ダンまち ~黒衣と煌めく刃~   作:凸凹凹凸

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感想やコメントありがとうございます。
ダンまちが最終回を迎えてしまいました。
二期とかやってほしいですね。

そして、今回は本当に大変はことをしてしまったような気がする。


『 能わぬ力 』

 

 「はぁ~……」

 

 重い溜め息を吐いたのは、ベルや一護たちの主神であるヘスティアだった。その長い黒髪をツインテールにした二つの尾は、本体と共に元気がなく地面に垂れていた。

 

「フフフ、落ち込んでいるようじゃのう、ヘスティア。ほれ、こっちに来りゃれ、焚き火で焼いた魚を食おうぞ」

 

「君って奴は……」

 

 ヘスティアが一人落ち込んでいるところに、もう一人の女神がやって来ては、腹を空かせていると思い、食料と飲み物を調達させて、愚痴でも聞いてやろうかと思っていたところだった。

 やって来たという女神、それは、

 

「ボクを憐れんでいるのかい! カグツチ!」

 

 〝カグツチ〟と呼ばれた女神は、やはりこの世と思えぬ美貌を輝かせ、美しい輪郭を描いた顔が綺麗な笑みを浮かばせる。

 ヘスティアと並ぶ黒髪ながら、纏めもせず、黒曜石の如く輝く艶やかな長髪を地に付かせながらも、何も気にしないといった感じに焼き上がった魚を淑やかに食べていく。

 

「何を言うとるのやら。神友(しんゆう)が落ち込んでいるというのなら、励ましてやってもいいじゃろ?」

 

「くっ! だったらなんで、君の〝(おとこ)〟がそこに居るんだい!」

 

 そう言って指差すヘスティアの先には、焼き魚を既に何本か焼き炙っている白髭生やした老人が居た。

 

「えっ、だって一緒に居たいんだもん重國と」

 

「ホッホッホ、それは照れますわい」

 

 口調が変わり、ピッタリとふわふわな白髭を長く伸ばした老人・重國とくっつく女神(カグツチ)にイラッとさせるヘスティア。

 

(ぐぬぬっ! ボクの眷属()たちがボク以外の女の子に(うつつ)を抜かしていて、更には可愛い可愛いベル君にはヴァレン某君を想う力が彼を更に成長させる超レアスキルが発現したことを面白く感じてなかったボクに対して…………そっちはちゃんと愛が成就して幸せたっぷりうふふふと抜かす君に何が分かるって言うんだい!)

 

「すごい顔になっとるぞヘスティア」

 

 カグツチは苦笑しながら悪い悪いとヘスティアに謝る。

 落ち込んでいたヘスティアに自分も含め、食料と飲み物を調達させてのは、なんと【カグツチ・ファミリア】の総隊長を務めているヤマモト・重國に持って来させたという。正に主神(カグツチ)でなければ許されない所業であった。

 

「うぅ……なんで、なんでそっちは上手くいったんだい? 見た目が気持ち悪いくらいに似ているというのにっ!」

 

「気持ち悪いとか言うな阿呆め」

 

 そしてこのカグツチという女神は、驚くほど女神ヘスティアと瓜二つ(・ ・ ・)と言えるほど似ていた。違うとすれば、瞳は炎のような紅蓮の(まなこ)、ツインテールではなく髪留めは一本の(かんばし)一つに、地までつくほど長いストレートの黒髪。そしてこれまた眷属(こども)たちと一緒の黒を象徴とした和風の衣服。と、それ以外なら全てヘスティアに似ていたのだ。少女なのに豊満な胸を誇るところまで似ている。

 

「フフフ! ならばこう考えるが良い。似ているならば、いずれそちらも必ず恋が成就すると、そう思うだけで大分変わるだろう?」

 

 焼いた魚を美味しく食べるカグツチに、重國は微笑みながら次のを渡す。

 

「そうなれば良いけどね…………グスっ。…………とても良い火加減だの重國君」

 

