無害な蠱毒のリスタート   作:超高校級の警備員

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 前半戦を(上)(中)(下)に分けておいて後半戦は一つに纏まっちゃった。分配間違えたかも。


策略的な悪魔の後半戦

 デパート内の結界で覆われたスペース。そこで僕と国木田さんの手合わせが始められていた。国木田さんが攻めては僕がそれを返す。何度かパワーの差で危なくなったけど今のところすべての攻撃を返すことに成功。

 僕は相手のパワーの殆を返す柔術に対して国木田さんは力の空手。相性の差から言えば僕が断然有利。だけど、これだけでは終わらないだろうね。この程度で終わるような人をアマテラス様たちが選ぶわけがない。

 

「ふ~九尾流柔術。流石の一言に尽きるな」

「単純な力では絶対に破られないが自慢ですからね」

 

 とは言っても、僕の技量では一定以上のパワーならパワーでねじ伏せられてしまう。それは既に身をもって体験済みだ。

 敵意や殺意などの明確な攻撃意思を持つ行動に対しては無類の強さを発揮する九尾流柔術。力を完全に封じる込めるには藻女さんやこいしちゃんのような達人にならなくてはいけない。二年程度の修行では到底そんなところまで辿り着けるはずがない。

 

「それじゃ、そろそろ本気を出していくか!」

 

 国木田さんの周りに陰の妖気が色濃く立ち込める。闇のような黒い煙のような妖気。国木田さんはその妖気を思いっきり吸い込んだ。すると国木田さんの妖気がどんどん膨れ上がっていくのを感じる。自分で発生させた妖気でここまで膨れ上がるなんて。

 そして膨れ上がったのは妖気だけではない。国木田さん自身も、国木田さんの筋肉が膨れ上がり一回りほど大きくなった。

 陰の妖怪は呪い、隠密、幻術などが得意で直接攻撃や肉体強化は苦手なハズなのに!?

 

「陰の妖怪だからって幻術や隠密だけが取り柄じゃないんだぜ? 陰の真価は騙すこと。これはその応用、俺は俺自身の筋肉を騙したのさ!」

 

 自らの肉体を騙す。国木田さんはあっさりと言ったが、それはものすごく大変なこと。

 騙すという行為は相手に偽りを真実と思い込ませること。真偽を知らない他人でも騙すのは大変なのにましてや自分なんて。暗示という方法もあるけどこれはまた別のこと。どちらにしても真偽を完全に知っている自分を自分で騙すなんて普通はできることじゃない。

 暗示は自分が自分に騙されてると理解できてない。だけど国木田さんは自分の筋肉を騙してると理解して筋肉量の増加を行ってる。相当精巧な幻術じゃないと絶対に不可能だ。

 

「ものすごい陰術の技量ですね」

「昔は鵺、天邪鬼、悪鬼の悪童三人組として京を騒がせてた時代もあった。現代で陰の術にかけちゃ俺たち三人に匹敵するのは初代陰影くらいだな」

 

 どろどろさんに匹敵するレベル!? 

 僕も一度体験しただけだけど、どろどろさんの陰術のすごさは身をもって知ってる。

 手合わせが始まると同時に目の前にいたどろどろさんを見失い、気づいたら次の朝で指一本動かせない状態が半日続いた。その頃は僕もある程度修行を積んで妖術に対しても体質柄それなりに自信はあったのに。それでも術を掛けられたことすら気づけなかった。そんなどろどろさんに匹敵するなんて。

 僕がその事実に驚いていると、真剣な表情でこちらをにらんでいた国木田さんが急に笑い出す。

 

「アハハハ。今のは嘘だよ嘘。匹敵するなんて大口叩いたけど、本当は初代陰影の方が俺より術も上だ。本当に匹敵するのは二代目陰影の鵺くらいだな。だが、俺と天邪鬼は確実に三位、四位は取ってるぜ!」

 

 例えどろどろさんに匹敵するレベルではなくても脅威的なレベルの陰術には変わりない。気を引き締めてかからないと力で押し込まれてしまうだろう。

 さわやかな笑みを浮かべた女性用の下着をつけた巨漢。姿だけ見ると通報待ったなしの不審者。でもその姿に気を取られれば一瞬で倒されてしまいそうな気迫を放つ。もしかしたらあの下着もそういった意味があるのかもしれないね。

 

「じゃあ次は、九尾流柔術が本当に力で破れないか試してみるか!」

 

 一蹴りで一気に間合いを詰めてきた国木田さん。だけど、僕だって敵意には敏感なんだよ。例え意識で反応できなくても反射的に体が動く。

 国木田さんから放たれた拳を側面から弾き力の方向性を変え、その勢いで背負い投げで地面にたたきつける。筋肉量が多くなってパワーが増した分、跳ね返るダメージも相当上がってるだろう。僕が技をかけたなかで一番大きな音が鳴った。

 

「ひゅ~やるねー」

 

 しかしダメージの面積が大きくなったはずなのに、パワーと自重+受け身もろくに取れなかったはずなのに国木田さんは平然とした顔をしている。

 僕は反撃を恐れて距離をとった。

 

「効いてないように見えたか? 大丈夫、技はしっかり効いてるさ。ただ一回投げられただけで弱みを見せるほど脆くないだけさ」

 

 脆いなんてこれっぽっちも思ってない。それでも何のダメージもうかがえないとは思っていなかった。一撃まともに受ければ一秒程度は動けないハズ。なのに国木田さんはちょっと転んだだけのように立ち上がる。

 

「それじゃ、続けようぜ!」

「!?」

 

