冥界から帰って来たのが八月の後半。残りわずかと言えどまだ少しだけ夏休みは残っている。だからこの残り少しの夏休みだけはリアスさんたちと完全に離れて自由に過ごすことにした。
「はぁッ―――!」
「甘いッ!」
「うっ!」
ラスト一週間弱の夏休み。僕はリアスさんに黙って京都に来ていた。
本当は予定通り出雲大社や伊勢神宮に行ってスサノオさんやアマテラス様に挨拶もしたかったし、他の知っている妖怪の皆さんに会いたかった。だけどそれだけの時間は残されていない。だから一番お世話になったこの場所だけに絞ることに。
そして今、僕は藻女さんの屋敷の道場で藻女さんから手ほどきを受けている。
今日は僕の攻めに転じれない所を改善するために僕が攻勢に回っている。だけど、何度打ち込んでも納得のいく攻撃ができない。
ちなみに朝の稽古後に藻女さんから個人指導を受けてるので玉藻ちゃんとこいしちゃんは今はいない。
「前よりはマシにはなったが、やはり攻撃の際に相手の動きを掴めておらん」
九尾流柔術の攻めとは、こちらの攻撃に対して相手が何かしらの攻撃を起こした際素早く体勢を崩す技。つまりカウンターのカウンターの技術。だから最初に狙う部位も小さな力で痛手を与えられる部位か相手に触れられたらヤバいと思わせなくてはならない。
だけどこれが相当難しい。なぜなら相手の攻撃意識が生まれるのはこちらが攻撃を仕掛けた直後、超至近距離からの反射的なカウンターが求められる。この攻守の切り替えが僕は大の苦手なんだ。
「それでは攻撃を返す前に手痛い反撃を受けて終わってしまうぞ」
「はい!」
「しかし、前と違って相手の動きを目では追えておったぞ」
「はい! ありがとうございます!」
ダメ出しの後少しだけ改善された部分をほめてくれる藻女さん。
正直に言うと最後にここで稽古した日から僕の実力はそんなに上がってない。むしろまともな稽古相手がいなかったから少し鈍ったかもしれない。この三日間で何とか調子を取り戻したくらいだ。それでも苦手を少しばかり克服できたのは国木田さんの一戦が原因だろう。
平安時代では危険な実践も何度かこなしてきた。しかしやはり実戦にはなくて試合にはあるものもある。例えば、実戦は命のやり取りでいかに生き残ることが重要になった。場合によっては逃げに徹することもある。ギリギリの緊張感が自分を鍛え上げる。
試合はその緊張感が薄い代わりに相手が自分の力すべてを受け止めてくれる。どちらが上かハッキリするまで戦える。
今までは野外の実践か圧倒的格上との手合わせばかりだったから、初と言ってもいい同じくらいの技術を持った国木田さんとの手合わせがいい刺激になったんだと思う。まあ同格と言っても格闘術に関してだけだけどね。
「うまくやっているようだな誇銅君」
「昇降さん!」
僕が藻女さんと稽古をしていると、昇降さんが道場にやってきた。
この時代に戻ってから昇降さんとは初めてだよね。見た目はあの頃と変わらずガッシリとしている。だけど放つ達人のオーラはより洗練され大きいものに感じられる。
「ここに来るなど珍しいのう昇降」
「野暮用で近くまで来たのでな。町でおまえの娘たちに誇銅君が来ていると聞いたのでちょっと立ち寄ったまでだ。君なら大丈夫だと思ってはいたが、元気そうでよかったよ」
「はい! 見ての通り元気です。昇降さんもお元気そうでなによりです」
「火影の座を取られて相当暇になったようじゃな」
「ふふ、確かに暇は多くなったが時代のせいもあるだろうな。しかし腕は鈍っていない。どうだ藻女、久しぶりに一つ比べてみるか」
「妾は別にかまわんぞ。昔と同じく軽くひねってやろう」
「おもしろい。いまだ進化し続ける猫又空手の力を見せてやろう」
そう言って昇降さんは着物を脱いで道場の中心まで歩いてくる。着物の下は昔と同じ道衣姿。その道衣から見える筋肉はちっとも衰えているように見えない。
