決戦日―――。
グレモリーの居城地下にはゲーム場へ移動する専用の巨大な魔方陣が存在している。
僕たち眷属はその魔方陣に集まって、もうすぐ始まるゲームへの準備を済ませ備えていた。
アーシアさんとゼノヴィアさん以外、駒王学園の夏の制服姿。アーシアさんはシスター服で、ゼノヴィアさんは出会った時に来ていた黒い戦闘服。シトリーさんの所は全員まちまちらしい。
リアスさんのお父さん、お母さん、ミリキャス君、アザゼル総督、が魔方陣の外から声を掛ける。
「リアス、一度負けているのだ。勝ちなさい」
「次期当主として、恥じぬ戦いをしなさい。眷属の皆さんもですよ?」
「がんばって、リアス姉さま!」
「まあ、今回教えられることは教えた。後は気張れ」
リアスさんのお兄さん。魔王様は既に要人専用の観戦会場に移動していると聞いた。 そこには三大勢力のお偉いさんだけじゃなくて、他の勢力からのVIPも招待されているという。スサノオさんもそこにいるらしい。神無さんの話によると、早く帰りたいとスサノオさんにしては珍しく愚痴を言っていたと。
スサノオさんもご苦労様です。日本を護る神として嫌いな悪魔の領地にいる事、心中お察しします。
そんな事を緊張感漂う中で考えていると、魔方陣は輝き出した。
―――ついに始まってしまったか、レーティングゲーム。さて、どうしようかな。
魔方陣でジャンプして到着したのは―――テーブルだらけの場所だった。
へー今回の陣地はこんな感じか。そう思いながら周囲を見渡すと、テーブルの周囲にファストフードの店が連なっている。どうやら飲食フロアのようだね。
僕は周りを軽く見て、ちょっと移動し奥も見ておく。その先には、広大なショッピングモールが広がっていた。
どこか見知ったような店が奥までずらりと並び、天井は吹き抜けのアトリウム。そこから光が溢れてきていた。
ん~この風景、どこかで見たことあるような……。
「駒王学園近くのデパートが舞台とは、予想しなかったわ」
一誠の隣にいるリアスさんが言う。
あっそうだ! 僕も二年前には何度も行ったことのあるデパートだ! 懐かしいな。それにしても、こんなに本物そっくりの偽物を用意できるなんて。改めて悪魔との地力の違いを感じてしまうよ。日本の術ではこんな事できないからね。
その時、店内アナウンスが流れてきた
『皆様。この度はグレモリ一家、シトリー家の「レーティングゲーム」の
アナウンサーは銀髪メイドさんのグレイフィアさん。やっと思い出したよ。確かライザーさんとのレーティングゲームの時もアナウンスしてたよね?
『我が主、サーゼクス・ルシファーの名のもと、ご両家の戦いを見守らせていただきます。どうぞ、よろしくお願い致します。さっそくですが、今回のバトルフィールドはリアス様とソーナ様の通われる学舎「駒王学園」の近隣に存在するデパートをゲームのフィールドとして異空間にご用意いたしました』
ゲームの舞台となっているこのデパートは二階建て。高さ的には大したこない。だけど、一階二階と吹き抜けの長いショッピングモールになっているから、横面積がかなりのものとなっている。ショッピングモールの屋上には駐車場があって、その他にも立体駐車場が存在している。だったかな?