 再び僕の間合いに近づいた国木田さんは再びパンチを放とうと拳を引く。だけど、敵意を感じない。たぶんフリの偽物だと思う。思わず反応してしまいそうなほど恐ろしいけど、その恐怖に負けるわけにはいかない。藻女さんの名誉にかけて。

 敵意の感じぬ正面の代わりに下段から明確な敵意を感じた。

 

「ここだ!」

「おっ!」

 

 蹴り上げてきた足を躱し伸びきったタイミングで健を持ち、国木田さんの後頭部を空中で地面と平行になるようにする。その状態になったところで国木田さんの顔面にもう片方の手を添えて地面に押しつける。

 しかし国木田さんは僕の腕を使って鉄棒のように体を回転させ衝突を回避。そのまま左手で僕のボディを狙う。返し技を回避されて僕の腕は両方とも使用不可。

 

「まだまだ!」

「うぉっ!?」

 

 両手で回避できないので頭突きで国木田さんの鼻を攻撃しキャンセルさせた。実戦で両手がふさがった状態で危機を脱出しなければならない時もある。使える攻撃はなんでも使わないとね。

 国木田さんもまさか柔術で頭突きは予想外だったらしく一瞬ひるんだ。だけどすぐさま手刀で僕の頭を狙う。その攻撃も止めさせてもらうよ。

 

「んんっ!!」

 

 この技は実戦では殆ど使えない。だけど国木田さんは下着一枚で裸。僕は動きやすいように裸足。この技は藻女さんとの修行中に演武感覚で教えてもらった技。

 足の指で国木田さんの足の甲を押さえつけて動きを封じた。僕程度の力でも足の指に力を集中させれば国木田さんを止めることができる。

 

「んっ」

 

 攻撃の勢いが完全に死んだところで拘束を解く。いつまでも止めることはできないし、時間が長引けば僕の力が無駄に消費されてしまう。そうなれば僕はすぐに負けてしまうだろう。

 

「おっ、そりゃ!」

「ふんっ!」

「おおっ!」

 

 下段蹴りに切り替えてきた。その足をさっき投げた要領で再び頭と足を反転させる。今度は地面に平行になるようにしてないし、腕は完全に国木田さんから離れきってるから腕を利用して回避もできない。そのまま頭から地面に激突しようとする国木田さん。

 あまり長引かせては不利になってしまうのでここでもうひと手間加えさせてもらうよ。

 

「ハァッ!」

「うごっ!」

 

 地面に激突する瞬間に国木田さんの喉目掛けて足のギロチン追撃。

 呼吸器官である喉を不意に攻撃された国木田さんは流石にダメージに苦しむ。おそらくこんな不意打ちでなければ筋肉で押し返されてしまっただろう。

 それでも攻撃が決まった僕はここで一区切りの勝利宣言。

 

「一本ッ!」

 

 現状では僕が国木田さんを圧倒してるように見えるけど、これで対等。

 極めれば敵の力に自分の力を加えて敵に返す。相手の力が強大になればなるほど返す力も強くなる。だけど僕では相手の力の何割かを返すのが精一杯。自分の力を加えるどころか相手の力をそのまま返すこともできない。何割かは力押しのためその部分で僕へのダメージとして消えてしまう。

 戦車(ルーク)の強いパワーがなかったら九尾流柔術を会得しても今の練度なら既に力で圧倒されてるだろうね。

 しばらくして痛みが治まり呼吸も安定してきた国木田さんが立ち上がる。本当ならこのままトドメを刺すべきだろうけど、あいにく僕には自発的な攻撃手段がない。一応攻撃できないわけではないけど、返し以外の攻めでは反撃されるとまずい。自分の攻撃意思で相手の攻撃意思が感じ取りにくくなってしまうから。攻撃に攻撃されるとどうも反応できないし。

 

「今のはものすごい効いたぜ。流石、日本妖怪界最高峰柔術と呼ばれる九尾流柔術。風影に認められた本物はやっぱり強いな」

「僕も僕なりに二年間必死に身に着けたものです。まだまだ未熟者ですけど、武術家としてはそれなりのレベルにはいると自負してます」

「ああ、それは間違いない。俺の場合人間世界で学んだ空手に我流を加えたものだ。あとはプロレスもちょこっとな。誇銅ほど頑張っちゃいないだろうが、それでも俺にも意地はある。このくらいじゃ降参しないぜ」

 

 攻撃されなければ攻撃できない。それが僕の弱点。普通これだけ返せば相手は攻撃の意思を薄くして中々攻撃してくれない。だけど国木田さんからは攻撃意思をものすごく感じる。おそらく次が最大の攻撃にして最大のチャンス。これを逃せば冷静になられて倒すのが困難になるだろう。

 国木田さんが僕に一歩近づく度に僕も一歩と徐々に近づく。そしてついにお互いの必殺の間合いに入った。

 

「……」

「……」

 

 間合いに入った僕たちは静かににらみ合う。

 攻撃のタイミングを伺い、長い時間が流れる。実際は三十秒ほどなのだろうけど、僕には数分間睨みあってるかのように長く感じる。こんな緊張感はいつ以来だろう。とてつもない緊張と共にワクワクもする。

 そしてついに国木田さんが動き出した。

 

「!!」

「ッ!」

 

 僕の顔面目掛けて放たれる拳。その拳を寸でのところで躱し反撃に転じるつもりだったけど、少しばかりまともに食らってしまった。鼻血があふれ出す。国木田さんがまともに武術に生きていれば既に負けが決してただろう。だけど、武術に対する意気込みの違いなのかな?