僕は道場の端に引いて二人の戦いぶりを見物させてもらう。二人とも達人のオーラをぶつけ合いながらワクワクした表情で対面する。
「誇銅君、これが終わったらぜひ君とも手合わせしたいと思う。かまわないかな?」
「は、はい! ぜひよろしくお願いします!」
「妾を前にもう次の約束か昇降よ。やはり猫は好奇心旺盛じゃのう。しかし、妾とやってまともに立っていられるかのう」
「ふっ、昔のようにはいかんさ」
打撃を斬撃まで昇華させた昇降さんの猫又空手、相手の力に自分の力を加えて返す藻女さんの九尾流柔術。見るだけでも学べることは多々あるだろう。
◆◇◆◇◆◇
藻女さんと昇降さんの試合は藻女さんが余力を残して勝利。その後ダメージを負った昇降さんに余裕を持って負けた僕。当然の結果だがここまで簡単に負けてしまったのは悔しい。
「少しは成長したみたいだが、1000年前とあまり変わっておらんな」
1000年の時間が過ぎても僕の場合数日だからね。一誠みたいに劇的に変わる事なんてできない。
その後は昇降さんと藻女さんを交えて今までの僕のことを簡単に話す。そしてそのままこの日の稽古は終了となったのだが。
「誇銅――――っ」
「お兄様――――っ」
藻女さんとの個人指導を終えて汗を流してスッキリしてしばらくすると、藻女さんと玉藻ちゃんの尻尾に包まれて独占拘束されてしまった。愛情たっぷりのハグに執拗なまでのほっぺすりすり、ラストにはほっぺへのキス。伝わってくる愛情が半端じゃない。
僕もこの愛情に応えようと思うけど、尻尾の拘束で腕を動かすのもままならない。うれしい限りではあるんだけどね。
「ほらほら、藻女さんも玉藻ちゃんも僕はどっか行ったりしませんから」
「わかっとる。それはわかっとるんじゃが」
「ここ数週間ず―――――っと会えるのに会えん日がつづいとったんじゃ。その分をしっかりと貰わねばのう」
拘束されてから時計ではもう40分を超えている。かろうじて動かせる翼で二人の頭を撫でたりしているが、そろそろ拘束を緩めてほしいな。
「あの、そろそろ尻尾を緩めてくれると助かるんですけど」
「「嫌じゃ」」
「あ、はい」
まだまだ離してもらえそうもない。
確かにこの状況は暑くて窮屈で少し緩めてほしい気持ちはあるが決して嫌ではない。むしろこうやって愛情表現をしてくれるのは大好きだ。もうしばらくはこのままでもいい。……あと二時間くらいは。
「お兄ちゃ~~ん!」
「おっ!?」
九尾の尻尾に拘束されてる僕の後ろから小さな手が僕の首に巻きつく。こいしちゃんの手だ。
こいしちゃんは九尾の尻尾の間をもぞもぞと潜って僕の胸元まで辿り着いて「バァ」と笑顔で尻尾から顔を出した。
こいしちゃんが間に入ったことで尻尾にスペースが出来て手が少しばかり動かせるようになる。僕はその自由になった手でこいしちゃんを抱き上げて頭をなでる。そして最後には
「ああっ!ほっぺにキスしたのじゃ!」
「妾はほっぺにキスはされておらんぞ!」
「順番ですよ。後でちゃんとしてあげますから落ち着いてください」
こいしちゃんのほっぺにキスをすると、案の定藻女さんと玉藻ちゃんが物凄い反応を示した。そしてキスされたこいしちゃんは相変わらずかわいらしい笑顔で僕に微笑みかけてくれている。
僕が二人にはキスしなかったのは単純にキスしにくかったから。こいしちゃんを一通り愛で終えたら場所交代で二人のほっぺにもキスをするつもりだ。
「失礼します」
襖の向こう側から蘭さんの声が聞こえてくる。それから襖が5cmほど開き、開いた部分から襖の枠の親骨に手がかけられ残りが開けられる。
襖の向こう側にはやっぱり正座している蘭さんの姿が。
「藻女様、玉藻様、そろそろお時間でございますよ」
「わ、わかったのじゃ。もう少ししたら行くぞ」
「わ、妾も」
「ダメです。昨日も一昨日もそう言って一時間以上も遅れたではありませんか。そのせいで全体の流れが少しばかり滞り気味になっております。今日は見逃すわけにはいきません」
