無害な蠱毒のリスタート   作:超高校級の警備員

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 一話1万文字を目標にしてたら、なんか一話一話の区切りが悪くなってしまった。章が完結して暇があれば手直ししたいと思った今日この頃。


策略的な悪魔の前半戦(上)

 魔王主催パーティの後日、僕たちはそれぞれ自由に休息をとるように指示された。修業で貯まった疲労を取るために。

 あの後、僕たちはパーティの裏側で一誠たちが禍の団の白龍皇のチーム数人と戦っていたことを聞いた。あのパーティの裏で何か起こっていたことは感じていたけど、まさか一誠たちが戦ってるのはわからなかったよ。その戦いで一誠が禁手に至ったというのもまた驚いた。これでアザゼル総督の目は僕に集中するわけだ。とほほ……。

 みんなソーナさんたちとのレーティングゲーム当日までおのおのの休息の取り方をしている。一誠や木場さんやゼノヴィアさんは軽いトレーニング、アーシアさんや朱乃さんやリアスさんは普通に休息。ギャスパーくんはメンタル面でのトレーニングを続行している。そして僕は―――――

 

「たぁぁぁっ!」

「……ふん!」

「ぬあっ!?」

 

 スサノオさんの護衛の為に冥界に来た大きな黒鎧、本部神無さんと稽古をしている。もちろんリアスさんたちには内緒でね。

 神無さんは僕に技をかけようと僕の手を掴んだけど、僕はその状態から逆に技をかけて地面に叩きつけた。九尾流は触れた瞬間相手を無力化せしめる。まあ、僕の場合“触れられた場合”だけどね。

 なぜこんな事になったか。それは、パーティ後のこと。

 

「日鳥誇銅くん。で、合ってるかな?」

 

 その人はなんと、リアスさんの家の僕の部屋に直接訪ねてきた。悪魔のど真ん中、しかも最上位の位の家に堂々と! どうでもいいことだけどさ、冥界の警備大丈夫!?

 あまりの驚きでしばらくドアの前で動けなくなり、その人を部屋の中に入れた後もドアの外を見回してみた。誰も見てないかの確認も兼ねて。

 

「俺の名は本部異流(もとべいりゅう)。初代火影と同じく火車だ。急で悪いんだが後日、ちょっと俺の弟子の稽古相手をしてやってほしい。これは日本勢力としてではなく俺個人からの頼みだ。別に断ってもいい。君にだって悪魔としての立場があるしな」

 

 日本妖怪である異流さんからの依頼。僕は少し考えてからその依頼を受けた。別に断る理由もないし、僕の稽古にもちょうどいいと思ったからね。対人戦は久しぶりだよ。ばれないか心配な反面、ちょっと楽しみでもある。

 

 後日、僕はちょっと走り込みに行ってくると誤魔化して屋敷を抜け出した。そして、途中から和顔の三毛猫に案内されて指定の場所に辿り着いた。

 もしも悪魔に見つかったら大変と思ってたけど、日本式の結界を張っているから大丈夫。これは日本で独自の発展を遂げた魔法だから、おそらくそう簡単には対処されないハズ。繊細で脆いという弱点はあるけど、その分他のものを完全にシャットアウトしてくれる。脆い点も破壊なんてされればすぐ気付くという利点もある。

 攻撃から身を護る結界としてはあまり役に立たないけど、力以外の呪いなどの特殊な攻撃や盗聴や盗撮を防いでくれる秘匿用結界。と、説明を受けた。大丈夫だよ、僕は日本を全面的に信用してるから。特に、スサノオさんのお墨付きだしね。

 

「まだまだーっ!」

「はっ」

「うごっ!」

 

 そして現在に至る。かれこれ一時間近く続いてるが、神無さんが攻めて僕がそれを返してが永遠と続いている。手加減はしてないけど、神無さんも柔術家として投げられ慣れてるのかダメージの蓄積が悪い。

 

「誇銅、手加減する必要はないぞ。さっきから背中から落ちるようにばっかり気を使ってるが、その必要はない」

 