 顔面を逸らし国木田さんの拳を確かに捉えた! その腕をひねって再び国木田さんを投げ飛ばす。

 素早く両手を国木田さんの顔面に添え、僕の悪魔の翼を出現させた。その翼を使って国木田さんが受け身を取れず、なおかつ効果的に衝撃を与えられるように体制を作る。

 

「ハァァッ!!」

「あ゛あ゛ッ!」

 

 そして、その状態で後頭部を地面に全力で叩きつけた。国木田さんは痛みでもがくこともなくそのまま地面に倒れる。

 僕が最後に見せた翼の使い方は、僕にとって九尾の尻尾のようなもの。

 藻女さんや玉藻ちゃんのような九本の尻尾はないけど、僕にはこの一対の翼がある。これが僕なりにより九尾流柔術に近づこうとして出した答え。尻尾を手足のように使うように翼を手足のように動かせるようにした。これによって僕の技術は飛躍的に進歩し強くなった。腕が増えた分やっぱり技の威力と幅が広がる。九尾流柔術は本来尻尾も含めた十一本の腕から放つ武術なのだから。

 僕はこの悪魔の翼を完全にもう一つの手と認識してしまってるため本来の翼の用途ではもう使えないけどね。飛行能力を退化させて他の用途に進化させた。僕は蝙蝠からペンギンへと変わったんだ。

 

「ハァハァ……相性の……差でしたね」

 

 倒れる国木田さんを僕の仙術で治療。僕の治療術は大部分を治すのは苦手だけど、小範囲を内部まで癒すのは得意な方。今回は頭部のみだからそれなりにうまくいくだろう。

 幸い僕の技の練度がまだまだ低かったのと、国木田さんが丈夫だったからか目覚めるのにそこまで時間はかからなかった。まあ軽い気絶だったし、僕の治療がなくても長くても数十分もすれば起きただろうけどね。

 気絶して元の大きさまでしぼんだ体を起こしゆっくりと僕の方を見る。そして小さくともはっきりした声で僕に告げる。

 

「完全に勝負ありだな」

「はい」

 

 僕が返事をすると、その場で軽く柔軟体操をして立ち上がる。いつもの笑顔を浮かべてもうすっかり回復したようだ。たぶん、自分自身の仙術で体のダメージを除いたんだろうね。そもそも僕も頭部以外には大したダメージは与えらてないし。

 

「いや、まいったまいった! まさかこうも一方的にやられるとはな思いもしなかったぞ。俺の完敗だ」

「完敗だなんて。その凄まじい陰の妖術を肉体強化以外でも使われたら勝敗は違っていたかもしれません。それに、国木田さんはずっとデパート内に闇を張っていた。明らかに全力が出せる状態じゃありません」

「それでも体術は万全だったさ。それに、全力じゃないのは誇銅もだろ? 俺も少し聞いた程度だが知ってるんだぜ、誇銅が昔風影を追いつめた話を。とんでもない奥の手をその両手に潜ませてるってのも」

 

 僕の神器を知ってる? いや、言動から察するに具体的な内容は知らないみたいだ。僕の神器については一応内緒ってことになってるし、僕も今のところ新しく誰かに話すつもりはない。まあ知られたら知られたで信頼された日本勢力の人なら何の問題もないけど。

 確かに僕には場合によっては七災怪すら倒してしまう危険な奥の手をもってる。だけどそれを差し引いても有利不利はチャラにならない。

 

「それでも今回は僕が有利すぎです。僕の戦闘スタイルは柔術と僅かな炎です。炎も遠距離からの対抗手段で今回の間合いなら柔術一本。僕への制限は一切ありませんでした」

「それでもお互い武術に関しては十全発揮した」

 

 僕の否定を真っ向から否定された。

 国木田さんは僕に手を差し出す。

 

「それで俺は負けたんだ。おまえの勝ちだ、誇銅」

「……はい!」

 

 返事と共に差し出された手に応え握手。若々しく見えても国木田さんは千年生きた大妖怪。武術では勝ててもこっち方面ではやっぱりかなわないや。

 国木田さんの力強い握手に僕もなんだか勇気をもらった。

 勇気をもらった僕は少しばかり勇気を出してちょっと大きいことを言ってみる。

 

「僕が一人前になれたら、ぜひ本来の国木田さんとも手合わせしてみたいものです」

「ハッハッハ! 言うじゃないか誇銅! いいぞ、その時は国木田宗也としてじゃなく、京を騒がせた悪鬼としての力を見せてやるよ」

 

 僕は国木田さんの体の大きさ以上に心の大きさを感じた。この人と戦えて、なおかつ勝つことができたことを僕はうれしく思う。今回はちょっと僕に有利すぎたから、今度はもう少し有利不利のない条件で戦ってみたいね。願わくは僕がさっき言ったみたいに全力で。

 日本式結界のおかげで向こうの審判にも気づかれず国木田さんがリタイヤ扱いになってないのも助かるよ。でも、この後はどうしようかな?

