無害な蠱毒のリスタート   作:超高校級の警備員

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 当初の予定を全部はできなかったけどやっと締めれた! 本当にこの章は予定設定が狂いまくりましたよ。


壮大な怪物の落着

 冥界でのテロ事件から二日が過ぎた。

 僕たちはいつも通りの日常に戻っ―――たとは言い難い。テロ事件後僕たちは人間界の日常には戻りはしたが、少しばかり未解決が残っている。

 まず、あれから罪千さんが学校に来ていない。一応ただの病欠ってことになってるらしいけど心配だ。

 それと、あれからまだ一誠の目が覚めない。アザゼル総督が一誠の神器に宿る龍、ドライグと話したところ暴走と聖なるオーラのダメージが溜まってるだけで命に別状はないらしい。一誠は現在リアスさんの実家に泊まってる。

 その日の放課後、僕はまっすぐに家に帰った。二人三脚の練習は罪千さんが居ないからできないし、眷属としての仕事も今の所ない。

 

 プルルルル

 

「あっ、電話」

 

 家の電話が鳴る。携帯じゃなくて固定電話の方が鳴るなんてなんか久しぶり。

 

「はい」

『お久しぶりでございます誇銅様』

 

 取ってみると、電話の相手はヨグ=ソトースさんだった。……あれ、家の電話番号教えたっけ? 自宅どころか携帯すら教えてないと思うんだけど……?

 

『少々お話があるのですが、ただいまお時間よろしいでしょうか』

「……はい、家で一人で暇してるので大丈夫です」

『ありがとうございます。それでは―――』

 

 カチャ

 

 背後のテーブルから食器が置かれたような音がした。振り返ってみると―――。

 

「お茶でも飲みながらお話ししましょう」

 

 ヨグ=ソトースさんが二人分の紅茶とお茶菓子の用意をしていた。まさか電話中に直で、それも紅茶とお茶菓子持参して来るとは。

 受話器を戻して椅子に座る。テーブルの上の紅茶からはとてもいい匂いがし、出されたお茶菓子も美味しそう。しかし、なぜ自分の家でお客さんのハズのヨグ=ソトースさんにもてなされてるんだろうか?

 

「それで、お話と言うのは?」

「罪千海菜について謝罪とご説明に参りました」

「罪千さん!?」

 

 ヨグ=ソトースさんの口から今ハッキリと罪千海菜と言う名前が出た。驚いて思わず立ち上がりそうになってしまったよ。

 落ち着いた様子で紅茶を一口飲むヨグ=ソトースさん。僕は次の説明を今か今かと待つ。

 

「既に察してると思いますが、彼女は一般人に扮して駒王学園に送られた我々(アメリカ)側の者。その目的は、秘密裏に誇銅様の護衛をすることでした。彼女の種族は人間に成りすますのが得意であり人間社会に対して学習能力・適応能力が高い」

 

 罪千さんがアメリカ勢力の人。それもヨグ=ソトースさんの話では人間ですらないらしい。

 思い返せば思い当たる節はある。時折感じていた罪千さんの視線と思わしき気配は僕を護衛していたからか。

 ヨグ=ソトースさんの説明から察するに罪千さんの種族はかなり人間は離れしていると思われる。だけど僕が罪千さんから感じたものは完全に人間の気配そのもの。昔の日本で鍛えた感知能力を完璧に上回られたと言うことか。

 

「さらに大抵の特別な力は一切通用せず、不死に近い存在。現在の悪魔や天使の観点から見れば唯一不死身と言えるでしょう」

 

 唯一の不死身? だけど冥界にも不死身と言われる悪魔が……。

 

「ですが、冥界にもフェニックスと言う不死と言われる悪魔が」

「フェニックス? あんなもの殺す手段はいくらでもあります。私たちアメリカから見れば力押しで死ぬ不死など不死ではありません。特別な手段を持ってやっと殺せる可能性が出てくる存在が不死に近いと言えるでしょう」

 

 フェニックスであるライザーさんのレーティングゲームは今でも覚えてる。終始ボコボコにされたくらいしかしていないけど、遠目から吹き飛ばされても炎の中から復活するライザーさんを見ていた。

 あれを不死身ではないと言い、それを差し置いて唯一の不死身と言わせる罪千さんとはいったい……。

 

「あの、結局罪千さんの種族は何なんですか?」

 

