無害な蠱毒のリスタート   作:超高校級の警備員

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 投稿する度にワクワクビクビクしてる自分がいる。


戦略的な英雄の棋士

『ふはははは! ついに貴様の最後だ! 乳龍帝よ!』

 

 見るからに怪人の格好をした人が高笑いしている。

 

『何を! この乳龍帝が貴様ら闇の軍団に負けるはずがない! 行くぞ! 禁手化!』

 

 一誠そっくりの特撮ヒーローが画面で赤龍帝の禁手と同じ変身を遂げる。

 僕たちリアス・グレモリー眷属と、イリナさん、アザゼル総督は兵藤家の地下一階にある大広間で鑑賞会をさせられていた。

 巨大モニターに映る鑑賞作品は―――『乳龍帝おっぱいドラゴン』と言うおふざけ臭が漂う特撮作品。冥界で絶賛放送中の子供向けヒーロー番組らしい。

 

「……始まってすぐに冥界で大人気みたいです。特撮ヒーロー、『乳龍帝おっぱいドラゴン』」

 

 一誠の膝の上で搭城さんが尻尾を振りながら言う。搭城さんはすっかり一誠に懐きっぱなしだね。

 残念なことに本当にこの番組は本当に大人気らしい。放送開始早々に視聴率が五十%を超える化け物番組となっているとか。一誠が覇龍から戻るきっかけになったあの歌もバッチリ使われているらしい……。

 

「この番組に出てる赤龍帝の鎧は本物そっくりだね。すごい再現度だよ」

 

 木場さんがうんうんとうなずきながらポップコーンを食べていた。

 悪魔はレーティングゲームの舞台であのクオリティを叩きだしてますからね。これくらいはお安い御用なのかもね。

 

『いくぞ、邪悪な怪人よ! とおっ! ドラゴンキィィィィィックッ!』

 

 鎧を着た主役が怪人に必殺技を決める。派手な爆発演出がベターではあるけどクオリティが高い。レーティングゲームを見たり経験したりして本物の爆発の質感をわかってるから此処までクオリティが高いのかもね。

 その後、敵の新兵器の力でピンチになった主人公だが、そこへヒロインの登場。

 

『おっぱいドラゴン! 来たわよ!』

 

 登場したのはドレス姿のリアスさん。もちろん本人ではないだろうから一誠と同じく後付け加工だろうね。

 

『おおっ! スイッチ姫! これで勝てる!』

 

 なんか嫌な予感がする展開になって来たな……。

 そのスイッチ姫の乳を触った主人公の体が赤く輝き、パワーを取り戻す。スイッチ姫のスイッチってそう言う意味!?

 

「味方側におっぱいドラゴンとスイッチ姫がいるんだよ。そして、ピンチになった時、スイッチ姫の乳を触ることで無敵のおっぱいドラゴンになるのだ!」

 

 アザゼル総督がノリノリで説明する。

 小さな子供は興味を惹かれたものをすぐにマネしたがる。変態行為ではあるが下品と言うわけではないし、おそらく面白半分でこのおっぱいドラゴンのマネをする子供が増えるだろう。———それがきっかけで一誠みたいになってしまわないか本当に本気で心配になって来るよ。

 

 スパン!

 

 そのアザゼル総督の頭をリアスさんがハリセンで叩く。

 

「……ちょっとアザゼル。グレイフィアに全部聞いたわよ? ス、スイッチ姫の案をグレモリー家の取材チームに送ったのはあなたよね? おかげで私が、こ、こんな……」

 

 リアスさんは顔を真っ赤にして、怒りに耐えている様子。そりゃ直接的ではないにしろ辱しめをテレビで大々的に放送されてるんだからね。

 

「いいじゃねぇか。ガキどもからも支持を得られるようになって、最近少し下がったおまえの人気がまた高まったって聞いたぜ?」

 

 アザゼル総督は叩かれた頭をさすりながら言った。

 珍しく今回はリアスさんが可哀想と思う。そもそもこの様子では本人の承諾なしに独断で行われたらしいね。どうやら女性に対して経験豊富な発言をするアザゼル総督は女性に対してのデリカシーはあまりないようだ。

 

「……もう、冥界を歩けないわ」

 

 リアスさんはため息混じりでつぶやく。別に本当にそうなったとしても僕は構わないけど、心中お察しします。

 

「でもでも、幼馴染がこうやって有名になるって、鼻高々でもあるわよね」

 

 イリナさんは楽しそうにはしゃぎながら言う。僕のツボには全く入らないこの番組もイリナさんのツボにはハマったようだ。僕もうイリナさんと価値観が合う気がしなくなったよ。

 イリナさんは天使だけど、もう僕よりオカルト研究部に溶け込んでいる。まあ、同盟は組んでるし部員だしね。

 

「そう言えば、イッセー君って小さな頃、特撮ヒーロー大好きだったものね。私も付き合ってヒーローごっこしたわ」

 

 イリナさんが急に変身ポーズを決めながら言う。あ、その変身ポーズ僕も知ってる。小さい頃に見たことあるヒーローもののやつだ。

 

「確かにやったなぁ。あの頃のイリナは男の子っぽくて、やんちゃばかりしてた記憶があるよ。それがいまじゃ美少女さまなんだから、人間の成長ってわからない」

「もう! イッセーくんったら、そんな風に口説くんだから! そ、そういう風にリアスさんたちを口説いていったのね……? 怖い潜在能力だわ! 堕ちちゃう! 私、堕天使に堕ちちゃうぅぅぅっ!」

 

 一誠にの無自覚の褒め言葉でイリナさんは顔を真っ赤にする。

 天使の白い羽が白黒に点滅しはじめた。もしかして、これが天使が堕天使に変わる瞬間なのかな?

 天使が欲に負けたり、悪魔の囁きを受けると大変だと聞いたことあるけど、こういう意味だったんだね。このレベルで堕天しかける天使って大丈夫なのかな? 