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 禁手を纏った一誠と匙の戦いは激化すると思われたが、実際は一誠が思い描いた予想とは全く違っていた。

 鎧を纏った一誠に匙の攻撃は大したダメージにはなっていない。しかし一誠の拳は仙術で先読みされ匙にまともに当たってはいない。

 一誠の攻撃が空振りし匙がその隙に一誠を殴る。体術は匙が圧倒的に勝っている。が、攻撃力と防御力が比べ物にならないほど上昇してる一誠には届かない。まだ本来の力でもないのに。

 そんな鎧に何度も拳を放つ。普通なら拳はとっくに壊れてしまう。現に匙の拳は自分の血で染まっている。

 拳が効かない匙はラインを飛ばすが赤龍帝のオーラに阻まれてうまく接続できない。それでも四本に一本は接続される。相変わらず何かを吸い取られる感じがしないのは一誠も疑問に思う。

 赤龍帝のオーラでも消えることのない匙のライン。ゼノヴィアに貸したアスカロンがあれば切れるかもしれないと思い、あとで合流した時に切断してもらおうと思う。

 そしてもう一つ、一誠は異変を感じていた。それは届いてないハズの拳がなぜか鎧の下から感じる。それがダメージだと認識するまで少し時間がかかった。

 

「兵藤、確かにおまえは強い。先輩から教えてもらった隠遁『闇投薬』でもまったく拳が通る気配がない」

 

 匙は自分のラインを数本、自分の腕に接続させている。そのラインを通して陰の力でドーピングをおこなっていのだ。筋肉を騙すのではなく、陰の属性で筋力をかさ増しする本当のドーピング。後で多少の無茶の代償を支払うことにはなるが、そのおかげで匙の拳はまだ大丈夫。

 

「だけどよ、俺の仙術はしっかりと通ってるのを感じる。わかるか兵藤ッ! これが俺の思いだ! 会長の夢を叶えるために、赤龍帝だって超えなくちゃならないんだよッ!!」

 

 匙は陰の気迫を全開で放出しながら一誠に殴りかかる。

 確かに拳のダメージは通らないが、その拳と鎧の接触を通して仙術でダメージを与えることはできる。

 しかしやはり鎧と赤龍帝のオーラに防御されてる分ダメージは少ない。それでも一誠はダメージを受けている。それは仙術のダメージだけでなく、仙術に乗せられた匙の思いの強さも籠められているからだ。

 

「赤龍帝に勝って、先生に! 先生なんだよ! 俺はレーティングゲームの先生になるんだ! 俺たちは先生になっちゃいけないのか!? なんで俺たちは笑われなきゃいけない!?」

 

 匙は攻撃の手を緩めずに吠えた。それは一誠だけでなく、これを見ている多くの者たちに向かって、思いの丈をぶつけるように。

 

「会長は笑われたって気にするなって言うけど、俺たちの夢は笑われるために掲げたわけじゃないんだ……ッ!」

「俺は笑わねぇよッ! 命かけてるおまえを笑えるわけねぇだろうがよッ!」

 

 あくまで冷静を保っていた匙は感情を露わにして向かっていく。そのせいか一誠の拳に捕まってしまい、これでもかってぐらいに殴られる。

 匙の顔はみるみるうちに晴れ上がり、口から血がボタボタと流れ出した。

 強烈な一撃を受け少し冷静を取り戻した匙は、一誠から少し距離をとる。

 

「俺は……おまえを超えていくッッ!」

 

 距離を取りつつも、鎧の奥まで届きそうな叫びをあげる。

 その後、匙は再び熱くも冷静にヒット・アンド・アウェイを重ねるが。

 

「ぐっ、ゴホゴホ!」

 

 あれからダメージも負ってないのに突如苦しみだす匙。殴られた時以上の血を吐き出し、苦しそうな息を荒げさせる。

 

「どうやら、思ってた以上に早く限界が近づいてたらしいな。へへっ、やっぱり俺は俺ってことか。だが俺がこれなら兵藤、おまえは……ふっ」

 

 何やら自虐的に笑い始める。

 怪我らしい怪我は顔面のみでまだまだ戦えそうな体だが、なぜか苦しそうに頭や胸を抱える。

 

「俺ってよ、やっぱり馬鹿だからすぐに熱くなっちまう。先生は俺には陰の才能があるって言ってくれたけど、はっきり言って陰の戦い方は俺に合ってない。才能はあるのに合ってないって酷い話だよな!?」

 

 その後、匙は一誠の攻撃を何十発もまともに撃ち込まれた。

 先読みで回避ができなくなり、鎧を貫通した仙術もまともに撃ち込めていない。

 体のダメージも限界に達している。顔は痛々しく腫れ上がり、体はゆらゆらと揺らぎ、足取りもふらふらだ。指も何本もあらぬ方向へ折れ曲がっている。

 

「チクショウ……こんなとこで終わるかよ……」

 

 もう戦える状態ではない。それでも――――匙は強い眼光を一誠に向けていた。

 

「来いよ、匙! 来いよ! 匙ィィィィィッ! 終わりじゃないんだろう!? こんなので終わりなんかにするつもりはないんだろう!?」

「……ああ、言われなくても……行ってやる……ッ!」

 

 匙はゆっくりと、一歩ずつ前へ進む。瞬きもせず一瞬も視線をずらすことなく、まっすぐ向かう。

 

「おまえも必死に修行したんだろう? 俺も必死こいて修行したよ」

「そうじゃないと……困る……」

 

 近づく度に匙のプレッシャーが一誠を襲う。ただ近づいてるだけだというのに。

 

「匙、俺はおまえを倒す!」

 

 匙は折れ曲がった拳で攻撃を加えた。最後の力を振り絞って繰り出した拳は、最小限の動きで避けられカウンターを入れられた。

 

「———ッ」

 

 一誠の攻撃は完全に匙を捉えていた。完璧に意識を絶つ一撃。

 それでも、匙は一誠の右手を掴んで離さない。意識を失ったまま一誠の右手を離すまいと力強く。

 右手から手を離さないまま光に包まれていく匙は、意識もなく言葉を発した。

 

「……この試合、俺の勝ちだ……」

『ソーナ・シトリー様の『兵士(ポーン)』一名、リタイヤ』

 

