無害な蠱毒のリスタート   作:超高校級の警備員

22 / 86
 投稿ペースが明らかに落ちている。————自作のプロットで替え歌とか作ってる場合じゃないなこりゃ。


孤独な蠱毒の居場所

 次の日の放課後。

 僕たちはいつも通りオカルト研究部の部室に集まっていた。

 なぜか惚けた顔をしている一誠に少し離れた場所でオロオロしているアーシアさんとゼノヴィアさん。きっとまた一誠絡みで何かあったんだね。

 

「……いやらしい顔ですね」

「いたひ、いたひよ、こねこちゃん」

 

 半眼無表情で一誠の頬を引っ張る搭城さん。

 冥界から帰った辺りから一誠に対して反応が多くなったように伺える。前から一誠がエロっぽい顔をしたりするとツッコミを入れる程度だったのに、最近では一誠が他の女子部員と仲良くしてると不機嫌になっている。

 あまり気にしたくはないけど、同じ空間にいると嫌でも目に入る。ついにオカルト研究部の女子を全員になったか。まあ一誠は気づいてないだろうけど。去年までとは大違いすぎるね。

 

「皆、集まってくれたわね」

 

 部員が全員集まったことを確認すると、リアスさんが記録メディアらしいものを取り出す。

 

「若手悪魔の試合を記録したものよ。……私たちとシトリー眷属のもあるわ」

 

 最後の部分を言うときに一気に暗い顔になった。まあ試合前はあれだけ勝つだろうと言われてたのに本番で圧倒的大敗を突き付けられればトラウマにもなるだろう。聞いた話ではリアスさんたちは何もできず終始ソーナさんの手の中で転がされていたらしいしね。

 その記憶を振り払うように気を取り直して予定通り皆で試合のチェックをすることに。部室に巨大モニターが用意され、アザゼル総督がモニターの前に立って言う。

 

「お前ら以外にも若手たちはゲームをした。大王バアル家と魔王アスモデウスのグラシャラボラス家、大公アガレス家と魔王ベルゼブブのアスタロト家、それぞれがお前らの対決後に試合をした。これはそれを記録した映像だ。ライバルの試合だから、よーく見ておくようにな」

『はい』

 

 アザゼル総督の言葉に皆が真剣そうにうなずく。

 正直な感想、他の試合なんて全く気にならない。僕たち以外の眷属がどんな戦い方をしようが僕は戦車の駒以上の働きなんてしない。間違っても日本勢力で得た力なんて使わない。

 だけどやっぱりほかの皆は興味津々、モニターに穴が開くほど集中して見ている。

 

「まずはサイラオーグ――――バアル家とグラシャラボラス家の試合よ」

 

 グシャラボスは覚えてないけど、サイラオーグは覚えてる。会場で暴れた他の若手悪魔を瞬殺しソーナさんが笑われたのを中断させた人の王だ。

 記録映像が開始され、数時間が経過する。その間、僕たちが目にしていたのは―――掛け値なしの単純な『力』の差。

 対戦相手との一騎打ち。眷属同士の戦いは戦いというより一方的な蹂躙でサイラオーグさんの眷属に相手の駒を刈りつくされた。

 最後の最後で全ての駒を失った対戦相手は起死回生を狙ってサイラオーグさんを挑発。一騎打ちを申し込む。そのここまでのアドバンテージを捨てる提案に何のためらいもなく乗った。

 しかし対戦相手が繰り出すあらゆる攻撃はサイラオーグさんに弾かれ、当たっても何事もなかったかのように耐えきられ反撃。自分のすべてが通じないと焦った対戦相手へ、サイラオーグさんの拳が放たれる。

 何重にも張り巡らせたであろう防御術式も無きに等しく打ち破り、対戦相手の腹部に鋭くねじりこまれていく。その一撃は映像越しにでも周り一帯の空気を震わせる程だと感じ取れる。あれでは僕程度の技術力では返せない。厳密には返せないこともないけど技を受ける際に受けてしまうダメージで危なくなる。

 対戦相手は腹部を押さえて悶絶してるが防御術式と悪魔の身体能力がなければ、もしも空気を震えさせないほどの一点集中ならば、対戦相手の体は最低でも風穴ものだろうね。

 

「凶児と呼ばれ、忌み嫌われたグラシャラボラスの新しい次期当主候補がまるで相手になっていない。ここまでのものか、サイラオーグ・バアル」

 