『両陣営、転移された先が「本陣」でございます。リアス様の本陣が二階の東側、ソーナ様の「本陣」は一階西側でございます。「
本陣は互いに遠いデパートの端っこ。僕たちの陣地の周りにはペットショップ、ゲームセンター、飲食フロア、本屋、ドラッグストアが存在している。本陣の下の一階には大手古本屋の支店とスポーツ用品店がある。
そしてソーナさん側には……全く覚えてない。まあ、リアス・グレモリーの
『今回、特別なルールがございます。陣営に資料が送られていますので、ご確認ください。回復品である「フェニックスの涙」は今回両チームにひとつずつ支給されております。なお、作戦を練る時間は三十分です。この時間内での相手との接触は禁じられております。ゲーム開始は三十分後に予定しております。それでは、作戦時間です』
アナウンス後、僕たちはすぐに飲食フロアに集められ話し合いを始めた。
「バトルフィールドは駒王学園近くのデパートを模したもの。つまり屋内戦ね」
リアスさんが飲食フロアの壁に描かれた大きなデパート内の案内図を見ながら言う。リアスさんの手元にはチェスのマス目に区切られた専用の図面も存在する。
屋内戦。ド派手な攻撃が飛び交うイメージのあった悪魔にはちょっと意外。まあ少々意外なフィールドでも別に驚かないよ。不安定な足場とかの意味なら、平安時代で土蜘蛛さんとの稽古で揺れる船の上での組手とかもあったしね。足場が悪い以前に船酔いしちゃった。
リアスさんが送られてきたルールの紙に目を通す。
「今回のルール、『バトルフィールドとなるデパートを破壊し尽くさないこと』―――つまり、ど派手な戦闘は行うなって意味ね」
「なるほど。私や副部長、イッセーにとっては不利な戦場だな。効果範囲の広い攻撃が出来ない」
ゼノヴィアさんの言うとおり、これはとても不利な戦場。こちらのメイン戦力が相当抑え込まれてしまっている。
ソーナさんが日本勢力と繋がりその技術の一部を得てる前提で考えると、時の利と地の利は完全に向こう側だ。時の利、つまり今回こちらのメイン戦力の封印。そして日本の技には派手なものが少ない。妖術ですら奇襲や幻術を絡めた一点集中などとにかく不意を突くものが主流。
地の利はそれに因んで広範囲攻撃がされないため安全に奇襲に転じやすい。日本流の術に合わせると自然と周りを利用した戦い方になる。わかりやすい弱点である広範囲攻撃がされないのが最も大きい。まあ、できる妖怪が少ないだけで手段がないわけじゃないんだけどね。
「困りましたわね。大質量による攻撃戦はほぼ封じられたようなものですわ」
朱乃さんは困り顔で頬に手を当てる。木場さんもため息を吐きながら意見を言う。
「ギャスパー君の眼も効果を望めませんね。店内では隠れる場所が多すぎる。商品もそのまま模されるでしょうし、視線を遮る物が溢れています。闇討ちされる可能性もありますし……困りましたね。これは僕らの特性上、不利な戦場です。派手な戦いが出来るのがリアス・グレモリー眷属の強みですから、丸々封じられる」
「いえ、ギャスパーの眼は最初から使えないわ。こちらに規制が入っているのよ。『ギャスパー・ヴラディの
ギャスパーくんへの規制が厳しい気がするけど、それも仕方ない事かな。使いこなせてないものを無理に使って、ギャスパーくんに何かあったらいけないしね。
さっそくメガネをかけるギャスパーくん。結構似合ってるね。
「レーティングゲームは、単純にパワーが大きいほうが勝てるわけじゃない。バトルフィールド、ルールによって戦局は一変するわ。力が足りない悪魔でも知恵次第で上にもあがれる土壌があるからこそ、ここまで冥界や他の勢力で流行ったのよ。今回は私たちにとって不利なルールかもしれないわ。けれど、これをこなせなければこれからのゲームに勝ち残ることなんてできない。『「
リアスさんの力強い言い方に、朱乃先輩は頷く。
「そうですわね。実際の戦場でも、このような屋内戦は今後あるかもしれません。そうなった場合、今日のように力が完全に発揮出来ないこともあるでしょう。ーーいい機会だと考えましょう。チームバトルの屋内戦に慣れておくのに、今回のゲームは最適ですわ」