 匙を倒した一誠は一人拳を震わせていた。

 

「わかっちゃいたけど……」

 

 真剣勝負だとしても友達を倒した後味の悪さ。その余韻を一人で味わっていた。こんな時に小猫がいて手を握ってくれたらなと思いながら、一人震えが止まるのを待つ。

 そんな中、一誠の精神を揺さぶるアナウンスがまた一つ。

 

『リアス・グレモリー様の『騎士(ナイト)』一名、リタイヤ』

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 匙との勝負が終わり、一誠は近くの自動販売機の扉を打ち破り、水分補給のため中のペットボトルをあおる。

 一誠はさっきの戦いでかなりの疲弊を感じていた。鎧の影響かとも考えたが、まだ戦えないこともないと判断。

 先ほどのアナウンスで木場かゼノヴィアがやられたことを知り、こちらに対してかなりの痛手を痛感した。こちらは既に『僧侶』『戦車』『騎士』を失い、相手は『兵士』一人しか減ってない。かなりの不利的状況だ。

 

『オフェンスの皆、聞こえる? 私たちも相手本陣に向けて進軍するわ』

 

 リアスからの通信。それは中盤戦が終わり終盤戦に突入する合図。数的に負けているが、ラストスパートで逆転するために大きく深呼吸をした。

 

「行くか!」

 

 ぐっと力を入れ、一誠は最後の決戦の場に赴く。

 

 

 

 このショッピングモールの中心には、中央広場みたいなところがある。円形のベンチに囲われていて、中央には時計の柱が存在している。

 一誠は敵の本拠地の通り道のはずのそこで足を止めた。

 なぜなら――――そこにソーナ・シトリーが待ち構えていたのだから。

 

「ごきげんよう。兵藤一誠くん。なるほど、それが赤龍帝の姿ですか。凄まじいまでの波動を感じますね。誰もが危険視するのは当然です」

 

 冷静な口調で一誠に話しかけるソーナ。

 ソーナの周りには『僧侶』二人と小猫を倒した『兵士』がいる。特に何かをするわけでもなくその場でただ立っている。

 少ししてソーナ眷属の『女王(クイーン)』である椿が現れそこに加わる。

 

「あなたにしては随分と大胆じゃない、ソーナ。中央に陣取るなんて。ーーもう少し、トラップを仕掛けているのだと思ったけど」

 

 聞きなれた声に一誠は振り向く。そこにはリアスと朱乃とアーシアの姿が。しかしまだ残ってるはずの木場かゼノヴィアの姿はいまだにない。

 

「そういうあなたも大胆にも『王』自ら行動してるではありませんか、リアス」

「ええ、どちらにしてももう終盤でしょうから。それにしてもこちらの予想とはずいぶん違う形にされたわね……」

 

 リアスは厳しい表情。それもそのはず。元々は木場とゼノヴィアでソーナを倒す予定だった。それなのにこちらの行動は全部読まれ、圧倒的な数的不利まで取られている。

 リアスとソーナがお互いに見合う。そんな中、一誠は妙な頭痛と共に膝をつく。

 

「……イッセー?」

 

 一誠の変化にリアスは気づき、アーシアが神器で回復をかける。淡い緑色の光と共に一誠の傷は癒えていくが――――――已然一誠の苦しそうな様子は変わらない。

 リアスは『フェニックスの涙』を取り出そうとするが踏みとどまる。アーシアの神器で完治しないということに確かな違和感を感じたのだ。

 一誠の状態に困惑するリアス眷属を見てソーナは小さく笑いを漏らす。

 

「アーシアさんの神器でも『フェニックスの涙』でも効果はありませんよ。リアス、私はライザーとの一戦を収めた記録映像を見ました。その結果で分かったことは、兵藤くんはおそろしいまでに戦いを諦めない子だということです。仲間のため、自分のため、そして何よりもリアスのため―――。私たちの攻撃手段では倒しきれない恐れがあった。何度打倒しても、動きを封じても立ち上がってしまう。私たちにとって、あなたのその『赤龍帝』の力と根性と呼べるものが恐ろしかった。だからこそ、違う形で確実にあなたを倒したかった」

 

 ソーナは両手に水の塊を出現させる。片方はきれいな水の塊。もう片方は汚い水の塊。その二種類の水の塊を見せつけて説明した。

 

「あなたが苦しんでいる原因は、いわば毒です。それも解毒剤なんて存在しない最悪の毒。悪意です」

「悪意……ですって」

「そう、匙は仙術を使うにあたって通常よりも多くの邪気を取り込む体質なのです。私たちが仙術を使用する際邪気や悪意を取り込む場合は、それを体内でろ過させます。しかし匙は属性の関係上もあって悪意や邪気をそのまま使用します。体質柄邪気に対する耐性も高かったのですが、やはりそう多くは御しきれません。それもかなり無茶な使い方をするので余計に邪気を体に取り込んでしまう」

 

 ソーナはきれいな水の塊に汚い水の塊を入れる。汚い水の塊はソーナの魔力で固定されてるため、きれいな水の塊の中で塊を保ち混ざらない。

 

「匙はこの体内の邪気をラインを通して、兵藤くんの中に排出していたのです。———常人では耐えられない程の邪気を。相当な修行と緻密なコントロールを必要とします。が、匙は見事成し遂げてくれました」

 

 一誠はあの時匙のラインで吸い取られる感覚がしなかった時のことを思い出す。匙の思惑を知った瞬間やられたと感じた。

 

「兵藤くんの体に溜められた邪気は匙の体の中で固められたものなのでしばらくは大丈夫。しかし、しばらくすれば―――」

 