 ちょっぴり知るのが怖いけど、知らないのはもっと怖い。

 ヨグ=ソトースさんは自分の分の紅茶とお茶菓子を除けて、自分の前に新しいお茶とお菓子を用意する。

 

「彼女について私がお話しするのはここまでです。後は彼女が自分で言うとのことで」

 

 カチッ

 

 ヨグ=ソトースさんが指を鳴らすと、ヨグソトースさんが消えて代わりに全く同じ場所に罪千さんが現れた。

 いきなり別の場所に移動させられたからかものすごくあたふたしている。逃げ出そうとする自分を必死に抑え込み、背を向けて深呼吸した。

 そして意を決したように、だけどまだ強い緊張が残ったままで僕の方を向いて口を開く。

 

「あ、あ、あ、あの! ……どこまで聞きました?」

「罪千さんが僕の護衛だったことと、罪千さんが不死身と言うこと。それから罪千さんの種族を訊いた所で罪千さんに交代されました」

「そうですか。……私の種族は『リヴァイアサン』と言います。旧約聖書に登場する『リヴァイアサン』とは少し違います」

 

 旧約聖書のリヴァイアサンも知らないけどね。とりあえず後でそっちの方も調べてみよう。

 前にヨグ=ソトースさんからお土産でもらった『恐怖と混沌のクトゥルフ神話 ビジュアルガイド』にはリヴァイアサンと言う名前は載っていなかった。会話の流れからも邪神ではないだろう。

 

「神と邪神が世界の基盤を創造した時、神が天使や人間よりも先に生み出した怪物。それが私たちリヴァイアサンです」

 

 神が天使や人間よりも先に生み出した怪物ってもうスケールが大きすぎて理解が追いつかないよ! 邪神の件も未だに未処理のまま何となくで受け入れてるのに。

 二年間の妖怪や日本神との日常でだいぶ耐性が付いたと思ったんだけど。戻って来てからは邪神に隠れた強豪勢力、さらには神の最初の創造物リヴァイアサン。環境に少し慣れた傍から新しい未知が襲い掛かってくる。理解が追いつかないよ。

 

「私たちリヴァイアサンは共食いをする程に食べることに貪欲で神が生み出した生物を(ことごと)く捕食しました。だから神は私たちを天国と地獄の境目にある煉獄に封印しました」

 

 れ、煉獄? 世界創造の時代まで(さかのぼ)られてもスケールが大きすぎて。

 

「ですが、人の手により一度だけ煉獄から解き放たれた時に私だけ運よく再封印を免れました」

「それじゃあ仲間とはずっと離れ離れで」

「私はこんな性格ですから……自然界でも時々同種族なのに少し変わってるだけで仲間に疎まれる存在。リヴァイアサンの中で私はまさにそれでした」

 

 罪千さんの話ではリヴァイアサンは相当凶暴な性格をしているように伺える。罪千さんの大人しい性格が素なら確かに浮くだろう。人間でも集団に溶け込めない人は弾かれる。乱暴者もそうだが、特に気が弱い人間なんかがね。

 

「煉獄では兄弟にいじめられ、食べられないように逃げて。現世では怪物を刈るハンターたちから逃げて。そして今はアメリカ勢力に所属と言う形で監視されてます」

「監視って」

「リヴァイアサンはどんな生物も殺せる超危険生物ですから。リヴァイアサンは首を刎ねても死にはしません。ただし一時的に行動不能にはなります。そのまま放っておけばゆっくりですが首だけでも動けるので体に戻れます。当時のハンターたちに倒された兄弟は首を刎ねられ、その首を箱で密封して重りを付けて海や湖に投げ捨てられました。殺せない私たちもそうすることで永久的に行動不能にできるので。アメリカ程の力がなければ同じように半永久的に行動不能にされてました。まあ、リヴァイアサンを知ってる組織はアメリカくらいだったと思いますけど」

 

 捕まった時に最悪ではない待遇をしてくれるのはアメリカだけで、同時に掴まえられるのもアメリカのみ。何とも言い難い状況だね。

 

「でも、それも仕方ないことです。私が首を斬られた時に私の血を見ました?」

 

 一応覚えてはいる。だけど、精神が不安定だったからか部屋がぼんやりと暗かったからか罪千さんの血が黒く見えた。赤黒いではなく完全な真っ黒。

 

「えっと……ハッキリとは覚えてないかな」

 