 木場さんがこの光景に目を細めている。その表情は険しい。木場さんは僕たちの中でも一誠に続いて期待されてる、所謂(いわゆる)エースだからね。いろいろ思うところはあるんだろう。

 さらにサイラオーグさんはパワーだけでなく、スピードも結構なものだった。別にとらえきれない程の速さではないけど、それは僕が日本勢力で二年間修行を積んだから。一誠は捉え切れてないけど、木場さんも目を奪われている。

 

「リアスとサイラオーグ、おまえらは『王』なのにタイマン張りすぎだ。基本、『王』ってのは動かなくても駒を進軍させて撃破すれやいいんだからよ。ソーナ・シトリーがいい手本だ。まったく、バアル家の血筋は血気盛んなのかね」

 

 アザゼル総督が嘆息しながら言う。それにリアスさんは顔を赤くしながら少し落ち込んだ。確かに二回も必要もないのに前線に出て負けてるんだからね。

 

「そういや、あのヤンキー悪魔ってどのぐらい強いんですか?」

 

 一誠の質問にリアスさんが答える。

 

「今回の六家限定しなければ決して弱くないわ。といっても、前次期当主が事故で亡くなっているから、彼は代理ということで参加しているわけだけれど……」

 

 リアスさんの言葉に、朱乃さんが続ける。

 

「若手同士の対決前にゲーム運営委員会が出したランキングでは、一位がバアル、二位がアガレス、三位がグレモリー、四位がアスタロト、五位がシトリー、六位がグラシャラボラスでしたわ。『王』と眷属を含み、平均で比べた強さのランクです。それぞれ一度手合わせをして、一部結果が覆くつがえってしまいましたけど……」

「し、しかし、このサイラオーグ・バアルだけは抜き出ているというわけですね、部長!」

 

 また場の空気が悪くなりかけたところを一誠が勢いだけで何とか持ち直そうとする。よほどあの敗北がトラウマになってるんだね。

 

「ええ、彼は怪物よ。『ゲームに本格参戦すれば短期間で上がってくるのでは?』と言われているわ。逆を言えば、彼を倒せば、私たちの名は一気に上がる」

 

 意地悪して『ソーナさんとの試合での惨敗の汚名を返上できますね』とか言ってみたい気もするけど、その後の雰囲気で罪悪感に苦しみそうだからやめておこう。

 それにしてもサイラオーグさんは本当に厄介だ。魔法や武器に頼る戦なら削ぐことができるが、鍛えられた自身の肉体ではそうはいかない。正攻法だけに生半可な奇策や技術では太刀打ちできないからね。

 それに周りの眷属もサイラオーグさんと同類で純粋な強さを持っている。おそらく現段階でリアスさんの眷属でサイラオーグさんの眷属に勝てる人は誰もいないだろう。

 

「ま、今からグラフを見せてやるよ。各勢力に配られているものだ」

 

 アザゼル総督が術を発動して、宙に立体映像的なグラフを展開させた。

 そこにはリアスさんやソーナさん、サイラオーグさんなどの六名の若手悪魔の顔が出現し、その下に各パラメーターみたいなものが動き出して、上へ伸びていく。

 親切にグラフはわかりやすいように日本語で書かれていた。グラフの内容はパワー、テクニック、サポート、ウィザード。それとキングが表示されている。

 『(キング)』は資質とかそういう解釈でいいのかな? リアスさんとアガレスがそこそこ高めで、ソーナさんとサイラオーグさんは僅差でソーナさんがトップ。

 リアスさんのパラメーターはウィザード――――魔力が一番伸びて、パワーもそこそこ伸びた。後のテクニック、サポートは真ん中よりもちょっと上の平均的な位置。

 そしてサイラオーグさんは、サポートとウィザードは若手の中で一番低いが、パワーが段違い。ぐんぐんとグラフは伸びていき、部室の天井にまで達していた。

 

「ゼファードルとのタイマンでも、サイラオーグは本気を出しやしなかった」

 

 まあ、そうだよね。それは戦い方を見ていてもわかった。

 動きにも表情にも終始だいぶ余力があるようにうかがえるからね。

 

「やっぱ、天才なんスかね、このサイラオーグさんも」

「いや、サイラオーグはバアル家始まって以来の才能がなかった純血悪魔だ。バアル家に伝わる特色の一つ、滅びの力を得られなかった。滅びの力を強く手に入れたのは従兄弟のグレモリー兄妹だったのさ」

