無害な蠱毒のリスタート   作:超高校級の警備員

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我儘な京都の狐(下)

 藻女さんの御屋敷に住まわせてもらってから一月程たった。

 都での生活や屋敷内での人間関係(全員妖怪だったけど)に苦労したけど今ではすっかり溶け込めている。

 今日も働かざる者食うべからずの精神でしっかりと働く。

 

「どこ行こうとしてるのかな~玉藻ちゃん? こいしちゃん?」

「うっ! 兄様」

「お兄ちゃんに見つかっちゃったね~」

「ほらほら二人ともお勉強の時間ですよ」

 

 この屋敷に来て二人と触れ合ってるうちにすっかり気に入られてしまい今では二人のお兄ちゃんとなっている。悪い気はしないけどね。

 屋敷の掃除をしていると偶然玉藻ちゃんとこいしちゃんに会った。

 この時間は確実に勉強の最中のはずだからコソコソしてる事からも間違いない。

 

「一緒に謝ってあげますから戻りましょう」

「だ、だったら兄様が教えてほしいのじゃ。兄様が教えてくれるなら逃げ出したりしないのじゃ」

「お兄ちゃんの楽しいお勉強ならこいしも逃げないよ~」

 

 二人の先生が体調を崩して一度だけ代理で勉強を見た時、僕はなるべく二人が退屈しないように小学校の頃の僕の先生を真似て教えてみた。その時の遊び交じりの勉強方法が楽しかったみたいだね。

 

「でも僕は計算しか教えられないから。二人が他に学んでる他の座学はわからないから、ごめんね」

 

 計算だけなら現代の知識は通用する。だけど他の勉学は時代の壁と種族の壁から僕にはわからない。

 残念だけど僕が二人の先生になることはできない。

 

「勉強が終わったら次は藻女さんの稽古の時間なんだから勉強をさぼったのがばれたらまた怒られちゃうよ」

「「は~い」」

 

 二人の稽古の時間に僕も稽古をつけてもらっている。藻女さんが空いてる時間はそんなに多くないらしく稽古の日は2日に一度。だけど一日の稽古時間はそれなりに長い。

 一応いくつかの基本型は教えてもらったけど半分以上の時間はむしろ技をかけられる側になってる。

 だから藻女さんがこいしちゃんの相手をしてる間に僕は玉藻ちゃんに教えてもらうことが多い。

 稽古の時間は限られてるし普段は暇な時間も多いからもっぱら一人でできる範囲の柔術の一人稽古をしてる。今では素人には負けない程度になって都で起きる暴力系のもめごとを仲裁できる程。

 

「さて、僕も早く掃除を終わらせてウォームアップでもしよう」

 

 稽古は準備運動なしで始まるためウォームアップをしなくちゃキツイ。

 三人はそれを全くしないんだけどやっぱり鍛え方が違うのかな。

 

 二人の勉強が終わった頃、僕も自主練を切り上げて汗を拭いていた。

 すっかり体もほぐれて準備万端。

 二人が少し休憩して胴着に着替えるまでの間僕も水分をとって待っていた。

 

「よし、それじゃ今日は玉藻が誇銅に技を教えてみろ。

 こいしは妾に技を打ち込んでみろ」

「「「はい」」」

 

 僕が来てからの稽古内容は片方が藻女さんに組み合い、もう片方が僕に技を教える。

 そして中盤で僕が覚えた技を藻女さんに見てもらう。そうすることで教えた側がどれだけ技を理解しているか、きちんと教えることができる技量があるかを見極める。

 

「ん、まあまあじゃな。だが手首の回しがまだまだ遅い」

「は、はい」

「次、玉藻が妾に打ち込んでこい」

「わかったのじゃ!」

 

 玉藻ちゃんは元気いっぱいにどことなく嬉しそうに組手に取り組んだ。

 僕の方はこいしちゃんは技を教えてくれるけど体で教えるタイプなため僕の視界がドロドロになるくらいまで投げ飛ばされる。

 

「よし、最後じゃ、三人とも妾にかかってこい」

「「「はい」」」

 

 最後は全員で藻女さんに襲い掛かる。

 僕と玉藻ちゃんは一瞬触れるとすぐに投げ飛ばされるけど、こいしちゃんは投げ飛ばされた後もうまく着地して藻女さんを逆に投げる事さえある。

 三人の中で一番うまいのは見るからにこいしちゃんである。

 

 稽古が終わった後、藻女さんはこいしちゃんにだけさらに個人稽古をつけた。玉藻ちゃんも稽古をつけてほしいと言ったがダメだと言われてしゅんとしてしまっている。

 

「玉藻ちゃんはどうしてそんなに稽古したいんだい? やっぱりもっとうまくなりたいから?」

「……母上と一緒に居たかったからじゃ」

「え?」

「母上は妾の事をみてくれないのじゃ。だから母上にもっと技を教えてほしいのじゃ」

 

 確かに稽古の時も藻女さんはこいしちゃんにはやりながら真剣にアドバイスをする声が聞こえてきたけど、玉藻ちゃんの時にはこいしちゃんの時ほど聞こえなかった。

 確か初めて会った時も藻女さんは玉藻ちゃんだけを叩いた。

 

「じゃあ玉藻ちゃんが家出するのは」

「母上が妾の事を見てくれないからじゃ!」

 

 やっぱり。

 玉藻ちゃんはもっとお母さんに愛されたいと思ってるんだ。だから困らせて注意をひこうとしたり、稽古に真剣に取り組んでみてもらおうとしてたんだ。

 

「それに、妾をしかりつける時が唯一母上が妾を見てくれる」

 