 罪千さんは手近にあるナイフを手に取ってリストカットした。え、いきなり何してるの! すると、手首から黒い血が溢れる。

 

「黒い血」

 

 あの時僕が見た血は見間違いじゃなかった。罪千さんの手首から溢れる血はあの時の記憶と同じ真っ黒な血だった。

 

「これがリヴァイアサンなんです」

「リヴァイアサンの血は黒いってこと?」

「いいえ、この血自体が私なんです。旧約聖書の『リヴァイアサン』は海龍の姿をしていますが、私たちリヴァイアサンは自分の姿を持ってなくて完全な液体なんです。この液体が人間の体内に入り憑りつき、その人の体も記憶も全て奪い乗っ取る」

 

 人間に成りすまし、人間社会に溶け込むか。罪千さんが人間ではないと聞かされてなお罪千さんの気配は人間そのもの。普通、何かが憑りつけば人ざる気配は拭いきれない。長い年月で同化したのか気配すら奪い取れるのか。おそらく後者だろう。

 人の気配を完全に模し、不死の体にどんな生物をも殺す力。加えて貪欲な食欲。確かにこんな存在が多数存在すると言われれば監視するのは当たり前とも思える

 

「自分でも監視されるほど危険な存在なのは理解しています。ですけど……他の兄弟(リヴァイアサン)貪食(どんしょく)ではありませんが、私もリヴァイアサンとして大食なので食事量を制限されるのはつらかったです」

「それで学校でもよく食べていたんですね。今まで食べられなかった分も好きなものをいっぱい食べようと」

「その、あれは―――」

 

 軽く頬を赤らめ手を頬に置き照れる罪千さん。日常で女性がちょっと恥ずかしいことを言うようにかわいらしくもじもじとする。

 

「リヴァイアサンが人に憑りつくのは肉体を得る意味もあるんですが、そもそもリヴァイアサンの捕食対象であり好物は人間なんです。一応他の食物は取れますし、人間に害する魔物も食べれます。でもやっぱり一番おいしいのは純粋な人間で、なので常にできるだけ他でおなか一杯にしておかないと……クラスメイトがとってもおいしそうに見えてしまって」

 

 食いしん坊なのがバレちゃったレベルの可愛い照れ方だけど暴露された内容はとてもそんなレベルで片づけられる内容じゃなかった……。クラスメイトを食欲全開で見るってどんなグロ注意漫画の設定だよ! しかも罪千さんは小食な部類で他はもっと凶暴で大食みたいだし。

 

「特にアメリカに捕ま……保護されてからは人間なんてめったに食べる機会が無くて。そもそも隔離されて人間を目にする機会すら与えられていませんでしたので。外に出て他人と関わるなんてもう何百年ぶりかわかりません。問題を起こすなと邪神の方にきつく言われましたがその……やっぱり誘惑は強くて他のもので埋めていました」

 

 罪千さんからすれば目の前のごちそうを我慢させられてるような状況だったんだろうね。それも長い年月その好物を完全に断たれてた状態の。今まで我慢できていたことの方がすごいのかもしれないね。

 

「……怖いですよね、こんな化け物」

 

 罪千さんの声色が急に暗くなる。さっきまでは目線を外しながらもチラチラと僕の目を見ていたのに今は完全に下を向いて全く僕を見ない。

 

「人間に憑りつきその人に成りすまし、人間社会に溶け込みながら人間を食べる。私も昔は看護婦として働きながら体や心の弱い人間を食べていました。多少人が消えてもあまり騒がれない時代で場所を転々とすれば疑う人も少なかったですし。———それでも、私は人間が言う繋がりを求めてしまいました」

 

 自分のスカートを強く握りしめる罪千さん。プルプルと震えながら無理やり笑顔をつくる。その笑顔が無理やり張り付けたものだと言うことは明らかだ。

 学校でも自信なさげな表情でプルプルと震えることがある。今の雰囲気は罪千さんが学校でのそれをちょうど延長線に強くしたようなもの。

 

「私が化け物だと知ると、皆逃げてしまいます。例え相手が人外だとしても、私にどれだけ優しく接してくれる人でも、リヴァイアサンの顔を見せれば私から離れてしまいました。だからうれしかったんです、リヴァイアサンとしての私を見ても怖がらなかったことが。醜い姿を見た後も私の心配をしてくれて私自身を信じてくれた誇銅さんが。だからもっと深く知ってもらいたかったんです。———例えそれで私から離れてしまっても」