 それを見てアザゼル総督が豪快に笑う。

 

「ハハハハ、安心しろ。堕天するなら大歓迎だぜ。ミカエル直属の部下だ。VIP待遇で席を用意してやる」

「いやぁぁぁぁぁっ! 堕天使のボスが私を勧誘してくるぅぅぅぅっ! ミカエル様、お助けくださぁぁぁぁいっ!」

 

 イリナさんは涙目で天へ祈りを捧げる。天使も堕天使も同盟を組んで仲良くしてるのに今更感があるのは僕だけなのかな? なんだかこうして見ていると、メイデンさんたちの方が心構えも神聖さも天使にふさわしいように思えてしまう。

 

「でも、イッセーさんが有名になるなんて自慢です」

「そうだな。私たち眷属の良い宣伝になる」

 

 良い宣伝って言うけど必ずしも良い意味だけとは限らないけどね。リアス・グレモリー眷属は全試合敗北。これ以上の敗北はリアス・グレモリー眷属の不甲斐なさを宣伝し、子供の夢をも壊してしまうよ。最低でもソーナさんの時のような無様な試合は見せられない。まあ、そうなったからって僕は一向にかまわないけどね。

 一誠は何やらまたエロ的な妄想をしてるみたいだ。有名になったら女性にモテモテになってハーレムとか考えてるんだろう。だけど、実力を伴ってないチャンスは同時に大きなピンチだからね。

 そんな一誠に朱乃さんが後ろから抱き着いた。朱乃さんは一誠の方に顔を載せて、耳元で囁く。

 何を言ってるかは聞こえないけど、一誠の隣でアーシアさんが不機嫌になった。リアスさんも目元をひくつかせ、膝上の搭城さんも無言で一誠の太ももをつねっている様子。

 

「約束?」

 

 一誠がそう聞き返したので朱乃さんが何を囁いたのかだいたい予想がついた。おそらく、ディオドラ眷属との戦い時にした場違いな約束のことだろう。しかも一誠は忘れているみたいだ。

 いくら場違でも、他人の助言だとしても女性とのそう言う約束を忘れるのってどうかと思うよ?

 聞き返す一誠に朱乃さんは満面の笑みで言う。

 

「デートの約束ですわ。ほら、ディオドラ・アスタロトとの戦いでイッセーくんが言ってくれたでしょう?」

「あー、確かに言いました。覚えていたんですね」

「もちろん。……もしかして、あれは嘘なの……?」

 

 目元を潤ませて悲しそうな顔をする朱乃さん。嘘泣きとわかってても女性の涙は強い。

 

「ウ、ウソじゃないです!」

 

 まあ、酷く鈍感な一誠が気づいてるとは思わないけどね。

 嘘ではないとハッキリ言ったのを聞くと、朱乃さんはさらにぎゅっと一誠を抱きしめて、心底嬉しそうな声色で言う。

 

「うれしい! じゃあ、今度の休日、デートね。うふふ、イッセーくんと初デート♪」

 

 はいはい、ごちそうさま。

 それよりももう帰っちゃダメかな? この特撮、面白くないわけじゃないけど所々で空気を壊すおふざけが入って見るのが辛い。

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 昼休み中の駒王学園。

 僕は罪千さんと一緒に人気のない場所でお弁当を食べていた。

 

「ごちそうさまでした。今日もとってもおいしかったです」

「お粗末様でした」

 

 罪千さんの『ごちそうさま』に応答すると、僕もちょうど弁当を食べ終える。

 学食で時間ギリギリまで大盛りを食べて昼休み(ごと)に菓子パンを食べていた罪千さんだが、一緒に暮らしてからは昼休みの菓子パンはなくなり、お昼休みもお弁当一つ食べるだけ。リヴァイアサンの大食を考えてかなり大きめの弁当箱を買ったけど本当に足りてるのかな?

 

「それで足りる? 食費の心配はしなくていいからね?」

「はい! 大丈夫です!」

 

 お腹がすいてうっかりクラスメイトを食べかけられても困るからね。お金もゾンビの件で受け取ったお金があるし。

 

「あのう、それよりも……」

「わかってるよ。はい、どうぞ」

 

 僕は片手を罪千さんの近くまで持っていく。すると、上げた僕の手を取り指をしゃぶり始めた。初めて指を差し出した時よりも積極的に、うれしそうな表情でじっくりと味わってる。

 学校での昼食の後では必ず僕の指を舐めるようになってしまった罪千さん。人間への食欲を抑える為に他の食べ物を頻繁に食べて満腹に近い状態にするよりも、こっちのほうが長い時間に渡って食欲を抑え込めるらしい。正確には感覚的には食欲が抑えられると言うよりも、感情的なものが満たされるらしいけどね。

 だけど、家の中では暇があれば頻繁に僕の指を欲するようになってしまった。まあ僕が愛情を求めるようなものと考えれば共感できるものもあるけど……。

 

「ちゅぷ、ちゅぱ♪」

 

 僕の指を舐めながら僕の胸に寄りかかって来た罪千さん。その頭を撫でてあげるとまた一段と嬉しそうに反応する。傍から見たら恋人同士に見えるかもしれないけど、僕としてはペットを可愛がってる感覚だ。そして本人も自分を僕のペットのように考えて振る舞ってる。

 (スネ)へのキスでご主人様って呼ばれた時からなんかおかしいと思ったんだよね。家の中じゃ未だにご主人様って時々呼ぶし。

 

「……ちゅぱ」

 

 一頻(ひとしき)りしゃぶり終えた罪千さんは僕の胸から離れ、口を開け僕の指を口から解放してくれる。もう何度も見ているけど、いかにペットのような感覚でも僕の指と美少女の口が細い唾液の糸で繋がるのはやっぱりエロい! 絶対に他の人には見せられない!

 

「満足した?」

「はい、今日もありがとうございました! 誇銅様」

 

 本人は誇銅さんと呼んでるつもりなんだろうけど、これを終えた後はいつも誇銅様になっている。ニコニコ顔の罪千さんに今更それを指摘するのも野暮だと思ってもうあきらめてる。幸いに誇銅様と呼ぶのは指をしゃぶったすぐ後と寝起きくらいだ。

 そうそう、寝起きと言えばこんなことがあったっけ。

 罪千さんと一緒に住むようになって本当に時々、罪千さんと添い寝をすることがある。藻女さんたちと暮らしていた時の影響か気が許せる家族と一緒に寝るとものすごくリラックスできるんだ。

 だけどそれは本当に時々のことで、普段はちゃんと別々の部屋で寝てるよ? だけど、かなりの確率で朝起きると僕の部屋で僕が起きるのを正座して待ってる罪千さんがいるんだ。目覚めた瞬間のおはようはうれしいけど、意識がハッキリして来るとそんな罪千さんに淡い狂気を感じる。

 目覚めた時に罪千さんが僕の顔を覗き込んでいた時はかなり驚いたけどね。なんでもリヴァイアサンにとって睡眠は趣向品のようなもので別に取らなくていいものらしい。なので一晩中僕の寝顔を見続けていたとか。怖ッ!!