「おぉ、これはこれはヘスティア様にそうお褒めの言葉を賜るとは、これは大変恐悦至極」

 

「でもその言い回しは嫌いだぞ、ボクは!」

 

 笑う重國にヘスティアはプンプンと怒っていると、カグツチも一緒になり笑ってその夜を過ごしていった。

 

 まさか朝になるまで二人が帰ってこないとは露知らずに。

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 すれ違いざまにモンスターを切り伏せ、背後のモンスターが断末魔を上げ、崩れ落ちる。

 

 どれほどのモンスターをそうしてきただろう。考えるよりも早く次なる獲物を求め、迷宮(

ダンジョン)をさ迷う。

 幽鬼のような足取りで、ダンジョンを進みながらベルは己の体を見る。

 防具の一つも纏っていないただの私服姿。体のあちこちにモンスターとの戦闘で負った爪が、牙が、掠めた跡がくっきりと残っている。ぼろぼろの衣服はまるで追い剥ぎにでもあっかのようだ。

 

(ぼろぼろだ………)

 

 護身用の短刀を握りしめ、ベルはまた新たにやって来た無数の怪物(モンスター)たちと対峙する。

 ここまで何体のモンスターを切り伏せてきたか覚えていなかった。

 悔しくて、情けなくて、弱くて、頭の中がぐちゃぐちゃになって、ベルはひたすらにモンスターを倒してきた。

 階層だって忘れたけど、結構な深さを潜った気がする。

 

「はぁはぁ…………」

 

 手に持つ護身用の短刀と、モンスターの残骸から引き上げた即席の武器である漆黒の指刃を持ち、握り(グリップ)もないむき出しの刀身だけの指刃(ナイフ)を掴み、二刀で敵を切り伏せていく。

 だがベルの意識の摩耗も激しく、ぎりぎりの所で繋ぎ止めている状態だった。

 襲い掛かる6階層(・ ・ ・)のモンスター『ウォーシャドウ』。人形(ひとがた)にして黒いペンキで塗り固めたかのような全身。影のような異形の怪物を既に2体を倒したベルだったが、また表れてくる新米冒険者には敵わないとされた筆頭とされるモンスターに、ベルの疲労は限界だった。

 ダンジョンに入り、熱した頭を滾りながら、ここまできたが、今や己の愚行と暴走に頭が冷えきり、今も生きているのは、背から熱を感じさせる【神聖文字(ヒエログリフ)】により、無力だった自分に『恩恵(ファルナ)』を授け、現に今も力をくれている女神様(ヘスティア)の笑顔を思い出して、必死に生きて帰ることだけを集中させていた。

 だが、もう既に満身創痍。

 

「ぐっ……うっ!」

 

 一刻も早く脱出をしようにも、『逃がさない』とでも告げるように現れるのは無数の『ウォーシャドウ』。

 ベルは自分に色々と注意事を話してくれていたハーフエルフのギルド受付嬢、エイナの厳命を思い出す。

 5階層からダンジョンによるモンスター生出頻度が格段に上がるというもの。

 ベルは声を失い呆然と立ち尽くしていたが、更にそこに追い打ちをかけるようにいくつもの唸り声が耳に届いてきた。出入口の奥に沢山の獣の瞳が浮かび上がっていたのだ。

 一匹、また一匹と6階層のモンスターが広間に浸入してくる。

 唯一の出入口も塞がれ、退路を断たれたベルは、最早『詰み』と取っても過言ではなかった。

 

(……やってやる)

 

 手に持つ二刀を見つめ、構える。

 疑いようのない窮地を前に抱いたのは諦めではなく、絶対に死んでやるものかという決意と意地。

 辿り着きたい高みがある。

 こんな場所で躓いてる暇はない。

 

 ベルは迫りくるモンスター達と激動した。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

「はあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

「……………………」

 

 6階層にへと続く道で、モンスターたちを引き付かせることさえ不可能な『空間』を作り出していた冒険者たちが居た。

 

「そこをどけっつってんだろうが!」

 

「ここを退かないと言っている」

 

