。すると、元々のサイズに戻った。

 

「レプリカって言ってもかなり本物に近い力を持っている。本来神にしか使えないんだが、バラキエルの協力でこいつの仕様を悪魔でも扱えるよう一時的に変更した。無闇に振り回すなよ? 高エネルギーの雷でこの辺一帯が消え去るぞ」

「マジッスか! うわー、怖い!」

 

 その言葉を聞いて、少し戦慄(せんりつ)したよ。力の調節が下手な一誠にそんな危険なものを持たせたら大きな事故につながるんではないかと思ってね。普段から一誠の行動はちょっとあれなところも多いし。

 僕の炎で燃焼させられるだろうけど、速攻で被害を抑える程にまで魔力を焼き尽くすには一誠を蒸し殺す勢いでやる必要があるだろう。———嫌だな、誰であろうと生きてる人を殺すのは。

 

「安心しなさい。危険だと判断したら私が腕を切り落としてあげるから。最悪、殺してでも止める」

 

 ヴィロットさんがしれっとものすごく物騒なことを言った! その冗談が一切含まれていない声色に一誠もさっきより強く戦慄していた。

 

「おいおい、あんまりイッセーを脅かしてやるなよ」

 

 そう言ってヴィロットさんの肩を触ろうとしたアザゼル総督だが、ヴィロットさんはその手を触れる前に払いのけてアザゼル総督の顔を見た。

 

「……」

 

 ヴィロットさんの顔は見えないが、アザゼル総督が黙って汗を流してるところから冗談ではないって感じの真顔とかだろうね。

 この無言の時間により空気が一気に冷ややかなものに変わる。

 

「ヴァーリ、おまえもオーディンの爺さんにねだってみたらどうだ? いまなら特別に何かくれるかもしれないぜ」

 

 空気を変えるかのようにアザゼル総督が愉快そうに言う。これ以上この話に関わるのを避けるために話を移し替えたってことかな。

 しかし、ヴァーリさんは不敵に笑いながら首を横に振った。

 

「いらないさ。俺は天龍(てんりゅう)の元々の力のみを極めるつもりなんでな。追加装備はいらない。俺が欲しいものは他にあるんでね。———まあ、()いて言うなら」

 

 ヴァーリさんは不敵な笑みを浮かべたままヴィロットさんの方を見る。戦闘狂な気質があるヴァーリさんならロキと互角に戦い、フェンリルの牙を受け止めたヴィロットさんと戦いたいと思うのも不思議じゃない。

 しかし、ヴィロットさんの方はヴァーリさんに一切興味がない様子。視線に気づいても相手にしていない。

 

「美猴、ちょうどいい。おまえに伝えておいてくれと伝言をもらっていたんだった」

「あん? 俺っちに? 誰からだい?」

 

 アザゼル総督が古い中国の鎧のようなものを着た男性、美猴さんに視線を向ける。

 美猴さんは自分を指さして、怪訝(けげん)そうにした。

 

「『バカモノ。貴様は見つけ次第お仕置きだ』———だそうだ。初代からだ。玉龍(ウーロン)と共にお前の動向を探っているようだぞ」

「あ、あのクソジジイか……。俺がテロやってんのバレたか。しかも玉龍(ウーロン)もかよ!」

 

 アザゼル総督の言葉に美猴さんは顔中から汗をダラダラ出して青ざめている。

 テロやってんのバレたかって、そんなイタズラしたのがバレたみたいなレベルで言われても。テロって犯罪なんだよ?! 強い奴と戦いたいとかみたいな理由でやっていいことじゃないから!