 

 罪千さんの目から涙が溢れスカートを掴む手の甲にぽたぽたと落ちる。それでもハリボテの笑顔も残すは口角のみ。それが罪千さんの最後の堤防なんだろう。

 人に紛れ人を食べる原初の怪物リヴァイアサン。人間を好物とする化け物としての(さが)が罪千さんの望みを許さない。

 泣いてる罪千さんの左隣に移動し右手で罪千さんの左手をそっと握る。

 

「え?」

 

 僕の顔を見上げる罪千さん。僕はとびっきりの笑顔で罪千さんを迎える。

 罪千さんは皆怖がって自分から逃げてしまうと言った。だけど、僕は罪千さんがちっとも怖くない。リヴァイアサンの顔を見てからも、こう言うと語弊があるだろうけどいつもの罪千さんの顔と変わらないように感じた。具体的に言うならどっちの姿も罪千さんだとなぜか認識できる。

 僕からすれば人間の罪千さんもリヴァイアサンの罪千さんも同じ罪千さんだってこと。ドジっ子な大食いで自分に自信がなく常に周りにおびえて、それでも他人に好かれようと努力を惜しまない女の子。例え原初の怪物だとしてもそれが何? 僕からすればリアスさんよりずっと好感が持てるよ!

 

「罪千さんから見れば僕も美味しそうに見える?」

「え、あ、はい! とてもおいしそうだけど食べたくないって言いますか、初めてお会いした時は他の人間と違って食欲は湧かなかったんですけど誇銅さんが私に接してくれるほど強くなって。少しだけ味見したいななんて……あっ、すいません! 私みたいな化け物がこんなこと言ってしまって! ……ふぇ?」

 

 左手の人差し指と中指を唇に付けて謝る言葉を止める。唇に付けた指の先端を離さずに罪千さんの口元近くで静止させる。

 

「味見してもいいですよ」

「……これは人間が虎に手を差し出すのと同じ行為ですよ。私自身味見をしたまま欲望に負けて誇銅さんの指を食いちぎってしまうかもしれません。危険ですので離してくださ――」

「信じてるから、罪千さんのことを。それで食いちぎられても僕は後悔しない。そもそも罪千さんの注意を聞き入れなかった僕の自己責任だから後悔なんてできないけどね♪」

 

 へらへらと笑って見せる。罪千さんはかなり重く考えてるみたいだけど、僕からすれば本当にその程度のこと。仰々(ぎょうぎょう)しく虎になんて例えたけど、本当の姿を見て話もしっかり聞いた今でも僕は罪千さんを普通の女の子のように思ってる。

 原初の怪物がなんだって言うんだ! 僕を信頼し僕が信頼する個人なら神も妖怪も怪物も関係ないよ! そんなのただの個性だね! もしも信頼を裏切られてもそれは僕の見る目がなかっただけ。

 罪千さんは僕を信用して正体も自分の過去も話してくれた。ならば僕もそれに応えなくちゃいけないよね!

 目をつぶって目を背けながらもチラチラと僕の指を見る。一分ほど何かと葛藤(かっとう)して―――。

 

「うう……あむ」

 

 ついに僕の指を咥え込んだ。指先から罪千さんの舌が僕の指を味わう感触が伝わる。

 

 じゅる、ちゅぱ、じゅじゅ……。

 

 冷静に考えるとこんなに可愛い女の子に自分の指を舐めるように促すなんてとんでもない変態行為なんじゃないか。

 今更ながら気恥ずかしくなった僕は左手の人差し指で罪千さんの舌を軽くトントンとする。すると僕の想いを察してくれたのかすぐに放してくれた。僕の指と罪千さんの口が唾液の糸で繋がってなんだかエロい!

 

「どうだった僕の味は?」

「はい、とってもおいしかったです。それに、とても満たされました」

 

 頬をピンク色に染める罪千さん。ちなみに僕は顔が熱い、おそらく真っ赤になってるんだろう。今回ばかりは僕の方が罪千さんから顔を逸らす。ダメダメダメ、このまま黙って直視なんてできないよ!