 

 一誠の言ったことをアザゼル総督が否定する。

 本来の血筋が手に入れられず、他の家に渡った血筋が手に入れる。すごい皮肉だね。

 

「でも若手最強なんでしょ?」

「家の才能を引き継ぐ純潔悪魔が本来しないものをしてな、天才どもを追い抜いたのさ」

「本来しないもの?」

「———凄まじいまでの修行だよ。サイラオーグは、尋常じゃない修行の果てに力を得た稀有(けう)な純潔悪魔だ。あいつは己の体しかなかった。それを愚直なまでに鍛え上げたのさ」

 

 リアスさんは複雑な表情をしている。図らずも本来相手が受け継ぐはずのものを横取りしてしまったみたいな形になってるのだから仕方ない。だけど本当にそれは仕方のないことだし悪い方だけに進んだわけじゃない。僕だって偽りの居場所を追い出されてこの力に目覚めたんだからね。

 

「奴は生まれた時から何度も何度も勝負の度に打倒され、敗北し続けた。華やかに彩られた上級悪魔の純血種の中で、泥臭いまでに血まみれの世界を歩んでいる野郎なんだよ」

 

 敗北と挫折を知る悪魔か。そりゃ強くなるわけだね。顔つきも態度も他の純潔悪魔と一線を画してる理由もこれでわかった。

 

「才能の無い者が次期当主に選出される。それがどれほどの偉業か。————敗北の屈辱と勝利の喜び、地の底と天上の差を知っている者は例外無く本物だ。ま、サイラオーグの場合はそれ以外にも強さの秘密はあるんだがな」

 

 試合の映像が終わる。———当然バアル家の勝利。

 最終的にグラシャラボラスの子は物陰に隠れ、怯えた様子で自ら敗北を宣言することで、戦いは終わった。

 縮こまって怯えて泣き崩れる相手を、サイラオーグさんは特に何も感じていないのか、その場を後にする。

 映像越しに伝わってくる迫力。あの時代(平安時代)ならどんな妖怪でも持ち合わせていた勝利への執念、この時代ではめっきりと感じなくなってしまったそれを感じた。きっとサイラオーグさんは何事にも妥協せずに目標へ突き進んでいくのだろう。

 その覚悟が羨ましい。僕は口では日本勢力に所属してると言いながらいまだにここで足ふみしている。具体的な行動を起こせずにいる。だからサイラオーグさんのその覚悟がとても羨ましい。

 映像が終わり、しんと静まりかえる室内でアザゼル総督は言う。

 

「先に言っておくがお前ら、ディオドラと闘ったら、その次はサイラオーグだぞ」

「———ッ! マジっすか!」

 

 一誠がびっくりしながら言うと、アザゼル総督はただうなずく。

 リアスさんも怪訝そうに訊く。

 

「それは少し早いのでは無くて? グラシャラボラスのゼファードルと先にやるものだと思っていたわ」

「ありゃもうダメだ」

 

 アザゼル総督の言葉にみんなが(いぶか)しげな表情になる。

 みんな強い人ばっかりだからわかってもらえないか。負けから立ち上がるには大小あれど時間がかかる。自分たちもソーナさんとの試合が未だにちょっとしたトラウマになっているのと同じように。みんなは強いからもう立ち直ったけど、あのゼファードルさんは違う。あれだけの凄惨な敗北、再起するまでに相当時間がかかるだろう。

 

「ゼファードルはサイラオーグとの試合で潰れた。あの試合で心身に恐怖を刻み込まれたんだよ。もう奴は戦えん。ゼファードルはサイラオーグに心―――精神まで断ってしまったのさ。だから、残りのメンバーで戦うことになる。若手同士のゲーム、グラシャラボス家はここまでだ」

 

 僕の目に試合後も恐怖に打ち震えている映像のゼファードルさんが映る。

 薄い恐怖と共になぜか僕の中では一種のワクワク感が湧いてくる。僕の九尾流柔術はどこまで通じるのだろうか? 僕の本気はどこまで通じるのか? そればっかりが頭に浮かんでくる。どうしちゃったんだろうか僕は。

 

「お前らも十分に気をつけておけ。あいつは対戦者の精神も断つほどの気迫で向かってくるぞ。あいつは本気で魔王になろうとしているからな。そこに一切の妥協も躊躇もない」

 