普段は優しい目つきの蘭さんも仕事モードの鋭い目つきで二人を見る。それに対して藻女さんと玉藻ちゃんは何かを訴えるように寂しげな目つきで蘭さんの方を見るが。
「京都は日本でも重要な拠点。京都の統領は引退されても、まだまだ隠居されては困ります。それに
世代が変わっても藻女さんの影響力は凄まじい。流石は七災怪と言ったところか。
その藻女さんの実の娘であり、名声に伴った実力を持つ玉藻ちゃんもまた重要視されている。昔もそうだったけど、やっぱり九尾という妖怪が及ぼす影響はかなり強いんだね。
蘭さんの説得が不可能と覚ると今度はその目を僕に向けた。僕に蘭さんを説得してほしいってことだね。だけどごめんなさい藻女さん、玉藻ちゃん。
「誇銅様に甘えるのは業務時間終了後なら存分にお楽しみください」
そうして立ち上がった蘭さんに二人は強引に引っ張られるかのように軽く手を引かれて連れていかれた。蘭さんは入った時とは逆の手順で丁寧に襖を閉めていく。
僕の心の中には二人に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。だけど仕方ないことだよね。後でまた一杯甘えさせてあげよう。
「ほらおいで、こいしちゃん」
「わ~い!」
普段藻女さんと玉藻ちゃんほど甘えないこいしちゃんを、ギュっと抱きしめ頭を撫でる。
甘えないと言ってもあくまで二人と比べてだけどね。それでもこいしちゃんなりに気を使って我慢してる部分が見え隠れしている。だからこんな時はちょっとだけでも思いっきり甘えさせてあげることにしている。
と、それらしい理由付けをしているが、本当は僕自身がこいしちゃんを撫でたいってのもあるんだよね。
純粋無垢に僕を兄として大好きと言って甘えてくれるこいしちゃん。そこから生まれる無邪気な笑顔が大好きだ。
1000年経っても変わらないこいしちゃんはある意味一番安心する。だからと言って藻女さんや愛情がアップした玉藻ちゃんも大好き。だけどやっぱり変わらない安心っていいね。
「できれば変わらないでほしいな」
「なあにお兄ちゃん?」
「なんでもないよ」
だけど人は必ず変わってしまう。それは妖怪も神も同じ。それが良い方向にか悪い方向にかはわからないけど、変わらないなんてことは絶対にない。
だから僕はこの幸せな時を目一杯楽しむことにする。だけどできることなら、この幸せな時間にずっと留まっていたいな。
◆◇◆◇◆◇
幸せな夏休みラスト二週間。しかしその時間も過ぎ去り、今は新たな新学期———二学期に入った。
始業式も終えて、駒王学園の九月イベント、体育祭の準備に入っている。
それにしても、やっぱり夏休みが明けると雰囲気が変わる人も多いね。
「おおっ、元浜。例の情報は得たのか?」
「ああ、いま松田が最終確認をしに出かけていたが」
「おおおーい! イッセー、元浜! 情報を得てきたぞ!」
教室に急ぎで入ってきたのは松田。そうか、そう言えば去年もこの時期にこんなことがあったっけ。
「やっぱり隣の吉田、夏に決めやがった! しかもお相手は三年のお姉様らしいぜ!」
「「くそったれ!」」
一誠と元浜がその場で吐き捨てるように毒付く。
長期休みが終わると一誠、松田、元浜は去年も同じように初めてを体験した自分たち以外の男子の存在を確認する。そして毎回毎回同じようにショックを受ける。なぜ自らダメージを受けるような行動を起こすのか。それもご丁寧に調べてまで。
元浜はまあ置いておこう。でも一誠が毒付くのはちょっとおかしくない? 一誠はリアスさんや朱乃さんという学校内でも一位二位を争う美人に惚れられてるのに。
「同じクラスの大場も一年生がお相手だって話だしな」
「マジかよ! 大場が!?」
一誠が後ろを振り向くと、さわやかな笑顔で大場が手を振っていた。一応おめでとうと言っておくべきなのかな?