 実際美猴さんがどんな理由で禍の団(カオス・ブリゲード)に入ったかは知らないけど、しっかりとした信念がないならその人にしっかりと絞ってもらう必要があるね。

 

「美猴、一度おまえの故郷に行ってみるか? 玉龍(ウーロン)と初代孫悟空に会うのは楽しそうだ」

「……止めとけよぅ、ヴァーリ。引退気味の玉龍(ウーロン)はともかく、初代のクソジジイは正真正銘のバケモノだぞ。現役って言っても差し支えねぇし。あのジジイ、仙術と妖術を完全に極めてっからマジで(つえ)ぇんだ……」

 

 昨日まであんなにお気楽で明るかった美猴さんが、今は顔を真っ青にしてビビっている。

 えっと、今初代孫悟空って言わなかった? そう言えば美猴さんが頭につけてる飾りって孫悟空のあれに似ている。ってことは、美猴って孫悟空の二代目とかってこと!?

 でもそうなるとな……。ヴァーリさんとヴィロットさんのオーラの違いに気づかないのがとても気になる。二年程度しか修行してない僕が気づけて、孫悟空の二代目なんて人が気づけないのはどうも引っ掛かる。

 こうなると、初代孫悟空の妖術と戦術を完全に極めてると言うのも日本妖怪で言うとどの程度になるかがわからない。七災怪? 大妖怪? それとも中級以下? そっちでの基準が日本の基準とどれだけ違うのかが気になる。

 アザゼル総督が咳払いをして僕たち全員に言う。

 

「あー、作戦の確認だ。まず、会談の会場で奴が来るのを待ち、そこからシトリー眷属の力でおまえたちをロキとフェンリルごと違う場所に転移させる。転移先はとある採石場跡地だ。広く頑丈なので存分に暴れろ。ロキ対策の主軸はイッセーとヴァーリ。二天龍で相対する。フェンリルの相手は他のメンバー――――グレモリー眷属とヴァーリのチームで鎖を使い、捕縛。そのあと撃破してもらう。絶対にフェンリルをオーディンのもとに行かせるわけにはいかない。あの狼の牙は神を砕く。主神オーディンと言えど、あの牙に噛まれれば死ぬ。なんとしても未然に防ぐ」

 

 それが今回の作戦。ソーナさんたちがロキとフェンリルを味方ごと転移させ、一誠とヴァーリさんでロキを、残り全員でフェンリルの相手をする。

 ……無謀だ。ハッキリ言って勝算がない。アザゼル総督はロキの力をその目で見たのに軽く見過ぎている!

 ヴァーリさんの実力がどれくらいか詳しくは知らないけど、あの二人では無事に済まないだろう。特に覚悟の無い一誠ではミョルニルを使っても絶対に勝てない! それは今見たところではヴァーリさんも同じ!

 一誠は覚悟を持ってない、ただ夢中になって周りが見えていないだけ。そう確信したのはアスタロトにアーシアさんを人質にされた時、その状況ですら自分の性欲を前面に押し出したのを見た辺りからだ。ただ感情や勢いや流れで行動しているだけなのがわかった。

 

「さーて、鎖の方もダークエルフの長老に任せているから完成を待つとして、あとは……匙」

「何ですか、アザゼル先生」

「おまえも作戦で重要だ。ヴリトラの神器(セイクリッド・ギア)あるしな」

 

 アザゼル総督の言葉に匙さんは驚いた表情を見せた。

 

「ちょっと待ってください。ヴリトラの神器(セイクリッド・ギア)と言っても、俺には兵藤や白龍皇のようなチート()みた力なんてありませんよ? 俺の戦い方はコソコソと隠れながら神器で弱らせるのが基本ですし、とても神様やフェンリルに通じる戦い方じゃない。せめてもの直接攻撃技も焼け石に水でしょうし」

 

 匙さんは冷静に自分がロキとの戦いに適していないと説明する。いかに相手を(あざむ)いたり弱らせたりするのが得意な陰遁でも、ロキやフェンリル程力の差を埋めるには明らかに修行不足。

 アザゼル総督もそれは理解していたらしく、嘆息した。

 

「わかってるよ。おまえに前線で戦えとは言わない。———だが、ヴリトラの力で味方のサポートをしてもらう。特に最前線で戦うイッセーとヴァーリのサポートにおまえが必要なんだよ」