 

「そうそう、罪千さんに紹介しておきたい人がいるんだ」

「紹介、ですか?」

「うん。この学園内で僕が最も頼れる人だよ。もしもの時に罪千さんも頼れるようにと思って。でもその際には罪千さんのこともある程度は話さないといけないけど……いいかな?」

「はい、かまいません。誇銅さんが信用する人なら私も信用します」

 

 罪千さんの了承も得られたし、さっそくその人に紹介しておこう。この時間なら部室前で素振りでもしているだろう。と言うか、その辺からその人の気配がするから間違いないだろうね。

 しばらく罪千さんをこの場に待たせて、僕がその人に来てもらうようにお願いしに行く。

 

「紹介します。この人は罪千海菜さん、僕のクラスメイトで現在一緒に住んでます。罪千さん、この人は国木田宗也先輩」

「よ、よろしくお願いします」

「おう、よろしくな」

 

 僕が連れてきたのは悪魔のフリをしている純粋な日本妖怪、悪鬼の国木田先輩。この学園で最も信用し信頼できる唯一の人、いや妖怪。

 ソーナさんたちやギャスパーくんたちも信用がおける人たちだけど、やっぱり立場上信頼するには少しばかり不安が残る。

 初めての相手だからか国木田さんが来てから罪千さんは僕を間に挟んで、僕のシャツを摘まんで少し隠れてる。

 来てもらった国木田さんに僕は一つ質問した。

 

「さっそくですが罪千さんはただの人だと思います? それとも何かの怪異だと感じます?」

「?」

 

 国木田さんはいつもの笑顔のままで少しばかり頭に『?』を浮かべた表情になる。おそらく内心はそんな軽い程度のものではないだろうけど、それを一切表情には表していない。

 

「まあ今の質問と僕と一緒に住んでる時点で察しは付くと思いますが、罪千さんは人間ではありません。リヴァイアサンと言う種族で人間の気配を完全に模倣することができるんです」

 

 僕はリヴァイアサンと言う種族に関しての情報をかなり(ぼか)した状態で伝えた。そこまで言う必要がないと僕が感じたから。あんまり不安を抱かせるようなことは伝える必要もないだろうからね。

 もちろん深く問われれば正直に答えるつもりだ。その際もしっかりと罪千さんが害のない存在だとフォローもする。

 

「なるほどな、だいたいわかった。しっかし人間の気配を真似るのは日本妖怪が一番と思ってたんだけど、外国の怪異も相当やるもんだな」

「まあ、罪千さんの種族はかなり特殊で罪千さんもその最後の生き残りですけど」

 

 ニホンカワウソやニホンオオカミとかじゃなくて、恐竜レベルの生き残りですけどね。

 とりあえずこの説明で納得してくれたようだ。リヴァイアサンは人間が好物で人間を食べてその人に成り替わる不死の化け物なんて説明はしたくないからね。例え罪千さんは例外だとしても。まあ、出会って一月も経ってない僕に何がわかるんだとか言われたら言い返せないけど……。

 

「もしもの時、罪千さんの助けになっていただけないでしょうか?」

「ああかまわないぜ。もしもの時はできる限り力になろう」

「ありがとうございます!」

「あ、ありがとうございます!」

 

 快く引き受けたくれた国木田さん。僕がお礼を言うとそれに続いて罪千さんも照れながら頭を下げた。

 もしもリアスさんたち信用できない悪魔に罪千さんの種族が知れたら大変なことになる。あの人たちは絶対に罪千さんに害になるちょっかいをかけてくるだろう。最悪、罪千さんが僕の二の舞になってしまう。それは絶対に避けないと! 犠牲になるのは僕だけで十分だ!

 

「でも誇銅が家族として怪異を引き取ったなら当然日本勢力と関わることには絶対なる。上の妖怪や日本神にもキチンと報告しておけよ」

「はい、わかりました」

 

 もともと機会があれば天照様に罪千さんのことは報告しようと思っていた。早いうちに、高天原に行ける程の暇ができ次第報告だけでもしておきたい。今は変な動きをすればリアスさんやアザゼル総督とかに怪しまれるから動けないけどね。

 話が終わると国木田さんは野球の自主練に戻った。駒王学園の男子野球部は弱小で部員もギリギリ、練習相手にも困る程らしい。それでもこの学園での青春を野球にかけてるとか。一体何が国木田さんをそこまで動かしているのだろうね。

 とりあえず何かあった時の為の保険は打てた。ソーナさんとリアスさんの活動範囲は全く違うから、これで僕がリアス眷属として動けない時でも何とかなるだろう。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 放課後の部室にて。

 下校時刻を間近にして、僕たちはお茶をしながら修学旅行の話をしていた。

 今日は顧問のアザゼル総督は部室にいない。なんでも最近、冥界に帰って何かを話し合いしているとか。話し合いをするのは結構だけど、それならトップとしてこの現状をなんとかしてほしい。禍の団(カオス・ブリゲード)以前にもっと根本的な問題についてとか。たぶんそんな話はせずに、テロ対策や三大勢力内での和平についてとかだろうけどね。

 

「そう言えば二年生は修学旅行の時期だったわね」

 

 リアスさんは優雅に紅茶を飲みながら言う。

 

「部長と朱乃さんは去年どこに行ったんですか?」

「私たちも京都ですわよ。部長と一緒に金閣寺、銀閣寺と名所を回ったものですわ」

 

 一誠の質問に朱乃さんが答える。藻女さん、悪魔が修学旅行で京都に来ること拒否しなかったんでしょうか?

