Monster Hunter 《children recode 》   作:Gurren-双龍

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感想を受止め、自分なりに今後のためにと戦闘シーンを書き直した形です。
納得してもらえるかは分かりませんが、少なくとも、感情はこうでした


第26話 最終カウントの幕開け

ギュルララララァ……!

 

「……三年……いや、正確には二年半ぶりだったか?」

 

 腰に携えた愛刀──『幻雷刀【聳狐】』の鯉口を切りながら、眼前の仇敵を睨む。二年半前、真癒はとある〈モンスター〉との戦いで重傷を負い、そして──

 

「ようやく会えたな……最早逃がさん。良い吹雪だ、貴様に断末魔を上げる権利すら、この轟音はかき消してくれよう」

 

 姿勢を低くする。私にとって必殺を振るうには最高のポジションだ。

 

「だがただでは殺さん。貴様には──」

 

 最速で踏み込む。左手で鞘を抑え、右手は柄を掴む。

 

「あの日からの怒りを全て、私からこの一刀でくれてやる!!!!」

 

ギュラララァァァァァァァ!!!!!!

 

 ドラギュロスが咆哮を上げる。私の殺気を前に、ついに害敵と認めたようだ。そうでなくては困る。貴様には恐怖と苦痛に心を歪ませてもらわねば困るでな──!

 

「──フゥッ!」

 

 踏み込んだ足で駆け抜け、ドラギュロスの右側を通りながら背後に回る。奴の部位で最も刃が通るのは、尻尾とその隣から伸びる二本の副尾。真正面から相手する必要はない!

 

「断ち切れぬとしても!!」

 

ギュルロルラァ!?

 

(──何?)

 

 居合一閃。背後に回り込むことで奴の尻尾を確実に刃の芯で捉えた。そして驚くことに、奴は()()()()()()()()。その冥雷で痛覚すら焼き殺してしまったが故に、あらゆる攻撃でも怯むことすらしなかったあの幻の冥雷竜が。とうとう制御すらままならぬら冥雷が痛覚すら起こしたか、あるいは()()()()()が与えた首の傷のおかげか。どちらにせよこれは好機。怯むに足る一撃を浴びせれば奴の隙を更に作り出せるということだ。ならば──!

 

「その傷……貰った!!」

 

 即座に納刀、振り向く前に頭部にこの切っ先を叩きつけんがために刀の柄を撫でる。しかし奴の危険察知、伊達にあの日の私達から逃げ仰せた訳では無いようで、これは外れると直感させられた。

 

ギュルラァ!!

 

 即座にその場から浮き上がり、私の刃を掻い潜ってきた。更に高く飛び上がりながら旋回している。いかん、旋回落雷か!だが──!

 

「たかだかこの程度は!!」

 

 私は『幻獣 キリン』の〈龍血者(ドラグーン)〉。落雷を視認するなど造作もない──!

 

「フッッ!!ハッッッ!!タァァッッ!!!!」

 

 振ってくる雷光をその一太刀一太刀で撃ち落としながら、程よくステップを踏んで動き、奴の降下地点に狙いを定める。今の私の位置から左な斜め後ろ!平晴眼に構え、最速の一歩でその首を──!

 

「貰った!!!!」

 

グギュルルララルラァ!!??

 

 血の色だけではない、赤黒く滲んだ奴の首元に青い刀身を一閃。最早叫び声にもなってない情けない声を上げながら、今にものたうち回りそうな勢いで仰け反る。やはり。これは真癒の【黒天白夜】が付けた巨大な刀傷。それも、今の真癒に出来る最大限の無茶(グラム・アーツ)によるものだろう。

 

「真癒……」

 

 「ここまでさせてしまった」という自責の念と、「ここまでしてくれてありがとう」という感謝の念が湧く。お陰で──

 

ギュルララァ!!!!