 ガキンッ! と激しい音が鳴ると、階層が僅ばかりに揺れる感覚を思わせる。

 打ち付けるのは金属同士のぶつかり合い、かと思われたが、片方は黒い木で出来たであろう『木刀』と、片方は鈍い光を放つ銀色の『刀』の斬撃の衝突音。音波が、音圧がモンスターたちを臆する十分なものだった。

 衝撃波さえ感じさせるそのぶつかり合いに、とうとう黒い木刀を手にした青年、一護は相手を睨み付けながら吐きつける。

 

「ウルキオラ!」

 

「…………」

 

 ウルキオラと呼ばれた相手は、袴を象ったような真っ白な衣服を着流して、人肌とは思えない真っ白な肌を晒して一護の重い一撃一撃を片手に持つ刀にて対戦していた。

 ウルキオラの真っ白な肌は顔面に至り翠の両眼の下に垂直に伸びた緑色の線状を浮かび上がらせた顔は、まるで道化のよう。

 しかし、6階層にへと続く出入口をまるで石像か何かを感じさせるくらいにまで、見事に一護を通さないでいた。

 

「〝別世界の記憶〟では、確か俺はお前に殺された」

 

「……それは……」

 

「現に俺は貴様の名も、貴様も俺の名を知っている」

 

 白刃を払いながら、角の付いた割れた頭蓋骨のような兜を被りながら、ウルキオラはもう片方を手は使わず、余裕の態度を滲ませながら静かに語る。

 

「貴様が言うように、記憶(これ)のことについては気に留めていないが、今俺が行っている行為は理解出来ているはずだ」

 

「……あぁ?」

 

「見て分かるように、通さないようにしている」

 

 そんなの見れば分かる。

 ダンジョンに入り、一階層ずつにベルを探していったが、どんどん深く潜っていったことを心配して、『瞬歩』で駆けていたところ。この鉄仮面のような男、ウルキオラ・シフォーと出会ったのだ。6階層にへと続く出入口に。

 当然、そこをどけと叫ぶ一護だったが、何故かウルキオラは6階層を眺めているだけで、一向に反応などしなかったので横を通り過ぎようとしたら、いきなり斬りかかってきたのだ。

 

「この先に、小僧(クラネル)が居る」

 

「……だからどけろって……」

 

「だが行かせる訳には行かない」

 

「……テメェ」

 

 埒が明かない。

 一護は『霊魂の刀鍜冶師(ソウル・ブラッスミス)』が鍛えたという漆黒の木刀〝黒羽(くれは)〟の切っ先をウルキオラに向ける。

 ピリピリと、何かが弾ける音がする。

 ウルキオラと一護の纏う空気が互いの侵略を許さんと言わんばかりに弾きあっている。

 吹き抜ける風は重圧を漂わせたと思えば、一護が地面を蹴り上げた。

 

「……ッ!」

 

 顔にではなく胴体に。

 一護の黒い木刀が線を描くように一直線に一閃を煌めかせるが、まるで見もせずにウルキオラはその一太刀を己の白刃にて受けると、すぐに弾き返し、鋭い刺突(ツキ)が一護の顔面目掛けて放たれる。

 ぎりぎりまで眼で追った一護はその刺突を避けると、次いで迫ったウルキオラの貫手が一護の鳩尾を穿つ。

 

「ぐぅ!」

 

「……受け止めたか」

 

 だが一護は(すんで)の所で、ウルキオラの貫手を空いていた片手で掴んでいた。

 尋常ではない怪力(ちから)で未だ貫こうと止まらないウルキオラの猛威の貫手を、一護は勢いに任せてダンジョンの壁にウルキオラを思い切り打ち付けた。

 鈍い音が広がり、ウルキオラに苦悶の声を上げるかと思えば、変わらぬ無表情の顔で一護をただ見ていた(・ ・ ・ ・)