 観戦している異流さんの声が聞をかけられる。

 確かに僕は手加減はしてないが、背中から安全に落ちるようにだけは配慮している。僕よりもずっと長い時間柔術を学んでる神無さんにはいらないおせっかいだろう。だけど、今の神無さんに僕はどうしてもそれができない。

 その後も僕は異流さんのいう事を聞かずに神無さんを背中から落とし続けた。背中からだろうと、投げられ慣れてよと、一時間近くも地面に叩きつけられた神無さんはついに立ち上がらなくなる。

 

「……ちょっと休憩にするか」

 

 すぐに立ち上がらなくなることはさっきから何度かあった。そのたびに僕は神無さんが立ち上がるのを待って、組手の続きを行っていた。だけどさっきのでもう5回目。これが試合なら5回も負けてる事になる。第三者から見れば格下に手加減されてるとも見えるかもしれない。

 

「神無、ちょっと向こうで顔洗ってこい」

「……はい」

 

 向こうとはこの近くで流れてる川の事。神無さんはゆっくりと立ち上がり、落ち込んだ様子でとぼとぼと川の方へ歩いていく。

 神無さんが川で顔を洗いに行って姿が見えなくなると、異流さんが僕の横に来て座る。

 

「今日は俺の頼みを聞いてくれて感謝している。冥界のど真ん中で、俺たち日本妖怪といるなんて危険を冒させてしまって申し訳ない」

 

 僕の方に上半身を向けて頭を下げる異流さん。こんな年上の人に面と向かって頭を下げられるのはなんだか申し訳なく感じてしまう。そんなに大したこともしてないのだからなおさら。

 

「いえいえ、僕は大したことはしてませんよ。こんな僕でもお役に立てるなら」

「おまえさんが日本に恩があるのは知ってるが、俺が日本妖怪だからって無理に協力することはない。日本のためと俺たちのためは別もんだ。これは俺個人のおまえさんへの借りだ」

「僕の方こそ組手の相手をしてもらってるんです。おあいこじゃないですか?」

「フッ、今の神無相手にあいこねえ」

 

 僕の言葉を聞いてフッと口角をあげる異流さん。

 

「あれが対等な組手? あれだけ気を使われて、一方的に技を返されてもか? それでも神無が強いと言えるか?」

「それは……」

「どうだ、弱いだろ? あいつはまだ物心ついたばかりの頃から俺が育てて、今になるまでずっと俺と俺の柔術を学んできた。おまえさんだって強いが、あいつだって弱くない。確かに九尾流と本部流では格の違いもある。だが、二年と十四年の修業年数の差はかなりのものだ。なのにあいつはおまえさんにコテンパンに敗けた。なぜだかわかるか?」

 

 神無さんの修業年数は知識や経験をどんどん吸収できる年齢からの十四年間。一方僕は十七歳歳からの二年間。例え流派に大きな差があったとしても、ここまで一方的になるはずはない。良くて僅差、それも僕が不利方面で。なのに僕が圧倒的に勝っている。その理由に僕はとっくに気づいている。

 

「繊細さが一切ないからです」

 

 神無さんの技には、日本妖怪として最も重要な繊細さが殆どなかった。でも、体が技を覚えてるようで入りはそれなりに繊細さがある。だが、いざ技をかけようとするところに一切の繊細さがなく力のみ。これで悪魔のパワーがなければ致命的だろう。

 それと同時に、神無さんの技には薄い怒りか哀しみのようなものを感じた。なんというか、(いきどお)りっていうのかな?

