無害な蠱毒のリスタート   作:超高校級の警備員

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不戦な修業の経過

 去年の夏休みは、特に思い出に残るような事はなかった。何かあったかと聞かれれば、変態三人組にナンパの出汁にされたことくらいかな。あまり記憶に残したい出来事ではなかったけどね。

 それでも今年の夏休みと比べたらよかったと思う。なんせ今年の夏休みは、学生時代に最も長い休みに、最も信頼していない人たちと過ごすんだから。

 

「だーダメだ! やっぱり何の反応も見せやがらない!」

 

 僕がいるのはアザゼル総督の冥界での研究室のような場所。研究室と言っても、堕天使の本拠地から持ってきた道具がいくつかあるだけ。言い換えれば冥界でのアザゼル総督の宿泊場所。ただそれだけ。

 

「だがまだあわてるような時間じゃない。次が俺の本当の自信作だ。これなら例え神滅具であろうと大丈夫だ」

「さっきも同じようなこと言ってましたよ」

「うるせぇ! さっさと装着して力入れてみろ! もしも誇銅が『破滅の蠱毒(バグズ・ラック)』の何かに目覚めかけてるなら大きな兆候が出る。そうでなくても何かしら反応がでる。間違いない!」

 

 アザゼル総督が僕に装着させたのは、アザゼル総督が発明したと言う神器使いのサポート道具。なんでもアザゼル総督は一誠の禁手の代償の代わりになる道具の開発にも成功したらしくかなり自信満々で僕にその一部を試している。

 僕の神器『破滅の蠱毒(バグズ・ラック)』は禁手しなければ情けない程弱弱しい力しか発揮しない。それどころか、こちらがいくら力を送っても無視して反応も強化もくすりとも示さない。だから禁手前の状態なら何をされても反応を示す可能性はゼロだ。

 

「なんでだよ!? 昔はここまで研究が進んでなかったから仕方ないと思ってたけど、なんでこんなにも何も起こらないんだよチクショー!」

 

 アザゼル総督、力技じゃいくらやっても無駄。イシコリドメ様の繊細な解析術でも、スサノオさんの力技でも何の変化も見せなかったんだ。いくらアザゼル総督が神器に詳しくとも、この神器に対しては馬の耳に念仏だよ。何の反応も示してくれない。

 

「しっかり力こめろ! 手え抜いてるんじゃねえだろうな!?」

「ちゃんとしっかり入れてますよ!」

「……そうだよな。悪い、ちょっとピリピリしちまって」

 

 ちょっと意地悪だけど、アザゼル総督が悔しがってる姿を見るとなんだかスカッとする。こんな僕だけど堕天使総督に対して、リアスさんたちの協力者に一矢報いれてると感じれる。 

 

「特異な神器って事は知ってたし、一筋縄じゃいかない事もわかってたけどよ。なんだか自信なくしちまうぜ」

 

 僕は力を入れる暇な間に後ろにあるたくさんの道具を見ていた。その視線に気づいたアザゼル総督はそれが何かを説明してくれる。

 

「ああ、後ろのやつが気になるのか? あれはな、俺が独自に開発した神器、俺オリジナルの人工神器の一部だ」

「自分で神器を造ってしまうなんてすごいですね」

「だろ? 人工神器の成功には自分で自分をほめてやりたくなったぜ。この人工神器を使えば、誇銅だってあいつらに追いつける可能性がグッと上がるんだけどな。実戦データもとりたいし」

 

 アザゼル総督はチラッと僕を見る。ま、まさか僕にそれを使えと? いやいやいや、絶対嫌だ! そんなの使わされたら戦えないフリができなくなる! 僕の力を隠しても結局リアスさんのために力を使わされる。僕は絶対にリアスさんのために戦ったりしないって誓ったんだ! 信頼を取り戻せるような事がない限り!