「サポート?」

「そのためにはちょっとばかしトレーニングが必要だな。試したいこともある。ソーナ、こいつを少しの間借りるぞ」

 

 ソーナさんに訊くアザゼル総督。

 

「一体どちらへ?」

「転移魔法陣で冥界の堕天使領―――グリゴリの研究施設まで連れていく」

 

 楽し気な表情のアザゼル総督。嫌な感じがするのは僕も匙さんも一緒だ。

 あの顔は冥界で僕の神器の実験をする直前の顔と似ている。あれはアザゼル総督が研究者としての顔を出す時の表情なのだろうね。

 

「匙、先生のしごきは地獄だぞ。俺も冥界で死にかけたし。しかも研究施設だ。おまえ、死んだな」

 

 一誠は匙さんの肩に手を置き、憐憫の眼差しを送る。それを聞き、匙さんは怖がるではなく微妙な表情をした。

 

「はっはっはー。じゃあ、行くぞ匙」

「はあ、わかり……ん? ヴリトラの力で味方をサポートする? ちょっと待った、それもしかしたら俺にとってものすっごく不都合かもしれないんですけど!」

 

 急に慌てだす匙さん。そんなのお構いなしにアザゼル総督は匙さんの襟首(えりくび)をつかみ、そのまま魔法陣を展開した。

 魔法陣が光り輝き、焦る匙さんごと包んでいく。その瞬間、国木田さんが石を紙で包んだようなものを匙さんに投げ渡した。

 一体何を渡したのかわからなかったが、おそらく匙さんのピンチを救うキーアイテム的な何かなのだろう。

 アザゼル総督がいなくなり実質お開きとなった作戦会議。ソーナ眷属のみなさんはさっさと出口へと出ていく。それに続いて僕もリアス眷属の誰にも覚られないようにこの場を後にした。まあ、堂々と出て行っても誰も気にしないだろうけど。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

 一旦(いったん)家に帰りジャージに着替え、町から離れ山の中の開けた場所へ来ていた。

 なぜなら、今がのびのびとトレーニングする絶好のチャンス! ロキ戦の準備でリアスさんたちの注意が僕に向くことは絶対にない。一番危険なアザゼル総督も望みの薄い僕の神器にかまってる暇はないだろう。

 匙さんには悪いですけど、匙さんが生贄になってくれたおかげでより一層僕の安全が保障された。

 

「んー、悪くない」

 

 ここまで軽くランニングで準備運動し、一通り型の練習をしてみた。

 ちょっと心配だったけど、体は覚えててくれたみたいで安心したよ。

 一人でトレーニングの続きをしていると、(しげ)みからガサガサと音が鳴り小さな女の子が飛び出してきた。

 

「やっと見つけたぞ!」

 

 搭城さんよりも背の低い女の子が僕を睨みながら指差しながら言う。

 僕は今驚いている。それは突然現れた女の子に睨まれたからではない。見た目相応睨み方も小学生並みだから特に迫力はない。問題なのは僕がその女の子が近づいて来たことに全く気づけなかったことだ。

 いくら悪魔に気づかれないチャンスだとしても、周りの感知は一切怠っていなかった。なのに、この女の子が近づいてくるのが全くわからなかった。

 

「よくも私の友達(ダチ)を泣かせやがったな!」

 

 そう言いながら女の子はずかずかと僕の方へ近寄って来る。

 

「オウオウ、私の友達(ダチ)泣かせてごめんなさいの一つもなしか? ああっ? 女泣かせて男として心が痛まないのかい?」

 

 そう言って僕を見上げて絡んできた。え、何のこと言ってるの……? 初対面の人にこんな絡まれるようなことをした覚えないんだけども。

 それでも火のない所に煙は立たぬと言うし、何か心当たりがないか少し考えてみる。

 短い時間ながらいろいろ考えた結果、たった一つだけ心当たりがないこともない。だけどあれが原因になりうるのかな? でも、あの人の友達だと仮定するなら、僕の感知をすり抜けたのも納得がいく。