 僕は涙が出そうになった。

 今思えば玉藻ちゃんがわざわざ怒られるようなことをするのはこの子なりの甘え方だったのだろう。

 でも玉藻ちゃんは嫌われたくない一心で良い子の面もかぶる。そのせいでものすごくちぐはぐなアピールの仕方になっている。

 さらにお母さんはどっちのアピールにも無関心。これじゃ玉藻ちゃんがまだグレてないほうがすごい。これは一度話す必要がありそうだ。

 僕を兄としてこんなに早く慕ってくれたのはその寂しさからなんだろうな。

 

「大丈夫、大丈夫だよ」

「兄様」

 

 僕はこの時ばかりはいつも以上に玉藻ちゃんを撫でた。

 でも藻女さんはなんで玉藻ちゃんを疎かにしてこいしちゃんを見るのだろう。

 こいしちゃんが稽古から帰ってきてから僕は一人で藻女さんに話をしに行った。親として子供との接し方について一歩も引かずに論議するために。

 だけど藻女さんは既に屋敷におらず話し合いはできなかった。

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 玉藻ちゃんの話を聞いてから一週間が過ぎた。あの日から藻女さんは忙しいらしく稽古も話し合いもできていない。   

 この日は偶然朝から玉藻ちゃんと二人っきりに。もちろん二人っきりと言っても屋敷の使用人はいる。

 藻女さんが外出してこいしちゃんがいないだけである。

 

「こいしちゃんどこ行っちゃったのかな?」

「こいしは時々ふらふらと誰にも気付かれず屋敷を抜け出す。

 すぐ帰ってくるし行き先もだいたい検討はつく。兄様が心配する必要はない」

 

 玉藻ちゃんは僕の胸の中でじゃれながら言う。

 普段からこいしちゃんと一緒に僕にじゃれつくけど今日は僕を独り占めしてるからかいつもよりもじゃれつきが激しい。

 確かにこいしちゃんは強い。僕なんか触れる事さえできないくらいに。

 それに僕となんか比べなくともこいしちゃんは10体以上の妖怪を傷一つ負わずに倒せる実力者らしい。でも最近この辺りに不穏な妖怪が増えてるらしいから心配だな。

 そんな風にのんびりしていると屋敷の使用人が急いだ様子で襖を勢いよく開けた。

 

「た、大変です! 都に、いえ、都だけではなくその周辺までも大量の妖怪たちが。

 反乱です! 敵対妖怪たちの反乱による襲撃です!」

「な、なんじゃと!! すぐに戦える者を集めよ!」

 

 突然告げられた妖怪の反乱。

 その知らせを聞いた玉藻ちゃんは何とも頼もしく使用人たちに指示を出す。

 次期当主らしく威厳を持って下の者に命令を下した。

 

「兄様はこいしを呼んできてくれ、おそらくそろそろ部屋に戻っとるかもしれぬ。

 妾は先に行く」

「わかった!」

 

 僕は急いでこいしちゃんの部屋に駆けつけデリカシーがないかもしれないけど緊急事態のため僕はノックもなしに襖を開けた。

 すると部屋の中にこいしちゃんの姿はない。その代りに机の上にわかりやすいように手紙がおいてある。

 僕はそれがこいしちゃんの置手紙と思い読んでみると、それはこいしちゃんの置手紙なんかではなくもっと大変な物だった。

 

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 平安京の都から離れた平地に訪れていた。

 たった一人で都の方を向いて立っている。

 

「藻女、探したぞ」

「昇降かどうした?」

 

 そこへ昇降が訪れた。

 二人は町で偶然出会って軽く挨拶するかのように声を掛け合う。

 

「お前の事を探していたんだ、今都で妖怪たちが暴れているんだ」

「知っておる、じゃから今その首謀者らしき強力な妖力を探っておったのじゃ」

「そうだったのか、私たち日本妖怪の(いただき)である七災害の火影と風影としてこの事態を迅速に収集せねばならぬからな。

 ところで都は大丈夫なのか?」

「こんな日のために玉藻には座学を徹底的に叩き込んだ。次期当主としての一族の統率以外にも有事の際の迅速な対応も必須じゃからな」

 

 現在進行形で平安京、日本でも重要な場所が襲撃されてるというのに二人は実に冷静に会話を続ける。

 急ぐようでも急かすようでもなくただ日常的に会話する。

 

「そうだな。私もつい先ほどまで曲者を狩っていたのだがキリがなくてな、ここはひとつらしくないが首謀者を吐かせようとして拷問をしてみた。

 直接神経を一本一本切断し四肢をゆっくりを焼いてみたのだがザコばかりでなかなか情報が得られなかったがついに情報を持ってる者に出会えてな」

 

 実にフレンドリーにしゃべる昇降。

 藻女は都の方向を向いて昇降を見てはいないから昇降が藻女の背後から一方的に話してるだけだが、昇降は愛想よくしゃべりかけていた。

 だが次の瞬間その雰囲気が一変して真逆のものへと変化した。

 

「なぜ裏切った藻女ッッ!!」

 

 急に怒りをあらわにして怒鳴った。

 その怒鳴り声で藻女はゆっくりと平常心で昇降の方を見る。

 怒りの形相である昇降に対し少し笑顔の藻女。

 

「裏切る? 妾は悦に裏切ってなどいないぞ?」

「裏切ってないだと? 確かに最初は我を疑った、だが今の貴様を見て確信したッ!」

「……昇降、妾は本当に裏切ってなどおらぬ。これはすべて我々妖怪のためなのじゃ」

 

 昇降の確信に満ちた疑いと怒りの目を受けて罪を認めてなお藻女は涼しい表情で自分が行ってる事は正しいと主張する。

 