 

「その通り。こいつは今、負の感情に呑み込まれ怒りのままに柔術を使っている。だから素人同然の動きしかできない」

 

 やっぱりか。そのせいで今までの神無さんの攻め方はちょっと危なっかしかった。背中以外から落とせば、下手でもすれば小さくない怪我をさせてしまう。注意力も散漫だったから、僕でも気を遣いながら戦えた。

 神無さんがなぜそんな状態になっているのか訊いてみると、なんとそれはパーティの裏側でおこなわれた事に関係していた。僕はその黒歌さんと神無さんの間で起こった事を教えてもらった。それはある種の裏切りのような話。理由もわからず信頼していた姉が妹を連れて遠い場所に行ってしまったのだから。それもその人の意志で。共感はできないけど、とてもつらいと思う。今思えば僕も藻女さんたちにはそんな経験をさせてしまったのだろうか。そう思うと胸が痛い。

 

「今のあいつは鬱憤を晴らしたいだけ。まあ、喧嘩別れしたが姉同然に慕っていた馬鹿弟子と再会したんだ。わかってくれとは言わんが、収まるまで相手してやってくれないか?」

「わかりました! まだまだ若輩者ではありますが、協力させていただきます」

「そんなにはりきらなくていいぞ。まあ、お言葉に甘えさせてもらう。俺の娘を頼む」

 

 自分の弟子であり娘である神無さんに厳しい言葉をかけ続けていた異流さん。だけど、その本心は子を心配する親の心そのものだった。子供に強く真っすぐ生きてほしくて、ついついきつい言い方をしてしまうお父さん。

 ちょうど話が終わった頃に神無さんが戻ってきた。それを確認すると異流さんは立ち上がって神無さんと入れ替わるように向こうへ行く。

 

「ちょっとスサノオ様の所に行ってくる。俺が戻るまで好きにしてろ」

 

 そう神無さんに一言残して。

 残された神無さんは少し考えたのち、再び構えをとって僕と対峙した。

 

「お願いします」

「……わかりました。お願いします」

 

 その後の組手も先ほどの焼き回し以外の何者でもなかった。神無さんが攻めて僕が返す。僕には柔術家相手に攻める手段がないから、必ず後手に回る必要がある。そんな明確な弱所、神無さんは既にわかっているだろう。なのに、神無さんは永遠と攻撃する手を緩めない。今の状態で真正面から技をかけに来ては成功確率は限りなくゼロなのに。神無さんもそれはわかってるハズなのに。

 そして何十回か投げたところで神無さんは再びすぐに立ち上がる事ができなくなった。

 

「はぁはぁはぁ」

「……」

 

 息がきれきれで地面に倒れる神無さん。呼吸を乱さずに神無さんを見下ろす僕。

 僕はしゃがんで神無さんと目を合わせる。

 

「……同じですよね、僕たち」

「はぁはぁはぁ、ハア?」

 

 神無さんは息を整えながらも僕の言葉に対する疑問の声を出した。

 

「僕は転生悪魔で、神無さんは純血悪魔。だけど、冥界ではなく日本。日本の悪魔って意味では同じですね。それも同じ柔術家」

「はぁはぁ……そう考えればそうかもな」

 

 僕の言葉にちょっと納得してくれた様子の神無さん。さっきよりはちょっとだけ憤りが抜けた目で僕の目をじっと見返す。

 

「……僕が転生悪魔になったのは友人の死に際に立ち会ったのがきっかけです」

 

 僕は自分が悪魔になったいきさつを神無さんに話した。友達が少なかった自分に接してくれた友人たちの事を。例え半分は僕を出汁のように考えてたとしても構わない。その輪の中に入れてくれるなら。そんな友人の一人に彼女ができたと聞き、心配も含めて後を追い、結果友人は騙され殺され悪魔になった。

 その後は僕も悪魔となる事を決意。あの人が、僕を家族のように迎え入れてくれるという甘い囁きに乗って。そして僕は期待に応えられず、見捨てられ死んだ。

 死んだ後僕はなんと昔の日本にタイムスリップ。そこで僕は様々な本物の愛や友人を与えてもらえた。全ての苦労が報われたような気がした。

 僕が今まで経験したことを、僕は倒れる神無さんにすべてを話した。

 

「これが僕の今までです」

「す~……んっ」

 

 僕の長い話で息もしっかりと整った神無さんは、体に力を入れて立ち上がり僕の方を見る。その目には、もうさっきまでの静かな憤りは見えない。

 立ち上がった神無さんはすぐにその場に座りこむ。

 

「俺の昔の名は、ルカール・ビフロンス。七十二柱の一つ、序列四十六番の上級悪魔ビフロンス家の最後の生き残り」

 