朱乃さんが言い終えると、一誠は恐る恐る手を挙げた。
「あ、あの、部長。俺、禁手になることやパワーを上げる修業に必死で、力を抑えて戦う練習なんてしてませんけど……」
「わかっているわ。今回、完全に裏目に出たのよ。戦場とルールはランダムで決まるとはいえ、今度のゲームはイッセーにとっては最悪に近いかもしれないわ。あなたのパワーは絶大すぎる。ルール上、建設物を破壊したらアウト。できるだけパワーを抑えて戦って頂戴。格闘戦でなんとか凌いでちょうだい。……難しいことばかりでゴメンなさい」
「……はい。って、正直不安過ぎますけど……」
その後もリアスさんと朱乃さんが作戦案を話し合う。
どのような部分に注意するべきか、どのような行動が定石になるか、相手はどう動いてくるかの予想。どのあたりまで空間がコピーされているかなど。結構しっかりと考えられている。だけど、経験もなくニガテな空間でどこまで通用するかはわからない。
「部長、屋上の立体駐車場を見てきます。近くに階段がありますから、確認してきます」
「お願い、裕斗」
木場さんは早足でその場をあとにする。
一誠はなぜ木場さんが駐車場に行ったのかを疑問に思いリアスさんに訊く。
「車で店内に突っ込んで来たら大変でしょう? それに車単体を爆弾に見立てて使ってくる可能性も視野に入れておかないといけないのよ。さすがに店内を暴走運転なんて行為をソーナがやるとは思えないのだけれどね」
その場にあるすべてが武器になる。平安時代でもそういう事はよくあった。
幻覚を使う際、近くの木々を怪物に見せかける事でより低コストで相手を術に嵌める。
「ギャスパーはコウモリに変化して、デパートの各所に飛んでちょうだい。
「りょ、了解です!」
ギャスパーくんもいつもより気合いが入ってる様子。そういえばギャスパーくんは初レーティングゲームだっけ? 僕も初めての時はドキドキで興奮したからね。
その後も作戦の話し合いは続き、細か(結構大雑把)な戦術を決めていく。そして、作戦時間の半分が過ぎた頃に固まった。
リアスさんは僕たちを見渡して言う。
「ゲーム開始は十五分後ね……。十分後にここに集合。各自、それまでリラックスして待機していてちょうだい」
リアスさんの言葉により、みんな一度解散。僕は本屋の中にある椅子に座って待った。
ここの本屋は中でゆっくり読めるスペースが用意されている。まあ、漫画とかは読めないようにされてるけどね。文庫本やいくつかのライトノベルは読めるようになっている。
特に何か読もうかと思って入ったわけじゃないけど、十分以上もただ座ってるのも味気ないね。面白そうな本がないかを少し探してみる事に。最新刊と書かれたコーナーや芥川賞受賞作品と書かれた本。いかにコピーされた空間と言えど漫画の袋を破って読む気にはなれない。
その中で僕はある妖怪の少年が主人公の作品で有名になった漫画家の本を見つけた。漫画だけど、最新コーナーにあったからか読めるようになっている。この先生のキャラは現代になって現代向きにキャラも内容も書き直されたりしてるけど、この漫画の妖怪たちは本家のタッチと内容で描かれている。
前からこの人の作品には興味あったけど、平安時代で妖怪に深く関わってからより一層興味が出たよ。
僕はどちらかと言うと今より本家の描き方の方が好きだ。キャラの本当の姿は違うけど、なんだか似てるところもあってまるで知ってる人の違う一面を見ているかのようだ。
「ネズミ男は現代も本家も変わらないね」
まあ、ねずみ男に会った事ないけども。
「あの、誇銅先輩」
「ん?」
僕が本を読んでいると、ギャスパーくんが僕の目の前に。まあ、近づいて来てたのは気づいてたけどね。
僕は読んでた本を閉じる。
「すいません、お邪魔して」
「大丈夫だよ。それで、どうしたの?」
僕は少し端に寄って隣に座るように促す。ギャスパーくんは僕の考えが通じたようで隣に座る。横には結構スペースがあるのにかなり僕の方に寄って。人と話すのが苦手なギャスパーくんがこうも寄ってきてくるのって、心を開いてくれてるみたいでうれしいよ。
「誇銅先輩は何の本を読んでいたんですか?」