一誠は机に突っ伏し頭を抱え、浜松は両手両膝を地面につけて
だけど一誠の気持ちも全くわからないわけでもない。僕だってこんな夏休みを送るなんて思ってもみなかった。
今年の夏休みは日本の神社巡りをして最後くらいに京都で藻女さんや玉藻ちゃんやこいしちゃんとのんびりする予定でいたよ。それがまさかの二つの意味で名前通りの地獄行きになるなんて。お釈迦さまでも読めますまい。
しかも山でドラゴンとかくれんぼするわアザゼル総督に目をつけられるわで散々な目にばかりあった。信用できない人の力になるための修行なんてこれほど無駄な時間もそうない。ハッキリ言ってつらかったよ。
結局夏休みで良いと思えた思い出は、温泉とギャスパー君とのチェスや将棋、後は国木田さんとの手合わせくらいだね。夏休み残り二週間で人間界に帰ってこれたのはせめてもの幸運だと言えるのかな?
「童貞臭いわねー」
そして今年もそんな三人をあざ笑う桐生さん。口元をにやけさせて、鼻をつまんで三人をからかう。三人もめんどくさそうな表情を向けている。
「桐生! 俺たちを笑いに来たのか?」
「ふふふ、どうせあんたたちのことだから、意味のない夏を過ごしたんでしょうね」
「「「うっせ!」」」
「ところで兵藤。最近、アーシアがたまに遠い目になるんだけど、何か理由知ってる?」
桐生さんがアーシアさんについて訊く。
最近のアーシアさんは少しボーっとしている。授業で指されれば慌てたり、教科書をさかさまにしていたりなど。
まあ理由は十中八九あのプロポーズが原因だろうね。
アーシアさんはすっかりこの駒王学園の人気者になった。男女問わずに人気がある。美少女ってのもあるけど、話しているだけで癒されるって言う人も多い。
そんなアーシアさんだから心配する人も多いだろう。だけど僕にはどうしても心配する気持ちが湧き上がってこない。冷たいよね。どうしてここまで関心が持てなくなっちゃったんだろう。
アーシアさんについて訊かれて考え込む一誠。それを怪訝そうに見る桐生さん。
「なんだよ?」
「いやね。あんた、二学期に入ってから女子からの評判多少は上がったのよ」
桐生さんの言葉に一誠は驚きの表情を見せる。だけどそれ以上に元浜と松田が驚愕している。
「だいぶ締まった顔つきになったし、私の目から見ても体つきがずいぶんたくましくなったと思うわ。ワイルドになった、なんていう女子もいるぐらいだし」
一誠は自分の顔に手をやり確認する。確かにガタイはよくなっている。まあ、山籠もりすれば嫌でも鍛えられる。それに加えてドラゴンと鬼ごっこすれば尚更ね。
あとはそのがむしゃらに鍛え上げた筋肉をどう研磨し必要部分の鍛錬に切り替えるかだ。そうしなければ、技術なしと無駄な筋肉という弱点を抱えるだけになっちゃうからね。
「ふふふ、鍛えてますから。ま、俺も夏で成長したってことさ」
「まあ木場くんや誇銅くんには及ばないけどね~」
ニヒルに笑う一誠に対して桐生さんは冗談めいた言い方で言い返す。しかし、カッコつけた一誠に対して落胆してるようにもうかがえる。
「お、おい! 大変だ!」
そんな中、クラスの男子の一人が教室に駆け込んできた。
その男子は友達から渡されたミネラルウォーターを一口あおり、気持ちを落ち着かせると、クラス全員に聞こえるように告げた。
「このクラスに、転校生が来るぞ! 女子だ! しかも二人!」
一拍空いて―――
『ええええええええええええええっ!』
クラス全員が驚きの声をあげた。
「えー、このような時期に珍しいかもしれませんが、このクラスに新たな仲間が増えます」
担任の先生の言葉に、皆はそわそわしている。
転校生がくるという情報が入ってから男子のテンションは異常なぐらい高まっているのを感じる。正直言うと換気したい気分。流石にテンションが上がりすぎじゃないかな?