 神無さんは自分の事を僕に話してくれた。僕はちょっとでも心を開いてもらおうと自分の事を話したけど、まさか神無さんからも話してくれるとは思わなかったよ。

 僕もその場に座って神無さんの話をしっかりと聞くことに。

 

「俺の生みの親は俺が物心つき始めた頃に殺された。皮肉にも日本の強く希少な地獄の鬼を拉致し、眷属化させようとして失敗してな」

 

 地獄の鬼を!? それはまたすごい鬼を選んだものだね。

 鬼にもいろいろ種類がある。鬼と名のついてるだけで普通の妖怪と変わらない鬼。純粋な鬼としての強さを持った鬼。そして、地獄に住む鬼。

 前者二つの鬼はまあ大丈夫。だけど、地獄の鬼はとても危険。中級上位の妖怪も地獄の鬼に出会う事は、人間がハイキングでヒグマに出会うのと同じようなもの。とても太刀打ちできない。

 地獄の鬼は猛獣のようなもので仙術や妖術がうまくない。だが、屈強な肉体と並みの技では太刀打ちできない力を持つ。人の体術の殆どが猛獣に通用しないように技が通用しない。

 基本的に地獄から出てこないけど、稀に現世に迷い込んでくる。それを迅速に地獄に戻すのが七災怪の仕事でもある。

 

「どうやって強く凶暴な鬼を拉致できたか知らないが、俺の親は拉致には成功した。そして、日本の山に建てた別荘で鬼を眷属化しようとして失敗した。たぶん拉致した時点では不意打ちだったんだろうな。鬼は強い妖怪だけど、日本妖怪唯一の感知能力の低さを持つ妖怪でもある。だから不意打ちができたんだろう」

 

 地獄の鬼が悪魔にされたって話は今の所聞いたことはない。地獄の鬼は人間の悪行から生まれた妖怪だから、祓う事は出来ても従える事はできないハズ。そして傍にいる人に悪意や不運を呼び寄せる。だから地獄に封印されてるわけだし。まあ、悪魔がそれを知ってるとは思えないけど。

 

「怒り狂った鬼は、悪魔を殺しただけでは怒りが収まらず別荘を破壊し、俺の親を見捨てて逃げ出そうとした眷属も捕まえて殺した。もちろん子供である俺も狙われたさ。そこで俺を助けてくれたのが俺の師匠にして育て親、日本の生きる伝説、本部異流(もとべいりゅう)

 

 それが神無さんが悪魔なのに日本で育った理由。

 

「俺は物心ついたばかりだったから、生みの親については殆ど覚えてない。俺にとって親は本部異流ただ一人。冥界に戻っても俺以外のビフロンス家は断絶してたしそのまま日本で過ごせたのはよかった」

 

 話すたびにどんどん顔色が良くなっていく神無さん。暗い表情が徐々に明るくなって僕も安心するよ。

 

「師匠は厳しいけど、悪魔である俺をしっかりと娘と言ってくれた。師匠の周りの妖怪は悪魔を嫌ってる奴が多かったのに。俺を娘じゃなく弟子で止めとけば陰口をたたかれる事もなかったのに。それでも師匠は俺を娘とドンと胸を張って言ってくれた。厳しい師匠だけど、俺は師匠が大好きだ。師匠としても父親としても」

 

 神無さんは嬉しそうにちょっぴり口角を上げた。

 安心してください異流さん。異流さんの親心は神無さんにしっかりと伝わってるみたいですよ。

 

「師匠からあのパーティの裏で何が起こったか聞いたか?」

「はい。神無さんの元お姉さんの事もすべて」

「そうか……なら話は早い。俺は今までずっと黒歌の事が引っ掛かっていた。気にしないようにしていたが、ずっと心の奥底で問いただしたいと思っていた。答えなんて聞かなくていい。ただ、言ってやりたかっただけ。それが昨日やっと叶った。消化不良だったものもおまえに昔話を聞いてもらってなんだか晴れた」

 

