恋夢幻想   作:高嶺 蒼

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カンナとすみれの見せ場です。


恋夢幻想~12~

 暗闇に、男が一人いた。邪悪なまでに美しい存在ーその男の名は葵叉丹。

 聖魔城を復活させ、帝都を混乱の渦に陥れた張本人だった。

 

 「とうとう来たなー帝国歌撃団」

 

 形のいい唇をゆがませて冷たく笑う。

 その瞳はここではないどこかを見つめ、興味深そうに細められていた。

 彼が見ているのは一人の男。

 かつての彼がそうであったように、人を信じ、なんの得にもならない戦いにその身を投じる男ー大神一郎。

 

 ーお前はなにを信じ、戦っているのだ?

 

 言葉に出さず、問いかける。

 答えが返ってこないことなど分かっていた。

 だが知りたかった。

 あの迷いのないひたむきな瞳がいったいなにを見つめているのかーただ知りたいと思ったのだ。

 なぜ、そんなことを思ったのかは分からない。自分でも理解できない感情だった。

 もしかしたらただの好奇心にすぎないのかも知れないし、あるいはあざ笑ってやりたいだけなのかも知れない。

 お前が見ているものなど幻想にすぎないのだ、と。

 

 叉丹は小さく笑った。自らを嘲るように。

 しかし、それも一瞬のこと。

 再びその瞳が怪しく輝き、その唇が言葉を紡いだ。

 

 「お前にさらなる地獄を見せてやろう、大神一郎。お前がいかに無力でちっぽけな存在かいやと言うほど思い知らせてやる。だから早く来い、大神一郎。早く来て、この私をもっと楽しませて見ろ」

 

 暗黒の闇に哄笑が響き渡る。

 それは、まるで、開幕のベルのように…

 

 

 

 

 「くそっ。きりがない」

 

 湯水のようにわき出てくる敵を前に、大神の唇からそんなつぶやきが漏れた。

 無意識の言葉だった。それほどまでに大神達は追いつめられた状態だった。

 

 「いいか、みんな。一点突破だ。活路を開くんだ。こんな所でぐずぐずしているわけには行かない」

 

 叫んだ大神に、みんなの力強い声が答える。

 二刀の剣を振りかざし、まず自らが敵の真ん中に切り込んだ。隊員達が次々とその後に続く。

 だがその包囲網を抜けたところで大神機は急停止をし、方向を転じた。

 突破したばかりの敵の方に向かって。

 

 

 「よし、みんな。ここで敵を迎え撃つぞ」

 

 「えっ!?このまま行っちゃわないんですか?」

 

 

 さくらのそんな疑問に、大神に代わってマリアが答える。

 

 「このまま進んだら敵に後ろを突かれる可能性があるわ。別の敵との交戦中にそんなことになればそれこそ絶体絶命よ。そんな危険を冒すわけには行かないーそうですよね、隊長」

 

 マリアの言うとおりだった。大神は頷く。

 

 

 「あぁ、そうだ」

 

 「でも、時間が…」

 

 「分かってる!」

 

 

 唇をかんで、大神は前を睨みつけた。確かに時間は惜しい。一刻の猶予もないことは分かっている。

 しかし、時間を惜しんでみんなの命を危険にさらすことはできなかった。

 

 「分かっているが、いまはこれしか方法がないんだ、さくら君」

 

 大神のその言葉に、さくらはもうそれ以上言い募ろうとはしなかった。

 時間がないことは、大神が一番よく知っているはずだ。

 それをふまえた上での指示なのだから、大神にもゆずれない何かがあるのだろうーそう思い、さくらは無言で大神機に習う。

 迷いはない。

 大神であれば自分たちを正しく導いてくれるはず、そう信じていたから。

 

 

 「いくぞ、みんな」

 

 「ちょっと待ってくれ、隊長」

 

 

 大神のかけ声に、今度はカンナが待ったをかけた。

 動きを止めた大神機の前にカンナの紅い機体が進み出る。

 

 

 「カンナ!?」

 

 「みんな勢揃いでお出迎えしてやるほど上等な敵じゃぁねぇだろ。ここはあたいに任せてくれねぇかな、隊長」

 

 

 真剣な口調だった。

 虚を突かれ、一瞬言葉のでない大神に代わってマリアの声が飛ぶ。

 

 

 「カンナ。それはどういう意味なの!?」

 

 「どういうって…そりゃぁそのままの意味だよ、マリア。あたいを残してさきにいけってことさ」

 

 「カンナ…君を犠牲にするなんて、そんなこと…」

 

 「よしてくれよ、隊長。犠牲だなんてさ。そんなつもりはないんだから」

 

 

 大神の言葉を明るく笑い飛ばしてカンナが言った。

 そのあっけらかんとした調子は、いつものカンナと変わりはない。

 そこに死を覚悟したものの悲壮感などかけらも見られなかった。

 

 「行ってくれよ、隊長。こんな所でぐずぐずしてる暇なんて無いだろ」

 

 カンナの、あの屈託のない笑い顔が見えた気がした。

 悔しいが、カンナの言うとおりだった。

 大神は唇をかみ、頷いた。

 

 

 「…分かった」

 

 「大神さん!?」

 

 

 さくらの声とみんなの息をのむ気配。

 大神は振りきるようにカンナ機に背を向けた。

 

 

 「前に進むぞ」

 

 「そんな!!カンナさん!」

 

 「へへっ、大丈夫だって、さくら。すぐにみんなに追いつくさ。隊長はあたいを信じてここを任せてくれるんだ。裏切るわけにはいかねぇよ。だろ、隊長」

 

 「あぁ、そうだ。君を信じるからここに残していく。頼んだよ、カンナ」

 