「日本の昭和を舞台にした妖怪漫画だよ」
「誇銅先輩はこういう漫画が好きなんですね」
「好きか嫌いかで言えば好きだね。でも、こういうのばかり読んでるわけじゃないよ? ライトノベルとか、偶には文庫本だって読む。結構いろんな本を読むほうだね」
ギャスパーくんと当たり障りのない日常的会話を楽しむ。もうすぐレーティングゲームが始まるっていうのに、僕の中にはそういう緊張感は一切ない。
僕との会話でギャスパーくんも笑顔を向けてくれる。だけど、その笑顔にはちょっぴり緊張感が見え隠れする。
僕はギャスパーくんの頭を優しく撫でてみた。
「こ、誇銅先輩……?」
「緊張してる?」
「……はい」
元気のない返事。ギャスパー君の笑顔もしぼんでしまった。
アザゼル総督のトレーニングで多少なりとも改善らしいけど、引っ込み思案なギャスパーくんにこの大舞台はとても緊張するものだろうね。
「誇銅先輩、やっぱり僕、自信ないです。神器を暴走させてしまうのも怖いですけど、それを封じて十分な役割を果たせるかどうか。怖いんです」
いくらギャスパーくんの役割がデパート内の様子を知らせる事だとしても、十分な役割を果たせるかどうかは怪しい。
ギャスパーくんがコウモリに変身したところで的は小さくない。怪しい動きに騙されたり、発見する前に発見されて返り討ちにあう可能性も高い。
「大丈夫……なんて無責任な事は言えない。だけど、ギャスパーくんがリアスさんたちにどう思われても僕はギャスパーくんの味方だから。ギャスパーくんが僕の味方であり続けてくれたみたいに」
僕は撫でる手を止めてギャスパーくんをそっと抱き寄せた。ヒビの入った卵を割らないかのようにそっと優しく抱きしめる。
ギャスパーくんは僕とは違う。とても珍しい神器にヴァンパイア。僕なんかと比べ物にならない将来性がある。それに、ギャスパーくんは本当の意味でリアスさんに家族扱いしてもらえている。例えこのレーティングゲームで失敗しても立場が悪くなることはないだろう。
だけど、ギャスパーくんはそうは考えていない。ギャスパーくんの過去を、なぜそうなったか詳細は知らない。だけど、ギャスパーくんはそうなる事をおびえている。
だから、もしそうなってしまったら、僕だけはずっとギャスパーくんの味方であり続ける。いざとなったら一緒にリアスさんの眷属を抜けて、天照様に頼み込む。
「誇銅先輩……」
「力になってあげられる事は少ないけど、僕はギャスパーくんの安心できる場所であり続ける。これだけは約束できる」
それから数秒間ギャスパーくんは僕の胸に顔をうずめ、僕の腕の中から出た。
その表情はさっきまでの暗いものではなく、再び笑顔を取り戻している。
「ありがとうございます誇銅先輩。もう、大丈夫です」
「それはよかったよ」
ふと時計を見てみると、そろそろ集合時間になろうとしていた。
「ほら、そろそろ時間だよ。行こう」
「はい!」
僕とギャスパーくんは一緒に集合場所へと戻っていく。ほんの少しの間手を繋いでね。
◆◇◆◇◆◇
定刻になった。
僕たちはフロアに集まって、開始時刻を待っていた。
そして、時間キッチリに店内アナウンスが流れた。
『開始のお時間となりました。なお、このゲームの制限時間は三時間の
三時間……。それがレーティングゲームの目安で長いのか短いのかわからない。だけど、正当にぶつかり合うなら短い時間制限ではないと思う。作戦時間も事前に儲けられてたし判定になる事はたぶんないかな?
リアスさんは椅子から立ち上がり、気合の入った表情で何かを言おうとした瞬間。
バコン!
急にデパート内の電気がすべて消えてしまった。さらに、真っ黒な霧がアトリウムを覆い隠し光を遮ってしまう。周りが全く見えない程の暗さではないが、普通の人なら少しばかり目を慣らす必要があるだろう。
暗闇にも慣れてる僕の目には周りの様子が見えているが、リアスさんたちはそうもいかない。急に電気が消えた事に冷静だが少しばかり平常心ではなさそうだ。一誠はモロあわててる様子だけどね
暗闇の中、何もない空間から突如太い人間の腕が現れ
『リアス・グレモリー様の『
瞬く間にギャスパーくんの意識を刈り取った。ギャスパーくん!?