 睨む(・ ・)こともなく、ただ見ていた(・ ・ ・ ・) のだ。まるで何かを観察しているかの如く。

 命迫る緊迫感に、荒い息を吐きながらも、無理やり退かせた一護は、未だ見てくるウルキオラを放って、ベルの元にへと駆けようとするが、視界がブレたと感じた時には既に体から鈍い衝撃の感触が伝わる。

 ウルキオラが一瞬にして移動し、一護にされたように、腕を掴んでは体ごと壁にへと思い切り打ち付けたのだ。綺麗に投げ飛ばされのだ。

 そして振り出しにへと戻る。

 

「…貴様は急ぐと告げてる割には、本気では無い様だな」

 

「はぁ、はぁはぁ……くっ!」

 

「…………なるほど、確かに迷宮上層(こ こ)で俺たちが闘えば、余波は地上にまで渡るか」

 

 ウルキオラは合点がいったという風を醸し出しては、再び6階層にへと目を向け、眺める。

 人形のように表情を変えないウルキオラに、リュー・リオンというエルフの美女とは違った、完全なる『冷酷』さをもって感じさせるウルキオラの表情に、夢の中で見た〝別世界の記憶〟でのウルキオラ・シフォーと同じ眼差しだった。

 一護は本気を出そうと、己の背中から熱を帯びている【神聖文字(ヒエログリフ)】をから感じる〝レアスキル〟を発動させまいか、悩んだ末だった。

 

「…………」

 

「……どうした」

 

 一護は大した攻撃を受けた様子をもなく、肩にかかった埃を払ってその場に座した。胡座をかいて。

 

「俺はベルを信じる……きっと今ごろ、頭が冷えて、必死に生き残る(・ ・ ・ ・)ことを最優先にしてもがいてる筈だ。俺はそれを信じる」

 

 一護の言葉に、内心驚きの表情を作っていたが、生憎とそれは内面だけなので、相変わらず顔は無表情のまま、ウルキオラは一護に視線を向けた。

 

「……そうか。ならば勝手にしていろ。俺は6階層に続く出入口(こ こ)を誰も通すなと言われたからそうしているだけだ」

 

「そうかよ」

 

 こうして、一護とウルキオラが戦わなくなったお陰で、何故か5階層のダンジョンに住まうモンスターたちは延々と続くされた怯える生活に終止符を打たれ、元気にダンジョンに湧いて出てくるが、物の見事にウルキオラと一護にはある一定の距離しか詰めてこず、彼らに戦いに挑むような勇敢なモンスターは居なかった。モンスターたちの野性の勘が、本能が『挑んだら死ぬ』と告げている。

 

(誰の差し金だ、このやろう)

 

 一護は目の前で佇むウルキオラを顎に掌の上に乗せて眺めていると、すぐに反応が起きた。

 

 ギャアアアアアアアア!!! と6階層からの大量の断末魔が聞こえてきたのだ。それは余りにも大量で、最初何の叫声なのか分からなかったほど。

 一護は流石に座ってはおられず、すぐに立ち上がると同時にウルキオラが動いた。

 まるで見学が終わり、見物(みもの)が無くなったことで興味を失ったような反応で踵を返して帰ろうとした。

 

「……後は勝手にしろ」

 

「なんなんだテメェは!」

 

 殴りたい衝動に駆られたが、ベルが心配でそんなこと後回しにして疾駆する。

 高速でウルキオラの横を通りすぎ、6階層にへと足を踏み入れるとそこには、

 

「……ベル」

 

 モンスターたちの屍が、暫くその無惨さを漂わせて地面にさらけ出されたあと霧散していく中、見事に強敵のモンスターたちを倒しきったベルは、最早意識が朦朧としながら5階層に続く階段にへとのろのろ歩いてくるところだった。

 

「……イ、チ……兄……」

 

 そして、ベルは血相変えて立っていた兄の姿を確認すると、血塗れな顔を必死に笑みを浮かばせて、

 

「生き、……残っ……た、よ」

 

 そこでベルの意識を落とした。

 まるで安心したかのように、笑みを浮かべて気絶した。

 

「ベルッ!!」

 