女子もそのテンションの上がり方にはあきれているが、転校生には興味津々と言った様子。
「じゃあ、入って来て」
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』
転校生が入ってくると歓喜の声が湧き上がる。
そこにいたのはなんかどこかで見たことがある気がする女性。栗毛のツインテールの活発そうな美少女。なんだかどこかで見たことがある気がする。
周りを見てみると一誠は驚きゼノヴィアさんは目を丸くしている。知り合いなのは確かだね。えっと……。
「紫藤イリナです。みなさん、どうぞよろしくお願いします!」
ダメだ、やっぱり思い出せない。どこかで見たことある気はするんだけどな~。
そしてもう一人の転校生は一人目の転校生と対照的な雰囲気。黒髪のざんばら髪のとても控えめそうな美少女。大勢の前だからかとてもビクビクしている。
「えーと……ざ、
◆◇◆◇◆◇
その日の休み時間、質問攻めの彼女の手を引いて一誠、アーシアさん、ゼノヴィアさんは彼女を連れ出した。たぶん悪魔関係の話をするためだろう。
僕? 当然呼ばれなかったよ。この扱いも慣れてきてもう寂しさなんて感じなくなってきた。寂しさを感じなくなったことが寂しい。
それよりも気になったのはもう一人の転校生、
「ねえ、罪千さん」
「ひぃ、ごめんなさい!」
紫藤さん動揺に質問攻めに合った罪千さんはおびえた様子で第一声で大声で謝ったのだ。
このおびえかたに気を使ったクラスメイトたちは少しテンションを下げてソフトに罪千さんに対して質問していくが。
「私なんかが調子に乗ってすいません!」
「いや、別に謝ってもらうようなことじゃ……」
「本当にすいませんでしたぁ!」
質問にうまく答えられなかったりちょっといじられただけですぐに全力で謝罪をする。とんでもなくネガティブな思考だ。
そのあまりのネガティブさに群がっていたクラスメイトたちも一層気を使って離れていく。そのことで嫌われたのかと焦ったのか呼び止めようとした瞬間、机につまずいて周りを盛大に破壊する派手な転び方をした。その際にとんでもない姿勢になり男子の注目を集め、女子たちからは急いで立ち直らせてもらう大事件に。
「ちょ、大丈夫!? コラ男子! 見るんじゃない!」
「ごめんなさぁーい!」
手を貸してもらうという汚名を返上する大チャンス。だけど罪千さんはそれを生かせず、逆に頑張りすぎて再び空回りしてしまった。
僕にはその姿が周りから孤立しないように、嫌われないように頑張る姿に見えた。もっと感じたままに言うなら、昔の僕。
罪千さん程ネガティブではなかったけど僕も周りから見放されないようにいろいろ努力をしてきたつもり。だけど周りとの距離を掴めずにあまり親しい友達はできず。その中でやっと少しは親しくなれたのが、あまり趣味が合わなかった一誠たち。うすうす僕を出汁に使ってることには気づいてたいけど、仲間に入れてくれるならそれでもよかった。
罪千さんからもそんな昔の僕と同じ匂いがする。
「うぅ……せっかく自己紹介後の話題を5000パターンも考えておいたのに……」
「罪千さん」
「ひぅっ!」
質問攻めから解放されて一人で席に座っている罪千さんに話しかけると、驚かれはしたが謝られはしなかった。大勢ではなく一人なのがよかったのかも。それとも僕の幼い容姿が警戒度を下げたのかな? それなら僕のコンプレックスだったこの低身長も少しは役にたったのかもね。
なるべく不安を与えないように慎重に丁寧に、なおかつ自然体で接するように心がける。あまりわざとらしいのはいらない警戒をさせてしまう。
「僕は日鳥誇銅。よろしくね」