 リアスさんは深呼吸をひとつした後、改めて言う。

 

「まずは目先の試合ね。今度戦うアスタロトの映像も研究のためにこの後見るわよ。———対戦相手の大公家の次期当主シークヴァイラ・アガレスを倒したって話だもの」

「大公が、負けた!?」

 

 皆がその結果に驚いた時———。

 

  バァァァァァ。

 

 突如、部室の片隅で人一人分の転移用魔方陣が展開した。悪魔なら誰が来ても別に驚かないけどね。

 転移用魔方陣が、姿を変える。その紋章は―――まあグレモリーの紋章すら覚えてないからわからないけどね。

 

 

「———アスタロト」

 

 朱乃さんが、ぼそりとつぶやく。そして一瞬の閃光の後部室の片隅に現れたのは、爽やかな笑顔を浮かべる男性。

 その人は開口一番にこう言った。

 

「ごきげんよう、ディオドラ・アスタロトです。アーシアに会いにきました」

 

 

 

 

 部室のテーブルにはリアスさんとディオドラさん、顧問としてアザゼル総督も座っていた。

 朱乃さんがディオドラさんにお茶を淹れてリアスさんの傍に待機し、僕たちは部室の片隅で待機。なんか似たようなのをだいぶ昔にあったような……あっ、ライザーさんの時か。あの時は僕もリアスさんの力になって認められたいと必死だったな。懐かしい。

 だけど今回相手の目的はアーシアさん。当のアーシアさんは一誠の隣で困惑した表情をしていた。不安げなアーシアさんの手を一誠は男らしく無言で握る。

 そんな中でディオドラさんは優し気な笑みを浮かべてリアスさんに言う。

 

「リアスさん、単刀直入に言います。『僧侶(ビショップ)』のトレードをお願いしたいのです」

 

 『トレード』———『(キング)』同士で駒となる眷属を交換できるレーティングゲームのシステム。前にレイヴェルさんが話していたのを聞いたから覚えてるよ。

 『僧侶(ビショップ)』のトレードと言うことなら必然的にギャスパーくんかアーシアさん。そして十中八九アーシアさんの事だろうね。

 

「僕が望むリアスさんの眷属は―――『僧侶(ビショップ)』アーシア・アルジェント」

 

 ディアドラさんは躊躇ためらいなく言い放ち、アーシアの方に視線を向けた。爽やかな笑みを向けるが、僕はやっぱり何か嫌なものを感じる。

 

「こちらが用意するのは―――」

 

 そして次に自分の眷属が載っているであろうカタログらしきものを出そうとするが、リアスさんが手で制しながら間髪入れずに言った。

 

「だと思ったわ。だけどゴメンなさい。その下僕カタログみたいなものを見る前に先に言うわ。———私はトレードをする気はない。それは、あなたの『僧侶(ビショップ)』と釣り合わないからじゃなくて、単純に私がアーシアを手放したくないの。———この子は私の大切な眷属悪魔だもの」

 

 真っ正面から、リアスさんは言い切る!

 感動的なシーンなんだろうけど、不思議と僕の中にそれに該当する感情は湧き上がってこない。その代わりに湧き上がったものは疑問。

 なんで僕のことは見捨てたの? 僕だって力がないなりに頑張ったのに。そんなに僕のことが邪魔だったのか。その愛情を少しでも前の僕に向けてくれなかったのか。そんな言葉ばかりが浮かび上がってくる。

 本当に女々しいな僕は。もういいじゃないか、僕はリアスさんを信用しないし、リアスさんは僕を捨てた。よりを戻そうとするのも明らかに僕の力目当てか捨てた事実を隠そうとしてるかのどちらか。リアスさんから本当の愛情なんて期待するだけ無駄なんだから。

 

「それは彼女の持つ能力を? それとも彼女自身が魅力的だから?」

 

 しかしトレードを断られてもディオドラさんは淡々と訊いてくる。だけどこの態度、明らかに本気の態度には見えない。なんて言うか、ここまで嫌な感じはしないけど、リアスさんに悪魔にならないかと誘いを受けた時と似たものを感じる。

 そんなことを考えてるうちにリアスさんが答えを出す。

 

「両方に決まっているじゃない。私は、彼女を妹のように思っているわ」

「———部長さんっ!」

 

 アーシアは口元に手をやって、瞳を潤ませていた。リアスさんが『妹』と言ってくれたことが心底嬉しかったんだと思う。僕だって同じようなことを言われたら同じような反応をしただろう。