 

 横っ飛びしながら叩きつけてきた翼爪を、(しのぎ)で弾いて()()()ながら、こちらも横に飛ぶ。私がさっき立っていた位置には、冥雷を放つ鉤爪が鋭く重く刺さっていた。衝撃波もバカにはならんだろう。だがその重みに、今更恐怖などしない。

 

「お陰で……奴を殺し切れる……!!」

 

 私と鉤爪の間に薄く張られた、黒い壁。これで奴の衝撃を殺した。黒い粒が密集して生まれたような構造となっており、まるで砂のよう。

 

「……これを覚えたのは、この日のため……今ならそう思えてくるよ……『ラコル』」

 

 使い方を教えてくれた友人への感謝は尽きない。彼女なくしてこの力──私の電気を利用して磁力を使い、『砂鉄』を操る力を手にすることは出来なかっただろう。それも、ただ操るではなく、『超振動』をさせて殺傷力を高めて操作するほどのレベルともなれば──!!

 

「来るがいい……貴様の雷鳴、その尽くを斬り裂いてやろう!!」

 

ギュルルロラララァァァァ!!!!

 

 こちらに向き直り、冥雷ビームのブレスを放ってきた。だが今更そんなもの──

 

「私に当たると思ったかッッッッ!!!!!!!」

 

 一閃。黒い奔流は、蒼雷を纏った刀身をもって斬り裂かれる。しかし二射・三射も忘れてはいない。それらを一刀一刀、丁寧に斬り潰す。同時に砂鉄を左右から操り、奴の顔面に切り傷を付けていく。そして撃ち終えた隙は逃さない。夥しい量の砂鉄を連れて、奴の首元を狙って一歩、踏み込む──!

 

「そこ──ガッ!?」

 

 最速の踏み込みで距離を詰めると同時、薙ぎ払う一撃に吹き飛ばされる。反射的にした砂鉄のガードは間に合ったが、流石に着地まではカバー出来ない。ブリッツFXだからこそ怪我はないが。

 

「迂闊だな……尻尾の振り回し如きに当たるなど」

 

 怒りがこみ上げてくる。何も変わってない。イケそうなタイミングで突っ込んで、最悪のミスを犯した、あの日から──

 

『喰ら──ガァッ!?』

『陽子!!』

 

『真……癒……?』

『良かった……怪我はな、い……?』

『真癒……真癒!!??』

 

「──もういい、終わらせてやる」

 

 親指の腹を噛みちぎり、流れた血を啜り、飲み込む。途端、私の内から雷光が溢れ出す。私の様子に、流石のドラギュロスも様子見をしている。

 〈龍血活性(ブラッド・アップ)〉。自身の血液を摂取し、自身の龍力を最大限に引き出すための、〈龍血者〉の切り札。故に、私の雷光も砂鉄も、最大限の性能を振るう。

 

「三回。貴様はもう、あと三回で葬ってやろう」

 

 愛刀の柄を撫でるように右手を添える。全て居合。それをもって、この狩りを終わらせる。呼吸を整える。向こうも私の動きを睨みながら伺っている。ようやく自分を『蟻を潰す象』ではなく『雀蜂に襲われている羆』であると、理解したようだな?

 

「──なら、行くぞ」

 

ギュルラァ!!

 

 冥雷ビームのブレス。砂鉄の壁で無理やり逸らす。全体の四割がここで焼け溶けた。問題なし。

 

「貴様さえいなければ──」

 

 〈破龍技(ジーク・アーツ)〉の『雷電』。奴のまだ潰れていない方の眼球を斬り裂く。

 

ギュルロルラルラァァァ!!??

 

 痛みに耐えかね飛び上がりながら翼爪を振り回す。今更こんな悪あがきに当たりはしない。次は──

 

「真癒は……!!」

 

 〈破龍技〉の『鳴神』。奴の右翼の根元に、砂鉄共々刀身を添えて──

 

グギュルロレロラルラァァ!!??