「我々のためだと?」

「そうじゃ。妾たち妖怪はあの日から日本神と良好な関係を築いてきた。そのおかげで妾たちは神の加護のもと秩序がつくられておる」

「その通りだ、そのおかげで私たちは持ちつ持たれつの関係を維持してる」

「だがその秩序はあくまで神の加護があってこそ成立する秩序じゃ、さらに言うなら神の采配でどうとでも動く。

 神が動かせば妾たちは動かざる得ない、じゃが妾たちだけで動くことはできない。所詮妾たちは神に管理されておるということじゃ」

 

 冷静に現状を説明していく藻女。

 だがだんだんその言葉に熱がこもっていく。

 笑顔の表情も徐々に崩れていく。

 

「このままでは妾たち妖怪は神に、日本に飼い殺しにされてしまうぞ!」

 

 藻女は昇降に熱く語る。その様子を昇降は真剣に見つめる。

 

「今一度この国に示さねばならぬ! 妾たち妖怪の強さ、恐ろしさ、偉大さをなッ!!」

「それがこの騒動を起こした理由か?」

「それ以外に何がある」

「御免ッ!!」

 

 昇降は藻女が話してる最中に不意を突く形で攻撃を仕掛けた。この会話の最中に気絶させてしまおうと。

 だがその攻撃はいとも簡単に払いのけられてしまう。

 

「なんじゃ敬老精神か?

 確かに妾はお主が生まれる前から九尾の頂点に君臨しておるが、見た目はお主よりもずっと若々しいぞ」

「あなたが若々しい美貌を保っている事と私が年相応に老けている事は否定しません。

 私が言いたいのは神々の争いを共に止めた仲間としての忠告だ。

 あなたの考えがわからないでもありませんが私は七災怪火影として例え殺してでもあなたを止める義務があります」

 

 今度は不意打ちせずに藻女を前にしてしっかりと構えをとった。

 先ほどのような傷つけないように気絶で済ませるような甘さを一切感じさせない。

 

「おいおいまさか妾に勝つつもりでおるのか?

 天照様御前七災怪格闘試合ではお主は妾に傷一つつける事かなわなんではなかったか。

 火車としては破格の火力を持つお主でも、七災怪では最弱。

 空手だけが取り柄のお主にその武術でさえ妾に負けるというのにどうしようというのじゃ?」

「士別れて三日なれば刮目して相待すべし。あの時の私だと思うな、藻女!」

 

 昇降は両手を猫が爪を立てるようなカギ爪状にして構えた。

 火車へと昇華した猫ショウである昇降。元々猫の妖怪である昇降には鋭い爪を出すことができその場合この手の構えは猫妖怪では一般的な構え。

 だが、昇降は猫妖怪としての爪は出していない。

 それが昇降が扱う空手の型であり、猫妖怪としての型ではないからだ。

 

「んふふ、せいぜい最期にじゃらしてやろう猫ちゃん」

「ゆくぞっ!」

 

 昇降は構え完璧に臨戦態勢を整え藻女の周りを軽いフットワークで回る。

 だが藻女は何の構えもせず自身の周りをぐるぐるとまわる昇降を目で追うようなこともしない。

 

「お主と立ち合いをしたのはあの試合一度きりじゃったな。

 そうそうあの時と同じじゃ。お主は妾の隙を探るためにこうやって妾の周りをぐるぐる回ってハイヤッ!」

「グハッ!」

 

 背後から鋭い空中回し蹴りを放った昇降だったがその攻撃を避けられ、いつの間にか背後に回っていた藻女に顔面を掴まれそれを外そうと腕に触った瞬間昇降は宙を舞って受け身をとれず勢いよく背中から頭を地面にたたきつけられた。

 

「技のキレ、速さ、気配の消し方。どれも前より成長しとる。

 じゃが、妾に隙をつくらせるには至らないのう」

「そんなことわかっている!」

 

 昇降は倒れた体制のまま低い位置から藻女の足に向かって指をかぎづめ状にして伸ばした。

 だが、その攻撃を躱されただけでなく伸ばした腕が伸びきったところで肘の関節部分を適量な力で叩かれ骨を外された。

 

「グァァ!」

「妖力で脳への痛みを弱めたか。そうすることで妾に隙を作らせようと思ったってところかのう。

 じゃが、妾には通うじんぞ?」

「そのようですね。ならこれならどうですなか?」

 

 昇降の指に炎が灯る。

 まるで10本の指がきらめていているように見えるが、それは火車の業火。触れれば軽症では済まない。

 

「焼切りか。

 爪という鋭く壊れやすい部位の変わりに指を斬撃と呼べるほどに昇華させ相手の神経を切り裂く。

 そこまでなら人間でも時間さえあれば修復できる。ましてや妖怪なら瞬時に繋ぎ合わせることができる者もおる。

 だが、そこに炎を加える事で傷口を塞いでしまう。また、火車の炎であるがゆえに並大抵の手段では一生神経は斬れたまま」

「その通り、いかに九尾の最高位であろうと戦闘中に治すことは不可能。

 下手をすれば一生神経がつながらないかもしれん。それでもまだ戦うか?」

「愚問。生きながらえる事を考えてはこんな事はできぬ。妾を侮るではない」

 

 昇降は右手を顔を位置まで上げて不自然なほど手のひらを上に向け構える。

 今まで全く構えなかった藻女も昇降の必殺の構えを見て初めて構えらしい構えをとる。

 

「ハッッ!!」

 

 そして昇降の右手が放たれた。狙う先は藻女の首。だが藻女はその燃える指を九尾の尻尾の一本で受け止めた。

 昇降の炎は強化された九尾の尻尾を焼切ることは叶わなかった。

 