 

「あの、一つ訊いていいですか?」

「あ、なんだ!」

「お名前聞かせてもらってもいいですか? あと僕が泣かせてしまったと言う友達の名前も」

 

 あちらは凄んでるつもりなんだろうけど見た目相応の迫力しか感じない。小さいながらも驚異的な威圧なども一切感じない。だからこそ、普通の小さな子供に怒られてるようなやりにくさがある。

 

「私はかの有名な天邪鬼(あまのじゃく)源間色枝(げんまいろえ)様だ! 友達(ダチ)の鵺が泣かされたから来たんだ! 天照の友人だろうが容赦しねえぞ!」

 

 やっぱり、僕の予想通り友達と言うのは鵺さん。そして、この人が国木田先輩が前に言っていた悪童三人組の最後の一人の天邪鬼だったか。

 国木田さんが自分と天邪鬼は日本で三位、四位を争うと言っていたからね。その話が誇張(こちょう)かどうか実際わからないが、それでも僕では感知できないレベルであることは間違いない。そしてそれが今証明された。

 だからって事態が好転することは一切ないんだけどね!

 

「私と泣かした奴の名前がわかったろ。ところで、おまえの方はどうなんだ?」

 

 源間さんは僕の背中によじ登り、おんぶ状態で僕をなじる。追い払うのは簡単そうだけど、ものすごくめんどくさい。まるで小学生にカツアゲされてるような気分だ。

 だからと言って僕の方にも非があるわけだし。

 

「あの、その……ごめんなさい」

「私に謝ってもらってもどうにもならねぇんだよ。そこんとこちゃんとわかってんのか、ああん? ちゃんと誠意ってもんを見せてもらわないとなぁ」 

 

 僕の背中から降りた源間さんは、僕の正面に立って人差し指を突き付ける。

 確かに僕は鵺さんを泣かせてしまった。実年齢はずっと年上であろうとも、男として女の子を泣かせてしまうのは悪いことだ。

 しかし、どう謝るべきなのか。泣かせてしまったと言えど僕がやったのは鵺さんの素顔を見破ってしまっただけ。いじめたわけでもなく一誠たちみたいにのぞきをしたわけでもない。 ———傷つけてしまったとすれば、陰影としての陰術のプライド。

 下手な謝りは陰の術者に対しては単なる侮辱行為にもなりえる。一体どうすればいいのだろうか。

 

「あいつはな、人前に素顔も晒せない程のどうしようもない恥ずかしがり屋で意地っ張り。そんなめんどくさい性格だから彼氏も一人もできなことなくて未だに処女。一人で初恋相手の幻影作って疑似体験しようとしても、幻影にすら恥ずかしがって何もできず仕舞(じま)い。その初恋の相手に彼女が出来きて成就不可能になった時は引きこもって発狂してた。そんな恥ずかしい奴でも私の友達なんだ! 泣かせる奴は許さねぇ! あいつに謝りやがれーッ!」

「テメェが誇銅と私に謝れッ!」

「ヘヴぅッ!」

 

 急に現れた鵺さんらしき人影が源間さんに強力なげんこつをくらわせた。それにより源間さんは顔面を地面にめり込ませ動かなくなってしまった。

 あとこれはたぶんだけど、鵺さん今めっちゃ顔が赤くなってると思う。

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

「悪いな誇銅、うちのチビが迷惑かけて」

 

 話をしてみると、やっぱりこの人は鵺さんで合ってるようだ。なぜ鵺さんかわからなかったかと言うと、今の鵺さんからは前に会った鵺さんの気配が全くしないから。と言うより、何の気配かすらわからない。

 話の中でこの人が鵺さんと認識してるのに、感覚ではまるでよくわからない物体に話しかけてるかのようだ。不思議な感覚だ。

 鵺さんは木陰に座り込み、動かない源間さんが見える位置でそう言ってくれた。僕も鵺さんの隣に座らせてもらっている。

 