 だけど今はただひたすら胸が苦しい。今すぐ逃げ出したいくらいに。

 

「一緒に暮らしている仲だもの。情が深くなって、手放したくないって理由はダメなのかしら? 私としては十分だと思うのだけれど。それに、求婚した相手をトレードで手に入れようというのもどうなのかしらね? そういう風に私を介して、アーシアを手に入れようとするのが解せないわ。ディオドラ、あなたは求婚の意味を理解しているのかしら?」

 

 迫力のある笑顔で問いただすリアスさん。言葉はかなり配慮してるけど、相当怒ってるのがわかる。魔力の粗ぶり方もすさまじい。 

 それでもディオドラさんは依然笑顔のままだ。

 

「———分かりました。今日はこれで帰ります。けれど、僕は諦めません」

 

 ディオドラさんは立ち上がり、アーシアさんのもとへ近付く。

 当惑しているアーシアの前に立つと、その場で跪いて、手を取ろうとした。

 

「アーシア。僕は、キミを愛している。大丈夫、運命は僕たちを裏切らない。この世のすべてが僕たちの間を否定しても僕はそれを乗り越えてみせるよ」

 

 まるで絵本の王子様がお姫様に愛を囁くようなセリフを言う。そしてアーシアさんの手の甲にキスをしようとすると―――。一誠はがしっとディオドラさんの肩を掴んで、動きを制止させた。

 ディオドラさんはそれでも変わらず爽やかな笑みを浮かべながら言う。

 

「放してくれないか? 薄汚いドラゴンに触られるのはちょっとね」

 

 今まで中身を感じなかったディオドラさんのセリフに初めて言葉の重みを感じた。

 一誠に言い放った酷い侮辱の言葉がきっとディオドラさんの本性。これが僕が感じていた嫌なものの正体?

 そこ言葉に一誠がキレる前に、アーシアさんがディオドラさんの頬にビンタを炸裂させた。そしてアーシアさんは一誠に抱き着き、叫ぶように言った。

 

「そんなことを言わないでください!」

 

 ディアドラさんはアーシアのビンタで頬が赤くなったが、その張り付けた笑みを崩すことは無かった。

 

「なるほど―——わかったよ。ではこうしよう。次のゲーム、僕は赤龍帝の兵藤一誠を倒しましょう。そうしたら、アーシアは僕の愛に応えて欲し―――」

「おまえに負けるわけねぇだろッ」

 

 一誠は面と向かって言い切る。たぶん勢いでの行動だろうけど、正しいと思う。相手の化けの皮は半分剥がれた。僕でも同じ立場なら攻撃的に言葉を選ぶと思う。

 

「赤龍帝、兵藤一誠。次のゲームで僕はキミを倒す」

「ディオドラ・アスタロト、おまえが薄汚いって言ったドラゴンの力、存分に見せてやるさっ!」

 

 睨み合う一誠とディオドラさん。協力はしないけど、この戦いはできれば一誠に勝ってほしい。

 その時、アザゼル総督の携帯が鳴った。いくつかの応答の後、アザゼル総督が僕たちに告げる。

 

「リアス、ディオドラ、ちょうどいい。ゲームの日取りが決まったぞ。———五日後だ」

 

 その日は、それでやっと終わってディオドラさんは帰っていった。まだ続くようだったら僕は胸の苦しさでその場を逃げ出してしまったかもしれなかったよ。

 既に悪魔に対して協力する気ゼロの僕は、特に何も思うこともなくいつも通りの日常に戻った。ももたろうと遊んだり一人で稽古をしたりしてね。

 魔王様を通した正式なゲーム通知は、後日僕のところにも届いた。

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

「……仲間か」

 

 あれからディオドラさんの一件のことが頭から離れない。頭の中であの時の言葉が時折頭をよぎる。

 決してアーシアさんのことではない。リアスさんや一誠が激しくアーシアさんを仲間と言い張る部分だ。それを思い出すと胸が張り裂けそうになる。なんでこんな気持ちになるかはもうわかっている。リアスさんがアーシアさんを本当に大切にしていることを確信したからだ。

 リアスさんは僕の見た限り本当に眷属を大切に扱っている。それは一誠やアーシアさんはもちろん、木場さんも朱乃さんも搭城さんもゼノヴィアさんもギャスパーくんもだ。その輪に入ってないのは僕だけ。今は眷属になりたての時のような期待感は感じるけど、やっぱりその程度。とても信じることなんてできない。なのに、どうしてこうも心が()き乱されるのかがわからない。