気づけなかった。もしもあの攻撃が僕に向かっていたら気づけたかもしれない。所詮僕の柔術は護身術に過ぎない。今の僕では誰かの盾になって守る事はできても、助けるための矛にはなれない。ごめんよ、ギャスパーくん。
間違いない。既にソーナさんの眷属はこの場にいる。注意深く感じてみると、腕の持ち主の未だに薄らとした気配とは別に、もう少しはハッキリとした気配を感じる。僕に敵意が向けられていないからこれ以上感じ取る事はできない。
「アーシア! ギャスパー!」
「イッセーさん!」
一誠はアナウンスを聞くとリアス・グレモリー僧侶のアーシアさんとギャスパーくんの名前を呼んだ。一誠はたぶん意識してやったことではないだろうけど、これでギャスパーくんがやられた事が仲間に伝わった。
ギャスパーくんを倒した腕が暗闇の中から姿を現す。現すと言っても、幻術を見破るように注意深く見ないと見えないけどね。
闇の中から現れたのは国木田さん。一言も発さずに指で向こう側を指差す。僕はそれについて行き、誰にも悟られずにこの場を離れた。
「何も訊かずについて来てくれてサンキュー。あと、誇銅が可愛がってた後輩をいきなり闇討ちして悪かった」
「いいえ。これは疑似とは真剣勝負なんですから。感情的には割り切りにくいとこもありますけど、仕方ない事です」
「そう言ってもらえると助かる」
僕が連れてこられたのはデパート内の端っこも端っこ。それでもそれなりに広めのスペースがとられている。
正直ギャスパーくんを闇討ちされたのは心情的に複雑なものがある。だけど、そんな事言ってられる程甘い世界じゃない。仕方ないとして割り切らなければならない。別に殺されたわけでもないんだし。それが嫌なら、僕はもっと強くならなくちゃいけない。
「ここは日本式結界と俺の陰遁で巧妙に隠されている。カメラ越しじゃ相当注意深く見てても見破るのは至難の技だ」
要するに、ここの結界内で何をしても悪魔にばれる心配はないと言ってくれている。
実際こうやって悪魔にばれない環境を作ってもらえるのは相当ありがたい。これで気兼ねなく話ができるんだからね。
「でもいいんですか? こんな所で僕といても」
僕とこうして話をすれば当然ここから動けない。そうなるとリアスさんたちと戦う事も、ソーナさんをサポートする事もできない。
「俺は日本妖怪。悪魔じゃない」
そうはっきりと言い切った国木田さん。それはつまり、悪魔として戦うつもりはないと言う事。僕がリアス・グレモリー戦車としては戦うが、日鳥誇銅として戦わないのと同じ。
「まあ、ある程度は力を貸してもいいと思ってる。俺はあいつらが気に入ってるんでね。さすがに日本妖怪としては力を貸せないが、悪魔悪鬼としてなら少しは力を貸すぜ。さっきみたいにな」
どうやら僕の方とは事情が違うようだ。それも当然か。僕はリアスさんに日本勢力との繋がりを隠し、リアスさんを信用していない。一方国木田さんはソーナさん自身に日本勢力との繋がりがあり、ソーナさんを信用している。この違いは当然と言えるだろうね。
「まあ、悪魔事態には内緒だけどな。あと、モロ悪魔の利益になる事には一切手は貸さない。日本が関われば、悪魔に不利な行為を行う事もある。これは最初の約束事で決まっている」
信用できる
まあどっちにしろ、僕が日本勢力に出会えたのもリアスさんに見捨てられたのが原因だし、悪魔にされてなければ日本勢力との繋がりも得られなかったことを考えると複雑な気持ち。最高に我儘を言うなら、悪魔を辞めて表だって正式に日本勢力に所属したい。
「それで、僕たちは何をしましょうか?」
別にこれといってやることもない僕たち。三時間ずっとここでしゃべってるのも間が持つかどうかわからない。
僕がこう訊くと、国木田さんは笑って見せた。
「前に言っただろ? 手合せ願いたいって」
いつか手合せしたいと思っていたけど、まさかこんな所で実現するとは思っていなかった。とても驚いたよ。
自然と僕も笑顔になり、嬉々としてその提案に返事をした。
「もちろん。ぜひお願いします」
「それはよかった」
僕は制服の袖ボタンを留めて構えを取る。道着ではないけど、そんなのを気にしていたら護身術として成り立たない。制服であることは何の支障もない。
国木田さんも野球のユニフォームを脱ぎ捨ててほぼ全裸になる。出来れば下だけでも着ててほしいけど、それが国木田さんの戦闘スタイルなんですね。
だけど、僕はその時何となく違和感を覚える。それは、普通ないのが当たり前なのだが、国木田さんは必ず付けている事で有名なもの。
「今日は着けてないんですね」
「ん? ああ、ブラジャーの事か。取られちゃったんだよ、匙にな」
え? なんで匙さんが!?