 

 翼をもがれた冥雷竜は地に落ち、最早混乱しきって意味不明な声を上げている。無様な事だ。終わらせてやろう。

 

()()()はッッッッ!!!!!!!」

 

 『雷切』。私に撃てる、最大火力の〈破龍技〉。

 

──ッ

 

 音すら鳴らぬ断末魔と共に、竜はその首を冥府へと落とした。

 

「……」

 

 納刀。切り落とした竜の首に近付く。それは、今にも動き出しそうな生々しさを感じさせると同時に、最早動くことは無いだろうという確信を持たせてくれる。

 

「……」

 

 この竜が現れてからの日々を思い出す。真癒は傷付き、しかも元々決まっていた仲間達の異動が重なったことで彼女を癒せる者は誰一人として居なかった。それ故に荒れた。私も、真癒も──

 

「……!」

 

 脚が上がる。真下には丁度、転がった生首が落ちている。それを──

 

「──私だ、岸野陽子だ。片付いた。亡骸は適当に回収しろ。私は勝手に戻る」

 

 触れることなく、地面を砕きながら、事務的行動を済ませた。

 

「……私も、まだ死者の尊厳を踏みにじるほど落ちてはいないようだ……」

 

 ドラギュロスから目を逸らす。それで今気付いたが、視界が半分赤い。力を使いすぎて血涙が出たか。

 

「……頼むぞ、凪咲(なぎさ)

 

 血涙を拭って、その場を離れた。残ったものは、何も無かった。

 

 

◆◇◆◇◆

 

1月20日 未明

 

「……真治(まや)か?」

「おそようさん。痛む箇所はない?」

「特にはない」

 

 目が覚めた。ベッドではなくソファーに寝かされていた。しかし見覚えがあるような無い場所な気がする。

 

「……ここは?」

「アンタとお姉ちゃんが拠点にしてたスキー場の休憩所よ。お姉ちゃんは医務室。どうやら関東支部に居るはずの主治医まで来てるみたいよ」

「そうか……主治医の先生まで……」

 

 頭に乗せられていた、温められていたであろう冷めたタオルを取りながら上体を起こす。確かにここはスキー場の休憩所だ。視界の奥に荷物整理をするために入ったフードコートエリアの入り口が見える。

 

「……真癒さんは?」

「お姉ちゃんならそこの医務室で手術中よ。まさかこんな医療機関でもない所でするなんて正気じゃないけど、それだと……」

「そうか……急を要する事態だったんだな」

 

 かかっていた毛布を置いてソファーに座る形で起き上がる。視界のぼやけは無いが、まだ少し頭がぼーっとする。やはり軽く脳震盪の類でも起こしてたか?

 

「アンタも本調子ではないみたいね……まあ、無理もないけど。よく生き残ってたわね」

「……それは真癒さんに言ってくれ……」

「全くだね。よく生きてたよ真癒は」

「「っ!」」

 

 振り向くとそこには、栗色の長髪をポニーテールに纏めた、白衣を羽織った小柄な女性が立っていた。

 

「……貴女は?」

「この人がお姉ちゃんの主治医の先生よ 」

「そうそう、『篝火 凪咲(かがりび なぎさ)』。気が向いたら覚えてねー……ふぅ……」

 

 ソファーの空いてる方である俺の隣に深く座り込み、白衣のポケットから缶コーヒーを取り出す。青い山岳が特徴的なアイツだ。

 

「グクッ……ゴクッ……グッ……」

「あの、凪咲さん……聴いても、良いですか?」

「ぷっはぁ……生きてるよ。何とかね」

「そっか……良かった……」

 

 耐えかねた真治が急ぐように尋ねた問いに、質問内容も聞かずにさっさと答えてしまった。まあ内容なんてこの状況じゃ聞かずとも一つしか無いだろうしな。

 

「でもぶっちゃけ、ほぼアウト。なんで即死じゃないのか不思議なくらい」

「ッ……!!」

「〈龍血者〉なんだ。ちょっとやそっとの事で簡単に不死身じみた生存能力を発揮してしまうものだろ?私達は」

「陽子さん……」

 

 声の方を振り返ると、狩場でも見た青いポニーテールを持つ長身の女性が歩いてきた。

 

「おかえり。随分速いね……それと、ありがとう」

「私は好きよなようにしただけさ。それに、礼を言うならこちらの方だ……さて、詳細は?」

「そうだね。じゃ、場所を変えようか」

「ここでいい。……二人もいい加減知るべきことだからな」

「は?何言って……待ってまさか」

 

 信じられないような物でも見るような表情で、言葉を返す篝火さん。どういうことだ?

