「指令!霊子砲の向きが!!」
その声に米田は舌打ちを漏らした。
米田が見つめる中で霊子砲は徐々に向きを変えようとしていた。
その砲門が向けられた先は帝都・東京。
大神達は間に合わなかったのだ。
ーちくしょう。絶体絶命ってやつか
ミカサの砲門は度重なる降魔との戦いで、ほとんど全て使い物にならなくなっている。
対抗すべき手段は無い。ただ一つの方法をのぞけばー。
どうする?-考えたのはほんの一瞬。
次の瞬間には大声を張り上げて命令を下していた。
「総員退避!!全員今すぐ退艦しろ!」
「米田指令!?」
「何を!」
「うるせぇ。黙って行きやがれ。時間がねえんだからよ」
由里やかすみの声に米田は怒鳴り声で返す。
「でも、米田指令は?指令はどうするんです?」
「俺かぁ。そんなこと決まってんだろ」
米田は笑った。
心は決まっている。そのことに対する恐怖もない。
だが、年寄りのわがままに未来ある若者達を巻き込むことだけはできないと、それだけは強く思った。
「俺は、ここに残る。やることがあるからな」
「そんな!それなら私たちも」
「おいおい、勘違いすんなよ?俺は死ぬつもりはねぇ。まだまだしぶとく生き残るつもりさ」
「だったら」
自分たちが残ってもいいではないかーそう言い募る三人娘の顔を米田は一人一人見つめた。
ったく、じゃじゃ馬ばかりだぜー目を細め、苦く笑う。
そのとき、通信機から艦内の退避はほぼ終了したとの連絡が入った。
米田はにやりと笑って三人を見た。
「ほらほら早くいきな。後はおめぇらだけだ。いいか?死なねぇと危険がねぇは同じ意味じゃねぇんだ。おめぇたちをよけいな危険に巻き込むわけにはいかねぇよ。危ねぇ目に遭うのは俺一人で十分だ」
そうして米田は目の前にそびえる聖魔城を見つめた。
あそこで戦っている者達がいる。若い命を削り、守るべき者のために戦う者達が。
「かすみ、由里、椿…。見てみな。あのでっけぇ魔城をよ。あそこであいつ等は戦ってる。大事なものを守るため、必死になってな。俺も負けちゃいられねぇーそう思うんだ」
米田は笑った。清々しく、潔く。
「あいつ等の戦場があそこであるように、俺の戦場はここなんだ。一歩も引くわけにはいかねぇ。分かってくれるな?」
米田の目が三人を見た。
言葉無く、かすみが米田に敬礼を送る。
すぐに由里、椿もそれに続いた。米田も頷き敬礼を返した。
「さ、もう行きな」
米田の声が優しく響き、それに背を押されるように三人は静かにでていった。
後ろを振り返り振り返りー。
そんな三人の背中が消えるのを見送って、
「ったく、手間のかかる奴らだぜ」
言葉とは裏腹の愛しそうな口調で米田はそうつぶやいた。
皺深いその口元に柔らかな笑みを浮かべ、そしてほんの一瞬目を閉じる。
再び目を開けたとき、米田は決意も新たに眼前にそびえる魔城を睨みつけた。
「思いどおりにはさせねぇぜ。俺の目が黒いうちはな」
にやりと笑った米田の操縦の元、ミカサは急激に加速する。
向かう先は霊子砲の巨大な砲門。
「帝都の悪夢、今この手で俺が終わらせてやる!!」
突如、強い光が米田の目を焼く。
とうとう発射されたのだ。強い霊力を帯びたその砲弾が。
だが、それを見つめる米田の目には恐れも諦めもなかった。
そして操舵輪を握るその手には、揺るぎない力強さにあふれている。
米田の瞳にはまだ、強い輝きが残っていた。
目の前で霊子砲が、そしてミカサが、ともに大爆発をおこして吹き飛んだ。
そのすさまじいまでの衝撃と爆風を瀕死の体に受け、それを堪えきれるわけもなくー血にまみれた体は宙を飛び、激しく床にたたきつけられた。
その身を襲った激痛に美しい顔をゆがめながらもかろうじて意識を保った叉丹は、やっとの思いで首を巡らせ、その光景を目の当たりにした。
そこには何も残っていなかった。
あの巨大な砲身を支えていた土台さえも残ってはいない。
全て、跡形もなく吹き飛んでしまった。
ただ、床に散らばる大小の残骸のみがそのよすがを忍ばせるのみである。
それを見た叉丹は長い長い時間をかけて形にした計画が全て水の泡となったことを知った。
それでも叉丹本人が生きてさえいれば霊子砲など無くても帝都を地獄のそこへ落とすのはたやすいことであろうが、もうそれすらもかなわない。
何しろその当の本人が今にも死にゆこうとしているのだから。
訳もなくおかしくて、叉丹は笑い声をあげようとした。
だが喉をついてでたのはすきま風のような気の抜けた音だけ。
その瞬間、叉丹は自らの死がすぐそこまで来ていることに気がついた。
唇の端をゆがめ、かすかに微笑う。
(そうか…私はもう死ぬのか…)
不思議なくらい冷静にそのことを思う。
その瞳はただ静かに自分の死を見つめていた。
そしてごく自然に、彼は一人の人を思った。
彼女の顔を自分の中に難なく描き出せることに軽い驚きを感じながら、叉丹は彼女の幻影にそっと語りかける。
私はお前の元へ行くのだろうかーと。
答えがないことは分かり切っている。
だが彼女の幻が微笑みを浮かべてくれた気がして、叉丹は自らの心が軽くなったのを感じた。
全身をさいなんでいた痛みももう感じない。
死はもう恐ろしいものではなくなっていた。
我ながら現金なものだなと微苦笑を漏らし、ふと思いついたようにそのことを考えた。
自分はいったい何のために存在したのだろうかー。
人の身に生まれ、魔のものへと身を落とし、目的を達することもできないままにこうして死んでいくー自分はこの世界にとってなんの意味があったのだろうかーと。
そのときだった。
叉丹はふと自分の中に何か黒い影があることに気がついた。
その黒い邪悪な意志はどんどんと大きくなり、叉丹の意識すら飲み込まんとふくれあがる。
その意志に触れたとき叉丹は自分が生まれた理由の全てを理解していた。
そしてこれから起こることの全てを知った。
最後の力を振り絞り、叉丹は大神の姿を探す。
彼は叉丹とさほど離れていない場所にいて、今にも起きあがろうとしているところだった。
叉丹の視線に気がついたのだろう。振り向いた黒い瞳が真っ直ぐに叉丹をとらえた。
強い瞳だ。何者も恐れないー。だがいつまでその瞳を保っていられるのか。
これから起こる深い絶望の中で。
(それを見られないことだけが残念ではあるが、な…)
小さな吐息を漏らし、叉丹は永遠にその瞳を閉ざした。
葵叉丹という存在の死ーそれとほとんど間をおかずに新たなる転生が始まろうとしていた。
叉丹は倒れました。
しかし、それを上回る災厄が目を覚まします。
ゲームをやっていた人にはお馴染みの展開かと思いますが(笑)
次回は明日、10時に投稿します。