 初めて会った時は死にそうなくらい暗い表情をしていたのに。それでいて無理やり笑顔を浮かべ、瞳には憤りを抱えていた。そんな不安定だった神無さんが、明るい表情で自然な笑みを浮かべ、瞳にはもう憤りも見えない。

 

「もう黒歌に文句も言ってやった。長年溜めこんだものも吐き出せた。欲を言えば答えも聞きたかったがもうどうでもいい。師匠に無理やり連れてこられた冥界だったけど、黒歌に文句を言えて、おまえに過去から解放される最後の一歩を押してもらえた。ありがとう。その一言に俺の思いは集約される」

 

 すっかり元気を取り戻し、力強い眼差しで僕を見る神無さん。さっきまで僕と戦ってた人とはまるで別人のよう。そんな目で面と向かってお礼を言われるとちょっと気恥ずかしさすらすると同時に、とても誇らしい気分にもなる。仲間を一人救えたような気持ちになって。

 

「おまえの名前、もう一度教えてくれないか?」

「誇銅。日鳥誇銅です」

「そうか誇銅。俺の組手の相手をしてくれないか?」

「よろこんで」

 

 僕は適正な距離をとって構える。もうさっきまでのようにはいかないだろうから、今度はもっと注意しておかなくちゃね。

 

「純粋に武を競うのもいいが、俺はさっきまで散々投げられたんだ。だから、年上としての威厳を取り戻すためにもちょっぴり本気出させてもらう」

 

 神無さんの体から黒いモヤがあふれ出す。特に邪悪って気配はしないけど、ただの煙ってわけでもなさそう。魔力のようなものをわずかに感じるけど、極微量。魔力や妖力を色で例えるなら、あの黒いモヤはペンで丸を書いただけのような白。目に見える黒い枠線以外空っぽだ。

 

「この黒い煙は暗黒物質(ダークマター)と呼ばれる物質。主に宇宙を構成する物質と言われるが、どこにでも一応存在する。この暗黒物質(ダークマター)を操るのがビフロンス家。ビフロンスの悪魔はこの単体では何の意味もなさない暗黒物質(ダークマター)を溜めこみ、自分の魔力と組み合わし放出してさまざまな事が出来る。まあ、できる事は個人個人で限られるけどな」

 

 神無さんは黒いモヤの正体、暗黒物質(ダークマター)について解説してくれた。

 なるほど、リアスさんが使う消滅の力のように、一部の悪魔だけが使える固有能力のようなものか。

 その暗黒物質(ダークマター)は神無さんの全身に纏わり、黒い鎧へと姿を変えた。その姿はパーティ会場で見た大きな黒鎧の人そのもの。

 

「俺はこの暗黒物質(ダークマター)を鎧へと変換することができる。一族の中には武器にしたり、そのまま特殊な魔力弾にしたり、創造系の力にできる奴もいたらしい」

 

 鎧を纏った神無さんは組手の時のように構えをとる。僕もそれに反射的に反応して構えをとる。

 

「少し本流とは違うが、これが俺の畏れだ。さあ、妖怪同士の戦いをしようじゃないか」

 

 神無さんの構えは、さっきみたいな隙だらけな構えではない。おそらく背中から落とす配慮を止めたとしても簡単には返せないだろう。僕も二本の腕じゃ足りないかもしれないね。

 後これはどうでもいい事なんですけど、神無さんは十八歳でしたよね? 僕十九歳だから僕の方が年上ですよね……?

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 ソーナさん眷属とのレーティングゲーム決戦前夜。

 僕たちはアザゼル総督の部屋に集められて、最後のミーティングをしていた。

 なんか美猴や搭城さんのお姉さんの襲来があったらしいけど、リアス眷属が追い払ったことで一応の決着はついて、現在はほとんど落ち着いてるらしい。僕もリアスさんの眷属だけど全く知らなかった。てか、美猴って名前出されても誰かわからない。

 その襲来を退けたという事でリアスさんはまた評価をあげたらしい。聞いた話によると、ヴァーリ眷属を退けたことと、一誠を禁手に至らせたことが高ポイントになったみたいだ。