 僕は全力で人工神器なんて必要ないとアザゼル総督にアピールした。なんで必要ないかと聞かれたら答えられないけど。

 

「ぼ、僕は結構です!」

「安心しろ、誇銅じゃどのみち無理だ。勘違いしないでくれ、別に誇銅に才能がないとか言ってるわけじゃない。むしろ誇銅の感知能力の高さは才能ありと見ていい。ただな、お前が『破滅の蠱毒(バグズ・ラック)』の所有者って事に問題があるんだ」

 

 僕に使わないと言われた事に一安心。だけど、未だに僕を鍛える事に意識はあるらしい。一誠の家でアザゼル総督の存在に気づいてしまったのがまさかここまで響くとは。予想もできなかったとこにこんなに深い落とし穴が。ああ僕の馬鹿! なんであんなに迂闊だったんだろう! こういう繊細さを欠くのは弱者にとって命とりなのに! まあ、いくら嘆いたってしょうがない。もう過去として決定してしまったことなのだから。

 それよりも、アザゼル総督が今気になる事を言った。破滅の蠱毒(バグズ・ラック)の所有者である事に問題がある? それって一体どういうことかな?

 

「これはあまり知られてない事だが、お前の神器『破滅の蠱毒(バグズ・ラック)』には最弱の称号とは別にもう一つ呼び名がある」

 

 最弱以外のもう一つの呼び名?

 

「利己的な神器。その神器は自分以外の神器を使う事を許さない。『破滅の蠱毒(バグズ・ラック)』の所有者に他の神器を与えると、その神器を瞬く間に破壊してしまうんだ」

 

 他の神器を破壊してしまう。それはつまり、僕の中に入ってきた自然のものではない異物を消滅させてしまう力。その事実に僕は特に驚きを見せなかった。なぜならその兆候を既に知っていたから。

 平安時代、陰の術者と戦った時の話だ。妖怪やその術を使役する者の戦い方の特徴として畏れを与える以外にもう一つ特徴がある。それは自身の妖力や術で相手を呪いながら弱体化させ有利に戦おうとするところ。強い妖怪はより相手を畏れさせやすくするためあえて使わないが、上級以下は大小あれどこの方法を必ず使う。それは生き残る手段であり、弱き者の技術。人間界で言う毒殺にも似ている。卑劣な手段だがとても効果的だ。

 この呪いは相手が自分の倍以上強さが離れても効果を発揮するのが良い所。それでも一定以上の強さ相手には効果が薄かったり無かったりするが、それは七災怪に追随するレベルや日本神クラスでないといけない。もう一つの欠点らしい欠点は、呪いがうまい妖怪程素の実力は低い傾向にある。まあこれは相手を弱体化させる呪いがかなり強力なため大丈夫。

 陰の属性はこの呪いや隠密、幻術などが最も得意。僕も幻術や隠密術にはとても手を焼かされ、ある程度技術が実った後も何度か負けてしまった。しかし、呪いに関しては一度たりとも手を焼かされた事はない。なぜなら、僕の体に呪いをかけても、胃が食べ物を消化するようにスーっと消えてしまうからだ。

 今までは呪いの類が効かない体質になってしまったのかと思ってたけど、アザゼル総督の話を聞いたところどうやら体質ではなく神器のおかげ、そして呪いではなく異物かなにかに反応するようだと推測できる。根本的な原因はまったくわからないけどね。

 

「戦力強化のために渡した貴重な神器がいくつ無駄になったことか。レアリティは低くても貴重な神器だったのに……」

 

 昔を思い出してうなだれるアザゼル総督。相当苦い思い出だったのだろう。

 何の役にも立たず最弱の神器に貴重な他の神器を壊されたんだから、神器マニアのアザゼル総督には手痛い結果だっただろうね。そういえば、僕の破滅の蠱毒(バグズ・ラック)は別名、神の失敗作だっけ。結構衝撃的な事実だったから今でも覚えてたよ。

 

「だけど! 今こうして何らかの兆しが見えている! あの出費は無駄な事じゃなかった。俺はそれが何よりもうれしい! 誰にも見向きもされなかった神器の禁手を見られるかもしれないんだからな」

「いや、でも、今現在も何の成果も……」

「いや! むしろここまで何の反応もない事が反応かもしれん。少なくとも、お前がこうして無事に戻ってこれた事と、神の失敗作と思われたその特異な神器が無関係とは思えない。絶対に解き明かしてやるぜ!」

 

 どうやら僕の神器への興味はまだ冷めていなようだ、むしろ燃え上がってしまった。もう本当にやめてほしい。目に炎を灯して熱く僕に語りかけるアザゼル総督。顔が近い。

 そんな熱く語ってきたアザゼル総督だが、僕がグイッと押して距離を作ると瞳の炎が消して冷静になる。

 

