やはり俺のVRMMOは間違っている。REMAKE! 作:あぽくりふ
「んぐッ......」
「ぐぅッ......!」
恐ろしいほどに重い大剣の一撃。クラインが刀横強撃
唯一の方法は大剣を弾くことのみ。だがそれは恐ろしくシビアなタイミングを要求され、尚且つそれでも1割弱は体力を持っていかれてしまう。
正直このフロアボスは、適正レベルが階層と同じ数、というSAOの大原則を根底からひっくり返すほどの強さだ。レベル42の俺ですら
だがそれはともかく。
「クライン、回避タイミング逃してんじゃねえよ!」
「わーってる!けどよ、お前だって前ミスってたじゃねえか!」
「チィッ......」
俺は舌打ち混じりに息を吐き出し、短槍突進技《ソニック・チャージ》を利用してボスの股下を潜り抜け、背後へ出る。クラインも同じようにこちらへ来るのを確認した後、ステップで大斬撃をギリギリで回避して再度ステップ。クラインが左の槍を相手取るキリト達に向かって叫ぶ。
「―――スイッチ!」
「了解......!」
キリトが最後の強攻撃をボスの脛に叩き込み、衝撃を利用して後ろへ跳ぶ。
「ユキノぉッ!」
「―――ええ」
心底忌々しい美声。振るわれる氷刀がボスの左腕、上腕二頭筋を切断し攻撃が僅かに
苛立たしいほど完璧な作業。俺は隣に立つ女に視線を向けないよう努力しつつ、口を開いた。
「暴れるのも結構だが、少しはこっちを手伝え」
「あら。あなたとクラインさんならいけるのだと判断したのだけれど、無理だと言うのなら仕方ないわね」
何処までも嫌味な女だ。俺は顔をしかめながらも短槍を振るう。口を動かしてもいい、だが行動は止めるな。
「......少しは戻ってこいって言ってんだよ猪武者」
「攻撃特化仕様の刀使いが率先してダメージを稼がずしてどうするのかしら」
......それは暗にクラインをディスってるんだろうか。
「いいから、たまには退け。あんましお前が削ったらヘイト貯めすぎるだろうが」
「......そう。善処するわ」
わかったのかわかっていないのか。俺は溜め息を吐いた。即席のパーティーに有りがちなことだが、まるで連携が成り立っていない。仕方がないと言えば仕方がないが、人間関係的にも色々と問題のあるパーティーに違いない。
「そろそろ一本目が削れるわね......正念場よ。合流するわ」
「了ッ解......!」
巨神が唸りながら繰り出す槍をステップで回避しながら返答。ちらりと横に視線を向けると、クラインも聞いていたのか頷く。離脱だ。
振るわれる巨大な槍を回避しながらキリト達に合流すると、あちらもわかっていたのかすでに戦線を離脱していた。俺はふーっと息を吐き出し、腰のポーチから取り出したPOTを煽った。レモンジーナのような味が口一杯に広がり、俺は空になった瓶を投げ捨てる。ポイ捨てだが、地面に激突して砕けた硝子瓶はポリゴンとなって蒸発する。便利なものだ。
「......正直、POTローテが回らないな」
同じようにハイポーションの瓶を投げ捨てたキリトが呟く。俺は短く頷いてそれに同意した。
二人ではボスを抑えるのが辛く、かといって三人だとローテが回らない。しかも時折スイッチで左右メンバーを入れ換えるため休む暇はない。俺たちが抜ければタンク隊だけであれを止めることになるが......おそらく長くは持つまい。あれは生半可な盾なんて簡単に貫通するような攻撃力を持っている。
......正直、緊張感が半端ではない。安全マージンたっぷりの狩りではなく、このボス戦は一歩間違えた瞬間にHPゲージが消し飛ぶだろう。冗談でも比喩でもなくレンジでチンされかねない。嘘だと言ってよバーニィ。
「......そろそろか」
ボス戦が始まって15分。ようやく一本目のゲージがじりじりと削られ......消滅した。俺は無言で槍を構え、ボスが左右どちらの部隊をロックオンしたのか見極めるべく、その双頭へと視線を移す。
―――そして、視線があった。
「ッ―――!?」
全身を貫く悪寒。白黒の頭は揃って口の端を持ち上げる。大剣が構えられ、長槍が後ろへと引かれる。
つまり、あいつが見定めた獲物は。
「―――ッ、散りなさいッッ!」
ユキノも気付いたのか警告を発し、左へ全力で跳ぶ。俺も右へ跳びすさり、クライン達も一瞬遅れて横へ跳び。
次の瞬間、天地が逆転した。
「ぐっほぁッ!?」
背中から何かに激突し、思わず呻く。直後、それが地面だと気付いて混乱した。何が起きた?