 きれいな水の塊の中の汚い水の塊が割れ、きれいな水を汚染した。

 

「この水のように兵藤くんの心を汚染し、暴走させます。あなたの鎧は堅牢。攻撃力は強大。けれど、その力を爆弾に変えてしまうことだってできるんです。これ以上無駄に力を使うことは、仲間を傷つけてしまうおそれがあります。それも自分自身の手で」

 

 一誠を倒す方法は他にもいくらでもある。その中でソーナは確実性は多少欠けるものの、一度嵌ればどの方面からでも相手が大損する方法を選んだ。これでは一誠は最後の力を振り絞って何かをすることも気軽にできない。ソーナは最後の一度や二度の行動すら封じようとしたのだ。

 あまりにも残酷ともいえる一誠の攻略方法に戦慄を覚える。

 

「外に兵藤くんの邪気を払ってくれる人を手配してます。汚染される前なら簡単に取り除けるでしょう。しかし、無理をすれば仲間を傷つける危険性と周りを大きく破壊してルールで退場なんて可能性があります。特に後者は確実に起こるでしょう」

 

 既に一誠は八方ふさがり。最後に何か成し遂げようと思っても、それが原因で仲間を傷つけてしまうかもしれない。頭痛から自分は既に汚染され始めてることを自覚した。

 一誠がどうするか考えている間に、ソーナは部長に訊く。

 

「リアス、あなたはこの戦いに何を賭けるつもりでしたか? 私は、命を賭けるつもりでした。私の夢はとても難しくまだまだ問題点も多い。一つ一つ壁を崩していかなければ、解決の道が開けません」

 

 ソーナは真正面からリアスに言う!

 

「リアス、あなたのプライドと評価は崩させてもらいます」

 

 ソーナの言葉にリアスは苦虫を噛み潰したようだった。心底悔しいのだ。

 この戦いは部長が有利。あまりにも有利で勝つのが当たり前とさえ思われている。しかし、現実はこれだ。

 期待が高かっただけに現時点で既に評価はガタ落ちである。

 ソーナの視線が一誠に移る。

 

「匙は、ずっとあなたを超えると言ってました。匙にとってあなたは同期の『兵士』であり、友人であり、超えたい目標だったのです。でも、あなたには伝説のドラゴンが宿っている。ただそれだけで彼はあなたに劣等感を持っていました。私は、あの子にそんなものがなくても戦えると知ってほしかったのです。そして、それは匙に伝わりました。匙の邪気にそこまで苦しむのはそういうことです。もうすぐこの戦場から消えるであろうあなたに言いましょう。———夢を持ち、懸命に生きる『兵士』はあなただけじゃない! あなたを倒したのは匙元士郎です!」

 

 一誠の脳裏に匙が言った『俺は……おまえを超えていくッッ!』が蘇る。それと同時に最後は殴られながらも立ち向かってきた匙の姿も蘇る。自分が倒せなくても爪痕だけ残して仲間につなげようとする意志。仲間を信じるその精神に感動すら覚える。

 しかし既に匙の攻撃だけで沈みそうになる。それでも一誠は新技を披露せずに終わるのは嫌だと思った。倒れるなら、わんぱくをしてから突っ伏したいと。両手を前に出して、リアスの胸に照準を合わせる。

 

「リタイヤ前に……俺は俺の煩悩を果たしてから消えようと思う……」

 

 一誠はアイデンティティとも言えるどうしようもない煩悩で、できる限りのパワーを脳内に注ぎ込む。

 悪意に飲み込まれることなど一切考えず煩悩のままに発動。なけなしのオーラが一誠を包む。

 

「高まれ、俺の欲望ッ! 煩悩解放ッ!」

 

 赤龍帝の力を使って、力を高める。一誠を蝕むのは悪意。幸運なことに煩悩は悪意の及ぶ部分ではないため現在は支障はない。

 

「広がれ、俺の夢の世界ッ!」

 

 刹那、一誠を中心に謎の空間が展開する。それを感じてグレモリー側の女性陣は身を守る格好を、シトリー側は身構えてよく観察していた。

 一誠はリアスの胸に向かって話しかける。

 

「あなたの声を聞かせて頂戴なッ!」

『イッセー、だいじょうぶかしら……。あまり変なことをすると体に障っちゃう……』

「部長、いま俺を心配してくれましたね? 変なことばかりしていると体に障ると……』

「イッセー! どうしてそれを……?」

 

 リアスの質問に答えず、一誠は次にソーナノ胸に向けて質問した。

 

「あなたはいま何を考えている?」

『もしかザァァァァァァァァァァァァ―――――————————ッ!!』

 

 先ほどまで一誠にだけ聞こえていた胸の声。それが突如ダムを流れる水のような轟音にかき消され聞こえなくなってしまった。

 

「あ、あれ……?」

「どうしたの、イッセー?」

「聞こえない……。水の音に邪魔されてる。そんな! 俺の新技『乳語翻訳(パイリンガル)』は女性限定で質問すればおっぱいが嘘偽りなく俺にだけ答えてくれるはずなのに……!」

「兵藤くん。あなたは相手の無防備な心に直接問いかけることができるのですね。だけど無駄です。心に鍵をかける技術はありませんが、心の声を雑音でかき消すことくらいはできます」

 

 一誠は新技が防がれたことに大きなショックを受けた。山でドラゴンとの修行中、女の子と話したい、会いたいと思うところから始まったこの技。坊主が煩悩を払うとは真逆により煩悩に塗れ胸のことばかり考えて完成させた『洋服破壊』に続く煩悩必殺技。それが初披露で破られたのだからショックも大きい。