 

「……」

「……」

 

 しばらく無言の時間が過ぎていく。

 時間を置いたおかげで頭も冷えて少し冷静になった。確かにすっごく恥ずかしかったけど、それでも罪千さんが心を開いてくれたことを考えると安い代償だよ。

 それでも恥ずかしさが抜けず今は罪千さんを直視できない。だからチラ見しかできないけど、罪千さんは変わらぬいい顔で僕に微笑みかけてくれている。こんなに純粋にほほ笑む罪千さんは初めて見たよ。

 羞恥心とその笑顔をちゃんと見たいと思う心がぶつかり合う。ぶつかり合った結果、笑顔を見たい気持ちが勝った。で、でもただじっと見るのも恥ずかしいし何か話さないとね。何か話題になるようなことは―――そうだ!

 

「……もうすぐ体育祭ですね。二人三脚、一緒に頑張りましょう」

「はい!」

 

 お互いに見つめ合う僕たち。話題を見つけて振ったのはいいけど終わっちゃった! そりゃそうだよね、だって話が続かないような話題だったもん! 結果としてさっきより恥ずかしい状況で再び無言が始まってしまう。———で、でも、こういうのも悪くない……かな?

 

「よい雰囲気の所申し訳ありませんが時間が惜しいので続きは私が」

「わっ!」

 

 隣の罪千さんが消えて僕が座っていた位置にヨグ=ソトースさんが! それもご丁寧に机の上のお茶とお茶菓子まで場所が逆転している。このタイミングで表れるって……え、見てたんですか?

 さっきの恥ずかしい行為を見られていたかと思うと恥ずかしさが再びこみあがってくる。

 

「続きと言いましてもリヴァイアサンのことは彼女が一通り説明したのでとくにはありませんね。何かご質問があればお答えしますが」

「いいえ、今は特には」

「そうですか。なら、次のお話に移りましょう」

 

 ヨグ=ソトースさんが懐から封筒を取り出して僕に差し出す。目の前に置かれた薄い封筒。一体何なのだろう?

 

「こちらお納めください」

「なんですかこれ……!」

 

 手に取って封を開けてみると、中には一枚の小切手が入っていた。実物は初めて見たけどテレビとかで見た事あるからすぐに小切手だとわかったよ。チラッとだけ見て反射的に封筒に戻してしまったからいくら書かれていたかは知らない。————何んか頭が九でその後にゼロが六つ見えてまだ続いていたような……。

 

「受け取れませんよこんなお金! てか、何のお金なんですかこれ!?」

「誇銅様は今回のテロ事件でゾンビのような化け物を倒しましたね」

「え、まあ」

「実はそれ、我々アメリカから盗まれ禍の団(カオス・ブリゲード)の手に渡ってしまった生物兵器なのです」

「……え?」

 

 生物兵器……。ものすごく物騒な単語が出て来たよ! え、なに? 都市伝説とかでアメリカ陰謀説とかあるけどあれって本当だったの!? 

 あまりの衝撃で逆に小さなリアクションしかできない。ヨグ=ソトースさんは平然と話を続ける。

 

「その研究所では元々画期的な医薬品を製造する為の研究がなされていました。しかし、何の間違いでか死んだ細胞を再構築させ強力なゾンビに変えてしまうウイルスが生まれてしまった。人、動物、昆虫、魔物問わず生き物の遺体を強力なゾンビに変えるそのウイルスは『デッドウイルス』と名付けられました」

 

 まるで某ゾンビゲームみたいな話だ。

 元はただの一般人だった僕が悪魔に転生し見殺しにされ、その影響か昔の日本にタイムスリップし日本神や日本妖怪と親しくなった。現代に戻った後は悪魔に日本とのつながりを隠しながら再び悪魔としての日常に戻り、いつの間にか邪神と繋がりを持つことに。

 そんな客観的に見れば神秘と魔法に溢れたファンタジーな世界から急に科学的なゾンビウイルスに引っ張られちゃったよ! まさか世界が此処まで混沌としていたなんて、知らぬが仏とはこのことなんだろうね。

 

「その『デッドウイルス』を医療に役立てようと改良し作られた失敗作の試作品と、その試作品から作られた失敗作のゾンビを数体。それと成功例の高適合体を一体だけ持ち去られました」

 

 え、それってかなりヤバくない? 本当に某ゾンビゲームみたいな世界になっちゃうよ? バイオハザードが勃発しちゃうよ!? 三大勢力の小競り合い以前にウイルスで世界が滅びちゃうよ!?