 一護は瞬歩(しゅんぽ)で移動し、気絶して仰向けに倒れそうになったベルを抱えた。

 全身が怪我だらけだが、神から授かりし恩恵のお陰で、普通の人間では死に繋がるであろう大怪我をここまで軽減してくれているお陰で、まだベルが助かることが同じ眷属として分かった。

 やはり6階層にベルが居た。

 それなのにウルキオラが邪魔をしていたことが、今になって大きく疑問が上がってくるが、ベルを背負い、一気に階層抜けして地上に戻ろうとする一護。

 だが、一護のそのベルが怪我をしていたことで『気』が揺らいだことを敏感に反応したのか、〝ダンジョン〟は次々に一護の前にモンスターを壁から産み落としてくる。

 流石はモンスターの母胎(ぼたい)とだけ呼ばれるだけあり、容赦なく産み落とす。

 

「待ってろ、ベル」

 

 一護はベルが落とされないよう、確りとおぶったことを確認すると、《刀神》特性の漆黒の木刀〝黒羽(くれは)〟を握り締める。それと同時に、〝黒羽〟はまるで一護に応えるように鳴動する。その鳴動が響くと、ダンジョンに現れたモンスターたちの動きが一斉に止まだった。

 同時に、母胎(は は)を恨んだ。

 

すぐに着く(・ ・ ・ ・ ・)

 ただの黒衣を纏う青年の、黒い一閃で、モンスターたちが散り逝くことを理解したからだった。

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 歩くのはオラリオの都市内、【カグツチ・ファミリア】が商談や依頼など使う居酒屋『炎舞(えんぶ)』。大体の人間はここを【カグツチ・ファミリア】の拠点だと思われているのだが、そこはそこである意味勘違いしたままにさせておいた。

 オラリオ郊外にある孤児院(ホーム)をわざわざ教えてやる義理はない。そう誰かが言っていた。

 

「キョウラク・春水、またここで飲んでおったか」

 

「まったく、春坊(しゅんぼう)も相変わらずじゃのう」

 

 そう言いながら居酒屋『炎舞』の暖簾から潜って入ってきた二人、主神・カグツチと【カグツチ・ファミリア】の総隊長、ヤマモト・重國は、カウンター席で一般の冒険者たちと熱燗を飲んでいた中年の男に文句を垂れてきた。横では眼鏡を掛けた秘書然としている女性はいきなりの主神(カグツチ)総隊長(ヤマモト)の登場に驚きながらも、ペコペコと頭を下げていた。

 

七緒(ななお)も大変よのう、こやつのお目付け役は」

 

「そ、そのようなこと!」

 

「あー固い固い。固いぞ、ナナオちゃん♡ 普段春坊にしてるくらい重國に思う存分叱りつけたれ」

 

 ひぃカグツチ様なにをー! と長い黒髪を揺らしながら、カグツチは七緒に抱き付いて色々とイチャイチャしていると、春水と呼ばれた女物の着物を羽織りながら、中には別の羽織をしたままという変わった着物の着方をしている中年男性の隣に座る重國。

 

「総隊長、飲み物はいかがいたします?」

 

 すると、カウンターの中から現れた【カグツチ・ファミリア】が営む居酒屋『炎舞』の店長を任せた亜人(デミ・ヒューマン)の女性が目を輝かせて恐れもなく重國に聞いてきた。

 重國もその女性ににっこりと微笑んで『春水と同じものを』と注文する。

 その女性、犬人(シアンスロープ)の女性はにっこりと微笑んで、ぴこぴこと犬耳を揺らして『かしこまりました』と告げてすぐに準備に入った。

 オラリオ都市内のとある場所だが、【カグツチ・ファミリア】の宴会などで使われたりするが、今の時間帯はかなり少ない様子だった。

 犬人(シアンスロープ)の女性は総隊長の為にと色々と作りながらやっていると、春水が女性冒険者たちを解散させ、重國と共に正面を向いて一口酒を飲む。

 

