2人の最後の蜜月。
ゲームをやっている皆さんなら、この後の展開もご存知ですよね?
恋夢幻想は基本ゲームに忠実な内容となっています。
最近私は夢を見る。
懐かしい夢。あの人の…夢。
あの人は笑っている。あのころと全く変わらぬ笑顔で…。
彼の瞳が私を見つめる。その指が私に触れる。
彼の優しい眼差しを、その繊細な指先をー私は何よりも愛した。
ー私は夢を見た。
何よりも懐かしい…そして何よりも恐ろしい夢。
目の前に立つあの人。
優しさのかけらも無い、冷たい表情で私を見る、変わり果てた彼。
「殺女」
私の名を呼ぶ変わらぬ声。
ただそこに込められた感情だけが違う。
「ー殺女」
凍り付いた眼差しが私を縛る。
身動きすらままならず、眼をそらすことすらできずに私は彼を見つめる。
満足そうに眼を細め、彼は当然のように私に命じる。
そんなことできないーそう思うのに、その思いとは裏腹に彼の言葉に頷く自分がいる。
抱き寄せられ、その冷たいくちづけを受けながら、眼が暗む程の幸せを感じる自分がいる。
自分ではどうにもできなかった。
そんな時、心に浮かぶのはただ一つの眼差し。
その切ないくらいに透明で真直ぐな眼差しを、忘れることは決して無いだろう。
(大神君…)
涙が溢れた。
あの人と似たところなんてほとんどない彼が、私にとって特別な存在になったのはいつの頃からだったろう。
気がついたら彼の姿を目で追う自分がいた。
「誰を思おうが無駄な事よ。お前は私のものだ。未来永劫、変わることなくな」
そして、彼は笑った。
形のいい唇をゆがめるようにして。
「殺女」
ゾッとする程冷たい声で彼が私の名を呼ぶ。
「お前は私から逃げられまいよ。決してな」
悪魔のようなその笑い顔を見ながら私はいつも目を覚ます。
夜毎訪れる悪夢。私に逃れるすべは無い…
目をあけるとすぐ近くに大神の顔があった。
心配そうな顔をしている。
あやめは目を瞬き、その顔を見返した。
「ー大神君?どうしたの?そんな顔して」
そっと手を伸ばして頬に触れると、大神はふわりと無邪気に微笑んだ。
大きな手のひらが近付いて、あやめの髪を慈しむように撫でた。
「嫌な夢でも見たんですか?少しうなされていたみたいだ」
微笑み、大丈夫と言いかけて、言葉を止めた。
大神の真剣な眼差しが嘘は許さないと、そう言っていた。
小さく息をつき、目を閉じる。
疲れを取るための仮眠だったがちっとも疲れはとれていなかった。
それどころか精神的な疲労のためにむしろ体の疲れは増していた。
それも全部あの夢のせいだ、あやめは思う。このところ毎日のように見る夢。
内容はハッキリとは覚えていないのにそれが悪夢だと言う事だけは分かるのだ。
何か取り返しのつかない事がおこる…そんな気がして仕方なかった。
「あやめさん?」
不安げな呼び掛けに、今度はしっかりと微笑みを浮かべて言った。
「大丈夫よ。ほら、そんな顔しないで。あなたの方が世程具合の悪そうな顔をしてるわよ」
「でも…っ」
さらに言いつのろうとした大神を遮り、
「でもじゃないの。ねぇ、何か報告があって来たんじゃないの?確か指令に呼ばれてたでしょう?」
いつもと変わらぬ笑顔でそう言った。
大神は小さく一つため息をつく。
自分じゃダメなのかと情けなく思いながら…。
そんな思いを抱きながら大神は、あやめに促されるままに指令に命じられた事を彼女に告げた。
魔神器の事。敵の目的。自分とあやめに与えられた仕事の事をー。
了解し、頷くあやめを確認し、大神はくるりと彼女に背を向けた。
そしてそのまま部屋を出ていこうとする。
すると後ろからあやめが声をかけて来た。
「ねぇ、せっかくだからお茶でも飲んでいかない?」
「いえ、まだやる事が残ってるので…」
心の内のいら立ちを隠すように言葉少なにそう答える。自分でもびっくりするくらい頑なな声だった。
あやめはそんな大神の様子を不審に思ったようだ。
「大神君?」
戸惑いを含んだ声が大神の名を呼ぶ。
その手がドアの前で立ち止まった大神の腕に触れーその瞬間、堪えきれずに大神は、力任せにあやめの体を抱き寄せていた。
息が止まるくらいきつく、きつく彼女を抱きしめ、切なくささやいた。
「ー好きです。あやめさん」
俺はいったいあなたのなんなんですか、と、そう問いかけたい気持ちを堪えて大神はあやめを見つめ、そしてそっと唇を寄せた。
せめてこの腕の中にいる時だけは彼女が俺の事だけを考えていてくれればいいのにーそう願いながら。
するとあやめの手が大神の背にまわされぎゅっと力が込められた。
そして囁くような彼女の声が大神の耳をうつ。
「私も…私だって大神君の事が好きよ」
「え?」
驚いて、あやめの顔を見た。信じられなかった。
今まで一度だって彼女がそんなふうに言ってくれた事はなかったから。
「あやめさん…」
「好きよ。大神君…」
大神をまっすぐに見つめてあやめはその言葉をくり返した。
今まで言わなかった言葉。今まで…言えなかった言葉。
やっと言う事ができたと、あやめは大神の胸に顔を埋めて小さく息を突いた。
そんなあやめを大神は何も言わずに強く、強く抱き締める。
言葉にならない思いで胸が一杯だった。
「お願い、大神君。私をしっかり捕まえていて…」
その言葉に小さな頷きで返事をかえす。
「私が他の何かになってしまわないように、もっと強く…抱き締めて…」
黙って腕に力を込めた。
追い詰められたような声に、態度に、おかしいと感じなかったと言えば嘘になる。
だが大神は、なぜ?と聞く事をしなかった。
いったいあなたが他の何になると言うんですかーそんな問いを飲み込んで、大神はただあやめを抱き締めていた。
幸せなはずなのになぜか泣き出したいような気持ちで。
後でその事を死ぬ程後悔するとも知らないまま、ただ強く彼女を抱いていた。
彼女が望むまま、強く、強く…
どれくらいそうしていただろうか?