「ゆ~びき~りげんまん嘘ついたら針千本の~ます」

 

 捕らえられた指を使ってまたしても横に回転させられてしまう昇降。歌を歌いながら完全になめきっている。

 だが今度はただ投げ飛ばされるのではなく回されるさなかに藻女の足を引っ掛けて体制を崩させた。それにより昇降は地面に激突する事無く体制を立て直す。

 それでも藻女は倒れたりすることはなくそっと後ろへ着地しただけ。 

 

「ふっ、あぁ?」

「捕まえた」

「?!!」

 

 体制を戻したばかりの藻女の左目、眼孔のちょうど上に昇降の左手が重なる

 そして自らの左手に向かって拳を放った。

 

「あ、あがっ」

「ふっ」

 

 眼底砕き。それが今昇降が使用した技。

 眼球とは普通考えられているよりもはるかに硬い。左手を犠牲にして眼球に強烈な打撃を与える事でその奥の薄い膜上の骨、眼底を破壊し脳を直接損傷させた。

 

「だからお主はダメなのじゃ」

「なに!?」

 

 勝利を確信した昇降は激しく回転しながら吹き飛んでいった。

 藻女は左目から血を流し左手が昇降のちょうど腹のあたりに開けておかれている。

 

「な、なぜ……」

「甘いのう、お主の狙いであった眼底だけは妖力で守ったわ。

 じゃが、左目は持っていかれたがのう」

 

 藻女は昇降のたくらみに寸での所で気づき眼底だけは妖力の強化で守った。

 そして油断した昇降に手のひらで風を螺旋状の球体に圧縮したものを押し付けて吹き飛ばした。

 

「勘違いするなよ昇降、これは武道家同士の試合じゃない、妖怪同士の命がけの戦い。

 昇降、確かにお前は武道家としては七災怪の中でも高みにいる。だが、武道家としてのお前は妖怪としてはあまりにもらしくない。それがお主が七災怪最弱の所以じゃ」

 

 藻女は九尾の尻尾をすべて出してゆっくりと昇降へと歩いていく。

 昇降は今度はふらふらと立ち上がりまともに構えられない。

 

「さっきの場面、お主は眼底砕きなどという技ではなく、火車の炎で妾を焼くのが正解じゃ。だが、武道家としてのお主はそれが選べんかった」

 

 九尾としての妖力を高密度で放ちそれを昇降へと向ける。

 並みの妖怪ではこの時点であまりの実力差と恐怖の威圧感で意識を失い、近づかれただけで高密度で強大な妖力に押しつぶされて息絶えたであろう。

 同じ七災怪級の妖怪である昇降なら普段なら対抗してみせるであろう。だが今は目の前の相手に徹底的に打ち負かされ、自分の弱所を言い当てられた。

 

(あやかし)の勝負は化かし合い。畏れた時点で勝負が決まる。今のようにな」

 

 昇降は藻女を畏れた。

 妖怪として勝つために絶対してはいけない相手を畏れるという行為をしてしまったのだ。

 ここで藻女がもっと余裕を見せていれば昇降なら立ち直るチャンスがあっただろう。だが九尾の尻尾を総動員して昇降の体を適切な場所に適切な位置に配置する。そうして最小限の動きながら最大限以上の威力を発する人間にはできない九尾ならではの最高の柔術。

 昇降はその技で頭からまっさかさまに激突させられた。

 脳を揺らされ意識も朦朧としたところに首への容赦ない踏みつけ。だが藻女が手加減したおかげで戦闘不能ではあるがまだ生きている。

 

「さて昇降、妾の最後の柔術家としての勝負に幕をひこうかのう」

 

 倒れ動かなくなった昇降に正真正銘のトドメの一撃を今加えようとする。

 九本の尻尾を一纏めにした一本の尻尾を昇降の顔面めがけて振り下ろそうとしたその時。

 

「ふぐっ!」

 

 横から体当たりで振り下ろされる尻尾にぶつかりその攻撃を合気を使ってそらした。

 

「あがっ!!」

「まだまだ未熟よのう。いかに強大であれあれだけ単純な振り下ろしでさえ流しきれんとは。

 まっこの短期間での訓練であの局面をよくぞ流したと褒めてもよいかもしれんな」

 

 とっさの事と未熟な九尾流柔術で誇銅自身藻女の攻撃を流しきれず悪魔の駒(イーヴィル・ピース)戦車(ルーク)の身体能力で強引に凌いだ。そのため誇銅自身に少なくないダメージが入る。

 だがそのおかげで気を失っている昇降の命は救われた。

 

「……こいしはまだか?」

 

 藻女は誇銅を倒そうとも昇降にとどめを刺そうともせずに誇銅に「こいしはまだか?」とだけ聞く。

 

「なぜこいしちゃんを……?」

「妾を殺し風影の名を継ぐのはこいしが適任だと妾は思っておる」

 

 藻女は高そうな着物の一部をちぎって包帯代わりにして出血を止めながら言う。

 誇銅もあまりにも突拍子もない返答に度肝を抜かれた。

 

「……ハッ、藻女さんを殺すって!!?」

「玉藻はまだ幼い」

「それはこいしちゃんも同じじゃ」

「こいしには格闘技に対して天賦の才がある。

 さらに技術に加え妖力も覚妖怪にしては異常な程高く、能力も強力じゃ。

 妾の技術を一通り教えたこいしならば玉藻よりも適任じゃろう。

 本当は玉藻に次いでもらいたいが仕方がない」

「そんな事をしたら玉藻ちゃんは、藻女の娘さんの未来はどうなるんですか!」

「こいしは妾たちに恩がある。それに玉藻とも仲良しじゃ、風影となればその恩赦で玉藻も地位を失わずに済むじゃろう」

「そんな事を言ってるんじゃない!! そもそもなんで藻女さんはこんな事を! なぜ殺されようとしてるんですか!」

 