 

「あぁ、真癒は二人に話していない。ずっと心配させまいと黙っていたようだ」

「ッ……!何やってんだよバカ真癒……!!」

 

 歯を食いしばりながら壁を殴る篝火さん。しかし俺と真治は蚊帳の外。二人が何を話しているのかまるで意味が分からん。

 

「分かった……まず二人に何が起きているのかから話そうか。でもその前に……聴衆はもう一人いるね」

 

 白衣の内ポケットから大型タブレットを取り出し、操作してから俺達の方向に向けた。

 

『……聴こえるかの?』

「お久しぶりー、冬雪支部長。聴こえてるよー」

「し、支部長!?」

「おじ、じゃなかった!支部長……お疲れ様です!」

 

 慌てて立ち上がり、気をつけの姿勢で支部長に向き直す。

 

『うむ。その様子だと皆無事のようじゃな?真癒もかの?』

「もちろん。私が間に合っておいて死なせるわけがない」

『それは何よりじゃ……おっと……凪咲君のことをワシからも紹介しておこうかの。この子は【関東支部】の『龍技課』課長にして真癒の主治医、篝火凪咲君じゃ』

「『龍技課』課長……!」

 

 サラッと彼女が最前線の技術を支える凄い人だと知らされる。……とてもそうは見えないが。

 

「そんな偉いわけじゃないよ。好きなようにさせてくれるのはありがたいけど」

『さて、凪咲君よりも先に、今回の任務(クエスト)の報告をくれんか、上田雄也』

 

 今度は俺の方に視線が向く。しかし心做しか、いつもより支部長の表情は厳しい。孫の大怪我だから無理もないとは思うが……何故かそれだけじゃないモノを感じる。

 

「は、はい。『冥雷竜 ドラギュロス』剛種特異個体の狩猟、応援部隊のお陰で全員帰還、討伐も完了した模様です。ただ……」

『ただ?』

「相手が、『幻の冥雷竜』と呼ばれる個体であった、らしいです」

『……そうか、道理で……ご苦労……さて、凪咲君』

「はーい」

 

 別のタブレットを取り出し、操作してから再び支部長に向き直る。

 

『……ッ!』

「さて、私は彼らにこの事の説明をしますねー」

「……あの……全く話が見えないんですけど……」

「何故、真癒の傷があんな異様な代物だったか想像つく?」

 

 タブレットを置き、篝火さんが席を立つ。俺と真治の周りを、円を描くように歩き始めた。

 

「それは……流石に分かりません……」

「上田雄也君、冬雪真治君。君達は、『龍属性』をどれほど知っている?」

「『龍属性』って……何?」

「なるほど、真治君は知らない、と。でも上田雄也君、君は違うようだね?」

「……!」

 

 蛇に睨まれた蛙とはまさにこれなのだろう。どこかニヤついていながらもその目は全く笑いがない。これが彼女の平常運転に近いのか……?

 

「さて、君が読んだ資料に言わせれば龍属性エネルギーとは、『知性体の血肉を蝕む速効性ウイルス』、あるいは『龍の殺意が生み出した純殺傷性の龍力の塊』だったね」

「はい……」

 

 俺が読んだあの資料を、またあの白衣の中から取り出した。

 

「だがこれらはどちらも違うよ。いや、違いはしない。ここに書いてある記述通りのような現象は起きている。でも本質じゃない」

「本質……?」

 

 資料の束を叩きながら、語りは続く。その目は益々、俺の奥底を覗き込むようだった。

 

「上田雄也君……実はね、真癒は本質を知っているのだよ……それだけではない、と」

「ッ!……は、はい」

「正確には、『それだけではない』じゃなくて『その程度ではない』と言うべきではあったが……確かにあるのさ、その正体が」

「……待って、お姉ちゃんのそれと龍属性エネルギーに何の関係が……」

「真癒の双剣、【黒天白夜】の片割れは龍属性エネルギーを持つ。身近にあるんだよ、その力はね」

 

 それを聞いて言葉に詰まってしまう真治。俺ももう言葉の出しようがない。

 

「世界を滅ぼす力……真癒が言っていたよ……君も言ってたそうだね?彼女が君からその思いが伝わってきたと言ってたよ」

「……」

「いい加減結論を述べよう。龍属性エネルギーとはね……『マイナスの性質の龍力』なのさ」

「……マイナス?」

 