「違うのよヤマじい? 今のは他の冒険者たちから情報をね?」

 

「まったくお主は、そんなんだからお前に次の『総隊長』を任せようとしたのに、他の者から反対されたのじゃ」

 

「いやぁ、面目ない」

 

「の割りには笑顔が絶えないのう」

 

「いやいや、僕ァ心底悲しんだねぇ。こんなにも僕の人気が無かったことに」

 

「なるほどのう」

 

「あれ、ヤマじい? 何その細い眼差しは、普段からしわくちゃな顔なのに更にシワがすごく……」

 

「バカモノめ! ソコが良いんじゃろう♡♡」

 

「ぐわあああああ!! 横からカグツチさまが突っ込んできたー!」

 

 運ばれた熱燗を重國は余裕で何口が飲みながら、カグツチがまるで休日に父親に絡む子供の図となりながら転がり回っていた。

 店主の犬人(シアンスロープ)の女性は『ちゃんの後片付けしていってくださいねぇ』と流し目を送りながら告げると、重國にちょっとずつお摘みを上げていった。

 

「七緒や」

 

「はい、私がご報告致します」

 

「むう。……カグツチ様が言うように、もっと砕けた言い方でも良いぞ? ほれもっと近う寄って」

 

(昔は厳格で居られた総隊長にそんなこと出来るのは若い衆だけですし、なんだか最近キョウラク隊長みたいに女性にだけ妙に優しくなったような……)

 

 七緒は困惑しながらも、年寄りとなった分だけ春水より邪気を感じ取れなかったものだから、言う通り重國の横まで来る。

 

「では、ご報告を」

 

「……ほ?」

 

「……?……ご、ご報告を致します」

 

「…………ほ?……」

 

「だ、だからご報告を」

 

 何回も聞き返してきた重國に、七緒は年寄り固有の『耳が遠くなった』状態になった重國に心配の顔になる。なんやかんや恐れながらも、【カグツチ・ファミリア】は重國を父か祖父のように大切に想っているのだ。

 しわくちゃ顔の重國に、七緒が重國の顔色を窺いながら見ると、やはり聞こえていないような顔となっている。

 重國ももっと近くで、もっと耳の近くでと片耳を向けてくるので、七緒はカチャリと眼鏡を直して口を重國の耳元まで持ってくる。

 

「…………」

 

 すぅ、と息を吸って言葉を吐こうとすると、なんだか重國がプルプルと震えている。

 まさかここでも年寄り固有の何かを発動させたのかと思っていると、

 

「は、早う、早う耳元で囁いてくれぃ! ぬぅ! 春水の言った通り美女に耳元で囁ける行為がここまで背徳とはっ!」

 

 口を耳元まで近づけていた七緒はゆっくりと離れる。

 重國の顔を窺えば、年寄りでもやはり男なのであろう総隊長に、七緒は頭を痛くした。

 そして、そこを目撃していた主神様が重國のことを恐ろしいほどに睨み付けていた。

 

「まったく……重國は♡…………お主がだらしなくてどうするのじゃコリャ!」

 

「ぬ、ぬぅ!?」

 

 年寄りでも容赦しないのは神様特権だろう。

 カグツチは重國の耳を引っ張り上げて叱っていた。

 

「違うのじゃ! これは普段から春水を叱っている儂も、その行為がどれほどいけないものなのかを説明する為にと儂はわざとこういうことを……」

 

こういうこ(・ ・ ・ ・ ・)()とはなんじゃ?」

 

「…………耳囁き」

 

「……クソじじい!」

 

「ぬぅ!!」

 

 最早、厳格な総隊長など姿など無く、印象崩壊(キャラクターブレイク)もいいところだが、七緒はそんなヤマモト総隊長も良いと感じていた。

 極東に居た頃の、規律ばかりを重んじていた頃よりも、

 

 そして何分かそんなやり取りをした後に、七緒が重國にオラリオで活動している【カグツチ・ファミリア】のメンバーからの報告を聞いていた。

 