「まあ、今の所俺の手札は出し尽くしてしまった。まさか全部無反応になるなんてよ。ちょっとでも何かあれば手の打ちようがあるけど、無反応じゃな。とりあえず誇銅には最初考えていた身体能力の方だけのトレーニングをやってもらう」

「はい、わかりました」

 

 

 

   ◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 森の開けた場所、周りに人気はなくとても静かだ。リアスさんたちと離れてるってだけでなんだかリラックスできる。だけど、リラックスするためにここに来たんじゃない。時間があるうちにやっとかないとね。

 僕は大きな大きな火の玉を一つ創り出す。その大きさはキャンプファイヤーくらいかな? 森の入り口からじゃわからないだろうけど、上空から見ればはっきりと見えるだろう。僕はその火の玉の前に立ってスーっと深呼吸をして、

 

「大きなふくろを かたにかけ

 大黒さまが 来かかると

 ここにいなばの 白うさぎ

 皮をむかれて あかはだか」

 

 歌いながら手を動かす。すると、炎がゆらゆらと変形して歌詞に沿って形を変える。いや、それじゃまるで勝手に変わったみたいだね。僕が操作して変えたんだよ。

 僕が平安時代でたった一つ覚えた魔法、それがこの炎の造形魔法。

 通常、炎の魔法は対象を燃やす以外の機能はなく応用が難しい。そして、攻撃に特化することが殆どで直接的な戦闘でしか効果を発揮しない。だけど、僕の炎はものすごく特殊な炎。なんでこんな炎が生まれ存在してるかはまったく誰にもわかっていない。

 

 僕の炎の特徴その一、燃えない。僕の炎は炎でありながら何かに燃え移る事がない。何かを燃焼させる力が、というより炎の基本特性がない。熱量はあるため熱で燃やす事もできない事はないが、かなりパワーを使うから効率が悪い。相当力を入れなければ僕の炎は暖かい程度の熱しか発してない。

 

 僕の炎の特徴その二、炎なのに物質的。これはどういう意味かと言うと。通常炎の造形魔法で球体を造ったとするとその球体は球体の形をしているが、実際は炎の塊であるため触れると火傷する。だけど僕が造れば持つことができる。何ならそのまま蹴鞠(けまり)もできる。

 なので僕の炎は相手を物理的なダメージを与える。殴ったり投げたりとか。鋭くさせれば刺したり斬ったりもできるけど、造るのに相当時間がかかる。

 

 僕の炎の特徴その三、特定のものだけを燃やせる。僕の炎は木の葉一枚まともに燃やす能力はないけど、魔力や妖力だけは唯一燃やす事ができる。

 昔、この炎で蘭さんの分身だけを根こそぎ焼き尽くす事ができた。この時初めて僕の炎が魔力や妖力だけを燃やす事が出来る事が判明した。

 理論上なら僕の炎を相手に纏わりつかせて、魔法や妖術を封じながら体内の魔力や妖力を燃やす事もできる。やったことはないけど。

 

「大黒さまは あわれがり

 「きれいな水に 身を洗い

 がまのほわたに くるまれ」と

 よくよくおしえて やりました」

 

 この能力を手に入れて一年も経ってないためまだうまく扱えない。だからこの修業方法、現代で言うサンドアートのように音や歌に合わせて炎を描いていく。

 複雑な形の造形がまだ瞬時にできない。実戦で使える造形を造るためには、このように大きな火の玉を捏ねたり削ったりして形を整えなくてはならない。単純で不格好なものなら瞬時にでもできるけど、大雑把なものでは大雑把なコントロールしかできないからね。だからこうやって時間を見つけて練習している。こんな開けた場所でできるチャンスは現代ではそうそうないからね。

 

「大黒さまの いうとおり

きれいな水に 身を……おっと、そろそろだね」

 

 僕は炎の劇を中止して森の中に身を潜めた。気配も周りに溶け込ませて息をひそめる。しばらくすると、一誠の修業相手をしているドラゴンと同じくらいの大きさのドラゴンが上空から土煙を巻き上げて降りてきた。

 

「……くっ、また見失った。確かについさっきまで小僧の気配はこの辺り、いや、ここでしていたハズなのに!?」

 

 アザゼル総督に言われ僕も一誠と似たように山でドラゴンに追われ続けてる。戦う力はあっても、戦う気がないからずっと逃げているけど。

 今もこうして相手が近づいてきたのがわかったから茂みに隠れた。

 