 それにリアスさんがうなずきながら続ける。

 

「そうね。けれど、意外に三泊四日でも行ける場所は限られてしまうわ。あなたたちも高望みはせず、詳細な時間設定を先に決めてから行動したほうが良いわよ? 日程に見学内容と食事の時間をキチンと入れておかないと、痛い目に遭うわね。バスや地下鉄での移動が主になるでしょうけれど、案外移動時間も時間が掛かってしまうものだわ」

「移動時間までキチンと把握しておかなかったのがいけませんでしたわね。部長ったら。これも見るあれも見るとやっていたら、最後に訪れる予定だった二条城に行く時間がなくなってしまって、駅のホームで悔しそうに地団駄踏んでいましたわ」

 

 朱乃さんが小さく笑って言うと、リアスさんは頬を赤くした。典型的な欲張ってしまったパターンだね。

 

「もう、それは言わない約束でしょう? あの時は私もはしゃぎ過ぎたわ。日本好きの私としては、憧れの京都だったから、必要以上に町並みやお土産屋さんに目がいってしまったの」

 

 思い出を楽しそうに語るリアスさん。例え好きじゃない相手でも自分の好きな場所を純粋に楽しんでくれるのは嬉しくも感じる。

 

「修学旅行で訪れるまで京都へ行かなかったんですか? 移動は魔方陣ですればいいと思いますし」

 

 一誠がそういうと、リアスさんは人差し指を左右に振った。

 

「わかってないわね、イッセー。修学旅行で初めて京都に行くからいいのよ? それに移動を魔方陣でするなんて、そんな野暮なことはしないわ。憧れの古都だからこそ、自分の足で回って、空気を肌で感じたかったの」

 

 リアスさんの目が爛々(らんらん)と輝いている。リアスさんって、そんなに日本好きだったんですね。そう言えば、リアスさんの実家も日本風な様式がいくつもあったっけ。

 それにしても、悪魔がいる修学旅行先が京都か。妖怪に、ひいては日本事態に迷惑をかけるような出来事が起こらなければいいんだけど。

 カップのお茶を飲み干した後、リアスさんは話題を変える。

 

「旅行もいいけれど、そろそろ学園祭の出し物についても話し合わないといけないわ」

「学園祭も近かったですね。うちの高校って、体育祭、修学旅行、学園祭は間が短くて連続で行うからな。そう考えると俺ら二年生は大変だ」

 

 一誠の言う通り、二学期は学校行事が多くて大変だよ。

 リアスさんは朱乃さんからプリントを受け取ると、テーブルの上に置いた。オカルト研究部の出し物をそれに書いて生徒会に提出するみたいだね。

 

「だからこそ、今のうちに学園祭について相談して、準備をしておかないとね。先に決めてしまえば、あなたたちが旅行に行っている間に三年生と一年生で準備出来るもの。今年はメンバーが多くて助かるわ」

「学園祭! 楽しみです!」

 

 楽しそうにするアーシアさん。やっぱりアーシアさんもこういうイベントは好きなんだね。

 

「うん。私もハイスクールでの催しは楽しいぞ。体育祭も最高だった」

 

 ゼノヴィアさんも表情は変わってないけど、瞳はしっかりと輝いている。体育祭では大活躍してましたもんね。悪魔の身体能力でズルしてるんじゃないかと思えるくらいにに一位を取りまくっていた。まあ、手加減してたつもりでも多少は使ってしまった部分もあったとは思う。何かで強制的に身体能力を落とさないと手加減なんて本人のさじ加減だからね。

 

「私もこういうの初めてだから楽しみだわ~。良い時期に転入したよね、私! これもミカエル様のお導きだわ!」

 

 天に祈るポーズでそう言うイリナさん。そう言えば罪千さんも学園祭は初めてだろうからね、いっぱい楽しませてあげなくちゃ。

 

「確か、去年はお化け屋敷でしたっけ? 俺、その時は所属していませんでしたけど、本格的な造りだったとかで話題になってましたよ」

 

 うすぼんやりだけど覚えている。僕は入らなかったけど、入ったクラスメイトは随分リアルで本物にしか見えないとか言ってたような。

 

「そうね。本物のお化けを使っていたもの。それは怖かったでしょうね」

 

 リアスさんはサラッと言う。え? 本物が悪魔に協力したの?

 

「ほ、本物だったんですか……?」

「ええ。人間に害を与えない妖怪に依頼して、お化け屋敷で脅かす役をやってもらったわ。その妖怪たちも仕事がなくて困っていたから、お互いにちょうど良かったのよ。お陰で大盛況だったわね」

 

 一誠が驚きながら訊くのに対して、リアスさんは平然と笑顔で答えた。

 

「後で、生徒会に怒られましたわね。当時副会長だったソーナ会長から、『本物を使うなんてルール無視もいいところだわ!』って怒られましたわ」

 

 みんな学生の範囲内で工夫している中で、本物を使うのはやっぱりルール違反と言えるだろう。外部のプロを呼んで働いてもらったのと同じことだ。

 それ以前によく妖怪側も強力してくれたね。日本妖怪なら悪魔を嫌ってるハズだから―――いや、すべての日本妖怪がそうではないと天照様も言っていたね。中には悪魔に寝返った妖怪もいるし、商売として関わることもあるとか。

 悪魔の仕事を受けたと言ってもすべてが裏切り行為に繋がるわけでもないし、日本自体も間接的に悪魔と商売してるようなものだしね。

 

「じゃあ、今年もお化け屋敷ですか? それとも、段ボールヴァンパイアのサーカスでもやりますか?」

 

 一誠の発言にギャスパーくんはぷくーっと頬を膨らませポカポカと一誠の頭を叩く。

 

「先輩のいじわるぅぅぅぅっ! すぐに僕をネタにするんだからぁっ! 誇銅先輩! イッセー先輩がいじわるしますぅぅぅっ!」

「よしよし、大丈夫だよ」

 

 いざとなったら強硬手段に出るから。具体的には腕を折るつもりでかける関節技をかけに行く。立ち状態からの関節技は得意だし、戦車(ルーク)の力が加われば悪魔の骨を折るのも時間はかからないよ?

