やはり俺のVRMMOは間違っている。REMAKE!   作:あぽくりふ

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7話 やはり彼は何もしない。

 

 

 

―――さて、どうしたものか。

 

三つの視線が俺に突き刺さるのを感じながら、俺は必死に思考回路をフル回転させる。

 

「......」

「......」

「......」

 

ヤバい、いたたまれない。

一人は驚愕の、一人は疑惑の、そして三人目がゴミを見るような視線を送ってくる。ザクザクと突き刺さるような感覚すらする。どうする比企谷八幡。どうするべきだ―――?

 

......とりあえず、このまま無言なのは不味いだろう。というか、この空気に俺が耐えられない。

 

ふぅ、と俺は息を吐く。そして吸い―――言った。

 

「ドーモ、ユキノ=サン。ハチマンです」

 

ぶふぉ、という音ともにアルゴが噴く。同時にゴン、という音―――見れば、キリトが額をテーブルにぶつけ、肩をぷるぷると震わせていた。

 

「......そのふざけた挨拶はなんなのかしら?」

 

あれー?おっかしいなー。なんで目の前の人は殺気をたぎらせているのかしらん。アイサツは大事って八幡知ってるよ。

 

「い、いや、何の変哲もない挨拶だが」

「それにしてはイントネーションがおかしかった気もするけど......」

 

ぎろり、とユキノがこちらを睨む。俺はぶるりと震えた。なまじ顔立ちが整ってるだけに、マジ睨みされると怖い。

 

「......まあいいわ。で、どうしてあなたは、この酒場でわざわざ《隠蔽》を使ってたのかしら?」

「......それは―――」

「オイラが頼んだからサ」

 

割り込むようにして、アルゴがユキノの疑問に答える。俺は驚いてアルゴを見つめた。アルゴの唇が動く。―――『貸一つ』。

 

「職業柄、色々と追われたりすることも多くてナ。変な忍者に追いかけられたりとか、ネ」

 

そう言ってアルゴが肩をすくめると、キリトが察したように「ああ......」と呟いて頷く。俺も頷いた。実際、あの《風馬忍軍》とかいう忍者集団はかなりめんどくさかった。圏内だろうが付きまとってくるその姿はまさにストーカー。しかも敏捷極振りにしているためやたら速いときた。最悪である。

 

「......そう」

 

それで一応納得したのか、ユキノは短く答えて頷く。そして俺のほうを向き、言った。

 

「―――あの時のことは、礼を言うわ。あなたに出口を教えて貰えなかったら、攻略会議に間に合ってなかったわ」

「お、おう」

 

いきなり礼を述べられ、俺はどもりながら返す。......というか、こいつ礼を言うためだけに俺に会いたいとか言い出したのか?だとしたら律儀とかいうレベルじゃねーぞ。

 

「あと、一つ聞きたいことがあるのだけど、いいかしら」

「......ああ」

 

俺は顎を引いて首肯する。やっぱり用事があんのね。だが、何を聞く気なのか。

 

「―――あなたは、どうしてあんなことをしたの?」

 

真っ直ぐ射抜くような目が俺に向く。虚偽は許さない、とでも言いたげな目と俺の目が合い、俺は金縛りにでもあったかのように目が逸らせなくなった。

 

「......あんなことって?」

「わかっているでしょう。攻略会議での発言よ」

 

気づけば、アルゴまで黙ってこちらを見ている。もはや雰囲気は弾劾裁判だ。どうしてこうなった。

 

「......あれが最適だった。それだけだ」

「最適?いいえ、そんなわけないでしょう。確かにキバオウを論破したのはいいわ。だけど、結局あなたがやったのはアルゴさんとの立場のすり替え―――スケープゴートにしかならないわ」

「そうだな。で、それの何が悪いんだ」

 

俺がそう言うと、ユキノは目を細めた。その視線に僅かな剣呑さが混じり始める。

 

「ええ、悪いわ。あなたはあの場で、βテスターの認識そのものを変える必要があったのよ。認識の根底から変えるべきだったわ。そうすれば―――」

「―――それを俺がする義務はない」

 

俺はばっさりとユキノの言葉を切り捨てる。ユキノの視線の険しさが三割増しくらいになった気がするが、俺は無視して続けた。

 