 誇銅は藻女の言葉に強く反発する。

 誇銅が知りたいのはそんなことではない、そんな事を聞きたいのではない。

 

「部外者のお主が知る必要はない。だがしいて言うなら日本でも神のためでもなく、日本妖怪の未来のためじゃ。

 妾一人の命ですべてが円滑に進む。妾一人の罪で日本の未来は照らされるッ」

 

 誇銅には藻女の考えが理解できなかった。

 正確には藻女の考えもそこまでしようとする意味も想像はできた。

 だがそれと引き換えに捨てるもの、それを捨ててまでもする考えがわからない。

 

「玉藻ちゃんを残してでも、藻女さんが守りたいと言う娘さんを残してまですることなんですか」

「妖怪の頂点として全妖怪の未来を考える事はごく自然な事、それが使命」

「そんなの使命じゃない! ただの自己満足な我儘だッ!

 そんな一方的で履き違えた我儘僕は認めないッ!」

「お主に認めてもらう必要はない。だが、それがお主の考えなら、妾を倒してお主の我儘を通してみい」

「ではそうさせてもらいます!!」

 

 師である藻女と一月も満たない弟子の誇銅では実力差はあまりにもありすぎる。

 誇銅自身熱くなっていたがそのくらいの事は理解していた。だから何度も投げられる覚悟で、命ある限り何度でも挑みかかるつもりで勝負を挑んだ。

 

「ハァッ!」

「そりゃ」

「はがっ!」

 

 誇銅の考える条件上受け身によるダメージ軽減が必須。だが誇銅は受け身を一切とらない、いやとれない。それも藻女が受け身をとれないように投げているわけでもなく。

 そもそも誇銅は藻女から技をかけられた時の受け身は教わっていない。

 藻女が簡単な技だけを教えるつもりだったのであえて教えなかったのだ。

 

「うぐぐ……まだまだッ!」

 

 受け身もとれず頭を強く打ちつけた誇銅の視界は歪んでいる。それでも誇銅は藻女に挑み続けた。

 だがそんな相手、藻女には何の脅威でもなくがむしゃらに突っ込んでくる敵程合気で投げ飛ばすのは容易い。

 

「ほい」

「あがっ!」

 

 受け身が取れずにモロにダメージを蓄積させられる誇銅。

 やわらかい地面も何度も打ちつけられることによって硬くなっていく。

 

「きいとるのう」

 

 戦車の駒である誇銅のパワーは人間からすれば、誇銅からしても強力。鍛え抜かれたボクサーの如き力が誇銅に跳ね返される。それは必然的に誇銅に帰るダメージも大きくなる。

 

「ふんぐっ!」

「はい」

「んッ!」

「ほい」

「そりゃッ!」

「いかんなどれも」

 

 苦肉の策で素人丸出しの蹴りやパンチを放つがどれもこれも裏目裏目に出る。

 蹴りを放てば足をやられ、パンチを繰り出せばこかされ、がむしゃらに出したキックも簡単に止められてしまった。

 1000年間培われてきた達人に一月程度のド素人が戦いを挑めば当然の結果ではある。

 

「まだまだッッ!!」

「何度やっても無駄だというのに」

 

 それから誇銅は何度も何度も立ち向かっては投げられ、外され、痛めつけられた。

 そのたびに誇銅は精神力だけで立ち上がる。それでも妖怪の頂点であり達人である藻女にはやはり何の脅威にもならない。

 鍛え抜かれたレスラーとて立つこともままならぬ程のダメージを負いながらも、ふらふらとして立ってるのがやっとの状態でもまだ立ち向かう。

 

「稽古の時から思っとったがお主なかなか頑丈じゃのう。その体からもっと脆いと思っとったのじゃがな」

「はぁはぁはぁはぁ」

「だがそろそろガタがきとるのう」

 

 視界はドロドロで藻女の姿も天と地も曖昧な状態でも誇銅は立ち上がる。

 

「それだけうてば視界はドロドロ、いやもう溶けきってるじゃろう」

「う、ううっ……」

「さて、思いがけない第二戦目じゃったがこれで幕引きじゃな」

 

 藻女は誇銅の喉を一突きにした。

 その一撃で誇銅は地に付して起き上がらない。

 

「よく頑張ったのう。じゃが無意味だ。

 さて、行くとするか……ん?」

 

 既に意識を失ったと思われた誇銅が藻女の左足を掴んだ。しかしその力は弱弱しく簡単に振りほどけてしまう程。

 

「まだ意識が……いや、気力だけか」

 

 藻女はその手を難なく振りほどき先へ進もうとしたその時だった。

 

「ぐぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 藻女は急に苦痛の声をあげてその場に倒れた。

 自身の左足からまるで蠱毒を受けたような痛みが襲いかかってきたからだ。

 すぐさま左足を見てみると誇銅に掴まれた足首が真っ黒になりその黒は足首を中心に広がりを見せる。

 藻女はこれが呪いのようなものであるとすぐに見抜き莫大な妖力で消し飛ばそうとするが進行速度が遅くなっただけで消し飛ばすどころが食い止める事すら敵わない。

 

「ぐっぐぅぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 耐えがたい痛みが浸食してくる。人間であればショック死してしまう危険性がある程の痛み。

 藻女はまだ耐えているが打つ手はない。

 

「こ、こんなところで……妾はこんなところで、こんな事で倒れるわけには……!!」

 

 藻女は最後の手段として左足を風の刃で切断。

 そうして何とか耐えがたい痛みから解放された。

 その時に痛みのあまり手元が狂って膝下から切断するつもりが太ももあたりから切断してしまった。

 