 

「大概は生前の形をそのまま残すのですが、適合率が高いと一部や全身が化け物染みた姿に変わります。誇銅様が戦った殺人鬼ジャック・ザ・リッパーのように。彼もただの人間の遺体でしたが高適合者ゆえにあのような姿に変化したのです」

「いやいやいや! そんなことは今はどうでもいいよ! それよりも感染拡大が…」

「我がアメリカの優秀な研究チームによって既に抗ウイルス剤も完成しております。感染体のウイルスもワクチンで抑制されていますので感染力はとても弱い。まあ、それでも極低確率と言うだけでバイオハザードの危険性はありますが。ハッハッハ」

「笑い事じゃないよ!」

 

 感染力が弱くてもゾンビ化する被害者が出れば大問題だよ!

 てか今思い出したら罪千さんが助けてくれたからよかったものの、僕も危うく腕を噛まれそうになったっけ。危なっ!

 

「まあ本当に大丈夫でしょう。抑制されていないウイルスは最厳重に冷凍保存されていますし、万が一のことを考えて空気中で数秒で死滅するようにウイルス自体に安全装置がかけられています」

「う、う~ん……。ま、まあ、それなら大丈夫……なのかな……?」

 

 どうやら最悪の事態を考えて既に先手はうっているはいるらしい。今回盗まれたのもある程度医療用に安全に改良された失敗作らしいしワクチンも用意されている。一番危険なのも既に討伐済みだしね。

 

「先ほども申しました通りそれでも極低確率でバイオハザードの危険はあるんですがね」

「じゃあダメじゃん!」

「アメリカが使用した研究は魔法を一切使用しない科学100%です。私たちが発見できたと言うことは人類もいずれ発見できるもの。人間よりも安全で、どの人外勢力より秩序あるアメリカが最初に発見できたことは幸運なこと。……と、我が国のリーダーであるアトラス様は申しておりました」

 

 ま、まあそれも一理あるかもしれない。もしもこれが冥界なんかで第一に発見されたらそれこそテロリストたちに悪用されてとんでもないことになる。そうでなくても冥界はかなり問題を起こしてそれを放置している節がある。悪用もそうだけど管理面でもかなり不安に思う。

 そう考えるとアメリカ勢力が最初に発見したのは幸運だったとも言えるかもね。試作品と言えど盗まれたのはいただけないけど。

 

「それじゃあ罪千さんがあの場に居たのは?」

「彼女には一時的に誇銅様の護衛を外れてもらい感染体の駆除を命じました。リヴァイアサンならウイルスに感染する心配はありませんし、感染体を喰らい完全消滅させられますので。一応聖少女メイデン・アイン率いるFBIに追わせてはいますが、今回はリヴァイアサンでパパッと解決できると思ったんですがね。ジャック・ザ・リッパーは警戒心が強く特別な魔道具で気配を消しても彼女では仕留めきれなかったようで。誇銅様に倒していただき本当に助かったと申しておりました」

 

 あれってそんなにヤバイ相手だったんだ! 確かに自然な気配の消し方だったし、殺気の扱い方も巧い。もしかしたら僕が漏れる僅かな殺気に気づいてるのに気づいての行動だったのかもしれない。

 て言うか、昔のイギリス小説の殺人鬼みたいと思ったけど大正解だったよ。

 

「危うく厄介な感染体を取り逃がすところでした。調子に乗っている悪魔にウイルスの存在を知られてしまえばこちらの弱みを握ったと思い余計に調子付くでしょう。ですからくれぐれもこの件は外部には、特に三大勢力関係者には」

 

 人差し指を唇に付けてシーのジェスチャーをする。そしていつの間にかさっきの封筒が僕の目の前に戻されてる。あ、このお金って口止め料って意味合いもある?

 その気になれば転移能力で僕のポケットに無理やりねじ込んで消えることもできるので小切手の封筒はしぶしぶ受けるとことに。それを見てヨグ=ソトースさんは満足そうな笑みを浮かべて紅茶を飲む。

 

「話を戻しますが、誇銅様を無視し秘密で護衛を付けた事は誠に申し訳ありませんでした。しかし、高適合体をお一人で倒せる実力があるなら無理に護衛を付ける必要はありませんでしたね。どうやら、誇銅様のことを(あなど)っていたようです。リヴァイアサンはもう引きあがらせます」

 

 まあお世辞にも僕は強そうには見えない。むしろ完全に弱そうな部類に入るし、実際に感じ取れる魔力も低い。平安時代で培った技術も拳を合わせるその瞬間まで覚られないようにするものだしね。