 

「久しぶりに話したいな」

 

 僕は前に藻女さんにもらった数人の連絡先の書かれた手帳を取り出す。そしてその一つに電話をかけた。

 数回の発信音の後、『はい』と極短い言葉だけど懐かしい声が聞こえてくる。

 

「夜分遅くに申し訳ありません。お久しぶりです八岐大蛇さん、誇銅です」

 

 電話の相手は八岐大蛇さん。弥生時代では僕の愚痴を何度も聞いてくれて、平安時代でも一番腹を割って話せる大切な友人。友人は馴れ馴れしいかも、先輩の方が適切かな?

 

『おお、誇銅君! 懐かしい、こうして話すのはいつ以来だ』

「約1000年ぶりですね」

『そうか、もうそんなに経っていたか。いやいや、戻っていたのは知っていたがなかなかいい機会がなくてな。しかし元気そうな声で安心したよ』

「はい! お察しのとおり今も昔と変わらず元気です。八岐大蛇さんもお元気そうで何よりです」

『フッ、まだまだ現役を退くつもりはないからな』

 

 あの頃と変わらない頼もしい声に安心感を覚える。あの時代では藻女さんの次によく会ってた人だからね。———また他の七災怪の人たちともお話ししたいな。

 

『それで、何か悩みでもあるのかな?』

「えっ」

声調(せいちょう)が少し暗かったからな。誇銅君が悩みを相談する前の声調(せいちょう)だ』

「おそれいります」

 

 何もかもお見通しか。

 まだ人型になれない時から何度も僕の話を親身に聞いてくれた八岐大蛇さん。僕にとってはお父さんのように頼れる人だ。

 

『私も今は暇している。遠慮せずに悩みを打ち明けてくれ』

「ありがとうございます。それでは……」

 

 僕はディオドラさんが来た時にリアスさんが言った言葉、それによって感じたことを伝えた。

 リアスさんはディオドラさんの提案に対してアーシアを手放す気はないと言葉でも態度でもハッキリと示した。それもアーシアさんを『妹』のように思ってるまで言って。

 一誠も少し乱暴な言い方だったけどアーシアさんを守ろうとしたし、アーシアさんも一誠を馬鹿にされたことに対してビンタまでした。他の皆も黙ってたけどいい顔はしておらず朱乃さんの笑顔が消えるほど。

 確かに僕は一誠ほど功績なんて上げてなかったし、将来性も神滅具を持ってる一誠に遠く及ばない。だけど僕だってリアスさんの力になろうと、仲間として認めてもらえるように頑張った。それなのに僕は捨てられて同期で悪魔になった一誠はみんなから愛されている。……そんなことは仕方ないと前々から諦めている。

 あの場所に元々僕の居場所なんてなかったし、リアスさんも本気で僕を家族と思ってくれるような人じゃないのはもうわかっている。そして僕を本当に受け入れてくれる場所はもうある。なのになぜ僕はこんなにも苦しんでいるのかさっぱりわからない。

 

「さっきから僕は僕のことばかり。それに僕はとっくにリアスさんを見限って、八岐大蛇さんたちに仲間として迎え入れてもらってるのに。今更こんな感情が出てくるなんて、自分の弱さにつくづく嫌気がさします」

 

 話していると自然と涙が出てきた。

 まだ捨てた場所に居場所を求める不甲斐ない自分に、自分を認め受け入れてくれる人たちへの申し訳なさに、自分の心の弱さに嫌気がさした。

 僕の心の弱さをさらけ出し終えると、一拍置いて八岐大蛇さんが応える。

 

『……甘いな。自分が欲しかったものが手に入らなかったことが諦められず、手に入れた者を羨む。まるで人間の幼子の駄々』

「……」

 

 その通りだ。八岐大蛇さんの言ったことは全く持って正しく僕に反論の余地はない。僕は自分が欲しかったものを貰えなかった場所ですべてもらい、僕にはその愛情の一寸も分けてもらえなかったことに対して嫉妬してる。既にそれと勝るとも劣らないもの(愛情)をもらっているのに酷い我儘。

 何も言い返せない僕は黙って八岐大蛇さんの次の言葉を待つしかない。

 

『しかし、同時にそれが君の美徳でもある』

「えっ?」

『そんな君の我儘で日本は私の知る限りでも二度事なきを得ている』

 

 僕の我儘で事なきを得る?