 でもまあ、ギャスパーくんがネタにしやすいってのもわかるけどね。それに、反応もいいからいじる楽しみが大きいのも理解できる。だから先輩として、度が過ぎた行為からは守るよ。

 一誠の冗談交じりの問いにリアスさんは悩む仕草をする。

 

「とりあえず、新しい試みを―――」

 

 リアスさんがそこまで言ったところで、僕たちのケータイが同時に鳴った。

 全員、それが何を意味しているのか知っているため、顔を合わせていた。

 リアスさんは息を整えた後、真剣な声音で言う。

 

「———行きましょう」

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 町にある廃工場。

 そこへグレモリー眷属とイリナさんは訪れた。

 既に日は落ち、空が暗くなりつつある。薄暗い工場内に気配が多数。しかし、敵意も殺気もあるがかなり落ち着いている。どうやら、今まで戦ってきた力押しばかりの素人臭い相手とは違うようだ。

 

「当てが外れたな、シモテ。シトリー眷属が来たら厄介だって対策にいろいろ用意してたのに」

「別に。足りなかったは困るけど、無駄になったのは幸運さ」

 

 そこには二人の対照的な男性の姿。片方が力士のようなガッチリした体形の柔道着を着た大柄な男性。もう片方はギャスパーくんくらいの低身長の棋士のような和服を着た男性。大男の隣にいるせいで余計に小さく見える。

 どうやら大男の方がカミテ、もう一人がシモテと言うらしい。

 二人は隠れることもせずにただ少し見えにくい位置にいるだけだった。小柄の男性は敵が来たと言うのに一人で将棋を指し始める始末。

 しかしその周囲から人型の黒い異形の存在が複数姿を覗かせていた。

 数は……百、いや、もう少し少ないか。この狭い工場内にできるだけ多くかつ最低限動き回れる数を揃えたって感じかな? それだけの数を揃えられなかったのなら話は簡単だが、あえてこの数にしたのなら少し厄介かもしれない。

 リアスさんが一歩前に出て冷たい声音で問う。

 

「『禍の団(カオス・ブリゲード)』———英雄派ね? ごきげんよう。私はリアス・グレモリー。三大勢力からこの町を任されている上級悪魔よ」

 

 リアスさんのあいさつを聞いて、男性は表情を変えずに言う。

 

「ああ、知ってる。僕たちの目的は人間に害する悪魔と戦い、人々を守ることなのだからね」

 

 僕たちのことを、明確な敵意が籠った目で見てくる。英雄派―――確か現在『禍の団(カオス・ブリゲード)』の中で一番大きな勢力。

 なんでもここのところ、この英雄派が僕たちの町を小規模に襲撃してくる。と言うより、各勢力の重要拠点を英雄派の構成員が襲来する事件が多発していた。そのせいで携帯に余計な機能を付けられたり。

 だから僕たちは彼らを迎撃している。迎撃と言っても、相手はこちらに気づくとすぐに逃げてしまってまともにぶつかったことは殆どない。あって仲間を逃がすための防衛線くらいで戦闘と呼べるものではない。

 二人の後ろから黒いコートの男性とサングラスをした男性と中国の民族衣装のような服を着た男性が現れた。

 変わって異形のほうは、簡単に言えば替えの効く戦闘員。英雄派はあれを兵隊として使っているらしい。雑兵だとしても下級悪魔以上の強さは持っている。さらに、防御に特化させられているため、中級悪魔以上でも簡単には倒せない。さらにある程度の陣形を使ってくるため、力だけが中級から上級程度のリアス眷属ではなかなか打ち破れない。

 

「シトリーみたいに厄介な相手じゃないけど決して弱い相手じゃないからな」

「ああ! もとより誰が相手でも油断するつもりはない!」

 

 大柄の男性は(おび)をしっかりと締めて気合を入れる。その背後で小柄の男性は相変わらず一人で将棋を指してる。

 その間に一誠も神器のカウントダウンを済ませ、素早く禁手化の鎧を装着し前衛として前に出る。同時に大きな剣を取り出して、ゼノヴィアさんに放った。ゼノヴィアさんもそれをキャッチして剣を構えた。

 一誠と木場さんが二人で前衛を務める。少し離れたところにゼノヴィアさんが補助をしつつ、一誠たちと同じように前衛の役割を務める。

 中衛がイリナさん、搭城さん、ギャスパーくん、僕。前衛のフォローと後衛の守りを受け持ち、中間でサポートも担う。あと、搭城さんとイリナさんは一誠たちが撃ち漏らした敵を仕留める役割もある。

 後衛はリアスさんに、朱乃さん、アーシアさん。リアスさんは司令塔をしつつ支援攻撃。朱乃さんも後方から支援。アーシアさんは仲間が傷ついた時に回復のオーラを飛ばす役割。

 これが現在のグレモリー眷属にイリナさんを加えた陣形。一誠が禁手状態でなければ一誠は中衛に入る。

 相手は僕たちの陣形を確認するが、元々の陣形から動きはない。黒いコートの男性が手から白い炎のようなものを発現させた。

 それを見た木場さんは目を細める。

 

「また神器(セイクリッド・ギア)所有者か」

 

 英雄派が仕掛けてくる構成員は神器持ちであることが多い。確か神器は神が人間にだけ授けられるようにしたものだっけ? それなら悪魔である僕たちにそれを向けることは何らおかしい事はないけど。

 

「困ったわね。ここのところ神器(セイクリッド・ギア)所有者とばかり戦っているわ」

 

 リアスさんは嘆息しながら言ってるけど、瞳には決意がみなぎっている。

 炎を揺らす男性がこちらへ攻撃を仕掛けた瞬間———。

 

 ゴワッ!

 

「右だカミテ! 他は左右に広がれ!」

 

 一誠は瞬時に背中の魔力噴出口から火を噴かして、開戦してダッシュを仕掛けた。同時に炎の攻撃も弾き飛ばす。だけどそれよりも早く小柄な男性が指示を出した。

 

 ドオオオオオッ!

 

 一誠が炎の攻撃を吹き飛ばした時には既に黒いコートの男性は逃げ、巻き込めるハズだった異形たちも道を開けている。だが、一誠が通るど真ん中で待ち構える大柄の男性。

 男性は一誠のダッシュ攻撃を真正面から受け止める気だ! 僕の目には一誠が男性とぶつかり合う瞬間がハッキリと確認できた。———一誠の鎧の道着で襟と袖に当たる部分を掴む大男の姿が。

 

「叩きつけるな! できるだけ奥に投げ飛ばせ!」

 

 また小柄な男性の指示が早いタイミングで飛んでくる。

 一誠はダッシュ攻撃の最中に綺麗に組の体勢を取られ、指示通りリアスさんの所まで投げ飛ばされた。あのスピードの一誠を捉える瞬発力、ダッシュ攻撃を受け止めるパワー、鎧相手に的確に掴む正確さと握力。どれも超一流の格闘家でないとできない芸当だ!