 それよりも僕の護衛を解かれた後の罪千さんが心配だ。僕の護衛をする前は隔離されて他人を目にする機会すらまともになかったと言っていた。何百年ぶりにやっと外に出られた罪千さんが今後どうなるのか。

 

「罪千さんはまた隔離されるんですか?」

「そうですね、保護してみたものの我々も彼女を持て余していましていまして。他のリヴァイアサンと違って野心家ではありませんが、同時に社会においての適応能力も低い」

 

 困った表情で話すヨグ=ソトースさん。腕を組んで悩み始める。最古の怪物を押し込める程の勢力でもリヴァイアサンを持て余してしまってるんだ。

 

「リヴァイアサンは髪の毛一本からでもそのDNAからその人の全ての情報を移しとって成りすますことができます。本人を食べてしまえば完全になり替わることができてしまう。しかし、彼女は性格がらとちることが多い。不死性を持ってボディーガードも難しい。そもそもあらゆる生物を殺せるリヴァイアサンなど物騒で傍に置くには不適合。なので、もう煉獄に帰すことになるかと」

 

 煉獄に帰す、つまり他のリヴァイアサンと同じ場所に封印すると言うこと。罪千さんは他の仲間からいじめられている。それに、気弱な罪千さんは共食いとターゲットにされてるとも言っていた。もしも煉獄に帰されたら……。

 

「それってどうにかならないんですか!?」

「帰すことになるかとと言いましたが半分決定事項のようなものでして。引き取り手でもいれば話は変わりますが」

「僕が引き取ります! どうせ部屋も余ってるので!」

「わかりました。ではそのようにアトラス様を説得いたします」

 

 そう言い残すとヨグ=ソトースさんは自分が持ってきたお茶のセットと一緒に消えた。これで罪千さんは煉獄に封印されずに済めばいんんだけど。でもなんだろう、ヨグ=ソトースさんの手のひらでうまく操られた気がするぞ?

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 今日は待ちに待った体育祭。

 あれから罪千さんの姿を見ていない。ヨグ=ソトースさんに任せれば大丈夫だとは思ってるけど、大丈夫なんだろうか心配だ。

 

 パーン! パーン!

 

 空砲の音が空に鳴り響き、プログラムを告げる放送案内がグランドにこだまする。

 

『次は二人三脚です参加する皆さんはスタート位置にお並びください』

 

 ついに僕と罪千さんが出る種目が始まってしまった。なのに罪千さんはまだ来ない。仕方なく他の女子クラスメイトと代わりに走ることに。

 

『それでは二年生全クラス対抗二人三脚、スタートです』

 

 他のクラスメイトが先に走り出す。僕たちの番は一番最後。

 旧校舎の近くの森から誰かが近づいてくる! 一瞬期待したけど、その気配は期待したものではなかった。

 

「アーシアァァァァァァァアアアッ!」

 

 罪千さんと同じく姿を見ていなかった一誠がアーシアさんの名前を叫ぶ。その叫びに気づいたアーシアさんはきょろきょろと辺りを見回し、一誠を発見する。

 

「イッセーさん!」

 

 泣きそうな笑顔で一誠の名前を叫ぶアーシアさん。

 そして一誠がアーシアさんのもとに辿り着き、代わりに走ろうとしていた男子生徒に言う。

 

「わりぃ、俺が走るから」

「当然だ! アーシアさんと走って来いよ!」

 

 男子生徒は一誠の肩をたたき、激励を送る。

 一誠はしゃがんでアーシアさんの足首と紐でつなぐ。

 

「イッセーさん! 来てくれた!」

「当たり前だ。俺はアーシアのイッセーだぜ? アーシアのピンチに必ず駆けつけるさ」

 

 再び泣きそうになるアーシアさん。それに一誠は優しく微笑みかける。

 

「次の列です!」

 

 そしてついに一誠たちの番になった。

 二人でお互い腰に手で押え、走る構えになる。

 

 パンッ!