「俺は俺のために行動しただけだ。それを他人にとやかく言われる義理はない。第一、その程度でβテスターの認識が変わるわけねえだろ」

「変わるわ」

「いいや、変わらないね。そもそもβテスターが、多くの新規プレイヤーを見捨てたのは事実だ。その不変の事実がある限り、βテスターとの因縁が消えることはない」

 

それに、と。俺は続けた。

 

「人間そうそう簡単に変わらねえよ。クズは何処まで行ってもクズだし、悪人がコロコロ更生するわけでもない」

「それは―――」

「お前が何を期待してるかは知らんが―――人間はそんな綺麗な生き物じゃない。正義と愛と友情がまかり通るのは、創作物(フィクション)の中だけだ」

 

駄目押しとばかりに俺はそう吐き捨て―――直後に少しばかり後悔した。何を熱くなっているんだ、俺は。らしくない。

 

―――だが。ふと、圧し殺すような呟きが、俺の耳朶に触れた。

 

「それじゃあ......誰も、救われないじゃない」

 

救う?

誰を?

―――たかが一人の人間が、全てを救おうとでも?

 

あまりにも壮大な理想を内包したその呟きに、俺は口元を歪ませた。―――全くもって馬鹿らしい。ただの馬鹿か、それとも夢想家か。どちらにしろ、ろくなものではない。

 

「......話は終わりだな?じゃあ俺は行くぞ」

 

不毛な議論に終止符を打ち、俺は組んでいた腕をほどいて歩き出す。何やらキリトが呆然とし、アスナが俯き加減に何やら思案していたが、俺の知ったことではない。アルゴもぼけらーっとしていたものの、慌てて俺についてくる。

 

「......」

「......」

 

酒場を出て、通りに出てからもアルゴは無言だった。俺も話しかけず、無言の空間だけが広がっている。雑踏の中を歩いていく中で、、周囲は騒がしくとも、俺達は奇妙な静寂を保ったまま。

 

―――その静寂を破ったのは、やはりアルゴだった。

 

「珍しいな、ハッチ」

「......何がだ」

「あんなに熱くなることが、サ」

 

......確かに、と俺は頷いた。本当に、らしくない。もう少しクールに対応すべきだったかもしれない。スピードワゴンはクールに去るぜ。

 

―――だが、普段と違う行動をとってしまったということは、そこにはそれ相応の理由があるのだ。

 

「............」

 

『救う』。なんと傲慢な願いなのだろうか。そしてそれを口に出した彼女もまた、愚かしいまでに純粋で。

そして―――その純粋さは、なにもかもが信じられないこの世界で、輝くのではないか。

 

―――だから、苛ついてしまったのかもしれない。諦めきれず、ありもしない幻想を求める自分を見ているようで―――

 

「ハッチ?」

「......ああ、行く」

 

アルゴからの呼び掛けに思考を中断され、俺は返事を返す。そうだ、俺はやらなければならないことがあるのだ。ありもしない幻想を求める暇などない。

 

 

 

そうだ。きっと―――本物なんて、ありはしないのだから。

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

 

「......『レジェンド・ブレイブス』?」

 

意外な名前が出てきたものだ、と俺は片眉を上げる。最近最前線(フロントランナー)の仲間入りを果たしつつある、とあるギルド―――厳密にはまだギルドとして立ち上がっていない―――だ。

 

ちなみに今俺達がいるのは《タラン》にある宿屋。同じ部屋に男女がいるという状況だが、もはや今さらだ。

 

「それを調べろ、って頼まれたんだけどネ―――多分、このギルドは強化詐欺に一枚噛んでるヨ」

「成る程な」

 

俺は軽く頷いた。テーブルのランプの灯りに照らし、羊皮紙に書かれた情報を確認していく。―――『ギルド・レジェンドブレイブス』と書かれたその羊皮紙は、ファイルに保管されていたものだ。そもそも情報屋というのは―――少なくともアルゴは―――依頼されてから調べるものではない。あらかじめ保管されている情報を引っ張りだし、加えてそれについて調べあげることでより詳しい情報を迅速に提供するのだ。それが他の情報屋との違いとも言える。

だから、すでに《レジェンド・ブレイブス》の構成メンバーの名前、武器傾向程度なら把握済みだ。あとはこれを掘り下げていくだけである。

 

「......オルランドにクーフーリン、ベオウルフにナタク、か。英雄のオンパレードだな」

 