 

「イッセー、禁手(バランス・ブレイカー)の状態はどうだ?」

「はい。なれるようになりましたが、いくつか条件があります」

 

 一誠はその条件を僕たちに話す。

 その条件とは、それなりに厳しい条件だったが、一誠の神器の不公平な程のパワーを考えたら不条理な程でもないと僕は感じた。まあ僕は人様の事を言える立場じゃないけどね。僕の神器も大概だし。

 

「まず、禁手化しようとすると、変身まで時間がかかります。籠手の宝玉に変身までかかる時間が表示されるんです。しかも、一度その状態になると、神器(セイクリッド・ギア)は使えません。増大も譲渡も無理です。中止もできません。さらに言うなら一日一度しか変身できなくて、一度変身すると解除しても、神器(セイクリッド・ギア)は力を殆ど失ってます」

 

 それを訊いてアザゼル総督はうなずく。

 

「ああ、データの通りだ。過去の赤龍帝もほとんど同じだ。鎧を解除しても神器(セイクリッド・ギア)が使える例もあるけどな。で、お前の場合変身まで要する時間は?」

「二分です」

「それは鍛えるか、慣れていけば短縮できる。だが、二分間は死活問題だぞ。はっきり言うなら、実戦では殆ど役に立たない。何よりも変身するまでの間、ブーステッド・ギアそのものが使えないのは痛すぎる。二分もあればおまえを倒せる奴なんて山ほどいる。変身までの時間をどうやり過ごすか、それを考えておけ。その二分間は、おまえの一番の弱点だ」

 

 そういう事なら技を身に付けるのが僕はいいと思う。武術というのは本来、弱者が強者から身を護るための護身術だと八岐大蛇さんから聞いたことがある。弱者に使えない武術に何の意味があるのかとまで言ってたほど。

 名のある達人のもとで修業を積めば、一誠でも二分くらい耐えることができるようになるだろう。魔力で一気に吹き飛ばされたらちょっと困るけど。

 どちらにせよそんな軽はずみな発言はできない。僕にはその師匠を紹介することもできないしする気もない。例えそのせいでリアスさんの眷属が滅びる事になっても、僕は日本を選ぶ。一切の個人協力はしないよ。

 

「普通のブーステッド・ギアの増大と譲渡も使い方に幅があるから大事だ。しかし、強敵と戦うならば禁手も必須。通常状態と禁手状態は一長一短だな。それで、禁手の使用時間は?」

「はい、フルで三十分です。力を使う場合、もっと減ります」

「初めてのお前にしちゃ良い方だな。修業の成果だ。だが、公式ゲームだったら完全にアウトだ。三十分、しかも力の使用込となると少なすぎて話にならん。長丁場のゲームになることもあるんだ。イッセーの制限時間は今後増やしていくしかないな」

 

 アザゼル総督に言われたからか、一誠は頭を悩ませる。

 二分か……僕が協力すれば二分間くらい炎目(えんもく)の護封壁で安全を保障できると思う。魔力を燃やす物理的な性質を持つ僕の炎。物理攻撃なら僕の柔術で無力化できる。僕が守りきった後は一誠がフィニッシャーになる。

 リアスさんに見捨てられ、ここに居場所がないからと手に入れた力がこんなにもリアス眷属にマッチするなんて。リアスさんに協力しないと決めた矢先に、なんて皮肉なんだろうね。

 僕はもうリアスさんを、一誠を、ギャスパーくん以外のみんなを信用してない。その一方で日本勢力を心から信用している。一応様子は見るけど、僕の心が変わる事はもうないだろう。

 そんなことを考えていると、一誠とアザゼル総督がなぜか意気投合してる様子を見せて、ミーティングに戻った。

 

「リアス、ソーナ・シトリーはグレモリー眷属のことをある程度知っているんだろう?」

 

 アザゼル総督の問いにリアスさんは頷く。

 

「ええ、大まかなところは把握されているわね。例えば、イッセーや祐斗、朱乃、アーシア、ゼノヴィアの主力武器は認識しているわ。フェニックス家との一戦を録画した映像は一部に公開されているもの。さらに言うなら、ギャスパーの神器も小猫の素性も割れているわ」