だが直感的にこのままでは不味いと悟り、俺は転がっていた槍を手に取る。くらくらする視界の中、目の前に聳えていたのは黒い壁だった。
―――否、それは大剣だった。
思わず愕然としながら頭上を見上げれば、そこには双頭の巨神。30メートルほどは離れていたはずなのに、《ジ・オリジンジャイアント》は彼我の距離を一瞬で零にしたのだ。
―――大剣突進
「ッ、とぉッ!?」
本能に従って槍を地面に全力で突き刺し、棒高跳びの要領で跳躍。《軽業》スキルが
独特の浮遊感の中、真下で凄まじい勢いで槍が横凪ぎに振るわれるのが見えた。名前は覚えていないが、おそらく《長槍》のソードスキルに違いない。何度か見たことはあるし《短槍》のソードスキルにも似たものがあるが、とにかく規模と威力とスピードが違う。思わず身震いした。アレを防ぐ?冗談だろ。
―――だが、まだ攻撃は続く。
「うぉぉおあああ!?」
空中で慌てて身を捩ると、すぐ真横を巨大剣が通りすぎる。余波で身体がくるくると独楽のように回り、俺は三半規管がめちゃくちゃになるのを感じながらギリギリ着地する。胃がひっくり返りそうになり思わず呻く。どうやら俺にアクロバットの才能はないらしい。ガッデム。
だが息を吐く間も与えず、大剣がライトエフェクトを放ちながら
「―――ッああああ!」
ここで《疾走》スキルが生きた。
稲妻のようなエフェクトを纏ったそれがすぐ後ろを過ぎ去り、俺は避けられたと思って一息吐く。だが、その狂気じみた剣撃は予想外の効果をもたらした。
「......ちょ、え!?」
突如謎の力でボスへと引き込まれ、俺は驚愕の声を漏らす。まさかこのボス、サイコキネシスでも使えるというのか。
―――だがそう考えた直後、周囲に凄まじい強風が吹いていることに気付いた。ボスを中心に、吸い込むような大気の流れ。
......おそらくあの青い斬撃が大気を切り裂き、局地的に巨大な真空空間が発生し、大気がそこに流れこんだのだ。
俺はその考えに到り、思わず絶句する。巨大質量がシステムアシストによって超高速で二度振るわれたことによる副次効果。
―――そして、それは偶然ではない。意図的に仕込まれた
「くそったれが」
巨神が笑みを浮かべ、左の長槍を後ろに引く。よく知っている
「......な」
だがそこで俺の足が止まる。視界に入ったのは、膝をついているユキノの姿だった。ボスの攻撃の直前だというのに、動かない。
―――違う、動けないのだ。
ユキノのHPバーの下に点灯するデバフアイコンはスタン。10秒ほど行動不能になるデバフだが、今このタイミングでそれは致命的だ。
おそらく先程の《ブラスト》が掠めたのだろうが、あのソードスキルに付与されたスタン効果は極々低確率のはず。運が悪いとしか言えない。
......ふと、膝をついた刀剣士と目が合う。ユキノは顔をしかめると、唇を動かした。―――『逃げなさい』。
「......はは」
おそらく、この時の俺はとち狂っていたのだろう。もしくは、この刀使いの済ました面が気に食わなかったのかもしれない。
―――俺は短槍をひっ掴み、ユキノ目掛けて走り出した。
「ははは......馬鹿じゃねえの、俺」
引きつった笑みを浮かべながら、俺は疾走する。もう回避は間に合わない。ああ馬鹿だ、何やってんだ俺。
「......あなた」
唖然としたユキノの呟き。俺は短槍を構え、若干の後悔を飲み込む。
......ヤバい死んだ。
一瞬そんな考えが頭に浮かんだが、それをぶん殴って生き残る方法を模索する。何がある?迎撃は不可能、回避も不可能。―――ならば防ぐしか、ない。
「くそ、ったれがあああああああああ!!!!」
間に合え。
俺は吠えながらシステムを急かす。短槍が回転を始め、光を纏う。巨神が槍を限界まで引く。ヤバい。間に合え。後ろでユキノが俺を罵倒しているが知ったことではない。ああくそ間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え―――ッ!!!
―――短槍
猛然と槍が高速回転し、赤く染まる
―――そして、巨神が繰り出した《ストライク》が、赤き盾に衝突した。
「ぐ......がァ......!?」
―――ああ、くそ。ここで終わりか。
俺は歯を食い縛る。あと二秒も持つまい。そもそもボスのソードスキルを真正面から受け止めようというのが無謀なのだ。
―――だが。ふと、背中に力が加わったのを感じた。
「......持たせなさいッ......!」
ユキノが必死に背中を押して体勢を支える。『逃げなさい』とか言ってた割には、やっぱり死ぬのは嫌らしい。
「―――はっ」
思わず笑みを浮かべる。後ろのクソ女が諦めてないのだ、俺が諦めてどうする。
―――防げ。
盾が軋む。だがこれが破られれば俺たちは死ぬのだ。
―――防げ。
槍が押し込まれ、俺はたまらず後退する―――が、ユキノがそれを必死で押し留める。靴底が地面に轍を刻み、巨神が嗤う。
―――防げ。
発生する
「ぉおおおおおおおおおおおおおッ―――!!!!」
咆哮し、巨神を睨みながら必死に盾を維持する。ユキノが俺を支え、俺が盾を支えるという大きなカブの逆状態。一秒が何時間にも思える中、俺は左腕で右手を掴みながら、
―――だが最終的に拮抗状態が破られ、俺とユキノは盾ごと長槍に吹き飛ばされた。体勢が崩れたことでソードスキルが解除され、俺とユキノは縺れるようになりながら地面を転がる。痛え。
砂利が口の中に入るが、吐き出す気力すらわかない。俺は大の字で転がったまま、荒く息を吐き出した。
「............あなた、馬鹿でしょう」
ぼそりとユキノが呟く。見れば、俺もユキノもHPが二割を下回ってバーが赤く染まっていた。どうやら、なんとか生きているらしい。
「......ああ、知ってる」
俺は乾いた笑みを浮かべながら、ユキノにそう返すのだった。