 若干取り乱す一誠に対してソーナは淡々と理由を答える。

 

「私たちが仙術を習得する中、心を読んだり精神をかき乱そうとする相手はたくさんいました。それに対抗する技だったのですが、まさかこの試合で使うとは思いもしませんでした。兵藤くん。改めて恐ろしい相手ですね」

 

 一誠はそれでもあきらめずに他のソーナ眷属の胸にも語りかけてみる。しかし、暴風の音や雷の轟音や岩同士が打ち付けあう音などに妨害されてまともに訊くことは叶わない。

 新技の失敗のショックと無理に力を増幅させ浸食が早まった邪気にその場に倒れこむ。

 悪意が反応しない煩悩とは言え無理に力を使いすぎた。自分でもこれ以上無茶をすれば暴走してしまうことを感じ取り自らリタイヤをする道を選んだ。

 

『リアス・グレモリー様の『兵士(ポーン)』一名、リタイヤ』

 

 倒れる一誠を心配し駆け寄るアーシアが到着する前に一誠は光に包まれその場から姿を消した。

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 一誠がバトルフィールドから消えた後、この場に残ったリアス・グレモリー眷属はリアス、朱乃、アーシアに加えて木場かゼノヴィアのどちらか一人を加えた四人(五人)。対するソーナ・シトリー眷属は七人。

 失った数も残った数も圧倒的にソーナ・シトリー側が有利。

 優勢と言われていたリアス・グレモリー眷属。しかし、いざ始まってみれば大番狂わせもいいところ。優勢と思われていた側がまさかの一人倒しただけで半分失う大劣勢。これを見てた上級悪魔からは苦言が漏れる。

 この勝負で確実にリアス・グレモリーの評価は下がる。何とかここで挽回しなくてはとリアス眷属は考える。

 一誠が消えたことでアーシアはショックを受けているが、他のメンバーは何とか冷静を保つ。

 予想外なことばかり起きてきたレーティングゲーム。もはや衝撃を受ける余裕もないほど追いつめられていると言った方が正しい。

 

「さて、どうしますかリアス」

「まだよ! 私は最後まで諦めないわ!」

 

 あくまで淡々と冷静に話すソーナに感情的に話すリアス。作戦で負け、数で負け、最も頼りにしていた兵士を失った。この時点で観客は誰もがリアスにはもう打つ手がないと思っていた。

 その時、黄金のオーラをバチバチと全身から放つ朱乃の姿がひと際存在感を放つ。その瞳は涙にぬれている。

 

「……イッセーくんに私の決意を見てもらおうとしたのに……」

 

 ふらふらとおぼつかない歩き方で一歩前へ出る。その歩みには確かな重量感が感じられる。

 

「……この嫌な力を彼の前で使うことで……乗り越えようとしたのに……」

 

 朱乃はゆっくりと手を前へ突き出し。

 

「許さない。———————消しますわ」

 

 ドSな素顔を見せていた。リアス眷属では一番触れてはいけないと言われる状態の朱乃。怒気を含んだ迫力のある言葉の後に、それに見合う大量の雷が放たれる。それは一直線にソーナへと襲い掛かる。

 

「朱乃先輩、雷なら私だって専門なんですよ」

 

 しかし朱乃の雷はソーナには届かず、小猫を倒した仁村の方へと雷が進路を変えた。自身が避雷針となり雷を呼び寄せたのだ。

 ソーナは自分の目の前で進路を変えた雷を見て急に慌てた表情へと変わる。

 

「仁村! 受けてはだめです! 草下! 壁で受け止めなさい!」

「は、はい! 土遁『二重土壁』」

 

 仁村の前に出て二重の土の壁を展開。朱乃の雷は土に壁に阻まれ破壊こそしたがダメージは一切与えられなかった。

 

「危なかった……。今の雷、少なくない聖なる力が宿っていましたね。雷だけなら仁村が完全に吸収できましたが、聖なる力でやられていたところです」

「よくも私の雷光までも……。絶対に許しませんわ」

 

 朱乃は完全に草下の方を向いている。怒りで我を忘れている朱乃には、ただでさえ一誠に見せられなかった力を止められたことが許せないのだった。

 朱乃の様子を見てソーナは『僧侶』の花戒 桃に指示を出す。

 

「花戒。朱乃さんを仁村で抑えきれなくなりました。予定通りに一気に決めてください」

「あれなら草下と協力すれば小技でも倒せるか確率も高いと思われますがよろしいのですか?」

「不確定要素はなるべく消したいので作戦通りにします。その代わりちゃんと威力は抑えてくださいね」

「はい」

 

 会話が終わると花戒 桃は仁村の方へ移動。

 仁村は現在草下と協力し朱乃と戦ってい最中。仁村雷の移動速度で朱乃を翻弄し、草下が仲間に当たりそうな雷光をガード。

 雷の速度で移動を続ける仁村に花戒は、移動速度は雷には劣るが方向転換ができる風の速度で隣に移動。

 

「仁村さん。最後はあの術で決めますよ!」

「あの技……ああ、あの技ですね!」

 

 花戒の言葉の意味を理解した仁村は再びバチバチと電気を溜め、花戒は思いっきり息を吸い込んだ。そして二人同時に術を放つ。

 その予備動作を見て草下はすぐさま二人の直線状から離れた。

 

「「風雷遁『二面舞首(にめんまいくび)』」」

 

 雷を纏った小規模の竜巻が発生。それは防御に使われていた草下の土壁の残骸を破壊しながら朱乃の方へ向かっていく。朱乃も雷光で応戦したが、雷光の雷は竜巻に飲み込まれ威力を上げ残った光は無残に竜巻にかき消される。