 予想していたよりも、どこかチープというか、弱い感じのある本質だった。だが……ナニカ引っかかる。

 

「……本来、龍力とは思い通りの力を発揮するモノさ……だが龍属性エネルギーだけは……違った」

 

 歩みを止めた。まるで食いしばるように……

 

「奴は尽くの現象に、まるでマイナスの掛け算のように全てを……『反転』させていたんだ……」

「それが……どういう……」

「その反転対象はね……『生』と『死』にすら及ぶんだ」

「──え」

 

 あたまがまっしろになった。

 

「『生命』は『絶命』し、『固体』は『融解』し、『正常』は『異常』と化す……覚えはないかい?例えば……妙に液体が固まってたり」

「……ハッ!」

 

 ドラギュロスの噛みつきの波動で付いた唾液は、確かに俺の双剣にへばりつき、斬れるどころか炎や毒素すら出てこれなくなっていた。

 

「そう……そしてここからが本題……真癒の状態、それは……」

「『反転』の性質が、真癒さんの身体に……!?」

「惜しいね。正確には彼女の龍力に起きたのさ……彼女の病は……」

「え?」

 

 再びソファーのタブレットを取り出し、操作して俺達にある画面を見せる。

 

「『体内龍力の機能』……?」

「私の父──研究者『篝火 波桜(かがりび なみお)』の論文さ。曰く『龍力は体内において、肉体の恒常性に強く働き掛け、宿主を強くする性質がある』とさ。だから傷は自然治癒しまくるし、病気もしない……まあ体力が落ちればなり得るけどね」

「とにかく、私達〈龍血者〉はその機能によって、風邪なんか引きゃしないし怪我してもすぐ治ってくれるんだ。だが……」

「そう、一つだけ例外があった。それが龍属性エネルギー……反転さ」

 

 今度は真癒さんの状態を示す画面に切り替わった。

 

「実は元々ね……真癒の力は非〈龍血者〉のハンターに毛が生えた程度の力しかないんだよ……でもさっきまで幻の冥雷竜と互角以上の戦いを演じてみせた……何故だと思う?」

「……まさか……」

「そう、『反転』したのだ。まず保有する龍力の量、続いて放出量。これのお陰で、真癒は私に匹敵するほどの力を得た」

「でも、それだけなら……まさか……」

「そう、そして……龍力の『肉体を保持する力』すらも、反転したのだ……!」

「そんな……!」

 

 彼女の言葉の意味するところ……つまりそれは……

 

「つまり真癒はね……最強クラスの〈龍血者〉となる代償に、力を使いすぎる度に龍力に肉体を蝕まれる病となったんだ」

「前者は副次効果に過ぎないけど……この病の名は……〈絶龍症(ぜつりゅうしょう)〉」

「〈絶龍症〉……」

「そんな、お姉ちゃん……ずっと黙ってて……」

 

 俺も真治も項垂れる。衝撃の新事実、としか言い様のないこれを、受け止めるので精一杯になってる。

 

「そして本題その二。なんで真癒の傷があぁなっていたか」

「そうだった、私はそこを聞くつもりだったのだ。……凪咲」

「ただでさえ奴の冥雷を纏った一撃を貰ったのを、特効薬で無理矢理回復させた身体……『龍活剤』使った挙句〈滅龍技(グラム・アーツ)〉まで使ったら、そりゃ肉体が限界にも達するってものさ」

「真癒め……馬鹿なことを……!」

 

 耳馴染みのない単語がいくつか出たが、要は『しちゃいけない無茶をした』って事か……

 

『……そろそろワシからも良いかの?』

「支部長……」

『うむ。ワシからもまだ話がある……今後の真癒の処遇についてじゃ』

「え?それは……支部長が決めることでは……」

『その通りじゃ……じゃが……』

 

 支部長すらも少し俯いた。きっとその先の言葉は、どれほど重いのか……

 

