やはり俺のVRMMOは間違っている。REMAKE! 作:あぽくりふ
―――あの謎の少女ユイとの遭遇から、約一週間ほど経った。
そう、一週間である。一週間というのは短いようで長いものだ。現にもうこの一週間で29層が攻略され、すでに30層に繰り出しているプレイヤーも多いことだろう。最近は
そして、そんな風に情勢が塗り変わっている間に俺は何をしていたかと言うと。
「サチはもう少し積極的に踏み込むべきだと思うんだよ......あ、このサンドイッチ美味しいな」
「そうかな......へへ」
リア充を観察していました、まる。
「ふふ、私はキリトよりお姉さんだからね!」
「いや、少ししか違わないだろ?多分、一つか二つくらいか」
「ぶっぶー、三つでした。だから私のことをお姉ちゃんって読んでもいいんだよ?」
......ふむ。なんというかこう、上手く言えないけど......爆発しないかな、うん。というか真っ昼間からいちゃつくとかどうかと思うぞ。ほら、他のパーティーのメンバーとか空気を察して少し離れた所で飯食ってんじゃねえか。ちょっと泣けてくるぞ。あの
普段の三倍は腐った目でそんな様子を観察している俺だが、別にストーキングしているわけではない。いや実態はそれに他ならないのだが、それが目的なのではない。何が悲しくて、無目的でリア充をストーキングせにゃならんのだ。
「......ったく。ほんとに湧くのかね」
ふん、と鼻を鳴らす。俺の目的はキリトの動向の把握と同時にあの女―――PoHの居所を掴むことだ。
キリトは強い。強いが、それはあくまで常識の範疇に留まるものだ。精々俺より少し上くらいの実力だろう。だが、それではあの女には勝てない。あの悪魔染みた技術と心理誘導に打ち勝つのは、一人では到底不可能だろう。ましてや、中層プレイヤーという
......加えて、あのペインアブソーバーシステムの無効化だ。思い出すだけで右腕に幻痛が走る気すらする。奴はなんらかの方法でペインアブソーバーシステムを無効化し、現実となんら変わることのない痛みを再現していた。奴の前では仮想戦闘は本物の死闘へと変わり、受ける一撃は現実の苦痛となって襲いかかる。戦闘という行為に痛みが伴わないことが当たり前となっている今の俺たちからすれば、奴の攻撃一つにすら怯んでしまうだろう。そしてそれは隙を生み、PoHはその隙を突いて容易くこちらを殺害するに違いない。
「......どーしたもんかね」
風に髪が揺れる中、
そう考え、俺は再び座り直す。こいつらを観察しているのは正直苦痛だが、必要なことなのだ―――。
「キリト、あーん」
「え、いやちょっ......むぐっ」
......やっぱり帰っていいだろうか。
三時間ほど経った。
「
こうして軍隊ごっこをして遊ぶくらいに暇な俺だが、さすがに三時間も彼らを追い続けるのも飽きてきた。あまりに拙い剣捌きや槍捌きにやきもきされ、キリトが明らかに手を抜いていることにイラッとすること以外に変化がない。
そしてそろそろ帰ろうかな―――と思った矢先、事は起きた。
「―――!?」
耳をつんざくような警報音が
―――
......まさかとは思うが、あいつらが起動したのか。
「アホか......!」
見張りに飽きて少し目を離していたことが仇となった。......というか、これは俺悪くないだろ。仕事しろよ
心中で悪態を吐きながら洞窟の壁を駆ける。無駄にうねうねとした洞窟だが構造自体は単純だ、一分もかからず現地にたどり着けるだろう。......まあ、後はMobが大量に群れを成して殺到していれば場所は嫌でもわかる。目につく奴だけでも六体、ついでに大して広くもない洞窟を行進しているため邪魔で通れやしない。
「―――フッ!」
―――短槍基本突進技《ソニック・チャージ》。
青い光が穂先から発され、恒例の急激な加速感と共にスケルトンどもを吹き飛ばしながら洞窟を駆け抜ける。レベル差もあり、基本技の一発で砕け散る
そう判断し、同じように―――今回は空中で槍を振り回すだけの通常攻撃で沈めて洞窟をひた走る。鍛えあげた
「なっ―――」
「さっさと
叫びながら短槍二連刺突技《ヘリカル・トワイス》を発動。
「......!わかった!」
混乱してソードスキルを乱発していたキリトがようやく冷静になり、音の元凶へと走っていく。そんな様子を尻目に俺は胸を強打されて呻いた。スキル硬直が解けると同時に、お返しとばかりに槍の石突きで顎をかちあげる。一瞬ふらついたスケルトンの胸に槍を叩きこみながら周囲を見渡した。
「......多いな」
短剣を手に戦う
......とりあえずは、はぐれてるのを助けるべきか。そう考え、近くにいた黒髪セミロングの少女を助けるべく槍を振るった。ばきばきとスケルトンの骨が砕ける音をバックに話しかける。
「生きてるな?」
「え、あ......はい」
ポーチから
「それでも飲んでろ。ある程度敵が減るまでは動くなよ......邪魔されたら困るからな」
そう言いながらも槍を横凪ぎに振るって肋骨をへし折り、続けて引き戻し刺突を放つ。さらに短槍四連撃《ヴェント・フォース》を発動し、スケルトン四体の肩から上を綺麗に消し飛ばした。我ながら見事な手際だと思ったが、感心している暇もなく敵が殺到する。ガッデム。
「―――チィッ」