「別に気にしてませんよ。それに、いいお友達ですね。鵺さんを思ってあんな行動をしてくれるなんて」

「ただの悪友さ。まあ、そこは素直にいい奴だと思うけど。あいつは天邪鬼だけあって傍若無人な奴だ。さらに我儘で下品で空気を読んであえて悪化させる。本当にご立派な天邪鬼なことだ」

 

 最後は嫌味ったらしく言う鵺さん。それでも言葉からは何となく嫌悪感は感じない。

 

「でも、源間さんも嫌がらせで僕の所に来たわけじゃないと思いますよ。源間さんなりに鵺さんのことを心配して」

「それはわかってるよ。悪友でもかれこれ千年以上の付き合いだ、それなりに友情もあるさ。平安時代の京都を悪鬼を入れて三人で大騒ぎさせた戦友でもあるし」

 

 鵺さんはどことなく楽しそうに言った。前に国木田さんから少しだけ昔の仲間の話を聞いた時にも楽しそうに話してくれたっけ。

 友達が泣かされたことに腹を立てて怒りに来た源間さんにしろ、この人たちの仲間意識はかなり高いことが伺えるよ。

 鵺さんは源間さんのことを悪友と言ったけど、それは同時に長い年月苦楽を共にした親友と言う意味もあったのだろうね。

 

「ところでさ……」

 

 少し緊張したように言う鵺さん。マスクやサングラス以前に纏ってる陰の妖気が強すぎて僕の目でもわかりにくい。でも、鵺さんは雰囲気に出やすいから何とかわかる。

 しばらく黙って手をもじもじさせると、僕の方を見て―――。

 

「———今も見える?」

 

 そう言うと鵺さんは顔を少しだけ僕から背ける。しかし今度は(もや)が濃すぎて素顔が見えない。前と違って(あざむ)くと言うよりか、なりふり構わず正体を隠しに来ている。

 黒い靄に覆われ姿が全くつかめないだけでなく、声まで靄にかかってるようで聞き取りにくい。———これが、鵺さんの本気ってことか。

 

「大丈夫ですよ。今度は僕にも全く見えません。すごいですね、声も聞き取りにくくて全く正体が掴めない」

 

 お世辞じゃない。本当にそう思っている。

 それを聞いて安心したのか、紙袋を取り出しそれをギャスパーくんのように被った。そして、黒い靄を解除し鵺さんの姿が見える。

 前と違って黒いワンピースの可愛い服装だ。正直すごく似合ってると言いたいけど、それを言うとまた鵺さんが逃げ出してしまいそうなので黙っておこう。

 

「なるほど、君の目を(あざむ)くにはこの程度の濃度が必要か。実は、全力ではないにしろ常人なら声もまともに聞きとれない程本気で陰を纏ってるんだけどね。大した才能だ」

 

 才能と言っても、絶対に邪神の神器が原因だと思うんだけどね。いろいろ不思議な体質に目覚めたのもちょうど禁手に目覚めた頃だったし。

 

「まあ、これで誇銅の目は幻術を無条件で透過する力ではないと証明された。私の陰遁が無に()すような力じゃないことがわかって安心した。いやー本気を出せば神の目からも隠れられる私の隠遁が理不尽に受け付けない力が無くて安心したわ」

 

 肩の力が抜けてリラックス姿勢に入った鵺さん。あ、それを気にしていたんですね。

 でも確かに自分が積み上げた力が一切無視されるような力があれば気が気でなくなるのはわかる。それが道具などの力を使わずに、長い時間をかけて身につけた力ならなおさら。

 僕の目は違和感が見えるのであって、隠された真実が見えるわけではない。魔法によって巧みに隠されれば、せいぜいそれが本当の姿なのかそうではないのかが判断できる程度だ。

 だから強い隠匿術や視界を塞ぐ暗闇のようなものには意味を為さない。それでもかなり便利な体質ではあるけどね。

 