 

『一度目はスサノオ様の高天原への復帰、二度目は藻女による反乱の早期沈静。どちらか一方でも成されなければ日本は大きな痛手を受け現在の被害はこれっぽっちじゃ済まなかっただろう』

 

 確かにスサノオ様の高天原復帰の時も藻女さんの反乱時の時もどちらも僕は多少なりとも関わっている。だけどそれが僕の我儘とどう関係があるんだろう?

 

『もしも偽善者のような甘い優しさならばスサノオ様も誇銅君の言葉に耳を傾けなかっただろう。スサノオ様が君の言葉を聞き入れたのは、家族を大切にする子供の我儘だったからだ』

 

 実の姉と喧嘩別れで故郷を追放されたスサノオ様にもう一度家族との絆を取り戻してほしいと思い、おこがましくも家族の大切さを説いた。スサノオ様の口から出る(天照様)に対する愚痴の内容に家族を思う心が見えたから諦めずに言ってみた。

 最後の方では諦めかけたけど、何とか徐々に僕の話に耳を傾けてくれて無事スサノオ様は高天原に戻ることを許されることに。

 だけど僕は大したことはしていない。結局僕の言葉に耳を傾けて自分で努力したスサノオ様の力。一誠がアーシアさんを助け出したように自分の意思と力で動いたわけじゃない。

 

『もしもただ可哀想などと言うつまらない感情で動いたならば藻女は君に惚れなかっただろう。藻女が誇銅君に惚れたのは重く強い意志で我儘を通したからだ』

 

 親を失う気持ちは身をもって知っている。だから叱られるようなことをしてまで母親に自分を見て欲しかった玉藻ちゃんの為にも藻女さんが死ぬのは断固阻止したいと思い、無謀にも藻女さんに戦いを挑んだ。その結果、不意に発動した破滅の蠱毒(バグズ・ラック)の禁手により藻女さんを止めることに成功。天照様の藻女さんを激しく罰しなかったおかげで家族の輪は保たれることに。

 だけどこちらでも僕は大したことはしていない。藻女さんと玉藻ちゃんの間にはすれ違えど大きな家族の愛情があったし、それが壊れなかったのは天照様の寛大な処置のおかげ。結婚会場にまで乗り込んでライザーさんを倒した一誠のように自分の実力で成し遂げたことじゃない。

 

『聞いた話では誇銅君は藻女との戦いで何度倒されても、意識を失ってもまだ足掻いて見せたそうじゃないか』

「僕も意識がなかったので定かではないんですが、そうらしいです」

『その強い意志がもしも自己の利益、例えば助けることによる損得勘定や性欲からくる独占欲的な我儘で動いていたならば藻女は必ず見抜いて感謝はすれど深い愛情を見せなかっただろう』

 

 そうなのかな? 僕にはわからない。

 八岐大蛇さんにいくら僕がすごいことをしてきたと言われても、頭の中では一誠の成した成果が頭をよぎる。

 

『誇銅君がただ甘く我儘だったのなら今言ったことはどれも成し遂げられなかっただろう。それもこれも全部、誇銅君の純粋なまでの子供っぽさが招いたことなのだ』

「僕の子供っぽさが」

『『自己(おのれ)の意を貫き通す力』『我儘(わがまま)を押し通す力』私は強さとはそういうものだと考えている』

 

 『自己(おのれ)の意を貫き通す力』『我儘(わがまま)を押し通す力』か、確かに強さを突き詰めればそこに辿り着くかもしれないね。何事も争いとは結局は自分の主張、我儘を通すことにある。ならば強さの定義がその二つに他ならぬものかもしれない。

 

『圧倒的強者の二人に自分の主張を通した誇銅君が弱いハズがないッ!』

 

 大きな声で僕が強いと叫ぶ八岐大蛇さん。電話越しだが、僕の目の前でそう叱るように言ってくれてる八岐大蛇さんが見えるかのようにその意が伝わってくる。

 その叱咤(しった)で僕の頭の中をよぎる一誠のイメージが吹き飛んだ。僕はやっとネガティブな考えから抜け出すことができた。

 

『それは他でもない君だからできたこと。例え伝説級の力を持っていようとも、達人級の技を持っていてもできない。ただひたすら我儘な愛情を突き詰め続けた誇銅君だからこそ成し遂げられたことなのだッ!』