「ほぼ知られているわけか。で、お前の方はどれぐらいあちらを把握してる?」

「ソーナのこと、副会長である『女王(クイーン)』のこと、他数名の能力は知っているわ。一部判明していない能力者もいるけど」

「不利な面もあると。まあ、その辺はゲームでも実際の戦闘でもよくあることだ。戦闘中に神器(セイクリッド・ギア)が進化、変化する例もある。細心の注意を払えばいい。相手の数は八人か」

「ええ。『(キング)』一、『女王(クイーン)』一、『騎士(ナイト)』一、『僧侶(ビショップ)』二、『戦車(ルーク)』一、『兵士(ポーン)』二で八人。まだ全部の駒は揃っていないみたいだけど、数ではこちらと同じよ」

 

 ソーナさんの眷属の数はこっちと同じだったんだ。それは知らなかったな。

 アザゼル総督は次に用意したホワイトボードに何かを書いていく。

 

「レーティングゲームは、プレイヤーに細かなタイプをつけて分けている。パワー、テクニック、ウィザード、サポート。この中でなら、リアスと朱乃はウィザードタイプ。所謂、魔力全般に秀でたタイプだ。木場はテクニックタイプ。テクニックタイプはスピードや技で戦う者の事だ。ゼノヴィアはスピード方面に秀でたパワータイプ。パワータイプは、一撃必殺を狙うプレイヤーだな。アーシアとギャスパーはサポートタイプに当たる。これを細かく分けるなら、アーシアはウィザードタイプの方に近く、ギャスパーはテクニックタイプの方に近い。小猫はパワータイプ。誇銅はまだよくわからんがサポートに秀でたテクニックタイプだとにらんでる。で、最後にイッセー。おまえもパワータイプだ。ただし、サポートタイプのほうにもいける。ギフトの力でな」

 

 一度にいろいろな事を言われ困惑する一誠だけど、わかりやすく図にしてもらってわかったようだ。かく言う僕も図にしてもらうまでよくわからなかったよ。リアス眷属の事は興味ないから適当に聞いていたことを除いてもね。

 アザゼル総督はパワータイプの一誠やゼノヴィア、搭城さんを一気にまるで囲うと言う。

 

「パワータイプが一番気をつけなくてはいけないのは―――カウンターだ。テクニックタイプの中でも厄介な部類。それがカウンター系能力。神器でもカウンター系があるわけだが、これを身につけている相手と戦う場合、小猫、ゼノヴィアのようなパワータイプはカウンターの一発で形勢逆転されることもある。カウンターってのは、こちらの力プラス相手の力で自分に返ってくるからな。自分が強ければ強いだけダメージも尋常じゃなくなる」

 

 確かにカウンターはとても強力だ。カウンターの一番恐ろしいのは覚悟ができないこと。いくら耐久に自信があっても、不意に打ち込まれればあっけなく倒れる。逆に覚悟さえすれば大抵の攻撃は耐えられてしまう。

 僕も経験があるからわかる。あの戦いで藻女さんにあれだけ打ちのめされて耐えられたのに、ちょっとした不意打ちで気負失ってしまった。

 ……あれ? 僕の言ってるカウンターとアザゼル総督の言ってるカウンターって違う?

 

「カウンターならば、力で押し切ってみせる」

 

 勇ましい事を言うゼノヴィアさんだけど、アザゼル総督は首を横に振る。

 

「それで乗り切れることもできるが、相手がその道の天才ならば話は別だ。出来るだけ攻撃を避けろ。カウンター使いは術の朱乃や技の木場、もしくはヴァンパイアの特殊能力を有するギャスパーで受けた方がいい。何事も相性だ。パワータイプは単純に強い。だが、テクニックタイプと戦うにはリスクが大きすぎるんだよ」

 