「うぐっ! はぁはぁ、こりゃこいしとやり合う前に大誤算じゃ」

 

 予想以上に追いつめられてしまった藻女。だがそれでも達人の技は健在であり痛みさえなければ妖力で止血し尻尾で足も支えられる。

 

「これで……ッ!」

「行かせない」

 

 誇銅が立ち上がり藻女の手を握った。

 立ち上がった誇銅には意識も殆どないと言っていい状況で9割方強い意志のみで動いている。だから藻女は気づくことができず敵意のない誇銅ゆえに返せない。

 

「ぐぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 誇銅に触れられた箇所から再び激痛の浸食が始まる。

 

「玉藻……」

 

 二度目の激痛。それにより止血も終わらぬまま止血に回している妖力も途切れてしまった。

 激痛と激しい出血により今度こそ藻女は意識を手放した。意識を失う瞬間最後に口にしたのは最愛の娘、玉藻の名前。

 

 

 

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「んんっ……ほう、あの世とはずいぶん現世に似ておるのう」

 

 目覚めた藻女が最初に見たものは天井。見慣れた天井。

 自らの死を確信していた藻女はこの場所を黄泉の世界だと認識した。

 

「そんなわけないじゃないですか。でも、無事でよかった」

「なぜ妾は生きておるのじゃ?」

 

 藻女が意識を失った後、誇銅が意識を取り戻した。

 誇銅自身は自分が立ち上がってる自覚がなかったため立っているのにあわてて立ち上がろうとするという意味不明な行動に混乱。

 自分が立ち上がってる事をはっきりと自覚したところで藻女が倒れ黒い何かが藻女の体を浸食しようとしてるのを目撃した。

 藻女の意識が途絶えた事で浸食を遅らせていた妖力の供給が途絶えてしまっていたのだ。

 

「藻女さん!? しっかりしてください。 どうしよう……」

 

 誇銅は何とかしようととりあえず藻女に駆け寄る。

 何とかしようとあたふたしながら涙目になっていく誇銅。さらにちぎれた藻女の足も見つけてさらに焦りと涙を増す。

 誇銅はとりあえず止血の為に自身の胴着の上着を使って止血。それから治療できるかもとちぎれた足も拾って再び藻女を助けようといろいろと考える。

 

「血も止まらないし、こっちの黒いのも止まらない」

 

 その時、誇銅の涙が藻女と藻女の左足に零れ落ちた。すると藻女を浸食する黒いものは綺麗に消え去った。

 それからしばらくすると昇降も目を覚まし、昇降は遠くの妖気の気配がかなり落ち着いてる事から既に雑魚は鎮圧済みと感じとった。なので藻女と未だふらふらしてる誇銅を担いで一番近くで休める藻女の屋敷へ向かった。そうして現在に至る。

 

「そうか。それで、妾の処分はどうなった?」

「それは僕には」

「動けるようになり次第高天原へだ」

 

 部屋の出入り口の襖に昇降がいつの間にか立っていた。

 誇銅は驚きながら体ごと向き藻女は眼だけを動かしてみる。

 

「昇降さん!?」

「立ち聞きする気はなかったが入れる雰囲気ではなかったのでな」

「それはそれは甘い裁決じゃのう。妾はてっきり即処刑じゃと思ったのじゃがのう」

「だったら足なんてくっつけんし、こんな良い場所で寝かさん」

「そうじゃのう。しかし、なぜ妾の両足はそろっておるんじゃ?」

「なんで切ったかは知らんが、切断面がきれいでそれ以外外傷がなかったから一応くっつけさせた。

 本来なら反逆者であるお前にそんなことはせんが、誇銅と玉藻が私に懇願するものだからな。

 まっ、結局くっつけたのは私ではないがな」

「お主にそんなことできんもんな」

 

 藻女の憎まれ口にフッと笑い昇降はその場を離れた。

 もうこの場に自分は居るべきではないとクールに去る。

 そうして昇降が去った後誇銅は再び藻女を見る。

 

「その体でもう一度反乱を起こそうなんてしないでくださいね」

「妾はお主の我儘に負けたんじゃ。じゃったら妾は潔く負けを認めお主の我儘に従うしかあるまい」

「そうですか。それじゃ、勝者として藻女さんにはもう一つ我儘を聞いてもらいましょう」

 

 そういうと誇銅は一度その場を立って他の場所へ行くとしばらくしてから玉藻を連れて再び藻女の病室に来た。

 誇銅は玉藻を連れて藻女のすぐ近くに正座し玉藻を正座する。藻女は玉藻を見るがいなや顔を逆側に向けてしまった。

 

「……」

「……」

 

 気まずい無言が続く。

 藻女は向こうを向いたまま黙り、玉藻も気まずそうな表情をしたままだんまり。

 それを見かねた誇銅は正座から胡坐に座りなおしてそこへ玉藻を座らせる。そして玉藻を優しく抱きしめ片手で頭を優しく撫でた。

 すると玉藻は少し落ち着きを取り戻し意を決したように言葉を発した。

 

「母上」

「……」

「母上……」

 

 やっとの思いで出した言葉にも藻女はだんまりを突き通す。

 

「母上……生きていてよかったのじゃ」

「!!」

 

 藻女はびっくりしたように玉藻の方を振り返った。

 玉藻の目には今にもあふれそうな程の涙が。同時に藻女の目にも同じく今にもあふれだしそうな涙がたまっていく。

 

「母上……」

「玉藻……」

 