 

「イッセーくん!」

「イッセー!」

「左翼は陣形を保ちつつ進め! 右翼は二歩遅れろ!」

 

 そして、的確な指示を与える小柄の男性。おそらく構成員の中で司令塔の役目を担ってるのだろう。司令塔の役割は担ってはいるが、その能力がいささか低いリアスさんでは相性が悪い。

 

「赤龍帝のパワーには気を付けろ! 俺たちじゃ一発でやられる! だが、工場内では派手な動きはできん!」

 

 黒いコートの男性の言う通り、一誠の攻撃は人間の神器所有者なら一発で打倒できる。それは当然相手もわかっているようだが―――。

 立ち上がった一誠はその場で手元に魔力を終結させ、できるだけ出力を抑えて大柄の男性へ撃ちだした。

 

 ドウッ!

 

 小規模な龍の魔力が放たれる! 人間相手ならこれで十分な威力だし、魔力の塊なら素手で触れるのも厳しい! 

 大は小を兼ねる。大きな魔力の塊を作れるなら小さくするのは案外簡単なこと。少しばかり練習すればミクロサイズにまで極めるわけじゃなければ悪魔でも短時間でできるハズ。威力を落とさずに圧縮するのはまた違って難しいけどね。

 実際にこの威力を弱くした小型化が英雄派の構成員を一発で倒す所を何度も目撃しているが―――。

 

 ズヌンッ!

 

 龍の塊が相手に当たる前に消えた。工場内の影が伸びて一誠の攻撃を飲み込んだ。影を操る? いや、そんな感じではない。影を媒介に何かをする力か……。

 漏れる力の気配からして術者はあのサングラスをした男性のようだね。

 

 ヒュッ!

 

 気配がわかりやすくとも素早い動きで斬り込む木場さん。聖魔剣がサングラスの男性に振り下ろされようとするが―――さっきと同じ影が素早く木場さんの剣を飲み込んだ。刹那、木場さんの影から危険を感じる!

 影に飲み込まれた剣にさっきは感じなかった危険……ッ! 影を媒介にした転移能力か!? となるとあの影からは――—!

 

 ピュッ!

 

 予想通り木場さん自身の影から聖魔剣の刀身が勢いよく飛び出してきた! 木場さんもうまく体を捻って回避を成功させ、後方へ下がる。これは実戦経験が物を言わせたね。

 

「影で飲み込んだものを、任意の影へ転移できる能力……か。直接攻撃タイプじゃない。攻撃を受け流すタイプの防御系だね。厄介な部類の神器(セイクリッド・ギア)だ」

 

 木場さんが神器の能力を推測しつぶやく。

 やっぱり、あの影は転移系統の能力だったか。となると当然一誠が放った魔力の塊も……あの辺かな?

 

 ブオンッ!

 

 空気が震えると共に、建物の影から一誠のオーラを強く感じる。そっちを見ると真っ赤な魔力の弾がアーシアさんに向かって来ていた。

 

「ふざけんな!」

 

 一誠は素早く魔力の弾をもう一撃、アーシアさんに向かう魔力弾に向かって繰り出した。

 

 バチッ!

 

 魔力弾の相殺には成功したが、魔力同士が激しく弾けて工場内に爆風を巻き起こす。戦闘面では全く鍛えられていないアーシアさんに至近距離からの爆風はだいぶ危ない。

 一誠たちのように心配してるわけじゃないけどその心配は必要ないね。なぜなら―――。

 

「アーシアには指一本触れさせん!」

 

 ゼノヴィアさんが瞬時にアーシアさんの盾となって守護したからだ。

 あの一件以来かゼノヴィアさんはアーシアさんに関しては反応がとても早い。眷属全員がアーシアさんを守り、時には戦闘の要になり悪魔にとって貴重な回復もこなす。リアスさんたちにとって一誠と同じくやられるわけにはいかない眷属。なのだが―――。

 

 バシュゥゥゥ!

 

 爆煙の中から、敵の大男がゼノヴィアさんの目の前まで迫って来ていた。その後ろには十体程の異形を引き連れて。

 アーシアさんは確かに貴重な回復役でチームをまとめる一つの要だ。だけどそれと同時に、戦場に出る存在ながら戦闘力が乏しい彼女は―――リアス眷属の明確な弱点の一つでもある。

 おそらく、アーシアさんに戦闘能力がないことは既に調査済みだったのだろう。アーシアさんが狙われれば誰かが守りに行く。そして防御状態になった誰かを安全に畳みかける。

 あそこまで間合いを詰められれば純粋な剣士では詰みだ。

 

「その子の間近に落とせ! 好機に繋がる!」

「オッス!」

 

 だけどゼノヴィアさんの戦闘服は一誠の鎧以上に掴み所がない。鎧の突起部分をかろうじて襟と袖に見立てたが、ゼノヴィアさんにはそれすらない。

 大男の手のひらから黒い煙が噴き出し、ゼノヴィアさんの体を包む。煙はゼノヴィアさんの体を包むと、すぐさま白い道着へと姿を変えた。

 

「ふん!」

 

 道着を着せられたゼノヴィアさんは普通に柔道の投げで地面に叩きつけられた。一般的な柔道通り背中から落とされ、頭を地面に打ち付けられないようにされたから大したダメージはないだろう。問題は後ろから付いて来た異形の方だ。

 異形たちは押し倒されたゼノヴィアさんを囲み抵抗できないように押さえつけた。満足に剣を振るえない状態にされては堅牢な防御力を誇る異形を振り払うのは難しい。近くにいたアーシアさんもゼノヴィアさんが捕られられて動けず、異形だけの手によって同じように仰向けで押さえつけられた。

 

「アーシア! ゼノヴィア!」

 

 本来背中を上に向けられれば反撃の殆どができず、防御するのは難しく攻め手の有利となる。だけど今回は違う。今回の相手は強固な防御で押しつぶす戦法を取る。その場合脅威となるのは斬撃などの攻撃ではなく、地面に手をついて力を籠められる体制を取られる事。

 仰向けなら確かに背中は大地に守られるが、関節の都合上大地に踏ん張りを入れられるのが足だけとなり立ち上がりが遅くなる。そもそも寝かされる事自体かなり危険な状態ではあるが。

 亀の甲羅の如き防御力で攻める異形に重要なのは相手を動けなくしてしまうこと。そうすれば後は有利な位置と質量で押しつぶすだけで勝てる。まさに柔道との相性は抜群!

 

「アーシア! ゼノヴィア! 今助ける!」

 

 ピュゥゥゥゥゥッ!