 アザゼル総督の説明で黙ってしまうゼノヴィアさん。そしてやっぱりカウンターの意味が僕とアザゼル総督では違ったみたい。

 僕の言うカウンターは攻撃時や平常時など守りの意識が限りなくゼロの状態のこと。アザゼル総督が言うカウンターは力を反されることだ。

 アザゼル総督は一誠に視線を向ける。

 

「イッセー、おまえ、禁手に至れるようになったが、木場に勝てる気がするか?」

「……正直言うと、スピードで翻弄されて、攻撃が当たりそうにないです」

「そういうことだ。木場もどちらかというと、カウンター攻撃もいける口だ。イッセー、おまえもカウンター使いの対策をしないと木場に一生勝てんぞ。それが戦いの相性ってもんなんだよ」

 

 カウンターにもいろいろ種類があるけどね。パワーをただ返すなら、返せないパワーで攻めてもいい。木場さんみたいな小手先なら、誘い出して返り討ちにすればいい。僕みたいな待ち伏せなら、遠距離から攻撃すればいい。どれも簡単に言ったけど簡単にできるものでは無いよね。

 だけどね、カウンタータイプもただ破られるのを待ってるわけじゃないよ? 僕にだって見せられないけどとっておきの攻撃手段がある。それに、もっと九尾流柔術を極めれば攻めにも転じれる。藻女さんは実際攻めの手段を柔術で持っている。僕は攻めと守りがまだ瞬時に切り替えられないけど。

 

「リアス、ソーナ・シトリーの眷属にカウンター使いがいるとしたら、イッセーにぶつけてくるかもしれないぞ? こいつの絶大なパワーじゃ、カウンター食らったら一発でアウトだ。よーく、戦術を練り込んでおけ」

「でも、相手が女性なら可能性は……低いわ」

 

 一誠はリアスさんの言葉に疑問そうな表情を浮かべる。一誠、自分の今までの行為を忘れたわけじゃないよね?

 

「……洋服破壊。女性の敵ですから、絶対に戦いたくないと思われます」

 

 搭城さんの言葉でようやく理解した様子。ソーナさんたちにはあんな辱めを受けてほしくない。非殺傷な技としてはいいかもしれないけど、いつか本気で何とかする方法を探そうと思う。一誠が本当に女性を傷つけてしまう前に。

 でも、そうなると一誠には国木田さんをぶつけるのが一番効果的だと思う。国木田さんならおそらく一誠が倍加しても妖怪の技で簡単に倒せると思う。それに、あの人露出壁のあるあっち系の人だし。ある意味一誠キラーかもしれないね。

 

「まーあれだな。お前たちが今回のゲームで勝利する確率は八十パーセント以上とも言われている。俺もお前たちが勝つと思っているが――『絶対』に勝てるとは思っていない。それに駒の価値も絶対的なものではない。実際のチェス同様、局面によって価値は変動する」

 

 八十パーセント以上? アザゼル総督は知らないから仕方ないけど、僕はそうは思わない。むしろ勝率は五割を切ってると思ってる。

 確かにまともに打ち合えばこっちがだいぶ有利だと思う。だけど、パーティ会場に行く前の匙さんの雰囲気はだいぶ日本妖怪に近いものがあった。悪魔だから基本魔力の大きさとかの違いもあるけど、それでも他の悪魔と比べてずっと洗礼されている。おそらく他の眷属たちも。相性以前にまともな力比べすらできるかどうか。

 

「俺は長く生きてきた。その中で、多種多様で、様々な戦闘を見てきた。だからこそ、言えるんだよ。勝てる見込みが一割以下でも勝利してきた連中がいたことを俺は覚えている。一パーセントの可能性を甘く見るなよ。絶対に勝てるとは思うな。だが、絶対に勝ちたいとは思え。これが合宿で俺がお前たちに伝える最後のアドバイスだ」

 

 それがアザゼル総督の最後のアドバイス。

 その後、アザゼル総督が抜けたメンバーで決戦の日まで戦術を話し合う事に。もちろん僕は何も発言せずに気配を薄くしてるだけ。発言権があるかどうかすら怪しい。

 絶対に勝てると思うなか。―――一瞬の油断すら許されない、技の世界では当たり前のことだよ。


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