「なぜだ……なぜまたいない!?」

 

 怪獣並みに巨大なドラゴンが、一吹きで山を貫通させられるパワーとスピードのある息吹(ブレス)を放つドラゴンが、一誠が相手してるドラゴンよりは一ランク下とはいえ上級のドラゴンが見るからに悔しがっている。僕を見つけられないことに。

 

「おーいたいた」

「あ?」

「!」

 

 上空から僕の苦手な人の声、アザゼル総督の声が聞こえた。「いた」と言ったのも僕に向けられたものではないとわかりながらも、ちょっとびくってなってしまったよ。もしかしたら本当は僕を見つけて言ったのかもしれないって。でも、アザゼル総督は僕ではなくドラゴンの前に降りたからその心配はなさそうだ。

 

「どうしたアクシオこんな所で。誇銅の修業中のハズだろ?」

「ああ、現在進行形だ……」

「の、わりには誇銅の姿がないどころか攻撃の痕跡すらあんまりないんだが?」

 

 アザゼル総督が周りを見回して戦闘の跡がない事に疑問を抱いているようだ。確かに山の中腹あたりには綺麗な穴が後ろまで貫通して空いたり、自然にもいくつか破壊後がある。だけど、僕がいまいる麓あたりではそういうのが殆どない。

 

「手加減しすぎなんじゃねえか? イッセーの方なんか山が荒れ放題になってそりゃもう戦場さながらだったぜ」

「……だ」

「確かに誇銅はちっこいし、大した強さもねえ。だけどよ、あれでも一応戦車(ルーク)なんだからそうそう死にゃしねえよ」

「…………いんだ」

「ん? 何か言ったか?」

「おまえに小僧を任された後の約10分以降一度も会ってないんだ!」

 

 ドラゴンは涙声で叫んだ。その言葉を聞いてアザゼル総督はしばらく黙りこんでいたが、意識を取り戻したかのようにハッと我に返る。そして若干の動揺を見せながら話をする。

 

「あ、会ってない? それってつまり……誇銅が逃げたってことじゃなくて?」

「いや違う! 小僧がこの山の麓のどこかにいるのは間違いない。この数日間それだけは感じ取れていた。だが、いざ近づくと気配が消えてしまうんだ。最初から誰もいなかったかのように。痕跡すら追えない。

 そしてまたどこか遠くで小僧の気配を感じて同じことの繰り返し。龍族の中でタンニーン様に大きな信頼を得ている私が下級悪魔一人見つけられないとはぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 ついに泣き出してしまったドラゴン。ちょっと心が痛むよ。

 さっきドラゴンが言っていた通り、僕たちは初日の10分以降一度も会ってない。僕の気配が周りに溶け込みすぎて見つけられない。冥界の大雑把な気配を感じ馴れてしまってる人たちに見つかる気はしないよ。炎の訓練をしながらでも近づかれればわかる。その後100%気づかれない位置まで、攻撃の余波すら届かない位置まで離れればいい。これをここ数日ずっと繰り返してる。食べられる雑草もだいたいわかるし、虫を食べる事にも今更抵抗はない。僕の炎も熱消毒くらいはできるし。まともな食事はしてないけど元気だよ。

 環境だって灼熱や極寒ではない。十分適応できる。宿題ができない事を除けば極楽だよ。

 

「お、おい、いい大人がそんな泣くなよ。落ち着けって」

「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 めちゃくちゃ泣いてる。まあそりゃそうだよね。相手は偉大なドラゴン、対して僕は転生悪魔の下級悪魔。こんな格下に翻弄されればプライドも傷つくだろう。すいません、戦闘スタイルの相性の差です。

 だけど、平安時代では相手が相手だったため実感できなかったけど、僕は確実に強くなっている。それも一誠とはまた別方向で格上と戦える程に。男らしいとは言い難いけど、自分の力を実感できて修業の意味を少しだけ見いたせたよ。

 

「まいったな。修業の中断を言いに来たんだが」

「中断!?」

「うぉぉっ!」

「ああ゛……?」

 

 うれしい知らせに僕は思わず茂みの中から上半身を飛び出させてしまった。修業を止められるという知らせがうれしくて思わず出ちゃったよ。まあいっか。

 僕が気配もなく突然飛び出したからアザゼル総督はビックリし、アクシオさんは泣き止んで僕を見た。

 