 より強力になった竜巻から逃れられず朱乃は飲み込まれてしまった。

 

「アァァァァァァァッ!!」

『リアス・グレモリー様の『女王(クイーン)一名、リタイヤ』

 

 信頼する『兵士(ポーン)』を失った次は、頼れる『女王(クイーン)』までも失った。その場に残されるは『(キング)』と戦闘能力のない『僧侶(ビショップ)

 しかし、一誠や朱乃の分までリアスのために戦おうとする頼もしい援軍が現れた。

 

「ハァハァハァ……遅くなって申し訳ありません」

「祐斗!」

 

 息を荒くしながらも木場がリアスのピンチに駆けつけた。その体には決して少なくないダメージ跡が残っており、激戦の中ここまでたどり着いたのがうかがえる。それでもアーシアの回復を施せばまだまだ戦えそうだ。

 

「待てやゴラァ!」

 

 その後ろから明らかに木場よりもダメージの多い由良が火だるま状態で追ってきていた。

 由良の不思議な姿にリアスの頭は?が浮かぶ。しかも木場よりも元気そうなのがより一層意味がわからない。

 

「ついに撒ききれなかったか。だけど、ここで決めれば問題ない!」

 

 木場は後ろの由良を無視して、全速力で一直線にソーナに向かっていった。例えどれだけピンチ的状況だろうと王を取ればこちらの勝ち。自身の王であるリアスの評価をこれ以上下げなくて済む。

 

「王が直接出てきたのは悪手でしたね!」

 

 木場は騎士(ナイト)の中でもかなり早い速度で一気に近寄る。この距離と勢いのついたスピードなら邪魔されず倒せる確率が高い。

 あまりのピンチに木場は功を焦った。ソーナ眷属の誰もが木場を見つつもソーナを助けようとしないことに気づけなかったのだから。

 

「もらいました!」

「最後まで(キング)が生きる。それが(キング)の役割です」

 

 木場がソーナに向かって聖魔剣を振るうと、ソーナの体はいとも簡単に真っ二つになった。それはソーナではなくソーナの形をした水の塊。

 ソーナの形をしていた水の塊は木場の体を包み込み、水の球体の中に木場を丸ごと閉じ込めてしまった。

 

「ゴボ!? ゴボボボボボボボボッ!」

「『水分身』からの水遁『水牢の術』。見事引っ掛かっちゃいましたね」

 

 水の牢獄の中で何とか脱出しようと木場はもがく。水をかき分けて泳ぎ出ようとしても出られず、剣で切り裂いても斬れず、急に閉じ込められたため息も長く続かない。それどころか閉じ込められる際に水を飲みこんでしまい息も長く続かない。

 

『リアス・グレモリー様の『騎士(ナイト)』、一名リタイヤ」

「祐斗!」

「残りは『王』と『僧侶』だけか」

「!?」

 

 リアスの傍らでリアスが聞きなれない男性の声が聞こえてきた。その声の正体はアーシアの真後ろにいつの間にか現れ、背後からの当て身でアーシアの意識を簡単に奪ってしまう。

 

『リアス・グレモリー様の『僧侶(ビショップ)』一名、リタイヤ」

 

 アーシアを倒した野球のユニフォームを着た男性の突如の出現にリアスは驚きを隠せない。例え目の前のソーナ眷属に意識を集中させていたとはいえ、こんな大柄の男性がここまで近づいて全く気づけなかった。自分の横にいたアーシアの真後ろにいたというのに。

 その男性は再びリアスの視界から姿を消すと、今度はいつの間にはソーナ側に移動していた。

 

「国木田さん。誇銅君の相手はどうしたのですか?」

「捕まえるのに手間取ったが結界の中に閉じ込めてきた」

「そうですか」

 

 椿に質問され国木田は知れっと嘘をついた。しかし椿はそれを嘘と知りつつも容認。本当は誇銅も審判に見つからない日本式結界の中でおとなしく終わりを待っている。

 ソーナ眷属とリアスがにらみ合っていると、たった一人の王の前に小さな水で出来た子供くらいの大きさの人形が上から降ってきた。初めはたった一体。しかし次第に一体、また一体と降ってきて水の人形があっという間にリアスの周りを取り囲んだ。その水の人形の一体からソーナの声が発せられる。

 

「水遁『蒸気暴威頭(ジョウキボーイズ)』。水でできた人型の水蒸気爆弾です。爆発と再生を無限に繰り返し相手を追い続ける」

 

 それは屋上に本体を潜ませたソーナによる攻撃だと気づくのにそう時間はかからなかった。

 リアスは滅びの力の魔力の弾を放ち人形を破壊する。それも機関銃の如く無数に。一発一発から高い魔力が込められている。そこには確かな修行の成果は出ている。

 無限に再生を繰り返す蒸気暴威も元となる水が無くなれば再生できない。だが不自然に建物内で降る雨によりすぐに失った分が補充される。ソーナが建物内から集めた水を屋上から雨のように降らせているのだ。

 朱乃は竜巻に飲み込まれリタイヤ。アーシアも背後からの当て身で気絶リタイヤ。駆けつけてきた木場もソーナの罠によりリタイヤ。王がたった一人で敵陣地に取り残された。それも人型の爆弾に取り囲まれるという状況で。

 既にリアスには万に一つも勝ちの目はない。完全な詰み。

 

「リアス。チェックメイトです」

 

 リアスVSソーナ。勝敗がわかりきった最後の戦いが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

『投了を確認。ソーナ・シトリー様の勝利です』


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