 玉藻の涙を見た藻女はゆっくりとその上体を起こした。そしてそっと片手を玉藻の頬に触れさせる。

 玉藻は誇銅の手を離れ藻女の胸に抱かれに行き藻女も玉藻を抱いた。

 

「すまぬ玉藻、玉藻にはずっと親としてのぬくもりを与えてこなかった。

 しかし妾は玉藻の事を今も昔もずっと愛しておったぞ!」

「妾もずっと母上の事が好きじゃった」

 

 親子そろって大泣きしながら抱き合う。

 玉藻の為に未来を残すために、玉藻が悲しまないように最愛の娘に好かれないようにしてきたが、藻女が本当に望んでいた未来はやはり最愛の娘との幸せな親子関係なのだ。

 誇銅はその間に昇降が去った方向と同じ方向にひっそりと出て行った。親子水入らずの空間の邪魔をしないように。

 

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 次の日、藻女さんは歩けるくらいまで回復したので昇降さんと僕を連れて高天原へ出頭した。

 僕もついて行ったのは藻女さんを止めた当事者なので一緒に呼ばれたとのこと。

 そこで僕は意外な人物に再開することに。

 

「誇銅君! 誇銅君じゃないか!?」

「えっ!?」

「わからないかな?」

「ええっと……」

 

 ダメだ、向こうはすごい知り合いっぽい雰囲気出してるけどわからない。

 

「やはりこの姿ではわからんか。それじゃ、これならわかるかな?」

 

 そういうとその人の首に巻いてるマフラーと思われたものは八の頭を持つ龍だった。

 ん? この感じ、そしてこの八の蛇のような龍を僕は知ってるような気がする。

 でも、この人は完全に人間の姿をしてるし……。

 

「八岐大蛇さん……?」

「そうだ! その通りだ!」

 

 え!? 本当に八岐大蛇さん!!

 

「でも姿が……」

「あれから長い時間をかけて私も人の姿に化けられるようになったんだ。人間の姿の方が都合がいいし便利だからな」

 

 僕と八岐大蛇さんが再開を懐かしんでいると昇降さんと藻女さんがものすごく疑問に満ちた目で僕たちを見る。

 

「え? なんで八岐大蛇が誇銅を知っておるのか?」

「ん? ああそれはな」

 

 八岐大蛇さんと僕とで軽く僕たちの出会いの昔話をした。

 二人とも不思議がってはいたけどそれでも一応納得してくれたよ。

 

「ところで俺からも聞きたいのだがなんで誇銅とお前たちが一緒なんだ?」

「一月程前に奇怪の山で私が見つけた。そして彼の現状を聞いて私が武術を勧めたんだ」

「そうだったのか。私の友人を救ってくれて礼を言う」

 

 八岐大蛇さんとの再会もほどほどに八岐大蛇さんと昇降さんはこの場でわかれる。

 ここから先は罪人の藻女さんと証人の僕だけ。

 僕は目的地の襖の前で藻女さんから中では僕はどうしたらいいかを聞いてから藻女さんの後ろに控えた。

 

「それではゆくぞ」

「はい」

 

 襖をあけるとそこはまるでお城の御殿様のいる場所のようなところ。だけど広さは段違い。

 御殿様が座ってるような少し段差の高い場所に天照様が座り、その左右におそらく妖怪たちのトップが並んでいる。

 八岐大蛇さんのような人型だけでなくとても大きな馬や急須がおかれてたりもする。本当のお城だったら絶対に入らないね。そして一つ不自然な空白があるのが本来藻女さんの席だろう。

 

「おおっ! 久しぶりじゃのう誇銅」

「お久しぶりです天照様」

 

 天照様も僕の事を覚えてくれてたみたいだ。神様に名前を憶えてもらえるなんてなんだかとっても誇らしい気分だよ。

 それと昔に比べて天照様の威厳というか大物オーラというか、神々しくより頼れそうな雰囲気になってるように感じた。

 失礼だけど初めて会ったときはただ神々しいだけでそれ以外は何も感じなかったから。

 

「お前とはつもる話もあるがその前にこっちじゃ、藻女」

「はい」

 

 ついに藻女さんの処罰が下される。

 天照様、どうか藻女さんに情状酌量の余地を。

 

「藻女、お前がなぜこんな事を起こしたか昇降から話は聞いた。そこで儂は二つの罰を考えた」

「はい」

「このまま裏切り者の見せしめとして処刑されるか、妖怪の頂点ではなく七災怪として儂に一生尽くすか選べ!」

「はいッ!!?」

 

 藻女さんはとても驚いた様子で俯いていた首を驚きの表情をしながら上げた。

 

「儂としては妖怪の本能を抑制するつもりはなかった。そりゃおいたが過ぎれば処罰するがそれは人間も同じ。

 それが例え人間であろうとこの国を脅かすような者は排除する」

「その通りです。ですがなぜ妾にはそのような、特に後者は処罰なしと言っても同義のような」

「儂は妖怪たちを飼い殺しにする気もなければ恩人である妖怪をぞんざいに扱うつもりもなかった。

 じゃがそう思われてしまったなら儂にも責任がある。

 もし本当にそうならばお主の行動はむしろ正しい。じゃが負けたお主に処罰が無ければ示しがつかん。

 お主もまだ娘の成長を見守っていたいじゃろ?」

「天照様……ありがとうございます!!」

「人は、儂らは、生きる者すべてが永遠に生き残るために必要なものは善悪の均衡じゃ。

 蛇・蛙・蛞蝓のような三竦みから儂らは成り立っておる。誰か一人が勝つためなら二人に争わせて漁夫の利を得ればよい。じゃが全員生き残るためには三者がにらみ合ってればよい」

 

 やっぱり天照様はとても成長している。

 スサノオさんを癇癪で追い出して、娯楽のために日食を起こして人間を困らせていた時と大違いだ。

 