 

 空砲が鳴り響きスタート。

 

「行くぞ! アーシア!」

「はい!」

 

 一誠とアーシアさんは開始から快走していく。悪魔の身体能力を考慮してもかなり息が合っていると思うよ。———やっぱり、一誠が羨ましいと思っちゃうな。頭では決して僕が持っているものも負けてないってわかってるのに。

 周りの仲間たちから多くの応援を受け取りトップを走る二人がまぶしくて、また心の中に暗雲が立ち込めてしまう。———しかし、その暗雲から一筋の光が差し込んだ。

 

「誇銅さん……お待たせしました!」

 

 聞きたかった声、会いたかった気配! 声の方へ振り返るとそこには、罪千さんが立っていた。僕としたことが一誠を羨ましいと思いすぎて罪千さんが来たのに気づかないなんて。まだまだ修行が足りないね僕は。

 男女逆だけど一誠と同じように、代わりに走ろうとしていた女子生徒に罪千さんが言う

 

「あ、あの、誇銅さんと走るのはわ……私ですので。その、私に走らせてくれませんか?」

「もちろんよ! ベストを尽くしなさい!」

「はい!」

 

 女子生徒も罪千さんに激励を送ってくれる。罪千さんも大きな声で返事した。

 僕もしゃがんで、罪千さんとの足首を紐でつなぐ。完全にさっきの一誠とアーシアさんと同じだ。

 

「誇銅さん。お待たせしてしまって申し訳ございません!」

「かまわないよ。こうして来てくれたんだからね」

「次の列です!」

 

 そしてついに僕たちの番になった。

 お互い腰に手で押え、走る構えを取る。

 

 パンッ!

 

 空砲が鳴り響きスタート。

 

「行くよ! 罪千さん!」

「はい!」

 

 僕たちの走りは一誠たちと同じように抜群のスタートとは言い難かった。やっぱり出会って日が浅いだけに一誠とアーシアさんコンビみたいにはいかないかだけど、少しずつ罪千さんのリズムも掴んできて少しずつだけど速さが増していく。

 最終的にゴール直前で転んでしまったけど僅差で一位。上々な結果だね。

 

「誇銅さん大丈夫ですか! 私のせいで変な転び方してましたけど!」

 

 一番の旗をもらい、その旗を杖に左足をかばいながら歩く僕を心配してくれる。

 身長差のせいで変な引っ張られ方をして軽く足首を痛めちゃったらしい。歩いたり技をかけたりする分には問題はないけど、走ったりするのは控えた方がよさそうだね。

 

「見たところ軽くひねっただけのようですけど、一応冷やした方がいいです」

「うん、そうだね。それじゃちょっと保健室で氷もらって来るね」

「私も行きます! 誇銅さんが怪我したのは私のせいですから」

 

 別に大した怪我じゃないけど罪千さんに連れられて保健室まで行く。保健室には誰もおらず罪千さんが慣れた手つきでテキパキと氷袋を作ってくれた。大きさがちょうどよくていい感じ。

 

「ところで、罪千さんが此処にいるってことは交渉は成功したってことでいいのかな?」

 

 保健室に僕たちしかいないし近づいてくる気配もないからずっと気になっていたことを聞いてみた。

 

「はい! おかげさまで煉獄に戻されずに済みました! ありがとうございます!」

「そう。それじゃ、これからよろしくね罪千さん。部屋は空けてあるからね」

「本当に誇銅さんには感謝してもしきれません。煉獄から救っていただいただけでなく、住む場所まで用意してもらって」

 

 現在僕はベットに座り罪千さんはしゃがんで僕の足首を見ている。こうして逆転した身長差を利用して罪千さんの頭をなでる。確かに罪千さんは僕によって救われたのかもしれない。だけどね、僕も罪千さんのおかげでまた一つ救われたんだよ。

 僕は立場上学校で頼れる人が少ない。特にクラスに深い友達も居なければ、秘密を共有できる人が居ないのはとてもつらい。そこで本当の意味で秘密を共有できる罪千さんがいてくれるのはとても助かる。

 素敵な仲間? 友達? ううん―――家族が増えました!

 

「護衛じゃなくてこれからは家族だね」

 

 僕がほほ笑みかけると―――。

 罪千さんの唇が―――僕の脛に触れた。

 …………?

 僕は突然の―――唇や頬へではなく脛へのキスの意味が全くわからなかった。

 え? なんで脛にキス? どういう意味? もしくは意味なんてなくてただ近かったから?

 罪千さんはそのままの体勢で顔だけ上げて言った。

 

不束者(ふつつかもの)ですがよろしくお願いします、ご主人様」

「ん!?」




『キスの格言』

毎回、感想と評価は楽しみの反面、めちゃくちゃビクビクしてます。

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