僕が手を差し出すと、罪千さんは恐る恐る手を握り返してくれる。
よかった、少しわざとらしい行動かと思ったけど成功してくれた。罪千さんの手はなんだかとても冷たくて柔らかい。
「ざ、罪千海菜です。よろしくお願いします」
「うん。何かわからないことがあったなら、気軽に聞いて。何なら町の事でも。まあ答えられる範囲だけどね」
それだけ伝えると僕は手を振って自分の席に戻る。今はこれだけでいい。これ以上向こうのラインに踏み込むべきではない。次に僕が力になれるのは向こうがこちらのラインに一歩踏み込んできてくれた時だ。
そして放課後。
放課後オカルト研究部でメンバー全員とアザゼル総督、ソーナ会長たちが集まって紫藤さんの歓迎会をするらしい。
また僕だけ仲間はずれ? いいや、依頼が入ってるから欠席してるだけ。別にいいもん、どうせ今までだって僕に仲間意識向けられたことなんてないし。僕には日本妖怪の皆さんがいるし。何なら邪神だって。
不満をぶつぶつと垂れながら適当な場所に移動し、チラシの魔法陣から依頼主の所まで転移する。流石にいつも通りオカルト研究部の部室から転移する気には到底なれないよ。
「こんにちは」
「やあやあようこそ!」
依頼主の所へ転移が完了すると依頼主の男性は快く僕を歓迎してくれた。そして僕の顔をじろじろ見たり何かを確認するかのように体を触ってくる。一体どうしたっていうんだろう?
「あの、一体何を……?」
「それじゃ早速依頼をお願いしたい」
僕の質問を丸無視して僕の手首を持って奥へと連れて行く。
普通なら気づかない、おそらく木場さんだろうが朱乃さんだろうが同じことをされれば気づけない程この人は自然に僕の脈を計っている。一体何が目的?
僕は怪しく思いながらも特に何かされる様子もないから警戒だけして今は依頼を受ける事に決めた。
手をひかれて案内された場所にはたくさんの普通じゃない衣装が部屋いっぱい置いてあった。衣装を着せてるマネキンも合わせて部屋の7、8割埋まっている。
「お願いしたい事はこのデザインの事なんだけど。やっぱり作るからには実用性も兼ねたいんだ。だからこっちに実際作ったのがあるから着心地や改善点、悪魔の身体能力でどれくらい動けるかを知りたいんだ。一応原作の設定が超人的な身体能力を持ってるって設定だからさ」
どうやら依頼の内容はコスプレ衣装の試着のようだ。時々思うことだけど、そんな簡単なことで悪魔を呼んで対価を渡してしまってもいいのだろうか。偶に対価をもらうことが申し訳ないぐらいの依頼とかあるし。
魔法使いの着るようなローブから戦士の鎧まである。まあコスプレの範囲内の素材だけどね。
「だけど君は背が小さいから……これはイケる、これは無理、これは大丈夫」
コスプレ衣装を一つ一つ分けていく男性。その様子は真剣で楽しそうな様子。無邪気とも見える笑顔でどんどん衣装を選んでいく。
だけどさっきの動作から僕はまだ警戒を続けてるけどね。
「よっしゃ、これでよし」
箱から新しいのを出したりいくつかの衣装を端っこに寄せたりして一仕事終えた様子の男性。だけどあの様子じゃこのまますぐにまた何かが始まるんだろうね。まあ試着すら始まってないから当然か。
「あ、女性用の衣装ってOK?」
「ま、まあ……着るだけなら」
あからさまな可愛い女性用の衣装を持って聞いてくる依頼主にひきつった笑顔で一応OKを出した。女装は遠慮したいけどまあ仕事と割り切ればまあいいか。別に外を歩くわけでもないからね。
それからたくさんのコスプレ衣装を着させられる事となった。
「う~ん、サイズがちょっとだけどなかなかいいんじゃない? 鎧は無理があるけどこっちのローブとかは見た目はなかなかじゃないか」