静かな沈黙をやぶり、先に口を開いたのはあやめの方だった。
今夜はずっとそばにいてー彼女はそう望んだ。
大神は微笑み、はい、と頷く。あなたがそう望むのならー、と。
花がほころぶように彼女が笑う。
幸せだった。
彼女がただ微笑んでそこにいてくれる、ただそれだけで大神はこの上もなく幸せを感じる事ができた。
ずっと一緒にいられればいいー大神は思う。それ以上の事など望みはしないから。
それはほんのささやかな願い。
しかし二人の気付かぬところで終わりは確実に近付いてきていた。
破滅の時は間近だった。
目を覚ますとすぐ隣から聞こえてくる安らかな寝息。
わずかに顔を傾けるとそこには穏やかな顔で眠る人がいる。
触れあう肌から伝わる温もりが温かで、嬉しくて、切なくてーなぜか涙が溢れた。
この人が好きだーと思う。
なぜだかとても。
あの人とはまるで違う。
見た目も、性格も、似たところは何もないはずなのに、いつの間にか好きになっていた。
今では彼の真直ぐな性格も、それゆえの不器用さも全てが愛おしい。
大神一郎ー心の中でその名を呼ぶ。
それだけで胸が熱くなる。
どれだけ自分が彼の事を好きかをその度に思い知らされる。
彼は知らない。
私がこんなふうに思っている事。
だが知らなくていいのだ、こんな事は。
むしろ知られたくない。こんな気持ちを彼に。
好きよ、大神君。誰よりも…そう、あの人より…
声に出さずに呟き、彼のむき出しの肩にそっとくちづけた。
その時だった。突然、頭の奥が軋むような痛みを訴えた。
「…っっ!?」
声にならない悲鳴を漏らし、頭を抱える。
心の奥から何かが浮かび上がってくる。
押さえきれない何か…それはきっと私と言う存在を跡形もなく押しながしてしまうだろう。
(殺女)
誰かが私を呼んでいる。
懐かしい声。
かつて、私が誰よりも愛した人の声…
山崎真之介ー。
あなたなの?あなたが私を呼んでいるの?あなたが…
「…さん…あやめさん!!」
名前を呼ばれてはっと我に帰る。
目の前に大神君の顔。
「あ…大神君…?」
半ば呆然と彼の名を呼ぶ。
彼はそんな私をきつく抱き締めた。息が止まるくらい強くー。
私はその背に腕をまわし、そして問いかけるようにそっと彼の名を呼んだ。
ー何にそんなにおびえているの?
そう彼は何かにおびえている。
でも何に?強大な敵を前にしても怯む事なく立ち向かう事のできる彼が、いったい何におびえると言うのだろう。
「あなたが今にも消えて、俺の前からいなくなってしまいそうで…」
それが怖かったのだと彼は言った。
両手を私の頬に添え、私と言う存在を確かめるように、彼は何度も何度もくちづけをくり返す。
そして言った。
「ずっと俺のそばにいて下さい。ーあなたが好きです。他のどんな存在よりも…」
ひどく思いつめたような、真剣な眼差しで。
そして私は約束すると答えた。
ずっとそばにいると、そう答えた。
その約束が決して守られる事がない事も知らないで…
幸せそうに彼が笑う。
その笑顔が好きだった。
ふいに泣きたくなって、彼の広い胸に顔を埋める。
そのまま彼の体をぎゅっと抱き、「抱いて」とささやく。
私を抱く手に力を込め、彼はそれを答えにかえた。
からみ合う眼差しー触れあう肌と肌。
疲れ果て、夢も見ずに眠った。彼の腕の中で。
朝日の中で目を覚まして顔を見合わせた時、照れくさそうに笑った彼の顔を私は決して忘れない。
幸せだった、本当に。
彼と出会えて良かったと、心の底からそう思った。そう、思う事ができた。
ー私は幸せだった。
そして幸福な夢は終わりを告げーとびきりの悪夢が始まろうとしていた。
次回は6/27(土)の10時に投稿予定です。