「おまえ、今までどこにいたんだよ?」

「そこの茂みで息をひそめてじっとしてました」

「そんなところにいたのか―――――ッ!」

 

 アクシオさんの大声のツッコミと、こんなにも近くにいたのに気づけなかった悔しさであたりの木々が震える。巨大なドラゴンが取り乱してるからかアザゼル総督もなんだか引き気味だ。

 

「あの、修業の中断って」

「あ、ああその話もあるけど修業詰めでろくなもん食えてないと思って差し入れを持ってきたんだが、なんかイッセーより元気そうだな。こんなとこじゃ魚も獣もいないのに。修業中何食ってた?」

「食べられそうな雑草やキノコを熱して食べてました」

「場所相応なもんしか食ってなくてそれかよ!?」

 

 殆ど無駄なエネルギーを使ってないからね。寝てる時も射程内に近づかれれば起きてしまう。逆にそれくらいしか大したエネルギーを使う事がない。環境的にも楽だし。まあ、アザゼル総督の差し入れはしっかりいただくけどね。

 

「うん、久しぶりの白ごはん。おいしい!」

「そりゃよかった」

 

 その場で腰かけて差し入れのおにぎりを食べる。おかずはコンビニで買ってきたようなものばかりだけど、雑草やキノコや虫ばかり食べてたからとてもおいしい!

 

「まったく、想像もしなかった程のたくましさだ。イッセーも誇銅くらいのたくましさがあったらよかったんだけどな」

「? 一誠がどうかしたんですか?」

「ああ、それな」

 

 アザゼル総督から一誠の修業の現状を聞いた。アザゼル総督は僕の所に来る前に一誠にも差し入れを渡しに行ったらしい。その時、一誠がタンニーンという名の龍王と壮絶なバトル(一方的)をしていたことを聞かされた。アザゼル総督はそうやって僕をたきつけようとしてるのかもしれないけど、そんなのにつられないよ。

 

「と、いう事は僕にも一誠みたいに戦えと?」

「イッセーの場合はドラゴンの戦い方を覚えるのが目的だが、誇銅は実戦の緊張感を覚えるのが目的だ。まあ、緊張感もなにもあったもんじゃないみたいだが」

「はよ、再戦はよ!」

「誇銅よりアクシオの方がなんかやる気になっちまってるな」

 

 休憩中も休まずにずっと張り切ってるドラゴン。逃げきる自信はあるけど、この距離でそんなに強烈な意識を向けられるとつらい。素の強さは圧倒的に僕が劣っているのだから。あと、再戦と言っても一度も戦ってないけどね。

 

「まあ、小猫みたいに倒れられても困るけどな」

「搭城さんが倒れた!? それって大丈夫なんですか!?」

「心配するな、根詰め過ぎてオーバーワークしただけだ。しばらく休めば大丈夫だ」

 

 倒れてしまう程のトレーニング量。そういえば、トレーニングメニューを発表され時くらいからなんだか様子がおかしかった。一体どうしたんだろう?

 

「じゃあ、そろそろ行くか。誇銅、おまえも一度連れ戻せと言われたんだね。一度グレモリーの別館に戻るぞ。アクシオ、少しの間返してもらう」

「少しの間ってことはまだやるんだよな?」

「ああ、明日の朝には戻す」

 

 明日の朝には戻されちゃうのか。まあ、また逃亡生活に戻ればいいだけか。いっそリアスさんの家に戻されるよりもそっちの方がよかったかも。

 それよりも、一体僕なんかに何の用だろう? グレモリー別館ってことはアザゼル総督がらみではないだろうし。リアスさんたちは僕に興味ないし。

 

 

  ◆◇◆◇◆◇

 

 

「はい、そうでございます。うん、キレが良いですね。誇銅様は何かダンスでもおやりになっていたのですか?」

「いいえとくには」

「さようですか。では、もう一度だけ最初からやって次に行きましょう」

 

 別館に着くと、そこの一室で若い女性の先生からダンスの練習をさせられていた。なぜこんな事になったのか大した説明もなくはじめられたけど、まあ逆らってもしょうがないので黙って受ける事に。別に秘密がバレるような要素もないし。