「共に争う事無くにらみ合いながら協力して生きて行こう」

「ありがとうございます!」

「ありがとうございます、天照様」

「おいおい、なんで誇銅まで頭を下げるんじゃ」

 

 天照様は笑いながら僕たちに頭を上げるように促した。

 でも僕も藻女さんが、玉藻ちゃんが不幸になるような展開を防いでくれた事に大感謝したい気持ちだったんだよ。

 

「いやいや本当に妖怪たちがおらんとこの国を管理することはできんわ。

 妖怪たちほど程よい蛇はおらんからな。神共ではたちの悪い悪さをしでかすからな」

「天照様、もう既に悪さする程の数の神は残っていないのでは?」

「まあそうじゃのうこころ。こりゃ一本とられた、ハッハッハ」

 

 天照様に最も近いく僕たちから一番遠い場所にいる女性がツッコミを入れると天照様は本当に愉快そうに笑う。

 ん? でも悪さする程の数がいないってなんだか変な言葉。

 

「妖怪は生きるために悪さをする、その結果バランスと保つ。

 神が同じことをするでは意味合いが違う。

 儂はこの国の均衡を保ち父上と母上から任されたこの国を守ってゆきたい。他の神共はこの国を神のための国にしたかったらしいがな。

 ん? どうした誇銅、何か聞きたそうな顔じゃな」

 

 天照様はさっきの女性の言葉をずっと考えていた僕の表情を見抜いた。

 確かにさっきの言葉はずっと引っ掛かってる。

 

「あの、悪さする程の数がいないとは?」

「ああそれか、そのままの意味じゃ。大昔に儂が殆どの神を粛清したからもうおらんだけじゃ」

 

 ええっ!! それってかなりやばいんじゃないですか!?

 日本は八百万の神って言われるくらい神の数が多いのにそれが悪さする程の数がいないくらいって。

 日本大丈夫なの!?

 

「新しい神も生まれておらんからもう純粋な神の数は数える程じゃ。

 だから妖怪たちとよい三すくみとなっておるのじゃろうな」

「何があったんですか!?」

「あまり面白い話でもないから簡単に説明するぞ。

 まず最初に言った通り殆どの神は神のための国を創りたかったのじゃ。それには当時まだうつけだった儂が邪魔じゃった。だからあ奴らは古い神具を使って儂を天岩戸という場所に封じ込めたんじゃ」

 

 まさか日本の神たちがそんな事を。

 確か悪魔社会でも戦争が起きたっていうし神の世界って案外人間の歴史と同じなのかな。規模は段違いだろうけど。

 

「僕がいなくなってからそんなことが……」

「うむ、もしもあの時誇銅に出会わなければスサノオが追放されたままで被害はもっと大きくなったじゃろう」

「スサノオさんが」

「儂が天岩戸に囚われてる間にスサノオが儂の側についてくれそうな神を奴らの魔の手から守ってくれたんじゃ。でも仲間の数と武器の数が違いすぎたためスサノオたちも危うかった。その時儂らに助太刀してくれたのがここにいる妖怪たちじゃ」

 

 天照様は自慢げに左右の妖怪を示すように両手を広げる。

 妖怪たちもなんだか誇らしげな表情をしている。

 

「神具が有効なのは対神か自然そのもの。人間の思念から生まれた妖怪たちには無意味。

 さらに儂、スサノオ、ツクヨミの三貴神以外の神はそこまで強くない。じゃから妖怪たちの助太刀で儂らの形勢は逆転したのじゃ」

「よかった」

「そんで当時うつけだった儂は怒りのあまり後先考えず全員燃やしてしまったのじゃ。その時から儂は妖怪に国を守るのを手伝ってもらい儂を助けてくれた実力あるこやつらを七災怪としてとりたてたんじゃ」

 

 天照様過激!?

 それまで国を管理していた汚職神たちが一掃された事でその後の管理ができなくなったんですね。

 でも結果的に日本が安定したのは喜ばしいよ。

 

「せっかくだから紹介しよう。まずは誇銅も知っておる火車の昇降と八岐大蛇、九尾の藻女」

「火影の昇降だ」

「私は水影の八岐大蛇。改めてよろしく」

「正確には天狐だから。風影の藻女、よろしくね」

 

 昇降さん、八岐大蛇さん、藻女さんが僕に対して改めて挨拶をする。

 改めて三人の紹介が終わると今度は他の七災怪の紹介をしてくれた。

 

「そしてこっちが土影の土蜘蛛」

「うむ、よろしく」

 

 歌舞伎のような化粧と格好をした男性。

 

「雷影の麒麟の否交(ひこう)

「ブル」

 

 全長5m以上はありそうな巨大な黒い馬。

 

「陰影の大怨霊ドロドロ。こいつは捨てられた物の怨念の集合体じゃ」

「どろろ」

 

 上座に置かれていた急須(きゅうす)のフタから黒い何かが顔を出す。

 

「陽影の鬼喰い」

「よろしく頼むぞ」

 

 黄金の体に頬までさけた大きな口を持つだるまのような怪物。

 

「そして七災怪の元締め、無影のこころ。

 こいつはイシコリドメが昔作った感情を表す66の仮面が付喪神化し一人の妖怪になったのじゃ」

「こころと申す。よろしくお願いします」

 

 桃色のロングヘアーの少女。その表情は仮面をかぶったかのように無表情である。むしろ着けている仮面の方が表情があるくらいに。

 

「ありがとうございます。僕は日鳥誇銅と申します。皆様よろしくお願いします」

 

 こうして僕は本格的に日本の妖怪に、日本に受け入れてもらった。


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