波のように押し寄せてくるスケルトンは厄介だ。ソードスキルや通常攻撃を駆使して片っ端から沈めていくが、それでも足りない。他の奴等も手伝おうかと思ったが、正直この少女―――サチをを守るだけで手一杯だ。
キリトはまだか。
そう考え、ちらりと左に視線を向けてみるがキリトはキリトでスケルトンを吹き飛ばしながら宝箱型の罠のもとへ近付こうと必死だ。レベル自体は大したことがなくとも、人海戦術というのはそれだけで脅威だ。数こそ力、個人が軍を圧倒できるのはファンタジーの中だけだ。
「
背後の少女に叫ぶようにして問う。が、返ってきた答えは予想外のものだった。
「あるんだけど......使えないの!」
「はぁ!?」
―――んなアホな。
「なんで、中級ダンジョンにそんなギミックがあるんだよ......!」
27層の迷宮区は罠をメインとしたものだったらしいが、サブダンジョンにまでこんなギミックがあったとは知らなかった。アルゴなら知っていたかもしれないが、生憎26層からは別行動を取っているため情報源はない。
「くそったれ......!」
とりあえず、キリトが罠本体を破壊するまではスケルトンの猛攻を凌ぎ続けるしかない。
精神的な疲労に呻きながらも、俺は再び槍を振るうのだった。
※※※※※※※※
「......やっと、終わったか」
どっと押し寄せる疲労感。レベルで言えばかなり上のはずだが、体力ゲージはすでに六割を切っていた。
億劫ながらも首を回して周囲を見渡すと、どうやらキリトを含む五人全員が生き残っている。全員死の淵から生還した安堵からか、腰が抜けたかのようにへたりこんでいた。
「キリト......」
「......ハチマン」
剣を地面に突き立て、つっかえ棒のようにしているキリト。そんな様子のキリトを見下ろすと、罰が悪そうな顔をして背けた。子供かよ。......子供か。
「......キリト。お前が何をするかは勝手だがな、責任くらいはきっちり取れ」
はぁ、と俺は溜め息を吐いた。キリトはおそらく
「お友達を守れて楽しかったか?」
「―――ッ」
キリトが顔を歪める。やはりか、と俺は内心納得した。
「わざわざ中層に降りてきて、自分の強さを見せびらかすのは楽しかったか?ギルドに入って、仲間になった気になって、お友達とぬるま湯に浸かっているのはさぞ楽しかったんだろうな」
「ッ、違う、俺は......!」
歯を食い縛り、キリトが睨みつけてくる。だが、俺は口を止めなかった。
「いいや、違わないね。わかってたんだろ?自分より弱い奴の側にいて、守ってる気になって悦に浸ってるのを。それを世間ではなんて言うか知ってるか?―――自己満足だよ」
「違う、俺はそんなつもりじゃ―――!」
キリトが必死に反論しようとする中、俺はその目の前へと歩いていく。そして、その胸ぐらを掴み上げ―――吼えた。
「―――だったら、最後まできっちり面倒見ろ!」
至近距離でその目を睨み、俺は吐き捨てるように言葉を紡いだ。
「お前の中途半端さがこの事態を招いたんだ!守るなら最後まで守りきれ、教えるなら自分の全てを叩きこめ!この層から罠が悪辣になるのは分かっていただろうが!」
「―――ッ」
「中途半端に救うくらいなら手を出すな、責任が取れないなら行動するな!このゲームは遊びじゃねえんだ、お前の自己満足で人が簡単に死ぬことを覚えておけ!」
言い終わると同時に右手から力を抜く。崩れ落ちるようにキリトが地面に膝をつくのを見ながら、俺は内心で溜め息を吐いた。
......正直、こんなのは俺のキャラじゃないしやりたくもなかったが、やはり誰かが言わなければならない。今回は俺がその役目だったというだけだろう。
俺がキリトに言いたかったことは、まあ簡単に言えば「自分が拾ってきた猫なんだからきっちり世話見なさいよ」ということだ。レベリングするなら同時に戦い方、迷宮で気を付けること、心構えなども叩きこむべきなのだ。それができないなら止めてしまえ、中途半端に手を出すくらいなら手を出さないほうが余程マシである。生死がかかっているデスゲームならば、それは尚更だ。
......もし再び同じような事が起きて、人が死んでキリトが自暴自棄にでもなろうものなら目も当てられない。
ともかく、さっさとこいつらを帰して俺も黒鉄宮に帰るか―――と。そう思考した瞬間。
「―――おいおい。こりゃどうなっちゃってるンですかねェ?」
全身が総毛立つほどの『悪意』が降り注いだ。
「なァーんで生きてンの?しかも全員!しかもなんか一人増えちゃってる感じ?」
頭陀袋を頭から被り、目にあたる部分にのみ穴が空いているような奇怪な装備。手に持つ短剣は闇のように黒く、そしてなによりの特徴は全身から『悪意』としか形容できない何かを垂れ流していた。
「お前は......!」
「ん?んん?あァ、もしかしてそこの兄ちゃんはアレか、ヘッドが言ってたヤツか!」
合点がいったかのように頭陀袋は頷いた。
「ヘッド、だと?」
「あるェ?わかんない?わかんない感じ?んじゃ、こう言ったらわかるかねェ?」
―――
「まさか―――」
「きひひ、さァてわかった所で自己紹介!オレ様ちゃんの名前はジョニィィィィィィ・ブラック!冥土の土産に持っていけ、ってなァ!」
哄笑を上げる頭陀袋―――ジョニー・ブラックが猛然と大地を蹴る。
そして軋むような金属音が響きわたり―――期せずして、本日二度目の戦闘が始まるのだった。