 柔術は相手の動きを読むのが非常に重要。ダンスもその応用で相手がどんな動きをするかを読んでどのように動けばいいかを先読みする。動きのキレがいいのもおそらく武術によるものだろう。実際に技術を使ってる自覚もあるしね。

 

「ほら、そこでターン。ダメね、キレが悪いわ。ほら、一誠さん、ボケッとしてないで最初からよ。このままじゃどんどん日鳥誇銅さんと差ができてしまいますわよ」

 

 隣では一誠がリアスさんのお母さんとダンスの練習をしている。が、本当に一般人の一誠では簡単にはいかない。僕みたいに二年間の修業期間があったわけじゃないからね。

 それにしても、なんだか一誠の顔、幸せそうにも見える。やっぱり顔も体系も似ているリアスのお母さんが相手だからかな? たぶんだけど、また女性の胸について考えてるような気がする。去年、僕にとっては三年前までは隙あらば卑猥な話か胸の話ばっかりだったし。

 

「少し休憩にしてはいかがでしょうか奥様」

「そうね、少し休憩しましょう」

 

 休憩の許可が出ると、一誠はその場に座り込んでゼーハーゼーハーしている。僕は全く息を乱してないけどね。この程度で息を乱していたら僕は今頃生きてないよ。いや、一誠もここに来るまでドラゴンとトレーニングしていただろう。そのせいもあるのかな?

 

「あ、あの」

「何かしら?

「どうして俺たちだけなんでしょうか? 木場とギャスパーは?」

 

 自分とボクしか参加してない事に疑問を口にする一誠。たぶん、僕と一誠は今年から眷属入りしたからだと思うけど。

 

「木場祐斗さんは既にこの手の技術を身につけてます。ギャスパーさんは吸血鬼の名家の出。頼りない振舞いをされていますけれど、一応の作法は知っていますわ。問題は一誠さんと誇銅さんです。人間界の平民出ですものね、仕方のないことですけれど、それでも一定以上の作法は身に着けてくれないと困ります。あなたたちはリアスと共にいずれ社交界にも顔を出さねばならないのですから。冥界滞在中に少しでも習わしを覚えねばなりません」

 

 その言葉に一誠は心底驚いたような顔をした。まあ、そりゃそうだよね。一誠の反応じゃなくてリアスのお母さんの言葉が。リアスさんは貴族なんだから眷属として生きていくなら必要な知識と教養だよ。僕だって日本式の作法をちゃんと習ったんだからね。今でもやれと言われればしっかりとできる。まあ、僕にとっては数週間前の出来事だしできて当たり前か。

 

 話の中でリアスさんの事を部長と呼んでる事にも指摘を受けた一誠。さらにはプライベートでの呼び方までも指摘された。

 

「『部長』ではダメなんですか?」

「お考えなさい。それぐらい自分で答えを出さないと、あの子に嫌われますよ?」

 

 リアスさんのお母さんは苦笑しながら言う。だけど、一誠はどういう意味かわかっていない様子。一誠、本気でわかってないのかな? あんまり鈍感だと嫌われちゃうよ? もしくは、トラウマを盾にいつまでも先延ばしにしたりとかも。

 

「ま、いきなりそれではあなたも難しいでしょうし、リアスも急にそれだと困惑するでしょう。今回の帰省は『部長』でもかまわないでしょうね。ただ、いずれ、どう呼ぶかはハッキリしなさい」

 

 リアスさんの事を言われて別の事を思い出した様子の一誠。なんでわかったかって? 表情と雰囲気がちょっと変わったからそう思っただけだよ。もしかしたら違ってるかもしれない。

 

「あ、あの、一つ質問いいでしょうか?」

「なんでしょう?」

「小猫ちゃんは……? 小猫ちゃんは無事なんでしょうか?」

 

 どうやら他の事を考えていたのは正解だったようだ。確かに搭城さんが倒れたって話は僕も聞いてからちょっと心配だった。

 

「彼女はいま懸命に自分の存在と力に向き合っているのでしょう。難しい問題です、けれど、自分で答えを出さねば先には進めません」

「……存在と力?」

 

 それからリアスのお母さんは二匹の猫姉妹の話をし始めた。

 姉妹の猫はいつも一緒。寝る時も食べる時も遊ぶ時も。そして親と死別して、帰るところも、頼る人もなくなった。お互いを頼りに懸命に生きていたという感動的な話。

 