「僕だから……できたこと」

『そうだ、だから誇るのだ誇銅君。それが君が求める強さにも繋がる』

 

 そう言ってくれても僕はどうしても自分を誇ることができない。なぜなら、未だに迷っているからだ、昔の居場所と今の居場所に。心の中ではいくら捨てると言っても行動に移せないでいるあっていいはずのない迷い。そんな状態でどうして自分を誇れるか。

 

『居場所の迷いは―――誇銅君はどんな形であろうと家族として受け入れてもらえたことがうれしかったんだろう』

 

 そう、今でもまだ信じたいと思うほどにリアスさんが最初に言ってくれた家族同然がうれしかった。

 

「……はい」

『ならばその迷いも仕方のないこと。初めて自分の価値を認められるということはそれだけ心に深く刻み込まれる喜びなのだから』

 

 先ほどの叱咤とはうって変わって今度は優しく語り掛けてくれる。それからズズっとお茶を(すす)る音が受話器越しに聞こえた。もしかして遅めの夕食時に電話をかけてしまったんじゃないかと別の意味で不安になったよ。

 

『むしろ純粋無垢な者の弱みに付け込み引き込んだ悪魔が許せんな』

 

 八岐大蛇さんは低い声で怒気を含ませて静かに言う。

 

『甘く未熟で優しい君に家族と甘美な言葉で(そそのか)し、期待していたものと違えば見殺しにする。例え相手が悪魔だろうが神だろうが到底許される行為ではないな』

 

 僕の為に怒ってくれるのはとてもうれしい。だけどそれで変な行動を起こされるのは困る。もしもそんなことをすれば悪魔勢力と日本勢力の大きな問題となってしまうから。

 気にしちゃいないわけじゃないけど誰にかに晴らしてもらうほどのことじゃないし、そこまでするような人たちでもない。

 

「あ、あの、八岐大蛇さん? 怒ってくれるのは大変うれしいんですけど、それで何かしようととかは…」

天誅(てんちゅう)を下すつもりならとっくに行ってるさ、心配しなくていい』

「ほっ」

 

 よかった、声に結構な怒気を感じたからもしかしたらと思っちゃったよ。考えてみれば八岐大蛇さんは七災怪創設以来からずっと水影をする責任ある立場、軽はずみな行動をする人じゃないよね。

 僕の考えも全くの杞憂(きゆう)だったようで次の話では八岐大蛇さんの怒気も落ち着いていた。

 

「私から言えるのはこのくらいだ。後は誇銅君が自分の力で(まこと)の答えを導き出さなくてはならない。さっき言った通り誇銅君はまだ子供、今のうちにしっかりと悩み苦しむといい」

 

 今のうちに悩み苦しむか、そうだよね僕自身が答えを出さないと意味がないもんね。

 リアスさんに見捨てられ眷属内では空気なのに対して日本勢力では神からも妖怪からも愛情を持って受け入れてもらえている。それなのにまだ悩むならこれはもう自分で答えを見つけるしかない。例え納得できる答えでもそれが他人からなら必ず重要な場面で再び迷ってしまうだろうからね。

 八岐大蛇さんに相談して本当によかったよ、おかげで曇っていた僕の心に光明が差した。

 

「相談にのっていただきありがとうございました」

『また悩みが出来たら連絡してくるといい、もしくは直接来ても。その時は少し手合わせするのもいいかもな』

「ぜひお願いします。それでは」

『ああ、また会おう』

 

 そして八岐大蛇さんとの通話を切った。

 日本勢力には、ここまで僕を思い高く評価してくれる人がいる。たっぷりの愛情をかけてくれるひとがいる。信頼でき僕を信用してくれる人たちがいる。こんな最高の場所と今の場所を比べるなんて馬鹿げたようなことだよ。

 僕の軽はずみな行動によって始まってしまった悪魔人生。失望され見放され見捨てられた悲惨な始まり。だけど僕は後悔なんてしない、なぜならそのおかげで僕はこんな素晴らしい人たちと出会えたのだから。苦しかった悪魔時代などいつか笑い話になってしまうだろう。

 こんなことを言ったけどまだ吹っ切れそうにない。だけど今まで以上に悪魔を抜ける決意が固まった。

 いつか戻ろう、日本での居場所へと。そこが本当に僕が欲しかった居場所なのだから。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。