『真癒の今後を決めるには……ワシだと余りにも……私情が挟まる』

「それは……俺達もじゃないですか……!」

『後ろでふんぞり返るだけのクソジジイ如きにッッッッ!!!!!!可愛い一人の孫をこれ以上死に向かわせることなど決められるかッッッッ!!!!!!』

「ッ……!」

『じゃが真癒は〈龍血者〉……人類にとって貴重な戦力……故に……そう易々と辞めさせられぬのじゃ……ふざけおって…………ッッッッ!!!!』

 

 その声は今まで聞いたどんな言葉よりも深く重く、響き渡った。

 

「……真癒の余命は……一ヶ月に二回の戦闘があり、そして〈破龍技〉を月に一度だけ放ったという仮定の場合……」

『もって……三ヶ月じゃ』

「……っ」

『そして真癒は……もう託す事を覚悟しておる……だから……託す相手であるお主達にこそ……決めて欲しいのじゃ……!!』

 

 顔こそ隠してるが、その雰囲気からして、もう泣いてることや食いしばるような表情をしてる事は隠しきれていない。

 

「……真治……」

「……アタシの答えなんて決まり切ってる……アンタは、どうなの?」

「俺、は……」

 

 真癒さんと出会い、〈ハンター〉になり、そして弟子入りした時のことを思い出す。

 リオレウスに追われていたところを助けられ、両親と喧嘩してでも〈ハンター〉の世界に入った俺をサポートしてくれ、強くなりたいと思う俺の師匠になり、戦いの中で『生き物を殺戮する』という最も毛嫌いしている行為をしている自分との矛盾に一つの導きをくれて……そして今日に至るまで、真癒さんはずっと俺を助けてくれた。

 しかしここで真実を告げられて、一つ気がかりなことがある。それは──

 

「真癒さんは……いつから……?」

「……そうだね、そこも知る必要があるね」

「私から話そう……真癒があのドラギュロスと戦った時……お前と出会う半年以上前になるな……」

「そんな……」

 

 つまり真癒さんは、三年半くらいも前からあの病に……?

 

「話さなかった以上、一度もそんな素振りは見せなかったんだろうね……意地っ張り真癒め……無茶なことを……」

 

 ……ここで整理しよう。真癒さんは死に到りうる病に罹っている。そして篝火さん達の、苦しむ真癒さんへの対応を見るに、恐らく治療方法は確立されておらず、治せる病ではない。そして彼女は、少なくとも三年半くらい前からこの病に罹っている。更に言えば長くはない。

 

「篝火さん……一切この先戦わなければ……いつまで生きられますか?」

「……君達が中学校卒業前後まではもつと思うよ。加えて、【関東支部(こっち)】にある医療用ポッドの中で液体漬けにするなら、君達が成人するまでは生きられる」

「陽子さん……真癒さんは、どうしたがると思いますか?」

「……いざと言うときには、動こうとするだろうな。死ぬとわかってても」

「……」

 

 予想通りの答えが返ってきた。だったら……もう答えは決まった。

 

「……俺も戦わせたくないです。でも……『上』がそれを許さないと言うなら……」

 

 作戦用に用いられるタブレットを取り出し、【ハンドルマ】の『狩人療養規則一覧』のページを出す。

 

「……これです、『無期限療養権』。『甚大な損傷を受けた〈ハンター〉は、治療の目処が立つまで戦闘を行ってはならない。ただし、人類の存続に関わりうる危機に対しては上記の制限を緊急解除する』……これなら、貴重な戦力は緊急時には使える、と言うことになります。でもそうでも無い時は、ちゃんと休ませられます」

 

 陽子さんや篝火さんなら、当然この考えに至ってるとは思う。でも俺の意思はハッキリ伝えなくてはならない。

 

「そうだな……以前これを適用させようとした時、『上』が突っぱねてきたが……今ほどの状態となれば、流石に受け入れざるを得まい……最高戦力の一角たる私からも、嘆願書を出すことにしよう」

『すまぬな……辺境の支部長如きでは『上』の圧力を突っぱねて療養を獲得出来ぬのだ……』

「俺達みんな……真癒さんを死なせたくないですから……」

 

 支部長は心底安心した様子だ。自分以外に救おうとしてくれる手が、それほど嬉しかったのだろう。

 