「どろどろさんを倒した隠遁の使い手に特殊な体質一つで易々(やすやす)とは破れませんよ」

 

 呪いの類が効かない体質の僕にどろどろさんの(のろ)いはしっかりと効いたからね。その結果から見れば僕の違和感が見える目も同様に力技で打ち破れるのは当然の結果。

 僕のせいで鵺さんの今までの努力を否定してしまうのではないかと心配したけど、どうやらいらぬ心配だったようだ。むしろ心配すること自体おこがましいことだったか。

 

「初代を倒した? 今でも勝てる気はしないよあんな無邪気な邪気の塊に」

 

 まさかのどろどろさんを倒していない発言が鵺さんから出て来てしまった。

 七災怪はそれぞれの属性で日本妖怪最強の称号と言ってもいい。皆さん武道家気質で最強の座を易々と明け渡すとは考えられない。

 となれば、世代交代したとなればもちろん先代から勝ち取ったと思うのが自然。世代交代した初代の皆さんも元気にしてると天照様も言ってたし。

 

「私がしたのは陰影をほんの少し(あざむ)いただけ」

「それは、陰影の座をかけてどろどろさんと戦ったとかですか?」

「いいやまったく。ちょっと()む得ない事情で喧嘩しただけさ」

「喧嘩?」

「そっ、喧嘩」

 

 どろどろさんと喧嘩? あの人は喧嘩を仕掛けるような性格じゃない。と言うことは、鵺さんから喧嘩を仕掛けた? 已む得ない事情とはなにか。

 

「昔私と源間と国木田は都を騒がす悪童三人組だったのは知ってるな? 当時妖怪は数も種類もまだまだ発展途上で人間へ積極的に害するのは唯一数の多い鬼や鬼妖怪ばかりだった。その中で唯一であり鬼や鬼妖怪よりも派手に暴れたのが私だったのさ。人間を驚かせられなかったことなど一度もない、同族で同属性の妖怪だって私たちの正体を見破ることはできない。まさに向かう所敵なしの有頂天だったのさ」

 

 僕のいた時代は鵺さんが言ってる時代よりも前だったけど、その頃も陰使いの妖怪の陰術は狡猾(こうかつ)なほど巧妙(こうみょう)だった。殆どの陰使いは非力で割と容易く勝てたが、この違和感を見る目と呪いが効きづらい体質がなければ立場は逆だったかもしれない。

 それ程陰の妖怪は厄介な相手ではあった。

 

「それから気の合う悪友と悪戯三昧の日々はそりゃ楽しかったね。そして最初は小さな悪戯もだんだんスリルを求めて大きな悪戯をするようになり、ついには人間が私たちを退治しようと本格的に乗り出してくるようにまで。それでも私たちの快進撃は止まることを知らず、余計に勢いを強めた」

 

 鵺さんに出会ってから鵺について少しだけ調べた。鵺と言う妖怪が出てきたのは平安時代後期辺りに出て来た妖怪。

 しかし、平安時代辺りではまだ妖怪と言う言葉が定着してなくて、鬼や物の怪が主流だったらしい。少なくても当時には妖怪を妖怪とは読んでいなかったとか。

 人間の畏の想像によって生まれ、存在が強くなるのが妖怪。当時は悪意や悪行から生まれた地獄の鬼への畏れが強すぎたのかもしれない。

 本物の鬼への畏れから生まれるのが鬼妖怪だからね。

 

「そのせいで調子に乗り出すアホが湧きだす湧きだす。それを収拾するために七災怪がとうとう動き出した。だけど、陰妖術が巧みすぎる私たちを、調子に乗り出した大量のアホの相手をしながら見つけ出すのは困難。京の都を仕切ってた風影も手が追いつかない状況だった。それによって他のアホと同じように私たちも相当調子に乗った状態へと悪化していった」

 