 

 一誠が二人を助けようと走り出すより前に、民族衣装の男性が光で出来た弓で、同じく光の矢を撃ちだした! 一誠のように鎧を纏っていない生身ではかなり危ない!

 防御に特化させた異形で敵を拘束し、悪魔にとって猛毒の光の矢で確実にトドメを刺すか。手間はかかるがこれなら防がれたり避けられたりするする心配がない。確実に一人一人倒す戦略だね。

 放たれた光の矢は空中で軌道を変えた。撃ちだして後でも軌道変更が可能なのか、意表が付ける能力だ。

 

 バチッ! バチッ!

 

 こちら側の後方から光が二発飛び出していく。

 相手側とこちら側の光の一撃が宙で相殺しあった。

 

「光なら任せて頂戴な!」

 

 転生天使のイリナさんが光の槍を放って、相手の矢を相殺したのだ。

 

 パキパキッ! ビュッ!

 

 朱乃さんが間髪入れずに小規模な氷の槍を魔力で創り出し狙撃手に放り投げた。二人を捉える異形に攻撃しなかったのは異形の防御力がその程度では突破できないからと、防御に特化された異形に殺傷能力がないから。

 しかし、敵の影が伸びて、槍を吸い込んでしまった。その槍がリアスさんの陰から出てくるけど、リアスさんは何事もなく避けていた。

 イリナさんと朱乃さんが敵の攻撃を牽制している間に一誠が二人を押える異形を振り払い二人を救出する。チャンスの時以外構成員はこちらに近づいて来ない。

 その間にも、敵の影が民族衣装の男性の周囲に展開して、壁のようなものを作り出していた。そして、影の壁から光の矢や白い炎が幾つも飛んできた。

 

「よっ!」

 

 前衛の一誠が反応して、全部まとめて叩き落してくれる。だけど、これじゃキリがないね。相手は影の内側からこちらを狙えるのに対して、こちらは分厚い影の壁で相手の姿も見えない。

 

「ギャスパーくん! データは?」

 

 木場さんが視線を前に向けたままギャスパーくんに尋ねる。

 後方でずっと機械をいじっているギャスパーくんは答える。

 

「は、はいぃぃっ! で、出ました! そ、そちらの方が炎攻撃系神器『白炎の双手(フレイム・ジエイク)』! そっちが防御、カウンター系神器『闇夜の大盾(ナイト・リフレクション)』! あっちが光攻撃系神器『青光矢(スターリング・ブルー)』! 最後にあちらが拘束系神器『咎人の拘束具(ギルティ・チェイン)』ですぅっ!」

 

 ギャスパーくんがいじってる機械は、アザゼル総督が開発した相手の神器を調べるもの。神器所持者が多数の英雄派相手に大いに役立ってる。大まかだけど相手の神器の能力がわかるんだからね。

 

「ギャスパー、調べ終わったら、いちおう俺の血を飲んどけ」

「は、はい!」

 

 ギャスパーくんにはあらかじめ一誠の血が入った小瓶が渡されている。いつでも神器を正常に発動できるようにするために。

 普段の町中の戦闘では、ギャスパー君は体の一部をコウモリに変えて戦場の、全域広範囲に飛ばしてもらっている。他に相手がどこかに隠れていないかを探るために。搭城さんの仙術も使い二人で索敵も兼ねている。

 だが、あまり精度は高くないようで少し息を潜められると探れないらしい。現に敵の奥で息を潜める相手に気づいてないようだ。

 話を戻すと、本当はギャスパーくんの眼も戦力として加えた方がいいんだろうけど、神器合戦になると相手の方が一枚上手。どうやら相手も、時間停止の能力を知っているみたいだからギャスパー君が力を使おうとすると、異形が神器所有者を守るように盾になり、戦闘中各メンバーの時間停止を防いでくる。

 まあ、いかにも攻略してくれって言わんばかりに戦闘の度に全力を注ぎこめばこうなるよね。

 

「前衛組、イッセー、祐斗、ゼノヴィア、指示を出すわ。イッセー炎使いを。祐斗は影使いを狙って! ゼノヴィアは雑魚を蹴散らしつつ二人の活路を開いて! 中衛と後衛は、全力で前衛をサポート! 雑魚を全部屠るわよ!」

『了解!』

 

 全員が応じ、一気に動き出す。

 ゼノヴィアさんが先行して動きだし、大剣で異形を一気に蹴散らしに行くが、それを読んでいたかのように影の手前側に残った異形が全員で連携してゼノヴィアさんを迎え撃つ。

 そのせいでゼノヴィアさんはうまく異形を倒せず手こずってはいるが、最低限の役目である活路は開いた。と言うか、異形は最初に向かってきたゼノヴィアさん以外を無視している。

 まずは木場さんがが素早くで詰め寄り、光使いを覆う影の壁へ切り掛かる!

 

 ドウンッ!

 

 影に吸い込まれていく聖魔剣の刀身。飛び出す場所は……向かって来る一誠か苦戦しているゼノヴィアさんってところかな?

 

 ビュッ!

 

 飛び出してきたのは、炎使いへ向かおうとしていた一誠の影。

 

「イッセー! それを交わして、影へドラゴンショットを撃ちだしなさい!」

 

 一誠は聖魔剣の刀身を避けると、影に向かって龍の魔力弾を撃ちだした。

 

 ドンッ!ドウンッ!

 

 一誠の撃ちだした攻撃は自身の影に吸い込まれる。それを見てリアスさんが新たに指示を出した。

 

「祐斗! 影が繋がっているから、ドラゴンショットがそちらに返ってくるわ! 出現する前に影の中で両断して爆散させてちょうだい!」

「了解です!」

 

 リアスさんの指示に従って、木場さんは影の中で聖魔剣を振るう。

 

 ドオンッ、ドオオオオオンッ!

 

「ぐわっ!」

 

 何かが被弾する爆音と悲鳴。見れば影使いがボロボロになって吹っ飛ばされていた。

 

「影の中で攻撃が弾ければどうなるか試してみたけど、どうやら処理できずに自分のもとへ来てしまったようね。攻撃そのものは受け流すことができても、弾けた威力までは受け流すことができなかったみたいね」

「あらかじめわかっていても防ぎきれないか。パワーだけならシトリー眷属以上の脅威だな」

 

 どうやら、連敗続きだけに物事に着目する力が養われたらしい。真正面から打ち破ると言う姿勢は相変わらず変わってないが、それでも打ち破り方に変化が富んできた。

 だけど、あらかじめわかっていたとは?