 「おう。任せてくれ、隊長」

 

 

 嬉しそうにカンナ。

 大神は再び頷き、前に進む。みんなも渋々それに従った。

 だが、ただ一機、それに従わない機体があった。

 鮮やかな紫の光武ーそれはすみれの操る機体だった。

 

 「すみれ、なにしてるの!?」

 

 問いただすようなマリアの声に、すみれがわずかに口ごもる。

 動こうとしないすみれ機を見ながら、大神は瞳をやわらかく細めた。

 その答えを聞く前から、大神はその理由が分かる気がした。

 

 「わ、私も残りますわ。カンナさんだけでは不安ですから」

 

 いいわけめいたその言葉から、すみれの不器用な気持ちがいたいほど伝わってきた。

 そんなすみれにカンナが詰め寄る。

 

 

 「お前、なに考えてんだよ。あたい一人で大丈夫だって行ってるだろ。ったく、隊長からもなんとかいってくれよ…」

 

 「分かった。すみれ君もここに残ってくれ」

 

 「そうそう…って、おい、なにいってんだよ、隊長」

 

 「ありがとうございます、少尉。私、頑張りますわ」

 

 

 二人の声が見事にシンクロして響く。

 けんかするほど仲がいいとはよく言ったものだ。

 カンナとすみれーまさにその二人を言い表したかのような言葉ではないか。

 いまだってすみれは一人残されるカンナを心配し、カンナもまた一緒に残れば危険にさらされるであろうすみれの身を案じている。

 全く正反対のようでいて、どこか似たところのある二人。

 それ故に二人は反発しあい、反発しながらもお互いのことを思い合っている…。

 

 ただ不器用なだけなんだー大神は思う。

 二人とも素直に心をさらけ出すことができなくて、いつもぶつかり合ってしまう。

 本当はお互いのことを何よりも大事な仲間だと、思っているはずなのに。

 

 

 「隊長!!」

 

 「すみれ君の気持ち…本当はカンナにだって分かっているんだろう?」

 

 「……」

 

 

 カンナが押し黙り、大神は二人に伝えるべきことを伝えるために口を開く。

 

 「先に行って待ってるよ、二人とも。なるべく早く来てくれよな。二人がいないとやっぱり心細いから」

 

 おどけた口調にカンナが笑い、そしてすみれも笑った。

 大神も笑う。

 生きて再び会う、そのことを誓い合うかのように。

 

 

 「しようがねぇなぁ。分かったよ、隊長。さ、もういってくれ。もうじき敵も追いついてくる」

 

 「そうですわ。お行きになってくださいな、少尉。私たちなら大丈夫ですから」

 

 

 力強い言葉だった。

 その言葉に押されるように大神達は再度二人に背を向けた。

 ゆっくり遠ざかっていく姿を見送り、最後の一人も見えなくなったとき、ぽつりとすみれがつぶやいた。

 

 「-行ってしまいましたわね」

 

 その声がやけに心細げに響いて、すみれは焦ったように言葉を続ける。

 

 「ま、まぁ、私の手に掛かれば降魔なんてちょちょいのちょいで、けちょんけちょんにしてさしあげますけど…」

 

 それがまた、いかにも強がっていっているように聞こえて、すみれはさらに焦ってしまう。

 そんなすみれの様子にカンナは思わず微笑んでいた。

 そんな場合じゃないともちろん分かってはいたのだが。そして苦笑混じりに言葉を漏らす。

 

 

 「-馬鹿だよなぁ、お前って。あたいなんかにつきあってさ」

 

 「カンナさん…」

 

 「本当、愛しいくらいの大馬鹿野郎だ」

 

 

 馬鹿呼ばわりされているのに、不思議と腹は立たなかった。

 カンナの声があまりに優しかったからーたぶんそのせいもあるのだろう。

 柔らかなその声が心にしみて、気がつくと体のふるえが止まっていた。

 早かった鼓動も落ち着いている。

 これから始まる絶望的な戦いへの恐怖も、いつの間にか消えていた。

 すみれは不敵に笑う。

 いまならば、どんな敵にも負ける気がしなかった。

 

 「-おいでなすったぜ」

 

 近づいてくる無数の敵の気配。

 舌なめずりが聞こえてきそうなカンナの口調に、すみれはついつい微笑んでしまう。

 いまこの瞬間、彼女は自分が負ける可能性など考えてもいないことだろう。

 いつものごとく彼女が考えるのはきっと目の前の敵のことだけ。どうやって倒すか、どうやって勝つかーそんなことしか考えていないに違いない。

 カンナさんらしいですわねー素直にそう思う。

 そしていまだけはそんな彼女のようになりたいと、心から思った。

 大丈夫と自分に言い聞かせ、深呼吸。

 すみれは顔を上げ、前をにらんだ。いつもの勝ち気な表情に戻って。

 

 

 「望むところですわ」

 

 「-いいねぇ。その意気だ。ちゃっちゃと終わらせて早くみんなと合流しないとな」

 

 「そうですわね。私たちがいないと、みなさんも大変でしょうから」

 

 

 二人は笑った。

 絶望などしない。

 必ず帰るのだ、大神の元へ。花組の仲間達の所へー

 

 

 「一気に行くぜ」

 

 「えぇ」

 

 

 二人の機体を霊力のオーラが包み込む。

 紅と紫ー二色のオーラに包まれた二人の機体はまるでワルツを踊るかのようになめらかな動きで敵の中に切り込んで行く。

 終わるためではなく、生きるためー。

 仲間達との再会を堅く胸に信じて。

 

 

 

 




次回は紅蘭とアイリスが活躍します。
明日10時に投稿予定です。

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