 言葉だけ聞くとまるで今の悪魔が余計タチが悪くなったように見える。だけど、現代を見るとそれは何とか丸く収まったのも(うかが)える。

 日本神が調子に乗って数を減らし幾分(いくぶん)衰退しうまくいったのと同じようなことが妖怪の間で起こったということだろう。

 

「そこで対私たちとして駆り出された七災怪、初代陰影。例え陰影が出て来ても神の側近で胡坐(あぐら)かいてるような奴に私たちが敗けるハズないと高をくくっていた。だが現実は私たちの惨敗。源間と国木田が陰影に捕まったが、短い時間だが何とか陰影を欺き二人を救出して逃げ出した」

「よく逃げ切れましたね」

 

 陰の妖術は相手を騙したりして逃げるのを得意とする反面、弱らせたり惑わせたりして逃がさないようにするのも得意。戦闘事態を苦手とする分、有利な場づくりは大得意。 

 どろどろさんは後者で、鵺さんはおそらく前者。見事に違うタイプだ。

 

「ああ、マジであのまま殺されるかと思った。その一件で自分たちが一番強いと思ってた私たちも、流石に格上の存在を思い知らされた。もう一つ決定的なのが、他のアホが沈静化してきたことで風影が私たちを探せるようになったことね。陰影と比べれば逃げるのは容易かったけど、少しでも気を緩めれば瞬く間に破られてしまいそうだったからな」

 

 確かにあの人たちの精神力はとんでもないからね。僕の火葬体験を受けても平然とした顔でそのまま戦いを続けるような人たちだ。幻術にかかったくらいでは平常心を崩すことはできないだろう。

 

「それで私たちもこうやって更生した。まあ、反省しないアホがここに一人寝てるけども、これでも昔よりはおとなしくなった方さ」

 

 鵺さんは今なお地面に突っ伏してる源間さんの方を見て言う。そろそろ起こしてあげた方がいいんじゃないでしょうか?

 

「一流の陰の使い手は誰もを騙し、誰にも騙されない。私は陰の妖術の使い方が巧かっただけ。妖力の総量も純度も邪気もどろどろの方が圧倒的に上。それでもそんなどろどろを一瞬と言えど欺き二人を助けた功績で陰影に抜擢されたってわけさ。その恩赦(おんしゃ)として、今後過度な悪戯を控えることでこれまでの罪を免除してもらった。幸い、殺しとか妖怪としての禁忌は破ってなかったからな」

 

 自身の役割外で人間を害しその命を奪う、その妖怪としての役割を超えた殺しを禁ずる。この(おきて)は変わっていないみたいだね。

 妖怪は人間に悪さをする存在。もちろん格によってその規格は違う。妖狐のように人を化かす程度もいれば、洪水の化身である八岐大蛇さんは確実に大勢の命を奪う。だけどこれは役割的に仕方のないものだから許される。

 それ以外にも、子鬼は風邪を運んだりするがそれが原因で殺してしまうこともある。だがこれは役割内での事故のようなもの。他にも身を守る為やケースバイケースでいろいろ例外はある。

 簡単に言えば、むやみな殺生を禁ずるというわけだ。他にも細かいものがいくつかあるがそれは今は関係ない。

 日本の歴史の真裏でこんあことが起こってたんだなとしみじみと感じていると、鵺さんが急に手をパンと叩いた。

 

「さて、話は変わるけど、ややこしい問題持ち込んでくれたなあの北欧の爺」

「え、あ、そうですね……?」

 

 急に話が変わったことに戸惑う僕。手を叩いたのは空気を変える為だったのかもしれないが、僕はそんな急に変えられる程柔軟じゃないよ! そんな日常会話に相手を惑わせる技術を使わなくても!

 だけど鵺さんはそんなのお構いなしにさらに衝撃の言葉を言って来る。

 

「でも、あれなら周りの悪魔たちが足を引っ張ってもあのお嬢ちゃんがいれば何とかなるだろう。そもそもあのロキって悪神も邪悪な感じはしなかったしな。むしろ誇銅たちが護衛してる主神より好感が持てる」

「どこから見てたんですか!?」

「どこから見てたんだろうねぇ?」

 

 鵺さんの声色からニヤニヤ顔で言ってるであろうことは想像に難くない。本当にどこから見ていたんですか! そしてどのタイミングから見てたんですか!