「私からも嘆願書を出すかな。余り書きたくないけど……『生きた絶龍症患者のサンプル確認』って名目を使うよ。……書いてて破り捨てないよう気を付けよ」

「……では、私と凪咲は、真癒を連れて【関東支部】に向かうとするよ。しっかりとした環境で真癒を整えるためにな」

「だねー。それじゃ、二人も早く帰って休みなよ?」

「「はい」」

『では、ワシもすぐにそちらに迎えを出そう。【関東支部】のヘリも今そちらに向かってる』

「「了解」」

 

 そこでタブレットの支部長との通信が切れる。タブレットをしまい、篝火さんがじゃ、とだけ言って二人はその場を去っていった。

 

「……俺達も、帰り支度をするか」

「えぇ……報告書、アタシがやっとくわね。アンタは、疲れてるでしょうし」

「いいよ……お前は増援で俺は本隊。それぞれのがいるだろうしな……」

「……そう……ねえ、雄也」

「なんだ……?」

 

 真治の方を向くと、両手を包むように握られた。それは、いつかの真癒さんのような──

 

「アタシは……アンタがお姉ちゃんを止められてたら、なんて思わない……だから、自分を責めたりは、しないで……」

「……真治……?」

 

 いつもと違う、らしくなく俯いて絞り出すような言葉だった。しかもよりによって、大事で大好きな姉を失いそうになった真治からのそれだから、驚きは止まらない。

 

「ど、どうしたんだよ……いつもなら『アンタが気絶してなければもうちょっとマシになってる』とか、分かってても言ってくるじゃねえか……なのに……どうしたんだよ……」

「どうしたもこうしたも……アンタ、ずっと握り拳じゃない……血が……」

「……え?」

 

 真治に手を離してもらって確認すると、そこにはいつかの琵琶湖での話の時よりもどくどくと血を流す俺の掌があった。

 

「無意識にずっとそこまでしてる奴に……何を言えってのよ……!」

「き、気にすんなよ……俺だって〈ハンター〉だ。このくらいの傷は──」

「傷の深さなんか問題じゃないの!!」

 

 俯いたまま、しかしいつもより激情の篭った声だった。心做しか、煌めきが飛び散ったように見えた。

 

「確かに……アンタの間抜けが原因かもしれない……でも、結局は傷を負った本人の責任……この業界はそうでしょ……?」

「で、でも……」

「だからお願い……アンタは、お姉ちゃんにとってもらアタシにとっても、みんなにとっても、大事な……」

「わ、分かった……気を付ける……いくらミスしても、もうちょっと自分を大事にしろってことだな!?わ、分かった」

 

 思わず、その手を振りほどく。いつもと違うしおらしすぎる真治のその様に、耐えられなくなりそうだった。

 

「て、手当は自分でやるよ。自分の傷は自分の責任だろ!?」

「……うん……そうね……何かあったら、言いなさいよ……?」

「わ、分かってるって」

 

 じゃ、とだけ言って真治もその場を去っていった。さっきまで何人もいたソファー周りは、俺だけになった。

 

「な、なんだったんだよ……」

 

 最後まで、分からない……でも……なんか……痛かった……傷なんか、屁でもないくらいに……

 

「聞けば、良かったのかな……ナルガクルガの時みたいに……」

 

 なおも成長しない自分が嫌になる。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「……アタシ、どうしたらいいのかな……」

 

 魘されていた。お姉ちゃんの元に行かせてもらえなかったのもあるけど、だから離れられなかった。思わず眠るその手を握ってた。そうしないときっと、握った拳の強さで、自分を傷付けそうだから。でも目を覚ましたあいつは、やっぱりその拳で……傷ついた。

 

「臆病だなアタシ……目覚めたアイツに、何もしてあげられない……」

 

 嫌になる。そんな自分が心の底から。友達を、仲間を、思い切って助けてあげられない。

 

「助けてよ……アタシ……」

 

 

◆◇◆◇◆

 

1月21日

 

「……届け物?俺に?」

 

 いつものように朝飯を食いに行くと、受付さんから包みを渡された。とりあえず腹は減っていたので、飯を食ってから部屋に持ち帰った。

 

「……何なんだろうか……届け先は……【関東支部】?」

 