「……【ロキ・ファミリア】がまた深く潜ったのか」

 

「はい。しかもそこで異常事態に陥ったとか」

 

「異常事態じゃと?」

 

 カグツチ、重國、春水、七緒の順にカウンター席座った四人は、話を真剣に聞き、そして強豪ファミリアの活躍に舌を巻かれていた。

 

「なんでも、新種のモンスターが現れたという」

 

「…………」

 

「……新種とな」

 

「へぇ~、そんなことがあるもんだ」

 

 七緒の報告に重國は黙り、カグツチは酒を飲みながら、春水は随分と軽く流して聞いていた。

 

「……そこは【ロキ・ファミリア】と上手く関わり合いを持って知っておかねばのう。相互の利益も考えて」

 

「…………なるほど」

 

 重國は真っ白な髭を撫でながら、瞬時に思い付いたことを口に出していく。

 それがどんな流れになっていくのかを考えつきながら、

 

「今は、まだじゃ」

 

 喉を通す酒の熱さに感じながら、重國は重く言葉を吐く。

 それだけで店内に居た数名の『隊長幹部』たちが同意の意思が伝わってきた。

 炎のように熱く猛る翁の言葉に、皆は疑うこともなく、喧騒を一瞬だけ静めた後にまた再び騒ぎ出す。

 

 

「今は、のう」

 

 

 考えを巡らす眷属(こども)たちを眺めて、組織化までしていった我がファミリアを思いながら、カグツチも酒を飲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一護は難なくダンジョンから抜け出して、我ら【ヘスティア・ファミリア】の拠点である廃棄された教会にへと戻ってきた。

 そこで待っていたのは、心底心配していたであろうベルや一護の主神であるヘスティアは、一護たちを見付けると笑顔になるがすぐにそれが心配の顔となる。

 駆けつけるヘスティアに一護は順番ずつに説明していく。だが一護も、やはり先に連絡しておけば良かったと後で後悔する。

 今のヘスティアの顔はとてもベルには見せられなかった。

 

「ど、どうして」

 

 悲しい顔で聞いてくるヘスティアに、一護は変わりに答えようとは思わなかった。それはベルにしか分からないもの、ベルにしか感じ取れなかったものだから。

 泣き出してしまうんじゃないかと思えてくるほど、ヘスティアがベルの頭を撫でていると、気絶していたベルが目を覚ました。

 

「……ここは」

 

「ベル君!?」

 

「気がついたか」

 

 ベルは大きな背中、兄の一護に背負われていたことと、もう朝日が登ってきたことに気付くと、申し訳なさそうにヘスティアや一護に謝った。だが、

 

「ごめんなさい、じゃないんだよベル君! 君はどれだけ危険で馬鹿な真似をしたか分かっているのかい!? もし、もし死に繋がることでもあったら………!」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「……ヘスティア」

 

 無闇に止めて来なかった一護の声に逆にヘスティアは冷静さを取り戻してきた。

 責めるのは何時でも出来るし、何より命からがら助かり、疲労困憊であるベルを早く休ませたかったヘスティアは中に入れようと一護から自分にへと担ぎ変えようとヘスティアだったが、いくらヘスティアでも少し無理そうだったので一護が変わりに連れて行こうとするも、

 

「……神様」

 

 一護は情けなさそうに、聞いているヘスティアや一護の感情(ココロ)に直接触れてくるようなベルの声色に、足を止めた。

 

「僕、強く、なりたいです」

 

 唖然としながらも、呆気をとられながらも、

 

 情けなかった声から、強い意思が宿った声を聞けて、何故か二人ともそこでやっと『安堵』した。

 

 

 

 これなら、大丈夫か。

 

 

 

 一護の笑みを浮かべた視線を受け止めて、ヘスティアは美しい少女の笑顔をして、ベルを撫でて、

 

 

 

 

 

「……うん」

 

 

 

 

 

 女神も、子の為に何かをしようと決意した声だった。

 

 

 

 

 




山じいキャラ崩壊。好好爺を目指したい。

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