故に《伝説の勇者達(レジェンド・ブレイブス)》。随分貧相な英雄もいたもんだ。

すると、俺の呟きを拾ったアルゴがこちらに振り向いた。

 

「へー、それって英雄の名前なのカ?」

「ああ」

 

俺は首肯し、続ける。

 

「このオルランドってのはシャルルマーニュ十二勇士の一人。聖剣デュランダルの使い手だ。クーフーリンはケルト神話に伝わる英雄で、ゲイボルグの使い手だな。犬の肉を食べたら死ぬっていう誓約(ゲッシュ)が有名だ。クランの猛犬って別名もある」

「ほーん......詳しいんだナ、ハッチ」

 

俺はしまった、と口を閉ざす。いや別にオタクじゃなくてだな、一般常識として知っているというかFate見た奴なら兄貴については常識だし自害せよランサーで泣くしカーニバル・ファンタズムだと毎回死ぬし俺程度の知識でオタクを名乗るとか烏滸がましいというかなんというかですね。

 

だが、そんな俺の内心の焦りとは裏腹に、アルゴは純粋に感心したかのように頷いていた。

 

「何処で知ったんダ?そんなコト」

「いや、まあ、その......色々あってだな」

 

俺は視線を逸らしながら、そう返す。いやほら、Fate好きなら一度くらいは『ぼくのかんがえたさいきょうのさーう゛ぁんと』を考えたりするよね。それで授業中ににまにまして気味悪がられるまである。......あるよね?

そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、アルゴは横合いからとことことやってきて、ひょいっと俺の手から羊皮紙をかっぱらった。

 

「ふーン......けどハッチ、ナタクってのはどれなんダ?ここにはないゼ―――」

「あー、これだよこれ」

 

俺はある名前を指し、アルゴに説明する。―――《Nezha》。初見では《ネズハ》と読んでしまうこと間違いなしだが、これの本来の読み方は《ナタク》。『封神演義』に登場する少年の神であり、個人的には神を英雄と呼んでいいかは疑問だが―――まあ一応英雄、というカテゴリーに入るのだろう。もしかすると、このプレイヤーは『封神演義』マニアなのかもしれない。

 

「へぇー、知らなかったヨ。意外と物知りなんだナ、ハッチ」

「意外と、は余計だ」

 

そう返し、俺は羊皮紙を再びファイルに納める。―――《ナタク》。五人だと思われていた《レジェンド・ブレイブス》の、幻の六人目(シックスメン)。その正体は影が薄いとかではなく、鍛冶屋(スミス)だ。......そして、おそらく強化詐欺の実行者。

 

「《ナタク》、カ。もう100%黒だネ」

「だろうな」

 

強化詐欺なのは確実だ。―――何故ならば、アルゴがカウントしただけでも三回連続、そして噂から通算すれば一日に十回以上強化に失敗していた時もあったのだ。

 

―――武器の強化に失敗する例が異常に多いスミスがいる、との噂を耳聡いというか地獄耳なアルゴが捉え、見張っていたのだが―――まさかの三回連続失敗があったらしい。間にメンテを挟んでいたりしたものの、見事に連続で失敗。その上、失敗した武器のことごとくがレアリティの高い武器だったとか。

 

......もうここまでくれば誰にでも読める。武器の強化と偽って、なんらかの方法で破壊―――と見せかけて掠め取っていたのだろう。だが、失敗して武器が破壊される、というのはアルゴ曰く有り得ないらしい。その可能性が有り得るのはエンド品―――すなわち強化試行回数が0になり、かつそれでも強化を行おうとしたもの。

すなわち、《ナタク》は何らかの手段で、エンド品とすり替えていたのだ。

 

「......まあ常識的に考えれば、十中八九《クイックチェンジ》だろうな」

 

スキルの熟練度が一定に達した時に選択できる派生(Modify)機能。通称Modと呼ばれるそれの中に、武器スキル系統で《クイックチェンジ》という、一瞬で武器を入れ換えるModが存在するのだ。

 

......だが、確証はない。本人を問い詰めるのがベストだろうが、

 

「まあ、キー坊達がどうにかするだロ」

「だな」

 

正直、面倒臭い。

 

完璧にシンクロした動作で頷き―――俺達は情報の整理を始めるのだった。


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