 しかし心当たりは全くない。陽子さん?篝火さん?それとも……昂助……?いや、真癒さんの可能性もあるな。とにかく開けてみよう。

 

「これは、腕時計……いや、これは……ACC(アームドカスタマーコンパクト)デバイス……!?」

 

 しかも、かなり俺の好みにピンとくるデザインだった。ゴツ過ぎず、しかし薄っぺらくもない、実用的な感じと少しオシャレをした感じがそこにあった。

 しかし起動はしない。流石に何も繋いでないのに起動はしてくれ無さそうだ。後でACデバイスのとこに持っていこう。

 

「ん?なんか落ちた」

 

 デバイスを取り出すと、紙のようなものが落ちた。よく見ると封筒に包まれてる。

 

「手紙……?誰から……?」

 

 二枚入ってた。一つは茶色い紙で、篝火さんから。もう一枚は白い紙で、真癒さんからのようだ。なんだろ?まずは篝火さんから。

 

「なになに……?」

『やあ上田雄也君。あれから調子はどうだい?問題なければそれでよし。さて、今回これを送ったのは他でもない……まあこれは真癒が伝えるだろう。これは君用の新規のACCデバイスだ。多機能かつ丈夫に仕上げた。そして君好みであろうデザイン……しっかり仕上げた。大事に使ってくれたまえ。

P.S.もし、龍力絡みで色んな疑問があれば、いくらでも私に聞いてくれたまえ。知識欲のある者を、私は拒まない』

「なるほど、新型か……へぇ……そういや真癒さんもか……何が書いてるかな……」

 

 もう一枚に取り替えて読む。

 

『雄也、14歳のお誕生日おめでとう。任務中に誕生日を迎えそうかな、と思ってたけど……何とか休みの時に迎えられて良かったです。去年は言えなかったから、何とか雪辱を果たせました。

さて、今回お手紙を書いたのは、お祝いの言葉だけじゃなく、一緒に送った物のこともなの。それは私が凪咲に頼んで仕上げてもらった新型のデバイス。私からの誕生日プレゼントです。雄也のデバイス、いい加減ボロボロだったからね。良いものとなら戦う時も少しは気分が良くなるかな、と思って贈りました。

これと一緒に、どんどん強くなってね。そして……いつか私と、一緒に強敵と戦おうね。雄也と一緒に並び立つ日が、楽しみです

P.S.二月になるまでに帰れそうです。またしっかり修行付けてあげるね』

 

 手紙の内容は、ただただ……ちっぽけな、切なる願いと、優しさが綴られていた。それを分かってしまった俺は──

 

「グッ……う、あっ……」

 

 手紙を涙で、濡らしていた。

 

「ごめん……なさい……真癒、さん……!!」

 

 1月21日。この日は、俺の誕生日であり、憧れの英雄〈滅龍剣皇(ジークフリート)〉こと『ジグリード=クライン』がKIAとなった日、そして──

 

「もう、貴女と狩りには……行けない……!」

 

 真癒さんに『無期限療養』が課せられる事が、本人に通達される日であった。




最新話はまだまだお待ちください

捕捉
・ドラギュロスの怯み
幻の冥雷竜。これは溢れる冥雷で自身の痛覚すらも焼いてしまったことにより、痛みを感じず怯むことを失った存在である。しかし今回、怯んでしまった。要因は一つ。真癒の双剣、【黒天白夜】の龍属性の反転作用が働いた為である。このため、ドラギュロスは陽子の一太刀に大きく仰け反った。

・〈龍血活性(ブラッド・アップ)
自身の血液を摂取することで自己強化を行う、〈龍血者(ドラグーン)〉の切り札。しかし、既に体内にある物を、むしろ本来ない場所に摂取することに効果はない。むしろこれは、『薬品摂取で強化』の気分を味わい、そしてその精神作用で実際に強化を行う、一種のプラシーボ効果による強化である。精神が直接影響する龍力だからこそなせる技である。無論、これを知る〈龍血者〉はいない。因みに血液を飲むこと自体は健康に良い訳では無い上、むしろ胃に負荷をかける可能性もあるため、これを行った〈龍血者〉は回復薬の類を飲むことを推奨されている

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