 リアスさんの変化に少しだけ関心していると、一誠の方に光の矢が飛んで行く。青じゃなくて、緑色の矢だ。

 

「———っ!?」

 

 突然の攻撃に驚く一誠。何とか運よく避けられたけど、相手がもう少し手練れだったら間違いなく直撃だったね。他の皆も突然の攻撃に虚を突かれたようだ。

 この攻撃は僕だけが感知した奥の敵のものだろう。だからと言ってどの辺りにいるか教える気もないし、僕は元々の役割通り戦闘能力の低いギャスパーくんを守る以外はしないよ。例え他の眷属内の人が致命傷を負うことになったって。

 リアスさんは工場内の影に視線を向けた。

 

「もう一人いるようね。影を媒介として、安全圏内の外から光の矢を放っているんだわ。影の使い手を倒しても少しの間は影に能力が残るのね……」

 

 なるほど、何が潜んでると思ったら狙撃兵か。

 司令塔、遠距離と近距離の防御、遠距離と近距離攻撃、そして数の利く雑兵。確かに守りに主軸を置いた構築としてはもう一人遠距離からの攻撃が欲しい所だもんね。

 影を媒介にしての超安全圏内からの攻撃。しかし、影使いがやられて影が霧散していく。

 ギャスパーが機械を見ながら言う。

 

「す、すごいですぅ! い、いまの攻撃だけで神器データが出ました! 『緑光矢(スターリング・グリーン)』ですぅ!」

「そちらは私がやろう。小猫、付いてこい。相手の位置は気で探れるな?」

「……はい、ゼノヴィア先輩」

 

 ゼノヴィアさんが猫耳を生やした搭城さんを引き連れて工場から飛び出していく。広い工場と言っても少し移動すれば搭城さんの索敵範囲に引っ掛かるだろう。戦闘に参加する以上、影のサポートがあったとしてもある程度の距離内にはいないといけないからね。

 

「ま、待ってください! もう一つ神器データが出ました! あの人のあれも神器ですぅ! 『機械神の盤(デウスエクス・ボード)』! 系統は……み、未来予知!?」

 

 未来予知だって!? それじゃ、ああやって一人で将棋を打つ行為は予知行為なのか!? よく見ると、対戦相手側の駒は勝手に動いている。見えない対戦相手と打つことで僕たちの動きを予知していたのか!

 あらかじめわかっていたと言うのはこういう意味だったんだね。

 

 ゴウゥゥゥゥッ!

 

 影の防御壁がなくなったことで一誠が背中のブーストを噴かせて、一気に前方へ飛び出した。

 

「赤龍帝めっ! 燃え尽きろッ!」

 

 炎使いが一誠に向かって強めの炎を手から繰り出そうとする。

 

 ゴオオオオオオッ!

 

 炎に包まれる一誠だが、大して効いてない様子。相手の強さは一誠の鎧よりだいぶ下なのだから当然ちゃ当然だろうね。

 

「俺を燃やしたきゃ、火の鳥かドラゴンでも連れてこいッ!」

 

 炎を振り切り、一誠が炎使いの方へ突っ込んで行く。

 

「馬鹿ッ! 前に出るなと言っただろ! カミテッ!」

「わかってる!」

 

 一誠が炎を振り切った先には、全身鎧で拘束同然の炎使いと、その前に立ちふさがる大男の姿が。生身の体で仲間の盾となり一誠の攻撃を受け止めた。

 

「ぬぅぅぅぅぅぅうううううッ!」

「なにっ!?」

 

 受け止めたとは言え禁手姿の赤龍帝の一撃を受け止めた。赤龍帝の鎧によりブーストされた突進を受けた衝撃により柔道着の上半身が吹き飛び、隆々の筋肉が(あら)わになる。

 突進を受け止めた男は一誠をまっすぐと見た。強く太く、曇りのない山のような不動の意思が籠った瞳で。

 

「うっ!」

 

 一誠はすぐさま大男から大きく後退しする。

 その姿を見た時僕も思わず畏怖の念を抱いた。中衛の後ろにいるのに思わず半歩後ろに下がってしまうほどに。ギャスパーくんなんて僕の背後に隠れてしまった。

 後ろを見ると後衛に位置するリアスさんたちすら後退した。

 

「投了だな」

 

 棋士の男性は将棋盤を消して立ち上がる。投了―――自分たちの負けを宣言した。

 

「撤退するぞカミテ。❝舞台衣装が無ければ僕たちは盤石に戦えない❞」

「すまん……」

「本当だよ、無茶しやがって。仲間を絶対に守る為に鎧の拘束具を守る相手に着せるなんて。おまえがいなくなったら僕は誰の背中に守られて打てばいいんだ?」

 

 既にあちら側は撤退する雰囲気だ。慎重に立ち回っていた異形たちも、捨て身の防御陣に切り替えて英雄派の構成員を守り始める。

 戦いはもう終わった。———そう思った瞬間。

 

「……ぬおおおおおおおおっ!」

 

 先ほど倒れた影使いがふらふらと立ち上がり、絶叫した。

 途端に男性の体を黒い(もや)が包み、さらに影が広がり工場内を包み込もうとする。

 

 ピリッ!

 

 相手が僕に対して何かを仕掛けてきた時のように、頭の中に危険信号が流れる。この感覚は、平安時代で妖怪と野試合をした時に嫌と言うほど味わった。刃物のような直接死に直結するものではなく、未知の恐怖に対する危険信号。

 

 カッ!

 

 影使いの足元に光が走り、何かの魔方陣が展開される。

 転移用らしき術式。悪魔の術式とは似ていないし、堕天使の術式とも違う。どちらも最近ではよく目にするから何となくだけどわかる。まあ、どこの術式でも別にかまわないけどね。

 見慣れない魔方陣の光に影使いの男性は包まれていき―――。

 一瞬の閃光を残し、影使いの男性はこの場から姿を消した。




 カミテ・シモテは元はポケモンのノボリ・クダリを模して作ったオリキャラでした。舞台演劇の左右を意味する上手と下手が名前の由来です。私のポケモンのプレイヤー名に使っています。
 それを今回英雄派の構成員の名前として使ってみました。こっちの作品と上記のカミテ・シモテは全くの別物です。

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