 既に相当驚かされたが、鵺さんの衝撃の告白はまだ終わらない。

 

「しっかしあいつらもズレてんな、平和平和言っておきながら暴力で解決する気マンマンじゃねえか。あの悪神の言葉をちゃんと聞けば話し合いの余地はまだまだ残されてるのに気づけると思うんだけどな。自分たちに都合のいい平和を受け入れられない奴は死刑ってか?」

 

 同意を求められても悪魔や堕天使が何を考えてるのか僕にはわからない。唯一わかることは彼らの考え方と僕たちの考え方、平和のあり方は全く違うと言うことだけだ。

 だけど鵺さんの意見もすごくわかる。今までに問題を暴力以外で解決したのを見たことがない、禍の団(カオス・ブリゲード)だけでなくはぐれ悪魔問題でさえ。説得らしい説得なんて皆無。

 はぐれ悪魔は全てはぐれになった悪魔が悪いとなっているけど、冥界で搭城さんの話を聞いた時にそれはおかしいと確信できた。さらに、はぐれになって眷属を抜けた話は聞いても、穏便に眷属をやめた転生悪魔の話は聞かないのも疑心を持つ要因の一つだ。絶対に後悔した転生悪魔は少なくないはずだし。

 種族を変えて簡単に辞められるものではないのはわかる。しかし、サーゼクスさんやアザゼル総督のようなトップから、リアスさんやアスタロトなどの末端までをこの目で少しずつ見て来て納得した。これははぐれ悪魔が多く出るのも納得できると、穏便に事が済むはずがないと。

 

「それとあいつら、口では戦いを否定しておきながら実は戦争狂だろう? じゃなきゃ自分たちが頼りになる嬢ちゃんを作戦に加えずに自分たちで神様倒そうとするわけない。作戦の中核にされたミョルニルを渡された赤龍帝も戦闘狂を自称する白龍皇もどんぐりの背比べ程度の違いしかない素人だしな。会談の成功よりも相手に恩を売れるチャンスとか思ってるんじゃないの?」

 

 それほんの数時間前の出来事! しかも、兵藤家の地下で人目に付かないように話したのに! それもまたその場に参加していたような言い方。

 

「本当に、本当にどこから見てたんですか!?」

「ほーんと、どこからなんだろうねぇ?」

 

 またご機嫌な口調で返された。訊いたって企業秘密ってことなんだろう。もしくは妖怪特有の悪戯心か。

 僕が戸惑う様子を見て仕返しに満足したのか、ご機嫌な様子で立ち上がりまだ寝てる源間さんを持ち上げた。

 そしてそのまま去ろうとしたが、急に立ち止まって僕の方に振り向く。

 

「あ、そうそう、もう一つ言っとくことがあったんだ」

 

 まだ何か驚かされるの? そう思ってちょっとげんなりしていたが、鵺さんの真剣な眼差しからそうではないと感じた。

 

「悪神が現れた日、奇妙な視線を感じただろ? あれは生物の視線じゃない、機械の視線だ。それも私じゃなきゃ気づけない程のステルス性———気を付けろよ」

 

 それだけ言って今度こそ本当に姿を消した。木々の影に入ると同時に姿が消える。陰術で姿を消したんだろう。

 あの日、僕は異質な視線のようなものを二人の戦いの最中感じていた。まさか機械の視線だったとは……。三大勢力や禍の団(カオス・ブリゲード)とは思えない。となれば、一体何者?

 今は考えても答えは出そうもない。とりあえず今まで通り身と信頼できる人を守る事だけに集中しよう。

 ……ちょっと待った。え、僕が何かに気づいてるが何に気づいてるのかわからない様子が見える程近くにいたの?


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