「そうですね、まあ着心地は背中と脇部分がちょっとチクチクするのと平均的男性の身長なら少し腕を動かすのに窮屈だと思います」
「なるほどなるほど」
男性は紙に僕の言ったことを書き込む。幸いな事に衣装は女性用ばかりではなくきちんと男性用もありちょっと楽しかったよ。だけど気持ち女性用の衣装の方が多かったような……。
その後もいくつかの衣装を着て同じような事を続ける。身長的に鎧の衣装が着れないので半分くらいだったのに気付けば外は真っ暗。割と楽しかったのもあるから時間が経つのが早く感じた。
「鎧が試せなかったのは残念だけど、君みたいに可愛い系の男子が着てくれたのはそれはそれでうれしかったよ」
「はい、ご満足してもらえてよかったです。あっそうそう、一つ訊いてもいいですか?」
「何?」
「本当の目的は何ですか?」
「…………」
◆◇◆◇◆◇
誇銅が去った後の男性の依頼者の部屋。
男性は誇銅が去った後、大量のコスプレ衣装を雑に片づけて7~8割占拠されていたスペースを5割取戻す。
そこにテーブルを出してお酒を飲みながらテレビを見る。しばらくして思い出したかのようにどこかに電話をかける。
「ああ俺俺、ちょっと事故起こしちゃって200万振り込んでほしいんだけど。ははは冗談冗談」
「え? 酔ってない酔ってない。酔ってねえつってんだろ脳みそ腐ってんのかカス……マジすんません今ので酔い覚めました。調子乗ったこと言ってすいませんでした。あと18歳なのに飲酒してすいません」
顔を赤くして笑っていた男性の顔から笑顔が消える。さらに胡坐から正座へと座りなおして真面目にする。
「はあまあそっちも順調です。任せてください、私もプロですから。必ず期限までには仕上げて見せます! まあ量と難易度はちょい高めなので期限を短くされたらちょっと厳しいですけど。できればもうちょっと余裕を……ああ、ダメですよね」
頭を掻きながら笑う男性。のんきに笑ってはいるが若干困り顔である。
「ああそうでしたちょっとした予想外がありましてそっちの報告とどうするかのことを。三大勢力会談にいたゴーレム技師覚えてます? ええ、彼は幽霊とかそういう類ではありませんでした。肉体も本物ですし脈もしっかりありましたので。だけど……報告書よりもずっと強いですね。どの程度かはわかりませんが、ありゃ間違いなく実力を隠してますわ。後鋭い。少しこっちのことに踏み込まれそうになりましたけど何とかうやむやにしました」
男性は電話の相手その予想外の出来事を話す。その時の男性の表情は先ほどまでののんきな表情ではなく、笑みは残っていても真剣な表情。
だけどその表情も長くは続かず、電話相手から少し無茶を言われると軽い口調と表情に戻った。
「そういわれても私はただ作るだけですからね。予想とか実力の査定は専門家がいるじゃないですか。そっちに任せてくださいよ」
相手からの返事でちょっと気をよくした男性は足を崩して残ったお酒をグイっと飲み干す。
「何言ってるんですか俺はただの仕立て屋、それ以上にはどう頑張ってもなれません。まあそれだけは世界に通じるもの持ってるつもりですけど」
気をよくした男性は電話の相手の言葉に対してウンウンとうなずく。
「全員分の勝負服および病衣ちゃんと納期までには仕上げます! 呪装束も同時進行で仕上げて見せます! それではおやすみなさい」
相手が電話をきったのを確認すると男性は酒やテーブルを片付けて部屋を出ていく。
向かった先は隣の部屋。持っている鍵でドアを開けて電気をつけるとそこは人が住めない程の大量のダンボールが。
そのダンボールの中身を確認して二つ持って自分の部屋に戻っていく。
「さてさて、英雄の舞台衣装はどんなのがいいかな~♪」