「二匹はある日、とある悪魔に拾われました。姉の方が眷属になることで妹も一緒に住めるようになりました。やっとまともな生活を手に入れた二匹はそれはそれは幸せなときを過ごせると信じていたのです」

 

 前語りで日本という単語があったから、僕は既に二匹の猫が猫又の妖怪だって事を察している。後、搭城さんが妖怪って事も前に気づいてたからその話なんだろうと僕は推測した。このタイミングでの話ってことは十中八九正解だろう。

 

「その猫はもともと妖術の類に秀でていた種族でした。その上、魔力の才能にも開花し、あげく仙人のみが使えると言う仙術まで発動したのです」

 

 一つ間違いを見つけた。仙術は別に仙人のみが使える術ではない。ただ、仙人の代名詞の術で仙人が最もうまく使えるってだけ。僕だって基本くらいなら使える。と、いうか、仙術も妖術も殆ど同じもの。属性が違う程度の違いしかない。妖怪の回復術なんてモロ仙術だし。

 

「力の増大が止まらない姉猫はついに主である悪魔を殺害し、『はぐれ』と成り果てました。しかも『はぐれ』の中でも最大級に危険なものと化したのです。追撃部隊をことごとく壊滅するほどの……」

 

 そして、悪魔たちはその姉猫の追撃をいったん取りやめたと。

 だけどおかしい。今の話には日本妖怪をよく知る人ならおかしな点が二つある事に気づくだろう。

 まず、例え暴走したとしたならとてもそこまで強くなれっこない。日本妖怪は弱さと引き換えに繊細さを手に入れたと言ってもいい種族。それを欠いてしまえば悪魔に勝つなんて考えにくい。

 そしてもう一つのおかしな点は、今の説が逆だった場合。これなら追っ手を壊滅できたことにはうなずけるが、そうなると戦闘だけを求める暴走状態になっている説明がつかない。と、なればその猫妖怪は冷静な状態で主を殺したことになる。

 おそらく事の真相はもっと違うところにある。その猫妖怪が本当に邪悪な存在で冷静に殺しを働いたのかそれとも、そうしなくてはいけない理由があって殺したのか。

 

「残った妹猫。悪魔たちはそこに責任を追及しました。『この猫もいずれ暴走するかもしれない。いまのうちに始末したほうがいい』―――と」

 

 ものすごく話がおかしな方向へ行ってしまったようだ。危険になりそうだから殺す、その理屈はおかしい。まだ小さな子供、悪い方に行かないようにする方法なんていくらでもある。ましてや自分たちの敵になる可能性も今は低いのに。

 

「処分される予定だったその猫を助けたのがサーゼクスでした。サーゼクスは妹猫にまで罪はないと上級悪魔の面々を説得したのです。結局、サーゼクスが監視することで事態は収拾しました」

 

 けど、信頼していた姉に捨てられた妹猫の悲しみは深く、他の悪魔たちにも攻め立てられて精神が崩壊寸前だったと。なんて不幸な話なんだ。親との死別に悪魔の誘惑が重なってしまった。って、この二つだけ見ると僕の境遇に似ている。まあ、僕の場合ここまで不幸じゃなかったけど。それでも、ちょっと共感してしまう。

 

「サーゼクスは、笑顔と生きる意味を失った妹猫をリアスに預けたのです。妹猫はリアスと出会い、少しずつ少しずつ感情を取り戻していきました。そして、リアスはその猫に名前を与えたのです。―――小猫、と」

 

 小猫という名前が出ると一誠もようやく誰の話かを確信したみたい。いや、誰の話ではなく、搭城さんの転生前だね。

 

「彼女は元妖怪。猫又をご存じ? 猫の妖怪。その中でも最も強い種族、猫ショウの生き残りです。妖術だけでなく、仙術をも使いこなす上級妖怪の一種なのです」

 

 ちょっと待った。猫ショウは上級妖怪火車へと進化できる妖怪だけど、火車へと至るまでは下級妖怪ですよ? まあ、訂正なんて言わないけどね。後、仙術は人型になれる妖怪はだいたいが身に着けれますよ。合ってるのは猫ショウが猫妖怪の最上位ってことだけだね。




 次回かその次、小猫の姉の前に悪魔に出会う前の黒歌を知る者登場! あっ、黒歌って出しちゃった。まあいっか、これ見る人はどうせ知ってる! ……よね?

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