匙さんに女性用下着を、それも国木田さんがつけているものを取る事に僕は理解できない。ソーナさんとかのならまだ理解できる。軽蔑はするけど。でも、国木田さんのだとわかって取ったのなら理由がわからない。
人が大勢見てる前だから取ったというのも考えたけど、それなら学校内でも没収しているだろう。この人、前に上下の下着姿でグランドに立ってるのを見てしまったからね。それを生徒会が知らないとは思えない。
「え、匙さんが? なぜ……?」
「新入りだからさ。ソーナ眷属は全員がそれぞれの属性に関する妖術を収めている。そして、匙が入った事により全属性が集まった」
その状態のまま国木田さんが説明をしてくれた。できればそういう説明の時は下だけでも着てくれると助かります。下はいつも通りの女性用下着だから。
「人間が妖術を模して作った術。昔の人間はこれを忍術と名付けた。まあ、本物の忍術使いは昔でもごく少数だけどな。ソーナたちが学んだのは正確には妖術ではなくこの忍術。忍術を表だって使うには七災怪かそれらに信用された教師役の妖怪の許可が必要なんだ。他のメンバーは前から取り組んでたから許可をもらっているが匙は違う。でも、匙も頑張って忍術を学んでいたら温情として現陰影が条件を出したのさ」
僕がいなくなった後の時代でいろいろ変化が起こったんだね。
人間が使う妖術。それが忍術。あの有名な忍術の起源をまさかそんなところにあったなんてね。
つまり、ソーナさんたちはその忍術を扱えるってわけか。と言う事は僕の僅かに使える妖術も忍術ってことになるのかな? いや、炎目は僕だけの術だから妖術? ちょっとわからなくなっちゃったよ。
「その条件が俺を欺く事。もっと詳しく説明すると、俺のブラジャーを取り生徒会室まで持ち去る事。ここではソーナの部屋まで逃げきる事。匙は数日前にそれを成功させたのさ」
匙さんがソーナさんの眷属入りをしたのは確か……ゼノヴィアさんが眷属入りする前くらいだったっけ? それじゃ、匙さんは一年足らず、長くても一年ほどで最低限の忍術を習得できたってこと!
「無期限でどんなタイミングでもOK。本気じゃないとはいえこの俺から逃げ切った。十分合格を言い渡せる基準値だ」
忍術の最低限がどの程度かわからないけど、きっとすごく頑張ったんだと思う。僕も仙術には結構苦戦した記憶があるよ。
長い日常の隙をつけたとしても相手は1000年前のベテラン妖怪。それも呪いや欺きや逃走を得意とする陰の妖怪。単純な強さを磨けば見つかり、脱力すれば逃げきれない。どのくらい手加減したかわからないけど、必死に技術を身に付けたのは理解できる。すごいよ、匙さん。
「忍術を認めるにあたって必要なものは、一番に信頼に値するか。その次に最低限の技量と忍の本質を正しく認識できているか。匙は後ろ二つが微妙に怪しかったが、俺を少しでも欺けるようになったら大丈夫。三つ目の確認もしっかりと言葉で聞いたしな」
指を一本一本折って説明する国木田さん。
この話を聞いて前に匙さんが僕に誤解だと言ったことの意味を理解できた。僕が初めて国木田さんに会ったあの時、匙さんはこの課題の最中だったんだね。まあ、確かに事情を知らないと変な誤解がうまれそうだけど。
「若干特化してる部分はあるが、匙はもう立派な陰の忍術使いだ。俺が保障しよう。まあ、まだまだ駆け出しだけどな。ははは」
明るく大きな笑い声をあげる国木田さん。仁王立ちで腕を組み力強い笑い声をあげている。……これで女性用下着一枚じゃなければもっとたくましく見えるんだろうけどね。
「さて、話はこれで終わりだ。始めよう。フンッ!」
国木田さんは力を入れ筋肉をより膨らませる。おそらく服を着ていたら服が破れてしまっただろう。それほどのものすごい筋肉量。だけど、九尾流は力では絶対に破られない。
「それでは、始めましょう」
僕たちの間で試合開始の太鼓の音が鳴った気がする。